第3話 天へ堕ちた悪魔

 サラ=アスモダイはスレイ=マスティマの命により、天界のとある館へと連行された。案内してくれた二対四翼の上級天使は、サラのことを流石に心良くは思っていない様子ではあったが、かといって敵意を抱いてはいない様子だった。

 単純にスレイには逆らえないというのもあっただろうが、サラはむしろスレイに罰が下ることを恐れて従順に行動したし、上級天使もサラの力そのものが大したものではないこと、そしてスレイに崇拝めいた感情を抱いていることを察していたからだろう。

 魔界では考えられないほど、天界の住人や建物からは気品が感じられて、サラはその光景に感動していた。

 見えてきた館は、一件こじんまりとした風情ではあるが、同時に堅実かつ瀟洒しょうしゃな雰囲気が漂う造りの建物だった。その建物を見やりながら、上級天使の女性はサラに向かって優雅に話しかけてきた。

「まずは着替えを。貴女にはスレイ様からの口添えがありますから、おそらくはすぐ殺されるようなことはないでしょうし……正直その服で天界を歩かれると、殿方の目には毒でありましょう」

「……え? あ、やだ……!?」

 サラは慌てて身体のライン、特に胸部を中心とした部位を必死で覆い隠した。

 たしかに魔界では女性は露出が高い普段着が多いから気になりにくかったが、それでも魔界でも男性から浴びる視線はなんだか苦手だった。

 しかも、ここは天使たちの集う天界。天使が来ている服は、一件質素だが華美ではない程度に装飾が施され、身体を覆う布地の面積は魔界の服より遥かに上で、当然ながら露出も少ない。

(そういえば……スレイ様、私の胸とかを見てた……!)

 どうしよう。サラは非常に困っていた。スレイと呼んでいいと言われたけれど、到底様をつけずには居られないほどの麗人だった。そんな人に、はしたないと思われたかもしれないなんて!

(ああ、でも魔界の男の人たちと違って、全然嫌な感じはしなかったし……)

 なんでだろう。スレイ様だって両性具有だから、半分は男性の心と身体のはずなのに。どうして……

 そんな風に焦ったりしているサラを見て、上級天使の女性は若干微笑ましく感じたようだ。今は、優しい笑みを浮かべている。

「……ふふ。でも、貴女の胸はしょうがないとしても、せめて身長と性別の合った服となると……貴女、身長だけならスレイ様とほぼ同じですね。ここはスレイ様の館ですし、このさいスレイ様の服をお借りしましょうか」

「……ええ! い、いいんですか、スレイ様の服をだなんて!」

 スレイ様はサラなんかに服を着られたら、服を汚されたと感じてしまわれるのではないか。

(それに両性具有の人の……ん? 身長と、の合った服?)

「スレイ様と私が女性で良かったわ。スレイ様から緊急事態とはいえ服をお借りするなんて真似、スレイ様ご本人がいくら寛大な方とはいえ、男性の天使だったらとても……」

「……あの……三対六翼の天使様って、両性具有の方ばかりだから、スレイ様も両性具有じゃないんですか?」

 その上級天使の女性は、最初何を言われているのか理解できないといった風情だった。

 が、スレイが天界ではかなり特殊な存在だったことに思い至り、それによって質問に答える必要性を感じたのだった。スレイは最初こそ噂になったものだが、

時間が立てばスレイのことはもはや常識として、すっかり天界の住人には受け入れられていたので、そのようなことを聞かれること自体が無くなっていたのだ。

「……安心なさい。スレイ様は、天界でも唯一無二の三対六翼の女性天使です。両性具有の方とは違いますから、衣装もそれなりには合うでしょう」

「そうなんですか!?」

 ああ、だからきっと視線に違和感などを感じなかったのだ。同じ女性だから。

(うん……? でも、この天使様の視線は恥ずかしかったような……)

 そこまで考えたものの、上級天使に促されて館の中に案内されることになり、服を着替えることになった。サラや上級天使が危惧していたとおり胸がかなり窮屈だったものの、なんとか着ることが出来た。

 とはいえ、スレイの胸が小さいというよりは、天使は元来中性に近い者が多いために、悪魔と違って女性とはいえ胸が大きい者はそう多くはないらしい。一対ニ翼の下級天使ならば多少は胸が大きい者もいるが、どのみちサラにあうサイズは専用にしつらえた方が早い。

 サラが正式に天界の住人に成れると完全に決まったわけではないので、今はスレイの服で我慢することとなった。

「では、私は天に召します我らが主に、スレイ様のお言葉をお伝えしなければなりませんから、これにて」

「……あの、私は監視されないんですか?」

「この館はスレイ様のために特殊な造りになっています。私が手を加えれば、館の外に出た時点で貴女は無に還る……」

 そこまで言ってから、上級天使の女性はからかうように笑っていった。

「もっとも、貴女はスレイ様に好意を抱いているようだから、私はそういった心配はしていませんけど」

 その言葉に、サラは真赤になりつつ、だが彼女の言葉に首肯したのだった。




 どうして、神はワタシを受け入れたりしたのだろう。そうすれば、きっとスレイは天界で輝かしい功績を残し、同族の皆から賞賛されながら暮らしていけたはずなのだ。堕天使になることもなく。

 だがそんなことは、このときのサラには分からなかった。

 ただ、スレイにまた会えることだけを楽しみにしていた。高嶺たかねのスレイの傍に少しでも居られる、そんな日々がくることを夢見ながら……

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