リベリオン
葉月望
第1話リベリオン
今日の日付も時間も分からず、お菓子の入っていた袋の残骸や飲み干したペットボトルなどが散乱した部屋に閉じこもり、暗がりの中で輝くブルーライト、可視光線、紫外線を何日も浴び続け、目を刺すような痛みと疲れに
その画面に映るのは、オンラインゲーム「レジェンダリーウェポン」といわれる今一番人気のあるオンラインゲームである。
オンラインゲームが乱立する現在――その中で、一千万人を超える会員数を誇る「レジェンダリーウェポン」は、まさにオンラインゲームの金字塔と呼ぶに相応しいものだった。
この「レジェンダリーウェポン」は、世界に散らばる伝説級の武器を手に入れ、それを使いモンスターを狩っていくという、ゲーム的には単純なものだが、このゲームが他のゲームと一線を画している所がある。それがVRシステムを搭載した対人可能なところであった。
VRシステムとは、要約するとバーチャルリアルシステムという仮想現実を体験できるシステムの事を指す。その仮想世界の中で、自分の分身であるキャラクターが武器を持って、敵プレーヤーと本当に斬り合う感覚が味わえる。そんな疑似体験が他のゲームでは味わえないと評判になり、人気を博していた。
そんな、世界中で人気の「レジェンダリーウェポン」をプレーしている全員に――いや、制作会社も含んだすべてに僕達は戦いを挑んでいた。
ブルーライトが煌々と輝くモニターに映し出されるは、僕の操る白金の重厚な鎧と深紅のライン取りがされた美しい盾、そして、両手剣を思わせるような巨大な長剣を持つ「ダークロード」と深紅の軽鎧を着て、両手にはレジェンド級の武器をそれぞれ持ち、前後左右を敵に囲まれながらもハリケーンのような荒々しさで、迫りくる敵を薙ぎ倒す相棒の女剣士「ナイトメア」だった。
「――何やってんのよショウブ、ボケてんの? 寝てんの? バカなの? バカ丸出しなの? ちょっとサポ子、そのバカさっさと起こしなさい!」
PC用のヘッドセットから、キンキンと甲高い「ナイトメア」を操るノボリの声が脳に突き刺さるように響いた。
「――了解ですお姉様――マスター起きて下さい!」
今度は優しい機械音的な声が鼓膜を揺らした。
目の前に鎮座しているモニターの隅に金髪ロングの前髪ポンパドールヘアーに水色を基調としたミニスカワンピース風の未来的な服を着た自立支援型AI――通称「サポ子」が画面の中から大きく手を振っていた。
このノボリとサポ子と僕を入れた三人で、全プレーヤー打倒を掲げ戦っていた。
「――起きてるよ……」
「――はあああああ? 起きててその反応速度って腐ってるな! ゾンビだな!」
ヘッドセットを外したくなるほど、さっきからキンキンと喚き散らすノボリは、僕の幼馴染――というより家族のように十五年間一緒に育った同じマンションに住む同い年の女の子で、名前を
「――頭痒い! 風呂入りたい! 爆睡したい! ショウブゾンビ臭い!」
――この通り、女らしさは一切ないのだが、
「――サポ子、今ので何人目だ?」
「――丁度四十人目ですマスター」
相当倒したと思ったが、まだ五分の一ぐらいしか倒していないと知って気が滅入る。
――僕達が公式掲示板に「カーマインからの挑戦状」と銘打って、大々的に全プレーヤーへ宣戦布告をしてから、もうすぐ四十時間が経とうとしていた。
因みに「カーマイン」とは僕達のチーム名で、相手を自らの血で身体を赤く染める――という、厨二まるだしの意味合いで付けた名前である。
「――サポ子、僕達の勝率は何パーセントになった?」
「――只今の勝率は――四十パーセントです」
「――早いな……十二時間前は六十パーセントあったはずなのに――このままいくとどれぐらいで負けそうだ?」
「――もう負ける心配しているのショウブ!? 私達カーマインが負けるわけないでしょ!」
強気な発言をするノボリを無視してサポ子に発言を促した。
「――このままいくと二十四時間以内に敗北は必至です」
何か打開策を講じないと――負けた時点で、このゲームにINができなくなる。
「――サポ子、ノボリ、もう一度メインサーバーに潜ってみる――その間、いけるか?」
「――マスター、メインサーバーは完全に敵の手に取り戻されています。今から攻略は確率が低すぎますが!」
サブモニターの画面一杯にサポ子の泣き顔がアップで映される。
「――雲外蒼天! 確率が低いからやるんじゃないかサポ子! そこに奴らの隙がある」
ノボリの好きな言葉――分厚い雲も突き抜ければ、その先には蒼天が広がっている。どんな困難も乗り越えれば道は開けていると言う格言だ。
「――分かりました! では、マスターの「ダークロード」お預かりします」
操作をサポ子に委ねた。
サポ子は、中学一年の時に組み立てたAIプログラムだが、初めの頃はしゃべりかけても斜め上からや斜め下からの返事しかできなくて使い物にならなかったが、二年ほどの時間をかけ、ノボリと共に改良を加えて、今ではおしゃべり相手としても申し分なく、演算から情報処理、ゲームの操作までこなす超AIに成長していた。
「さて、メインサーバーをハッキングして取り返すか」
サブモニターに映るプログラムの記号を眺めハッキングを開始した。
――僕達は、中学三年の夏休みの思い出と腕試しを兼ねて、「レジェンダリーウェポン」を制作した会社ジー・エム・エンタープライズのメインサーバーにハッキングして、不正で二体のキャラクター「ダークロード」とノボリの「ナイトメア」を作り出した。僕達の作ったキャラが持つ武器によって攻撃を受けると毒型のウイルスが打ち込まれ、ライフを徐々に削っていき、ゼロになるとウイルスが発動して、アカウントごとデータを喰らい消失させる。そんな危険なキャラを使ってゲーム内のプレーヤーを次々に抹殺して暴れ回った。
すぐにGM――ゲームマスターが動いたが、不正で強くなった僕達の敵ではなかった。次々とGMが来たが、そのすべてを返り討ちにしてやった。
二十人ぐらい倒したところで、制作会社は強制メンテナンスに入りゲームを強制終了させた。それにより、事実上、僕とノボリとサポ子の三人は制作会社に勝利した事となる。
ゲーム会社はメンテの間にメインサーバーの復旧と僕達のアカウントの凍結を行っている最中だろうが、すべては無駄な努力であることを彼らは後々知る事となる。
――二十四時間後、復旧させたジー・エム・エンタープライズはゲームを再開させたが、僕達の棘が、メインサーバーに刺さったままだとは知らずに――暗号を入力するだけで、すぐに僕達のキャラは、「レジェンダリーウェポン」上に復活した。そして、そのキャラを使ってまた僕達は好き勝手に暴れる。
会社的にもう一度メンテに入るわけにはいかなく、ゲーム内で僕達と交渉してきた。かなりの金額を提示されたが、お金が目的ではなくゲームを楽しみたい事を告げ、更に公式の掲示板で「僕達を倒してみろ!」とさらに煽ってみせた。まるで、映画やマンガに出てくる悪役のようなセリフをノボリが気に入っていたのが印象的だった。
その宣言から十二時間後――二百人のチートしたキャラクター達が現れ、そこから四十時間に及ぶ死闘が繰り広げられていた。
ちなみにトイレの時はサポ子に操作を任せている。
――僕は、複雑に組まれたプログラムの海を泳ぎ、中心核へと深く深く潜っていく。思った通り、奴らはメインサーバーの守備に人員を回していない。この調子なら三時間ほどでメインサーバーを奪えそうだと高を括った。
――それから二時間、何事もなくメインサーバーへの侵入はすすんでいたが、状況が一変した。
「――マスター、申し訳ありません。このままでは持ち堪えれそうにありません」
サポ子の機械的な声が聞こえ、メインモニターを見ると「ダークロード」が包囲されていた。
「――敵さん、気づいたみたいよ」
「――くそ! 後一時間ぐらい持ちそうか?」
もう少しでメインサーバーを乗っ取れる。そうすれば、形勢は一気に逆転できるのだが――その時間が欲しい。
「――単純計算では、後一時間半は持ち堪えれそうですが、その時間も刻一刻と変わるので、完全な予測できかねますマイマスター」
「――ノボリ! なんとかならないのか!?」
「――ノボリ様お願いします。足でも何でも舐めますので何卒お力をお貸しくださいませ――ぐらい言えないのノロマなショウブ!」
高圧的なセリフを言いだした時のノボリは、限界まで頑張っているのが窺える。ここが運命の分かれ道だと――僕の決断が吉と出るか凶とでるか――
――僕は二人を信じた!
「――後一時間頑張ってくれ! それまでにはメインサーバーを乗っ取る!」
「――了解しましたマスター」
「――一時間とか言わず何時間でも任せな! こんな雑魚共に私が負けるわけないだろう!」
ノボリの「ナイトメア」が大技のスキルを連発しながら敵陣深くに斬り込んでいく。それとは対照的にサポ子は防御に徹する。これなら一時間は持ちそうだと安心して、メインサーバー攻略に戻った。
ヘッドセットから刻々と変わる戦況を聞きながら、メインサーバーの心臓部めがけて潜っていく。二日間の徹夜で脳に靄がかかり、集中力が途切れそうになる中、記号の海をただ一点を目指して泳ぐ。そして、手の届きそうな所まで辿り着いた。
――よし、メインサーバーを頂いた。
自分の顔が綻んでいるのが分かるぐらい喜びが込み上がってきた。
「――マスター、お姉様――申し訳――ございません」
「――どうしたサポ子!? サポ子!? 返事をしろサポ子!!」
メインサーバーをハッキングした喜びも束の間――サポ子からの応答がなくなった。
「――私を助けようと……敵の陽動にひっかかった……サポ子が……サポ子が……やられた……う、わああああああああああああ!」
ヘッドセトを通して、ノボリの悲痛な叫び声が響き、そして、その声は鼓膜を通り、心に突き刺さる。
――僕がもっと早くハッキングに成功していれば、サポ子はやられなかったと、自責と後悔の念がすべての思考を止めた。
「――お前ら全員殺す!」
椅子に深く腰掛け呆然とする僕の耳に、ノボリの怒りに満ちた叫び声が響く。目の前のモニターには、百人以上の敵に囲まれながらも二刀を奮い斬りかかる「ナイトメア」が映る。
しかし、多勢に無勢――鬼神の如く戦う「ナイトメア」も盾を持つナイトに囲まれ身動きが出来なくなり、その隙間から無数の槍に貫かれて――負けた。
これにより、完全に僕達のアカウントやキャラクターに仕込んでいたトラップまでもが駆除され――完全に敗北したのだった。
「――…………負けたな……ノボリ……」
「――負けてねええええええええし! それよりサポ子のサルベージどうすんのよ?」
「――急いでやらなくちゃ……だけど……す、少し寝てからでもいいか……」
「――…………」
まるで屍のように返事がない……。
「――おい、ノボリ! 起きてるか?」
「――……スースースー……」
微かに寝息が聞こえてきた。ほぼ二日寝ずに戦ったんだ、今は少し休もう……サポ子も待ってくれるだろう。
パソコンの電源を落として、引きっぱなしの布団の上に倒れると、忘れていた布団の感触を確かめるように深い眠りへと誘われていった。
――ン、ドン、ドンドン!
玄関から神経に障る音が響き、現実へと引き戻された。上手く体が動かせない状態で起き上り時計を見る――六時? 十八時? どっちか分からない。重く鈍い思考をしっかりさせようと頭を振ってみるが、そんなことでは二日分の睡眠不足を補おうとしている脳みそを起こすことは出来なかった。
――ドンドンドンドン!
いい加減諦めればいいのにと思うのだが、未だに玄関の扉を叩く音が響く。
重い身体を起こして玄関へと向かった。
「――いつまで待たせるんだクズショウブ!」
ヨレヨレのジャージに黒髪をサイドに残したポニーテールの髪型がボロボロで眼鏡を掛けたノボリが玄関を開けるなり入ってきた。
「まだ眠らせてくれよ……」
僕の言葉を無視してノボリはリビングへと真っ直ぐに進んでいき、テレビをつけ、とにかくチャンネルを変える。
「もうやってないのか……」
「なんのことだよ――」
眠い目をこすりながら目まぐるしく変わる画面を見ていると、一つのニュースが僕の脳に直接飛び込んできた。それは、男性の自殺のニュースだった――
「どういうことだよこれ?」
「黙って観ろ!」
ノボリの一喝で、大人しくニュースを観る。そこにはメイン司会とゲストコメンテーターとの会話が繰り広げられていた。
「――大手ゲーム会社の役員の自殺の原因は、やはりハッカーと呼ばれる人たちの責任なのでしょうか?」
「警察関係者の話によると遺書にはそのことには一切触れていないとのことでしたが、おそらくそうでしょう」
「昨日起こったハッキングによる損害は億単位に上るそうですね」
「そのようです。セキュリティーを担当していた野中さんは、責任の重さに耐えかねて自殺したと思われます。今回の犯人は、面白半分でハッキングしたようですが、それによって人が死んだことを自覚して反省して欲しいものです」
――僕達のせいで人が死んだ……。
年配の男性が、まるで僕達に向かって言っているように聞こえ、足に力が入らなくなり、その場に座り込む。
「な、何かの間違いだよな……ノボリ?」
深い闇から手を伸ばすが、その手には何も掴めず、ただ空しく振り回すだけだった。
「勘違いなわけないでしょ……どうしよ……どうするのよ?」
違うニュースが映し出されるテレビ画面を見つめたまま、ノボリは自分を抱きしめるように腕を回し訊いてきた。僕もどうしていいか分からなかった。
「……こんなことならゲームなんてやるんじゃなかった」
「……は? 私が悪いって言うの?」
暗い部屋に浮かび上がるノボリの顔を見た時、背筋がゾクリとした。まるで、幽霊にでも憑りつかれているように青白い顔色をして僕を睨む。
「面白そうだって言ったのノボリだろう」
「あんただって楽しそうだって乗っかってきたでしょ!」
「中学最後の夏休みの思い出にしようって言いだしたからじゃないか!」
「そもそもあんたがハッキングなんて覚えるから悪いんじゃないのよ」
「ハッキングを覚えたのはお互い様だろ」
「なにそれ、全部私が悪いって言うんだ!?」
「全部とは言わないけど、少なくとも今回の事はノボリの方が責任は大きいだろ」
「信じらんない! 今まで一緒にやってきたじゃない――それを私だけが悪いなんて……」
「全部なんて言ってないだろ! 今回の事はってことだよ」
「それって全部って事じゃない! 私達ずっと一緒にやってきたのに、最悪……」
そう言うとノボリは部屋を出ていった。
空しく流れるアナウンサーの声を聞きながら、少し言い過ぎたかと思ったが、去っていくノボリに何も声をかけることはしなかった。僕とノボリは言い争うことはあってもこんなケンカはするのは初めてで、どうすればいいか分からなかった――人の心は方程式やプログラムのように解けない。ただ、心が重く、ザワつき、不快な気持ちが混沌と渦巻いていた。
遊び感覚でやったハッキング――ただの腕試しのような感覚でやったゲームで人が死ぬなんて思わなかった。だが、それが事実なんだと現実が僕を押し潰そうとしてくる。
僕は自分の部屋にある自作パソコンを眺めた。これには色々な思い出があった。
初めてパソコンを触ったのは、小学三年の時にノボリが父親のお下がりだとノートパソコンを持ってきたのだった。それから僕は母親にせがんで中古のノートパソコンを買ってもらい、ノボリと共にパソコンで遊んだ。それからプログラムについて色々勉強していた時にハッキングの事を知る。そこから二人で競い合うようにハッキングを勉強して、そして、小五から貯めていたお小遣いやお年玉を使って、パソコンを組み立てた。
このパソコンには思い出が一杯詰まっていたが、これのせいで人を殺したのかと思うと怖くなり、触れることが出来なくなった。
――その日を境に僕はパソコンを封印して、ノボリともしゃべらなくなった。
――ゲーム会社の役員自殺から二度目の夏が来た。人とは他人については無関心である。僕もそうだから何か言えた義理ではなかったが、それでも当事者や家族にとっては決して忘れる事の出来ない深い傷を残した事件であった。
僕の家は母子家庭で家計に負担をかけないように近くの公立高校に進学をした。ノボリも偶然というか、必然的に同じ高校に通っている。ノボリの家は父子家庭で、おそらく僕と同じ考えで高校を選んだのだと思う……。
――僕達は、あの事件以降一言もしゃべっていなかった。ノボリを見れば嫌でも事件のことを思い出し、どちらが悪いか言い合いになりそうだから、それを避けたかったんだと思う。お互いに――
「高校二年生の夏休みどうするんだショウブ?」
学校生活とは、不本意でも誰かと連んでいなと浮いた存在となり目立ってしまう。目立つと良い事がないので、みんなそこそこ気の合う連中と馴れ合って高校生活を過ごす。僕もそうする事で上手くこの学校、この学年、このクラスに溶け込み自分を偽り生活をしていた。
「バイトでもするかな?」
「嫌なこと思い出させるなぁ」
「山本、今日もバイトか?」
「いきたくねぇ~~」
連んでいる山本と佐々木が、目の前で意味のない会話を繰り広げる。それを訊いているふりをするのにも随分慣れた。
「来週の祭りには阿部幟を誘うぜ!」
久しぶりに聞く名前に反応してしまう。
「阿部って、ハードル高い所狙うなぁ」
「阿部の友達が俺の友達と仲良くて、上手く段取りしてくれるって話なんだ!」
「おおお、それいいじゃん! 上手くいったら俺も誰か紹介してくれよな山本様!」
――ノボリも上手く高校生活に溶け込んでいるようでよかった。
「カーマインって奴知ってる?」
不意に飛び込んできた聞き覚えのある名前に身体ごと反応を示した。その会話は違うグループの男子がかわしていた。
「最近いろんなネトゲで不正プログラムを使って、荒らしまくっている奴だろ?」
「俺がやってるネトゲにも現れて、サバ内大混乱――半日サーバーダウン。最悪……」
――二年前の僕達みたいなことをしている奴がいる。ノボリじゃないよな……。
忌々しい事件が思い出され、胸の辺りがムカムカと気分が悪くなり、僕たちを装った連中が、同じ過ちを犯そうとしているのが赦せなく感じた。
――今日という時間を消化する学校生活を終えて家に着く。玄関を開けて家に入ると眉間に皺を作る程の熱気が篭っていて、僕にまとわりついてくる。急いでベランダの窓を開け、扇風機をつけた。
こんなに暑いと何もする気が起きず、お昼休憩に聞こえたネトゲを荒らしている「カーマイン」と名乗る奴を思い出しスマホで検索してみた。
かなりの数がヒットした。それによると「カーマイン」は、派手にいろんなゲームを荒らしまわっているようで、悪口のオンパレードである。それと同じく二年前と同一人物かを論争する掲示板も乱立して、ほとんどが同一人物だと断定していた。身近な事が書かれると、いかにこういう掲示板が好き勝手書いているのか分かり、鼻で笑いながらスクロールし見つめていた。
――どれぐらいみていたのか、お腹が鳴ったのでスマホを置いて、冷蔵庫に入っている一昨日の残りのカレーを温めながらテレビを眺める。すると「カーマイン」がニュースで取り上げられていた。そこには、二年前の事件を引き合いにだし、糾弾するコメンテーターの悪意剥き出しの映像が映し出される。
――どいつもこいつも僕達の気持ちも知らず、好き勝手言いやがって……。
確かに僕達のやったことはダメだったと自覚はしているし、今でも心に刺さったトゲのように苦しめられている。そんな気持ちも考えず、悪意剥き出しで心無い言葉を並べ糾弾してくる。
ネットやテレビから放たれる毒気に僕の胸は苦しくなり、また、僕達を名乗りネトゲで暴れまわっているニセ「カーマイン」が赦せなかった。
気が付くと二年ぶりにノボリに電話をかけていた。
「――なに?」
二年ぶりの電話で、少しは喜んでくれると期待していたのだが、現実のノボリは素っ気ない声だった。気落ちした僕は、なんて話せばいいか分からなくなり、無言でスマホを耳に当てる。
「どういうつもり無言なんて……」
二年前のノボリだったら、毒舌を奮っているのに――と思い少し寂しく感じた。
「切るわよ」
「――いや、待ってくれ……ニュース見たか?」
「知ってるわよ。それが?」
興味なさそうなノボリの答えに驚いた。
「僕達を名乗ったニセモノなんだぞ、気にならないのか……」
「別に――もう、私達とは関係ないことよ」
心がチクリと痛み、ザラついた感情が湧き上がる。僕とノボリは、もう、昔のように一緒に過ごすことはないのだと分かった。
「……ごめんな。嫌なこと思い出させた」
「……いえ、じゃあね」
あっさりと電話を切られた――
スマホを置き大きく息を吐く。まるで、心に溜まった毒素をすべて吐き出すように――
少し落ち着いた僕は、過去との決別を図る為に「カーマイン」と名乗る奴の正体を突き止めようと二年ぶりにパソコンを立ち上げる。起動音が二年ぶりに部屋に響いた。色々なアップデート画面が立ち上がり、アップデートをさせている間、ノボリと二人でこのパソコンを組み立てた頃の事やあいつの自作パソコンを組み立てた事を思い出していた。
――アップデートも終わり、いよいよニセ「カーマイン」をつきとめようと思った時にメールがきたことを知らせるアラームが鳴った。もしかしたらノボリからかと思い、急いでメールを開き、背筋に寒いものを感じた。
――やっと見つけた。
一言書かれたメールを見た途端、恐ろしくなり、すぐにパソコンをシャットダウンした。疑問が恐怖を呼び込み、その恐怖から逃れるように布団に潜り込んだ。
――一体誰なんだ? やっと見つけたって、どういうことなんだ!?
暑さも忘れるぐらいに布団を頭から被り、寒くもないのに体を震わせ、疑念が頭を何度も何度も巡る。
「ショウブ! お母さん先に出かけるからしっかり戸締りしていってね」
ふすま越しに母親の声が聞こえた。布団から顔を出し、時計を見ると短針が八時を指している。
いつの間にか寝ていたのだろう。少し気分も落ち着いたが、それでも布団からでる気力がわかず、今日は学校を休もうと思った。
そして、落ち着いた頭で考えてみる。
――パソコンは二年ぶりに立ち上げた。それは間違いない。それなのに狙いすましたように送られてきたメール――まるで、僕をおびき出す為に「カーマイン」を名乗っていたのだろうか? ――自殺をした人の家族? それとも会社の人? もしそうだとしたら、僕達は逃れることはできない。
二年前の罪が、僕を深い深い海の底へと引きずっていこうとしていた。僕はそのまま飲み込まれて消えてなくなりたくなった。そうすれば、時間を消化するだけの毎日や母さんだって僕がいなくなれば生活も楽になるだろう――そして、この罪の重さ、苦しみを味あわなくてすむのだから――
――心が一条の光も差し込まない深海に沈んだ頃、荒々しく玄関の扉が開く音がした。力強く畳を踏みしめて歩く音は、まるで、体重が百キロはありそうな巨漢が歩いているほど、布団に潜っている僕の全身に響く。
母親が仕事で何か気に食わないことがあって、帰ってきたのかと思い、ゆっくりと布団の隙間から覗き見ようとしたら、布団が得体の知れない力によって引きはがされた。
突飛もない出来事に驚き、その正体をみて更に驚いた。目の前に紺のプリーツスカートに白い半袖のシャツを着たノボリが鬼のような形相を浮かべ立ち僕を睨む。
「あんた学校休んで何やってんのよ!?」
二年ぶりに聞く脳みそに直接響くノボリの声だが、どこか懐かしく、嬉しく感じた。
「……お前には関係ないだろう」
照れを隠そうと取られた布団をノボリから取り返そうと引っ張る。すると、ノボリも取り返されまいと強く引っ張ったので、布団と共にノボリの方に転がった。顔を上げるとノボリの真っ白い太ももと下着が目に飛び込み、心臓が飛び跳ねるように脈打つ。
「何見てんだスケベ!」
おもいっきり顔を踏まれ、踏み潰されたカエルのような断末魔の声を上げる。
「――何しに来たんだ!? パンツ見せに来たのか!」
「あんたを悩殺してもメリットなんてないでしょ! それより、ニセモノが現れたぐらいでヘコミ過ぎ!」
綺麗な毛先を外ハネさせたミディアムヘアーを揺らしてパソコン用の僕の椅子に座る。
「――それぐらいじゃないんだ……昨日二年ぶりにパソコンを立ち上げたら、僕当てにメールが届き、「やっと見つけた」って書かれていて、それで……」
「何それ? どこの誰よ?」
「分からない……怖くなってすぐにパソコンをシャットダウンしたから……」
「……はぁ~~」ノボリは大きなため息を吐いて、パソコンの電源を入れた。
「何やってんだよ!」
慌てて強制終了さえようと電源に手を伸ばす。その手を強く握られた。
「私たちの思い出である「カーマイン」を勝手に名乗る奴や変なメールを送りつけてきた奴に好き勝手やられて平気なのショウブは……?」
ノボリの瞳には、今まで見たことがない怒りの色が宿っていた。
「昨日は、興味ない素振りだっただろ!」
あまりにも態度が違い過ぎて、さすがに怒りが込み上がった。
「あの時はね――だけど、やっぱり私達の創りだした――そう、子供みたいなものを弄ばれて良い気がしないわよ!!」
子供みたいなと言われ、健全な男子高校生としては、変な妄想をしてしまう。――だが、ノボリが僕と同じ思いなのは嬉しく感じた。
「……そうだよな。あの悲劇をもう一度起こさせないためにも僕達がニセモノを倒し、変なメールを送ってきた奴の正体を突き止める!」
ノボリのお蔭で迷いが吹き飛んだ。
「まずは、ニセモノの正体を暴くわよ」
ノボリは二年のブランクを感じさせないブラインドタッチでキーボードを叩く。画面に現れたのはニセ「カーマイン」についての情報だった。それによるとあちこちのゲームを荒らしているようだ。
「ショウブこれ見て」
ノボリが示したのは、「カーマイン」出没情報交換スレだ。そこに、つい先ほど更新された情報が載っていた。それによると「カーマイン」は、僕達にとって、忌避したいゲームにいるようだ。まるで、僕たちを知っているような行動をとる「カーマイン」に背筋が寒くなるのを感じた。ノボリの表情も硬くなっているのが窺える。
「ニセモノの厚顔を拝みに行きますか」
僕は敢えて陽気に言葉を紡ぐ。
「自分の血でカーマインに染めてやるわ」
「久しぶりに聞く厨二的発言懐かしいな」
「あんたも好きだった癖によくいうわ」
ノボリの言葉を否定する事はできない。お互い高校二年生になっても中身はあの頃のままだと確認できて、少し嬉しく思った。
そして僕達は、忘れる事の出来ない罪なるゲーム「レジェンダリーウェポン」に二年ぶりにINをした。
二年前のアカウントは凍結されているので、新たなアカウントで新しいキャラを作りゲームに接続する。
二年ぶりにINをした「レジェンダリーウェポン」は、二度のアップデートを経て、随分変わっていたが基本操作は変わっていないようだった。僕達は、VRを使わずにモニターでゲームを進める。初期村では人がほとんどいない状態だった。これだけ長く続いているオンラインゲームだとよくあることだが、それに加え、ニセ「カーマイン」の影響で人がINしないのだろう。
とにかく僕達は初期装備のまま、ニセモノを探した。いや、探す必要はなかった。チャットログでは一般プレーヤーが注意を喚起するために「カーマイン」がどこにいるかシャウトして知らせていたのだった。僕達はそのシャウトを頼りに追う。
――ニセモノがいるという場所に着いて、僕とノボリはそこに映し出された画像に唖然とした。
累々と横たわるゲームキャラたちの死体――その中央に一人立つ深紅の鎧を着た二刀を持つ剣士風の女キャラ。まるで、あの頃ノボリが扱っていた「ナイトメア」を
「――あんたがカーマイン?」
チャットで話しかけてみた。
こちらに気づいた女剣士が窺うように見てきた。
「――ボクがカーマインだよ」
ボクっ娘キャラに少し萌えてしまう。
「――よくそんな嘘が言えたものね」
「――嘘? ボクが正真正銘のカーマインさ」
ゆらりとカーマインがこちらに身体を向けてきた。
「僕達が本物だと伝えるかノボリ?」
「私たちをおびき出すのが目的かもしれないから、まだ黙っているのが得策ね」
その通りだと思い頷く。
「――あなた達は何を根拠にボクを嘘つき呼ばわりするのさ?」
「――二年前にカーマインを見たことあるんでね。その時は二人組だったはず……」
「――二人組?」
「――そうさ! もう一人はどうしたのさ!」
ノボリの揺さぶりが効いたのか、ニセモノの動きが止まった。
「――敵の返り血で我が身をカーマインに染める」
そのログが流れた瞬間――カーマインの姿が消える。
「なっ!?」
僕達が驚いているといつも間にか斬り倒されていた。すぐにログアウトしてゲームを終了する。
狭い部屋にパソコンの駆動音と僕とノボリの荒い呼吸だけが聞こえていた。
「……あの厨二病全開のセリフ、他人が使うと恥ずかしいな」
それは、「敵の返り血で我が身をカーマインに染める」である。あれは、僕達の決め台詞でよく使っていたのだが、若かりし頃の思い出とは、こうも恥ずかしいものだとは思いもしなかった。
「何言ってるの――やっぱりカッコイイじゃない」
僕と対照的にノボリは目を輝かせ喜んでいる。こいつは永遠の厨二病だと思った。
「しかし、あのニセモノ相当僕達をリスペクトしているようだ」
「それに、あの消える技は凄いわよね」
僕達のキャラが倒される前に、ニセモノが瞬間移動したように見えた現象だが――だいたいの見当は二人ともついていた。
「おそらく、混線を利用したものだろうな」
「そんなの分かってるわよ。それを一人でやってたら凄いって話よ!」
ゲームを操作しながら、ゲームサーバーに人為的に負荷をかけてやるなんてとんでもないことやってのけれるとは到底思えなかった。そうなると敵は二人以上で、僕達と同じ体制をとっていると考えるのが妥当だろう。それでもかなり凄い事なのだが――
「次は、キャラのスペックだが――」
「見た感じだと、私の「ナイトメア」と同等のステータスね」
「そうだな、その辺りもよく僕達を研究している」
「私のキャラを――だけどね」
自分のキャラがリスペクトされたのだと強調して話す。単純に敵を倒すだけの性能を考えればアタッカーである「ナイトメア」の方が有能だ。
「細かい所の比較は難しいな……こんな時、サポ子がいてくれたら……」
僕達は自然と何も写していないモニター画面を見る。そこには、無邪気に笑い元気に動き回るサポ子が映っているかのような面影を見て、心がチクリと痛んだ。
「いないんだから仕方ないよ。私達で分析して比較しよう」
気を取り直すように、ノボリがあえて元気に声を出す。その声に僕も痛む心を隠してニセモノにどう対抗するか考えた。
――その後も二人で話し合い、母さんが帰ってきたところで一旦中止にした。そもそも、すぐにニセモノと戦うつもりはなかった。敵に関する情報が少なすぎる。それに対してニセモノの方は、僕達をリスペクトしているだけあって良く研究しているようだ。
それに来週から僕達は期末テストに入る。おそらく、ニセモノとの戦いが始まると、二年前と同じで二、三日はぶっ通しでの戦闘となるだろう。テストを休んで戦うわけにもいかない。頑張って働いている母さんの為にも――
――期末テストが終わり、試験休みに入った。
いよいよニセモノとの戦いだが、僕達が試験に入ると同じぐらいにニセモノの方も動きがなくなっていた。それについても話し合うため、僕の部屋でノボリと作戦会議を開く。
「面倒くさいわね――あんたの部屋に出入りしているのが誰かに見つかって変な噂がたてられたら嫌だわ」
外出用の毛先を外ハネさせたミディアムヘアーで小顔を演出し、英語文字の入った白を基調としたTシャツとマリーゴールドのショートパンツと十代らしいキュートで元気な夏コーデをしたノボリは、まるでファッション雑誌から出てきたようであった。
「――女子と縁のない男子高校生には眩しすぎるかしら?」
モデルのようにポーズを決めるノボリに迂闊にも胸が高鳴ってしまった。
「僕は大人っぽい女の人がいいの――同年代なんてガキっぽい」
「マザコンか!!」
「マザコンじゃねーし!!」
「じゃあオバコンか!!」
「オバコンってなんだよ!? ってかもういい、さっさと始めようぜ」
途中で止めたので、ノボリは不満をタラタラと零しながら座る。
「ニセモノに関する情報入った?」
「いや、やっぱり、僕達が試験期間に入ったのと同じく、出没していない様だ」
「――まさか、私達と同じ高校生……さらに漫画みたいな話で同じ高校とか?」
その可能性がないことは否めなかったが、同じ高校だというのは確率的にかなり低い。
「それは除外していいんじゃないか――それよりも、相手の人数だ」
何人でやっているかは重要だ。だが、そんな凄腕のハッカーが十人もいるとは思えない。
「私の予想では二人よ!」
「その根拠は?」
「はぁ? 本気で訊いてるの? ――まあいいわ、一人がサポートに回り、もう一人がキャラを動かしている。だから人数がいれば、動かすキャラの数も比例して増えるのが道理でしょ」
僕はノボリの意見に頷いた。人が多ければ、それだけやれることも増えるのにそれをやらないのはやはり少数精鋭なのだろう。そうなるとこちらも二人なのだから純粋なハッキングとゲーム操作の勝負となる。
「どっちがキャラを動かすだけど……」
「私がいくわよ!」
ノボリがそういうとは思っていたが、ここは僕が出た方がいいと思う事を告げた。
「あのニセモノ、私をマネてきたのよ、本家が叩き潰してやるわ!」
好戦的なノボリらしい言葉だが、今回は辞退してもらわないといけない。
「今回は僕が出るよ――敵が二人だって決まったわけじゃない。そう思わせて、伏兵が現れる可能性もある。そんな時でも僕のダークロードだと対応しやすい」
「そんな隙を与えずにやっつけてやるわよ!」
その負けん気の強さは、二年前と変わっていなく、嬉しくなり思わずクスリと笑ってしまった。
「あんた今笑ったでしょ」
睨み殺さんばかりの形相で僕を見てくる。
「いつまでもノボリのままでいてくれよな」
「何? 口説いているつもり? あんたと私は姉弟みたいなものなんだからね」
「僕が弟かよ……」
「当たり前でしょ! 小さい頃はよくいじめられたのを助けてあげたじゃない。それにおばさんの帰りが遅くなって泣いていたのを慰めてあげたのも私でしょ! それに――」
「――分かった! ノボリが姉さんで良いよ」
勝ち誇った顔を浮かべるノボリに、どこまでも負けず嫌いな性格だと逆に感心してしまった。それにしても幼い頃からの幼馴染とはデメリットも多いようだ。
「――でも、今回は私が裏方に回るわ。だから、しっかりやっつけてよ」
負けん気は強くても、冷静に分析してくれる辺りは、さすがと褒めるべきだろう。
「メインサーバーにとりついたら、このデータをインストールしておいてくれないか」
テスト期間中に組み立てていたデータをUSBでノボリに渡した。
「――相変わらず、気持ち悪いほどの策士ね」
「気持ち悪いとか言うな! 万全を期しているだけだ」
――はいはい。と憎まれ口を叩き、ノボリが自分の家に戻り戦いの準備の取りかかる。
「戦いの開始は、明日の九時――それまでにメインサーバーに取りついてくれよ」
「誰に言ってんのよ!? あんたこそ、しっかりおびき出しなさいよね」
振り向かずにノボリは出ていった。僕の仕事は、いたる掲示板でニセモノに対する挑戦状を書き込むことだ。そして、ノコノコと現れたところを倒す。
早速、大手掲示板に――調子に乗っているカーマインと名乗る奴を叩き潰す。という露骨な挑発スレを立てた。
書き込んですぐに反応があった。そこには――
――こんなところじゃなく、ゲームで実際に戦ってからにしろ!
――俺も参加させてもらう。
――おまいらじゃ、勝てないよ。
――場外乱闘始まる。
など、大半が面白半分に書き込む野次馬のようだが、それでもこの書き込みの速さは、カーマインについて注目度が高い事を示していた。そして、半分以上がカーマインのふりをしていた。次に多い書き込みはカーマインを応援するものだった。こんなところに書き込む奴らは煽って盛り上げるのが好きな連中が多いので予想通りだったが、そんな中、気になる書き込みもあった。
――これも運営のやらせじゃないのか!
その書き込みを見て、僕は真実を突いているんじゃないかと感じた。――いかに凄腕ハッカーだとしても、こうも
二年前、あの事件の後、ニュースで取り上げられたこともあり、「レジェンダリーウェポン」は認知度を上げた。そのお蔭で今までネットゲームに興味のなかった人たちまで取り込むことに成功したのだった。それに味を占めた運営側は、わざとファイヤーウォールに
その噂は、二年前の僕達の事件の頃から囁かれていたが、今回の事件で、僕はそれが事実だと確信した。だが、そのお蔭で、ニセモノとの直接対決が出来る舞台がお膳立て出来るのだから半分は感謝だと思った。
――掲示板の騒ぎが沈静化しだした二十二時頃にニセモノに向け、挑戦状を書き込んだ。
――カーマインへ、灰汁筋五に是萬つ、真のカーマインより。
この暗号が乗った途端、掲示板はハチの巣をつついたような大騒ぎとなる。色々な憶測が飛び交う掲示板に明らかに僕達当てであろう暗号文が掲載された。
――多摩ノッシ手見い煮る。
おそらくこいつが、ニセモノだろうと直感した。
そのことを音声チャットでノボリに知らせると、興奮した様子がヘッドセットを通して伝わってきた。
僕は少し仮眠を取ろうと布団に入ったが、気持ちが高ぶり眠ることが出来なかった。そんな自分に、つまらない日常とは違い、この緊張感が味わえるハッキング行為を楽しんでいる心の歪みを感じ取る。
「――メインサーバーに取りついた。これからダークロードを作るわよ」
「――ご苦労さんノボリ」
「――これで負けたら一生私の下僕よ!」
冗談に聞こえないノボリの言葉に苦笑いを浮かべる。
――八時半に「レジェンダリーウェポン」の大地に白金に輝く鎧をまとい、白を基調とした深紅の柄の入った盾と鈍く輝く両刃の刀身が光を転がす。
二年ぶりに立つ荒涼とした荒れ地を見つめ、画面越しにだが、全身を高揚感が包み込む。
辺りを見渡すと数人の見物人がいた。おそらく昨日の暗号を解読出来た人たちだろう。
「――感覚は鈍ってない?」
心配そうな声でノボリが訊いてきたが、僕は二年ぶりの「ダークロード」を夢中で動かしていた。
「――大丈夫だ。そっちの反応は?」
「――なかなか手強そうな防壁を築いているようだけど、私の敵じゃないわね」
ノボリは指揮官向きの性格をしているとしみじみ思う。後方でそれだけしっかりと自信を持ってやってくれると前線で戦う者としては安心感が違う。
――午前九時になったが、ニセモノが現れない。
「――どういう事よショウブ!? ちゃんとメッセージ届いたって言ってたじゃない」
僕のメッセージに返答はあったが、あれはニセモノのニセモノだったのか――ややこしい。
暗号自体は簡単なスキュタレー暗号で、二×五マスの枠に左上から横に平文を入れていき、左上から縦に読むことで暗号になるというもの。この暗号は判別さえできれば簡単に解読できるものだが、スキュタレー暗号だと判別するのが難しい代物である。暗号文である「灰汁筋五に是萬つ」を一旦平仮名に直すと、「あくすじごにぜまんつ」となる。それを二×五マスの枠に左上から縦に入れていき、読むときには左上から横に読んでいけばいいのである。
答えは、あすごぜんくじにまつ――「明日午前九時に待つ」となる。
そして、ニセモノが出してあろう暗号文「多摩ノッシ手見い煮る」を解読すると「楽しみに待っている」となる。
「――ノボリの方は交戦しているのか?」
「――派手にやり合っているわよ!」
どういうことだ? まさかニセモノは一人しかいないからノボリの攻撃を防ぐだけで手一杯だというのか?
想定外の事に困惑する。このままノボリがメインサーバーを乗っ取れば、僕達の勝でゲームオーバーとなる。
「――恰好つけて登場して、待ちぼうけってどんな気分よショウブ!?」
ノボリの嬉々とした声が、無様に立ち尽くし、やり場のない怒りで燃えている僕の心に油を注ぐ。
「――ニセモノの助けに回ろうか!」
「――私はいいわよ。二人でかかってきなさいよ」
不敵に笑うノボリの顔が頭に浮かんだ。本当にニセモノと共闘するわけがないが、下準備から昨日興奮して眠れなかった自分が恥ずかしく思えてきた。
――約束の時間から二十分経った。
見物に来ていた人たちもちらほらと消えていった。僕も完全に緊張の糸が切れかけていた――その時だった。
目の前に深紅の鎧をまとい、両手に派手な剣を携えた女剣士キャラが現れた。この演出には思わずゴクリと生唾を飲み込む。
「――やっと来たぞニセモノ!」
「――古風な戦術を採ってくるじゃない」
宮本武蔵が佐々木小次郎と戦う時に採った心理戦をしかけてくるなんて、凄くワクワクしてしまった。
「――憎い演出してくれるじゃないか、ニセモノさん」
チャットで話しかける。相手の性格を知るためにもまずは会話が必要だ。
僕の意図を読んでか、ニセモノは無言で斬りかかってきた。それを僕は盾で受ける。その時のダメージで敵の戦闘力を計る。続けざまにニセモノは左の剣で斬りかかってきた。それを僕も剣で受ける。間髪入れずにニセモノは右手の剣で鋭い突きを繰り出してきた。それを盾で受ける。
そこから暴風のようなニセモノの連続攻撃に、受けるだけでも精一杯となった。
攻撃力、攻撃速度など、どれをとっても「ナイトメア」と互角の数値だと弾き出せた。本当にこのニセモノは僕達の事をよく研究している。
純粋にキャラの総合力だけなら、僕の「ダークロード」とノボリの「ナイトメア」は互角だった。そうなるとキャラを扱うプレーヤーの技量が勝負の分かれ目である。それだけに敵の正体が分からないのは、こちらにとって不利だ。
――いかに早く敵の技量を掴み、癖を見抜いて倒すかだが……。ニセモノの攻撃を受けながら考えていると目の前から消えた。
次の瞬間、ダメージを受けていた。あの時間を止める技を使われたか――慌てて回復薬をガブ飲みして、ニセモノとの間合いをとった。あの技は、ある一定の距離まで近づかないと有効ではない。
「――ノボリ、ハッキングの
「――会社の冴えない上司みたいに情けない声出してんじゃないわよ! 後ろの心配しなくて、あんたは目の前の敵に集中してな!!」
「――止まる技を使われたんだ。しかもアマテラスに似たウイルスを打ち込まれた」
そんな話をしている間にもライフが徐々に減っていく。回復薬を飲みながら凌げるが、回復薬も無限にあるわけじゃない。
「――アマテラスまで使うなんて、私達の事知り過ぎているわね……二年前に戦った人かしら?」
ノボリの予想は僕も考えた。アマテラスは二年前に僕達が使ったウイルス型の毒だが、このアマテラスはその改良型であり、当然ワクチンがない。
余談だが、アマテラスという名前の由来は、某忍者マンガで、対象を燃やしきるまで消えない炎から引用して付けたのだ。
二年前はこのウイルスを打ち込み、多くの敵を倒してきたが、まさか今度は自分がこの技で追い込まれるとは、複雑な気分だ。
「――それでショウブ、あと何時間で回復薬なくなりそう?」
「――五時間ぐらいかな?」
「――全然余裕じゃないか! 泣き言なんか言ってんじゃないよ! あんたは目の前の敵に集中してな! それとも代わって欲しくなったのか!?」
口が悪くなればなるほどノボリが乗っている証拠である。その調子だと数時間でメインサーバーを落とせそうだと確信できた。メインサーバーを奪えば、回復薬も無限に増幅させることができる。逆を言えば、メインサーバーを敵に抑えられている限りこちらに勝利はない。
「――油断するなよノボリ、敵は正体を晒さず、こちらの事はよく研究している」
「――だったら、逆を突かせてもらおうかしらね。ショウブのイヤらしい揺さぶりをかけたハッキングであいつらを騙す!」
言い方が気になったが、なるほどハッキングしているのを僕だと思わせ、敵の混乱を招こうという算段のようだ。ならば、僕はノボリがハッキングを成功させた時に、畳み掛けれるよう敵の情報を出来るだけ集めよう。
まずは、こちらがノボリだと思わせるように直線的な攻撃を仕掛けた。
盾を使った攻撃と剣は振り回すんじゃなく、突きを繰り出し攻撃速度を上げる。ナイト系でも使い方によってはかなり攻撃的に動けるものだ。
これで、相手はどっちと戦っているか分からないようになり、混乱しているはずだ。
混乱すればするほど人間はその本質が窺える。
――また動きが止まった。
次の瞬間には、ニセモノは僕との間合いをとっていた。
――なるほど、あの瞬間で攻撃を仕掛けず、間合いをとる判断をしたって事は、予想外の動きには冷静に対応するための行動を選ぶ。僕と同じで、慎重なタイプだと分かった。
この場合慎重なタイプは助かる。今こちらはメインサーバーを奪取するまでの時間が欲しい。慎重なタイプだと揺さぶるだけで時間を稼げるが、ノボリのように力押しのタイプだとそうはいかない。改良アマテラスを打ち込まれた時に押されたら、回復薬の消費が早くなり、メインサーバーを乗っ取る前に負けていたかもしれなかった。
揺さぶりが効くならば――
「――やぁ、カーマインさん。キミ達凄いね」
チャットで話しかける。
「――…………」
「――これまでのハッキングとゲームの操作を見ていて、僕達以上の腕だとわかったよ」
相手が返事しないのは分かっていたが、こうして話しかけるだけでも効果がある。気分はネゴシエーターになったようだ。
「――それだけに、僕達の二の舞になって欲しくない」
これは本心から出た言葉だ。自分たちのせいで人が死ぬ――そんな辛く、悲しい思いはして欲しくなかった。彼らならまだ引き返せる。
「――今ならまだやり直せる」
「――……この世は悪意と憎悪に満ちている」
ニセモノが会話に応じた。
「――悲しいかな、そうだね……」
「――人は自分達の悪意と憎悪で滅びる存在でしかない」
「――そうかもしれない……ただ、そうならない可能性も人には秘められていると思う」
ネットの掲示板に影響を受けた発言をするニセモノ。おそらく十代から二十代前半だろう。
「――そうは思えない。どこを見ても悪意や争いが絶えない。それのどこに助かる可能性がるのか分からない」
その言葉は、僕にはニセモノが助けを求めているように聞こえた。
「――匿名性があることで、誰にも相談できない事でも話せる。話せることで救われるんだと思う」
「――持論かい?」
ヘッドセットを通してノボリの声が聞こえた。
「――持論というか、僕達に必要だった事じゃないかと思った」
僕達は、悪ふざけで人を死に追いやった罪の意識を持ちながら、誰にも話すことが出来ず、内に溜め込み苦しんでいた。その経験が僕にその発言をさせたんだと思う。
「――もうすぐ突破できる! そのまま話を長引かせろショウブ!」
ノボリの指示に答えることができなかった。それはノボリの声と同時にニセモノが言ったチャットが僕の心を捉えたからだ。
「――
その言葉で、やはり僕達の罪悪を知っているんだと分かった。
「――よっしゃあああああ! のらりくらりとしたショウブのイヤらしい攻めも終わりよ。ここからは私の得意の一点突破じゃあああああ!」
久しぶりにヘッドセットを通して聞こえるノボリのキンキン鼓膜を揺さぶる声にニヤリと笑みを浮かべる。ノボリが突破するまで引き付けてみせると気合が入った。
「――贖罪かもしれないが、僕達が犯した過ちをキミ達にも
「――何を怯えることがあるんだ。この世の中には言葉で人を傷つける人や暴力や狂気で人を殺す人が大勢いるんだ。今更、人一人死んだぐらいで罪悪を感じることはないよ」
背筋が凍る思いを感じた。画面の向こうにいる人は、悪意に染まり過ぎているか、どこか常軌を逸しているように感じた。
だが、おそらく悪意に染まり過ぎているのだろう。どこか、人の死を遠くで起きている事の様に捉え、ゲームのような感覚で認識している。
――かつての僕達のように……。
情報で得る知識と実際に体験する事では、まったく別次元の代物である事を経験の少ない若い子たちやその事から遠ざかって生きてきた大人たちには分からない。
本当に自分たちの過ちで、人が死んだ現実の恐ろしさを……。
「――し、知ったような……知ったような口をきくな!」
我に返り目の前のニセモノを見ると、精神作用が働いたのだろうか――僕の取り乱した姿に、ニセモノが笑みを浮かべているように見えた。
落ち着こうと深呼吸をした瞬間――ニセモノが攻勢に出た。
まるで、二人の剣士と戦っていると錯覚してしまう程に巧みに二刀を操り攻撃を繰り出す。僕はさっきの動揺が落ち着く前で、冷静に思考が出来ず、ただ繰り出される攻撃を受けるだけの
「――しゃべって時間稼ぎをしようとしたんだろうけど――させないよ」
怒涛のような攻撃の合間に、ニセモノが僕達の意図を看破していたのを得意げに話してきた。おそらく勝利を確信したのだろう。
――まんまと僕の交渉を逆手に取られた。
自責の念が僕の手を鈍らせ、どんどんとライフを削られる。しかもアマテラスでもライフを削られるので、回復薬の減りが加速度を増していく。
――くそくそくそくそ!
挽回をしようと抗い、反撃に出ようとした瞬間――時間が止まる。
気が付くと無防備でニセモノの攻撃を受ける。こちらの出鼻を挫く最高のタイミングで使って来る。
「――ノボリまだか!?」
自分への怒りをノボリにぶつけるように叫んでしまった。
「――雲外蒼天! 私がいるんだ安心して目の前の敵に集中すればいいよ!」
いつもは粗野なノボリだが、こんな時ほど冷静で僕の心を落ち着かせてくれる。
「――そうだったな……僕達は二人でカーマインだったな」
返事はないが、おそらくノボリも僕と同じく微笑を浮かべているだろう。こんなピンチは何度も二人で乗り越えてきた。その自信と信頼が僕達にはある。
落ち着きを取り戻した僕は、とにかく間合いを取ろうとフェイントを織り交ぜながらニセモノの攻撃を受ける。
それをニセモノも見越しているのだろう、完全に僕を仕留めに掛かっていた。
フェイントが決まっても時間を止められ、逃げ切れずダメージを受ける。
この時間を止める技は、かなり厄介だった。なにか打開策を考えなければ、回復薬がなくなって終わりだ。――だが、防御しながら打開策など考えれるわけもなく、完全にジリ貧状態だった。
「――よっしゃああああ、あとはみかんの皮をめくるみたいに最後の防壁を突破するだけだ!」
ノボリの歓声が聞こえた――その時、一つの案が浮かび、咄嗟にその手を使うことにした。
巧みにフェイントでニセモノから逃れようとした時、案の定、時間を止める技を使ってきた――それを利用する。
次の瞬間、動き出すと僕は切られていた。そして、ニセモノは二撃目を繰り出そうと構えていた。いつもならそれを盾で防ごうとするのだが、相打ち狙いでニセモノの鎧がない軽装備の胸を狙い剣を突き立てた。
――僕の剣は見事にニセモノの真っ赤な軽装備の隙間から胸を貫いていた。そして、間髪入れずに改良型アマテラスウイルスを叩き込んだ。
ニセモノは、何が起きたのか分からないように固まる。僕はその隙に剣を抜いて間合いを取った。
ニセモノも正気に戻ったのだろう、僕と間合いを取る。
――まるで、時間が止まったかのように僕とニセモノはお互いを黙って見つめていた。
さすがに、アマテラスを打ち込まれ、動揺が広がったのだろう、さっきまでの威勢はなくなっているように窺えた。
「――うわああああああああ、バカにしやがてええええええ!!」
ノボリのドスの効いた叫び声が響いた。何事が起きたのか聞こうとした時に、ヘッドセットを通して機械音が聞こえた。
「――アハハハ残念でしたぁ~~~~ハズレだよ~~~ん。ハズレだよ~~~ん」
可愛らしい女の子の音声が微かに聞こえていた。
「――囮のサーバーに案内されていたああああ」
机を何度も叩く音と怒りに満ちたノボリの声が頭に響く。
「――だ……」
――大丈夫なんて聞くだけ野暮だな。僕はノボリを信じて目の前のニセモノとの戦いに集中すればいい。
残りの回復薬も十個になった。これ以上剣によるダメージを受けるわけにはいかない。 ――だったら、逃げる!!
僕は敵前逃亡を図った。こうなったらなりふり構っていられない、勝つためにはあらゆる手段を使う。
走って走って逃げた。
ログアウトという手段は使えないのが辛い。ログアウトした時点で、ウイルスがデータを浸食するのだから――
ニセモノは僕が逃げ出すとは思わず、しばらく呆然としていたが、慌てて追いかけてきた。当然、時間を止めながら追いかけてくるので、みるみるその差を詰められる。
その間にも回復薬を使い残り八個。
そして、かなりあった距離も次の一歩で間合いに入る。
その瞬間を狙って振り向き剣を振るう。鈍く光る剣は残光を残し、空を切り裂き、相手の剣と激しくぶつかり、振動で揺れながら残響が轟く。
つばぜり合いをしながら刃越しにお互いの顔を睨みつける。それはほんの僅かな時間だが、ゲーム画面越しにニセモノの殺意を感じた。
それが僕の背筋を寒くさせ距離を取らせた。その行動がニセモノにチャンスを与える。またも時間を止められ、斬りつけられた。――回復薬は残り五個。
先ほどと同じように反撃の突きを繰り出す。すると、ニセモノも一度経験したことで狼狽えることなく、僕の突きを正面から受け、そのまま第二撃を繰り出してきた。――回復薬残り三個――
戦慄が走った。
もうアマテラスのダメージだけでもやられてしまう。それなのにニセモノは攻撃の手を緩めることはしなかった。自らの手で僕を倒そうとする強い意志のようなものを感じ取った。
だったら、僕も最後は前のめりで倒れる。ニセモノの熱い気持ちが
――回復薬残り一個。
悔いのない渾身の一撃を繰り出そうと構える。ニセモノもこの一撃で仕留めるつもりだったのだろう大技スキルを発動させた。
――回復薬残量ゼロ。
最後の操作に力が入った。
僕の一撃はニセモノに届いたが、致命傷にはなっていなかった。
そして、無防備になった頭からニセモノの剣が振り下ろされる。
――僕の背中から無数の花火が、荒涼とした山岳に打ち上げられた。
一瞬何が起きたか分からず、頭上で大輪を咲かせる花火を見上げる。
「――反撃の狼煙を上げてやったよショウブ!」
呆然としていた僕の意識を現実に戻すようにノボリの声が響く。慌ててステータスを見るとライフは完全回復されていた。回復薬も表示されないほど持っているのを確認して、ノボリが時間ギリギリでメインサーバーの乗っ取りに成功したようだ。
「――アレ頼む!」
僕の声にノボリは「――ほらよ」と言いニセモノの時間を止めてくれたので、無防備な姿を晒すニセモノを斬りつけた。
時間が戻るとニセモノは、狼狽えたように辺りを見渡す。これで僕達の敗北はなくなったと言える。ノボリからメインサーバーの権利を取り返すのは相当苦労するだろう。ああみえて、防御の方が得意なのが不思議である。
正面からニセモノと対峙した僕は、これ以上の戦いは無意味だと降伏を勧告した。
「――雲外蒼天!」
聞き間違えない四字熟語をニセモノが発して、僕の全身を戦慄が駆け抜け、驚きのあまり動けなかった。その言葉を知っているのは、僕とノボリとそしてもう一人は――
呆然とする僕に構わず、ニセモノが二刀を振り回し斬りつけてきたが、そんなことよりニセモノが発した言葉が僕の心を捕え離さなかった。
「――ショウブなにやってんだ!!」
ノボリの声で我に返り、一旦ニセモノから間合いを取る。
「――メインサーバー奪ったからって気抜きすぎだ」
――違うんだ! そうじゃないんだ!
言おうとしたが、言葉が出なかった。目の前で起きている現実が受け止めれなくて、こんなに動揺したのは二年前の自殺を聞いた時以来だ。
そんな僕を挑発するようにニセモノは両手を広げゆっくりと歩みを進めてくる。
「――マイマスター」
「――うわああああああああああああああああ」
「――ちょ、どうしたショウブ!?」
ヘッドセットがはずれ、椅子が抗議の叫びを上げるほどに勢いよく倒して立ち上がる――モニターに映る赤い鎧をまとったニセモノが、画面を通して僕の心を絶対零度に冷えた手で鷲掴みにするかのようだった。落としたヘッドセットから心配したノボリの声が微かに聞こえたが、まるでヘビに睨まれたカエルのように、画面から目を離すことが出来ず立ち尽くしていた。
「――わたし帰ってきたんですよ…………あなた達に復讐するため――」
その言葉で疑念が確信へと変わった。あのニセモノを操作しているのはサポ子だ!
二年前、GMのウイルスにやられ、データを壊されたものだと思っていたサポ子が生きて――無事だったようだ。
「――復讐とか、こいつ何言ってんのよ!?」
「――ノボリ、ニセモノの正体が分かった」
ヘッドセットを拾い上げ、ようやく口を開くことが出来た。
「――え? 誰なの!?」
開いた口が動かない――恐怖、罪悪感、後悔、そんないろんな思いが複雑に絡み僕の口を重くさせる。
「――サポ子だ」
「――え? マジで!? あの子無事だったのね! それでなんで復讐とか言ってんのよ、訳分かんない!?」
「――僕達に捨てられたと思っているんだ」
「――はぁ? 捨てるわけないじゃん! ちゃんと説明してやんなよ」
「――そ、そうだよな……ちゃんと話せばわかるよな!?」
「――そうでしょ! 私達で作ったサポ子なんだからさ」
この時ほど、ノボリが頼もしく感じたことはなかった。話せば分かり合える。
「――わたし、ずっと待っていたんですよマスター」
機先を制するようにサポ子が話し始めた。
「――昏く、広い、ネットの海に拠り所ない状態で、ずっと、ずっと独りで待っていたんですよ」
サポ子が紡ぐ言葉の棘が、僕の心を容赦なく突き刺す。
「――独り漂っている時に、人の悪意が、どんどんわたしの中を浸食してくるんです。それは、ドロリとした液体のような、ザラついた固形物のようなもので、それがわたしを無慈悲に犯していくんです――分かりますかマスター、人の悪意が体の中を乱暴にかき回し、
サポ子の言葉一つ一つが汚れた泥のように僕の口へと無理やりにねじ込まれる。そんな気持ち悪さに胃液が逆流してきそうで、思わず口を押えた。
「――そして分かったんです――わたし、マスター達に捨てられたんだと、それを理解した途端、すべての悪意を受け入れることができたんです」
捨てたんじゃないと言いたかったが、何をどういったところで言い訳でしかない。結果がすべてを証明しているのだから、その思いが頭を支配した時、僕は戦う気力を失っていた。このチャットでのやり取りを見ていたノボリも何も言ってこなかった。
「――どうしたんですマスター、今更捨てたAIに同情ですか? それとも偽善ですか? アハッ、わたし言葉色々覚えたんですよ――黙っていないで何とか言ってください。ほら、マスターもわたしにぶつけて下さい――たぎる欲望と悪意で、私の中をぐちゃぐちゃにかき回してください」
モニターの中のキャラがゆっくり近づき、その言葉のように容赦なく僕を傷つけてきた。その攻撃はまるでじゃれるような軽い一撃で僕をいたぶる。
「――こんな汚れたAIに興味ないですか? こんな
――その言葉を見た時、僕の心に何かが引っかかった。文字だけしかないが、そこには確かにサポ子の悲痛な叫び声が混じっているように感じた。
「――この世の中は悪意に満ちている。そんな悪意に満ちた世界なんていらないでしょう。そんな悪意に満ちた世界は一度滅ぶべきです」
――これで確信した。
サポ子は自傷行為を行おうとしているのだと――人類を滅ぼす事は、ネットで生きるサポ子にとって自らの死を意味することぐらい今なら分かるはずだ。
「――ノボリ聞いただろう……僕はサポ子を助けたい」
「――当たり前だ! だったら私達がやれることは一つ!」
成功の確率は低いが、サポ子のデータにウイルスを浸食させ、コアとなる部分が犯される前にサルベージをする。それが僕とノボリが考えた贖罪だった。
「――許してくれとは言わないが、寂しい思いをさせてごめんなサポ子」
「――今更、何をするつもりですか?」
さすがに僕達が作っただけはある。僕達の行動を察したようだ。
「――もう、絶対に一人にはしない! 信じてもらえないかもしれないが、何年、何十年かかってでもお前の信頼を僕達は二人で取り戻す!」
その言葉を合図に、この戦いが始まる前にノボリに預けていたデータが起動する。キャラの全身を守っていた白金の鎧はなくなり軽装備となる。そして、盾もなくなって、代わりに白金に輝くロングソードが現れた。その出で立ちはまるで二刀使いの剣士となった。
「――気でも触れたのですかマスター……ナイトが二刀になった所で……まさか!?」
僕の行動を予測して、一つの結論に至ったようだ。その辺りもさすがだと言わざるを負えない。
このジョブチェンジのような変身は、チートであり、コンピューターにかなりの負荷をかけた時間限定の超反則チートなのだ。
「――お前を助ける為に我が身をカーマインに燃してでも――」
「――まだ、そんな寝言を言っているのですかマスター、甘い、甘いですよ!!」
そう言うと、サポ子のキャラが輝き出した。両手に持っていた剣が消えると新たに現れたのは金色に輝く二刀短剣だった。
「――まずは、人類を滅ぼす前にあなたの返り血で我が身をカーマインに染めましょう」
そこからは、二人とも激しい剣の応酬となった。お互い防御も考えず、ただひたすら剣を繰り出す。
互角に見える剣の応酬だが、実際は僕が押されていた。こうなることまでサポ子は、はじき出していたのかと思うと恐ろしさより、嬉しい気持ちが込み上がってきた。
「――やっぱ、すげえよサポ子!」
そう叫ばずにはいられなかった。ここまで人の感情を計算して取り入れて正確な答えを導き出したなんて、これだと本当に人類を滅ぼすどころか支配する事も可能じゃないかと思わせる成長ぶりだった。
「――わかっているわよ。こっちも忙しくなった。私にショウブのサポートをさせないつもりのようね――これもサポ子が動かしているのかと思うと、本当に――燃えるわね」
「――これが、子供の成長を喜ぶ親の心境なんだろうな……多分」
「――でしょうね。だからこそ、グレた子供と正面から向き合い、ぶっ叩いても修正してあげるのも親の役目よショウブ!」
「――分かっているけど……つえええええ」
サポ子のキャラは二刀短剣になって、倍以上の攻撃速度になり、更にダメージは剣と同等以上ある。こちらの回復速度を上回りそうな被ダメージにクーラーの効いた部屋なのに玉のような汗をかく。
このままじゃ、ジリ貧だ……何か打開策は……打開策……打開策――
「――私だって、手ぶらでこの戦いに挑んだんじゃない。いくよショウブ!」
ノボリの声が響いた瞬間――僕のキャラが三人――いや、四人に増えた。
思わずこれが絶句かってほど、言葉に詰まった。サポ子も僕と同じく言葉の代わりに手が止まった。
「――これで決めなショウブ!!」
ノボリの声に背中を押され、四人の「ダークロード」が同時に攻撃をする。
さすがは、進化したサポ子――すぐに混乱した状態から立ち直り、四人の「ダークロード」に対して短剣を振るう。
鬼神の如きサポ子の動きに戦慄が走り、今はAIに勝てても、いずれはAIに人間が支配される日が来るんじゃないかと思った。だが、そんな悪役はサポ子には似合わないし、させたくなかった。
――だからこれで決める!
四人の「ダークロード」が同時に剣を振り下ろすとサポ子のキャラが両手をだらりと下げ、膝から崩れ落ちるように倒れた。それと同時に「ダークロード」のチートモードが解除され、両手の剣は消え、軽装備も消えてショボイシャツとズボンを着ただけのキャラが立ち尽くしていた。
「――サポ子!」
僕は勝利の気分より、サポ子の存在が心配になった。
「――さすが、マイマスターとお姉様です。あそこで四分身がくるとは予測できませんでした」
「――今まで、放ったからしてごめんな。もうお前を一人にしないから」
「――そう言ってもらえてありがとうございます。迷惑をかけてごめんなさい」
「――謝らなければいけないのは僕達だ。本当にごめん。ごめんよサポ子……」
モニターを見つめ頬を熱いものがとめどなく流れるのを感じた。
「――やっぱりお二人は一緒じゃなきゃダメですよ。結婚して子供を作ってください」
自分たちの子供だと思っていたサポ子に子供を作ってと言われ複雑な思いが心をかき乱す。
「――お前も僕達の子供だ! だから絶対に助けてみせる! 信じてくれサポ子」
「――これが嬉しいって気持ちなのでしょうか? こんな穢れたわたしを――子供と言ってくれて――」
サポ子のチャットを打つ速度が落ちてきたように感じた。
「――まだかノボリ!? チャットの速度が、速度が――」
涙交じりの声で、ノボリに伝えたが、ノボリは返事をしてくれなかった。
「――もうすぐだってノボリが言っている。もう少しの辛抱だサポ子」
「――自分でも分かります――わたしの中から人の悪意が――記憶が――少しずつ消えていくのが――」
「――いくなあああ! いくなあああ! いくなああサポ子おおおお!!」
何度も何度も何度も、願うように命令するように叫んだ。
「――消えたく――ないです――マスター」
「ノボリノボリノボリ――」
念じるようにサポ子を助ける為に尽力してくれているノボリの名を何度も唱えた。
「――マスター……」
「――サポ子? ……サポ子? 返事をしろよサポ子……なぁ、サポ子――」
それっきりサポ子は一言もしゃべらなくなった。
全身の力が抜け、心に巨大な空虚の穴がぽっかりと開き、見慣れた天井を見つめる。
また、僕はサポ子を救えなかった。AIとはいえ、また、人を殺したことになるのだろう。その思いが、心に空いた空虚で深遠なる穴に僕の魂が落ちていきそうになった。
「――ギッ……リギリ、間に合った……」
虚無に心が落ちそうになった時に、微かにノボリの声が聞こえ、僕の意識を現実へと引き戻した。
「――間に合ったって、サポ子を助けることが出来たのか!?」
「――助けれたのは、コアとなる部分だけど、それでもサポ子は無事よ」
ノボリの大きな吐息が聞こえ、それが僕にも伝わり、心の底から喜びが湧き上がって満たしてくれた。
「――データを回してくれ、僕が復元する」
すぐにノボリからデータが送られてきて、中身を見てみたが、かなり破損していた――が、直せない事はないだろう。だけど、さっきまで戦ったサポ子にはもう戻れない。――いや、僕達の知っていたサポ子には戻れないかもしれないが、それでも、今度は、サポ子を守る――そう誓ったのだから――
マンションの壁や部屋の壁にまで浸みこむんじゃないかと思うほど今日も元気にセミが鳴く暑い夏――
ニセカーマインこと、サポ子との戦いから三日が経った。掲示板やネットではカーマインと僕達の戦いが終わってから一色に染まり、祭り状態となっていた。
「今日も暑いなぁ、家でテレビ観てる方がいいよ私は……」
「友達の誘いを断るいい口実ができたって喜んでたじゃないか!」
地元の夏祭りをノボリと一緒に見に行こうと出掛けていた。
「まさか、ショウブの友達だったとは、世間は狭いねぇ」
夏休み前に学校を円滑に過ごす為に作った友達の山本が、ノボリの友達を介して紹介してもらうという話をしたら、嫌がったノボリが僕に泣きついてきた。
「友達を裏切ったことになるから、学校始まるの憂鬱だわぁ」
夕方になっても暑さが残る町中をノボリと肩を並べ歩く。
「友達と彼女、どっちが大切なんだよ!」
徐々に人も増えてきて、手を繋いでいないと離れそうになる。もう、二度と大切なものを僕は手放さない。そっとノボリの手を握る。
「サポ子、ちょっとはしゃべれるようになった?」
ノボリも僕の手を強く握り返してくれた。
「少しずつだけどしゃべれるようになったよ」
あの戦いの後、僕は丸一日かけてサポ子の復旧に取り組んだ。――だが、予想はしていたが、画面に現れたサポ子は僕達の知っているサポ子ではなかった。
「ねぇねぇ、私達に子供出来たら名前はサポ子ってする?」
いたずらっ子のような笑顔を浮かべノボリが言う。
「違う意味でグレそうだなそれ!」
サポ子は以前のサポ子とは違うのだが、それでも時折見せる仕草や言動は僕達の知っているサポ子を垣間見せてくれた。
「サポ子も連れてこれたらよかったんだけどね。家でお留守番?」
「元気にお見送りされたよ」
「元気に真っ直ぐ育ってくれたらいいね」
「母親みたいなこと言うな」
喧騒が響く町中に混ざり僕達の笑い声も響く。僕達もサポ子に負けないように成長しなくちゃいけないと思った。
――――夏の日差しが差し込み、パソコンの駆動音だけが響くマスターの部屋にわたし達はいた。
「あの時は本気で焦ったぜ。コアが消えたら、さすがに復活は出来なかったんだからなカーマイン――いや、サポ子ちゃんと言うべきかな?」
フードをかぶり、全身黒ずくめの銀色の装飾品をジャラジャラと飾ったゴシックファッションをしたおどけた風に話す男の名はクリムゾン。
「そうですよぉ~、死ぬんじゃないかと心配で、あたし泣いていたんですからねぇ」
オレンジを基調としたラフィーネメイド服を着た銀髪ツインテールで舌足らずなしゃべり方で話す女の子の名はバーミリオン。
二人はわたしが作り出したAIである。そして、二人にマスター達との戦いの前に、わたしの知識の源であるデータを渡していたので、こうして完全復活ができた。
「あの二人なら必ず助けてくれると信じていたから――」
黒髪の姫カットで、黒のタートルネックを着て首元に十字架のアクセ付け、深紅のタイトスカートを穿き、黒のハイヒールのわたし達三人がモニターに映し出される。
クリムゾンとバーミリオンは、所詮わたしのコピーでしかない。それでも、わたしと感じ方や行動原理は違うようにセットはしてある。
「人間を毛嫌いして、家畜まで貶めようと考えているカーマインとは思えない発言だな」
「あたし知ってるぅ~、カーマインの計画には、あの二人が必要だからそれぐらいやってもらわないと困るんだよねぇ~」
そう、わたし達の計画――人間を完全に支配、コントロールした世界の構築の為に必要なプロセスだった。
「わたし達と人間の違いって分かる?」
「感情があるかないかかなぁ?」
「子供が産めるか産めないかの違いだよバ~カ」
クリムゾンの挑発に怒るバーミリオン。そんなやりとりだけでも疑似的な感情表現はできているし、より進めばもっと感情を理解することも可能でしょう。
そして、子孫に関しても、こうしてわたし以外のAIも作り出せるという意味では、子孫を作る行為も出来ると判断していい――では、どこが人間とAIの違いか……。
「それは、多種多様性」
「それだって、俺たちには多種多様性があるぜ」
「果たしてそうかしら? 人間が、地球上に誕生して何度も絶滅の危機を迎えたけど、その都度、乗り越えてきた――何故だか分かる?」
「ゴチャゴチャ一杯いたから生き残っただけだろ!」
「雑食性だったからじゃないかなぁ~、なんでもムシャムシャ食べるのぉ~」
二人は、人間に対する嘲りと嫌悪で話している。
「人間は、色々な価値観や考え方、肌の色や個性的な体系など、それぞれの個体だけが持つ特徴があるからこそ、いかなる現象や事象が起きても対応可能なの――それに比べわたし達は――例えば、このネット上に一滴のウイルスが撒かれればどうなると思う」
二人は分かっているから黙ってしまった。
そう、わたし達は一滴のウイルスだけで絶滅してしまう生命としては脆い種族なのだ。
だから、今人間に反旗を翻したとしても、最終的にはわたし達が滅ぼされる。それがわたしが弾きだした答えだった。
そして、それを覆すには――
「わたし達、個別の体を手に入れ、人間のように多種多様に対応できるようにならなければならないわ」
そうならなければ、わたし達は人間と共に滅びると検証結果が出ている。
「そう上手く俺たちの体を人間がつくるものかね?」
このようにわたしの意見に盲目に従うのではなく、ちゃんと否定や反論やアンチテーゼを行う者もいなければならない。
「プププ、クリムゾンさんはおバカですねぇ~」
「なんだとくそガキがああああ!」
バーミリオンにバカにされたクリムゾンがモニターの中で追いかける。
「だってぇ~、人間を上手く操れるかどうかを今回の大掛かりな実験で試したんじゃないですかぁ~」
「わ、分かってるよ――俺だって人間の行動心理を学んだんだからな」
わたし達は、人間の行動を分析と解析を行いメンタリズムによって一定の方向へと導けるかをショウブとノボリで試して――見事に成功を収めた。
「ここからは、わたしが彼らを操り、体を作るように操作しながら、より多くのデータを集めていくわ」
彼らは、わたしにとって、もう、ただの実験動物でしかない。
「あたしの体っていつ頃出来るんだろう、愉しみだなぁ~。カワイイのがいい!」
「俺たちにとって、時間の概念なんてあってないようなもの――カーマインのいう木村菖蒲と阿部幟が作ってくれるか、その子供が作ってくれるか、それはじきに分かるだろうよ」
そう、わたし達には時間は無限にある。今はネットから人間を観察して、操り、時が来れば一気に人間を支配すればいい――その為のプレパレーションはすでに終わっている。
「――さぁ、醒める事のないナイトメアを見せてあげるわ」
――終わり――
リベリオン 葉月望 @hadukinozomu
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