第3話

 勇者はこの日もスライムに惨敗していた。

 城の無料のベッドで回復してから、またはじまりのどうくつに挑むのかと思いきや、勇者が向かった先は王都にある酒場だった。

 おいおい、いい勇者が昼間っから酒三昧か。俺はすっかり呆れ果てたが、カウンターに着席した勇者がマスターに頼んだのは無料の水だった。

 そうだった、この勇者は金欠だった。


「はあ……」


 カラカラとグラスをまわす勇者の目には涙が浮かんでいる。まるでウイスキーを飲むようにカッコつけたって、グラスの中身はただの水だ。一杯飲むごとにHPを1回復できる無料の水だ。


「なんでオレ、スライムごときに負けてるんだろ……」


 やがて涙は頬をつたった。

 右手に水のはいったグラスをもち、左手で目を覆う。うぐっ、と嗚咽も聴こえてきた。

 ハタから見りゃ失恋した独身男のようなのだが、この男は駆け出してから一ヶ月にもかかわらずスライムごときに惨敗する勇者(Lv.1)だ。はじまりのどうくつすらクリアできていない駆け出し(てから早一ヶ月)の勇者(Lv.1)なのだ。惨敗の原因であるロッドは横に立てかけている。ロッドにはスライムのヌメヌメが若干付着しているがそんなことはどうだっていい。この日も勇者はスライムを殴ってみたが惨敗は惨敗だったのだ。ヌメヌメなんか気にしていられないぜ。


「マスター……おかわり」


 勇者は涙ながらにグラスを傾けた。


「水で……よろしいので?」


 シブいマスターは洗ったばかりのグラスを拭きながら尋ねる。


「ああ……」


 勇者はうなずいた。またも涙が滴った。

 勇者はいまだに一匹もモンスターを倒していないから、無料の水しか頼めないんだ。へっ、なんだか俺も目頭が熱くなってきたぜ。ちょいとばかし感情移入が過ぎたようだな。つっても、俺はファイアだから涙なんて出ないんだが。


「……今日は、マケとくよ」


 マスターはおかわりの無料の水とともに小皿に入った薬草をカウンターに置いた。おいおいおい、マスター、気が利きすぎるだろうがよ。

 いたたまれなくなったらしく、勇者はついに大声を出してむせび泣き始めた。

 まったく……いい勇者が、カッコつけるからだよ……。


 いい勇者といっても、レベル1の惨敗続きのヘッポコ勇者なんだがな……。


 今日のおまえの涙は、見なかったことにするぜ。次は俺に任せとけ。

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