あっくる隊とカエル邪運化
———ゲンドロウの家
“カチャ、バタン”
“タタタタタタタタ……”
「行ってきまーす!」
ユラオラが元気に家を飛び出す。
「行ってらっしゃい!邪運化(じゃうんか)に気をつけてなー!」
ゲンドロウは朝から仕事場で近所の注文の看板を作っている。
「それ最近のゲンちゃんの決まり文句になってるね、ゲンちゃん」
「だって心配でしょ!
なんなら毎日学校に付いていってもいいんだけど……」
「行ってきまーす!」
「あ、無視した」
「ゲンドロウ、しっかり作れよ!」
“どん!”
ゲンドロウは脇腹にエルボーをもらう。
「痛てっ!乱暴はよせ!
早く行っちまえ、マウム」
ミドルは亜空道場でユラオラを鍛えながら、地元の年寄りや女の子の健康ケアをしている。
「さあて、仕上げの前に散歩行くか、ペンペロ」
「ワンワン!」
「なんだペンペロ、嬉しいのか?
まったく、可愛いやつめ」
ゲンドロウの強烈なネガティブエネルギーのためにペンペロは普通の犬の領域から抜け出せない。
これをペンペロは《ゼロのチカラ》と呼んでいる。
当人のゲンドロウはそれにまるで気付いていない。
普通の犬のペンペロを可愛がり、毎日散歩に連れて行く。
“チチチチチュンチュンチュン……”
ゲンドロウと歩く散歩道は用水路の脇が遊歩道になっていた。
♪ケロケロ、ゲコゲコ♪
「カエルがうるさいだろ?ペンペロ。
この季節はカエルが多いんだよ」
“ゲコ、ゲコ、ゲコ、ガコ、ベコ……”
「でも今日は特にうるさく鳴いてるなあ。」
♪ケロケロ、ゲコゲコ♪
「なあ、ペンペロ!
どうしてあんなに鳴いてるかわかるか?」
「ワン」
(メスを呼んでいるだけでしょ)
と、ペンペロは言いたかった。
「まあ、お前は犬だからわからないだろうけどな……」
ゲンドロウはペンペロに自慢げに語り始めた。
「あれはな、カエルが自分の作った歌を発表しているんだよ。
カエルって音にすっごく敏感なんだよ。
人間にはゲコゲコって汚い音にしか聞こえないけどな、ハハハ」
(ゲンちゃん、ちょっと違うんだよなあ)
とペンペロは思ったがどうせ通じないので受け流した。
“カチャ、バタン”
いつものコースの散歩が終わって靴を脱ぐゲンドロウ。
「うん!」
下駄箱に目をやるとケースに入ったリコーダーが置いてあった。
「ありゃ、オーラのやつ、忘れていったな」
「どうしようかなあ……
ボクはこれから仕事だしなあ……
弱ったなあ……」
「ワンワンワン!」
(ボクが持っていくよ)
“ぴょんぴょんぴょん……”
ペンペロはオーラの学校まで届けると主張した。
「何だペンペロ」
「ワンワンワン」
必死に伝えようと吠える。
「あ、そうかペンペロ」
(ふう、ゲンちゃんがやっとわかってくれた!)
「これはな、食べものじゃねーぞ、この食いしんぼ」
“ガクッ”
「ワンワン!」
(だめだ、じれったい!無理矢理行きます!)
“ガブッ”
ペンペロはリコーダーをケースごとひったくって、くわえて走りだした。
“タッタッタッタ……”
「あ、こら!ペンペロー!」
“チチチチチュンチュンチュン……”
「はあ、はあ、はあ」
十五分ほど走った所に霜霧山小学校があった。
静かな校舎はもう授業が始まっていた。
“さ、さ、さ、さ……”
ペンペロはリコーダーを背中にかついで校庭からオーラの教室を探す。
(オーラはどこにいるのかなあ)
“クンクンクン……”
匂いをたどってのぞいたのはユーラの教室だった。
“♪ジャラッジャーンジャンジャンジャン……♪”
♪ボクがいてキミがいて、射手座の愛は、痛てて痛てて……♪
歌田先生がギターの弾き語りをしている。
自作の歌をうっとりと、目をつぶって歌っている。
(へたくそだなあ、音はずれてるよ。
よく平気で歌えるなあ)
“クンクンクン……”
(あ、ユーラが居た)
いかにも迷惑顔のユーラ達は黙って聞いている。
やがて教室の生徒達はだんだんだらけてお絵描きしたり、紙飛行機をとばしたり、居眠りしたり。
♪君が好き、とても好き、すき焼きの愛は食べ過ぎて痛いてて……♪
歌田先生は歌いだすと周りが見えなくなるらしい。
(あれが有名な歌田先生の歌か……)
「あ、ペンペロ、どうしたの?」
ユーラがペンペロに気付いて窓から顔を出した。
「ワン」
ペンペロはリコーダーを見せた。
「あ、オーラにリコーダーを届けるんだね。
ユーラも一緒に行ってあげる」
どうやらオーラは校舎の一番奥の美術室にいるらしい。
“タタタタタタタタ……”
「こっちだよ、こっち」
美術室の入り口の脇の棚には生徒の焼き物の作品がたくさん並んでいる。
(やけに静かだなあ、怪しい……)
ペンペロはすでに怪しい雰囲気を感じていた。
「奥に入ってみようか」
ユーラは警戒心を持たずに中にはいった。
“ぶん”
“どろべっちゃーん!”
「うあああ!」
いきなり赤いどろっとした固まりが飛んできてユーラの顔を直撃した。
「ペッ!ペッ!」
「ワンワン!」
ペンペロはびっくりしてユーラの顔を覗き込む。
テニスボール大の赤い泥ダンゴがユーラを直撃していた。
「ぺっ!ぺっ!何これ、どこから飛んできたのお?」
「ワンワワン」
(これは焼き物の粘土だよ)
「どわわわわわわん!」
「何!」
ペンペロの後ろに赤い泥まみれの生物が迫ってきた。
“ダットロダットロダットロ……!”
泥生物は泥をまき散らしながらペンペロに突っ込んでくる。
「あぶない!」
すばやくペンペロをどかすユーラ。
日頃のトレーニングの成果だ。
“どがべちゃ!”
“ガレキッチャン!”
泥生物は焼き物の棚にぶち当たり、中から人物が出てきた。
「土田先生!」
美術の土田先生だった。
土田先生は真っ裸で、パンツもはいていない。
大事な部分にわずかな泥が付いているだけ。
「ううっ……ワシどうしたんだろ、裸じゃないか」
(絶対、邪運化がいるはずだ)
ペンペロの警戒は続く。
「先生、みんなは?」
ユーラが泥を拭いながら尋ねた。
「あ、美術室かな」
“そおおおおお……”
美術室を覗く。
“もんどろどろどろどーーーーん……”
「うあっ!なんだこれは!」
子ども達が赤や青や黄色の様々な泥を浴びて、そのまま壁に貼付けられていた。
「ううう……うーん……」
「ええええん……」
「動けないよー……」
「助けてー……」
教室では何人もの子ども達がうろたえて、次々に色の着いた泥を浴びて壁に貼付けられたり、そのまま床に転がったりしている。
「あ、あそこにオーラがいる!」
「ワンワン!」
「あ、ペンペロ!
ユーラも……」
ユーラとペンペロにオーラが気付く。
オーラは山のような泥を投げつけられたて動けないでいた。
「ユーラ、ペンペロ!邪運化が出たんだ!
ボク、やっつけようとしたけど、逆にこうなっちゃった」
土田先生はパンツを探しながら、想い出そうとしていた。
「今日はみんなで焼き物をしようと思って粘土と絵の具をいっぱい準備していたんだよね。
それで朝、奥の準備室に入ったらいきなり赤い泥が飛んできたんだ」
土田先生は口にはいったモノを吐き出しながらつぶやいた。
「ぺっ!ぺっ!こりゃワシのパンツだ!」
“ズリズリズリッペッ……”
「いっ……」
思わず引いてしまうあっくる隊。
「あーあ、今日は朝から運が悪いや」
“あっくる、あっくる……”
「ワターオ!」
ペンペロが邪運化を感じて吠えた。
“シュルシュル……”
頭のワタボウシがふくらんで回りだした。
“プシュー”
出てきたメアワータをペンペロはコントロールする。
“ぱっ”
三つに別れてユーラとオーラ、そしてペンペロの口に入る。
『あっくっく!』
あっくる隊のアックリング開始。
ワタ我士の姿になったペンペロは二本足で立ち上がって、話もできる。
「ユラオラ!
た。邪運化(じゃうんか)だよ!」
「オーラ、どこに現れたの?」
「あそこだよ!」
オーラが指差す所に教壇がある。そのうえに《焼き物粘土》と書いた樽がいくつかある。
♪ケロケロ、ゲロゲロ、ゲンゲロ、ゲンゲロロロ……♪
♪ケンケロゲッコ……♪
♪ケンケロゲッコ……♪
「いるね、確かに……」
「カエルの鳴き声みたいだ……」
「邪運化!悪さは止めろー!」
ユーラは一応叫んでみた。
“どろどろどーどどどろろろろろ……”
「出たー!」
黄色い樽から出てきたのはカエルに同化した邪運化だった。
「うあ、全身絵の具でまっ黄っ黄だ!」
「ゲロ?オレがわかったんか?」
「わかったに決まってる!」
オーラの決め言葉。
「オレが今、気持ちよく歌っているんだ!
邪魔するな!ケロップ」
「みんなを泥で固めて動けなくしてるじゃないか!」
「そうだよケロケロ、鼻歌まじりで悪さしてるんだ」
“べっどろん”
カエル邪運化は黄色い樽から粘土を取り出した。
「キイロケロケロ、黄色泥くらえ!」
“シュッ”
“どろびたん”
容赦なく泥を浴びせてくる。
“どびたっ!”
「うああっ!」
あっくる隊は油断して泥をくらってしまった。
「ケロケロそこでおとなしくしてろ!ケロロ!」
「よおーし、お返しだ!」
“シュッ”
あっくる隊は逆に泥をカエル邪運化に投げつける。
“どびっしゃ!”
見事に命中。
「ママとトレーニングしてるんだぞ!」
カエル邪運化は泥を払いながら
「やるなあ、ケケロ」
次の攻撃に出た。
「これならどうだ」
“シュッ”
“どろっぴ”
「よおし!こっちも」
“シュッ”
“だろぼ”
その攻防を見ていたペンペロはつぶやいた。
「だめだ、完全に遊ばれてる。
戦術を変えないと……」
この時、ペンペロは油断していた。
“ぺー”
カエル邪運化が長いべたつく舌をペンペロめがけてのばしてきた。
「よけるんだよ!ペンペロ」
“べたっ”
「あっ!ペンペロ!」
ハエを捕る要領でペンペロは捕まってしまった。
カエル邪運化の長い舌にくっつけられてそのまま、飲み込まれてしまった。
“パクッ”
“ごっくん”
「あーっ!ペンペロ!」
♪ケンケロゲッコ……♪
♪ケンケロゲッコ……♪
再び調子良く歌い出すカエル邪運化。
「うああ、ペンペロが飲まれてしまった」
「どうしよう、ユーラ」
ユーラとオーラはどうしていいかわからず、攻撃も止まってしまった。
♪ケンケロゲッコ……♪
♪ケンケロゲッコ……♪
「ユーラ、カエル邪運化が踊ってるよ」
「うーん、なんとかしないと」
♪ケンケロゲッコ……♪
♪ケンケロゲッコ……♪
「ピー」
「うっ、何だ?」
調子よく、歌っていたカエル邪運化が急に変な声を出した。
「ピピー!」
「オーラ、何か変だよ!」
「ピウピー」
カエル邪運化のお腹の中からとすっとんきょうな音が聞こえてきた。
「ピラップ」
「うぐっ、げっ」
カエル邪運化はペンペロを吐き出してしまった。
ペンペロがカエル邪運化のお腹の中でオーラのリコーダーを吹いたのだ。
「やめろー!オレは音に敏感なんだ。
嫌な音は気分が悪くなる」
カエル邪運化は一瞬、青白い色になって震えた。
“ぶるるるるるん”
「そうか、邪運化の弱点がわかったよ!
リコーダーで変な音を出せばいいんだね」
ユーラが思いっきりリコーダーを吹こうとした。
“べたっ”
“シュッ!”
「うああ!」
カエル邪運化の舌でリコーダーをとられてしまった。
「オレはなー絶対音感の邪運化なんだー!ケロケーロ」
“バキバキバキ……!”
「うあ、壊された」
「しまったー!
作戦失敗だあ……」
「ううん、嫌な音って他にないのかなあ」
♪ケンケロゲッコ……♪
カエル邪運化は歌いながら、今度は青い樽から粘土を取り出して次の攻撃を仕掛けようをしている。
「そうだ!」
戦術のペンペロにアイデアが浮かんだ。
「ユラオラ、歌田先生連れてきて!」
「まだ夢中で歌ってるよ」
「だからいいんだよ」
「わかった」
“タッタッタッタ”
♪ゲロロン、ゲロロン♪
“どろべったん!”
カエル邪運化はますます調子にのって、青い粘土を投げている。
「よいしょ、よいしょ」
そこへユラオラが歌田先生を担いでやってきた。
「ユラオラすごい、重くない?」
「ママといつもトレーニングしてるんだぞ!」
「そうだね」
「お、ユーラなんだ、ボクをこんなところに連れてきて」
「歌田先生!歌って!」
「えっ!どうしたの?」
「なんでもいいから先生の素晴らしい歌をききたいのー!」
ユーラが訴えた。
「そ、そうか。
じゃあ、思いっきり歌っちゃうぞー」
♪ああーん♪
♪ボクがいてキミがいて、射手座の愛は、痛てて痛てて……♪
♪射手座の愛は、痛てて痛てて……♪
歌田先生は熱唱する。
“おわんおわんおわんおわんおわんおわん……”
ひどい音程の歌声が美術室に響き渡る。
「や、やめろー!!ゲロ……音はずれてるううう……」
あまりのひどさにたまらず、カエル邪運化は耳をおさえて悶え苦しむ。
〆ゲロゲロゲロ……〆
身体の色は黒ずんで口からベロを出し、ぶるんぶるん振り回す。
〆うんどろでいすいぼいげいだんすんぼいへえあん……〆
ガマガエルのようにぶちぶちにふくれた。
“ボパンプ!”
見事に吹っ飛び泥が飛び散った。
あっくる隊を除く全員が吹っ飛んだ。
今までの記憶も消えるほどに……
「やったー!」
アックリング終了。
静かになった美術室。
生徒も解放された。
「うああ、何があったんだろ」
なぜ教室中がカラフルな色の泥だらけなのかわからない。
そしてやはり泥だらけの歌田先生と土田先生。
お互い訳もわからず尋ね合う。
「土田先生その顔どうしたの?」
「歌田先生こそ、声が枯れてるよ」
真相を知っているのはあっくる隊だけだった。
ペンペロは意気揚々とゲンドロウの家に戻ってきた。
(今回はゲンちゃんの言葉がヒントになったな。
カエルが自分の作った歌を発表しているとか、ものすごく音に敏感だとか……)
「ワンワン」
「おう、おかえり!ペンペロ。
学校に持って行ってくれたんだな、えらいぞー」
「ワン」
“すりそらそららーん”
普通の犬のペンペロがゆっくり昼寝をしていると、ゲンドロウがひどい声で歌いながら看板にペンキを塗っている。
♪カエルの歌が聞こえてくるよ♪
♪げーげー、ゲロゲロ……♪
(この人も音はずれてるううう……)
ペンペロはつぶやいた。
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