あっくる隊とカッパ邪運化

———小さな列島の南の小さな町、霜霧山町

“チッチッチチュチュンチュン……”

ゲンドロウ一家は霜霧池の脇の道の駅にやってきた。

《道の駅シモキリ》

ここには霜霧山町の名産が並んでいる。

特に渓流と霜霧池で穫れる魚が豊富だ。

アユやマス。うなぎや鯉など。美味しいと評判で大勢の客でにぎわっていた。

駐車場の横は芝生の広場がある。

「よし、みんな!

フリスビー、いっぱい持ってきたよ!」

ゲンドロウは腕まくりしてあっくる隊を集めた。

「いくよー」

「それー!」

「それっ!」

“ビュ!“

“シャー”

「ワンワン!」

“カプッ!”

ペンペロはみごとなキャッチングを見せる。

「よし!ペンペロ、こっちによこせ!」

“シュッ!”

ペンペロは体をくねらせ、反動を利用して見事に返す。

“シャーッ!”

「おっとっと!」

ゲンドロウは運動神経がいまいちなのでキャッチし損なう。

“ごろごろどてっすん!”

「ゲンちゃんへたっぴ!」

「ちょっとゲンドロウ、じゃまなんだけど」

「はあ、はあ、はあ、何だよ、マウム」

「はずれてくんない?」

「わかったよー!ボクはちょっと向こうのベンチに座って見ているよ」

ゲンドロウは息を切らしながら、広場に沿っている道を渡ってベンチに向かった。

「じゃあ、ゲンちゃんが居なくなった所でフリスビーを取り入れたトレーニングをしようか!」

ミドルが提案した。

「わかった!どうやるの?」

「フリスビーノックよ!」

「フリスビーノック?」

「フリスビーをキャッチしたら一回転して、向こうのマウムちゃんにすばやく投げるのよ!

しかも正確にね!」

「うん」

「いい?マウムちゃんを一歩も動かさずにど真ん中に投げるのよ!」

「オッケー!」

「じゃあ、ユーラから」

“ビュン!”

“シャー!”

“ビシッ!”

「はい!」

“ダダダダ……”

「それ!」

“スタッ!”

ミドルは遊びながらユラオラを鍛えていく。

「はい!それっ!」

「はっ!とおっ!」

遊びから始まったフリスビーはだんだん熱を帯びてくる。

「もっと早く!」

「はい!」

「ワンワン!」

ペンペロも見事な動きを見せる。

「あんな真剣になっちゃって、もっとのどかにできないかなあ。

たかがフリスビーじゃないか」

ゲンドロウはつまらなくてあくびをする。

「よう、ゲンドロウ」

そこに歩平が現れた。

「オジさん!何やってんだ」

「ワシはグランドゴルフの仲間と温泉に行ってきてな。

今、トイレ休憩じゃ。

オマエこそ何やっとるんじゃ」

「オレはあっくる隊のトレーニングの監督をしてるんだよ。ほら」

ゲンドロウがアゴでしゃくると、あっくる隊の真剣な姿があった。

「そうか、監督ねえ。どう見ても、オマエだけはじかれたって風景だけどな」

「オジさんー」

歩平にはお見通しだった。

「歩平どーん」

「おー」

歩平の仲間のスケさんが呼んでいる。

「こっち、こっち。振る舞い寿司じゃ」

「ホントか?」

「そうじゃ、ただで寿司を食わしてくれとるぞー!」

「ゲンドロウ!オマエも行こう」

「ただ?

ただなら行くか」

ゲンドロウと歩平はスケさんの後ろに付いていった。


“さかなすそすそさかなすささかかな……”

広場の隅にいくと見かけないテントがある。

テントの周りに《カッパカパ寿司》と書いた数本ののぼりが立っていた。

仮設テントになっていて、その垂れ幕に『珍ネタ寿司試食会!』という大きな文字が書いてある。

“ぞろぞろぞろぞろ……”

「いっぱいじゃねえか。」

「歩平ちゃん、こっちだよ。

あらゲンちゃんも居たの?」

入り口前には歩平の他の仲間が並んでいた。

ゲンドロウは張り紙の文字が気になった。

「珍ネタ寿司か、怪しくないか?」

「ワシは寿司には目がなくてなあ」

「聞いてないなオジさん」

ゲンドロウは心配性だが好奇心だけは人一倍ある。

みんなと並ぶ。

“さかなすそすそさかなすささかかな……”

「いらっしゃい!いらっしゃい!

珍ネタあるよ!試食だから無料だよー!」

板前の実に威勢のいい声が聞こえてきた。

「順番に並んで、並んでー!」

「ゲンドロウ、はいるぞ!」

「回ってるのか」

中の部屋は意外と広くて、回転寿しの天井にはミラーボールがあった。

「うああ、趣味悪いなあこりゃ

チカチカしてよく見えねえや」

ゲンドロウが顔をしかめる。

よく見るとイスが動いている。

「なんだー?

ここの回転寿司は人間が回るのか」

「いらっしゃいー!」

丸いカウンターの真ん中にはぶかぶかの白衣を着て、大きな帽子をまぶかにかぶった寿司職人がいた。

“ナムノムモグ”

客は椅子に座り、忙しく食べている。

“シャカスコ、シャカスコ、ペイ、ペイ、ペイ……”

それ以上に寿司職人はネタを素早く握って皿を並べていた。

「よお、歩平どん、うまいぞうハハハ」

「向こうの出口まで回り着いたら、終わりですよー」

「すごいなあの寿司職人、

すごいスピードで握ってるよ」

「そうだな、早すぎて手が何本にも見えるなハハハ」

“♪チンギョムンギョ、ニギリャマキャ♪“

音楽ともお経ともつかない曲が流れている。

歩平の仲間は先の方でうまそうに食べながら回転している。

「ほれ、ゲンドロウ、座ろうか」

“どし”

“ぐううううん”

イスはカウンターに並んだにぎり寿司の皿に向かう。

「皿にメニュー札が付いてるな。

珍トロ?珍サーモン?珍エビ?

全部かよー」

ゲンドロウは警戒して手が出せないでいる。

歩平はすでに飛びついている。

「うん、こりゃうめえ、

食べろよゲンドロウハハハ……」

「おじさん、おじさんのハゲ頭にミラーボールの光がチカチカしておもしろいや。

ハハハハハ……」

“♪チンギョムンギョ、ニギリャマキャ♪“



一方、こちらは広場のあっくる隊。

「ちょっと休憩しようか」

「ママ、お腹すいた」

「何か食べようか、ゲンちゃん呼んできて」

「わかった!」

あっくる隊はゲンドロウを探しにいった。



「マウムちゃん、何食べる?」

“ピピピピピピピ……”

「あ、TTから連絡だ」

ミドルとマウムの関係している研究チームから唯一の窓口となっているマウムの内蔵チップに連絡があった。

「せ、先生大変!」

「どうしたの?」

「ドクターがゴキブリを食料にする研究でトラブルだそうです」

「あらら、大変、ちょっと話してみる」

マウムはミドルにネット端末を渡した。

“ピ”

「ドクター、ワタシよ。

えっ!ゴキブリを食べてお腹をこわしたの?」

「それで?

お腹の薬を送れって?

アマゾンまでは無理だよ、TT!」

マウムはこめかみに指を当てて肩をすくめた。



「ゲンちゃーん!」

「ゲンちゃーん!」

あっくる隊はゲンドロウを探していた。

“クン、クン”

「ワンワン!」

普通の犬のペンペロが匂いでゲンドロウの居場所を突き止めた。

「え、あのテントの中なの?ペンペロ」

ユラオラ達が近づいていくと入り口に並んでいた人達がブツブツ文句を言っていた。

「なんだよ、もう試食はおしまいかよ」

「いきなり入り口を締めてしまったんだよ」

「食べたかったのになあ、今日は運が悪いや」

(うん!怪しい)

ペンペロは警戒する。


あっくる隊はテントの裏に回ってみた。

“ふーらりふらり”

「人が出てきた、フラフラしてるよ」

「その後ろからもヨロヨロした人が出てきたよ」

「なんか、とっても怪しい雰囲気だねペンペロ」

「ワンワン!」

テントの中をのぞいてみる。

“♪チンギョムンギョ、ニギリャマキャ♪“

変なお経めいたものと、チカチカした怪しいミラーボールの光。

「ハハハハ……」

「アヘラヘラヘラ……」

人々が笑いながら踊っている。

ゲンドロウと歩平も当然踊っている。

「ゲンちゃん!」

「ゲンちゃん!」

「寝ぼけてるみたい」

「ねえ、ユーラ これ邪運化(じゃうんか)のせいじゃないの?」

オーラはつられて踊りそうになるのをこらえている。

「でもペンペロのワタボウシがシュルシュルいわないよ」

答えるユーラはすでに踊っていた。

「ケアッカカカカ……」

ユラオラが戸惑っていると奥から高らかな笑い声が聞こえてきた。

それはカッパ巻きに同化した邪運化だった。

頭はキュウリの好きなカッパ風でねじり鉢巻きをしている。

頭のてっぺんにはりっぱな皿があって、胴体はシャリで、ちゃんと海苔を巻いている。

寿司職人は完全に操られていたのだ。

「カカカ、おもしれえなあ 踊れ踊れ!カカカ」

「邪運化!悪さはやめろ!」

ユーラが叫ぶ。

「カパッ!オレがわかったんか?」

「わかったに決まってる!」

オーラが答える。

「ワン!ワンワン!」

しかしペンペロはスーパードッグになれず、ワンワンと吠えるだけ。

いつもの《アックリング》が出来ない。

完全なあっくる隊にはなれないでいた。

「いくぞ!」

「まあ、寿司でもどうでえ」

「あ、ありがとう」

ユーラとオーラはつられてカウンターに座り、食べようとする。

「うん?

違うよもう、調子でないなあ」

“♪チンギョムンギョ、ニギリャマキャ♪“

戦術のないまま、カッパ邪運化に踊らされて、怪しい寿司を食べそうになるユーラとオーラ。

「どうしてアックリングできないんだろ」

「ワンワンワン!」

「ペンペロが何か言いたそうだよ」

“ペタ”

ペンペロがゲンドロウに剝がしてきた張り紙を張った。

「何貼ったの?」

ペンペロがゲンドロウに貼ったのは《お持ち帰り》の紙だった。

「そうか!

ゲンちゃんがいるからペンペロはアックリングできないんだ!」

「ワンワン!」

ユーラはペンペロの考えに気付く。

ゲンドロウの強烈なネガティブエネルギーのためにペンペロは普通の犬の領域から抜け出せないのだ。

「オーラ!先ずゲンちゃんをここから連れ出そう」

「わかった!ユーラ」

“それ、よいしょ、よいしょ”

ユラオラはヨタヨタ踊るゲンドロウをテントから連れ出す。

テントからかなり離れた道の芝生に連れてきて放り出した。

“どさっ”

「ふう、重かった」

「無駄に太っているからねえ」

ユーラとオーラは急いでテントに戻る。

「ふゅううああ……」

残されたゲンドロウはまだ夢遊状態が解けない。

「ユーラ、ゲンちゃんが近くに居るとアックリングできないんだね」

「うん、早く行かなくちゃ!」

“タッタッタッタ……”

テントに戻ったユラオラをペンペロが待ちかねていた。

そして吠える。

“あっくる、あっくる……”

「ワターオ!」

ペンペロが邪運化を感じて吠えた。

“シュルシュル……”

頭のワタボウシがふくらんで回りだした。

“プシュー”

出てきたメアワータをペンペロはコントロールする。

“ぱっ”

三つに別れてユーラとオーラ、そしてペンペロの口に入る。

『あっくっく!』

あっくる隊のアックリング開始。

ワタ我士の姿になったペンペロは二本足で立ち上がって、話もできる。

「ユラオラ!

邪運化(じゃうんか)だよ!」

「こら!邪運化、悪さをやめろ!」

「おろ?オレがわかったんか?」

「わかったに決まってる!」

オーラの決め台詞が決まった。

「なんでわかったんだーカッパッパー!」

“どん”

カッパ邪運化は寿司職人を突き飛ばす。

「あれが本物の寿司職人さんか」

「オマエはここで何をやってたんだ!」

ペンペロが問いただす。

「へへへ、オレは寿司の研究をしていたんだカッパ」

そう言って、手にツバをして気合いを入れる。

“ぺっ、ぺっ、ぺっ”

「うあ、汚なー」

「オレはなあ、こいつらを踊り狂わす楽しい寿司ネタを作って笑ってたんだ。カッパカパ」

“シャカスコ、シャカスコ、ペイ、ペイ、ペイ……”

そして素早く皿に握り寿司を並べた。

「うああ、何だろこの寿司、気持ち悪う」

よく見ると、寿司ネタはグロテスクな、何とも得体の知れない魚のネタだった」

「オレが集めた、ミミズや、ヤモリや、ナメクジや、カエルだろ。それから……」

「やめろー!」

ユラオラは気持ち悪くて聞いていられなかった。

「そうか、このミラーボールのチカチカに目がだまされていたんだね」

「ホージーもいるよ」

歩平は口の周りにミミズをくっつけてふらりふらり笑っている。

「ここは危ない」

ユラオラは歩平も外に出してあげた。

「よし、これで思いっきり戦えるよ、ペンペロ」

ペンペロにはすでに戦術ができていた。

回転寿しの皿をとって投げて見本を示す。

“シャーッ!”

「ユラオラ、皿フリスビーだよ!」

ユーラとオーラもその辺の皿を手にした。

「なるほど!」

「わかった!」

あっくる隊は回転寿しの皿をとってフリスビーの要領でカッパ邪運化に投げつけた。

“シャーッ!”

“シャーッ!”

“シャーッ!”

「わ、なんだこら!やめろこら!」

“ガチャ!”

“ガチャーン!”

“ガガッチャン!”

次々に襲ってくる皿フリスビーにカッパ邪運化はあっち転び、こっちの壁にぶつかったりしている。

「カッカー!あったまにきたー!」

「ボクたちはさっきまでフリスビーで特訓していたんだ!」

ユーラが人差し指を指してアピールする。

「カッパ邪運化!オマエもやってみろ!」

ペンペロが誘導した。

カッパ邪運化も反撃しようと皿を探す。

しかし、皿は割れて使えない。

「皿!皿!皿がねえぞ!カパッ!」

この時とばかり、ペンペロが叫んだ。

「オマエの頭にあるじゃないか!」

「そうだ、ここにあった!カパッ!」

カッパ邪運化は思わず頭の皿を投げてしまった。

“シャーッ!”

「カパッ! しまった! オレは皿がないとだめなんだー!」

「うまくひっかかったな!」

「やったね、ペンペロ!」

“ボン!”

カッパ邪運化はパンクしてしまった。

アックリングは終了。



「ペンペロの作戦勝ちだね」

「あ、ユラオラ」

あっくる隊がテントを出るとそこにミドルとマウムが居た。

「ごめんね、ちょっと緊急の用事があって……

もしかして、出たの?邪運化が……」

「うん」

「ママ、やっつけたよ!」

ユーラとオーラは親指を立てた。

「そう、あっくる隊だけで……」

「ワンワン!」

「ペンペロが大活躍だったよ!」

「そうなの?すごいじゃない」

「あっくる隊も強くなったなあ」

あれ?ゲンドロウのヤツは?」

「おーい、助けてー」

芝生の方からみんなを呼ぶ声がする。

「ゲンドロウと歩平だった」

「どうしたの?」

“タッタッタッタ……”

「ゲンちゃん、大丈夫?」

ゲンドロウと歩平はお腹を押さえていた。

「は、腹が痛いんだ」

「ワシもじゃあー

なんか、変なモノ食べたみたいで……」

「まったく、どいつもこいつも腹痛かよー」

マウムがまた肩をすくめて言った。

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