あっくる隊とメタボ邪運化


———ゲンドロウの家

“ずらーん”

朝ご飯の後、テーブルに並べられた栄養ドリンクの数々。

“プシュッ!”

ゲンドロウが勢い良く開ける。


「ただいまー」

ユーラとオーラとマウムがペンペロの散歩から帰ってきた。

「ふう、早足の散歩は結構いいトレーニングになるわね」

「うん、お腹空いたー」

“ゴクゴクゴク……”

ゲンドロウは栄養ドリンクを次々に飲み干している。

「ゲンドロウ、最近栄養ドリンク飲み過ぎじゃない?」

「そんな事ないよーマウム」

“ゲップ”

「このくらい飲んで体力つけておかないと迫り来る邪運化の脅威に対抗できないんだ」

ぐいっと拳を突き上げる。

「相変わらず、頭が単純だな。それじゃ逆効果だよ、ほら、鏡を見てみなよ」

「よいしょ、よいしょ」

ユーラとオーラが姿見用の鏡を引っ張ってきた。

「ゲンちゃん、これ見て!」

でっぷりお腹の出たゲンドロウが映っている。

「いー!誰の腹だ?」

「ゲンちゃんだよ!」

“ポンポンポン”

ユーラとオーラがゲンドロウのお腹を叩く。

「やっぱ、ボク……か」

「ゲンちゃん、ママは?」

「ん、さっき携帯に連絡があって、二階に上がったよ」

「あ、降りてきた。ママただいまー」

「お帰りー」

二階からおりてきたミドルは手に何か持っていた。

「ゲンちゃん、体力つけるんだったらこれよ!

メンバー登録しておいたから」

ミドルがカードをピッと飛ばす。

“ピッ”

「痛てっ」

ミドルが差し出したのはフィットネスジムの会員証。

「ああ、それワタシも知ってる。

駅前に今度出来たんだよね、先生」

「そう、いろんな人が来てたわ。

メタボコースというのがあって運動不足のお父さん達がいっぱいなの」

「あ、ありがとう!ミドルちゃん

でもボクはいいよ」

「そのお腹じゃ使い物にならないぞ、ゲンドロウ」

「わかったよ、マウム。

家族を守る為にやってみるか!」

ミドルは家族のためだと頑張るゲンドロウが好きだった。

「ゲンちゃん、これから行ってらっしゃい!」

「あ、だめだ。

トレーニングウエアがないや」

「いいじゃないのTシャツで……」

「いいやだめ!

ボクは形から入るから……」

「あるよほら、

ワタシが前、所属していた研究所のすぐれものだよ」

マウムはウエアをゲンドロウに押し付けた。

「良かったねゲンちゃん」

「がんばれ!ゲンちゃん」

みんなに押されてゲンドロウはもう後に引けない。

「行ってきまーす……」

しぶしぶゲンドロウはクラブに出掛けて行った。

「ゲンちゃん気になるわねえ、ユラオラとペンペロも偵察に行ってきて」

ミドルはユラオラにミッションを依頼した。

「あっくる隊了解!」

“たたたたた……!”

「ゲンちゃーん!ちょっと待って!」

「えっ一緒に行くの?

ま、いいけど」

ゲンドロウ達を見送った後、マウムはミドルに聞いた。

「先生、《TT》から連絡ありました?」

「あったわよ。今、ゴキブリを食料にする研究をしているそうよ」

「くだらない研究だなあ、

ははは……」

TTとはマウムが以前はいっていた、研究チームだった。

「あの人達の研究もいつかあっくる隊の役にたつ時がくるわ」

「早速役にたってますよ先生」

「え?」

「さっきゲンドロウに渡したウエアは以前、TTで作った品物なんです」

「そうだったの?」

「はい、サンプル品ですけどね」

「サンプル品かあ……」

ミドルはちょっと気になった。



———シモキリフィットネスクラブ

閉ざされた盆地の小さな町にしては、おしゃれな建物の中にオープンしていた。

“ぱあああああああ!”

「おお、大きくてきれいなところじゃないか」

「お客さんも多いね」

「そうだな、開店セールってやつだよ」

“♪ラルロルレルラリー♪”

入り口では若いスタッフが客を迎える。

クラブのトレーニングコースの案内を配っている。

「いらっしゃいませ!ようこそ」

スタッフはお揃いのフィットネスユニフォームを着ていた。

「あのう、ダイエット運動したいんですけど……」

「こちらがコースになってますので奥でお選びください」

ゲンドロウはスタッフにカードを見せた。

「お父様は会員ですのでこちらへどうぞ。

お子様達は見学のお手続きをお願いします」

「じゃあ、ユラオラ、飽きたら先に帰っていいからね」

「こちらが更衣室ですので着替えてください」

“バタン”

「なんだよこれ。

着にくいなあ。

まったく、マウムのやつ」

ゲンドロウがマウムから渡されたトレーイングウエアはワンピースタイプで上下が一体になっていた。

「うしろにファスナーがあるからめんどくせえ!」

“バタン”

ゲンドロウはようやく着替えて出てきた。

「ふう、無理矢理肉を押し込んで、やっと着れたよ」

ゲンドロウがメタボコースに向かおうとした時、

「ゲンドロウ!」

どこかで聞いた声がした。

「あれ?歩平おじさんも来てたのか」

そこには歩平が最新トレーニングウエアで決めて立っていた。

「ああ、スナックのママに教えてもらったんじゃ。体験コースをな」

「冷やかしかよ!」

「ゲンドロウ、このジムは最高じゃぞ!

マシンのコースは5番と7番のランニングマシン。

フィットネスルームでは向かって右から3番目と8番目だな」

歩平は嬉しそうにメモ帳を見せる。

「何?それ」

「何って、そこにぷりんぷりんの娘がいるんじゃよ」

「またそれかよー、おじさんの目的は」

「まあ、まあ、いいから。

ちょっとこっちに来て見てみれや!」

歩平がゲンドロウをひっぱって連れて行こうとする。

「ちょっと、オレはメタボコースなんだよ」

ゲンドロウの声も聞かず歩平がダンスコースに連れて行く。

「あれ?ゲンちゃんどこだろう」

見学のシールを胸に貼ってもらったユーラとオーラとペンペロのあっくる隊はゲンドロウを見失ってしまう。

「今日はゲンちゃんを監視するミッションなのに……」

周りを見回すと、マッチョなスタッフがいっぱい。

「さすがみんないい体しているね」

そんなユーラとオーラに特にマッチョで背の高いスタッフが近づいてきた。

「はっ!

もしかして、マッチョ邪運化?」

マッチョ男がさらに近づいてきて、手に持っている何かをユーラに向けた。

「いたな邪運化!」

ユーラは反射神経で思わずキックを入れる。

“ボカ”

“へなへな”

「やだあー!何するのよぉ……

サービスの筋肉の冷却スプレーを渡そうとしたのにー」

おねえ系のマッチョ男はスプレー缶だけ押し付けて去って行った。

「ちがった、ごめーん、へへへ」

「筋肉おねにいさんだね、ハハハ」

(いろんなコースといろんな性別があるんだなあ……)

ペンペロは感心した。

「ゲンちゃんどこいったんだろ?」

「メタボコースに行ってみようよ」

(……何だろ?

何かあるかも……)

ペンペロに期待とも不安ともとれる気持ちが湧いた。

「ハイ、こちらから自由にお入りください」

入り口には案内のスタッフが立っているだけ。

長い通路の両脇は扉のついたボックスになっていて、ボックス型の部屋にはそれぞれマッサージ台が置いてあった。

「うああ、太った人達だらけだよ」

“わしわしわし……”

数人のメタボの客は数人の女子プロレスラー並みの頑丈な女性のスタッフから肉を揉まれ、しぼられている。

「痛たたたた……

もうちょっとやさしくやってよー」

「やってますよー」

「ふーん、メタボって大変だね」

「ゲンちゃんがいないね」

「あそこかな」

通路の正面は金色の特別なボックスになっている。

“でぶどろでごぶどーん”

極端に太った客が数人並んで腰掛けていた。

ドアに《スペシャルマッサージ》と書いてある。

“バタン”

「あ、中から誰か出て来た」

「ゲンちゃんじゃないね」

あっくる隊は壁に張り付くように、様子を見ている。

極秘のミッションきどり満々のあっくる隊。

スペシャルマッサージから出て来たメガネにヒゲの客だった。

メガネヒゲの男は普通の人より極端にやせていた。

「あの人、やせすぎてない?」

「あの人も並んでいる人みたいに太っていたのかな」

「はーい、次の人」

「ふいー、はあ」

呼ばれて立ったのはソーセージみたいお腹の超メタボの客だった。

ソーセージみたいなお腹の客は重たそうにお腹を揺すってボックスの中に入っていった。

“バタン”

“ぶちーっ……ぶりぶすぶーるーるー……”

「くいーっ!くくく!

ういーっち!しっく!」

「誰か歌ってる?」

「悲鳴じゃないの?」

あっくる隊の前を通り過ぎるのはさっきのメガネヒゲの客だった。

何かつぶやいている。

「あーあ、やせたのはいいけど全然チカラが出ないや」

尋常でないやせ方をいち早く怪しく思ったのはペンペロだった。

(もしかして……)

ペンペロはメガネヒゲの客を注意深く観察する。

「あーあ。

やせすぎちゃって、やだなあ。

今日は運が悪いや」

“あっくる、あっくる……”

「ワターオ!」

ペンペロが邪運化を感じて吠えた。

“シュルシュル……”

頭のワタボウシがふくらんで回りだした。

“プシュー”

出てきたメアワータをペンペロはコントロールする。

“ぱっ”

三つに別れてユーラとオーラ、そしてペンペロの口に入る。

『あっくっく!』

あっくる隊のアックリング開始。

ワタ我士の姿になったペンペロは二本足で立ち上がって、話もできる。

「ユラオラ!

邪運化(じゃうんか)だよ!」

「うん、わかった!」

「あの奥の《スペシャルマッサージ》の部屋だね!」

あっくる隊はそおーっとボックスの壁をよじのぼって覗いてみた。

「うあ!」

するとそこにはソーセージ客がうつ伏せに寝かされ、誰かに背中を吸われている。

“すいとろっとすいーっとすい……”

「やっぱり邪運化だ」

ペンペロがユーラとオーラに目で合図する。

邪運化はスタッフと同じユニフォームを着ている。

どうやらスタッフに同化したようだ。

ソーセージ客のエキスを吸ってまるまると太っている。

「うああ、まるでイモムシ!」

「イモムシ邪運化だ!」

エキスを吸われている客は邪運化が見えない。

「邪運化!悪さはやめろ!」

ユーラが叫ぶ!

「あらま!アタシャーがわかったの?」

「わかったに決まってる!」

オーラが答える。

「ほーら見て!栄養いっぱい吸ってこんなにきれいになったわ」

イモムシ邪運化がお腹を撫でる。

“ゆったん、ゆったん”

段々のお腹がはじけそうだった。

「まだ物足りないわー」

イモムシ邪運化はそういいながら再びソーセージ客のお尻に吸い付く。

“……ぶりぶすぶーるーるー……”

「くいーっ!くくく!

ういーっち!しっく!」

歌とも悲鳴ともつかない声はソーセージ客の声だった。

「やめろーっ!」

“しゅばっつ!”

ユーラがキックをお見舞いする。

“ドカッ”

あっくる隊とメタボ邪運化の戦いが始まった。

「えいっ!」

「たあ!」

“ドムッ!”

“ドゴッ!”

しかしユーラとオーラの攻撃は分厚い脂肪の邪運化には効かない。

「なんか、かゆいわー……

じゃあ、ワタシャーがいくわよー」

邪運化がをぶつけてくる。

“ブリンブリーン!”

“どでっしゃーん!”

ユラオラは壁まで吹っ飛ぶ。

「おそるべし、ぷりんぷりん攻撃」

「アタシャーね、だてに太ってんじゃないのよ」

“どん!、どん!、どん!”

イモムシ邪運化はぷりんぷりんダンスをしながら、並んでいた人達を突き飛ばしている。

“プリン!”

“どてっ!”

“プリン!”

“どてっ!”

「痛ってえー!」

「なんだ!おまえか!」

つきとばされた人達は邪運化がみえないので何が起こったかわからない。

「このままじゃ、みんながやられてしまう」

戦術のペンペロは考える。

「このお、イモムシ!

やめろー!」

オーラが邪運化の背中に捕まって何とかしようとしているが、何も出来ない。

「背中が脂肪でパンパンだよ、ペンペロ」

「ちょっと待って。

考えるから」

ペンペロは戦況を分析する。

「ユラオラはまるでイモムシにたかるアリみたい」

「うん?待てよ、イモムシみたいな邪運化……

ん?イモムシ……イモムシ……」

「そうだ!ひらめいた!」

ペンペロは天才犬なのだ。

「ユーラ!」

「なあに?」

「そのスプレーを邪運化にかけてみて!」

ユーラはさっきプレゼントでもらった冷却スプレーを持っていた。

「わかった!」

“ぷしゅううううう!!!”

ユーラがが正面からスプレーする。

「やめてーっ!」

「効いてるよ!

ユーラ!」

“ぷしゅううううううううう!!!”

「ぶりぶすー……

アタシャー!害虫じゃないわよー!」

「害虫だよ!

害虫邪運化だよ!」

“ぷしゅううううううううう!!!”

ユーラは容赦なくスプレーしまくる。

“ぷしゅううううううううう!!!”

下から、横からまんべんなく。

『うぎゃああああ!!!』

“カチンカチン”

邪運化は絶叫してやがて固まった。

「あれ?どうしたの?」

急に固まってしまったので背中のオーラもキョトンとする。

「やった!ペンペロ、作戦勝ちだよ」

固まった邪運化のうなじにファスナーのようなつまみが見える。

背中に乗っているオーラがそれに気付いた。

「何だろ、これ」

何の気もなしにそれを引いてみた。

“ジーーーーーーーッ!”

ファスナーははじけるように開いた。

“ぱあああああああああ!”

光の粉が当たりに散らばる。

「えー!どうしたの?」

「脱皮したんだよ!」

“キラキラキラキラキラ……”

光りながら、中から蝶に変身した邪運化が出てきた。

呆然とするあっくる隊。

“キラキラキラキラ……”

「アタシャーきれいになったわー!」

“ばっさ、ばっさ、ばっさ”

蝶の邪運化はそのまま、どこかに飛んでいった。

呆然とするあっくる隊。

「……あの邪運化は蝶になるために栄養をとっていたのか」

アックリング終了。

「そうだ、ゲンちゃん探さなくっちゃ」

ユーラとオーラのミッションは終わっていない。

「はい、ワンツウ、ワンツウ」

「な、いいだろう、ゲンドロウ」

「ヒヒヒ、そうだな、おじさん」

ゲンドロウは歩平と《ヨガコース》の女性の見学に夢中になっていた。

目的のダイエット運動をせず、サボっていたのだ。

ふとった背中をユラオラに向けている。

オーラはさっき、邪運化を倒した興奮が冷めていない。

ゲンドロウの背中のファスナーのつまみに目がいった。

「何だろ、これ」

何の気もなしにそれを引いてみた。

“ジーーーーーーーッ!”

ファスナーははじけるように開いた。

“ぱああああ!”

一瞬にゲンドロウは真っ裸になる。

「あ、ゲンちゃんが脱皮した」

ヨガコースの女性達がゲンドロウに気がつく。

「やだ、この人、裸!裸!」

「変質者!」

「なんだ、なんだ」

「どうした、どうした」

“ふぁっとれっとしっとまっと!”

まわりは騒然とする。

「いー!誰の裸だ?」

「オマエだよ!」

ゲンドロウはスタッフルームに連行された。

「ごめんなさーい」

あっくる隊はジムを飛び出して行った。

こちらのミッションは失敗に終わった。

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