第2話 王たちの集い
ライオンの話によると、この想区では、鳥族と獣族による争いの歴史が占めているという。
和解する時もあるのだが、代替わりする度に何かしらの争いごとが勃発し、その度に両者はいがみ合う。
そんな歴史をもう何年もずっと繰り返してきたのだとライオンは語った。
「そりゃ、随分ハードだな…」
「まさしく、命がいくつあっても足りないとはこの事ですね」
思わず呆れるタオに、シェインがうんうんと頷く。
「なるほどね…それで、あのコウモリはどう絡んでくるの?」
レイナの質問にライオンは渋い表情を浮かべ、そのまま話を続けた。
「彼奴は調子のいい卑怯者だ」
「卑怯者?」
「鳥族との戦争中、あちらに捕まればあちらの味方をし、こちらに捕まればこちらの味方をする。それが彼奴の運命よ」
「それはまた…」
「なんとも…」
あまりにも不快そうなライオンの様子に、レイナとエクスが二の句を告げられずにいると、シェインだけがうんうんと頷いた。
「ある意味、世渡り上手とも言えますね」
「…シェイン、あんたはちょっと黙ってなさい。大体のことは分かったわ。でも、そんなメンツで話し合いなんて本当に大丈夫なの?鳥族とはずっと仲が悪いんでしょ?」
レイナが問うと、ライオンは深々とため息をついた。
「仕方あるまい。あの化け物が現れるようになってから、戦争の準備もままならん。それは向こうも同じようだからな。万が一に備えて精鋭たちも連れてはきたが、この状況で鳥族の王…オオワシもけしかけてこようとは思わんだろう」
エクスが確かめると、確かにクマやゴリラ、チーターにトラなど、大型の肉食動物ばかりが後ろをついてくる。
「そうね…まぁ、いろいろ思うところはあるけど、まずはカオステラーを倒すことが先決だわ。それについては私たちも協力できると思うし、まずは一時休戦ってことね」
「あぁ、そういうことだ」
納得したレイナと共に先導するライオンの後をついていくと、やがて大きな洞窟の前に出た。
「ここで話し合うんですか?」
「そうだ」
洞窟の前に生い茂る木々はなく、ぽっかりと穴があいたように野原だけが広がっている。
「…来たようだな」
ライオンの耳がピクピクと動いた途端、周囲に陣取った動物たちにも緊張が走るのが分かった。
やがてエクスたちの耳にもバサバサという複数の羽ばたき音が聞こえるようになり、空を見上げるといくつもの影がこちらに向かってくるのが見える。
「わぁ…」
「こりゃあまた、こっちも勢ぞろいだな…」
呆気に取られるエクスたちの前に、ハヤブサにフクロウ、タカにトビなど、鋭い爪を持つ鳥たちが次々と降り立った。
「待たせたな」
その中でも一際大きなオオワシがライオンの前に現れると、動物たちは一斉に威嚇の唸り声を上げた。それに応戦するよう、鳥たちも翼を大きく広げ、全身の羽毛を広げて前かがみの姿勢になる。いつでも飛びかかる準備はできている。そう言わんばかりの一触即発状態。
「「落ち着けっ、皆の者!」」
だが、ライオンとオオワシが一喝すると、双方が途端に大人しくなった。
「すごい…」
「一族の王ってのは、伊達じゃないな」
タオとエクスが感心していると、その緊張感を破るように声が聞こえた。
「なんだ、俺が最後か?遅くなって悪かったな」
全員が振り向くと、そこにいたのは森の中で一度別れたあのコウモリだった。
「ん…?お前らはあの時の…」
ライオンとオオワシ、それぞれに向かい合うよう陣取ると、ライオンのそばに立つエクスたちにようやく気づく。
「また会ったわね」
「さっきはどうも」
レイナとエクスが挨拶をすると、コウモリは訝し気な表情で首を傾げた。
「お前らがなんでここにいるんだ?俺はさっさと森を出ろって言っただろ」
「ライオン、それは私も気になっていた。この者たちは何者だ?なぜお前のそばにいる?」
オオワシも会話に加わり、ライオンは軽い咳をついて話し始めた。
「最初から説明しよう。この者たちと我らの目的は一致しているからな」
「なに…?」
ライオンは、ここに来る道中でヴィランに襲撃されたこと、そこにレイナたちが助けに現れ、旅の目的について話を聞いたこと。そのうえで、この場に同行させたことを説明した。
「…というわけだ。あの化け物を排除するため、今日ここに集まってもらったわけだが、原因はそのカオステラーにあるらしい。ここは彼らと協力して、まずはカオステラーを…」
「断る」
即答したのはオオワシだった。
「……なんだと?」
「断ると言ったのだ。確かにあの化け物たちは得体が知れないが、それはこの者たちも同じだろう。信用できんな」
「それは…!」
「ならば、どうするというのだ。鳥族も苦戦していることは聞いているぞ?自分たちで倒すとでも言うのか?」
オオワシの拒絶にレイナが反論しようとすると、被さるようにライオンが説得する。
「そうだ。我らの問題は我らで片付ける。獣族や見知らぬ奴らの助力など必要ない」
「だが、今までそれが出来なかったから、ここにいるのだろう。自分たちで倒せるというのなら、なぜここに来たのだ?」
「無論、協力など断るためだ。地を這うしか能のない獣族と、我らの力量を比べられたら困るのでな」
「…なに?我らを愚弄するか?今の言葉、黙って聞き逃すことはできんな…!」
態度を一向に軟化させないオオワシに対し、最初は冷静に話していたライオンも徐々に熱くなってくる。
「あ、あのー…もしもし?少し落ち着いたほうが…」
「無駄ですよ、姉御。火花バチバチです。巻き込まれないように、ちょっと離れておきましょうか」
「今にも戦争が始まりそうな雰囲気だな」
「なに冷静に観察してんのよ!ねぇ、あんたも黙って見てないで止めなさいよ!」
少しずつ距離を取っていくシェインとタオにツッコミを入れ、レイナはコウモリに助けを求めた。すると、コウモリは面倒くさそうにため息をつき、仕方ないと言わんばかり声をかける。
「おい、お前らその辺にしとけよ。話し合いが進まねぇじゃねぇか」
「黙れっ!卑しい卑怯者のお前に指図される謂れはないわ!」
「なっ…!」
「ひっど…!」
あんまりなオオワシの言いように、レイナとエクスは言葉を失うが、当のコウモリは気にかけた様子もない。
「あー、そうですか。そりゃすみませんねぇ」
コウモリが大人しく引き下がると、オオワシとライオンの言い争いは激化する一方だった。
「大体貴様はっ!いつもそう頭が固いからいかんのだ!王たるもの、もっと周囲の話に耳を傾けるべきであろうが!!」
「はっ!そういう貴様とて、いつも民が民がと言っているが、それだけで王の務めが果たせると思っているのか!?一族の長というものは、それほど甘いものではない!!」
「なんだと!?それこそ、貴様に言われる筋合いはないっ!!」
「なにをっ…!!」
「…なんだか子供の喧嘩に見えてきた…」
「最初はどっちも王様っぽかったんだけどねぇ…」
「犬猿の仲とは、まさしくこの事ですね」
「鳥と獣だけどな」
激しく言い争いを始めた二匹を前に、もはや出来ることは何もない。ただ黙って見守るしかない四人の前にコウモリが近づいてくると、顎で森を指し示した。
「おい、お前ら。一回こうなっちまうと、しばらくは無理だ。アイツらはアテになんねーぞ。他を探したほうがいい」
「えっ、そうなの?」
「あぁ、毎度のこった」
コウモリはあきれ顔でため息をつくと、翼を広げて飛び立とうとする。
「あっ、ねぇちょっと!あんたはどこに行くのっ!?」
レイナが慌てて声をかけると、コウモリは現れた方向とは反対方向を示し、宙に飛んだ。
「前も言ったろ。俺は仲間を探してる最中なんだ。そんなに暇じゃねーんだよ」
「待って!じゃあ、アタシたちも一緒に行っていいかしら?」
「俺と?」
突然の申し出に驚くコウモリに、レイナは急いで説明を続ける。
「さっきライオンが言ってたでしょ?カオステラーは想区の登場人物に憑りつくの。あんたにも役割があるようだし、ちょっと話を聞かせてほしいのよ。そのついでと言っちゃあなんだけど、仲間探しも手伝うわ。空は飛べないけどね」
「役割って言っても、俺の場合は単なる卑怯者だぜ?それでもいいのかよ」
「えぇ、かまわない」
「…いいぜ、そんなんで良ければいくらでも聞かせてやるよ。ついてきな」
コウモリの了承をもらうと、レイナは顔を見合わせていたエクスたちに大きく頷いた。
「行きましょ。ライオンには申し訳ないけど、あの様子じゃオオワシの協力は得られそうにないし、次をあたるしかないわ」
レイナに促されるまま三人はそっとその場をあとにし、コウモリを追いかけて森に入った。
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「ほっといてきちゃったけど、ほんとに大丈夫かな…」
それから10分後。残してきた獣族と鳥族を気にするエクスに、タオも肩を竦めた。
「仲が悪いとは言っていたが、まさかあそこまでとはなー」
「大丈夫だろ。あの二人の言い争いはいつものこった」
「そうなの?いつもあんな調子なの?」
淡々としているコウモリにレイナが聞くと、コウモリは先に進みながら頷いた。
「あぁ。ただでさえ仲が悪いうえに、アイツらには狩猟本能もあるからな。一度火がつくと、ある程度決着がつくまで止められなくなるんだよ。ライオンはまだ話が分かるからマシなほうだが、オオワシは無駄にプライドが高ぇ。人の話なんか聞く耳持ってねぇんだよ」
「なるほど…確かにそんな感じだったわね」
喧嘩する二匹を前に、置いてきぼりだったのはレイナたちだけではない。付き添ってきた他の動物や鳥たちもオロオロと顔を見合わせて、誰も間に入ることができないようだった。
「そういえば、そもそもなんで争ってるんです?戦争のきっかけはなんだったんですか?」
シェインがもっともな疑問を口にすると、コウモリが不思議そうに振り返った。
「なんだよ、ライオンから聞いてたんじゃないのか?」
「えぇ、そこまでは聞いてないわ。和解する時もあるとは言ってたけど…」
「そうか。…まぁ、そうだな。喧嘩の理由はその時によって様々だが、今回は干ばつだ」
「干ばつ?」
「あぁ。この森にも定期的な乾期はあるんだが、近々大規模な干ばつが起こるらしい。それで食糧難になっちまって、お互いの餌場を独占し始めるんだよ」
「餌場を?例えば?」
「鳥族は木の上を占領し始める。そうすると木の実や果物が主食の獣…サルやリスなんかは生きていけねぇ。逆に、獣族は水場を独占するんだ。だから今度は、魚が主食の鳥たちが飢えに苦しむことになる。それでなくても、水は命の源だからな。鳥族にとっても大打撃ってわけだ」
「なるほど…」
「それでなくても、食物連鎖で弱肉強食の世界だ。お互いが必死にもなるわけさ」
「でもよ、それってお前らにも無関係な話じゃねぇだろ。コウモリ族は大丈夫なのか?」
タオが聞くと、コウモリはニヤッと笑って胸を張った。
「おぅよ、その辺は抜かりねぇ。俺たちの住処は洞窟だし、活動の時間帯が夕方から夜だしな。その頃には鳥族たちも鳥目で使い物にならねぇから果物も食い放題だ。洞窟には地下水脈もあるから飲み水にも困らねぇしな」
「果物?コウモリって果物も食べるの?」
「それに、コウモリと言えば、やっぱりあれですよ。水じゃなくて、生き血を啜ってなんぼじゃないんですか?」
レイナとシェインがきょとんとすると、コウモリはやれやれと言わんばかり首を振った。
「あぁ?なに言ってんだよ。確かに吸血する奴もいるが、そんなのごく一部だ。大体の奴が果物とか花の蜜が主食なんだぜ?あとは虫とかな」
「へぇ~、そうなんだ!」
「それは知らなかった!」
エクスも驚くと、コウモリは呆れたようにため息をつく。
「それに、吸血する奴らだって無作為に襲ったりなんかしない。怪我してる動物からさり気なくおこぼれもらうか、寝てる間にちょっと噛みつく程度だ。それだって、口が小さぇから、かすり傷みてぇなもんだしな」
ほぉ~と感心する四人を余所に、それでもコウモリの表情はやるせない。
「…ま、だからオオワシみたいな奴には嫌われるんだけどよ。餌を取るにも正々堂々と戦わねぇ、卑しい卑怯者ってな」
「「「「………」」」」
四人が思わず黙った、その時だった。
「クルルルル…」
「ヴィラン!」
「出やがったな、化け物…!」
四人はすぐさま空白の書を取り、栞をセットする。
「まったく、おちおち話も聞いてられないわね。まずはアイツらを追っ払いましょ。…大丈夫なの、コウモリ。馬鹿にするつもりは毛頭ないけど、アンタ戦えるの?」
「無理すんなよ。なんなら、終わるまで隠れててもいいんだぜ?」
「あぁ、問題ねぇ。俺たちコウモリ族だって、やるときはやるってとこ見せてやるよ!」
ぶら下げた武器を取り、強気な態度を見せるコウモリにタオが笑った。
「よしっ、よく言った!それでこそ王様ってもんだぜ!」
「クルウァアアッ!クルルルルッ!!」
襲い掛かってきた一投を躱し、四人と一匹は再び激しい戦場へと飛び込んでいった。
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