ひきょうなコウモリの想区
山本 皐月
第1話 争いの火種
「ふぅ……相変わらず、すごい霧だね…」
「まぁなぁ。毎度のことだから、俺たちはもう慣れちまったけど、迷子にならないよう気をつけろよ」
「そうですよ、姉御」
「失礼ね私だって今さら迷子になんてならないわよっ!!」
「縁起でもねぇこと言うなよ、シェイン。今ここでお嬢に迷子になられたら、俺たちまで抜け出せなくなるんだぜ?」
「そうでした。やっぱり気をつけてくださいね、姉御」
「だーかーらぁっ!迷子になんてならないって言ってるでしょーっ!?」
「…ははっ、僕も気をつけるよ」
いつものようにやいやいと騒ぐ三人に苦笑しつつ、エクスは周囲を見渡した。想区と想区を繋ぐ『沈黙の霧』。こうして四人で通り抜けるのも何度目になるだろうか。
(世界は広いって、本当だったんだなぁ…)
あの日、レイナたちと出会わなければ、エクスは知らないままだった。この世界の理、他の想区、そして、『空白の書』を持つ自分以外の存在。
彼らと行動を共にすると決めたあの日から、エクスは様々な想区を訪れ、多くの人々と出会ってきた。レイナが調律を行うまでの、束の間の関係。それでも、カオステラーに翻弄されながらも必死に自分の運命を生きる人々は、エクスの目に眩しく見えた。それが例え、『悲劇』と呼ばれる運命であっても。
いつか自分も、白いページばかりのこの書物を『運命の書』と呼べる日は来るのだろうか。そんな物思いに耽っていると、先頭を歩いていたレイナがピタリと足を止めた。
「…来る。そろそろ抜けるわ。新しい想区よ」
「よしっ、気合い入れていくぜ!」
「次はどんなところですかねぇ」
「うん、楽しみだね」
顔を見合わせて頷く三人に、エクスも拳をぎゅっと握りしめて一歩を踏み出した。
*****************
その先に広がるのは、どこまでも続く深い森。
「道らしい道もないし、人っ子一人通らないわね…」
歩き続けて一時間。レイナがため息をつくのも無理はなかった。生い茂る木々の間から陽の光は差し込むものの、その景色が途切れる様子はない。
「食料も補充したいですし、どこかに街とか村があればいいんですけどねぇ」
「そうだね」
「無駄だな。この辺にはそんなもんないぜ」
「そうなのか?でもよ、さすがに誰もいないってことはねぇだろ」
「そうね、ここが想区である以上、物語の主人公たちが絶対どこかにいるはずなんだから」
「主人公?それがお前らの探してる奴か?」
「えぇ、そうよ。私た……」
「「「………」」」
…何かがおかしい。さりげなく会話に参加している第三者の存在にようやく気づき、四人は思わず無言になった。一斉にバッと後ろを振り向くが、その声の主はどこにもいない。
「あ、あれ…?」
「いま絶対誰かいたわよね?」
「おいっ、どこだ!隠れてねぇで出てこいよ!!」
タオが大声で叫ぶと、いち早く気づいたシェインが上空を指差した。
「タオ兄っ、いました!あそこです!」
シェインが指し示したのは、一本の巨大な大木。その太くしっかりとした枝の一本に一匹の生き物が逆さまになってぶら下がっている。
「「「「………」」」」
「よっ、と」
思わずあんぐりと口を開けて見上げる四人の前で、それは翼をゆっくり広げた。羽毛ではない黒い被膜上の翼を大きく羽ばたかせ、静かに地面へ着地すると、一定の距離を保ったまま訝し気な表情を浮かべる。右目には大きな傷があり、開くのは左目だけのようだった。
「この辺じゃ見かけない顔だな。お前ら、何者だ?」
「あ…私たちは旅のものよ。ついさっき、ここに着いたばかりなの」
「旅?こんな森の中をか?」
「まぁ、いろいろ事情がありまして」
「事情ねぇ…」
シェインの言葉にも警戒を解かない様子に、エクスは急いで言葉を重ねた。
「この辺に詳しい人をちょうど探していたんです。えっと、あなたは…」
「俺はここに住むコウモリ族のもんだ。俺も仲間を探していてな」
「仲間?」
「あぁ。俺と同じ、コウモリ族のガキを見なかったか。よく騒ぐ小柄なコウモリなんだが」
「いえ、見てないですけど…」
エクスが確認するように三人を見やると、みな同意するように深く頷く。
「そうか…」
コウモリは残念そうにため息をつくと、再び翼を広げて羽ばたいた。
「あっ、ちょっと!」
「待って!」
そのまま飛び去ってしまいそうな気配に、エクスとレイナは慌てて声をかける。コウモリは空中で一度止まると、地上で見上げる四人に警告を告げた。
「急に引き留めて悪かったな。お前らの事情とやらは知らないが、ここら辺には最近妙な化け物がうろついてる。早くこの森から出たほうがいいぞ。巻き込まれると面倒だからな。じゃあな」
それだけを告げると、一度も振り返ることもなく、高い樹木を越えて飛び去っていく。
「…行っちゃいましたね」
「もうっ!せっかく話を聞けるチャンスだったのに!」
「まぁ、仲間を探してるって言ってたからな。急いでたんじゃねぇか?」
「それに…妙な化け物が出るっても言ってたね。もしかして…」
思わず考え込むエクスに、シェインも頷く。
「ヴィランの可能性は高いですね」
その時だった。
『出たぞっ、アイツらだっ!!』
『怯むなっ!!戦えーっ!!』
「「「「!?」」」」
森の奥から敵襲を告げる声が聞こえたかと思うと、すぐにウオオォーという鬨の声が響く。
「誰かが戦ってる!」
「ヴィランか!?」
「行くわよっ、みんな!」
音の聞こえる方向を目指し、四人は一斉に走り出した。木の根に足を取られないよう急いで駆けつけると、繁みの向こうに予想通りの光景が広がっている。
「クルゥッ!クルァァアッ!!」
「やっぱりっ…!!」
今ではすっかり見慣れてしまった異形、ヴィランの集団に襲われているのは入り乱れる動物たちだった。
「出やがったな!」
「どうしますっ、姉御!」
「まずはアイツらを追っ払いましょう!話はそれからよ!」
「うん!」
四人はすぐさま『空白の書』を取り出すと、それぞれ『導きの栞』をセットした。英雄たちの魂にコネクトすると次々戦場に飛び出していく。戦っている動物たちはこの想区の住人であり、物語の主要人物である可能性が高い。ターゲットは言うまでもなく、ヴィランのみだ。
「むっ、何者だっ!?」
攻撃を躱し、隙をついてヴィランをなぎ倒していくエクスたちの登場に、声をかけたのは動物たちの中央で指揮を取るライオンだった。
「旅の者よっ!ここは加勢するわっ!」
「コイツらの扱いには慣れてるんだ!任せろっ!」
「慣れてる…?お主ら一体…」
「危ないっ!」
ライオンの背後に忍び寄るヴィランを打ち倒し、エクスは息を整えながらその目を見つめる。
「いきなりで信じられないかもしれないけど、僕たちは敵じゃない。話はあとでゆっくりします。まずはここを切り抜けましょう!」
「………分かった。信じよう」
ライオンが頷くと、その様子を見守っていた他の動物たちもキッと前を向いた。ヴィランだけに集中して、次々と飛びかかっていく。
「話はまとまりましたかね!じゃあさっさと片付けますよっ!」
「よっしゃーっ!かかってこいよお前らーっ!!」
気合いを入れるタオの声が響き、四人は武器を握り直した。
*********************
それから30分後。
最後の一匹を叩きのめしたエクスは、コネクトを解いて周囲を見渡した。水筒を持ったタオが近づいてきて声をかける。
「無事か、坊主」
「タオ…うん、なんとかね」
エクスに水筒を渡すと、タオは額の汗を拭ってため息をついた。
「結構時間かかっちまったな。毎回毎回、懲りずに集団で襲ってきやがって。ホンっト芸のないヤツらだぜ」
「向こうもなりふり構わずって感じだね」
戦いの最中は常に神経が張りつめているせいか、温くなった水でも十分にありがたい。ようやく喉を潤したエクスが苦笑を浮かべると、レイナとシェインが先ほどのライオンと一緒に向かってくるのが見えた。
「みんな無事?」
「あぁ、こっちは大丈夫だ」
互いの無事を確かめる四人に、その様子を見つめていたライオンが混ざってくる。
「先ほどは助太刀感謝する。私は獣族の王、ライオンだ。この娘から聞いたが、お主らはカオステラーなるものを探して旅しているそうだな」
「さっき簡単に話しておいたわ」
「ひとまず、敵じゃないってことは分かっていただけたようです」
「見事な戦いぶりだった。おかげで我らの被害も最小限で済んだようだ」
ライオンの視線の先には、怪我を負った動物たちがまとまって休んでいる。他の動物たちが傷を癒そうと舐めているが、動けないほどの大怪我を負った動物はいないようだった。
「よかった…」
エクスがホッとため息をつくと、ライオンが頷く。
「あぁ。ところで…ヴィランといったか。あの化け物は、そのカオステラーの手下らしいな?」
「まぁ、そんなもんだ。アイツらが現れるところにカオステラーは必ずいる」
「そうか…。では、カオステラーを倒せば、あのヴィランも一緒に消えるのだな?」
「えぇ、簡単に言えばね。でも、問題なのはカオステラーがなぜ現れたのか、その理由なのよ」
「理由?」
「カオステラーはこの想区の住人…つまり、『運命の書』に登場する人物や関係者の心の隙につけ込むの。その人物に憑依して、異常事態を引き起こす。だから、カオステラーを倒すには、まずその原因を探るところから始めなければならないわ。
見たところ、あなたや他の動物たちは大丈夫そうだけど、何か心当たりはない?」
レイナの質問にライオンは眉間のしわを寄せて考えた。
「いや……残念ながら、思い当たることはないな。あの化け物たちがいきなり現れるようになって、みな戸惑っていたのは事実だが」
「ちょっと待ってください。そもそも、ここはどういう想区なんです?さっき会ったコウモリさんは、この辺に街や村はないって言ってましたけど」
「…コウモリ?奴に会ったのか?」
シェインの言葉に驚くライオンに、エクスは首を傾げた。
「知ってるんですか?ちょっとぶっきらぼうな感じの…」
「あぁ。片目のオオコウモリだろう。知ってるもなにも、これから彼奴の住処に行くところだったのだ。コウモリ族の王である彼奴と、鳥族の王と、あのヴィランとやらについて対策を練るためにな」
「そうなのか?でも、あのコウモリなら仲間を探してるとかで、すぐにどっかへ飛んでっちまったぜ?」
タオがそう言うと、ライオンはがっくりと肩を落とし、深いため息をついた。
「まったく、彼奴ときたら……今日こそ話し合いを行うと伝えておいただろうにっ…!それでなくても普段から彼奴はっ…!!」
「…ま、まぁまぁ。仮にも王なら、きっと来るわよ。……忘れてなければね。
それより、ここの想区…あなたの『運命の書』に記されてた物語がどんな内容なのか、それを教えてもらってもいいかしら。きっとそこに、今回カオステラーが現れた原因を探る手がかりがあると思うの」
レイナが苦笑しながら宥めると、ライオンはようやく唸り声を止めた。
「む…そうだな、いいだろう。だが、そろそろ待ち合わせの時間になる。移動しながらでも構わぬか?」
「そうですね。このままここにいたら、またいつヴィランが出てくるかも分かりませんし」
「大丈夫だ。いつ出てきても、また俺たちがぶっとばしてやるよ!」
「かたじけない。お主らが共に来てくれるなら、我らも心強い」
ライオンが了承するのを確認すると、エクスはレイナの袖を引いた。
「待って、レイナ。先にあの動物たちを治してあげられないかな。みんなそれほど酷くはなさそうだけど、またヴィランに襲われたら大変だ」
「そうね。任せて」
レイナは再びヒーリングが得意なヒーローにコネクトすると、ケガを負った動物たちを一匹ずつ癒していった。中には怯えるものもいたが、王であるライオンが同士と認めたからなのか、みな大人しく治療を受けている。
「みんな、あなたを信頼しているんですね」
その様子を並んで見守るエクスに、ライオンは小さく首を振った。
「その信頼に応えるためにも、今回の問題は何としても解決せねばならん。民を守るのが、王としての私の務めだ」
「……」
強い意志を感じるライオンの言葉に、エクスが何も返せずにいると、治療を終えたレイナが立ち上がった。
「お待たせっ、終わったわ!みんなこれでもう大丈夫。早速その待ち合わせ場所とやらに行きましょう」
四人はライオン率いる獣族の一行と共に、待ち合わせ場所であるコウモリの洞窟を目指した。
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