精霊使いはお前で100人目アル
自由都市九龍。
南大陸にある巨大都市である。街の興りを指せば実際には超巨大化したギルドと言えるこの都市は中心にあるギルド本部の周囲を冒険者たちが住まい、そしてそれを当てにした民族がその周りを更に囲う。
人が集まれば金も集まり、物資も集まる。そうなれば発展するは自明の理と言える。特にギルド創始メンバーが住まう上で流れ着いた異界人の住み着く都市に、ギルドの庇護を求めたあらゆる希少種が流れ着く以上、文化の始まる都と名高くも魔力と蒸気で動く蒸気機械が溢れる様相にて東大陸を除けば文明レベルは一際抜けており、討伐対象でもないがモンスター外認定を受けられぬ、さりとて抗う力もないという亜人や魔族であれば先ずはここを目指すであろう。
クンツァイト港であれば教団とギルドがまさしく互いに唾を吐かんばかりに火花吐き散らしにこやかに談話しつつも机の下で全力で足を蹴り合うという最前線の様相なるが、この自由都市九龍であればギルドのお膝元と言い切って良く、この都市にはさしもの教団も教会一つ建てられぬ有様にて虎視眈々と喰らいつく隙を伺うばかりである。
四十年前には見渡す限りの草原にててんとう虫くらいしかおらぬという場所、そこに集まった異界人達が技量もない癖に見よう見真似で掘っ立て小屋を突っ立てただけというみすぼらしさではあったが、その記憶も既に遠く四十年程経った今、南、北、西、この三大陸で最も栄えた都市、と言っても過言ではない。
南大陸で最も大きな港町であるクンツァイト港とあらゆる道の行き着く先と言われるクォーツ街道により繋がるこの都市はクリソベリルの大滝、タンザナイト塩湖、ユークレース山脈と言った南大陸でも三大絶景と呼ばれる観光名所へと繋がる観光ルートへの始まりの都市という事もあり一夜を求めて立ち寄る観光客も多い。
それ故に都市を囲う塀は高く、門前にはギルドの中でも古参と言える者が昼夜を問わずに門番として立つ街である。開け放てば宣教師共がしれっと紛れ込みて神を崇めなサーイとかやらかすであろう。
自由都市を名乗るのならば出入りを自由にしろとか布教行為を解禁しろとか湧いた事を抜かす輩も稀におらぬではないが、自由とは制限された中でこそ保証されるもの、なんでもありなどではないわと突っぱねてなおそれでもギルドとしても頭の痛い問題もある。
神託、と呼ばれる現象である。神降り、天降りとも呼ばれるが確認される現象としては神託と呼ぶのが道理であろう。
三代遡ってなお教団と何の繋がりもなく、その人生においては寧ろ迫害されてきた者達が突然にレガノア信仰に目覚めるという現象である。
人が変わるわけでもない。傍から見ていて身内すらそれと気づかぬ。それを受けた者達に総じて共通点は無く、住まい、年齢、性別、種族、その全てが異なる者達が唐突に信仰に目覚めて教団と繋がりを持つ。
頻繁にあるわけでもなく、把握は出来ぬが誰であっても起こりうるというわけではなく何かしらの条件があるのは確かなれど、それでも頭痛の種であることに相違はない。
何の前兆もなく、極普通の住民が何の違和感をもたせることもなく、普段通りの生活を営みながらも密告に精を出しては盛んに知る限りの情報を流すようになるのだ。
今まで自由都市九龍で炙り出しに成功した神託を受けた者達は八人。潜在的、あるいは既に神託を聞いた者達の数が如何なるものかはギルドとしても未だに予測さえ立てられずにいる。
――――――――――彼ら曰く。神の声を聞いた、と。
ギルド本部、常に人の溢れる場所ではあるがその日訪れた客は招かれざる客、その一言に尽きた。
白銀の紋章を戴く剣は無論の事、着ている装備一式に至るまで力ある霊素に覆われた青年。
周囲に飛び交う小精霊の異様な密度、紛うことなき勇者であった。
刺さるが如き視線の雨を気にすることもなく、むしろそれを楽しむかのようにゆっくりとした歩みで中央へと進み出て満面の笑みで周囲を回視、笑みを深めるがその裏に在るは嘲笑であろう。
人が避けるようにして開けた道の先、つまらぬ顔でテーブルに座りて地図を眺める青年が一人。勇者たる男を避けるでもなく、視線すらやらぬ様に幾分か気分を害すが。
それ故に多少ならぬ加虐が湧いた。今からする話はギルドにとって面白くもない話だ。ちらとでも異を唱えるのならば理由はそれだけで事足る。
亜人も魔族も神霊族も、元来ならば地に伏し祈りを唱えるべきなのだ。身の程を弁えておらぬ傲慢かつ不遜なる態度を改めさせるべく、それを手ずから教育してやるのも悪くはない。
「君、失礼しても?」
「何アルか?」
「……うん?変わった方言だね」
「ほっとくよろし。私忙しい。雑談ならそこらのオバちゃん相手にでもするヨ」
「……あぁ、まあそうだね。ギルドに依頼、というか話があってね。教団からの通達事項と言い換えてもいい。上に取り次いで貰いたいんだけど」
「このギルドの管理者なら私ヨ。言いてー事があれば私に言うアル。
何の為に人が引いたと思ってるアルか?
調子こいた勇者なんぞ誰も関わりたくもなければ突付きたくもねーアル。アナタが誰でも反応は一緒よ」
椅子に座り直し、さも興味もなさそうな様子を見せる男の姿に流石に噛み締めた歯が軋んだ。
大した魔力も感じない。細身の身体は剣を振るうようにも見えず。
その眇められた目にあからさまな程にこちらを舐め腐った心根が透けて見えるようである。
管理者、などと嘯いてはおるが様子を見るにいいところ代理人であろう。いやさ、若すぎる姿とあまりにも軽い態度はどう見たとて一介の取るに足らぬ冒険者だ。
何を考えておるかは知らぬが、いい度胸だ。
「……僕はクロイツマイン。クロイツマイン=ライン=ハーツマルト。名前くらいは聞いたことあると思うけど。
人を探していてね。四人程。教団から発行された手配書はギルド本部ともなればもう見ただろう?
禍津日の混沌。こいつは最優先だ。残念ながら名前も姿も未だわからないけどね。そして聖女フィリアフィル=ノーブルガード、妖精王カミナギリヤ、破壊竜ウルトディアス。その内二人はごく最近にギルドに登録されたと情報があったんだけどね?
そしてもう一つ。嘆かわしいことだが―――――世界に災厄をばら撒こうとしている者達がいる、と親切な方から教団に密告があってね。
言わなくてもわかるだろう?
目録にあるものは勿論、それに殉ずる等級の物までね。教団の認定を受けていない者による
何れも世界を混乱せしめる大逆行為として教団から禁じられているのはこの世界で生きるのならば知っている筈だけれど。いくらギルドでも流石にね?
あまり事を荒立てたくはないだろう?」
「名前も教団の規律とやらも知らんアルな。それに詰まらん脅しに私達が従う理由は無いアル。ついでにギルドに登録したヤツがどんなヤツだろうと関係ないね。過去も生まれも思想も問わない。
誰だろうが何をしてきたんだろうが拒む事は無い。ギルドの戒律を守り名を連ね続けるならば、受けいれた仲間の敵は我々全員の敵だ、と。人間なら知っている事であろ?
それで辛酸を舐めさせられてきたのは教団アルからなぁ?」
「……それは残念だな。理由などではなく、この世界に生きる者の義務だよ。脅しというのも誤解だ。世界を徒に混乱させ戦火に巻き込むのは避けるべきだろう?
規則とは秩序の為にあるものだ。歴史の積み重ねで生まれるものだよ。意味もなくあるわけではないよ。さて、ここには相当数の
ガルーネシアの緑錆の羊皮紙、エウリュアルの星杖とかね」
「どっちもねーアルよ。欲しければ自分達で見つけるヨ、他人が生み出した成果を収穫するだけで肥え太った豚みたいな連中アルな。無知、というのもお前らが言うなって話アル。
風習も文化も伝統もその尽くを破壊してきたヤツらだけには言えねー話アルよ。その話のどれもが隠れ住んできた部族に伝わってきていた
「それは誤解だ。教団も探索はしているさ。土に埋めたまま放置していい代物でなし。まぁそんなに簡単に見つかるのならば
これもまた神の御心、神のお導きに感謝します。君達は導き手なのさ。これでまた世界は一つ良くなるのだから。
部族の年長者達のことも教団は残念に思っているし、悲劇として伝わっているよ。
いつ暴走するかもわからないような力ある道具を我欲に駆られて占有なんてしようとされては教団としても打てる手は一つしか無い。悲しいことだけどね」
「話にならんアル。その上神様とやらのお導きって時点で感謝もクソもねーアルな。……それに。
私達が、というよりはギルドに依頼を持ち込む者達が
「
そして知識や技術、前途有望な子供達を東大陸で管理するのも必要なことだよ。別に悪い話でもない筈だろう?
引き換えに教団は金銭も支払っているし、何よりもちゃんと神に祈りと感謝を伝えているしね」
「東大陸以外で使えもしない、しかも金額としてもアホらしい雀の涙な金銭に意味もなければ、逆にどちらも出せない部族は神様にご報告しませんなんて脅し付きが悪い話じゃなければ何アル?
連れ帰った餓鬼共も何に使っているのか開示は一切なし、まともに管理してるなんぞ誰も信じてねーアル」
「脅し、なんて言われるのは看過できないんだけどね」
「それ以外に何と言えばいいのでアルか?
人間の神への報告如何で天使に粛清されるか否かが決まるなんぞ悪い冗談みてーな世界アルな。他種族はモンスターにして奉仕種族、笑えねー話アル」
「僕達だって望んでそうしているわけではないさ。必要とあればそうするだけのこと、そうならないようにお互いに努力は必要だろう。奉仕種族というのもまぁ……否定はしないさ。そういう生まれである事はどうしたって事実だしね。でも知恵ある生き物だ。生まれはどうあれ可能な限りは保護したいと思うものだよ。
不幸な事は避けるべきだよ。お互いにね」
「肉体は天使に粛清された挙句に魂は持ち帰られて何をされるかわからない、不幸なのはこちらだけでアナタ達にとってはどっちでも幸福ね」
「そんなことはないさ。命が失われるのは悲しいことだからね……ああ、そうだ、もう一つ。
聞いたことはないかい?見た目は本、と聞いている。
最低限でも咎人の枷を外すことが可能であり、主な能力としてどんな物でも現世に作り出せる、教団としての見立てでは恐らくは―――――――――――どんな願いも叶うという本だ。どんな奇跡も起こせるという
たとえ東大陸でも複製は勿論解析も不可能だろうね。ほんの僅かだったけれどロウディジットで観測されたものと同じ魔力の残滓が残った遺物が青の祠跡で回収された。青の祠が何者かによって暴かれたのは知っているだろう。そこにあったのさ。ぽつんとね。
永久の光を湛える火鉢、と名付けられたこれを解析したのさ。結論として鉢部分に使われている物質の解析すら千年以上先の技術でなくば不可能とだけわかった。技術予測もそれ以上は無意味だからね。千年先さ。
中で燃えている炭に関しては魔力で燃えているのかどうなのかすらわからない。
神話級の道具に干渉でき、そんなものを作り出せる、間違いなく宇宙創世の神代レベルの本だよ。
教団として最優先での探索と回収、教団本部にて永久保管対象となった紛うこと無く創世神話級の
「ま、情報がきてることは否定しねーアルが」
「だろうね。さて、持ち主についても知らないなんて言わないだろう?
君達は随分と鼻が利くようだ。世界の行く末を憂う敬虔なる信者をこうも弾かれるとはね。でもまあ、君達のギルドに所属する異界人ということくらいはわかっているんだけれど。
隠し立てはお勧めしないな。持ち主について情報の開示をしてくれないかい?勿論知りうるその全てを。教団としても穏便に済ませたいんだよ。
聞いてくれるね?」
「それについては偶然に依る所が大きいアルが。流れ着いた先もアレなら立ち寄ったギルドも北大陸の綾音が管理するギルド、綾音なら私信用してるアルが。
あのギルドでは何人か不幸な奴が出たと聞いてるアル。海の藻屑になったのが全員が隠れた信者様だったのは、ま、不幸な偶然アルよ。そのうち綾音をここに呼び出すつもりではアルがな。
異界人が持ち込んだ本、
それにそれを回収して教団に永久保管してどうするつもりアル?なんでも叶える奇跡の本、ただ保管する、なんて事はあるわけねーアルからな。
目録は私まだ見てないアルが。何を書いたかは想像が付くアル。どうせ神から賜った教団のシンボル、神の御業をここに出現せり、とかアルね。
救世主かそれに次ぐ教団の権力者に持たせて百年でも二百年でも継がせるつもりであろ?その内に神からの賜り品という言葉も真実になる。
まさか異界人を殺して奪い取った貴重な代物なんて書けねーであろうからな」
「まさか。保管するだけだと言っただろう?
そんな危険なものは放置できないというだけだよ。異界人というのはどうも何をしでかすかわからないし、どんな世界で育ったかもわからないからね。
猿に爆弾を持たせておくなんて誰にとっても良くはないことだろう?
北大陸の青の祠で見つかった火鉢、ロウディジットで観測された魔力、ブルードラゴン支部での破壊竜のギルド登録、そして最後に南大陸から東大陸に流されてきた絵画。
東大陸のオークションに出品された
つまりはこう考えるのが自然だろう。持ち主は北大陸の青の祠に流れ着き火鉢を作り破壊竜を本で解放、その影響で青の祠は崩落し邪竜の瘴気により霊峰は異界化、その後ロウディジット、そしてブルードラゴン支部から観光船を経由してここへ、そして
流出経路はギルド管理の商会だったよ。持ち主が尽く発狂してるから嫌がらせのつもりだったんだろうけど。
……僕としては異界人ならば、ここに今住んでいてもおかしくないと思っているんだけどな」
「猿?面白いことを言うアルな。クロイツマイン=ライン=ハーツマルト。アナタほんとバカね。
四源精霊と契約した事で身の程を見誤った。単に小精霊までをも従えるアナタが自ら探し回る事で確実性を高めたかったんであろうが……。
その神代の奇跡をも起こす神の本を前にして欲に目が曇った。手を致命的に誤ったヨ。アナタをどうこう出来るヤツは存在しない、その傲慢が私達とてもありがたいね。まさかこの時期にご本人ここに来るなんてありがたすぎて何の罠かと思ったよ。
偶然にしては出来過ぎネ。確かにここはギルド総本部、ギルドに関する情報ならばここが一番よ。精霊もここならば多いしアナタには相性いいね。その
一つ一つとればそう考えたくなるもの無理ないね。それぞれ別個の事柄だなんて思えねーだろうアルからな。ただの偶然、誰も信じないヨ。
私から言わせれば青の祠の火鉢とやらもそれを教団が回収したとも今聞いたアルしロウディジットの魔力観測とやらも初耳ね。
私まだ持ち主に会ってないアルから本を探す為にアナタ出て来る予想外だったし破壊竜の登録は知ってるアルが観光船に乗った理由もここに来る為ではないと知っている以上アナタが今目の前に居る事が神の定めた運命と判断するしかねーアルな。
先に私が持ち主会って本を見れば教団が本をどうするかもその為アナタ出て来るも予想したしそう動いたアルが。そうすれば私の動きを小精霊が察知してアナタ出てこなかったの今分かるネ。
アナタと相対して小精霊の動きをこの目で実際見れば、意識を読み取られるレベルで察知するの理解出来る。正直アナタの能力舐めてたね。動きを読まれる、そんな次元じゃねーアル。思考、行動、意識の流れ、小精霊それにすら反応してる。
私は知らなかった、だからアナタ私の意識を読み取るできずここにノコノコ来た。私の目の前に。
……アナタここに来る教団は止めなかったアルか?正直私単身東に乗り込むくらい考えてたアルが」
「…………僕をどうこうする、なんてまさか本気じゃないだろう?君がかい?
僕ならば魔王連中だって単騎で消滅させられるよ。ただの、亜人の都で僕が不覚を取ると?冗談にも程があるな。全くおもしろくない。
君は準人間か……亜人かな?どちらにしても僕に会ってどうするんだい?
目の前に居るよ?見せてご覧よ。僕を相手に何をしてみせるかを。教団が止める?止めるわけないだろう。教団の指針に口出ししては私物化していた二人が消えたんだ。
教団の内部を引っ掻き回す臆病者達が消えてくれてせいせいしているよ。功の独占を図ったかどうなのかは知らないけど。自らの力に見合わぬ任を請けた挙句に無様に失敗、何の情報も持ち帰らぬまま行方不明とはね。
さて、交渉は決裂。僕はこれで戻るけど……。
精々抗っておくれよ。僕も四源精霊の力を偶には振るわないと腕が錆びそうなんだ。
それでは失礼するよ。今日は会えなかったけどギルド総裁によろしく」
踵を返してギルドを後にしようとしたところで背後より声。
「哎呀。お客さん、お忘れ物アルよ」
「……ん?何かな?」
「その首アル。アナタが東大陸に帰れるのは魂だけアルね。神様に縋る口も閉じて貰うのが私達一番よ。
ここには誰も来なかった、それが一番平和ね」
呆、と少しばかり呆気に取られた。
長い黒髪を括った美青年と称すべき姿形の男から飛び出した言葉はクロイツマインとしても理解するに時間を要したのだ。
そのような様のクロイツマインを何ら先ほどと変わることなく、今言った言葉がまるで幻聴であったかのように思えてくるほどの笑顔で見つめてくる男を言葉もなく見つめ返しながら、眺めるその特徴から漸く一人の人物を弾き出した。
腰下まであろうかという長い黒髪、光を反射する瑠璃の如き不可思議な色の目、独特の華美な服装と実際に特徴だけを抜き出せば該当するは一人しかいない。それに気づかなんだのは偏に、実際に目の前に居る人物が聞き及んでいた情報を思えばそこにあまりに大きすぎる相違がある故である。
「……………ああ、成る程。君か。随分と若作りだ。不老不死の霊薬を飲んだなんて言われるわけだよ。
君が、自由の狼――――――ギルド総裁、皇九龍。
確かもう六十歳以上だと聞いたけど。というか街の名前に自分の名前とかちょっとどうかな」
そうとも、聞く年齢を思えば目の前の人間がそれと思えなんだも無理もない。
不老不死の霊薬、眉唾なるものではあったが実際に見ればそうとしか思えぬものだ。若作り、という次元を越えている。明らかに二十代の姿で時が止まっているのだ。
「ほっとくよろし。私が付けたんじゃねーアル。没後に銅像を立てられるみたいなもんで本人には拒否権がなかったアルよ」
「ふぅん。まあいいけどね。今まで多くの勇者と相対してきた君だからこそわかりそうなものだよ。
勇者を挑発するっていうのはあまり褒められた行動じゃない。特に僕のような聖者の称号を持った勇者などはね」
「自信だけはいっちょまえなモヤシ程チョロいもんはねーアルな。
無闇矢鱈と前に突っ込んでくるだけで突出した阿呆なぞ叩いて潰せばそれで終わりアル。
アナタ奥に引っ込んでばかりで我々頭の痛い問題だったヨ。誰かにすっ込んでろと首根っこ抑えられてたアルか?
例えば……そうアルな。この手配書の聖女フィリアフィルは除外として……異界人ゲルトルート=ガントレットあたりアルか。
剣聖ジェダも頭は悪くなかったアルし、アナタが動かないように家に縛り付けるくらいはするアルな。両名共に先日の次元断裂で行方不明、かくして躾のなっていない阿呆は飛び出してきたという訳ネ」
「ふむ。どうやら本気で僕に勝てるつもりでいるらしい。
この都市ごと灰燼に帰せばその愚かな思考も二度と考えはしないのかな?
反省して改めるといい。君にはその機会を与えよう」
動いたのはクロイツマイン。力在る言葉によりて精霊への干渉を成す。
「我が玉座に在れ、暁に潜みし者――――――」
言の葉が精霊に届く前に九龍が目前のテーブルをクロイツマインに向かいて蹴り上げた。
十数センチの厚みを以って切り出された北大陸産の黒樫と呼ばれるその硬さと重さに置いて唯一無二の重木材、重量は軽く百数十kgに至ろうかという代物なるが顔色一つ変える事もなく片足で無造作に空へと躍らせて見せる。
轟音を立てつ椅子を跳ね飛ばしながらまるで石礫が如き勢いで飛来する重量物に僅かに顔を顰めつも言葉を中断し一歩下がったクロイツマインが剣に手を掛ける。が、抜き打ちて斬り飛ばそうとしたところで剣に掛かる異様な重み。
「ちィ――――――」
いつの間に。柄に掛かる足先を視界に収めて舌打ちと共に腕に更なる力を加えるが押さえられた剣はまるで溶接されたかのようにビクとも動かぬ。細身だと思うたが、先ほどと良い見た目では測れぬ相手であると思考を改める。
テーブルを隠れ蓑に肉薄したか。顔を上げれば愉快そうに上がった口角ばかりが僅かにテーブルの影より覗いた。重力のままに床に打ち付けられる木片、次いで頭蓋に響く小精霊からの警告の声。
剣による受けを捨て一歩下がる。警告は鳴り止まない。今一歩。警告は鳴り止まない。
逃げ切れぬか、悟ると同時に土精霊へ言葉を掛けようと口を開く。
「精霊術士ってのは一々行動が読みやす過ぎるね。ほんのちょっとばかり手を出しただけで精霊に頼る」
テーブルを挟んだ向こうにこちらに背を向けて床に付かんばかりに腰を落とした男、肩越しに目があった。総毛立った。だが、もう遅すぎた。今一度剣に手を伸ばすがそれを待ってくれるような相手でもない。
次の瞬間、テーブル諸共に身体が吹き飛んでいた。胸部に凄まじい衝撃。鳴り止まぬ精霊の警告、衝撃のあまりに視界が揺れて一向に戻る様子もない。熱いものが肺腑より上ってくる。傷ついた臓腑より吹き出た血がごぼりと口より溢れ出て床に落ちる。
粉々になったテーブルが床を跳ね回って四散するのをおぼろげな視界に捉えながらも光精霊に治癒を念ずる。あの厚みの黒樫ごしでこの威力。素手で黒樫を砕くなぞと聞いたこともない。何の魔力も感じない。魔力を用いたものではない。
痛みに呻きながらも顔を上げれば先ほどと変わらず微笑みすら浮かべてこちらを眺める男。
これが肉体のみによる力なぞと信じがたい思いだ。これがギルド総裁、皇九龍というわけだ。我知らず、喉が鳴った。
「鉄山靠を受け身も取らずに正面から受けるなんざ阿呆アルなあ。有名な技アルが有名なら有名なりに理由はあるものよ」
「……少し、甘く見ていたことは詫びよう。だが、やはり勝つのは僕だろう」
「アナタ、少し私を舐めすぎネ」
「言うじゃないか。天に至る輝き、汝は―――――」
クロイツマインの精霊詠唱は東大陸において、その詠唱の工程数の少なさは破格と言っていい。
莫大な霊力を有し僅か十にも満たぬ言霊による最小文節にて魔術を起動させしめる聖女、フィリアフィルを除けば大陸で最も短く、最速と呼べる速度での精霊魔術を駆使する。
フィリアフィルとは違い、精霊の召喚は小精霊や下位精霊であれば半ば無詠唱に近く、精霊魔術に限ればフィリアフィルを超える速度での起動、そして数多くの精霊のほぼ全てを従えるが故の魔術の十や二十ではきかぬ複数起動。
総じて声の届く範囲にいるならばあらゆる精霊を従属せしめるという魂源魔法によりて小精霊までをも従える力を持ち、そして四源精霊とすら契約を成し遂げたというクロイツマインは一度型にはまりさえすれば暴力に等しい数と神に等しき力による圧倒的物量で敵に何をさせる事もなく一気呵成に押し流す、魔術師としては異様な戦い方を可能としている。
魔王連中をも単騎にて消滅させしめる、この都市を灰燼へと変える、クロイツマインにとって事実として両共に不可能な事ではなく、慢心などでもない。
クロイツマインにとりてそれはさして難しいことでもなく、そのつもりになれば直ぐにでも実行できるのだ。
人間、否、あらゆる種族の中でもこと精霊魔術に関して言えば世界最高峰の魔術師である。相対したる者は数知れず、されど負けたことなどただの一度としてない。
なんと言っても精霊魔術だけではないのだ。聖者の称号を持つクロイツマインは勇者として神の加護をも得ている。軍神や武神といった戦の神は勿論のこと、何よりも時空神の面を備える巨大なる神性、運命の女神と呼ばれる三柱からの加護である。人間の中でもこの三女神からの加護を持ちたるはこの時代においてはクロイツマインのみ。
神性の加護、精霊魔術、クロイツマインが負けるというのは常ならば有り得ぬと言っても過言ではない。
―――――――――――ただ一つの不幸を言えば、相手が悪すぎた事であろう。
パァン、破裂音と共に集まりつつあった精霊が消滅した。驚愕の声を上げる間もない。
空を叩いただけの掌打は、触れる事叶わぬ筈の存在に届いた。
「発剄掌打、精霊を殺すのも私には難しい事じゃないね。其処に在るならばこの拳で打てぬ道理も無し、アナタも遅すぎる。私の前に立った時点でアナタの負けよ」
精霊術士というのは精霊に対し言葉かあるいは思念によりて命令、意思を伝えるものだ。
故に、致命的な弱点が存在する。
「ごぁ……ッ!!」
口内に突っ込まれた指先が粘膜に覆われた肉厚なる物を引き抜かんばかりに握り込みて引っ張り上げる。
喉奥への刺激に思わずえずいて生理的な涙が目尻に滲む。何をするつもりだというのか、考える事すら出来ぬまま。
鉄をも拉げさせる肘がクロイツマインの顎を下から打ち上げた。
骨が砕ける音が響く。砕けた顎がぱかりと開き、砕けた歯がパラパラと床に落ち口内より溢れ出た血が血溜まりとなって広がる。
「精霊に意思を伝えねば何も出来ない、アナタ言霊使って精霊使う。口塞げば翅を毟られた羽虫も同然ヨ」
顎を打ち上げると共に引き千切ったクロイツマインの舌をゴミの如く投げ捨てた九龍はその辺の冒険者から上着を奪い血と涎に塗れた手を拭いながら笑った。
そう、精霊術士とは口であればこのように顎を砕けばそれで終いよ。思念によるものとしても、態々接近戦を挑んでくる時点で狂気の沙汰だ。顎を砕かれ痛みという雑念に追われ何も考えられぬ様子、ましてや九龍を相手にするならばこの結果は考えるまでもないであろう。
変じ続ける状況、相手の戦闘行動に対する思考が追いつかねば何も出来ずに終わるのだから。状況を整理し、未来を予測し、対策を打ち立て精霊に命ずる。反射と反応ほどの超えがたい差があるのだ。
先程からの動きを見るに九龍に追いついておらぬはそれこそ見ればわかるというもの。対応力の限界を超えるのは目に見えていた。
精霊に対し一々あれしろこれしろ、術士の思考限界を超えた瞬間に終わる。これが精霊術士の限界だ。たかが一工程、されどその差は永遠に埋まる事もない。
精霊の自由意志に任せるというのもないではないが、それこそ狂気の沙汰。精霊というものはまともな知性と思考なぞ持ち合わせてはいない。小精霊など尚更。使える精霊を別に喚び出すにしても、九龍はそれを待つほど親切でもない。
あるいは取れる手としては詰碁か。予め敵の動きを予測、誘導することを前提に精霊に最初に必要な命令を覚え込ませる事だ。これもまた実際に実行に移すバカはおるまい。少し狂えば全てが破綻し、それを巻き返す事が不可能になる。余程の物狂いにのみ赦されたやり方だろう。
四源精霊などと下手に大きすぎる精霊と契約したとてそれを運用するならば遠距離からの砲撃、それしかあるまい。あるいは使い捨て前提の肉の壁でも無くば使い物になるまい。
言うなれば鈍重なるが高威力の火砲を抱えておきながら包丁を持った人間の前に出てくるようなものだ。結果なぞ火を見るより明らかであろう。火薬を詰めて砲を詰め、その間にあっさり刺殺されて終わりであろうが。殴った方が速い、まさしく。
人間というものは永き時の彼方に精霊術を過信しすぎた。魔族と竜といった思念や動き一つで直接魔術を起動せしめる種族の衰退が大きな理由であろうが、戦いの勘と呼べるものがまるでない。魔族や竜、神霊族にとっては精霊魔法とはあくまで補助やサポートが主たるものだ。
つまるところ人間の扱う精霊術とはいうなればそう、大魔法を扱うこと叶わぬ人間の苦肉の策だったものだ。
それがわからぬ阿呆故に剣聖と異界人が奥に引っ込めておいたのであろう。九龍達にとってクロイツマインが後方に引っ込んだままというのは九龍自らが東大陸に乗り込んででも手を打たねばならぬ事柄だった。
手の届かぬ場所でこの力を行使され続けるなどこちらにすれば悪夢としか言いようがない。降って湧く神託に加えてクロイツマインのこの力、戦術レベルで敗北が確定していたのだ。手の出しようがない、そういう状況だった。
多少のリスクを冒そうとも取るべき首だったのだ。この首は。それが単身この場に乗り込んでくるなどと。居もしない異界人と本で釣り上げたにしては聊か仙魚が過ぎるか。
どちらにしてもこの機を逃すつもりもなく、ここで首を捻じ切るが相応。
肥大した自己意識、四源精霊と契約したという優越、全能感に取り憑かれたが故に見せびらかさずにはいられない。己の力を見よ、と。これほど狩りやすい者もない。
首に手を掛ける。そのまま捻ろうとしたところで―――――――――奇妙な浮遊感。景色が歪みて足が地につかぬような、ここ数十年感じたこともないような体幹の不安定さ。
九龍の耳に既視感のある声が届いた。
「言うじゃないか。天に至る輝き、汝は―――――」
状況を考える前に九龍の身体が動いた。刹那と言える時間とは言え反応が遅れた身体では先と同じようにとは行かぬ。
服の裾に仕込んだ礫を集まりつつあった精霊へと弾きて散らす。疾走りながらも手近にあった椅子を掴んで脚をへし折り、クロイツマインの顔を目掛けて全力で投擲した。
精々出来たのは驚愕の顔を浮かべるぐらいであろうか。投擲したものが狙い過たず経口を破壊したのを見届け、そのまま頭部ごと蹴り飛ばそうと跳躍した瞬間の事だった。
得も言われぬ違和感。二度目である。故に確信する。既にこの拳で沈めておらねばおかしい相手。答えは一つである。
何者かが干渉しているのだ。何者なるや、考えるまでもない。神性からの干渉である。
血飛沫が散るを見た筈だが何事もなかったかのように相手は無傷。
神の加護を得た奇跡代行者なぞと戦うのは実のところ九龍をして無駄としか感じ得ぬ。他者の血涙を流した上に立つ努力によりて得た結果を容易く捻じ曲げてみせる奇跡代行者に時間を割くというのは穴の空いた柄杓に水を注ぎ続けるようなものであるからだ。
代行者を守護する神性をば神格にものを言わせて頭から押さえつける事が可能な程の上位の神の領域内なればこのような無粋なる干渉を受ける事もあるまいが。それで言えばあのモンスターの街や一部の北大陸などは最近はかなりやりやすいと報告を受けたばかりだった。
「―――――――」
何かを抜かす前に今度は肺を臓腑に響く掌打にて完全に破壊する。顔に血が飛ぶが気にすることもなく次いで相手の首元に奔らせたる絶命の一手、そこで三度目の干渉。
時が逆巻くのを今度こそ確かに知覚した。肌に感じる途方も無き違和感。ギギギと軋む世界。時が凍りつきて音を失う。これを認識できるというのは恐らくは異界人という異物であるからであろう。
この世界の人間ならば、そうとすら気づくまい。時への干渉、かなり力ある神性ではあろうが。時間神というのは数あれどここまで明確に、それも何度も干渉せしめるならば時間神の中でも最上であろう。あまり神々に詳しいとも言えぬが、それぐらいは九龍とて想像がつく。
一分か、二分か。おそらくは時間逆行などという大掛かりな干渉なればその程度が限度なのであろう。それも連続しては使えない。数十秒でも間を開けねば発動は出来ないと見える。
だが、九龍を相手に聊か数を重ね過ぎたと言える。神が時へ干渉するその前兆、感覚。己の足は確かに大地に噛んでいる。ならば問題など何もない。神性の時間干渉が追いつかなくなるまで何度でもクロイツマインを屠るも悪くはないが、それよりは無粋な横やりを正面から砕く方が九龍には性に合っている。
大地を踏みしめる。世界は己の足元に。
知覚した以上は時に干渉されている瞬間に意識を保つというのは九龍にすればさほど難しい話ではない筈だ。
その瞬間を認識できるのならばそこに己の意思が介在出来ぬ道理はない。時が凍てつく瞬間にも己の意思は確かにある。
過去を振り返る時、それは連続性のあるものとして蘇るか?答えは否。写真の如く断片的に思い浮かぶもの、そして映像のようにそれらを連続性があるように再生しているだけだ。要するに錯覚である。
意識が連続性のある線であるなどという証明はされていない。時が止まる、挙句に逆巻くなどと時間軸が崩壊した世界を前提としているのならば尚更である。
意識と時間の連続性、片方が崩れ去ったならばもう片方も道理であろうよ。故に未来を識った我が動けぬ道理も無し。時が逆巻く、それ即ち未来を覗き見たも同然なれば。
頭蓋を壁に叩きつけようとしたところで四度目の干渉の気配を感じ取る。仏の顔も三度まで、一度聞き齧ったのみの言葉なるが、成る程。良い言葉だ。覚えておこう。
逆巻く時間と空間。時への干渉により気の流れが完全に静止する。常なれば有り得ぬ慣性も人体構造も一切合財を無視した動きも、今ならば可能であろう。はっきり言ってだ、それこそ現実であれば不可能なる技の試打ちが出来るという――――ボーナスタイムとすら言えよう。
時と空間、双方からの力の向きに逆らいて真逆より力の方向をずらしてそれをそのまま叩き込む。攻撃の受け手となりて上半身と下半身に相反する気の流れを打ち込みて脊椎を破壊する為のカウンター技、一の受け技連環輪天打。然程難しき技でもないがこの条件下なれば絶大なる威力を発揮するであろう。
果たして効果は顕著であった。クロイツマインは何が起きたかも理解できておるまい。神からの守護と干渉、思えばあの自信の出処はそれを経験として識っていた故であろう。しかしそれを甘んじて受け入れるだけの者がその世界に踏み込める筈もない。
腕に伝わってくる感触は軽く、反動すらほぼ無い。武人としては一級の技の冴えであると断言できた。時の流れ無き点の世界で加えられた力の全てはそれが再び線に戻った瞬間に代行者の腰骨を中心にその身体をいっそ芸術的とさえ言えるほどの血模様を空中に描きながら捩じ千切り、勢いのままに下半身と分かたれた上半身は空でニ、三度回転した後に壁にめり込みて水袋らしく拉げて液状化した。
ずるりと引きずり落ちるようにして多少は原型が残った臓腑と脂と骨の混合物が壁を伝い落ち、その周囲から小精霊が引力から解き放たれたようにして四散してゆく。見るにつけやはり魂源魔法が精霊関係だったのであろう。実に運のいい男である。とはいってもそれ故の不幸ではある。運が良いだけの事を実力と勘違いしたまま生きて死ぬというのは本人が自覚せぬでも傍から見ていて滑稽極まりなきものだ。
ご自慢の四源精霊王の力とやらも見ることもなかった。まあ見たところで少し大きめの花火のようなものであろう。既に興味は失せた。態々見ずとも総司と手合わせでもしていた方が余程有意義だろう。
先の冒険者とは別の冒険者から上着を奪い取りて血に塗れた手を拭う。
手を拭き終わり静まり返るギルドを見回してから飯を食っていたらしき奴からトマトソースのカツサンドを奪い口に放り込みながら受付の暇人共に声を掛けた。
「何してるアル。とっととあの壁のシミ片付けるよ」
「……え、あのグロい塊をですか?」
「あんなもんあったらメシが不味くなるアル。内蔵から破裂してるせいで壁に汚物の臭いがこびり付くアル。そろそろお昼時ネ」
「九龍様が作ったんじゃないですかぁ……。しかもめっちゃ食ってるじゃないですかぁ……トマトソースのカツとか食べないでくださいよぉ……」
「あー住嘴住嘴。うるせぇアル。聞こえねーアルな。
片付ける時は跡を辿られないように綺麗に片付けるよ。ここにクロイツマイン=ライン=ハーツマルトとかいう男は来なかったしギルドは何の関与もしてないネ。
そこにあるのは顔なしさんの死体よ。邪魔だからとっとと片すね」
言いつつ壁隅のモップを指す全員軒並みクズと称されるだけある創立メンバーの一人たる九龍はもぐっさもぐっさと赤いトマトソースを口の端から垂らしながらカツサンドを全て胃に収めた。
まじかよ、うへぇと嘆く声には完全無視を決め込みて数時間前にあった総司よりあった打診を思い出す。
クロイツマインを片付けたとなれば、小精霊による魔法感知を気にしなくとも良くなるのだ。
なればあちらでも魔術による穴掘りが可能となる。さすれば進みの遅い掘削作業もそれなりに進むであろう。
それでも総司からの打診に一度是を返した以上はきっちり十名送りつけるつもりではあるが、今回の事もあればそろそろ顔を出す頃合いやもしれぬ。なんだかんだと予定は伸びに伸びている。
早急に片付けたとてこの臭いは暫く取れぬであろうから逃げるのに丁度良い。
ぺろりと指先を舐めてから本の持ち主とやらのことを思った。
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