つちもぐら
では行ってらっしゃいませ、蹴り出されるようにして穴に落とされぽんと飛び出した先。
まさかの巻き上がる竜巻の只中、砂嵐と熱波が容赦も呵責もなく肌を打つ。
「ぶへぇ!!」
「ふぎゅぅ!!」
速攻後悔させられた。なんと心の狭い奴であろうか。悪魔は心が狭い、覚えておこう。
こんなとこまで付いてきやがった馬は平然としている。というかどう見ても馬体が透けている。魔神族とかいう偉そうな名前の種族なだけあって霊体的な生き物なのかもしれない。
しかしながら私とフィリアは勿論そんな小器用なことは出来やしない。とりあえずなんとかせねばと本を開いた。
「…………………」
ぱたんと閉じた。ああ、うん、使いまくったもんな。後悔はないが寂寥感はある。
凪のような心持ちを湛えつつ遠い眼差しで彼岸を見つめていると隣で砂に打たれながらもゴソゴソと何やら手を動かしていたフィリアから青の光がぱっと散った。
「まぶしっ!」
「泡立つ光よ、我に祝福あれ!」
ぶぽんと何やら周囲に湧いた。
「ん、水……?」
何かと思えば精霊さんか。でっけぇ泡がゆらゆらとしながら周囲を覆っている。
透明な膜は砂を漏らすことなくキャッチし風からもばっちりガードである。フィリアの癖にやりおるわ。
「この勢いではあまり保ちませんわよ。直ぐに離れましょう」
「おー」
所詮は水泡ということであろうか。まぁ確かに今にも破裂しそうではある。ぶるぶると震えてバチンなのだ。
しかし、ここはどこであろうか?
あの荒野のどこかだとは思うのだが……。視界はほぼゼロと言ってよく、木の枝を倒そうにも狭い泡ぶくの中では倒れそうもない。
なんでこんなとこにしやがったのだあの野郎。
ぶるるん、馬が一つ嘶いた。かっぽかっぽと蹄を鳴らして何やら不機嫌そうにしている。何だ、うるさい奴である。
風は唸りを上げて勢いをますばかり、しかも何やらただの竜巻ではないようだ。遠くに雷鳴のような光と時折赤い炎が交じる。
もしや魔王タッグじゃあるまいな。ということはここはもしかしたらあの街とそんなに離れていないのかもしれない。
マリーさんはここで待つとおっしゃった。言葉は違えぬ人なのであろうし、間違いなくあの街にそのまま居る筈なのだ。
「あちらから魔力の流れが感じられますわ。
けれど……この精霊の力ではこの中を進むのは無理ですわね……」
「むぅ……」
ちょっと考えてから、閃いた。なんかわからんが付いてきてる奴がいるではないか。しかも強そうな。
「馬!なんとかするのだ!」
丁度いい具合にケツをこちらに向けている馬に向かって叫んででっけぇケツをぶっ叩いてやった。
馬尻尾がばっさぁと振るわれビクビクと尻肉が痙攣する。……ケツから火を吹いたりしないだろうなこの馬。ちょっと叩いた事を後悔した。何せ高さ的に頭がケツの真下なのだ。
「クっ、クーヤさん!その馬、神話にあるスレイプニルでございましょう!?
刺激しては駄目ですわ!気性の荒さで有名なのです!!」
「そうなの?」
大人しいものではないか。そもそもこいつに乗っかってフィリア助けたんだし。
「……お、大人しいですわね?
神話は神話、実際には違ったという事なんですの……?」
いや、どうだろ。本にも気性が荒いと書いてあったし、呼び出した直後も確かに暴れ馬感満載だった。
単に機嫌がいいとかそういうのではあるまいか。
「よし、こいつに乗って街に行くぞフィリア!」
「し、仕方がありませんわね……」
馬によじ登ろうと馬に手を掛ける。
「……………」
「……………」
「フィリア、ちょっと私を持ち上げるのだ」
重いですわ重いですわとうるさいフィリアにプリプリしながら漸くよじ登る。
これでよし。私の後ろにもだもだしながらフィリアも登ったようだ。……邪魔だな。後ろから無駄にデカイ脂肪の塊に押されて頭がかくっと曲がって非常に疲れる。
鞍も何もないながら、がっしと馬の首に齧りついた。
「行くのだ!!」
バルルルッ!とほんとに馬かと思うような鳴き声を上げると蹄から蒼い炎があがる。炎に焼かれるように風が悲鳴を上げた。引き裂かれる風の壁の中を中心へと向かって駆ける。
やはりこの馬それなりにいい感じに強いようだ。風も砂礫もこちらに届くことはなく安定したものだ。
僅か先を黒い風が猛烈な勢いで逆巻いているというに、まるでスクリーンに映し出された映像のようにすら見える。他人事もいいとこ。
それでも時折飛来する石礫が目の前で弾け飛ぶのを見るにただ単に周囲に結界のようなものがあるのであろう。
よくやった馬。あとで大根もくれてやる。馬体が地を離れる。一際大きく揺れたかと思うとあっという間に上下左右に渦巻いて炎雷荒れ狂う風の中に居た。
「凄いですわ……!!これは飛翔の魔法ではありませんわよ、地の精霊を振り切った……!!」
よくわからんが凄いらしい。凄いぞ馬。あとで芋もくれてやろう。
やがて何やらしょっちゅう力なく絡まってくる銀糸、つまんでみれば恐らくあの神族の糸だ。既に力は失われているようだが、鬱陶しい程に引っかかってくる。
この糸の先に多分あの神族が操っていたのであろう神の工芸品だかなんだかがあったのだろう。今は全て切れてしまっているようだ。
ちらちらと視界の端に映るものもある。
金の光を放つ白い羽根。焼け焦げながら竜巻に巻き込まれて彼方へと吹き飛んでいくが、それでもその光はこの暗闇にあって非常に目立っている。
瘴気が無くなったせいだろう。それで天使も顕現し始めているのだ。三日保たせるとおっしゃった以上はなんとかしているのであろうが……。
「クーヤさん!!あちらを!!」
「むむ!!」
フィリアが指差す先、風の向こうに人影と漏れ見える白い光。
「敵機発見、これより撃墜する!!トラトラトラ!!」
「なんですの!?」
「突撃ぃーーー!!」
私の声に応えるように馬はますます炎を上げてそちらに弾丸のように疾走った。
がごんと何かを踏んづけたように揺れた。
ん、なんか轢いたな。
というか敵か味方かも見ないでけしかけてしまったが。
人影が一つ、逃げるようにこちらの方にまろび出てきた。
ピクピクと動く犬耳。汚れに汚れたスーツ。髪を撫で付けて風に煽られ崩れた髪型を整えながらそのおっさんは叫んだ。
傍には金のコウモリ。むむ、マリーさんの気配!
「…………私にもいい加減に読めるようになってきたぞ……!?
やはりおチビか!!
殺す気かね!?私のような美男子が失われれば確実に世界の半分の人類を不幸にするぞ!?」
「なんだブラドさんか……」
どうやら人影は犬耳のおっさんだったらしい。ほっとけばよかったか。
「だ、大丈夫でございますの?」
「ふむ……あの時の聖女かね。おチビも無事なようなのでね。この際過去の遺恨は水に流すとしよう。
女性を許すのもまた紳士の嗜みだからな」
「は、はぁ……それはようございましたわ……?」
フィリアもブラドさんは趣味じゃないらしい。ちょっと怯んでいる。珍しいな。
ていうかさり気なくブラドさん私の事を持ち物的な扱いしているな。何故私ではなくブラドさんが水に流すとか言うんだ。
相変わらずなってない犬耳のおっさんである。もうちょっと扱いを悪くしておくことにしよう。
とか思っているといきなり私の鼻を指でバチンと弾いてきた。
「あいたー!!」
いたいけな暗黒神ちゃんになんてことを!!鼻を押さえて猛抗議である。
「いやしかし、これほど早く戻ってくるとは実に助かった。レッドキャップも君の腕が無くなったことに加えて瘴気が失われたのでこちらまで徘徊する事がなくなってしまったのでね。
マリーとクロウディア、妖精王による三種の結界を越えてなお向かってくる者も出てきている。
絡繰人形ならば神族の糸も切れた以上は敵にもならんが……そろそろ大物が出てきそうな気配がある。勘だがね。失礼するよ」
「狭い!」
「仕方がなかろう!おチビ、なんとか私の脚の中に収まりたまえ!!
この長い脚ならばおチビの貧相なケツぐらいならば乗るだろう!!」
「ムギィー!」
仕方がない。馬に登ってきたブラドさんに馬の操縦を任せて私は艦長ごっこをすることにしよう。ブラドさんの手を掴む。ウィーム、ウィーム、ズゴゴーン。
「鞍どころか手綱もないとはな。ないものねだりなどしても仕方がないが……。
おチビ、本で買えないのか?」
「魔力容量が足りません」
「使い切ったのかね!?何を買った!?まさか買った物をその辺に投げ捨てていないだろうな!?
君が出すものは大体が悪魔の芸術品に神の工芸品だろう!?」
「う、うるさーい!!」
そういや捨てた。だまっとこう。
「仕様のないおチビだな……聖女、フィリアと言ったかね?
もう少し私に掴まりたまえ。私のこの魅力に負けて熱い抱擁にならないように」
「わかりましたわ」
フィリア華麗にスルー。まあビッチビチ聖女だからな。ブラドさんより余程ただれた人生送ってただろう。
「突破する、行くぞ!!」
「おー!」
「お、落ちそうですわ……!!」
ブラドさんが道具もないのに器用に馬を手繰り、炎と共に風の中を駆け上がる。黒い風から時折放たれる赤い炎が馬の青い炎に巻き込まれて凄まじい火の粉を上げて散ってゆく。
時々跳ね飛ばすのは先程から見かける大した力は持っていないと思われるボールほどのサイズの車輪型天使であろう。馬に轢かれてガシャガシャと破片を撒き散らしながら風に攫われてゆく。
かなりの高度まで来たところで、風の流れが変わった。突如として逆しまに流れる風。風の合流地点だ。
ブラドさんが馬の腹を蹴る。左には下向きの風、右には上向きの風となんとも珍しい状況の中を、馬は火の玉となって突撃する。下に向かってだ。
「ひょわーーーーっ!!」
風を抜けた。視界が一気にひらける。天に輝く中点の太陽。竜巻の中心部、竜巻の目だ。
見下ろす中心部にはマリーさん達ともう一匹、天を突こうとでもするかのような巨人。白と赤に彩られた虹色の鎧に青白い肌。バチバチとその周囲に雷が弾かれ奔っている。
なんじゃあこいつは。数十メートルはあろうかという巨大さ。手に持った槌からはとめどなく光が溢れている。
「…………クーヤ殿!戻ったか!」
「カミナギリヤさーん!!クーヤちゃんたらただ今戻りましたわーい!!」
地に書かれている魔法陣は転移の魔法陣だろう。カミナギリヤさんの虹色魔力で描かれているらしく桃色の光を放ちながらゆっくりと回転している。
魔法陣の中心にはカミナギリヤさん、その周囲には二体の天使が何故か居る。なんでだ。
そしてカミナギリヤさんを守るかのように巨人の足元に立つのは三人。
「やっほー、クーヤちゃんおかりなさーい」
「小娘、よう戻りおったわ!」
「あら、クーヤは仕事が早いこと。カグラ、貴方も見習いなさいな」
「ほっとけやぁ!」
魔王タッグではなく魔王トリプルだったか。
「おチビ、フィリア!!舌を噛まないように口を閉じたまえ!!」
「むぐ」
「むにゅ」
言われるがままに口をばってんにする。眼下の三人がそれぞれ何やら動き出すのが見えた。
ブラドさんが続けて叫ぶ。
「カミナギリヤ!やれ!!」
「任せるがいい、発動に二十秒程かかるぞ!!」
馬が方向転換する。その向かう先は巨人。
あっ、察した。フィリアも察したのであろう、恐怖に引きつった呻き声が聞こえてきた。
「竜槍アブソリュートゼロ、全魔力解放、全力全霊の竜の一撃。いきますよー」
「אברא כדברא、此へ来たれぃスルトの炎よ」
「私の声に応えなさい。雷帝の槌、天翔ける絶界の光――――――」
「行け、スレイプニル!!巨人の頭あたりに一撃見舞わせるぞ!!」
巨人を挟んでいるとは言え、三人の魔王が放った攻撃に向かって突撃するという自殺に近い所業。
止めても無駄だし何より転移魔法に置いていかれるので言えるわけない。こんなとこに置いていかれたらそれこそ死ぬ。
涅槃に至るような、悟りを開いたような心地で仏も真っ青な菩薩顔のまま現状を受け入れた。多分フィリアも同じ顔してるだろう。
立ち昇る光、爆散する魔力。それが撓んで弾ける寸前。
視界を淡桃の花弁が舞い上がり、映画を途中でぶつんと切ったように熱も音も光も掻き消え、気づけば暗い洞窟のような場所に皆で立っていた。
「…………………あれ?」
「……ふぅ、こんなものかしら」
マリーさんが息を付いて御髪を麗しい所作でかきあげる。その直後、遠くから重い音が響いて地が揺れた。パラパラと砂が降ってくる。
ぱっと暗い洞窟を光が照らした。誰かが光の魔法を使ったようだ。
「クーヤ殿、大丈夫か?
ここは地下水が枯れた後の地下空洞だ。かなりギリギリだったがな。あんなものに最後まで付き合う必要もあるまい?」
「そういうわけだ。さて、おチビ。地図はあるかね?ルートの確認をする」
「あ、はい」
「やれやれ……クーぼんが早く戻ってくれて助かったわい。
おいブラド。方角どっちだ。儂わかんない」
「地図を奪い取っておいて儂わかんないとか巫山戯た事を言うのはやめたまえ。
ギルドマスターランキング万年最下位めが」
「えっ。待って何そのランキング。儂知らないんだけど」
「知られると五月蝿いから黙っておくかと満場一致で決まったのでね」
地図が取られてしまった。いいけど。ナビがんばれ。
「クーヤ殿、ここはモンスターの街の真下程の位置にある。
ここに祠か何かを建てる事を勧めておくが。瘴気がなくなったとみるや精霊や神族がこぞってこの土地を奪おうとしてくるだろう。
貴女が浄化し、開拓したのだ。貴女の土地であるべきだ。彼らは人のような欲や悪意を持っていないが、それと同時に倫理やモラルというものを持っていない。
誰が努力した功績であろうとも空いているならば自分の物にしても良いと考える。その上に神族などはご苦労、では貰ってやるなどと言ってくる始末だからな。
クーヤ殿もそれは面白くないだろう。今のうちに貴女の領域にしておくといい。貴女は物質界階層での土地神や管理者など管轄ではないのだろうが、貴女の眷属には土地神代理人ならば幾らでも居るだろうからな」
「ほほう」
それは確かに面白くないな。地獄の輪っかが一つ余っているし、一個はここに設置しておこう。唾つけである。ついでに余っている暗黒花もぽいぽいと投げておいた。
よしよし。ジャガボゴと地獄トイレに回収できるものを流して、と。エネルギー分解は荒野の魂を吸い込んだ分がまだ少しだけ終わっていないようだし、今の素寒貧状態からは脱却出来るだろう。
そして魔力が溜まったらマナと開拓カテゴリでここらを弄り回そう。うむ。私の土地だもんねー。バナナミルクが湧き出る地下水脈とか作ろう。
「この辺りには精霊も居ないし、この規模で魔法で掘り進めるなんてしては発見してくれと言っているようなものだもの。
というわけでユグドラシルの神泉まで行く方法は一つね。さ、ブラド。がんばりなさいな」
ぽんとマリーさんがブラドさんにスコップを渡した。それも園芸用の小さい奴だ。
無言でコツコツと掘り出すあたり、ブラドさんは相変わらずマリーさんには敗北続きのようである。
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