闇夜の国から
握り込んだこの手の中にはフィリアの結晶化された魂。私の手にしがみついてきた者達の魂もまた炉より解放され光となって散っていく。
私の周りを漂い天に昇って行く光、それらが静かに消えていくのを眺めてから身体へと戻るべく目を閉じた。
目を開く。
景色が変わる。先程まで視界に映っていた男の姿はもうない。荒涼とした大地だけがそこにはある。
吹き抜ける風が身体を撫でてどこぞへと消えた。
さて、後は奪われていった肉体を取り戻すだけである。行き先は既にわかっている。
本を開く。
マリーさんの封印の解除と加護、かなり削られたがそれでも充分だ。
追いつくに具合の良い物、どうやら新しいカテゴリのようだ。召喚と降臨。
商品名
失われた旧魔神族の一柱、八本足の神馬を幽界から再現界させ実体化させます。
気性が荒く攻撃的。頑張って使役させましょう。
旧魔神族、……ふーむ。旧神の一種か。不浄や災害を司る者、魔族や亜人が信仰した神々。レガノアに取り込まれる事もなくその姿を消した者達。
ま、使えるものは使うのだ。さっさと召喚。黒い雷と共に現れたるは黒紫の馬体に青白い鬣を備えた八本足の巨大な馬。
口から豪快に火を吹きつつ蹄を踏み鳴らし如何にも怒り心頭、まさしくボカァ言うこと聞きませんよとばかりだ。全く、察しが悪い奴である。
私はそう、面白くないのだ。実に面白くない。今のこの状況実に不愉快である。
ガッシと馬面ひっつかむ。こちらを向いた馬の顔を覗き込み、目を合わせた。この手に握り込むは容易く、その真名を掌握し屈服させようとしたところで時間の無駄を悟ったか先に馬の方が心が折れた。
嘶いて膝を付き大人しくしている。最初からそうしろって話である。まあいい。
さて、荒野にあった呪いと瘴気、魔力へ変換するのにこの魔物の数ではあまりにも時間がかかり過ぎる。
残りの全てをつぎ込んで魔物を購入。私の瘴気は此処にはないが、ル・ミエルの氷窟と工芸の街にはある筈だ。特に氷窟などは黒の魔力に汚染され尽くし長年巣にしていたウルトの瘴気もあるであろう。
直ぐに魔物は生まれる筈。追いつくまでの時間でどれだけ魔力に変換出来るかが問題ではあるが、程々に働くがちまちまとサボる魔物共をフル稼働で回せば恐らくは大丈夫だろう。
ここでサボる奴が居るならばそれに用は無い。片足を上げてバンと大地を踏み鳴らす。私の影からもさもさと湧き出る小さな生き物達。げげげげと嗤いながら踊るそいつらは糸のような細々とした手足を盛んに動かし蠢めきその数を増やしていく。
一歩を踏み出す。目指すは遥か先、極東の蓬莱国。彼女の肉体がそこにある。
天使やらいつかのヴァルキュリアやら、東大陸の端とは言え、あの三人をそのまま追うならば私の命を掻き取らんとする奴らが居るだろうが邪魔をするならばムシャムシャと食い散らしてやるだけである。
この暗黒神ちゃんの行く手を阻むとは笑止千万、ヘソで茶が湧くのだ。
三人が消えた方角は北の空、追手を巻くつもりだったのかどうなのか。西大陸と北大陸を挟んだ山脈を越え、そこから海を越えたその先にある東大陸の西端にある小さな島国である。
東大陸の真上をそのまま横断などしていては邪魔が入るどころではなかっただろう。こちらとしては都合が良いことである。
八脚の馬にしがみつきバチコーンとケツを叩く。嘶き一つ、天へと駆け上がる巨馬の足元からは青白い炎が軌跡となって残っている。豪、風が吹きすさぶ中、低空を屯する雲群を抜ける。高度は三千か四千といったところだろう。
行く先に目を凝らす。幾つか浮かぶ白い光が遙か先に見える。山脈の頂に引き裂かれるようにして雲が流れる大気の中、静止するは何匹かの天使。
本を眺める。十六倍速な勢いで増え続ける数字を見るにこれならば充分だ。ある程度私が暴れるに足る魔力は既に分解し終えているし、エネルギー取り出し作業の残り時間は数時間を示している。問題は、ない。
ここで魔力をケチる気はない。マリーさんは五日は保たせるとおっしゃった。
マリーさんは口にせず誰も何も言わなかったが私だってそれぐらいは理解できるというもの、あの五日という数字は皆さんの無傷を前提としたものではない。
五日も掛ければ誰かしら居なくなっているであろう、そういう数字である。故に、時間を掛けるつもりは毛頭ない。
フィリアなんぞマリーさん達にとっては敵に等しい。それでも私に問答もなく命を懸けた時間をくれたのだ。その信頼に応えないという選択肢なんか勿論ありゃしない。荒野の魔力を使い切ったとしても構わない。
可能な限りの速度でフィリアを回収して戻るのだ。
本は開いたまま、ページだけを捲る。これから暫く閉じる気はない。迫りくる白い光達、木の枝を握る。
商品名 星杖エクリッスィルナーレ
星の魔女エウリュアルが使っていたという魔の杖。
振り回すと星が落ちてくるという逸話があるステキな杖。
この手に煌めく星の光を放ちながら顕現する月蝕の名を冠する杖。戦闘能力なんか欠片もない私だが、道具ならば使えるのだ。目に物見せてくれるわ。
長い柄を握って白い光達に向かって大きく振りかぶる。背後から迸る眩く明滅する光。
「おりゃー!!」
振り抜くとともに風を切った先端から巨大な光輪がブワンと幾つも散った。
放たれる幾筋もの箒星のような長い尾を引く極光。杖から奔るそれら遥か眼下の大地すら照らし出しながら先を阻む天使を蒸発させていく。
出鱈目な軌跡を描きながら風の壁にぶつかる度、天使にぶつかる度に弾けんばかりの強い光を放ち更に細かな光の粒子となってまるで雪の如く白い雪に覆われた先に見える山脈に降り注ぐ。
幾つものクレーター痕を残し、それでもなお消えずに大地の上をまるで水切り石のように跳ね跳びながら、山膚を焼き焦がし撫でていく。
その光達が消え去る前に杖を投げ捨てた。次。
商品名 魔砲ブラッディハウリング
悪魔が悪戯で作った世界に終焉をもたらす楽器玩具。
音を聞いた者を漏れなく地獄行きにしちゃいます。
ん、ラッパだな。手に握ってくるくる見回すがどうみてもおもちゃのラッパだ。
てっぺんについた角の生えたファンキーな生き物を模した飾りにカラフルなボディ。持ち手には舌を出した片角の悪魔の印。どいつかはわからん。
チャチな作りで安物な見た目だが無駄にかっこいい名前をしおって。
大きく息を吸い込む。山脈を横断するように大きく奔る創生の傷痕の光を越えた先に黄金の魔法陣が周囲を視界を埋め尽くさんとばかりに展開されている。天使の聖光術、真白の翼が輝きを放ち天使達の口元からかすかに聞こえくる歌。
それらは重なりあい音を成し反響し聖歌となって響き渡る。それを私が力いっぱい吹いたラッパの甲高い轟音が跡形もなく消し飛ばした。波紋の如く広がる音の衝撃。
耳を劈く爆音が空気を震わせ伝搬し、大地に生い茂る木々を削り取るようにして粉微塵にしながら破壊の衝撃を余すこと無く伝え広げていった。
ばぶぅーと空気が抜けてどことなく縮んでしまった吹き終わったラッパをその辺に遺棄。
山脈を越え海に躍り出る。潮の匂いが鼻をつく。
休みを入れる事もなく空を駆け海を横断しやがて夕暮れの帳が落ちる中、迫りくる幾つかの輝く人影。いつだったか見たヴァルキュリア達である。見た目は美しい鳥女なのだが、肉体は兎も角その顔は真っ白な絵の具で塗り潰されているように顔と呼べるものが無い。
個人も無いらしく私の目にもヴァルキュリアとしか認識できない。光神の尖兵となり個を失い蟻の兵隊のように彷徨う者達。あのまま時が経てばあの顔を埋める白はやがて肉体にも及び何れ遠くない未来に天使と成り果てるだろう。
馬のケツを叩く。意に応えるように更に飛翔する高度を上げた。
次。
商品名 緑錆の羊皮紙
悪辣なる魔王ガルーネシアが太古の禁術である星神魔法全十ニ種の内、八種を復元しその力を封じ込めた羊皮紙。
太陽が天にない時間帯に限りそれぞれ各一回限り発動可能。
暗い闇より現れ手にしたるは八枚の羊皮紙。月光を受けて不吉の暗光を放つそれらにはそれぞれ違った紋様と文字が書かれている。
編隊を組み上げるヴァルキュリア達の中心に向けてロックオン。使い方は何となくわかる。
一枚一枚と言わず、八枚全てに封じられた魔力を解き放つ。羊皮紙に描かれた魔物の絵が苦悶の声と共に呪文を唱えあげる。
ん、これは魔法を封じているというよりこの魔物が封じられているのでは。ちらと思ったがまあいいか。その内に解放されるといいね。
展開される八つの魔法陣から放たれた力ある光がヴァルキュリア達に向かっていくと共に一回限りの魔法を解放した羊皮紙からは急速に光が失われていく。
様々な光が天空で泡のように膨らみ大きく弾ける中、その隙間を上下左右に潜るようにしながら抜ける。バラバラと降ってくる破片が海に落ち波に飲まれていく。
煌めく海の先に微かに見える大陸の影、そしてその大陸を守護するかのようにたむろする一際大きな光達と壁となって立ちふさがるまさしく壁としか表現しようのない果て無き光壁。
チラチラと蠢くように不規則な光を放つ光壁、光っているものは表面にある文字か模様か、まぁとにかく結界のようなものであろう。別にあれそのものをどうにかせずとも通れる穴さえ開ければいい。
ぱっと離した羊皮紙は遥か後方へと吹き散っていった。
次。
商品名 銀河を打ち砕く光線銃
銀河を壊せるミラクルな光線銃。
うむ、簡単で宜しい。わかりやすいのは良いことだ。
この手に現れたのは緑と赤と水色のやっぱりファンキーな見た目のおもちゃのような銃である。銃の先端の丸いものが如何にもビーム発射機ですと言わんばかりで非常にわかりやすい。
てっぺんの電波受信機なアンテナのような円盤が実にイカしている。私のイカ腹も実に満足そうだ。
片膝立てて馬の背でポーズを決めてやった。銃の丸いフォルムの腹にあるゲージは残エネルギー量らしきものが乗っている。殆ど入っていないようだ。エネルギーは別売りだったか。まぁ仕方がない。穴さえ開けばいいのだ。うむ。
ちゃきっと行く手に構える。細かく狙いを付ける必要もあるまいて。ぺろんと舌を出す。
「発射―!!」
空気をも焦がす灼熱の閃光がぶわりと膨らむ。白い光が不気味な程静かに揺らめいて流線を描く。大気の層、その隙間に浸透するように奇怪な紋様となって溶け出し、そのまま時が止まったように静止した。
実際に止まっていたわけではあるまい。あまりに巨大すぎる故に動きがゆっくりとしか認識できないだけだ。眼下にあった低層雲群とここより更なる高高度、大気の天井部に停滞していた巻雲、その全てが気付けば消失している。
ぷちぷちと細かな空気の破裂音が万にも億にも届く数、一斉に弾けたような奇妙な音がした。前に進んでいる筈だというのに風の音すら聞こえない。音の振動をも喰い荒らしながら、白い光が紅く染まっていく。恐らくエネルギー切れにより出力が落ちてきたのだ。
それでもなお銀河を打ち砕くの名に恥じず、行く手を隔てていた金色の光を掻き消し、その前に居た天使達など何処に居たかすらもうわかりはしない。
日が落ち夕暮れの薄暗闇の世界で白に紅が差し、折り重なった互いの光の層が混じり合うさまはまるで奇妙な程鮮やかな桃色の光のように見えた。
ま、悪魔らしいといえば悪魔らしい。奴らなりのおちゃめと言ったところだろう。光線銃からはティロリラタタラッタパーンと間抜けな電子音が鳴り響いている。
巨大すぎてこんな距離からではただの熱波としか認識出来ない光も、遠目からならばそりゃあ見事なハートの形に見えたであろう。出力不足による偶然で、見事なピンクに染まったハートが。
いらないお茶目ではあったがお陰で一周回って頭は冷えた。
エネルギーの切れた光線銃を海に放棄し眼下に目を向ける。
ここが、東大陸。
大陸の末端とは言えレガノアの力に満ち溢れているのが空気でわかった。黄金の光が立ち昇る白亜の大地、白い植物、白い樹木、生き物の姿はない。
くんくんと鼻を鳴らす。目的地は近い。高度を下げつつ小さな島を睥睨し旋回する。キョロキョロと目玉を動かすのだ。あの三人を大急ぎで探さねば。あらかた邪魔は片付けた。
目的を果たし、結界に開けた穴が塞がり切る前に離脱せねばならない。ここに取り残されれば魔力が切れると共に打てる手がなくなる。
ふと、視線を向けた先にこの白い世界の中にあっていやに目立つ色彩の塊。気配はあちらにある。あまりにもわかり易すぎるので罠なのではあろうが……下がる理由は、ない。
本と枝を握り直し準備は万端、びしっと彼方の色を指を差す。
「あそこに行くのだ!」
嘶き一つ、魔神族の馬は青白い炎と共に大気を駆け下りて行った。
がここんと蹄を打ち鳴らし大地に降り立つ。
そこから白い大地には無数の黒い亀裂が走った。ふむ、おかしな土地だな。まあいい。
ぴょんと馬の背から飛び降りる。私を中心にしてじゅわっと泡立つようにして白い光が引いていく。なんじゃこら。ちょっと面白いぞ。
バンバンとあちこちを足で踏み鳴らして白い大地を黒くしてやった。アレだ、磁石みたいである。
さて、先に見えるは一つの街。この真白の大地になってなお一掃映える色とりどりの布。名残を惜しむかのように忘れがたいもののように多くの色を布に焚き染め空に掲げている。
瓦に漆喰と堀、暗黒街や北大陸で見かけた東由来の品々とは多少毛色が異なっている。じーっと見つめるが神族が一匹、名は……泡雲の君、アラクモネ。暗黒街に攻めてきている奴らを操っている神族だろう。
ざらざらと神族の情報を引っこ抜く。
その本性は蜘蛛。太陽神が織物をする際に産んだ神であり天に巣をかけ雲から雲へと渡り、天の上より多くの蜘蛛糸を垂らしては気まぐれのように下界の生物達を操り、その怒りに触れれば蜘蛛糸を巻き取って下界の人々を苦しめると、まぁ要するに雲と雨、旱魃という現象を神格化したものであろう。
そんな奴がなんでレガノアに取り込まれたのかは謎だが。太陽神とやらの直系の神のようだし神話を統合する際にでも複合されたのだろうか。天に関わる神族ならば片っ端から取り込んだのかもしれないな。
あるいはエウロピアのように自ら眷属化したか。
他に神族の気配はない。隠れている、という事もないではないが。私の目を眩ませるような者が居る筈もない。一歩踏み出す。ざらっと大地に黒いものが波紋のように広がり滲む。
頬を撫でる風にすらレガノアの力を感じる。よくもまあ人間が生きていけるものだ。少しばかり感心した。
方向性は異なるが、遥か上層の神が持つ神域である事には違いはなく、悪魔が屯し生きる霊層たる私の地獄に等しく、その性質において何ら違いがない。現に動物も植物もこの大地には生きていない。
よくもここまで人間に肩入れするもんである。魂を選んですらいない、人間種族というものに対する不変且つ絶対的なまでの盲目にも近しい愛。
神に愛された者の末路など古今東西の口伝伝承、あらゆるものに置いて国問わず決まっているものだが、如何せん規模が大きすぎるだろうに。
この大地は無である。微生物すら居ない。ここにある命は全て人間だけだ。なんの気配も感じない。ふと、私が生まれてきた時のことを思い出した。
この世界は第十八次元二十三層八次反応性法則型宇宙と呼ばれる世界線。ここ以外に、そう。行ける場所は何処もなかった。
マリーさんの言葉、魂の墓場と呼ばれる世界。異界人達の比喩であったのであろうが……間違いではない。
この世界、次元、概念宇宙、あらゆる可能性を内包した世界樹と呼ばれるものは既に食いつぶされ尽くし、最早この枝葉しか残っていない。
物質と霊魂と神と幻想が同じ大地に生きるこの世界。光と秩序に向かう他枝へ行くべきエネルギーを奪いつくさんと全てを剪定し、たった一本だけ残された異形の枝。
それさえ無くば、この世界の人間種族は電気すら手に入れることなく小さな国で細々と生きたろう。ここはそういう枝である。空想と幻想が生きる世界、カオスの根である。創世より最初の分岐だ。秩序に向かうか混沌のままにあるか。
観測可能領域内、多元的宇宙を含め一定の秩序と理を持つ閉じた世界体系、概念宇宙の中にあって時間と空間は無限に等しく、世界線の縦の軸の中で複数の知的生命体が発生するは珍しくもないがそれが横の時間軸をも同じくする可能性はほぼなく、宇宙空間を渡る文明レベルとなりその道を交えて出逢う可能性は絶無である。
不可説不可説転が一の可能性を以って他文明に干渉しうる距離と時と文明に恵まれたる別種の知的生命体があったとして、過去未来において干渉したという分岐が存在する時点で時の概念無き圧縮された平面事象とみなせばそれらはただの一個の複合体となる。
滅ぼすか統合するか、消え行くか、操作するか、何れの分岐においても互いに干渉し合い混成し終焉を迎えるが故である。他者の存在があれば寄り添わずにはいられない、孤独には耐えられぬ知性持つ生命体としての業からは逃れられないからだ。
生まれては消え行く幾つもの文明の中、イースの言葉通り、何れにせよともどのような形状にしろ生まれた知的生命体が最初に手に入れるのは火だ。ならば火を手に入れなかったのならばどうなるか。
多くの分岐が存在し得る複合的宇宙であってもその分岐はこの世界が創造されてより最初の生命の始まり、創造されたばかりの世界が未だ不安定だった頃に生まれた混沌の闇に最も近いこの星の中でただ一度しか選ばれることはなかった。
知性持った生き物が火を手にするよりも先に精神による世界への物理的干渉を成す、この事象は他の世界線で起きることはついぞなかったのだ。
それがこの分岐、世界を照らす光もなく、星の開拓など成されず幻想の生き物たちが揺蕩うままに生きる最果ての世界と成り果てた世界である。
創造されたこの箱庭の中、ただ一振りのみ、光へと伸び続ける世界樹を支える根の如く。唯一闇へと成長を続ける宵闇の枝。
この世界に生きるただ一人の人間に会いたいと願ったレガノア、天の国をこの世界に下ろす事を願った者、この世界の人間の為に他の全ての枝を剪定し続ける者。
この世界にはあらゆる宇宙より吸い上げた全ての魂と可能性が圧縮され詰まっている。破裂するのを待つように。
今のこの世界ならば、何が起きても不思議ではないのだ。こんなエネルギーを蓄えて何に使うやらである。宇宙開闢でもするのか。変わった趣味である。好きにしたらいいとは思うが楽しいのだろうか。最初に戻ってどうするのだ。
満ち満ちた魔力でレガノアのような普遍的概念、根源概念の実体化だって出来るだろうに。既に実体化しているので無意味だが。いや、そもそも最初のエネルギーはどっから持ってきたのやら。
……ん、何やら難しいことが頭に思い浮かんで爆発しそうになってきた。イースさんでもあるまいし我が暗黒脳がなんだか調子が悪いぞ。
ぼかぼかと二、三回叩いてみるとなんとなくシャッキリした気がする。よし、行くか。
ちらと馬を見やればなぜだか着いてくるらしい。別にいいけど人参はやらんぞ。この馬が人参を食うかは知らないが。足の数が多いし人参は食わないかもしれないな。人参は美味いぞ。
適当に考えて一頻り納得してから何処までも続く真白の平原を、黒い道を引きずりながら歩く。
見上げた空は青いが何処か薄い。その内白くなりそうだ。
大地に色もなく、こんな大陸でこの世界の人間達はどうやって生きているのやら。レーションみたいなパッサパサの食料食ってても驚かないぞ。川すらなさそうな土地だ。
思えばマリーさん達が食料に関しては異界人の努力の賜物と言っていた。もしかしたならばガチでレーション食ってるかもしれん。娯楽の類は無いと言っていたカグラ、そこに食に関するものが含まれていてもおかしくはない。
何せ暴食とかいう悪魔が居るぐらいだ。あのウナギも食べる事を忌避していたし。
この世界の人間一体何が楽しくて生きているんだ。
今まで会った人間、バーミリオンやレイカードの事を考えればもはやああいう方向性にしか快楽がないのかもしれない。
欲は無く楽はなく、苦は無く飢えもない、霊質的に、物質的に極限まで満ちた世界。疫病や貧困がはこびる時代、逆に全てが満たされた極限の時代の中で拷問や死刑が娯楽化し過激化するのはよく有る話だ。
全てが満たされ最早他者を虐げ肉の快楽に溺れるぐらいしかその生を全う出来ないのであろうか。フィリアがそうであったようにそこまでしてもなお神に見捨てられる事はなく満たされたままなのだからその方向性に歯止めも効かなかっただろう。
花人さんやらおじさんやらの例があるので全くもって同情はしないが。
くわばらくわばら。
背後でかぽぽんと馬が蹄を鳴らした。
「ふむ」
腕を組んで立ち止まる。
街まで数百メートルほど。勢力圏内と言ったところか。いくらか手前で空から神族の糸が霧雨のようにつつつと落ちてくる。ゆらゆらと揺れるそれらは絡め取られれば即座に巻き取られてちゅーちゅーされるであろう。
あの異界人のおっさんも剣聖とやらも街の中だろう。動きはない。この暗黒神ちゃんを放置とはいい度胸である。
のこのこ行けば敵がどかーんと来る系の誰がどう考えても罠なのではあるが。最初からフィリアを餌にするつもりだったか、いや、それならばもう少し体裁を整えているであろうし神族一人という事もなかっただろう。
私が来たので急造で拵えた即席罠と言ったところである。神族が一人、天使の気配がいくらかある。神獣も配置しているようだが。
あの街に住む人間達の方に何故かやる気がないようだな。諦めているのかそれとも他に思惑でもあるのか。
どっちにしても答えは一つなわけだが。
ま、今回は運がなかったと思って諦めて頂こう。間が悪かったでもいい。
今の私に出来ないことなど何もない。そうとも、今ならばなんでも出来る気がするのだ。
トン、トンと足先で地を叩く。私の真っ黒な影が広がる。怪物達が潜む真の闇。質量を持った恐怖が此処にある。
さぁ、天を仰げ。
「全員出てこーい!」
地獄に潜む魔性達が私の下知に従い、溢れ出た。
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