ファッションモンスター
「帰ったぞ者共ー!!」
バッターンとドアを開け放つ。ぶわっと何やら吹き抜けた。
なんだろ。長いこと開けていなかった事になるのであろうし空気が篭っていたのかもしれないな。
部屋を見回してみるが、おもったよりも汚れてはいないようである。魔物どもが元気に活動し、わっせわっせと屑やらゴミやらを集めてきては積み上げて作業を続けていた。良いことである。
まあ大家のガチムチが何やら青い顔だったのは多少気になるが。後でお菓子でも差し入れてやろうではないか。お菓子は偉大である。
考えていると微かな気配。部屋の外である。カリカリカリと音がする。
ドアをちょっとだけ開けて、ドアを引っ掻いていたらしいパンプキンハートとリレイディアがチョコチョコチョコと歩いて入るのを待ってから廊下を覗き込む。
遠くでものすごい顔をしたカナリーさんが封印が解かれたのよーとか地獄の釜が開いたのよーとかブツブツ言っている。手招きしてみるが悲鳴を上げて逃げていった。
何故だ。まあいい。
何やら集ってきた魔物どもと喧嘩を始めたがリレイディアには敵わないらしくぎぃーという鳴き声に蜘蛛の子散らすようにして逃げ去っていくのを眺めてからまた考える。
さて、部屋の中央には何やら禍々しさが天元突破な地獄の穴。床が黒く融解し煮崩れポータルな穴が開いている。覗き込んでみるが奥は遠くに果て無き渦が巻くばかりでよくは見えない。
耳を済ませるとゴォーと風の鳴るような音とも地響きとも付かない音。笛の音のような甲高い音も混じっているような気がするが、いまいち判断はつかない。
流石地獄、カオスである。
こんなに育っているのに悲しいことである。引越し準備をせねばならんとは。
そうなると、物は少ないがカミナギリヤさんのベッドの下のようなアイテムが欲しいところである。あれとは言わないが似たようなヤツがほしいのだ。地味に凄そうだし高そうではあるが。
だが、ふふん。この暗黒神ちゃんを舐めてもらっては困る。
私はもう負けはしないのだ。何せそう、ここは私の部屋であるからして。
「うむ!」
掲げたるは大分放置してしまっていたリュックである。懐かしいな。埃が付いているのでばしーんと叩いた。
ぎゃあああと鳴いたが気にしない。
ぱかっと開く。そこに在るのは勿論手付かずの虹色の光を放つ魔水晶。素晴らしい輝き、会いたかったぞ!
がさがさとひっくり返して残らず取り出す。勿体無いなんて最早言わない。取っておいても今回のようなことがあったら宝の持ち腐れである。
全部食べてやる。ちょっと考えてから、えいやっと地獄の穴にざらざらと流し込んだ。
自分で魔んじゅうにして食べるのは流石に疲れる。地獄に放り込むと魔物が解体せねば使えないが、まぁそのうち終わるだろうし。
……いや、マリーさんにもおすそ分けしようかな。うむ、それがいい。手を止めてから流し込んでいない分を纏めてがさっとすくい取る。
マリーさんも最初魔んじゅうを目的に私からの依頼を受けてくだすったのだし、お渡しすれば役に立つであろう。
そうと決まれば話は早い。ばさぁっとビニールを床に広げてその上に魔水晶を魔水晶の残りを掻き集めてばすこんとぶっ叩く。結構な量だ。
息をつく。ばしゃっと本で出した水をぶっかける。準備は万全、カッと目を開いた。
「ホアチャー!!」
叫んでばすこむばすこむばすこむと両手で叩きまくる。気分は既にうどん職人。私はうどん職人になるのだ。
伸ばして叩いて伸ばして叩いてひとまとめにしてから端っこを持ってぐるんぐるんと振り回してばすんばすんと床を叩きまくる。
熟練の手つきで空にインフィニティな字を描いて伸ばしに伸ばし、ばっしぃんと床に叩き付けては空気を抜いて振り回す。
丸めもった生地を放り投げてストンと指先で受ける。今の私はさながらピザ職人であるからして最早辛抱堪らず回転を加えに加えた生地が撓むに任せて巨大な円盤へと広げてここだとばかり、そのまま放り投げた。
空でたわわと歪む大きな円盤。ここである。きゅぴぃんと来た。
力を溜める。両手をクロスさせてどっしと両足で地を踏みしめた。
「おりゃー!!」
ばよん、生地に突撃した私を円盤が包み込む。暗黒神をあんとした暗黒まんじゅうの完成である。
あー、いい汗かいた。さ、真面目にやるか。何やらパンプキンハートとリレイディアが冷めた眼でこちらを見ている気配があるが、ま、気のせいだろう。
立ち上がって飴のようななんとも言えない不思議な触感に仕上がった生地をまるっと水洗い。
おとなしく座ってちまちまと魔んじゅうをこねた。魔んじゅうばかりもあれだし、うどんにしてもいいかもしれないな。
とういうわけで十数個くらいの魔んじゅうを量産した後は余った生地を長ーい一本うどんにしておいた。
これでよし。ぼむんとイカ腹叩いて号令一つ。
「来るのだお前たち!」
魔物共を呼び寄せて地獄へカムバック。引っ越しのためにこの地獄穴は一時撤去である。魔物は適当に氷窟か鉱山の街にでも行くだろう。
回収した腕輪を付けてこれでよし。地獄穴のレプリカまであるから二つもあるのはいまいちだが。仕方がない。
床の暗黒神ちゃんマークを眺める。コレも引っ越し対象だろうか?しかし動かせそうにないが。
うーむ、完全に行方をくらます腹積もりであるようだしおそらくこの街は更地にするだろう。となると、残しておいても仕方がないというかあまりよくはあるまいて。勿体無いが消すしかないだろう。
ささささっと箒で払うと暗黒神ちゃんマークはあっけなく消えてしまった。残念。まあいいか。また作ればいいし、あと二つも残っているのだ。
それよりも準備である。パカっと本を開く。目的はカテゴリ生活セットの収納コーナー。
商品名 ベッドの下
悪魔のひみつの隠し場所。
なんでも沢山隠せちゃいます。
重量はそのままなので力持ちに運ばせましょう。
「うーん……」
マジでカミナギリヤさんのあれが出てきた。しかしやはりそのままあれでは私には無理だな。運ぶなんてできやしないぞ。何か他にないのか?
自動で運んでくれるのがいいのだが。
収納コーナーをつらつら見てみるが、車輪付きとかキャタピラ付きとか出てくるもののどうにも使い勝手が悪そうなものばかりである。
私が使うのでなければ問題はないのだが。唸ってから一旦閉じる。こうなったら運を天に任せてくじ引きの一手である。
おりゃーと掛け声一発ばさっと適当なページを捲った。
カテゴリまさかの魔物セット。
商品名 クッキーモンスター
魔物を一匹運搬用のお口の大きな魔物へ進化させます。
異次元なお口は紳士の嗜み。紳士なのでエネルギー回収作業は不能になり戦闘も出来ません。
…………まあいいか。少々値が張るしどうにも進化に周囲の瘴気も使ってしまうようだが。
リストに表示された魔物共から一匹選んで購入。今気づいたがそれぞれ名前があるらしい。初めて知ったわ。
ダンタリアンだとかパズズだとかグーシオンだとかラプラスだとか実に偉そうな名前である。面倒なので覚える気はない。長いし。アスタレルの名前も既に忘却の彼方である。お気の毒ですが空き容量が足りません。
ぴょんと私の影から飛び出た一匹、こいつが先程選ばれし魔物なのだろう。どいつかはわからん。
周囲の淀んだ空気が風もなく揺れた。カタカタと窓が鳴っている。周囲の何かを喰らうようにして徐々にそのサイズを大きくしていく魔物。
ずるりと膨らんだ腹からごぼりと虫の足染みた足が四本程生える。がぱりと開いた口はあの青の祠で生まれた黒い異形に何処か似ている。特に人間みたいな立派な歯並びとか。
巨大な顎から涎が垂れ落ち床に穴を開けた。ぶくぶくとした尻が膨らみ尻袋を作る。這うようにしている魔物の後足の更に後ろについているので位置的には尻だが、多分尻じゃないな。でも尻尾とも言い難い。
がちちちんと打ち鳴らされる歯が辛うじて頭を主張しているが、これは尻が本体やもしれぬ。目もなく鼻も無く、口だけしかないへんてこ魔物爆誕である。
リレイディアサイズぐらいに膨らみへっへっと口から蒸気を吹かす魔物を暫く眺め、適当にそのへんにあったクッションを与えてみた。涎を垂らしてむしゃぶりついてくる姿はナカナカ愛らしいのではないだろうか。
ガツガツとクッションを食いちぎって貪る様は運搬用とはなんだったのかと問い詰めたくもないが。
げぇっふとゲップをかましてげげげげげと嗤う魔物は腹を支える八本の足を器用に手繰ってどてどてとした動きでそのへんを這い回っている。愛嬌はないな。しかしどうやってクッションを取り出すのだ。
運搬用と言うからには取り出せねば困る。ぷすと枝で突付いてみるがふんばるだけで食い漁ったクッションをまるで出そうとはしない。
「クッションを出すのだ!」
虫足でカカカカと頭を掻いてがぱぁと口を開けてげげげげと嗤っている。
今のはわかるぞ、私を馬鹿にしおった。なんてこった。
「だせーっ!!」
こうなっては実力行使である。とびかかってばちこーんと魔物のケツに生っている袋を思いっきりぶっ叩いてやった。
暗黒神アームから繰り出された尻が震えるほどのその刺激には耐えられなかったのかぶるるんと身体を震わせた魔物はウオップと喉を膨らませ、痙攣した後がぼんとクッションを放出した。
確かに食いちぎってむしゃむしゃしていたはずだが、吐き出されたクッションはちゃんと食われる前の綺麗な姿のままである。ついでに濡れてはいないが気分的には非常に汚い。どうなってんだ。いや気にしてもしょうがない。不思議悪魔パワーか何かであろう。
取り敢えず近場の床に放り出しているルイスの絵画を食わせてみる。モギモギと口の中に収めて咀嚼してキョロキョロとしている魔物はまだまだ余裕そうだ。クッションを再び食わせ、石鹸やらタオルやら服やらを与えてみるが。
全てをあっさりと体内におさめてどてどてとリレイディアを追う魔物は全く平気そうだ。
……うむ、こいつに任せるか。
「この部屋のもの全部持つのだ!」
抱えて部屋の中央に持っていけばめんどくさそうにしながらベッドに食らいついてがふがふと食いだした。多少反抗心を感じるが、まあよし。
しかしなんだかこのサイズの生き物がやたらと増えている気がするな。いいけど。
この場はこいつらに任せて私は皆さんの調子を見に行くとでもするか。久方ぶりのリュックを背負い、魔んじゅうを風呂敷に包んで首に巻きつけてからえっちらおっちらと部屋を後にした。
廊下に出てちょいと考える。取り敢えずはこの魔んじゅうをマリーさんに差し上げよう。そうと決まれば話は早い。マリーさんのお部屋はどこだっけ。うろ覚えながら記憶に微かに残った部屋のドアノブを掴む。
ガチャ
着替えていたらしい全裸のブラドさんが居た。
嫌でも股間が視界に入った。
隠そうとすらしない。
「きったねぇなァ…」
呟いてドアを閉めた。
よし、ここじゃなかったな。
閉めたドアの向こうから汚いとは何だこの美しい完璧な形状とサイズのほにゃららがどうとか以前にも聞き覚えのある言葉が聞こえてきたがもちろん無視である。
全く、引越し前に不潔なものを見てしまった。
しかし今ので思い出したぞ。今度こそマリーさんのお部屋のドアをとんとんと叩いた。
「マリーさーん」
「クーヤかしら。開いていてよ」
はーいと返事してマリーさんのお部屋に潜入である。相変わらず魔女染みた恐ろしい部屋である。
しかし片付いた様子がこれっぽっちもない。どうするのであろうか。
しゃなりと髪を掻き上げる麗しさを思えば片付け作業とは無縁に思える。もしかしたらカグラかブラドさんにでも押し付ける腹積もりなのかもしれない。む、私もそうすればよかった。
「クーヤ?どうかしたのかしら?」
「お、そうでした」
首に背負った風呂敷包みを下ろしてマリーさんへ押し付けた。うーん、唐草模様の萌葱色な風呂敷が実に似合わないな。
不思議そうなファビュラスなお顔が益々似合わない。
「魔んじゅうを沢山作ったのでおすそ分けなのです」
「……いいのかしら?クーヤの依頼なんてもうなんだかんだと立ち消えてしまったでしょう?
パーティの仲間なのだもの、言われなくても護衛はしてよ?」
さらっと嬉しいお言葉にとニマニマしつつもぐっと親指立ててサムズアップ。
「別に大丈夫なのです。魔水晶の殆どはさっき食べましたし。パーティならお宝は山分けなのです」
それに私の方には魂の分解という別手段があるのだ。誰でも使えるという利点がある魔んじゅうは私以外の人が使うべきであろう。
「そう、それなら有難く頂こうかしら。
それでクーヤ、一つ相談なのだけれど」
「なんでしょう」
マリーさんから相談とは。こりゃあ誠心誠意応えるしかあるまいて。
「この魔んじゅうなのだけれど。ギルドに卸してみる気はない?
使用者の限界値を無視して摂取した量の魔力をそのまま上乗せし加算し続けるというのははっきり言うけれどある意味魔水晶よりも価値があるわ。
魔法道具として破格、間違いなく特上級の、消耗品でさえなければ
極論を言えばこの魔んじゅうを食べ続ければ魔力の無い者でも禁呪の発動だって可能になる。たとえ一度きりでも大きいわ。
勿論このギルド限定ということになるでしょうけれど。
貴女これをどうやって作っているのかしら?
本で作っているの?」
「魔水晶をこねこねして作っているのです」
「……魔石ならばどれでも人が食べられる形に加工できる、ということかしら?」
「たぶん」
魔水晶以外にやったことはないが。多分出来るだろう。いつだったかカミナギリヤさんの魔力も掴めたし。
……もしかしたら人の魔力でも魔んじゅうに出来るかもしれないな。カミナギリヤさんの魔んじゅうとか食べたら虹色になれそうだ。
しかしギルドに卸すか。考えなかったなあ。お金は別にそんなにいらないし。商売してもしょうがない。
うーんと悩んでいると私の脳ミソを読んだらしいマリーさんがぴっと指を立てた。
「そうね、クーヤはあまりお金は集めていないでしょう?意味がないのだから。
これは商売というよりも魔んじゅうをばらまくという事にこそ意味があるわ。
秩序を捻じ曲げ人の限界を安易に突破させる混沌の種、それをばらまく事。クーヤはブルードラゴン支部で安眠枕を作っていたでしょう?
あれと同じね。それに東大陸で近々催されるオークションに雪月花の影絵という名の絵画の悪魔の意匠の作品が一点出されると聞くけれど、これも流出元は巧妙に隠されていたけれど北大陸であることは確か。
カミナギリヤと言ったかしら、彼女でしょうね。あれも大元はクーヤでしょう?」
「む」
流石マリーさんだ。私の知らない私の話まで知っている。というかそんなことがあったのか。
しかし、ふむ。確かにそう言われるといいのかもしれない。アスタレルで言うところの世界への干渉ってヤツに分類される行動だろう。ウルトも喜んでいたあの黒い鉱石と一緒というわけだ。
問題があるとすればめんどくさいところだな。
「魔石をそのままクーヤが加工していたなら魔んじゅうをそのままギルドに卸すのは難しいでしょう。
魔石を持ち込んで加工依頼という形が最もベターなところね。どうかしら?」
「じゃあそれで」
「……クーヤは相変わらずのようね。
まあいいでしょう。対外的には魔石を対価としてのみ購入できる魔法道具というところかしら。そのまま魔石をクーヤが加工していると言うのではダメね。
それも正式なローズベ、…………このギルドでの取扱ではなく、グランが個人的に出している商品という扱いがいいでしょう。常連、あるいは紹介でのみグランが口頭で出すという事にしましょう。
受け取った魔石の一部をクーヤが徴収して残りを魔んじゅうに加工して出す、この形だと金銭は取れないけれど構わないかしら?」
「あい」
それなら私の懐に魔石も手に入るし、お金より全然いいな。そして徴収した魔石を魔んじゅうにしてマリーさんに横流しである。
あとは、魔法系のカミナギリヤさんとクロウディアさんにフィリアもいいかもしれないな。中々いい話ではないだろうか。
「それも移転がすんでからになるでしょうけれど。
クーヤ、ブラドは部屋にいて?」
「居ましたよ」
やっぱり押し付ける気のようだった。
流石マリーさんだ。
「マリー、待て。君の荷物は多すぎる。私一人では無理だ」
引きずって来られたブラドさんは泣き言を言っている。そこで断るだとか嫌だとかいう言葉じゃない辺りに二人の力関係が見えるようである。
「あら、狼は古来からソリを引くものでしょう?
頑張りなさいな」
「無理を言うのはやめたまえ!?」
「がんばれー」
「おチビ!頼むからマリーを煽ってくれるな!」
なんだ、ブラドさんはダメなおっさんだな。犬耳を生やしている癖に生意気である。
マリーさんが言うんだからおとなしくソリを引くべき。なんならソリでも出してやるぞ。
「ソリで荷を移動させるなぞ冗談にもなっていないぞ!?
おチビが地図で示したポイントまでここからどれほどの距離があるのかわかっているのかね?
しかも地下とくれば掘り進める事になるのだろう?いくら人狼でも死ぬぞ?!」
「クーヤ、貴女は大丈夫なのかしら?
荷物はそれほど多くはないと思うのだけれど」
「マリー!何事もなかったかのように話を進めるのはやめたまえ!!」
「大丈夫ですわーい!」
というかそろそろ終わっているかもしれない。結構長居しているし。ちらっと廊下を覗き込めば私の部屋の前には三匹の小動物が鎮座している。終わったらしい。
ちょいちょいと手招きすればたかたかたと蛇行しながら進むリレイディアの後に続いてスライムと運搬魔物が歩いてきた。うーん、リレイディアが一番権力が強いのか。
まぁ生首とは言え女神だしな。足元に三匹が来たところで魔物の腹を抱えてぐいっと持ち上げた。ん、ベッドを食っていた割にそんなに重くないな。悪魔パワーは不思議である。
「こいつなのです」
「……おチビ、これ以上何を増やすつもりなのかね?」
なんだその呆れきった眼は。しかもまるで私が碌でもないものばかり増やしているような言い様である。失敬な。
抱えた魔物を置いて尻袋を叩く。げぷっと鳴いた魔物はゲロンと石鹸を吐き出して恨みがましい目で私を見上げてからもう一度がふがふと石鹸を食い散らした。
「このようになんでも収納出来る胃袋なヤツなのです」
へっへっへと蒸気を吹かす魔物はどこかドヤ顔をしている気がする。
マリーさんとブラドさんにその顔を向けているならまだしも完全に私を見ながらなので私をバカにしていると見ていいだろう。
クソッ、胃袋の強さでは負けんぞ。
「…………クーヤは相変わらずだこと」
「滅茶苦茶なおチビだ」
「これは魔物かしら?レッドキャップに似ているわね。
クーヤ、少し研究させてもらいたいのだけれど」
「どうぞ」
ぐいぐいと突き出した。マリーさんがおっしゃるならこの暗黒神、吝かではないのだ。
尻袋をブルブルさせて嫌がっている様子だが我慢するのだ。
マリーさんの柔らかそうな手で嬲られる魔物はブルブルしたまま恨みがましい目で私を見つめている。
なんだ、文句があるというのか。
「後でスケッチしてから生態研究をしたいわね。
この口は見た目だけなのかしら?臀部の袋は周りの空間を歪めているようね」
「おチビ、こいつならばマリーの荷物も食えるのかね?
そうして貰えるならば私の命が助かるのだがね」
「えー…」
「クーヤ、わたくしからもお願いしたいわ。
物質を収納する様子を観察したいの。失伝した空間魔導学の
「わかりました!」
ビシっと敬礼して力いっぱい叫んだ。
「……おチビ、私に何の恨みがあるのかね?」
ブラドさんがついに拗ねてしまった。鬱陶しい犬耳のおっさんである。
まぁいい。こいつとカミナギリヤさんのベッドの下を併用すればそんなに大きくもない街だ。
かなり楽に引っ越し出来るかもしれないしな。マリーさんだけではなく他の人にも貸し出すか。
ベッドの下の重さを考えれば、可能な限りこの魔物に食わせた方がいいだろう。
さて、急がねばならんと言われたが実際どれだけの時間が掛かるやら。窓から街の様子を眺めている。せかせかと動く住人たちだが、状況に反しあまり迅速とはいえないようだ。無理もないが。
少し考えてから、私も台車やら引っ越しに便利な道具を作る事にした。猫の手も借りたいって言うしな。少しは足しになるかもしれないならやるべきであろう。
魔物がマリーさんの家財をムシャムシャと飲み込んでいくのを暫く眺めてから、本と枝を抱えて歩き出した。
地響きは未だ遠いが急いだほうがいいだろう。
どれほどの時間が経ったか。
何度かクロノアくんとブラドさんがマリーさんの結界コウモリを預かってから街を出た。
恐らくこの街に来ている奴らの相手だろう。それにしても思った以上に作業が早々と進み、後に残っているのは最早捨てていくものばかりのようだ。
大量に出した台車やコンテナが役に立った、というのもあるのだが。それ以上に魔物が尋常じゃないぐらいの収納能力を見せつけたのがデカいだろう。
マリーさんの部屋に始まりクロノアくんとブラドさん、カグラにアンジェラさん、兎にも角にも入る入る。
私が拾ってきた面子はほぼ手ぶらだったので少なくとも知り合いぐらいの荷物はいけるのではないかと思っていたのだが。
ギルド宿舎のチンピラから宿屋の娼婦まで片っ端から飲み込み続けてしまいには手当たり次第に食い散らかして結局のところ手荷物以外はほぼ食ってしまったのだ。
げぇっぷと口を開けてゲップをかます魔物の大きさも重さも全く変化はない。私でも持ち上げられる状態のままだ。あの荷物は何処に行ったのかめちゃくちゃ気になるぞ。
「クーヤちゃん、マリーさん達も終わったみたいですし街の外に行きますよー」
「うむ!」
のんきな顔を覗かせたウルトも怪我はすっかり治っている様子だ。
とはいっても見た目だけらしいが。鱗で取り繕っているらしい。器用なドラゴンである。
風が吹く荒野の中、砂塵に烟る街を眺める。
前に立つマリーさんも感慨深げだ。
「……結界は核だけを残していきましょう。エウリュアルが居ない以上は解除するのは得策ではないもの」
ガサガサと地図を眺める。地下と言っていた。どうやら皆さんガチで掘り進めるつもりのようだが。もしやここからスコップとツルハシで掘り進めるのであろうか?
瘴気は大丈夫なのだろうか。それに穴を残していては後を追われそうであるが。
地にぺたぺたと手を付けるマリーさんが何やらカミナギリヤさんと相談している。地下水脈、とか聞こえてくるあたりどうやら私が考える手段とは違うようである。
よく考えたらカミナギリヤさんは本物の転移魔法の使い手だ。地下の空洞でも探し当てればそこに転移とか出来るのかもしれないな。
しかし、この街もついに見納めか……。デンジャラスな世紀末暗黒街ではあったがこうなると私としても胸にこみ上げてくるものがあるな。
結局イグアナさんとやらの地面にあきまくっているという穴は見ることがなかった。残念なことである。いいけど。
建物を眺めつ、少し気になった。更地にするものと思っていたが。建物は残していくのであろうか?
「マリーさんマリーさん、建物は残していくんですか?」
キョトン、としたマリーさんはやがて得心がいったように頷き、ついっと指を差してからなんだか悪戯っ子のようなお顔でおっしゃった。
「ああ、あの建物は―――――――」
マリーさんのお言葉は途中で聞こえなくなった。
ふと気になったのだ。気になって気になってしょうがなくなったのだ。
本能のままに見上げた先。
遥か上空、青い空を横切る黒い影。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます