神に賜りし者

マリーさんだマリーさんだ!!

麗しいお姿に優雅にして凛々しい立ち振舞い、まさしくマリーさんだ!!

ぴょんぴょこ暗黒神となって腹を見せる勢いで尻尾フリフリである。

ケツを二、三度振って力を溜めて飛びついた。芳しい感じのいい匂いである。


「あら、クーヤは本当に元気そうね。それに、随分と大所帯になったこと」


「カボチャですカボチャ!!」


「なっ……カボチャじゃありませんわ!クーヤさん何をいいますの!!

 この見事な身体を指してカボチャなんて失礼ですわよ!!」


「あら、あの時の聖女ではなくて?

 そういえばギルドでも更新されたパーティ情報にクーヤと貴女、それに他に何人かいたわね。カルガモ部隊だったかしら。クーヤ、わたくしを除け者にするなんて酷くてよ」


マリーさんのピンクの唇がつんと突き出されて白い肌にうっすら薔薇色の赤みが指した漫画みたいな完璧な頬がぷくと膨らんだ。

ぷりぷりしていらっしゃるようだ。


「それで、貴女は何故クーヤと同行しているのかしら」


そういやマリーさん達とお別れした時の原因はフィリアだった。なんだかんだここまで来てしまったが。

えーと、なんと言えばいいのやら。


「聖女じゃなくなったので拾ったのです」


「人を犬のように言わないでくださいまし!!」


似たようなもんだろう。全員いつの間にか増えたとしかいいようが無いし。

拾ったという感じではないのはカグラぐらいであろうか。

そういやケツを蹴ったままだった。ちらと見やると口をパクパクとさせながらマリーさんを呆然と見ている。

なんだ。マリーさんが麗しくてかっこいいヒーローなのはわかるが。

やがて我に返ったらしく、私にケツを蹴られたままでの格好で固まっていたが勢いよく立ち上がりそのままマリーさんに食いついた。


「…………こんのクソババアが!!見ろや連れてきてやったぞこのガキンチョを!!」


「不合格ね。犬より使えなくてよ」


即答であった。


「なっ……そもそもてめぇこのガキンチョの居場所知ってやがっただろ!!

 俺とアンジェラに何の情報も持たせねぇで放り出しやがって!!あんなもんわかるわけねぇだろ!!

 何が使えなくてよだふざけんじゃねぇ!!」


「何を言うのかしら。大事な仲間が危険に晒されているのを何の情報も集めないまま放置するなんてわたくしがするわけないでしょう?

 あそこでわたくし達の元に戻って情報を聞き出さなかった時点で使えないパシリ決定に決まっているでしょう。

 そもそも連れてきただなんておこがましくてよ。わたくしの方が出向いているのではとても連れてきたなんて」


「ぐ……」


ふーん。そういえばカグラはマリーさん達のお使いと言っていたな。

どういう経緯でそうなったのか謎なのだが。


「わたくし達のパーティに入れているのだからもっと役に立ちなさいな。

 このままでは貴方……ただのパシリのままよ?」


カグラはマリーさん達のパーティに入れてもらえたらしい。

なんだ、私の後輩という奴になるのか?もっとパシればよかっただろうか。

まぁリレイディア係というのは十分にパシリな気がしないでもないが。む、となれば扱い的には逆に正しかったのか。ならいいや。


「クーヤ、誤解してはダメよ。クーヤの保護をギルドに申し立てるにあたって押し付けられたのがこのカグラよ。

 だからわたくし達全員でイビっているの。クーヤもイビっておやり」


なるほど。そういえば綾音さんが私の保護を申し出てくれたこの三人がペナルティを受けたと言っていた。

申し訳ない話である。仕方がない。カグラをイビる事で贖罪とするしかあるまい。


「これ以上イビる気かよ……」


「当然でしょう?……それで?

 クーヤと行動を共にして何か考えは変わったのかしら?」


「……ちっ、やっぱり気付いてやがったかこのクソババア」


「当然でしょう。聖銃を持った人間の男を押し付けてくるだなんて、わかり易すぎてわたくしを莫迦にしているのかと思ったもの。

 押し付けてきた者はメイデン支部のガドイルとトリック支部のレイディナだったわね。ギルドマスターがこの体たらくとは嘆かわしいこと」


「……この銃も知ってんのか」


「プルートゥの白き夜でしょう。アルカ・レラ直系筋の聖痕を持つ祈主しか撃つことは出来ない銀の銃。

 その両手、手袋の下にはあるのでしょう?」


「………一個だけ違ぇな。誰でも撃てる。聖痕なんてのはそう呼ぶ事でそれらしくしてるだけだからよ。

 ただの認証紋なんだよ。アルカ・レラが後生大事にしまいこんでた起動魔法陣を圧縮したもんを世代毎に一人選んでに後天的に焼き付けてるだけだ」


「あら、それを答えるという事は答えは出たということかしら」


む?ついていけないぞ。まあいいか。マリーさんのコウモリの背中の毛皮の感触を堪能するのだ。フカフカである。

口の中にも入れてみよう。もがもが、薔薇の香りがする。


「……………はぁー…………。オイ。乳のバケモン。てめぇには異端の疑いが掛けられてる。

 っても、もう戻る気はねぇんだろ。神官共が血眼で探してるからせいぜい気を付けるこったな。特にアーガレストの狂人が裏切り者だのなんだので発狂してたぜ」


「……そうですの。あなた、アルカ家の者ですのね。それを私に伝えてよろしいんですの?」


「もうかまやしねぇよ。それにもともと密偵なんざガラじゃねぇ」


…………ん?


「教会へはどれほどの情報を流したのかしら」


「大したもんじゃねぇよ。この街の場所とそのバケモンの居場所をちょくちょく流しただけだ」


「それで龍や御使いもしつこく追い掛けてきましたのね」


「ババア、イビってるだの何だの言っといてどうせ俺を街から離したのもこのガキンチョの事を話さなかったのも知ってたからだろ。

 煮ても焼いても食えねぇクソ吸血鬼だなオイ!」


「吸血鬼を煮て焼いて食べるつもりかしら?

 ただの食料の癖に生意気である、といったところね」


「だーっ!!口の減らねぇババアだな!?」


キュピィンときた。天啓が降ってきた。

ここまでくれば流石の私も頭の中で線が繋がるのだ。


「おまえかーーーーーっ!!この裏切りものめーーーーーっ!!!」


叫んだ。樽の中でレム睡眠を決める生首を掘り出してぶん投げる。

要するに今回の事の犯人はカグラである。許すまじ!!


「ぎぃー!!」


くわっと空中で足を広げたリレイディアが華麗にカグラの顔面にへばりついた。


「ぐえっ!ぺっ!ぺっ!!口の中に入ってくるんじゃねえ!!よせ!!やめろ!!」


生首に押し倒されて転がるカグラを枝で突いた。くらえ!

ちくちくと刺しまくっていると諦めたらしくなすがままで大の字になったままカグラは動かなくなった。

顔にへばりつくリレイディアを掴んでぽいっと放ると空を見上げながら何もかもを諦めたような口調で呟く。


「ったく……あーあー、これで俺も神に喧嘩を売る羽目になったってーわけかよ」


ま、そりゃそうだ。黙ってりゃよかったのに。


「カグラちゃん、いいのかしら~?

 アルカ家の人達に怒られちゃうわよ~?」


「お」


いつの間にやら船室からぴょこっと顔を出したアンジェラさんがのんびりとした口調で言った。

なんだ、アルカ家に伝わるとかいう聖痕だか認証紋だかといかいうものを継いでいる割にはそこまで偉い奴でもないのか。

こっちでもパシリであっちでもパシリなんて生まれながらのパシリだな。


「知るかよ。もうどうでもよくなっちまった。

 ……なぁ、マリーベル。なんで俺を泳がせたんだよ。俺はこの任を命じられた時は死ねっつー命令だと思ったぐらいだったんだが。

 あんた達なら簡単だっただろうが。俺は聖銃を使えるだけでアルカ家元来の能力なんざ欠片も持ってねぇ。

 俺は場所ぐらいしか流してねぇが致命的な情報を漏らしたらどうするつもりだったんだよ」


「わたくし達はギルドマスターどころかギルド総裁からの命令でも気に入らなければ受けなくてよ。こう見えて貴方をそれなりに評価しているのだけれど。

 貴方こそ、そうは言ってもそうはしなかったのでしょう。その機会も方法もいくらでもあった筈だけれど。

 それに、その聖銃の使い方も。本来はそのようなものではないでしょう?」


「まぁな。聖銃の本来の弾丸を使ってねぇからな」


「……そういえば、アルカ家と言えば朱色の髪の毛が特徴ですものね。貴方、血が繋がっておりませんのね。

 アルカ家のあの噂は本当の事なんですの?」


「ああ。俺は元々は弾丸の方だ。聖銃の弾は魂だからな。

 アルカ家が弾丸に使ってたのは潰しの効く孤児や奴隷だ。地下によ、弾丸用の施設があるってのはマジだ。

 認証紋は小型化した端末みてぇなもんで本来のでけぇ魔法陣を敷いてんだ。弾丸もそこにある。

 つっても牢屋だとかあるわけじゃねぇよ。聖銃の為に集めた使い捨ての魂にいらねぇだろ?食料だとか生活空間だとかよ。

 頭と脊髄だけくり抜いて後は捨ててんだよ。それを地下に大量に保管してあるのさ。俺もそうなる筈だったんだが。

 聖銃の祈主に選ばれた奴が怖気づいて逃げたのさ。身代わりに背格好が似てた俺を立ててな。俺は何も知らなかった。

 聖痕は一時代に一人だけ、誰かの手にあるうちは複製できねぇ。持ってる奴が死ぬか、次代に継承させるか。

 アルカ家の奴らも聖痕なんざ受け継ぐのは御免だったみてえだな。俺を生かして聖銃をアルカ家の奴らのかわりに使わせる道を選んだ」


「アルカ・レラは三十代で亡くなったそうね。その後の祈主も長くて四十。

 聖痕の継承は激痛を伴い死ぬ可能性も高い。無事に終わっても重度の副作用が残り、聖銃の使用は両手を熱と霊素で融解させ使用者の生命を著しく削る。

 その上に貴方、聖銃の弾丸に自分の魂を削って使っているのでしょう。その認証紋をそのように書き換えるのもタダではすまなかったでしょうに。

 そのままでは貴方、アルカ・レラより早死してよ」


「いいじゃねぇか。とっとと終わりてぇ。クソッタレの人生だ。

 ……俺はあんなガキ共が居ねぇような場所に行けりゃあそれでいい」


「カグラちゃん、そんな事言ったらだめよ~?」


「アンジェラ、いい加減にちゃん付けはよせ……。……お前もアルカ家に戻りゃあいいのによ。

 何考えてんだ。俺なんざあの時に見捨てときゃ良かったのによ。弾丸予定だった孤児のガキに話しかけられたぐれーで律儀な奴だな」


「お姉さんはカグラちゃんを守るって約束したんだもの~。

 カグラちゃん、ヒトは約束は守らないとだめよ~?」


「破棄だ破棄。とっとと帰れ」


「カグラちゃん酷いわ~」


しっしとされてアンジェラさんはよよよと泣き崩れた。

にこにこ笑顔のままだが。


「アルカ家の祈主とアーガレストアの聖女が揃って離反だなんて、きっとあちらは大騒ぎですわね」


「……そりゃな。今までならあんたも俺も、抗うなんざしやしなかっただろうな。天の賜ってか?

 ありがたすぎて涙が出らぁな」


ふーむ。話が長くなってきた。ていうかカグラはヤクザみたいな顔して破滅願望持ちか。難儀な奴である。強く生きろ。

改めてリレイディアを顔にそっと置いてお供えしておいた。完全にやる気をなくしたらしいカグラは抵抗一つしないままである。

生首ちゃんは座りが悪いらしくもぞもぞと何度か動いた後、ミラクルフィットな場所を発見したらしくご満悦な様子である。

不幸な人間に女神の生首分の加護がありますように。ナムナム。


「クーヤ、カグラはそのまま放置して置いていいけれど。そろそろ紹介してくれないかしら?

 そこに居るのはクロウディアではなくて?」


「そうでした。えーと、そこに居るのがクロウディアさんで横に居る血塗れなのがウルトでこっちの元聖女がフィリアですな。

 その樽に入ってるのがパンプキンハートでカグラの顔についてるのはリレイディアです。

 あと船室にアンジェラさんとカミナギリヤさんって人と神霊族の人達とあと―――――――」


そこまで言ってから思いつく。ポンと手を打った。

そういえばそうだ。もしかしたらマリーさんも喜ぶかもしれない。


「マリーさんの知り合いのおじさんが居ますぞ」


「……おじさん、かしら?」


きょとりと首を傾げられてしまった。えーと、名前が確か……。


「クーヤちゃん、ちょっと待ってほしいんです」


「小娘しばし待てい」


魔王タッグが青い顔で挙手をした。何だいきなり。

仕方がないのでぴっと枝でまずはクロウディアさんを指した。


「余の幻聴でなければマリーと聞こえたのじゃが」


「マリーさんですけど」


「あのマリーベルさんですか?」


「そうだけど」


「……クーヤ、わたくしも聞きたいわ。そこのちんくしゃの露出の多い娼婦はクロウディアでしょう?

 その隣に居る男は……ウルトと言ったの?」


「破壊竜のウルトですわーい!!」


しん、とした長い沈黙が落ちた。

そう言えば魔王同士で会うのって珍しいのかもしれないな。

クロウディアさんは引きこもりだと言っていたし、ウルトも喋ったことはないと言っていた。

うむうむ、この機会に存分にコミュニケーションに励もうではないか。お茶でも出すか。


「そう、貴方、ウルトディアスなのね?」


「……えーと、マリーベルさん、ですか?」


「気安く名を呼ばれる謂れはなくてよ」


「マリーベル。お主なんじゃその笑える姿は」


「お黙りちんくしゃ」


「今はお主の方こそちんくしゃじゃろうが。愉快じゃなァ!!」


「あら。わたくしちょっと人の形をしたものが落雷で死ぬところを見たいわ」


「中身が変わっとらんぞ!!誰ぞ、この戦闘狂をなんとかせい!!」


「悪夢ですよ……僕とユニコーンの最後の聖域が……」


「ウルトディアス、貴方とは決着を付けたいと思っていたの。貴様が魔王などと認めるものか」


「……やっぱり生まれたてが一番の美女で処女なんじゃないですか?

 今度ユニコーンに会ったら伝えないと駄目ですねー…」


「ウルトディアス、お主先程から余の夢をぶち壊すのをやめぬか!!」


茶を出そうとしたのだがそれは無駄に終わった。

怒号と嘲笑と驚愕と哄笑と……まあ要するに魔法言語と肉体言語を主としたコミュニケーションがたっぷり取られたとだけ言っておこう。

それ以上は聞くんじゃない。勿論船は沈んだ。ヘロヘロながら全員が無事に陸に辿り着けたのはイーラのおかげであろう。


「ひぃひぃ……」


難破も同然の有り様で陸に辿り着いた。

後ろには更なる怪我を増やしたウルトに微妙に煤けたクロウディアさん、面白くなさそうにつんとしたままのマリーさんである。

そんなに可愛い顔したって駄目である。死ぬかと思った。


「生きてるのか俺……」

「死ぬな相棒!!あの時の約束はどうした!?」

「かあちゃん……かあちゃんの味噌汁が飲みてぇ……」


乗客も船員も死にかけである。当たり前だ。多少問い詰めたい事を言っている奴も居るが、とりあえず死人は出ていなさそうだ。奇跡か。

何人かがよたよたとしながらばたりと岩場に倒れ込んだ。

ここはまだ瘴気の範囲外とはいえ、やはり身体に悪い空気はうっすら漂いだしているようで昏倒したようだ。


「仕方がないわね」


「軟弱じゃのう」


ため息を付きながらマリーさんから数匹のコウモリが飛び出す。たん、と地面を足先で叩いたクロウディアさんの足元から赤い波紋が広がる。


「ちんくしゃ、邪魔をしないでくださる?」


「お主こそ結界を張るなどというタマかえ?」


またもや一戦始まりそうだ。勘弁してください。

ウルトも懲りたのか、二人から距離を取って笑顔で誤魔化している。傷はフィリアが見ているが、あんな大怪我どうしようも無いらしく途方にくれているようだ。


「なぁ、妖精王は大丈夫なのか?

 すげぇ暴れようだったけどよ」


「あ」


カグラの言葉にそういやと思い出す。カミナギリヤさんは大丈夫であろうか。

海が怖くて引きこもっていたのにこの有り様である。心配だ。

キョロキョロと探して神霊族の皆さんを発見。わいわいと何かを囲んでざわついている。間違いなくあそこであろう。

とっとこと走って輪に加わった。


「うわああぁあぁあああん!!」


「うわ」


物理的にも精神的にも縮んでいた。よっぽど怖かったらしい。


「何よ何よ海なんかいらないわよ人間も魔族も亜人も何が楽しくて海水浴なんかするわけ!?

 信じらんなーい!!バッカじゃないの!?

 ただの塩と水の混合物じゃない!!」


「そうです、ただの塩と水の混合物ですカミナギリヤ様!!

 ですから気をしっかり……!!」


「何が塩と水の混合物よこの世で最も悪しき組み合わせじゃないバッカじゃないの!?

 神様ってほんとにバカね!!あたしだったらあんなもの作らないわよあたしがもっと自然に優しいステキな世界にしてやるわよ!!」


ダメだこりゃ。両手両足をばたつかせて大暴れである。まぁ暫くすれば正気に戻るだろう。それまでは神霊族の皆さんに子守を頑張ってもらうしかあるまい。

くわばらくわばら。

悪霊カミナギリヤさんからささっと離れる。ウルトは美女が怖いとペドになったらしいが私からすれば今のところ幼女の方がよほど怖い。

さて、あとは……。ポンと手を打つ。おじさんである。不死であるおじさんは勿論無事であろうが、痛みは感じるのだからやはり心配だ。逆に言えば死ぬほどの怪我でも死ねないという人なので。

あの地味な立ち姿を求めてぷらぷらと人の間をすり抜ける。さて、どこに行ったのやら。

探していると、ボソボソと声が聞こえてきた。


「おい、アレ……」

「幽霊か?あんなに姿形がはっきりしてるなんざ珍しいな」


幽霊?

指差す方向を見やれば確かに。なにやらぼんやりと青く光っている。何か居るらしい。そしてああいうところにおじさんは居るものだ。行ってみるか。

光の方向へてってけ走る。なんだか蛾のようである。私は暗黒神であるからして蛾ではないのだが。まあいいか。


「あの……戻っていただけませんか……」


「私は私のやりたいようにするのである」


「はぁ……」


案の定おじさんはそこに居た。チンピラ共が話していた幽霊と一緒に。ん……見たことのある幽霊だな。

誰だっけ。


「おじさーん!」


叫んでおじさんにへばりつく。久しぶりのおじさんである。うーむ、癒やしだな。しょぼくれた中年吸血鬼が癒やしとかなんだか間違えている気がしないでもないが仕方がないのだ。

さて、こちらの幽霊さんは誰ですっけ。


「あ……クーヤさん、無事でよかったです。

 それで、あの、すみません……手鏡が割れてしまって……その……」


手鏡……。なんだっけ。

考えているとおじさんがその手鏡をおずおずと差し出してきた。


「あー」


思い出した。クリシュナのヘキサグラムではないか。見事に割れている。

うむ、そうなるとこちらの幽霊さん、そういやフィリアが叫んでいた。


「えーと、ディア・ノアだっけ」


「左様。私はディア・ノアである。そなたは闇が棲まう暗黒、深淵なる者。闇、闇、闇」


なんだか変な人だな。まぁ手鏡の由来を聞いてしまったのでなんとなくお察しではあるが。

なるほど、手鏡が割れてしまったので幽霊も出てきているのか。手鏡を直せばなんとかなるのか?

ぺらぺらと本を捲る。このまま幽霊として居られるとすごく気になるのだ。


商品名 大禍の聖皇女


乙女が手にする秘密の手鏡。

漏れなく海神を焼き殺せちゃう素敵な仕様です。

大事にしてあげましょう。


さくっと購入。大した値段でもない。どんな店でも買いたて商品の修理は安いものなのだ。

しゅるりと解けた手鏡は再び形となっておじさんの手の中に復活した。きらりんと光る鏡面。あの禍々しい血文字がないな。どうかしたのだろうか。


「あ、クーヤさんありがとうございます……えっと、その、これでどうにか戻っていただけませんか……?」


「どうだー!」


差し出した手鏡はツルリンと光っている。ナカナカに住み心地良さそうに見えるが。

幽霊は無言で手鏡を見ていたが。


「闇、闇、闇なる者。そなたは私に眷属となれと言わぬのか」


「ええ……?」


いきなりの言葉に顔がへちゃむくれた。何を言うのだ。

なりたいと言われれば好きにしろとは思うがなれとは思わん。めんどくさそうだし。


「私は祟り神として悪魔に連なる者とされた存在である。祟り神。祟り神。

 なれと言われれば拒むことは出来ぬ。出来ぬ。出来ぬ。言わぬのか」


「言わんけど」


好きに生きろ。祟り神とか怖そうだし。


「それであの光神にどう抗うのであるか?

 悪魔は強いがそなたには何の力もない。悪魔は光神に抗えるほど強くはない。あの時もそうだったように。悪魔は人に負けた。狂気に落ちた光に敗北した。盲目白痴の暗黒なる神はこの世から消えた。

 一度負けたならば、変わらねばならぬのである。変わらねば勝てぬのである。

 悪魔だけで勝てぬのならば異なる者を増やすしかないのである。そなたは何もしない。それではあの光神の力を継ぐカーマイン=クラドリールには勝てぬのである。

 セレスティア=クラドリールは聖徒を導きながら西に入った。弾圧と虐殺の歴史が始まる。神降ろしの儀が始まる。神々の威光は消え失せ果て、全ては光に還るのである」


なんかそう言われると勝てない気がしてきた。卑怯な。悪魔を召喚すればなんとかなるとはなんだったのか。

嘘つきやがったのかあのクソ羊。まあいい。こういうのは病は気からというように心構えから始まるものだ。


「まぁなんとかなるんじゃね」


「そなたに付き従う者共の心がわからんのである。

 何も考えず、何もしない。そのような有り様で何を成すのであるか?

 そなたはこの世界と人に対して何の感情も持っておらぬ、興味を持っておらぬ。何も思うていないのである」


知らん。私はなんとかしろと言われただけなのである。しかも最初だけなんとかしろと言われたのである。後は野となれ山となれなのである。

好きにすればいいのだ。


「悪魔と心中するのであるか?

 悪魔にこの世の摂理となった光に抗う気力が残っているとは思えぬのである。私が最後に見た悪魔は疲れ果てていたのである。

 神を失い、失意のどん底に居た。一歩も歩けないほどに」


なるほど。まぁそれなら――――――。


「大丈夫じゃないかなあ。やる気に満ち満ちてたし」


元気いっぱいだったぞ。めっちゃやる気いっぱいだった。

それに私だって何も思ってないなんて事はないぞ。失敬な。


「左様であるか。それならばもう良いのである。勇者なる者も嘆きと失意の底に居た。今はどうしているかは私は知らぬ。

 だが、明日この世が終わるとしても。最後の瞬間をあのまま過ごすよりはいいのである」


ん、何気に敗北前提で言ってるような。いいけど。

にしても明日この世が終わるとしても、か。明日この世が終わるなら私はお腹いっぱいに美味しいものを食べたいものだ。皆さんは何をするのであろうか。

考えているとディア・ノアがするりと滑り込むようにして手鏡の中へと姿を消してしまった。言うだけ言って結局戻るのか。

おじさんにこの手鏡はあげよう。うむ。似合ってるぞおじさん。

押し付けたところで背後で光。結局あの二人は暴れるに至ったらしい。魔王様勘弁してください。

なんとか仲良くはしてくれないのだろうか。せめて暴れない程度になって欲しい。


「なんでしょうか……?」


不思議そうなおじさんを見ていてはたと思いつく。マリーさんをおじさんに会わせて懐古で煙に巻いてしまおう。

がっしと腕をつかむ。


「行くぞおじさーん!!」


「え?」


おじさんを引っ張って爆走暗黒神である。

炎が吹き上がり雷が鳴る。大暴れしすぎではないだろうか。巻き込まれたらしい人々がほうほうの体で逃げ出している。

ウルトがのほーんとしつつも自分はちゃっかり氷の壁で隠れている。同じ魔王ならなんとかしてくれと思うのだが、あれに突っ込みたくないのはわからんでもないので言うのはやめておく。


「な、何でしょうアレは……」


二人の姿は見えない。いや、どこかには居ると思うのだが。


「おじさん!なんとかマリーさんを止めてください!!」


「マ、マリー?マリーベルですか?」


「そうだー!!」


「あ、あの中にです?」


「はい」


おじさんはじっと炎と雷の塊を眺めながら、やがて諦めたように、それでも苦悶が滲む声で呟いた。


「……できれば、会いたくはなかった」


赤い目が炎雷を見つめる。

悩むかのようにおじさんはしばし無言で手をぎゅうと握り、そして静かにその名を呼んだ。


「マリーベル。私です」


ひゅうと風が吹き、そこはもう静かな荒野が広がるばかりである。

おー……。予想以上のおじさん効果。マリーさんもおじさんには思う所があるのだろうか。花人さんも一秒でおじさんに落ちていたし。

会いたくなかったか。あの時のおじさんを思えば吸血鬼にしてしまったマリーさんに対して罪悪感があるのだろう。

目の前に真紅のドレスが広がる。黄金の髪を掻き上げながら軽やかに降り立つ。

おじさんと同じ赤い目をしたマリーさん。今思うとマリーさんも元は人間だったのだろうか?

二人の間にはきっと二人だけの話があるのであろう。


「我らの君主。そう、クーヤが言っていたおじさん、とはロードの事だったの」


「…………マリーベル、そのように私を呼ばなくていいんです」


「ロード、わたくしに貴方の御名を呼ぶ事はもう叶わないの。

 わたくしに貴方のお言葉を違える事は出来ないとしても。

 貴方の言葉は絶対にして神聖。貴方のお言葉一つでわたくしたちは灰になる。

 貴方のお言葉を叶えられぬのも同じ」


ぶるぶると震えるマリーさんの口から血が溢れ出す。赤い目がさらに赤みを増して、やがて血となって溢れた。

見れば顔だけではなく爪からも血が滲み出している。


「まままま、マリーさーん!!」


大惨事だ!!あわあわわわわ……!!


「……っ!!マリーベル、すみません!!忘れてください……!!」


ぐらりとした身体を気力で支えたらしいマリーさんを気遣うようにおじさんがごそごそと取り出した真っ白いハンカチでごしごしと血を拭う。

だ、大丈夫であろうか。まさか文字通り逆らえないとは思わなかった。あんな言葉ひとつにさえ。


「すみません……マリーベル、やはり貴女を吸血鬼になどするのではなかった……。

 あの時のまま、あの頃のままで――――――」


「ロード、わたくしは後悔していないの。だから気に病む必要はなくてよ。

 吸血鬼になれてよかった。魔王になれてよかった。今のわたくしは幸福ですもの。ふふ、あの時にロードに救って頂けなかったならばわたくしはここに立ってはいないわ。

 運命に抗うきっかけを頂けてわたくしは貴方に感謝しているの」


言う割に口調が親しげというか、言うほど目上に対するものでは無いのはきっとあれがマリーさんの限界なのだろう。出来る限りおじさんの願いに応えようとしているに違いない。

流石マリーさんだ。ちいさな唇がかぷりとおじさんの指先を噛んだ。


「それに、血は美味しいもの。戦いの本能に身を任せるのは心地良いいわ」


ぶち壊しだ。きっとおじさんを気遣ってわざとなのだろうけども。いや、本心である可能性も無きにしもあらずだが。


「それにしてもクーヤ、どこでロードとお会いになられたの?

 不死であるこの方の事だもの、生きてはおられると思っていたのだけれど。吸血鬼に会う度に聞いていたけれど、誰もロードの居場所を知らずに皆弱り果てていたの」


「え?それは」


「あぁ……!!クーヤさんちょっと待ってくださ」


「ロウディジットっていう奴隷市場が盛んな人間の街で不死の男って言われてて咎人の枷を嵌められて奴隷として売られてたので3000で買いました。

 煮ても焼いても何しても死なない吸血鬼だからもし死んだら賞金が出るとか言われてて不幸そうだったので。あれ、おじさん何か言った?」


「あああああ……」


何もそんな絶望的な声を出さんでも……私は何も……軽い気持ちで……。


「そう。ロード。少しお灸が必要かしら。何をしてらっしゃるの?」


「ひえ……」


「人間の街なんてどれほど大規模でもロードならば五分もあれば潰せるでしょう?

 クーヤ、その街の正確な場所を後で教えて頂戴」


「あっはい」


逆らえるわけなかった。

「なんじゃ、もう終わりかえ?」


「クロウディア、申し訳ないけれど貴女に構っている暇はなくなったの」


「フン。なんじゃ真祖の男か。相変わらずじゃの」


「す、すみません……」


「文句なしに魔族一の強者じゃろうに。魔王ではないというのが信じられぬわ」


「ロードはそういうお方だもの」


「本人が吸血鬼としての能力を使う必要がない、下僕が望む全てを叶えるから、じゃったか?

 お陰で本人が戦闘能力皆無なのじゃろ。しかし性格がこれでは全く能力が合っとらんの。まぁ良いわ。そろそろ行こうぞ。

 瘴気だけではない、異様な気配がしおる」


ちらと遠くを見てから歩き出すクロウディアさんに釣られるようにしてゾロゾロと動き出したのだった。

まぁあまり離れるのは良くないだろうが。

しかしこんなに大勢で大移動というのも。


「ああ……そうだったわね。ちんくしゃ。わたくし達は少し離れるわ。

 わたくし達は回収しなくてはならないものがあるの。カグラ、お前はこっちよ。パシリでしょう。ロードもこちらへ。クロウディアはこのまま街へおゆき。場所はわかるでしょう?」


「なんじゃ。仕方がないのう。まあ二人で結界を張っても仕方がないからの」


クロウディアさんのお言葉にいつの間にやら集まってきたらしい面子がういーすと歩き出す。


「じゃあ僕もクロウディアさんと一緒に行けばいいんですかね?

 変な気配も僕とクロウディアさんならなんとかなるでしょうし」


「今まで隠れていたではないのですの」


「いや、女性の争いは僕はちょっと」


「一刻も早く海から離れるのよ早く!!砂しかなくてもそっちのほうがマシに決まってるじゃない!!」


カミナギリヤさんがてけてけと走って消えた。瘴気に当てられたらしく直ぐ倒れたが。アンジェラさんが回収している。

ふむ、こっちの何やらの回収班はマリーさんとカグラとおじさんか。何を回収するのだろう。


「なんで俺まで……」


「うぅ……お灸は嫌です……」


「……クーヤ。貴女ならなんとか出来ると思うのだけれど。

 今、この荒野には三つの勢力があるわ」


別方向に歩き出しながらもマリーさんは器用にこちらへと向き直り、小さな指が一つ二つ、三つと立てられる。


「一つはわたくし達。そしてもう一つがカグラの情報を元に押し寄せてきた軍勢が一つ。こちらは大した事はないわ。数は多いけれど、今のわたくし達ならば。

 厄介なのはもう一つね。と言っても、この勢力のおかげでわたくし達がある程度魔法や種族能力を使えるのだけれど」


「はぁ……」


「覚えがなくて?暗黒の瘴気の淀みから生まれた魔の眷属。理性も知性も無く辺りに居るものを襲うだけだけれど。

 その力は恐ろしく強いわ。いつの間にかギルドでレッドキャップと名付けられたみたいだけれど。瘴気や魂を吸収しながら黒の魔力を生み出す、この世ならざる霊的存在ね」


「レッドキャップ」


「そう。頭の部分が赤いの。今やそこら中に居るわ」


はて?特に覚えはないのだが。


「クーヤ。その腕はどうしたの?」


「え?」


考える。腕……何かあったような。ん……ちらっと見る。色の違う腕。

腕を切られてしまったので新しく作ったのだ。そして残った腕でアスタレルの腕をなんとかしようと思って―――――。

そこまで考えて漸く思い出した。そう、腕だ。腕なのである。


「思い出したようね?

 残された貴女の腕なのだけれど。今はわたくしが編み上げた封印を施して何とか保たせているの。

 凄まじい瘴気を出して、レッドキャップはそこから溢れてきているわ」


完全に忘れていた。そうだった。腕は私より強いのだ。放置していたらヤバイと言われていた。マジでヤバイ事になっているらしい。

しかしお陰でモンスターの街がバレた今も何とかなっているようなので運が良いというかなんというか。棚ぼた?

忘れぬうちに何とかせねば。


「マリーさん、その腕って何処にあるんです?」


まだあそこにあるままか?

ていうかそれを回収しにいくのか。


「レッドキャップが生まれる源泉だもの。流石に街の近くには置いておけなかったの。

 東の方へ続く群島の一つに保管してあるわ。ここから近いところよ」


東……完全にバリア的な扱いにされている。


「それと、こちらを御覧なさいな」


ぺらりんと優雅に広げられたのは地図である。

ふむ、地図だな。しかもへんてこりんな。正確性の高い地図を態々デフォルメしているような奇妙な地図だ。

あちこちに絵柄が書いてある。海にはイカとかタコ、陸には狼や鬼の絵柄などなど。


「これは教会が発行している地図。教会が集めた情報、そして密告によるものを付け加えた討伐対象モンスターやダンジョンが描かれたものね。

 そしてこの版が最新のものなのだけれど」


「へぇ……」


言われてみれば確かに。西大陸に幾つか点在して描かれているこれは恐らく現在魔王を名乗っている魔族の居城、魔王の城であろう。

恐らくは青の祠があったと思われる場所には黒っぽい怪物の絵と雲の絵を組み合わせたアイコン。あの異界か。地味にSとかかれている。


「この荒野はここ」


とん、と示された部分。ふむ、たしかにこの荒野のようだ。そしてそこにある。

狼男のような怪物のアイコンと建物のアイコンだ。しっかと書かれている。モンスターの巣、Bランクと。

あーあー……。


「……これが地図なんでしょうか?なんだか随分と見にくいです……」


「カグラ。貴方、本当に場所以外を流してないのね。B止まりだなんて。それにギルドの事も書いていないよう」


「場所ぐらいしか流してねぇっつったろーが。んな忠誠心ねぇよ。それよりも、あんたらにとっちゃあこっちの方が重要なんじゃねぇのか」


ぽんと何やら投げ渡された。何だこりゃ。丸められた羊皮紙をめくってみる。ん、ウォンテッドなアレのようだ。

なになに……。


「えーと、黒き悪夢の権現、禍津神なる不浄神、光穢す名も無き闇の落とし子。魔王が崇める闇の神。討伐したら即楽園行き。なんじゃこりゃ」


「あんたの事だろ」


「え?」


このよくわからん言われようの、しかも似顔絵が尋常じゃないぐらい汚らしい奴が私ですと?


「レガノアの怨敵の姿形を何としてでも伝えろっつーから腹立っちまって適当ぶっこいたらそうなった」


「何をするーっ!!」


怒ったが良く考えると似てないのは良いことだ。よくやったカグラ。


「あんた魔力がカス過ぎて教会でも探知しきれねぇみたいだし、暫くは保つだろ。ついでにフィリアフィルのも出てんぞ。

 こっちも似てねぇけどな。天界の技術でも使えばもっとマシな奴が出来んだろうが……東は写真の類も使えねぇからな」


「そうなの?」


意外な。コンクリートとか使ってるみたいだし発達してそうなものだが。


「必要以上の科学は天使が粛清するのさ。娯楽の類は特にな。ある程度迷信深い方が人間はいいんだろうぜ。

 外に出た人間からすりゃあ馬鹿馬鹿しいけどな。東の中心部じゃあ世界は丸くねぇし大地を天亀が支えてる。天はこの星を中心に回ってるし重りを付けて水に投げて浮けば魔女。信仰と努力は実を結んで当たり前。

 猿みてぇに与えられた道具を使ってるだけで原理なんざわかっちゃいねぇし自力で作ったもんなんざ皆無だ。作れば死ぬ。天使が来なくとも人間に異端として処分される。

 この銃も元は禁忌の領域だけどな。銃そのものの機巧を弄くりゃあ天使が飛んでくるだろうぜ。祈主として聖痕を受け継いで教会の信徒として使うから良いんだよ」


「へぇ……」


そうなのか。まぁ科学は神を殺すっていうしな。話を聞いた感じだとレガノアは科学属性っぽいのだが。その領域まで行かれると困るとかそういうのだろうか。

しかし少し気になるな。


「カグラはめっちゃ裏切ってるじゃんか。その祈主って意味あんの?」


言葉だけで裏切らないなら楽なもんである。今まで誰もカグラみたいなのが出なかったのか?


「聖痕にそういう記述があんだよ。アルカ・レラは最初に撃ち殺そうとしたのは天使だったらしいぜ。その時に天使が来て聖痕に何か手を加えられたらしい。

 翌朝には敬虔な神の使徒になってたんだと。認証紋が聖痕と呼ばれたのもそっからだな。手を加えられた箇所が高度過ぎて人間じゃあどうにもなんねぇ。

 代々の祈主は大体が神の為に喜んで生きて神の為に喜んで死んだ。聖痕を受け継ぐ前にどんな人間だったかは関係ねえ。例外なくだ。

 この聖痕のおかげでアルカ家の奴らは死後の天界行きが決まってるから聖銃と聖痕を手放すって選択肢はねぇみたいだしな。影で言われてたぜ。祈主の有り様はまるで人の罪を背負う神の子のようだってな」


「え?じゃあカグラは?」


「弄ったって言っただろうが。俺だって聖痕を受け継いだ当時は神の為に死にますとか言ってたぜ。

 聖痕を焼き付けられたと言っても実際に物質的な手にあるもんじゃねえ。俺の魂に刻まれた天使が使う高度な魔術式だ。俺じゃ書き換えようがねぇから物理的に潰した。ほらよ」


何の気なしに手袋を外されて見せられたカグラの手。


「……………わぁ」


ボロッボロのカスみたいな手だ。指が五本ついてるのが信じられねぇ。熱傷か何かだろうか。皮膚は真っ赤で血が滲んでいるし、溶けたらしい爪は一枚も無い。

聖痕とやらも確かに手の甲にある。ぼんやりと光った複雑怪奇な模様。言った通り、一部の模様が齧り取られたように抉れている。


「魂に刻まれた魔術式をどうにかするにゃ魂をどうにかするしかねぇ。しょうがねえから聖痕の継承を自分にやった。

 聖痕の継承は祈主として当たり前の行動だからな。完全な聖痕に制限されてねぇのはそれぐらいだったからよ。三回ぐらいやったか?

 ま、そんだけやりゃあ魂も魔術式も削れるって話だろ?高度な術式なんざ特によ。後は簡単だ。

 聖痕が削れたお陰でまともに動けるようになったところで神の啓示が下りましたとか適当こいてそのまま南のギルドに駆け込んで魂の結晶化技術で俺の魂を結晶化させて弾丸部分だろってとこの記述を虱潰しに削った。

 結構最初の方でその記述に当たったのはラッキーだったな。

 目も殆ど見えてねぇし味覚もねぇ、皮膚は温度もわかんねぇし嗅覚も死んだが祈主としてアルカ家と神に仕えるよりはマシだ。

 一発撃つ度に地下のガキが一人死ぬのにそれを喜ぶなんざ死んでも御免だ」


「頭おかしいんじゃね?」


さらっと言ってるが頭おかしいだろ。サングラスはただのオシャレアイテムだと思ってたがガチな奴だったか。

食事も全部アンジェラさんが世話をしていたが、視覚と嗅覚と味覚が壊れているからか。腐っててもわからないのだろう。


「俺からすりゃああっちの方がおかしいんだよ」


そうかもしれないがどっちもおかしいとしか思わないぞ。


「クーヤ、腕はあちらの方よ。見えるかしら?

 ……カグラ、貴方はとても面白い男ね。世が世ならば勇者にもなれていたのではないかしら」


「勇者?冗談だろ。気持ちワリィ」


心底いやそーなカグラだが。マリーさんの言う勇者は多分、今まで私が会ったような勇者とは違う存在を示している気がする。

勇気ある者、まぁ確かに孤児やら奴隷やらの子供たちの為に文字通り魂を削るなどと普通の人間にはできそうもない。

パシリから勇者パシリに昇格である。

さて、カグラを昇格させたところでマリーさんが示した方向を眺める。


「アレですな」


間違いあるまい。何と禍々しい。赤黒い瘴気が吹き出す黒い塊。腕の面影が全くねぇ。

レッドキャップとやらが周囲をウロウロと彷徨っている。レッドキャップというなんだか可愛い感じの名前が完全にあっていないただの怪物である。

一定以上にあの瘴気が広がらないのはマリーさんが施したという結界のおかげであろう。


「す、すごいです……」


「……ありゃほんとに腕か?」


「最初の頃はまだ腕の形を保っていたのだけれど。最近になってああなってしまったわ」


おう……。早く戻れという言葉はそういう意味でも正しかったようだ。あれじゃあくっつけたぐらいじゃどうにもなるまい。

まあ戻す気もないので別に構わない。

ぺらぺらと本を開く。求めるものは直ぐに見つかった。



商品名 黒貌の腕


悪魔の腕。



普通ならば買える値段ではないが。そこにコレを付けるのだ。

下取り項目である。そこにそれはあった。暗黒神の腕。あの腕を下取りとして悪魔の腕へとするのだ。

今となっては大して使ってもない機能だが、思わぬところで使えるものだ。あの腕は煮ても焼いても私の魔力への還元は無理であろう。

あれでは例え地獄に流したって無理だ。私の腕では地獄に流したところで分解など出来ない筈だし。出来るならいくらでもやっている。

というわけで。これで晴れて借金返済。



商品名 黒貌の腕


悪魔の腕を暗黒神の腕で賄います。

該当の悪魔が死ぬまで暗黒神の腕を復活させることは出来ません。



構わん構わん。この腕で機能は事足りている。それに私の腕であいつの腕ならばお釣りがくるであろう。

サクッと購入。値段もいい感じだっていうかタダ同然になったな。思ったより良い下取りだった。下取りって得てして安く買い叩かれるものだと思っていたが。

目の前で赤黒い瘴気を放っていた黒い塊は僅かに撓むとそのまま消滅した。後に残ったのはレッドキャップと瘴気の残滓だけである。

さよなら私の腕。元気でやれよ。せいぜいあいつの役に立ってやるがいい。

あの時は特に意味もない筈だったのにあいつ自身の腕を犠牲に助けられたのだ。あの時の恩はこれで返せたであろうか。

今度会ったら聞いてみるか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る