魔王位:黄金の薔薇の君




悶え苦しむウナギはこれ以上何も出来まい。なんだかわからんが助かった。

神剣紅薔薇はマリーさんには全く意味が無かったようだがあのウナギには効果覿面だ。全く根性がないな。ウナギのくせに。

しかしなんであの剣が飛んできたんだろ。飛んできた剣は勿論無言のままなのでわかりゃしない。

それにしても、もうちょっと飛んで来るのが早ければよかったのだが。言ってもしょうがないので受け入れるしかないのは悲しいところである。残念。

正気を失っていたらしいウルトの巨体が傾ぐ。全身は血に濡れていてありゃあ暫く治りそうもない。シルフィードの時よりも酷そうだ。

ペドラゴンなのだが流石に心配だ。近寄ってみるが、反応もなく動かないまま。

ウルトが気絶するとかよほどだろう。フィリアも心配そうに気休めながらウルトに治癒魔法を施している。

大丈夫ではなさそうだが……ここはフィリアに任せるしかあるまい。カミナギリヤさんも失神したままであろうし。

くるりと振り返って唸りつつも程々に距離を取って眺めるウナギに突き立った剣は、ぐぐぐと重力に従いその刀身を落としていく。その周辺の肉を融解させ煙を吹き上げながら。

龍の巨大な顎から所々ひっくり返ったような奇声としか言えない咆哮が上がった。

血を吹き上げつつ甲板をのたうち回る龍が暴れる度に船が軋む。あのままでは苦しむだけであろうが……。

クロウディアさんがその辺の死体を掲げて龍の傍まで歩み寄った。それから逃れるように身を捩る龍の眼に、なんとも言えない哀訴とも嘆きとも付かないものが覗いている。

そんな姿を見せる龍に向かい、クロウディアさんは嫌悪も顕に吐き捨てるようにしながら一息におっしゃったのである。


「フン、やめてくれ、とでも言うつもりかの?

 今まで散々に不浄と蔑みながら虐げ続けた者達の声にお主がただ一度でも耳を傾けた事があったのかえ?

 亜人を人間が作り出した奉仕生物でありながら反逆し出奔した者達と人間共が吹聴して回り殺し回っておる最中、主らは何をした?

 魔族を人間に仇なすべく穢れより生まれ落ちた忌むべき者達と人間共が指を差して叫んだ時に何をしていたのじゃ。

 浄界に篭って何もしなかった。何も。口では死は穢れ、争いは不浄と抜かすばかりで何もせなんだ。

 人が優勢と見るに今更ノコノコ出てきおって。人が過去と死と病と魔と闇と混沌を光神の名の元に綺麗さっぱり祓った世界はさぞ居心地がよかろうなァ?

 余は主らにこそ虫唾が走るわ。レガノアの尻馬に乗って神を名乗る怠惰なる屑共奴が。この期に及んで何を助かろうなどと抜かしやるか。全てを見てみぬふりをして勝ち馬に乗り続けたツケを払う時が来ただけじゃ。

 主が神界よりここに来た時も、恐らくは太陽神が止めた筈じゃ。アレはまだ取り込まれてはおるまいて。それを無視してここに来たのじゃろうが。主の、いやさ、レガノアの敵を討ち滅ぼす為に。

 お主が負けた時にどうなるか考えもせなんだか。

 ……それに、主はどちらにしても終わりよ。人が主を敬い崇め、龍神と呼び海神と呼び奉ったのであろ。

 ……主は最早龍とは呼べぬ。主からは白の魔力を感じる。お主は自分の名を覚えておるか?

 もう終わりよ、主は。ここで余らが主を見逃したとしても、龍としてこの世界を生きたお主は何れ消える。ただのレガノアの眷属、天龍として生きる事になる。

 主ら龍は光を食む生き物、死と血と女と土、陰に属するものに触れればその穢れが主らの魂を苛む。故に道を誤ったの。龍は情け深く、慈愛を尊び慈悲を歓び陽の気を好む。それ故に時として愚か極まりなき生き物よ。

 今の主は光につられて己を焼く炎に飛び込む蛾の如し。世界に立てばその足元に影が生まれるは必定、レガノア=リヴァイヴァー、あれは光よ。まったき白き光よ。

 光の顕現、いと高き次元に棲まうている筈の天上の神よ。究極の光、極限の白。全てを飲み込む黒き闇とはその性質が違う。闇とは受容、光は拒絶じゃ。白に混ざるには白になるしかない。そのままではおれぬ。

 アレのもたらす世界にこの世に生きる者は何人たりとて住めはせぬぞ。

 龍とてこの世を生きる者、理性は天、感情は地、魂は空、肉体は土。陰を忌むとしても、お主も大地より離れて生きられはせぬ。白に同化するか、陰を生み出す肉体を捨て知性を捨て、無垢なる魂に還るしか生きる道はない。

 それとも人間のようにあやされながら楽園の中に在れるとでも思うたのかえ?仲良し小好しで光属する者達諸共に生きられると。

 龍とは本当に愚かじゃの。

 この星はあの光神が作り出した人間の為の箱庭世界、人間種族を永遠に反映させ続ける為だけに世界樹を食い潰しながらたわわに実った果実。

 ……彼奴に人以外を生かす気は無いぞ。この星の人間を生かす為、それだけの為にあらゆる次元、あらゆる未来における全ての脅威を排除しようとしておる。最終的に行き着く先は目に見えておるわ。

 遥か高みの次元に座す真白の光であった筈の外なる神、何があったのかは余にはわからぬ。じゃが、これだけは言えるぞ。

 この世で最も可能性を秘めたる種族、人間であるが故かの。完全なる白を人の狂気で蝕むなぞとは。全知全能なる創生の神、光神レガノア。

 彼奴は完全に狂っておるわ」


クロウディアさんの言葉に静かに黙った龍は見上げるように空を仰いだ。

嵐は過ぎたが未だ吹きすさぶ風、雨を含み重たげな雲間のその隙間から微かに覗く青い空。

その眼にその青が写り込んで揺らぐ。

……ふむ。話が長すぎて殆どわからんかったが。取り合えず一個だけ教えておこうではないか。暗黒神ちゃんの親切だ。ありがたく受け取るがいいウナギよ。


「お前の名前はアメツヤタだぞ、ウナギよ」


覚えてないならこれぐらいは教えてやる。


「……慈悲深いことじゃの」


「まぁ名前ぐらいはいいですし」


たいした事でもあるまいて。青の龍、アメツヤタはじっと動かず黙っていたが。

さぁと、風が止んだ。


「それが僕の名前なのですか」


どうやらマジで名前を忘れていたらしい。マジかよコイツ。ダメなウナギである。

私だって自分の名前は忘れんぞ。プリティファンキートワイライトマジカルクーヤちゃんだ。多分。

先程まで暴れたくっていた忘れっぽいウナギは今は静かに空を見つめるばかりだ。何かあるのかと見上げてみるが。別段何もないように見える。

何かウナギにしか見えないものでも見ているのか。


「僕らは穢れと不浄を畏れる。畏れるものではあっても恐れるものではなかった。

 世界は太極となって構成され成り立つもの。天と地の狭間に生きるならば天のみでは生きてはゆけない。

 大地に根ざしてささやかな祈りと願いと共につたなく生きる人々が良く食べ、良く産み、良く紡いでいゆきながら育み繋ぎ、老いて死ぬことを厭う事は許されることではなかった。

 土無き世界に人が立てぬは道理、光と秩序のみが在る世界に未来が無いは天理です。

 …………僕が愚かでした」


くたびれたように地に落とす声を零した龍は、それで生きる気力が失われたらしかった。

クロウディアさんがトドメを刺すまでもなくそのまま光に解けるかのように少しずつその輪郭を崩していく。


「ふむ、少しはマシな龍であったようじゃの」


「……暗黒なる虚ろの神よ、僕から一つ助言をします。

 あの大地に根ざし生きる者達、その居場所を僕らは知っている。例え天の御遣いがあの大地に呪われているとしても、黒き眷属が跋扈する闇の領域となっているとしても。

 その存在を知られたならば永らえられはしない。未だあの魂達をその腕に抱くつもりがないのならば、あの大地より地下、北北西にある大空洞にゆけばよいでしょう。

 次元断裂に飲み込まれその姿を消した浄界と現世を繋ぐ果て無き泉、龍の生まれ出ずる翡翠の滝がそこにある。全てが凍てついた霜と氷が広がる大霊地。

 光ある世界に住めなくなったなら、そこへ行ってください。

 僕が天の門を開かずとも、きっともうあの大地では始まっている」


言い終えると、そのまま光の粒子となって解けるようにアメツヤタはその姿を消した。

しばし無言。

クロウディアさんがパンと手を打って声を上げた。


「…………果て無き泉、翡翠の滝。なるほど、北大陸にあったとかいうユグドラシルの神泉か!

 まさか地下にあるとはのう……!

 ……じゃが……」


「…………あの街の所在を人が知っている、とおっしゃりました?」


フィリアの言葉をじっくりとっくり考える。

叫んだ。

 

「…………な、なにぃ!?」


モンスターの街がバレている……?一体誰だ情報を漏らしたやつは!!そのへんの勇者だろうか?

マリーさんは街の場所がばれても移動すればいいだけだとおっしゃっていたが……。あの呪われた大地のこと、天使やら勇者やらの人間がそうそう来れる筈もないが。

死なば諸共の精神で来られたら話はわからないだろう。

ザザザと進む船の先、あの街の姿は未だ見えない。あとどれほどの距離があるのか。

随分と時間が過ぎた。鬼ヶ島での時間の流れがわからないが、綾音さんの街を出てから既に十日は過ぎている筈。

そう距離はないとは思うのだが……。

カグラが頭をガリガリと掻きながらボソボソと呟く。


「……あの海賊共との事もあって大分進路が変わっちまった。こっからあの群島に行くにゃ岩礁地帯に正面からぶち当たるんだよ。

 だから本来なら岩礁地帯の入り口にある小島の横を通過する時に小舟で降りるっつー予定だった。今からじゃあ無理だろうな。潮の流れが強すぎんだ。

 ここは次元断裂痕の真上なんだよ。北と西から流れ込む海流と東の海流がこの岩礁…っつーかレムリア大陸の残り滓に弾かれて南に流れ込むんだ。この船で遡れるようなもんじゃねえ」


「………ぬ………」


なんてこった。実は一方通行の旅であったらしい。


「………困りましたわね。この船の建前上の行き先は南大陸のクンツァイト港。タンザナイト塩湖やユークレース山脈の湖水地帯などの観光地に連なる出発点ですわ。

 南で最も栄える港と言われるほどですもの。人も多いですし、教会とギルドがしのぎを削るある意味では最前線地区ですわよ。

 灯台下暗し、クンツァイト港を中心に観光ルートを巡るだけの船群の一隻として動くからこそ目も付けられないと見て一方通行で運用していたのですわ。

 一度あの港に入ってしまってはモンスターの街へ行くには一度北大陸に戻らねばなりませんの。

 降り損ねるなんて不覚ですわ……」


北大陸へ戻る……かなりの時間のロスだろう。まいった。

遥か水平線を眺める。あの向こうでマリーさんが待っているというのに!

他にも何か用事があった気がするのだが。ま、大したことじゃあるまい。それよりなんとかせねばならぬ事があるのだ。

どうしたものか。本でどうにかするのか?

しかし流石に今日一日で魔力を使いすぎだ。なんとか他の手段があれば……。


「クラガリ様」


「何さ」


「俺は地獄に還る。困ってるならイーラがなんとかする。

 あいつは無駄にパワー型だ」


「ん?」


地獄に還るか。ふむ。元異界人のようだが今は悪魔というしな。好きにすればいいのである。


「好きにしろーい」


私はそれどころじゃないのだ。


「ああ」


言うが早いかクルシュナの足元から膨れ上がった濁った黒い影に飲まれてその姿が見えなくなる。

残された黒い影はまるで四足の獣のように形状を変えると、そのままどぷんと地面へと沈んで消えた。

……帰るの早いな。しかもなんかオシャレな帰り方をしやがって。生意気な。

しかし帰る前になんか言ってたな。イーラ?


「………おい、この船の進路、変わってねぇか?」


「……………な、なんですの?動きが……」


木造船とも思えぬ動きであからさまに船の軌道が変わった。

何かに引っ張られている、押されているような動き。


「ちょ、おい、待てやクソがなんだこりゃあ!?」


カグラが叫ぶ気持ちもわからないでもない。

船が海を掻き分けるさざなみの音が消えた。ゆらりとした奇妙な浮遊感。

残っていた幾人かの乗客と船員達が甲板にへたり込んであまりの事に呆然としている。

先に見える飛沫、あれが岩礁なのだろう。確かに船で越えるのは無理がありそうではある。

だが、問題はないだろう。

元来の役目を完全放棄してふよふよと波から離れて浮遊しながら進む船に、底部に開いたとかいう穴も潮の流れも岩礁も、意味がある筈もない。

力技すぎやしませんかね。これでは魔改造もクソもないではないか。

これならあの暗黒街にも行けようが、納得はしかねるぞ。


「あ、あの岩礁地帯を越えれば群島も直ぐですわよ。

 信じられませんわ……こんな多くの人が乗った巨大な物体が浮くなんて何の魔法ですの……」


「……あの龍の言った通りよの。戦の気配がする。この気配、御使いではないが……」


遥か遠く、水平線の彼方。

暗雲が孕む鈍く輝く紫蒼の光。肌に伝わるは大気の震え。

微かに聞こえくる。

幼き少女が偲ぶように囁く声が如き、雷鳴の響き。







「……何か居るんです?」


私には見えやしないが。

クロウディアさんは渋いお顔を崩さぬままだ。


「……おる。人ではない。じゃが、御使いというわけでもない」


ふむ、人間ならば私が見えないという事も今までもあるのだが。

海を渡っていた時より余程の速度で進む船の先に幾つか陸らしきものが見える。

そして淀んだ空気。そろそろ瘴気が漂い出しているようだ。それに、海の中に蠢く気配。襲ってはこない、というよりも宙に浮いているせいで手が出せないといったところか。

……ふむ、天使なら私でも見えるであろうしクロウディアさんも御使いではないとおっしゃっている。

人じゃないならなんだろう。

考える。ふとピンと閃いた。電球が付いたのだ。チャキーンと指を拳銃のように前方に向けて差す。バン!

が、折角ひらめいた私を他所にフィリアがさっさと答えた。


「人、天使ではないにしても、あの荒野の性質上、精霊や魔獣の類は考えにくいですわ。例え勇者であっても人間などでは論外でしてよ。

 あの荒野の瘴気は磁場に霊子、霊素と魔素、あらゆるエネルギーを狂わせ天使でさえも腐らせるほどの人魔の億の魂の呪いと祟りの吹き溜まりですわよ。

 もしかしてですけれど、自律機巧や機械人形ではありませんこと?

 ラプターの自動人形や狂い久重のからくり人形のような……。あれならなばあの荒野の瘴気にも長時間耐えられますわ。

 どちらも手に余る神の工芸品アーティファクトですけれど、神族の中にはああいったものを自由に扱える者も居ると聞いておりますわ。

 瘴気だけならば東の機動兵器群などもありますけれど、モンスターの街の結界はあのような物理的な威力のみに頼る武器で抜けるものではありませんもの。

 初代魔王の一柱、魔女エウリュアルが残した大結界ですわよ。

 下手をすれば結界に情報だけ抜かれて複製されるのがオチですわ。今でこそ黒魔力がない以上、そこまで機能しておりませんけど。

 耐久力ならば現存する結界と呼ばれる物の中でも最高ランクのものですわ。まともに運用すれば青の祠の赤紅の大封印を超えますわよ。

 神の工芸品アーティファクトでもなければ正面から攻め込むのは無謀ですわ」


なんてこった。フィリアに先を越されるとはこの暗黒神、一生の不覚。まあいい。

それなのだ。あの人形のような者達であればこの状況は考えうる。荒野へと攻め込むに問題なく、クロウディアさんに言わせれば人ではない。

そしてまずい。限りなくまずい。あの荒野にいるらしい奴らがへんてこ道具の人形の類であると仮定してだ。それは即ち神族が明確に動いているという証左に他なるまい。

神族が動く、つまりはあのウナギの言葉は正しかったということだ。

バレている。明確に。

あの街を利用する為にあの街の存在を隠匿する事に協力していた筈の人間が誤魔化しきれないほどに。

となれば、あの街の存在を知っていた、利用していた人間達も敵とならざるを得まい。ここでモンスターの街を庇い立てすれば恐らくその人間の命がない。

そうなれば食料的にも危機である。

ということはここで取るべき道は一つ、第一陣と見ていいであろうあの荒野に居る奴らをなんとか叩き出してその間に街の移動をすべき、ということになるのだが……。

これだけおおっぴらにバレてはそれも厳しいのではないだろうか。そもそもどこから情報が漏れたのかもわからん。

ウナギの口ぶりではかなり正確な位置まで掴んでいたはずだ。

うぬぬぬぬ。


「ふむ……。人形姫や泡雲の君、あとは拡大解釈で人形を軍に見立てて戦神や武神の類かの」


む。どっかで聞いた名前だ。

いつの間にか目が覚めたらしいウルトがぬぼーっとしたまま竜形態でもわかるくらいの無表情で答えた。

なんか違和感あるな。血だらけだからか?


「人形姫と武神なら死にましたよ」


「ぬ……?人形姫はともかく武神もかえ?氷雪王シルフィードと言えば神族の中でも強力な奴じゃが。

 なんぞあったのかえ?」


人形姫とシルフィード……どっかで聞いたような聞かなかったような。

誰だっけ。


「…………………」


「ウルトディアス様?どういたしましたの?」


「竜でも血にあてられんのか?」


むむむ、何か変だな。ペドラゴンの様子が変である。

ドラゴンの目がこちらを見据える。その蒼い目の奥に何やら濁ったものが見えた。

次の瞬間、ウルトの身体が青い薄闇へ変じたかと思うとそのサイズを見る間に縮めていく。青の影はやがて人の形となって留まる。影が消え去り、そこに立っていたのはいつもの人間形態のウルトである。

人化の術って初めてじっくり見たな。あんな感じなのか。


「…………お、お主、人化の術まで使うのかえ!?」


クロウディアさんは目を剥いているが。こっちは見慣れたもんである。

でもやはり違和感が拭えないな。強いていえば、そうだな。

全体的になんか黒っぽい。血塗れなのを抜いても服も黒いし髪の毛もなんか黒っぽくくすんでいる。

ていうか、そうだな。


「誰コイツ」


「ああ?何言ってんだガキンチョ。どう見たってあのドラゴンじゃ――――――」


耳元で声が聞こえた。




―――――――破壊竜ウルトディアス、本物の邪竜だ。アスカナ王国の破滅予言に詠まれた黙示録の竜だ。小生は距離を取ることを勧めるがね。




「カグラ、離れろーーーーい!!」


カグラのケツを蹴っ飛ばした。それと同時にカグラが立っていた場所に突き立つ竜槍。


「ウルトディアス様……!?」


「……………………」


青いネジ頭並の無口である。マジで誰だコイツ。少なくとも今までのウルトではない。

しかもなんかヤバイぞコイツ。ペドってだけでもヤバイのにそれ以上になんだかヤバイ気配である。

ゴトン、踏み出した足が硬質な音を立てる。ザザザザと千の羽虫が飛ぶが如き音。

黒い歪みとも罅とも付かないものが周囲の空間に散っては弾ける。

直感である。今ここでコイツをなんとかしなければここら一帯にいる者は全員死ぬ。

どうする?こうなりゃヤケである。カンガルーポッケを漁る。私にすればほぼガラクタだが、目の前の知らん人も竜には違いあるまいて。

取り出したるはいつかのウニモドキのドワーフのおっさんから黒い魔石と引き換えに手に入れた翠の縞々の変わった宝石である。

お、何やら黒いな。ポッケにしまい込むうちに黒くなってしまったようだ。まぁキラキラしてるしいいだろう。

ウルトモドキの目がぎょろりと動いた。よしよしよし……。

ウルトモドキが宝石に気を取られているうちに片手で本を構える。これじゃ枝が持てないな。仕方がない。

仕方がないので投げた。

本は見事ウルトモドキの顔面にクリーンヒットである。これで正気に返ったか?


「……………………」


反応がない。ちょっと不安である。衝撃を与えれば大丈夫だと思ったのだが。失敗だっただろうか。

ふと、その腕が微かに動いた。ぎしりと竜槍が軋む。ブルブルと震える刃先に尋常じゃない力が篭っているのが見て取れる。

うむ、失敗だな。怒ったようだ。

ウルトモドキが竜槍を高く掲げ、その刃先が私の目ではとても捉えきれない速度で以って振り下ろされた。

こりゃあ終わったな、思ったのだが竜槍は私の予想外の方向に軌道を変える。

風を切る音と共に吸い込まれるようにして刃先はその姿を消したのだ。

即ちウルト自身の身体に、である。

あまりのことに誰も動くものは居ない。

槍に貫かれ真紅に染まった衣服が更なる朱に染まる。くすんだ髪の毛がやけに綺羅々しい物へと変ずる。

ウルト自身の手で再び引き抜かれた槍はゴツンと床板を叩き、光となって消えた。


「………なんでしたっけ、そうそう、人形姫とシルフィードならどっちも地獄に落ちちゃいましたよ。

 あははー。新しい人形姫と氷雪王は生まれるかもしれないですけど、生まれても次は天使でしょうし意識集合体の神族だった頃とは及びもつかないんじゃないかなー。

 あ、クーヤちゃんありがとうございます。全く嫌になっちゃいますよね。暴れ過ぎたり体力が無くなっちゃうとどうしても本能が出てきちゃうんですよ。

 魔王だった頃はこの本能から解放されて気分が良かったんですけどねー。抑えるのも苦労するんです」


「あううぇ!?」


ふっつーに喋りだしたウルトにビビって思わずぴょんと飛び上がってクロウディアさんにへばりついてしまった。


「お主、ウ、ウルトディアスかえ……?!」


「あ、クロウディアさんですか?

 この姿では初めてですね。ウルトですよー。クロウディアさんは相変わらずお美しいですね。もうちょっと年が若ければストライクなんですけど。

 毛が生えたらちょっとなぁ」


「余の夢をぶち壊すでないわ」


いつも通りのウルトである。大丈夫であろうか。

更に血の量が増えたのだが。


「え?え?今のはなんでしたの?

 ウルトディアス様!?大怪我ですわよそれ!?何をしてらっしゃいますの!!」


「………あー、なるほどな。破壊竜ウルトディアスっつったらそれだわな。

 あんた、どっちが本性なんだ?」


「こっちですよーと言いたいですけれどねー。どっちとも言えないなあ」


ぬぬぬ……とりあえずはあのヤバイ気配はもう無い。

大丈夫そうである。更に増えたウルトの怪我はなんとかしたほうがいいだろうが……。


「まあこの程度なら大丈夫ですよ。それよりも……瘴気の匂いがするなあ。

 あと血の匂いがします。懐かしいなー」


「血の匂い……?」


一番血の匂いがするのはウルトなのだが。

洗ってこい。


「血の匂いですよ。吸血鬼らしい匂いですよね。

 あ、クーヤちゃん伏せたほうがいいんじゃないかな。

 マリーベルさんの魔法の気配がしますし。辺りが全部消し飛ぶんじゃないですか?

 ごちゃごちゃした気配が知覚に沢山あるし、あの人こういうの嫌いじゃないですか」


「え?」


視界が紫光に染まった。






神雷インドラ







来たるは大轟雷。

海に轟く雷鳴に大気が震えた。

極大とも言える雷に舐め焦がされ融解した海から凄まじい蒸気が吹き上がる。

周囲は白煙に覆われもはや数メートル先さえ禄に見えはしない。

熱気を孕んだ塩の匂いがあたりに充満する。

白煙が晴れたのは暫く時間が経ってからだ。

未だ微かに震える空気の中、小さな靴がこつりと軽やかな音と共に船床を叩いた。

紫電を纏いながら優雅に歩み寄ってくるその少女。一歩踏み出す度にその足先の床が焦げ付いていく。

紅玉の瞳に黄金の髪。周囲を飛び回るコウモリ達。

しゃなりと髪をかき上げるそのお姿は相変わらずのイケメンヒーローだ。

誰かなど、問うまでもない。

飛び上がって大喜びである。


「マリーさーん!!」


「ふふ、久しぶりねクーヤ。元気そうで何よりだわ」



魔王マリーベル・ブラッドベリー、その人である。

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