星天駆ける神殺しの一撃

「もう少しだー!」


「もう……っ!本当にこちらであっていますの?!」


「間違いないわーい!」


くんくんと鼻を慣らす。枝を使うまでもない。目指すはあの船の残骸跡である。目印にいいということらしいので。

あの近くには私が焚き火で焼いたはまぐりがそのままある。その芳しい香りさえ辿れば枝など不要だ。

茂みを掻き分け掻き分け、島からの脱出の為にえっちらおっちらと歩く。


「そのモンスターの街とやらにマリーがおるのじゃな?

 船と言うとったが。少しはマシな船じゃろうな?」


「……初代魔王の満足するような船ではありませんわよ。

 ご期待なされないでくださいまし」


「ふん……なんじゃ。詰まらんのう……」


まぁボロ船だしな。魔王的にはあの海賊船みたいなヤツのほうがいいのではなかろうか。

やがて辿り着いた難破船。私が残した焚き火の跡がそのまま残っている、と思いきや綺麗に食い荒らされていた。どうやら私が目印にしていた香りはただの残り香だったようだ。

クソッ!

犯人は焚き火の近くに転がっている丸々とした白い毛皮が眩しい獣だろう。腹を出している様子から野生は伺えない。

どっちにせよ害獣もいいとこだ。幸せそうな顔が実に腹立たしい。スパーンと腹を叩くと慌てたように逃げていった。

まぁいい。人の居ない楽園ははまぐりなど取り放題よ。今に見ておれ。


「…………」


じーっと獣の行先を眺めていたクルシュナがグルンと少々怖い動きでこちらに向き直る。


「はまぐりでも肉の欲に堕天するのか」


「なにがさ」


「クラガリ様に聞く方が馬鹿なのか」


一方的に馬鹿にされて話は終わった。


「別に良いであろ。何れにせよこの島は闇の領域に堕ちる。

 混沌が顕現せし魔王の領域、光に属する者などお呼びでないわ」


「もう……なんでも構いませんから早くしてくださいまし!

 連絡が取れるのでございましょう!?

 早々に合流いたしませんとあの龍が来ますわ!」


「おー」


そういやそうだった。あのウナギも居るのだった。一応この島にいるという情報自体は伝えているが、改めて連絡を取った方がいいだろう。

急がねばなるまいて。

がさがさとラーメンタイマーを取り出す。前と同じくおじさんでいいだろう。

ジーコロジーコロとハンドルを回しておじさんにセット。さてさて。


「…………」


「………………どうなさったのかしら?」


うむ、出ないな。呼び鈴が鳴り続ける中、おじさんが出る様子はない。

何かあったのだろうか?もしかしたらまたあの海賊船に接触したのかもしれないな。

まぁ大丈夫だとは思うが……おじさんならうっかり気絶してても不思議はない。掛ける相手を変えるか。

えーと……取り敢えずウルトでいいか。あいつはおたんちんではあるが前回を鑑みるにスピーカー通話状態らしいので他の皆さんとも通話は可能であろうし。

小銭もとい魔力を入れなおして咳払い一つ。もしもーし、こちら暗黒神ちゃん、ペドラゴン応答せよ。

沈黙を守ったままの皆さんが見守る中、暫く呼び鈴が無情に鳴り続けたが。

ガチャという微かな音と共に呼び鈴が止んだ。

お。


「………ウールトー?」


「……あれ?クーヤちゃんです?」


「そうだー」


「ウルトディアス様、アッシュ様から返答がありませんでしたけれど……そちらで何かありまして?」


「まぁそうですかねー。僕もクーヤちゃんの声で正気に返ったんですけど。

 こっちに長いのが来ちゃったんで頑張ってるんですよー。あはは、嫌になっちゃいますよねー」


長いの……ウナギか。どうやらこちらに向かっていたであろう船に行ってしまったらしい。

全く。逃げ出して至高のうな重にならなかった上に船を襲うとはダメなウナギである。


「下の方だと海賊船も来てるし、船に穴が空いちゃって大変なんですよ。

 カミナギリヤさんが大暴れした後に失神しちゃってそれに巻き込まれてアッシュさんも気絶しちゃいましたー」


「お、おぉ……」


何やら悲惨な状態のようだ。

どうしたものやら……。考え込んでいると黙っていたクロウディアさんが首を傾げた。


「…………お主、ウルトディアスかえ?」


「あれっ?」


「……………あ」


そういや魔王同士初邂逅だった。ペドラゴンがあんまりそれっぽくないのですっかり忘れていたが。


「人の声を手繰れたのかお主」


「あはは、まぁ確かに喋った事無いですけど」


昔はまさかの無口キャラであったらしい。なんとなく青いねじ頭を思い出した。


「女好きの光物好きで頭にクソが付く大暴風、人語も介さぬ意志の疎通も取れぬ、ただの天災に近いヤツじゃったというに。

 あまりにも振って湧いた不幸すぎて自然災害扱いされておったじゃろ。余もお主に知性や理性は無いと思うておった。

 こやつらがお主に会うたと聞いた時も余は一方的に蹂躙されて残念な目に逢ったものと思うておったぞ。

 それがまさか行動を共にしておるとは思わなんだ……意外じゃ……マリーも目を剥くであろうな……」


「そうですか?あ、でも意外と言えば僕としてはマリーさんですけどね。

 ブラドさんとクロノアさんと仲良くしてるらしいですよ。びっくりしちゃいますよねー」


「なんじゃ。喋ったと思うたら面白くもない冗談を飛ばすヤツじゃの」


「え?いや、ほんとですけど」


「む、二人揃うて余を謀るか。いい度胸じゃの」


本当なのだが一向に信じる様子がない。プリプリと怒っていらっしゃる。

何がそんなに信じられないのかが私にはわからんのだが。

皆さんふつーに仲よさそーだったが、魔王同士で何か通じるものがあるのやもしれん。

まあいいか。そんな事よりこっちの方だ。


「ウルトー、周りには誰か居ないのかー」


地図の概念の無い竜に此処がどこだのどーだの話してもしょうがない。できればカグラ辺りが居ればいいのだが。

どうにもウルトの声とは別に風の音とあとは遠くからドーンバリバリグシャグシャダッパーンとかいう謎の音とあとはまぁなんか悲鳴っぽいのがいっぱい聞こえてくるようだが。


「うーん、僕が地上に降りるとあいつまで降りて来ちゃいそうですからねー。

 なんとか引き剥がしてみますねー」


「おー」


ふむ、空中に居るのか。

空を見上げる。どんより曇った空からちらほらと雪が舞い落ちる。特に異常は見られない。

しかしもうあまり時間がない。一旦切るか?多少高くとも直接カグラに連絡を取った方がいいかもしれない、というかもうあっちの方がピンチのようだしこっちから何とかして合流した方がいい気がしてきた。

どうやらクロウディアさんもそれを思ったらしい。顎に手を当てて考え込んでいたようだが徐ろに口を挟んできた。


「ウルトディアス、余らがお主らに合流した方が早い。

 そちらの位置が余らにわかるように何とかせい」


「あ、そうですね。じゃあ何とかしますねー」


どうやらペドラゴンが何かするようだ。通話を終えてざくざくと砂を踏みしめて海岸線を眺める。どこに居るのやら。

ちっとやそっとの目印では位置の特定は難しそうだ。目をぎゅぎゅっと凝らす。

暫し沈黙。特に何も起こらないな。島の反対側かもしれない。一歩後ろに下がった時だった。その風が吹いたのは。

ひゅぅ、甲高い音と共に草葉が波紋のように揺れる。酷く冷たいその風の中にニブチンな私でもウルトの邪気であろうものを感じた。


「―――――――――お」


風が吹いた方向に向き直った次の瞬間、世界が真白に塗り替わった。


「ンブフゥッ!!」


極寒の冷気が青々とした緑を凍てつかせ海面を嬲り氷の霧となって舞い上がる。フィリアが遠くで悲鳴をあげて小さくなって丸まっている。

私が冷たいと感じるレベルの冷気、ただの人間のフィリアじゃ死ぬんじゃないか。思ったがその冷気もすぐに止んだ。

目印程度に一瞬だけ吹かせた感じであろうか。確かに分かりやすかったが。


「――――あちらじゃの!」


クロウディアさんが海際で遠くを示す。海の向こう、蒼い光が微かに見えた。

あの光に向かって行けば船があるのだろう。よしよし。さて、どうやって向こうまで行くか。言い出しっぺのクロウディアさんもブツブツと一人じゃったらのうとか呟いて考えあぐねているようだ。


「一人だけなら行けるだろう。お前だけでも先にいけばいい。空ぐらい飛べるだろう」


「……風の精霊王は一々クソ喧しい。一人も二人も三人も変わらぬじゃろうに術者以外が地の精霊を振り切る事を認めぬ。

 人数分の風の精霊を集めても良いが……」


「無理だな。お前とフィリアは兎も角、俺とクラガリ様に精霊は近寄らない。別に俺は地獄に戻ればいいだけだが」


「面倒じゃなァ!暗黒魔法さえ使えればのう……」


うーむ、仕方がない、本を使うか。しかし最近は魔力を使ってばっかりだな。どこぞで回収せねば。ちょいと考えて地獄の輪っかをこそっと設置し回収出来そうなのでトイレに流しておいた。

漂流者とかも居ただろうしな。けどまぁ鬼ヶ島周辺はあの鬼姫の領域だったようだし、彼女が魂を取り込んでいたのであろうことを思えばそんなにあるとも思えなかった、のだが。

…………かなりありそうだな。なんでだ?

考える。あの鬼達に魂があったとは思えない。となると、悪魔であるクルシュナが喰っていた分だろうか?

それもあるかもしれないが……。うーんと考えてふと気付く。そうか、天使か。ここに多く来ていた天使、その魂の一部なりとも吸い込んだのかもしれない。

確かにあいつらは高そうだ。もしかしたら天使ってかなりの魔力源なのかもしれないな。

そこまで考えて思い出したがそういや最近暗黒花の種を蒔いていない。ゴソゴソとポッケを漁ってついでにその辺にばら撒いておいた。

満足してぺらっと本を捲る。ちらっとこちらを見たクロウディアさんが微かに首を傾げてこちらを覗き込んできた。


「なんじゃそれは。悪魔の気配を感じるのう」


悪魔の芸術品オーパーツですな」


そういやクロウディアさんの前で使うのは始めてな気がする。なんかもう普通に使ってしまっているがもういいか。

人混みとか人間の前とかじゃなきゃ別にいいだろう。うむ。


「見たことのない芸術品じゃの。製作者は誰じゃ?」


「えーと……」


マリーさんにもあいつから聞いた名前では通じなかった。

物質界だと二つ名を使うのが悪魔だとマリーさんはおっしゃってたな……確か本で見たあいつの腕にあいつの二つ名っぽいのがあった。

ぺらっと捲る。あー、これだこれ。相変わらず馬鹿高いな。イースさんも言っていた言葉だし間違いあるまい。


「黒貌ですな」


「…………………」


何やら黙ってしまわれた。若干目が泳いでいらっしゃるように見えるが大丈夫であろうか。

暴れまわっていたし今になって体調が悪くなってきたのかもしれない。心配である。


「えーと」


ペラペラとよさ気な商品を探す。大人数で海を渡る方法、と。

生活セットは本当に安心である。幾つか種類があるようだ。安いものから適当に選ぶか。



商品名:サバイバル式平型木船


サバイバルな雰囲気を出すには欠かせない船。

二本の櫂付き。

耐久力は1km。



……イカダだな。幾ら安くても無いな。



商品名:ペダル式渡り鳥


ムードを重視した船。

親睦を深めたいならこれ。

耐久力は5km。



白鳥のアレだな。

もう一声、ページを捲る。



商品名:蒸気式イルカさん


蒸気の力でスクリューが回るイルカさん。

炉には常に石炭が必要なので一人犠牲にしましょう。

耐久力は10km。



う、うーん……。安いものは安いぶんちょっとアレのようだ。

いざ買ってみて使えませんでしたじゃ洒落にならない。仕方がないな……。

ぺらっとそれなりにページを捲った。



「んきゃあぁああぁあああああ」


涙まじりの悲鳴が聞こえてくる。無理もない。氷の粒が風に混じり激烈に寒い。

風を切って飛ぶ。操縦はクロウディアさんなのだがフラフラとして覚束ない。

余がやる余がやると言い張って聞かなかったのだがもしかしたら間違えたかもしれない。

時折高い波にぶち当たって塩水が顔面に降りかかり悲鳴を上げる。いってぇ、めっちゃいってぇ!

目にしみる塩分を必死に拭いながら行く手を見る。光はまだ遠い。だがすぐに着くであろう。



商品名:ヘラクレスエンジン搭載型ジェットクジラ


悪魔パワーで空飛ぶクジラさん。

スリリングな遊泳を楽しみたいならこれ。

耐久力100km。



このクジラ、速度も申し分ないが少々スリリングすぎる。いや、先程からテンション爆上げのクロウディアさんの運転が悪いのかもしれないが後の祭りだ。

うっかり開けた口に風が入って口がぶわっと膨らんだ。頬が破れそうだった。


「ブブブブブブ」


「これはいいのう!!楽しいのう!!速度はもう上がらぬのか!?」


「上げないでくださいましぃいいぃいいい」


「……………」


悪魔であるクルシュナすら無言。まだか、いやほんとに。

あの光に近づくにつれて気温がかなりの勢いで下がってきている。

パリパリと乾いた音を立てて白い冷霧が海面を漂う。足元も手すりも濡れた海水が徐々に凍りつき始めている。

このままでは濡れた氷に脚を滑らせるのも時間の問題だ。必死になって縋り付きながら視線を向けた先、渦巻く冷気の中心に微かな影。

ちらちらと動く影に向かってその名を叫んだ。


「ウルト―!!」


聞こえたのか聞こえていないのか。いや、多分聞こえていないな。あのウナギと絡みつくようにして争っている。その下に確かに船の姿も見え始めた。

怪獣大戦争って感じだ。今の状況でなければお近づきになどなりたくない。だが今は一刻も早く降りたい。


「あれかえ?!」


「そうですぅうぅう!!」


だからもうやめてー!

心の底から叫んだ。クロウディアさんはもうクジラ禁止だ。


「ふん……!!久しぶりじゃのうウルトディアス!!これは挨拶替わりよ、受け取れい!!

 ―――――炮烙に焦げ付き悪と成す、燃えよ!!」


吹き上がる炎が舐めるように海面を疾走る。ウナギどころかウルトごと飲み込んだ巨大な炎にんおっふだかなんだかわからんが変な声が出た。

魔王は所詮魔王であった。流石に心配だ。ウルトは大丈夫であろうか。


「…………ん?」


きゅう、炎が縮む。赤から白へとその色が変化し暫く不安定にゆらゆらと揺れた後。

サァ、海面が静かに波打った。次の瞬間、全部吹き飛んだ。

周囲が紅く染まる。ビリビリと震える。音がしたとは思うが何も聞こえない。取り敢えず耳鳴りが酷い。

地震でも起きたように大地が揺れる。ズズズズと焦げる音を立てながら真っ黒な煙が上がる。パラパラと白い炎の飛礫が落ちてくる。

その中心、ウルトが居た筈の場所は炎に遮られて何も見えない。


「……………」


沈黙が落ちた。


「む、やりすぎたかえ?」


どうみたって完全にやり過ぎである。口にする気力のある者はいない。

見上げるしかない視界を埋め尽くす高さの炎を眺めながら呆然と阿呆のように突っ立って居るだけである。

…………これは死んだか?というか船も巻き込まれたのではなかろうか。


「まぁ大丈夫じゃろ」


「えぇ!?」


言い切った。言い張れば何とかなるというのか。

全然大丈夫に見えないのですがそれは。


「お主ら、あやつを甘く見過ぎじゃの。言うたであろうが、降って沸いた不幸と。

 銀雪纏う暗黒竜ウルトディアス、魔王の中でも魔力値は桁違いぞ。

 それに―――――――」


蒼い風が吹き抜け赤い光を払う。

その中心には何事も無かったかのように暴れたくるウルトともう一つ。


「面倒じゃのう……青の龍かえ。今の余ではやはり無駄か。血でも掛けたほうが早いの」


あのウナギか。確かに厄介な奴のようだ。近づいてみればウルトもかなり押されている。

いや、うん、それはそれで置いておいてだ。


「……船の事をお忘れではありませんの?」


「えっ」


クロウディアさんが素っ頓狂な声を上げた。


「………………………」


無言。誰も何も言わない。先ほどとは質量の違う沈黙が落ちた。

気まずそうにクロウディアさんが顔をあさっての方向に向ける。

テンション上がりすぎて船の存在を忘れたらしい。カミナギリヤさんやカグラが居るのだし、それに生首とはいえ元女神のリレイディアも居るのだから大丈夫だとは思うのだが。

白い冷気がもうもうと上がる海の彼方、その姿を探して視線を彷徨わせる。


「大丈夫だ、問題ない」


「クルシュナ、見えるの?」


「いや、イーラの気配がする。大丈夫だろう」


「イーラ?」


「クラガリ様が召喚したんじゃないのか?」


イーラ、考える。誰だっけ。考えて思い出した。そういや船の改造を頼んだ記憶がある。確かイーラに頼んだ。

会ったことの無い悪魔だが悪魔が居るなら確かに大丈夫そうだ。


「な、何かアテがあるのかえ?」


「あの船に悪魔がいるみたいですな」


どことなく縋るような声がなんだか可哀想だったので正直に答えておいた。


「そ、そうか。うむ、余はわかっておったぞ。うむ。悪魔か。

 悪魔がおるのじゃな、そうじゃのそうじゃの。お主ならば悪魔も喚べようからの」


めっちゃ目が泳いでおりますけど。せめてもの情けに口にはしないでおいた。

ざぁと霧が晴れた先、船影を見つけたのは間もなくの事だった。

クロウディアさんの操縦の元、飛沫を上げながらクジラ号で船に近づく。みっちり付いた手型はそのままだがイーラとやらの姿はない。

鼻を頻りと鳴らしたクルシュナがボソリと呟く。


「本人は居ない。クラガリ様がイーラに何かさせたのか。

 だからあのウナギも無事なのか」


本人は居ない、そういや船の改造を頼んだ時にも手型しか出てこなかった。本人を召喚したわけではないのだろう。

頼んだ時は後悔したが今となっては良かった。頼んでなければ船は今頃消し炭だっただろう。

皆無事であろうか?船体の上はこちらからは確認出来ない。声を掛けてみるが返事もない。そういえば海賊船が来たとも言っていたがその海賊船の姿もないが……。

梯子も無いしどうやって登ったものか。


「行くぞ」


「む」


ぐいっと襟首引っ掴まれる。両手両足を丸めた私を他所にクルシュナが狙い定めるようにして上を眺めている。

投げる気か。いやいいけど。それしかあるまい。何度か揺らされた後にぽんと放られた。

クルクルと空中回転を決めた後に甲板を観察、人の姿はない。べちゃっとモチのように着地。私に続いてフィリアが降ってきた。

クロウディアさんにクルシュナも続く。さて、やっとこさ合流を果たしたわけだが。


「あ、あんたら……」


おずおずと船室から船員が出てくる。さっきの炎から逃れようと船の中に入ったのだろう。

傷だらけだしあっちこちズタボロ、手酷くやられたようだ。


「海賊船が来たって言ってたけど、どこ行ったのさ」


「さ、さっきの爆発の直前に海に潜っちまった!!」


海に潜った?言葉通りだろう。流石幽霊船、何でも有りのようだ。


「他の皆様は無事ですの?!」


「な、何人か下に行ってる!船に穴が開いちまったんだ!!」


「クラガリ様が戻ったならイーラが何とかする。さっきもクラガリ様の領域に入ったから動けるようになったんだろう」


む、どうやら私が離れたせいで改造途中で止まったままだったらしい。

ばっしんばっしんと手型が再び付き始める。イーラは下の穴は塞げるのだろうか?

まぁクルシュナが何とかすると言ってるしなんとか出来るんだろう。それよりもだ。

上を見上げる。大怪獣戦争は絶賛続行中だ。ウルトはかなり押されているようだし、何とか助太刀せねば。

唸りながら空を眺めているとドタドタと騒がしい音と共に船室から男が飛び出てきた。


「ファック!!おめぇら、戻って来れるなら自力で戻って来やがれってこのクソガキ、てめぇやっぱり子持ちししゃもだろ!!

 増えてんじゃねぇ!!」


「誰が子持ちししゃもじゃわーい!!」


失敬な!!確かに増えたが別に私のせいではない。


「ぎぃー」


頭にリレイディアを乗せたままのカグラは今にも発砲してきそうな勢いだ。

なんだか久しぶりである。たゆんと揺れるスライムが平和だ。


「何じゃ。下品で無礼で騒々しい男じゃの」


「あぁ!?んだてめぇ!!こっちは忙しいんだ、てめぇみたいなガキンチョに構ってられねぇんだよ!!」


「頭を吹き飛ばされたいのかえ、人間めが」


カグラは怖いもの知らずだな。

魔王に向かってこの言い様、中々の胆力だ。


「吹っ飛びてぇのは俺だクソがファック!!さっきの爆発のせいで海賊船が下に潜っちまった!!

 あと一歩であのクソアマのどたまを吹っ飛ばせたんだ!!ファァック!!」


「……………………」


カグラは無意識なのだろうが痛いところを的確に突いた。

クロウディアさんがさっと顔を逸らす。首の皮一枚で繋がったのを気づいてないカグラが銃を握り直しながら歯ぎしりと共に辺りを見回す。


「すぐ出てくる!お前ら身構えろ!!」


カグラの言葉と共に、海面から船がせり上がって来るように持ち上がった。

波飛沫を上げながら再び海面に着水した海賊船、その上に立つ人々は最早人間ではありえない。


「はん!!あの程度の炎でお前らヘバってんじゃないよぉ!!」


「……流石にこんな力場では永遠少年の力も届き難いようですわね……」


何か電子音染みた異様な声。ゴボゴボと全身の穴から腐った海水を零す巨体。ただのデブだと思っていたが、違ったらしい。

海水を含み弛んだ皮が腐敗ガスで膨張し風船のようなシルエットを描く。特に虫が湧き色が抜け落ち膨れ上がったその顔など最早見れたものではない。


「あ、姉御……!!」


「ヒィ……ヒィ……俺の身体……俺の……」


向こうの船員も異常に気付いたようだ。暫く前までは生きていたであろう船員も居たようだが。

先ほどの船ごとの潜水が原因であろう、欄干に引っ掛かったままピクリとも動かない。


「くそっ…!!おめぇら下がってろ!!」


その声に異を唱えたのは魔王様だった。


「お主、余に任せぬか。

 まぁ、その、なんじゃ。うむ、ちょっとアレじゃ、そのう……そちの苦労を水の泡にしたようだからの」


「あ?」


「まあ任せておれ」


かつんとその足が床を叩く。

ちりっと赤い糸のような光が空気を焼いた。

その光は一直線に幽霊船へと疾走り、火花と共にその火を散らす。

すわ爆発かと頭を伏せるがそんな様子はない。


「浄火せよ」


じゅわっと死体が焦げ付く。奇妙な光が悶えるように漂いはじめる。

悶絶していた海賊たちはやがて赤い炎を吹き上げながらゆっくりと崩れ落ちた。

パチパチと火の粉が弾ける音ともに雪が降り積もり後に残ったのは枯れた幽霊船だけだ。


「大丈夫ですの……?」


「……クラガリ様、今のうちに魂を喰らっておいた方がいい。

 この力場を出ればまた動き出す」


「ぬ」


それは困る。ささっと地獄にジャガボゴと魂を吸い込む。これでよし。

苦労していたのにあっという間に決着を付けられたカグラはいじけていたがまぁいいだろう。


「んだよこのガキンチョ……あのババアといいガキの姿をした奴は全員こうなのかよ……ファック……。

 ……………おい、何だてめぇ。ただの魔族の力じゃねぇ」


「口の聞き方のなっとらん下郎じゃのォ。まあ良いわ。余は魔王クロウディアよ。

 悪魔と踊る娼婦、魔力は使えぬがこの知識に衰えなぞ無いわ」


「……あっそ。もう突っ込みを入れる気力もねぇよ。

 ……ったく、魔王ってのはその辺にゴロッゴロ転がってやがるのか?世の中は平和だな、ああオイ!?ファック!!」


「ぎぃー」


女神様を乗せたまま何やら喚いているがどうせカグラだ。放置に限る。それよりも上だ。

こちらに意識が向いたのがわかる。来るな。


「穢れが無うなって調子に乗っておるようじゃの。龍は死を嫌う。直接ウルトディアスの生命を奪いはすまいが……」


「あの空間にも入り込んでいた。あの肉は穴を空けるのが得意なんだろう。

 降りてくる。レガノアとかいう肉塊との門を開くつもりだ」


白い光が上空より飛来する。弾き飛ばされたのは蒼い光。

カグラが何かの足しになれとでも言うかのように発砲するが。カグラの事だから当てはしただろうがそれが通った様子はない。


「者共、伏せぃ!!」


クロウディアさんが腕を高く掲げる。

上空に展開する赤い魔法陣。クロウディアさんはどうやら迎え撃つ気のようだ。魔王の二柱と青の龍、その力が真っ直ぐに正面からぶつかり合った。

赤と青の眩い光がまるで花火のように弾け、視界を焼く。


「…………っ!!」


拮抗する力に煽られて船が大きく揺れる。あわや転覆するかというところでまるで見えざる腕が支えたかのように反対側に傾いだ。

恐らくイーラだろう。これは……クロウディアさんの力だけでは支えきれないかもしれない。

白い光が上から伸し掛かるようにして船を圧迫してくる。おまけに船も未だに高波の中の頼りない枯れ葉状態だ。


「あわわわわ……!!」


こりゃいかん。何とかしなければまずい。本を捲ろうとしたところで、凄まじい咆哮が轟音となって空気を震わせる。

横合いから一閃、蒼い光がその顎を開いて喰らい付く。考えるまでもなくウルトだろう。ミシミシと白い小さな光が周囲を照らす。氷の粒だ。


「ぬっ……!ウルトディアスめ、正気を失っておるか……!!

 お主ら下がれぃ!!」


光が収束する。クロウディアさんが手を振ると上空の赤い魔法陣も軽い音を立てて消え去った。

ウルトの手出しによって目下の危機は去ったようだが……。

どうにもウルトの方が危なそうだ。クロウディアさんの言うとおり、船に落ちてきた二体、ウルトの方は正気を失っているらしく血だらけになりながらも周囲を凍てつかせながら人の言葉ならざる咆哮を上げながら白い龍に牙を向けている。

その血を厭ってか船に巻き付くようにしている龍もウルトに手を出そうとはしないが。ガチガチガチッとその歯を打ち鳴らす。龍の目前に小さな光が集まりだす。なんだかやばそうである。


「天の門を開くつもりだ。黙らせた方がいい」


「そ、そうはおっしゃいましても……!!」


「ちっ!クソッ!!弾が通りゃしねぇ……!!」


「ひえぇぇえ」


小さな光から餓鬼のようにして這い出る者がある。白い子供のような姿、天使だ。

本格的にまずいぞ。あの門とやらが完成したらどうなるのか、考えたくもない。

何とか手を講じなければ、そう思ったその時だった。

ふと、気配を感じたのだ。何かの気配。人ではない。

後ろを見る。何もない。だが、何かが飛んで来る。それも尋常ではない速度でだ。

風を巻き、海を引き裂き、それはこちらに向かってくる。

やがてそれの気配にクロウディアさんも気付いたようだった。


「何か来る……伏せよ!!」


その言葉にあわててその場にぺちゃんこに潰れる。

飛来する風を切る音。数瞬遅れて風が吹いた。暴風と言ってもいい。耳を劈く凄まじい音。

ぴりぴりと空気が震えている。一体なにが来たんだ?

暫し間を置いて―――――――絶叫が上がった。


「ファック!!んだぁ…!?」


先ほどまでピンピンしていたうなぎもとい、龍が悶え苦しむかのように身体を捻っていた。

強靭な耐久力を誇るであったろう神の鱗鎧を砕き、その肉に突き立つ一振りに剣によって。あれは……あの剣。間違いない。

神剣紅薔薇。一番最初にあった勇者が使っていた剣、何故此処に。

魂を苛む激痛に龍はまともに動くことも出来ない様子で声もなく血を流し続けている。

紅薔薇が突き立った部位はどす黒く変色し、煙を上げて肉を融解させ辺りには異臭が漂う。……あれで終わりだろう。

剣が飛んできた方向を眺める。遥か東の方角より来たる流星の一撃。

最後を思い出す。あの剣は確か。







ピクピクと自前の耳を動かしながら男は問うた。


「どうかしたのかね?」


振り返る青年は相も変わらずの無言であるが。

再び視線を流した先、海を超えた遥か向こうを見つめる目からは感情を読み取るは困難。

長い付き合い故にそれなりにはわかるが。流石に今の行動について何らかの理由はあろうがそれを推し量るのは無理な話である。

黒き異形を打ち倒し、それが霞へと還るを見やってからブラドは着崩れたスーツを直し髪を撫で付け、問題が無いことを確認して顎を撫で付けて頷く。

己はいつも通り美男子だった。完璧な程に。顔、肉体、色気、テクニック、全てにおいてパーフェクト、完成されているという他ない。

それに大いに満足して靴底の汚れをその辺の岩になすり付けて歩き出す。

マリーが聞けば無言で蹴りの一つも飛んできそうなものではあるが、あいにくと言っていいものか。答えを知る者は無いが兎にも角にも件の人物はこの場にはいない。

ブラドが歩み寄ったとて切り立った崖に立つ青年は海の向こうを見つめたるまま振り返ることはない。

さて、どうしたものか。思うてから暫し逡巡。出た答えは好きにさせるかというものだ。あの剣は貴重な一振りであり、そうそう手放していいものでもないが。

こと、剣というものに関してクロノアに口を出すも野暮というもの。ブラドとてこの拳の在りように他者から口なぞ出されてはたまったものではない。

海の向こうに紅薔薇を投擲した青年、クロノアはゆっくりとブラドへと向き直りて、僅かばかりその口元を崩し――――――――笑った。


「……友人が居たんだ。古い友人だ」

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