運命に抗い挑み続ける者
目の前に箱があった。
いやまあ、それ以外に言うべきものは無いのかと言われたら特にはない。
雨は止み、見上げた空は船の上で見たような曇天とちらつく雪だけだ。
あの異様な空気も今はもうない。すっきり爽快夏の海って感じだ。
「結局どうなったのさ」
これだ。よくわからんが兎に角鬼ごっこには勝ったらしいのだ。
目が覚めたら皆様思い思いに過ごしてらっしゃり、欠けた人員もなし、文句なしの勝利である。
……解せぬ。納得いかん。
きびだんごを口いっぱいに頬張ったのは覚えているのだがそれ以外はワタクシさっぱり記憶にございません。
あんな大量にきびだんごを摂取したわりに平気そうなのはいいのだが。まぁ多分この暗黒神ちゃんアームが火を吹いたのであろう事は予想がつくが、実際の所なんで勝ったのかがさっぱりわからんのである。
「余に聞くではないわ、トンチキ娘め」
クロウディアさんにすげなく言い捨てられてしまった。ショッキング。
ショックのあまりにひっくり返る。もう動かんぞ。
「この中に本当に人が居ますの?」
不思議そうに箱を遠巻きに眺めるフィリアは割とズタボロである。意外な話だが、らしくもなくかなり頑張ったようだった。
「匂いもとうに無い。余程放置されていたんだろう。どうでもいいが」
クルシュナはめんどくさそーに身体の傷をぺろぺろと舐めている。犬かお前は。
「重畳重畳!勝利という名の芳しい美酒が私の身体を熱くするのよ!!」
ほっとこう。
ごろりと起き上がってどてどてと箱に走り寄る。
むむむと目を細めて凝視するが。特に反応はなく、苔むした箱は鎮座するだけである。
石を組みあわせたらしき箱は半ばまで地面に埋まっており、植物が縦横無尽にその周囲を覆い尽くしている。
うっすらと石に彫り込んだらしい装飾が見えるが。ほとんど確認は出来ない。この有様、百や二百じゃきかないだろう。五百、六百年と放置されていたに違いない。
がさがさと植物を払って、刻まれた文様を眺める。
模様の隙間、文字らしきものを発見。うーむ、よくわからんが……イヨ、であろうか。
イヨ、サク……ヅキ、……ヴィオラ、……あとは読めそうもないな。
ぺたっと耳を付けてみる。もちろん何も聞こえはしないが。しんと静まる石箱の中。この中が空洞と言われても俄に信じがたい話である。
「開けなくていいの?」
このメンツならばこの石箱も何とか開けられそうな気がするのだが。
私の声にクロウディアさんがひたりとその小さな白い手を石箱へと当てる。
暫く無言であったが、何やら思い出すようにして鈴のような声でこの箱についてを語りだした。
「セッカンワラベノクリョウバコ、じゃったかのう。恐らくは石棺か……折檻か…どちらとも言えぬが石棺、あるいは折檻童之苦領箱じゃろ。
人間の中でも田舎の田舎の田舎の片隅の農村で口伝で伝えられてきた呪術じゃった筈。
余も大元となったであろう呪術の実物は見たことがないので確証はないが…恐らくはそれを模したものじゃな。
人魚の肉と清めた水、櫛と女の髪の毛、それらを腸に詰めた童を石の箱へと封じ、その祟を以って呪殺と成す。外法じゃの。
箱に記された文字を見るに、呪殺の外法と知らずに作成されたようじゃが。
開けるでない。中の人間はそれを望んでおるまい。見られとうはあるまいて」
「本当にこの石の中に生きた人間がおりますの……?」
「おそらく」
ふーん。まぁそう言うのならそうなのだろう。不幸な話だ。
ぺたぺたと撫でて見るが、雪に晒される石箱はひやりとした冷気を伝えてくるだけでその内部に閉じ込められているらしい人間からの反応はない。
この箱があの世界の核であったらしい。今はもうあの世界も崩れてしまったが。
クルシュナがふんふんと鼻を鳴らしながら歩き出す。
「蛇が居なくなった事で神域内部にめり込み始めていた白い肉塊共もあの神域の属性が反転するのに巻き込まれた。もう出てこれないだろう。
…………そいつ、…………めんどう。……クラガリ……クラガリ様が軒並み魂の根源核レベルに砕いたが。それでも無理だ。
……ウナギは未だ居る。此処は目立ちすぎる。第二陣が来る。さっさとこの島を出た方がいい」
「クラガリ様って何さ」
多分私の事なのだろうが。クラガリって暗がりだろう。なんかやだ。
「仕方がない。俺の世界ではクラガリ様と呼ばれていた。それ以外は知らない」
仕方がないなら仕方がないな。甘んじて受けれいてやろう。
ちらっともう一度箱を見る。
「箱はこのままでいいの?」
「触らぬ方がよかろ。願いは叶ったようじゃからの。
このままこの地でその箱の中で其奴は生き続ける。
じゃが、もうあの神域を作る必要はないようじゃ。余らに声を掛ける虚ろの鬼姫ももうおらぬ。なれば、それが答えじゃろ」
「ふーん」
それが願いと言うのならばそれを覆す道理もない。
「お」
箱の傍に落ちている小さな巻物を回収。ぱかっと開けてみる。
ふむ、中々の絵巻だ。さっきまで居た神域のような絵がつらつらと描かれている。
神羅蓬莱絵巻、鬼ヶ島、というらしい。
偉そうな名前である。しかしこう…オーラがあるな。名前に負けず凄そうだ。
もらっとこ。
さて、この島を出るか。思ったところで私に声を掛けるヤツがいた。
「ところで幼女よ」
「何さ」
アホだった。
「私、それが欲しいのよ」
オカマかよ。まあいい。示したのは神羅蓬莱絵巻である。
こんなもん貰ってどうするのやら。ちょいと考えてから、使い所もなさそうなのでぽいと渡した。
「宜しいんですの?かなり貴重なアイテムですわよ?」
「まあいいんじゃね」
別にいらないしな。
「センキュウ!!……宇宙のどこかで、また会おう!!」
「ん?」
どっか行くらしい。ここでお別れのようだ。中々にキャラが濃いので惜しいものだ。
いや、やっぱいらないな。さようなら。うむ。
でもまあ、折角だ。何か餞別でもくれてやろう。
えーと。パラパラと本を開いた。
それを止めたのは予想外の人物だった。
「待ちやれ」
「ヌ?」
まさかのクロウディアさんである。
……少し、いや、かなり。熱い。
アホの手からぺっと巻物を奪い取る。アホは特に気にした様子もなくスマイルで眺めているだけである。
そのまま無言の対峙。
………何なのだ。居た堪れないのだが。はやくしていただきたい。
「お主、一つ訪ねるがの」
「ナムサン!!なにかな金魚の子供よ!!」
「いつまでとぼけやるか。主、余を封じた折に使ったものはコレじゃろうが。
何故にコレを持っておった。この神の工芸品は今、ここで物質界に顕現したものじゃ。
嘗てのお主が持っておったは道理があわぬであろうが。同じような性質を持った物、など抜かすではないぞ。
一寸足りとも違わぬ、全く同じ物じゃ。主が持っておったは紛うこと無くコレよ。疾く答えよ。お主、何者じゃ」
「キノコ神の寵児!!」
「巫山戯るな」
空気が凍りついた。ピリピリとした物が張り詰めているのがわかる。
クロウディアさんは変わらぬ笑顔だが……。ブチ切れておられた。しゅわっと音を立てて足元の草が焦げ付くのを見た。
さっと距離を取る。巻き込まれたくないので。何をしやがったのだアホめ。
「さっさと吐くが良い。余は気の長いほうではないぞ」
「うむ!!なにかなきのこの幼女よ!!吐くのは滝壺、私の胃袋はナイアガラ!!」
この赤く染まる大気、まさしく爆発寸前と言った所か。
逃げようかな。死にたくないので。フィリアはいつの間にか逃亡している。早い。マジかよ。あの大怪我でどうやって。
クルシュナはちょんと座り込んでだんまりを決め込んでいる。動く気は無いらしい。
私も逃げたい。しかしちょっとぐらいは何とかしようかなという気もしないのではないので一応間をとりなしてみた。
「アレク!!何をしたか知らんが謝るのだー!!」
「サーセン」
「………………」
ビキリとクロウディアさんの額に青筋が浮いた。マジかあいつ。空気読め。
「しかし幼女よ!私は向かわねばならぬ所がある!時間は待ってはくれない!
そろそろ分岐点なのだ!!済まないがこの椎茸の息子に免じて私を開放していただきたいのだが!!
世界樹の枝葉に乗り損ねると実に四周と九百年の損害がある!!」
ふと、その言葉にクロウディアさんが首を傾げた。
いいぞ、よくわからんがその調子でクロウディアさんの怒りを鎮めるのだアホよ。
「……………………お主、名は」
「私の名はアレクサンドライト=ガルディッシュ!!」
「…………そうか。アレクサンドライト、ガルディッシュか。
それに、先ほどの霊刃ラディアント=レイズ。ここまで来たならば答えは一つじゃな」
どこか呆然としたようにクロウディアさんはアホを見つめている。
信じられないような、とんでもない大馬鹿を見つめるような。
あるいは親愛とも言える眼差しだった。
「……お主、信じがたいの。人の為す事ではないわ。
じゃが、そうなれば確かにあの時、お主がコレを持っておったのも道理よ。
主、やり遂げおったのか。…………信じられぬ…………何の冗談じゃ………」
クロウディアさんはどうやらこのアホについて何かしら、事情を察したらしかった。
ふいと手を振って魔力を散らし、半眼でアホを睨めあげてから舌打ちして腕を組んだ。それが攻撃態勢の解除であったらしい。よかった……。
巻き込まれずに済む。恐ろしい。
「………何を思うてそのような行動に出たかは知らぬ。お主ももう目的など覚えてはおるまい。
何を思うておったか、お主自身もとうに覚えてなどおらんだろうの。それでもなお、事を成し遂げるための行動を延々と繰り返しておるのか。愚かな。もはや何の為であったかもわからぬだろうに。
………じゃが、非礼を詫びようぞ。主は確かに、うむ。嘗ての三勇者の一人に相違ない」
クロウディアさんは神羅大封印を再びアホの手に投げる。
一歩下がって何だか眩しいものでも見るかのようにすっとその目を細めて、笑った。
「お主。人の身でありながら成したのか。ほんに、信じられぬ。
なるほど、お主に関してなんの情報も残っておらなんだは当然じゃの。
繰り返すごとにお主はその存在の証を無くしていったのであろう。もう、この世界のどこにも主に居場所はない。
時の彷徨人よ。帰る場所も、行くべき場所もお主にはもう何もない。そういう人間がいた、その程度の記録しか主には残っていない。
誰も主を知らぬ。呼ばぬ。覚えておらぬ。お主が生きた証はもう何処にもない。
アレクサンドライト=ガルディッシュ。主が嘗て余らと対等に渡りおうて見せた三勇者の一人であったか。
そうか、そうであったか。すまなんだの。懐かしき友よ。主との合戦は余にとってもまっこと面白き事であったぞ。結局互いに顔は見ることはなかったの。逢えて嬉しく思う。
…………ヴァステトの空中庭園を、お主は踏破しおったのじゃな。
その最奥にある時の秘宝を手にしたか。時を犯した罪、贖いきれるものではなかったろうに。その狂気は代償かえ?
時の罪人が堕ちる、かの狂気の異界に永遠に閉じ込められると分かっておるのであろ。主はそれを体験した筈じゃ。
だというに、再び繰り返すのかえ。恐ろしきは人の業よ。止めはせぬ。過去へと立ち帰り、主の後悔を断ち切るが良いわ。
余をあの時封じた時、主は正気であったように見えた。あの時見えた汝は汝にとってどれほどの遥か昔じゃ?何度巡った折にあの時の余の前に立った?
お主は一体どれほどの時間を繰り返し続けたのじゃ。人の身で何がそこまでさせる。
……この昏き神との出逢いが主にどのような運命を齎すか、余にはわからぬ。星落としならばうまい事言いやるのであろうがの。
その道行きに幸いあれ。過去の余に宜しゅうの」
「うむ、金魚たちよ!我が友に会ったならばよろしくたのむ!!
しいたけの中のエリンギ、彼はよいなめこであった!!」
「どれさ」
しいたけかエリンギかなめこなのかはっきりするのだ。
「ふははははは!!
クロノア=オルビス=ラクテウス、私の古き戦友だ!!
私は永遠にクロノアと会うことはあるまい!!故に、君にたくそう!!よろしく伝えてくれたまえ!!」
「ふーん」
どっかで聞いた名前だな。まあいいか。会えば伝えとこう、うむ。よくわからんがアレクも頑張れ。
神羅蓬莱絵巻、鬼ヶ島之章。神羅大封印と称される絶対封印の神器を手にした男は私たちに背を向けて歩き出す。
その向かう先はなんとなく先ほどの会話で察した。
時渡りの秘宝が眠る、人には踏破不可能と思われる、あらゆる次元に向かって永遠に広がり続ける大迷宮。
ヴァステトの空中庭園。
その背中が雪に霞み、見えなくなるまで私達はその姿を見送った。
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