鬼を誅すに団子を欲して尚ウナギ

「………っ!!」


私に腕を振り上げて来た鬼に向かってアホが華麗なサマーソルトキックを決めた。よくやった!

しかし、数が異常に多い。おかしい。

それに、何であろうか?

この力は。

口に手を突っ込んで顎から上部を引きちぎった鬼を投げ捨てながらクルシュナが呟く。


「変だ。おかしい。肉じゃないが肉の気配がする」


「あんら、まぁ。厄介な事」


フィリアが風の精霊さんで鬼を吹き飛ばしながら走り寄って来て周囲を見回しながら焦りの色濃い口調で叫んだ。


「これは、光の力……!?一体どういうことですの……?」


そうなのだ。天使とは明らかに違うというのに。鬼の中に数匹ほど毛色の違う奴が紛れ込んでいる。

この違和感、言うなれば浮世絵の中に西洋絵画が混ざりこんでいる。そんな感じだ。

私の首のもったり襟巻きと化したまま働きやしない蛇がちろちろと舌を出しつつ鳴いた。


「ほ、龍神のようでありんすなぁ。この異界に龍神もまた取り込まれている様子。

 きゃつを足掛かりにレガノアが干渉しているようでございます。

 この異界の主でも見つけて主様が干渉するか、もしくは龍神をば消滅させるかが手っ取りばやいかとあちきは存じます」


「主?ここに主なんて居るの?」


「おりますよって。鬼の姫がおりもうす。

 主様ならばあの娘にも干渉できましょうや。もしくは別の……異物が二匹。一匹はともかく、もう一匹の方は中々に使える様子。そちらに干渉するもよし。

 どちらに致しましょ?」


「う、うーん……」


鬼の姫か。そっちは居場所が分からないな。もう二匹とやらは……おそらくクルシュナの家に住んでいた奴だろう。

そっちの方がいいか。


「クルシュナの家に向かうぞー!」


叫びながら近くに立つアホに飛びついてよじ登った。

フィリアには登れないし、クルシュナは道案内として先行せねばならんしな。メロウダリアが人間形態をとれば……いや、全裸だから嫌だな。


「チョイヤッサ!!」


アホは謎のポーズを決めると一つ、ぴょんと飛び跳ねて走りだした。

言うまでもなく紛うことなき暴走である。


「どーどーどー!」


頬肉を引っ張っていれこんでいるアホを宥める。

なんという暴れ馬であろうか。


「ブヒヒーン!!」


「ええい、大人しくするのだー!」


適当に出した手綱をアホに括りつけて引っ張った。

バルルルンッ!!と嘶きを上げてアホは漸くおとなしくなった。全く。


「……何をしていますの」


フィリアが割とガチで冷たい目で見てきた。

私のせいじゃないと心から言いたい。


「行くぞ。肉じゃない奴らと肉混じりの奴が来る。

 不味そうな臭いがする」


「む」


クルシュナの言葉通り、わらわらと墨絵の鬼が湧いてきた。

よしよし、ここは一つ振り返らずに一点突破、それしかあるまい。

大地に墨で描かれた道が続く。しゅっと描かれた水墨画の鳥が空に舞い上がる。

進む先には何もない。

何もない真白の世界の中、進めば進むほどに生きた墨絵の世界が広がる。

うおおお……。是非とも映像で残しておきたい光景だ。絵師が描く絵巻物の中に取り込まれたような心地。

こんなのは中々あるまい。フィリアも感嘆するかのように風景に見入り、見惚れながら走っている。

クルシュナとアホにはそのような情緒がないらしいが。


「そろそろ着く」


「良かったですわ……!

 世界が閉じられたせいで風の精霊しか呼び出せませんもの……!」


走り抜ける先に微かな黒点。

よし、このまま――――。

もう少し、という時だった。悲鳴じみた音と共に次元に亀裂が入ったのは。




空間が割れた。

砕ける世界。

崩れ落ちる大地。

墨は油に侵食され崩壊する。




「な、な、にゅわーっ!?」


顕現する天使。その姿はぺらぺらで絵画に描かれる天使がそのまま現実に飛び出したかのようだ。

フレスコ画のような罅混じりのペラペラの救世主と天使が地に降り立つ。

パッパラーとラッパが高らかに鳴った。小さな赤ん坊のような天使が吹き鳴らすラッパは耳を劈く轟音となって世界を崩壊させる。

囲むかのように降り立った光輪を備えた白百合を捧げ持つ、透けたローブを纏う天使たちからは微かに油の臭いがする。

メロウダリアが愉快そうに嗤った。


「ほ、これはまた。

 風情の無き事。ウサギ辺りが見れば発狂しそうな光景ですこと。

 主様、主様のふくふくすべすべとした首元に名残惜しくもありんすがちょんと、失礼」


「おー…?」


蛇がしゅるっと私の首から離れた。

そのまま人の姿へと変じたメロウダリアがしゃがみ込んで顔を伏せて両手で覆う。

髪の毛と混ざる蛇達が地を這いながら威嚇音を発した。

ぬ?

メロウダリアの足元を中心に世界が書き換わる。

荒涼とした大地が広がり蜥蜴や毒蛇や蠍が描き加えられていく。


「領域の書き換え合戦などまだるっこしき事、あちきはまっこと嫌いでありんす」


顔を覆っていた両手を離し、天使たちを地に伏せながら遠くから睨むかの如き紅く煌めく宝石の眼で睥睨する。


「さぁさ、あちきの邪眼に凍て付きたもうや。

 この世界で永遠と石となりて、己の無力を噛み締めながら主様が齎すこの世の終わりを見届けるがよし」


囲む天使たちが見る間に紅き石へと変じた。

みしみしと軋む石像。


「……おお!!」


「主様、いっくら石にしたとてこやつらは無限に湧きもうす。この異界の魂無き鬼を依代として天使が紛れ込んできているのでありんす。

 この依代を破壊したところで大本の天使共には意味などあらしまへん。

 ささ、あちきと一緒に参りましょうねぇ」


参りましょうねぇ、と言いつつも再び省エネ姿になって私の首に絡みついた。

動く気ゼロである。なんて駄蛇だ。

まぁいい。メロウダリアが時間を稼いだこの隙を逃す手はない。再び走りだす。


「クルシュナ、家まで後どれくらいあるのさ?」


周囲には再び絵画の天使達がポツポツと現れだしている。メロウダリアが言うとおり、意味はないらしい。

クルシュナもその光景を前に、少し考えてから答えた。


「追いつかれるか追いつかれないかは五分だ。お前ら遅いし弱い。

 肉混じりと肉じゃない奴らを相手だと俺とコイツじゃ守りきれない。

 蛇の石化もあのレベルの肉混じりを相手だと時間が掛かる。そもそも後ろはともかく前を塞ぐ肉混じりを石像にされると道を塞いで邪魔だ」


「フハハハ!!」


「ぐぬぬ……」


「あ、貴方達が異常なのです!はひぃ…!」


仕方がない。やれるうちに手を打たねば。

アホとクルシュナは大丈夫そうだが、フィリアがかなり疲れてきている。

道の先にある黒点は未だ遠い。


「ちょっと待てーい!」


立ち止まって本を開く。カテゴリ生活セット。



商品名 きび団子


食べた人をパワーアップさせちゃいます。

脅威の百万馬力。鬼もなんのその。



これだ。

早速購入。

現れた団子は中々に、その、なんだ。不味そうである。


「は、はぁ……な、なんですの?

 め、名状しがたい臭いを放っておりますわ……」


「パワーアップアイテムだ!」


「ほほう!チャレンジャーな団子だな!かなりデンジャラスな臭いと見た目、私、嫌いじゃない」


「肉がいい」


全員文句たらたらである。アホはアホだししょうがない。


「これを食べればパワーアップして鬼にも勝てちゃうのだ!」


「ふぅ、……本当ですの?」


確かにどぎつい色と匂いだが、しかしこれを食べれば鬼もなんのそのだというのだ。


「本当、な筈だ!」


最期は力いっぱい言い切った。言い切らねば絶対口を付けないだろうからな。

団子をつきだした。

一つ手に取って口元に運ぶ。クルシュナがヒョイと、アホが無駄にステップを踏みながらつまみ上げるかのように、そして恐る恐るとフィリアも団子を手に取る。

頷いた。

死なばもろとも、全員道連れである。

全員でせーので食べる。

瞬間、頭が爆発した。




走る。


走る。




水墨画と西洋絵画が混ざりあって軋みをあげる世界。

四人の男女が異界を駆ける。

一途に、情熱的にソレを求めて走る四人の瞳にはただ一匹のウナギしか映っていない。

ぬるぬるとした表皮、むっちりと身が詰まった胴、魅惑の白身、脳内でタレを付けられた蒲焼きは四人にとって実にたまらないものであった。

ほかほかのご飯に乗るべきソレを求め、己の三大欲求に忠実に従い、ただ走る。



そう、鰻丼を求めて私は走る。



鬼など相手になるものか。

今の私は暗黒神などではなく桃太郎であるからして残りの三人は雉と猿と犬である。


「アチョーッ!」


天使の依代と化している鬼をミニマム暗黒神ちゃんアームでワンパンで沈め、荒ぶる鶴のポーズを決めてやった。

頭の中には虹がかかってお花畑が広がっている。モンシロチョウがプリティである。

何やらお花畑で悪魔共が目をハートにしながらいやーんあんこくしんさまぁ、ステキ、抱いてーとかなんとかキャーキャー言っている幻視をした。

ま、気のせいだろう。目をぐるぐるさせながら私は叫んだ。


「向こうに目指す遥かなうなぎの気配!!」


「イエッサー!」


「うなぎ!」


「お腹が減りましたわ!」


「うむ!者共、これを喰らうがいい!」


量産した団子を全員で貪り食う。

頭が更に爆発した。間違いなくアフロになっている。構うものか。

世はウナギ祭りなのだ。ウナギ祭りである以上、ウナギが必要だ。

頭の中には船で見たウナギ一色。本を開く。



商品名 うな丼のタレ


厳選した素材から作られたほっぺが落ちちゃう絶品のうな丼のタレ。

七味付き。



「いよっしゃあぁぁああ!!」


みりんと砂糖醤油の芳しい香りに全員のテンションは最早止められないほどに最高潮。


「雉、猿、犬!行くぞー!

 求める鰻丼は近い!」


目をぐるぐるさせた雉が叫ぶ。


「わかりましたわ!」


ヨダレを垂らす猿が高らかに歌った。


「ヨ~ホデリヒ~!」


血走った目の犬が唸り声を上げる。


「うなどん、うなどん、うなどん」


どんぶりと炊きたてごはんが収められた釜を抱えて走る先、怯えた様子のウナギが居るのを私の目はしかと捕らえていた。

もう逃さん。一つ残らず私の胃袋に収めてくれるわ。




名 アメツヤタ


種族 神龍種

クラス 青

性別 男


Lv:6500

HP 3500000/3500000

MP 8500000/8500000



うむ!

実に最高級の鰻丼に相応しいウナギである。


「ホアチャー!!」


目の前に立ちふさがった一際巨大なフレスコ画調のペラペラ天使を引っ掴んで力任せに空間に縫い付ける。

叩きつけた瞬間にガゴンとひび割れた空間からいい音がした。天使の姿にも大きく亀裂が入る。

教会の壁画に描かれる天使画からそのまま飛び出してきたような姿の天使達はその微笑みを湛えた表情を変化させることはない。ただ波打って抗っているだけだ。


「チョワワーッ!チョイヤーッ!」


その周りのラッパを持ったペラペラ天使も華麗なる暗黒神ちゃんアーム捌きで残らず縫い付ける。

ゴッキーホイホイに取り込まれたが如く動けなくなった天使を前に拳を握り、腰を落としてホアァァアアァア~と声を上げながら気合を充填。


「ホアチャチャチャー!!」


ばっちんばっちん飛びつきまくって次元の壁に押し込みまくってさらにペラペラにしてやった。ペラペラにしすぎて砕けた。

荒ぶる野良猫の如く何度も何度も飛びかかり上段から肉球に見立てて丸めた手を振りかぶってパシッパシッと暗黒神ちゃんぱんちを繰り出す度にゴボン、ゴボンと罅割れた空間にめり込み続ける天使はその依代ごと崩れて破壊されていく。

最後にとどめとばかりに繰り出すは破壊力抜群、自慢のむちむち暗黒神ちゃんレッグである。この一撃で全てを終わらせるのだ。

飛び上がって裂帛の声と共に適当に突き出しみょーんと伸ばしきった足は見事、正面からペラペラ天使の顔面辺りを捕らえた。

空間が依代もろともに砕ける。天使の破片が周囲に舞い上がった。

スタッと着地、ホアアァァア~とひらひらと落ちていく破片に向かって口を窄めて中国拳法な声を上げ、クワッと目をカッ開く。

周囲に飛び散った光を帯びる古びた染料の破片。常ならばそれらは全て破片というだけの一つの集合体にすぎない。

点と点が繋がる。線と線で結ばれる。空気の流れが見える。研ぎ澄まされた意識下において時の流れは静止に等しい。私の目は舞い上がった破片、その一つ一つの動きをしかと捉えた。

飛散した依代の残骸。だがその一片たりとて私の目から逃れる事は出来ない。

バラバラであるはずのそれらが私の中で一つの空間として調和する。個にして全。全にして個。この手の中に握りこんだ現在過去未来、魂で感じる知覚範囲は無限に近い。

この破片一つ一つがこれから辿るであろう可能性の数だけ枝分かれしてゆく無制限の未来。私は知覚する。私に手の届かない未来はない。

あらゆる分岐を遡り、依代の残骸の行く先、繋がる先。光へ至るか細い糸を束ね力ずくで巻取り引き寄せ私はその全てを己の領域内に捕らえた。


「ちょんわーーーーっ!」


しゅぱぱぱぱっと舞い散る破片を指で突きまくる。私のあまりのアーム捌きに火花が散った。パラパラと粉と散った絵画の天使。

最後の一片を砕き終え、万の微塵に砕けたそれらを両手を広げてぐるんとその場で一回転し竜巻の如く風に巻き込む。ぶわっと私を中心に円陣を描いて粉塵が舞い上がった。

振り返って一歩前へ。それらを背にし、ガッと腕を組む。頷いた。頷いた瞬間、背後で爆発が起きた。粉塵爆発って奴だろう。


「うむ!」


この粉もまた私の勝利を彩る儚き紙吹雪、即ち私の完全勝利である。

ウナギを前にした私を止められるものか。待ってろウナギ。


「ほ、さすが愛しい主様。端末に過ぎないというに、依代の属性を書き換え、本体まで干渉しその核を砕くとは。

 あちきは主様の御業に惚れ惚れと致しまする……」


目の前に広がる菜の花のお花畑には沢山のモンシロチョウ。

そこはかとなく大根の匂いがする。おでんはいつ食べても美味しいものだ。

だが、名残惜しくもおでんには用が無い。今日はウナギ祭りなので。土曜の丑の日なのだ。

目をぐるぐるさせたたままビシッと一匹残ったウナギを差す。

防御は突破した。ウナギと私達を遮るものはもう何もない。


「ウナギ!うなどん!うなじゅう!」


「うふふふふふ……お腹が減りましたわ……!」


「芳しきかなこの香り、熱々のご飯の露となるがいい!!」


「うなぎ、うなぎ、うなぎ」


目の前のウナギが若干のけぞった。


「……何ですかその目は。近寄らないでください。

 お前達の不浄の気が不快です」


じりじり、後退していくウナギを四人で取り囲み、どんぶりにしゃもじでご飯をよそいながら輪を狭めていく。

ついでにぐるぐると周囲を回った。マイムマイムである。メロウダリアが砂糖声でマイムソングを歌いだした。

そのリズムに合わせ、ぐるぐると回る。


「ひっ……」


キョロキョロと脱出口を探すウナギ。逃すわけがない。

マイムりながらも少しずつ、少しずつウナギとの距離を詰めていく。

ウナギは既にその表情の微細な変化も観察出来る距離だ。なんだか涙目のようだ。気のせいだな。

ウナギが泣くわけないので。ウナギは強い子元気の子。最高級のウナギのタレがお前を待っているぞ。

暗黒農家産の新米もほかほかの湯気を立てているのだ。

顔を近づければむわっと水気をたっぷり含んだ湯気が顔を打ち、芳醇な香りが胸いっぱいに広がる。

つやつやとした真っ白な米は見た目からしてふんわり程よく炊きあがっている。これにタレをたっぷり掛けたウナギの蒲焼きをたんまりと乗せれば……どれほど旨いか。想像するだにヨダレが垂れるというものだ。

もはや辛抱たまらん。今直ぐ目の前の巨大ウナギをひっつかまえるべき。

ヨダレを垂らして飛びかからんとした瞬間、私達を大波が襲った。


「あんらまぁ。往生際の悪い事」


「ぬぬぬ!!」


ウナギの必死の抗い。なんて生意気な。

だが、中々に活きが良くてよろしい。身も引き締まっているに違いなかった。

益々うまそうである。


「きゃあぁぁ!レガノア様ぁあ!!」


ウナギは悲鳴を上げて逃げ出した。

勿論間を置かずに全員全力で追いかける。


「待てーぃ、うなどーん!!」


「来ないでください!

 邪悪な者達め!この異界で永遠に閉じ込められていればいいのです!」


「お断りだ!!ウナギー!!」


即答して飛びかかる。あと少しのところで逃げられた。

目をぐるぐるさせたフィリアが異常な速度で浜を駆けてウナギに接近し手を掛ける。が、惜しい。鱗を一枚むしっただけで終わった。


「んまぁ!私はお腹が減りましたのよ!逃げないでくださいましっ!」


「フゥハハハハハァー!逃がさん!!大人しくお縄について鰻丼となり我らの尊き礎となるのだ!

 貴公の死は無駄にはせん!貴公の死を乗り越えて私達はこれからを強く生きます!」


ウナギの下の砂浜が盛り上がりアホが腕組しながら生えてくる。どうやっているのかは謎だが腕組をしていたせいでウナギを逃した。


「ウナギ、捕まえる」


アホを踏み台に頭上から飛来したクルシュナがウナギの長い胴に喰らいついて抑えた。

ウナギはキャーッと叫んでグネグネと身悶えているが、クルシュナの顎から逃れられずにいるようだ。

よくやった。これを逃す手はない。

七輪の網焼きを手裏剣の如くシュシュシュッと投げる。狙い過たず網焼きはウナギの頭部に連続ヒット。

大きくのけぞったウナギ。


「今だ!ゆけい者共!!」


私の号令と共に全く同じタイミングで飛びかかる。逃れられるはずのない完璧な包囲陣。

捕まえ―――――。



スッポ抜けた。



「だわっ!!」



突然の獲物の消滅。

一体どうした事だ。確かに捕まえたと思ったのだが。今のタイミングで逃げられるなどと。

四人で顔を見合わせる。アイコンタクトで意思疎通を済ませた。

全員逃した。そしてウナギに関する情報を全員持っていない。あのウナギどこ行きやがった。


「はっ……はっ……!

 お前たち、何を考えているのですか!なんておぞましい……!」


聞いたことのある声だった。ウナギである。

その方角に血走った目で一斉に顔を曲げる。そこには角が生えた男の子が居た。十三、十四ぐらいか。少々生意気そうな面構えだが少年と言っていいだろう。

銀髪はウルトと同じだが。ウルトとは違って金色の目をしている。

着ているものは着物らしき様相だ。怯えきった様子で座り込んでいる。

まぁそんな事はどうでもいいのである。

問題はただひとつ。カクン、と膝をついた。ついで手が地に落ちる。がっくりと項垂れた。

終わりだ。何もかも終わりだ。夢は千々と砕け、残ったのは未練がましき残り香だけである。


「うなぎ……」


うなぎじゃなくなった。

コレに尽きる。残念ってレベルじゃない。この世の終わりだ。

が、この絶望的な状況にあって諦めることを知らぬ、私達にとってはまさにヒーローと言っていい男が静かに呟く。


「捌く。炭焼き道具と米を用意しろ」


「……!!」


絶望という名の闇を打ち払う力強い言葉に、気付く。

何故、この私ともあろう者が気付かなかったのか。

そうだ。こんな事を忘れていたなんてどうかしていたとしか思えない。

涎を垂らし、頷く。

そうだ、そうとも。あるではないか。この状況を打破するもう一つの方法が。




「美味しいよね。焼き肉丼」


「…………ひっ!!」



ご飯は未だ炊きたての熱さを失っていない。

このお花畑で友達百人ならぬ悪魔百人。美味しく焼き肉丼を食べるのだ。

気分は高揚し、視界はぐるぐると回っている。なんだか紫色のモヤも見えている。マリーさんがクーヤ、焼き肉にするならにんにくは抜いておいて頂戴と言っている。

任せてくださいマリーさん!いざいざいざ、この手に焼き肉丼よ来たれ!

手を伸ばす。

フィリアがふと口元を抑えたのはその時だった。



「……う、……ケプッ」


フィリアの変な声が何だか妙に遠くに聞こえた。

気付けば目の前には砂浜。倒れていた。あれっと呟こうとして声が出ない事に気付く。ぐるんぐるんと目が回る。

何とか頭を持ち上げて周囲を見回す。揺れてかすれた視界の中、倒れている三人。涙目で腰が抜けつつも逃げていく生意気な着物の少年の姿が見えた。

何でだろう。どうみても食い物じゃねぇ。何を考えてアレをウナギとか焼き肉と言っていたのだろう。

頭の中に微かに浮かぶのはきび団子という文字とそのヤバそうな見た目。

もう二度と買わないし食わない。決意だけを胸に秘めて再びボテッと倒れ伏した。


「ほ、愛しい主様はすや、すやとおねむのご様子。

 敵陣のど真ん中で眠りにつくその豪胆さ、この上さらにあちきを虜にするなんて罪なお方でありんす」


「ハッ!!」


目が覚めた。ガバっと身を起こす。ぐらぐらとする頭を振りたくってやれば幾分かすっきりしたような心地だ。

何があったのかさっぱりわからない。一体何がどうした。

いや、それよりも。


「ヤ、ヤメローッ!!」


特大の石を拾って投げる。

コツンとぶつかった石は特に何事も無かったかのように明後日の彼方へと跳ね返って消えた。

一際巨大な鬼のこれまた巨大な指で摘み上げられて今にもあーんされそうな状況に涙目でジタバタとするフィリアが必死な声で叫ぶ。


「ク、クーヤさん!目が覚めましたのね!?

 たっ!助けてくださいましっ!」


「わ、わかってるわーい!

 おりゃーっ!!」


こうなれば致し方なし、生命を削って放つ必殺のクーヤちゃんスペシャルサイデリックアタックしかあるまい。

どてどてと走って巨大な鬼の足に突撃。くらえ、熱く燃え盛る我が魂の一撃を!


べちゃ。


「…………」


足は微動だにしなかった。

突撃した姿勢のまま為す術も無く足にしがみついたままである。

すね毛がモジャァ……と顔面に付いた。最悪だ。


「主様」


「む」


首にもったりと絡む襟巻きたる蛇が鎌首もたげて不機嫌そうに私に声を掛けてきた。

うむ。また忘れてた。すね毛から離れて叫ぶ。


「助けてメロウダリアー!」


「御意に」


蛇の赤い目が光る。

ゴギン、瞬きする間に軋む音と共に鬼が赤い石像と成り果てた。

ふむ?

やたらと石化速度が速かったな。

メロウダリアはそれを見届けると再びもったりと垂れた。蛇ながら幸せそーな面構え、何だか今にも寝そうだ。大丈夫であろうか。

まあいい。それよりフィリアだ。


「フィリアー!大丈夫かー!」


「あ、危なかったですわ……!」


石像の指から手足を振り回して逃れたフィリアがドッテーンと浜に尻から墜落した。

雨を吸い込み硬くなった砂浜にはフィリアの巨大な尻の型取りが見事に出来上がっている。

よいせと立ち上がったフィリアは濡れそぼった縦セーターをぐいっと下に引っ張り胸を食い込ませ強調させ、腕の裾を伸ばしてあざとく指先だけ出すと人心地付いたようにふぃーと安堵の息を付いた。

流れるような動きに感心である。ぱっと見、清楚な乙女に見えなくもない。

そのままの方がまだいいな。あの痴女服を封印していただけるとありがたいのだが。

まあそんな事よりも今はこの場を離れるのが先だ。

あの龍も天使も居ない。居ないが一時撤退といったところだろう。直ぐに戻ってくるに違いない。

それに影からも鬼がわらわらと湧いてきている。すたこらさっさとクルシュナの家まで行かねば。


「よし、アホとクルシュナを起こすぞーっ!」


「そうですわね」


アホの腹にケツを乗せてバッシバッシと頭を全力でぶっ叩きつつ周囲を見回す。

しかし……これは改めて見れば船はこっちにちゃんと辿り着けるのだろうか?

何枚もの絵の板を重ねたような海。人形劇か演劇の舞台のようにしか見えない。

どう見たって非現実的、明らかに物質界ではない。

空間が閉じられたと言っていた。恐らく船はこのままではこちらに来れない。

何とかしてこの異空間から脱出せねばなるまい。


「アウチッ!やめて!やめてください!

 キャーッ!ヒトゴロシーッ!」


「む」


いつの間にかアホが起きていた。

私の幼気なミニマムハンドのもみじ型が顔中についている。まあいいか。


「腹が減った。

 もう一個くれ」


クルシュナがきび団子を要求してきた。さっきまでぶっ倒れていた癖に全く懲りていないらしい。


「これで我慢しろ」


肉を投げておいた。

不服そうだった。

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