主よ御許に近づかん


何かが伸ばした足にぶつかって目が覚めた。


「むくり」


起きた。見事に上下逆さまになっていた。私の寝相がとどまることを知らないな。

見ればおじさんがめっちゃ隅っこの方で小さくなっている。ふむ、どうやら先ほど蹴ったのはおじさんか。

枕を抱え直して身を起こせば、何故だかもう一個枕が足元にある。寝ながらおじさんの枕を奪い取ったらしい。

添い寝魔神となり添い寝をした筈がおじさんを虐げてしまったようだ。申し訳ない事をした。えーと。

ベッド脇に落としたままの本を拾ってページを捲る。この街の一部の住人に妙な人気のある羊の枕を購入。

おじさんの頭の下にそっと差し入れてあげた。いい夢見ろよおじさん。この枕はいい夢が見られるらしいぞ。


「うーん……うーん……」


「あれ?」


予想に反しておじさんが悪夢に魘され出した。変だな。

まあいいか。そういう事もあるのだろう。羊の枕を引き抜いて普通の枕に差し替えておいた。腕にはパンプキンハートを抱かせておく。ブルンと揺れた。これでよし。

ベッドからぴょんと飛び降りる。

確か、船は二日後だった。それまでに準備をせねばなるまい。お金も充分稼いでいるし、必要な物を購入せねば。


「おりゃー!」


バッターンと窓を開け放つ。本日も快晴、船出の日もこうならばいいのだが。

考える。そうだな、ちょっと出してみるか。

フンフンと鼻歌歌いつつページを捲る。



商品名 猫のヒゲ


一週間先までの天気を予報しちゃいます。

魔力属性、魔力濃度、風速、湿度、温度、気圧、あらゆる情報を網羅する親切設計。



ふむ、これでいいか。木の枝で商品購入。出てきたのは猫の形をした木枠である。

枠の中には今日の天気と気温や湿度だとか細々とした情報がペカペカとする光で表示されている。ただの枠なのだが。指を突っ込んでも勿論そのまま突き抜けるだけで何もない。

しかししっかりと空中に文字が浮かんでいる。まさに悪魔道具である。猫型木枠の右耳には今日と書かれている。それを突くと明日の文字に切り替わり、中央に表示されている天気情報もまた切り替わった。

左耳には小さな時計のようなものが取り付けられている。これが時間だろう。秒針をくるくる回すと天気が次々と切り替わっていく。

時間ごとに調べる事が出来るようだ。中々いい塩梅と言える。よしよし。船旅には良さそうだ。カンガルーポッケに大事にしまっておいた。


「うーん……?」


「お」


おじさんが起きたらしい。

ぼんやりとした目で私を見ている。


「……あの、なんで居るんでしょう?」


「添い寝ー」


「はぁ……」


気の抜けた返事の中に何となく諦めた雰囲気があるのはどういうわけだ?

まあいいけど。

おじさんはパンプキンハートを抱えたままもそもそとベッドから這い出ながらふと呟いた。


「昨夜の金縛りはクーヤさんでしょうか……」


「そういやおじさんが寝てる時に登った」


そんな事もあったな。

気にするなおじさん。肩をポンと叩いてぐっと親指立てていい笑顔をしてやった。

益々諦めたような表情になった。何故だ。

小生は不服なり。プンスコ。おっかなびっくりスライム抱えるおじさんからパンプキンハートを奪い取り、ダッシュで部屋を脱出である。


「よし、朝ごはんだー!!」


叫びつつ下に降りれば相変わらず意外に早起きのフィリアとウルトが既にテーブルに付いている。

カグラとアンジェラの姿が見えないが、まだ朝も早いし仕方がないのかもしれない。

カミナギリヤさんは神霊族の皆さんの所へ、綾音さんはギルドに戻ったし、イースさんは患者さんが居る場所へ向かった。リレイディアはカグラに引っ付いて離れない。

花人さん達は悩みに悩んだ様子だったが、おじさんの私の事はいいですからという言葉に漸く頷いてイースさんと共に施設へと向かった。

お陰で随分と人数も減って静かなもんである。


「あれ?

 クーヤちゃんとアッシュさん早いですねー」


「珍しいですわね、……クーヤさん!

 私のパンを食べないでくださいまし!食い意地が張ってますわね!」


「いいじゃん別に」


もう私の胃袋に入ったので私のもんである。

フィリアはブツブツと言いながらパンを追加注文している。

ふむ、次はあのトーストを狙うか。


「クーヤちゃん、今日はどうしますか?」


「ほむほほふぇひくふぉふぁ!!」


口いっぱいに頬張ったトーストのせいで舌が回らない。


「……って、また取りましたわね!?

 素早いですわ……」


「ふふぁいふふぁい」


「あはは、今日は買い物ですか。

 船旅って僕初めてなんですよね。楽しみだなー」


「今のでよくわかりましたわね……」


カグラとアンジェラはまだ寝ているのだろうか。

まぁカグラは未だまともに動けないらしいからな。完治にいつまで掛かるのやら。情けない奴である。

誰があんなひ弱なカグラにあんな酷い事をしたのだろう。きっと鬼か何かに違いない。

二枚目のトーストを飲み物のようにするすると摂取し、立ち上がる。


「いくぞー!」


「クーヤさんが食べてしまって私はまだ何も食べてませんわ!」


フィリアがぶーぶー言うのでしょうがない。

しぶしぶと再びテーブルに付いたのだった。







「これとこれをくださいまし。

 ああ、それはいいですわ」


「これいいなぁ」


「そんなものをどうしますの」


「キラキラしてるじゃないですか」


ふーむ。フィリアに任せておけばなんだか大丈夫そうだな。

明らかなガラクタを欲しがるウルトと店番に流されるがままに商品を受け取るおじさんをうまいこと操りつつパッパと買うものを決めている。

冒険者らしく慣れたものなようだ。

そうなると私は手持ち無沙汰である。ただの財布代わりと化した私にやることは無い。

面倒だな。ウルトの手に財布を押し付けておいた。これでよし。私は自由だーっ!!

自由を謳歌すべくパンプキンハート抱えて飛び立とうとしたところでフィリアにとっ捕まった。


「どこに行きますの!

 また迷子になったらどうしますの!」


「ならないわーい!!」


誰がなるか!

しかしフィリアは頑として離そうとしない。クソッ!自由への道が絶たれてしまったようだ。

残念なことである。ぶーたれながらも付いて行くしかあるまい。

暇なのでガサガサとカンガルーポッケを漁る。

うーむ。花の種におやつに本と枝。あとは……石か?

そういやそんなの入れてたな。取り出してみた。


「お」


取り出したクズ石。覗きこんで手の平で転がしガジガジと齧る。


「むむむ!」


真っ黒だった。ポシェットを壊された後、回収した時は確かに普通の石だった筈だが。

別にポシェットに入れておかなくても真っ黒になるらしい。

なんかに使えないだろうか。あのドワーフのおっさんはこの石をどうしたのだろう。

探すか。


「フィーリアー」


突き出しているでっけぇケツを叩いた。


「いやぁん!……なんですの!」


顔を赤くして振り向いたフィリアに石を突き出す。

さて、あのドワーフのおっさんはどの辺にいたっけな。

取り敢えずはおぼろげながら記憶にある場所に向かうとするか。





「なんじゃい。またお前さんか」


「来たぞー!」


連れ立って歩いた先、以前と同じ場所におっさんは居た。少々道に迷ったのはご愛嬌であろう。

今日はウニもどきを売っていないらしい。残念。それさえあれば匂いを辿って直ぐに辿りつけたのだが。美味しい思いも出来たのに。

まあ今回は我慢してやる。

カンガルーポッケを漁り、ドワーフのおっさんに差し出した。


「この石って何かに使えたんですか?」


「……どっから持ってくるんだ。使えるどころじゃないわい。

 ドワーフでも加工がおっそろしく難しいが……成功すりゃぁ化けるわ。

 ホレ」


ポンと何やら投げ渡された。

繊細な細工を成された黒っぽいペーパーナイフのような小刀である。多分、武器として作ったわけではないのだろう。インテリアか。

というかこの意匠、見た覚えがあるな。


「儂が作ったんじゃねぇ。これを言っちまうのはドワーフの恥だが、儂には出来んかったんじゃい。

 知り合いのドワーフに頼んだ。あの変態に出来んなら誰にも出来んわ」


ドワーフの変態……。

再びナイフに目を落とす。

まあ確かに見れば見るほど変態の技である。この濃淡のある蔦模様とかどうやったんだ。色の違う鉱石を繋いで打ったのだろうか。

しかし、この前渡した石はどこに使われているんだろう。しげしげと眺めるがそれらしきものはない。


「コレ、あの石はどこに使ってるんですか?」


「鋼全体に混ぜちょる。元がクズ石ならそっちのほうがええ。

 見た事もねぇ魔石だったが。ちょいと混ぜ込むだけで神に祀るような代物になるわい」


「へぇ……」


感心してナイフを眺めていると上から覗きこんでいたフィリアがごくっと喉をならした。


「教会でも、こんなものありませんわ。

 呪具として最上級の一品ですわね……」


フィリアが感嘆する程にはものすごい一品のようだ。


「へぇー。凄いですねこれ。

 初代魔王の武器と遜色ないですよ。マリーベルさんだってこんなの持ってなかったんじゃないかなー」


「その、私はそういう魔術にはあまり詳しくないんですが……。

 ……昔見た悪魔の芸術品オーパーツみたいです」


ウルトとおじさんまでそう言うってことは相当だ。

意外である。

ふーむ。ちらっと近くの廃材置き場を眺める。端っこにはギルド管理と書かれている。

綾音さんに言ってあそこを貰うか。本であそこにポケットやポシェットと同じ機能を付けるのだ。

そうすればこの真っ黒い石もとれとれである。

この石で三人も驚くような一品が作れるのならば役に立つかもしれない。それにだ。このナイフ……何やら出しているのだ。黒っぽい光を。

これはアレではないのか。暗黒花が垂らしていた光。即ち黒のマナである。石の状態ではそんな事無かったのだが。加工するとこうなるのか。

暗黒神的に量産すべきではないのか。

この街に滞在できる時間はそう無いし、よし。

本を開く。さてさて……。



商品名 暗黒神ちゃんハウス


指定した場所を地獄の次元に近づけ、窯状態にします。

置いた物を暗黒神と悪魔の瘴気で汚染する事が出来ます。

生き物がハウスに侵入した場合、死に至る事もあるので取り扱い注意。



「…………」


これでいい、のか?

いいとは思うのだが。心配になる商品説明である。

侵入した場合は死に至る事があると言うことは、仮にこの商品を付けた廃材置き場を作ってもそこに人は入れないということになる。

ただ貰ってこの機能を付けただけでは危ないかもしれない。

綾音さんに商品の説明をして人が来ないように管理までしてもらうか。

綾音さんなら入らなくても外から廃材を引出すことも出来るだろうし。何なら廃材取り出し用の道具でも作るか。

トンネル付き地獄の穴と暗黒神ちゃんマークまで付ければ黒くなった廃材もモンスターの街に持って行けたりするし、いいかもしらん。

そうと決まれば話は早い。善は急げというしな。

ばっと手を上げて叫んだ。


「ちょっとギルドに行くぞー!」


「もう……あっちこっちに行きますのね。

 仕方がありませんわ。さっさとしますわよ!」


フィリアはそう言いながらも前に出ようとはしない。

相変わらずのカルガモぶりである。

綾音さんはギルドに居るだろうか。

さて、あの廃材置き場を貰えたらいいのだが。


「たのもー!」


「こんにちわー」


「綾音さん、居ますの?」


「あの、その、お邪魔します……」


「……え?あ、ちょっと待って下さい!」


ドアの向こうでやたらとバタバタと暴れる音が聞こえてくる。

やがて出てきた綾音さんの姿に全員が悟る。絶対さぼってたな。

まあいい。誰しも休む事は重要だ。私とか。


「綾音さん!

 廃材置き場ください!」


バツが悪そうな顔をしている今のうちだ。謹んで陳情申し上げた。

私達が来る前におやつをいやしん坊していたらしい口元にお菓子のクズを付けたままの綾音さんが一筋の汗を垂らしつつうんうんと頷く。


「廃棄場ですか?

 ちょっと待って下さいね。えーと、何に使うんですか?」


「この石を量産するのです」


「これですか?ちょっと貸してもらえますか?

 ……うーん、黒の純色の魔石ですね。これを作るんですか?」


「そうなのです!この本で作るのです!」


返して貰った石を受け取ってから自慢の本を掲げて見せた。

フィリアが呆れたように呟く。


「もう何も言いませんわ……。

 くれぐれもそれを不用意に往来で口にしないでくださいまし」


「魔石の生産には今まで多くの人々が挑んだと聞きますが……。

 その本だと出来るんでしょうか……?」


ほう、二人の言い分からして結構凄いことのようだ。よし、この黒い石をラブリィプリティブラッキィと名付けよう。


「クーヤちゃんがその石を沢山作れるようになったら僕も嬉しいですからね」


「そうなの?」


「そうですよ」


ニコやかだが眼がドラゴンのそれである。恐ろしい。竜的にも美味しいらしい。これは益々作らねばなるまい。

綾音さんは口元に指先を当てて少し考え込んだ後、引き出しからごそごそと何やら取り出して見せる。

どうやらこの街の地図らしい。


「廃材置き場はいくつかありますが……。

 それなら街の外れにある場所を提供しますね」


言いながら街の隅っこの区画に大きく丸を付けてくれた。

ここらしい。


「あそこなら管理もしやすいですから。かなり厳重に封印を施さないと危ないですし。

 船で二日後に立たれるんですよね。今から向かわれますか?」


「おー!」


時は金なり、きりきりと働くのだ。


「イースさんに連絡を取りますね。ちょっと待って下さい」


「おー…?」


何故にイースさん?

まあいいけど。みょいんみょいんと電波を発していた綾音さんが顔をあげる。


「先に向かっているそうです。

 じゃあ私達も向かいましょうか」


「うむ!!」


しかと頷いて目を付けておいた巧妙に隠されているお菓子をくすねる。

ささっとポッケにしまった。よしよし、あとで食べよう。


「それでは行きますわよ。

 クーヤさん、そのお菓子は綾音さんに返却なさいまし」


バレてた。

ポッケから取り出したお菓子を取り上げられる前に口に詰め込む。

そのまま部屋の出口に向かって脱走である。後ろから何やら叫ぶ声が聞こえたが勿論無視だ。

ごっくんと飲み込んでしまえばもう一安心である。ふははは!もう私のもんだ!




「ふんふーん」


枝をフリフリしつつ歩く。綾音さんが隠し持っていたお菓子は中々のものであった。あとで情報交換の必要があるな。

フィリアにはくどくどと言われてしまったがこの味と引き換えならそれを差し引いてもくすねた甲斐はあった。

てってけと綾音さんの先導のもと、歩いて行った先は如何にも人の居ない寂れた区画だ。

雪の降りしきる中、無表情で立つ医者が一人。

その前にあるごちゃごちゃと石やら何やらが置かれた広間がある。

なるほど、ここか。


「来たかね。

 綾音、君のあの連絡手段は強烈な痛みを伴う。

 痛みのレベルとしては群発頭痛に匹敵する。あまり使ってくれるな」


「そうですか?

 すみません。私はもう慣れてしまって」


「元兵士としてはそういうものかね?

 逆に小生は薬で感覚を殺す事が多かった。ああいった感覚にはあまり慣れん」


「気をつけますね」


「そうしてくれたまえ」


本当に仲がいいなあの二人。

まあいい。広場の前に立ち、目を付けておいた商品を買うべくペラペラと本を捲る。カテゴリはマナと開拓。


「うわー、キラキラしてていいですねー」


「ウルトディアス様、それはただのガラクタですわよ?」


「……フィリアさん、竜は、その、光ってさえいればビニール袋でも喜ぶので……」


カラスか。竜では無く犬豚ペドラゴンにしてカラスだったらしい。

ほっとこう。



商品名 暗黒神ちゃんハウス


指定した場所を地獄の次元に近づけ、窯状態にします。

置いた物を暗黒神と悪魔の瘴気で汚染する事が出来ます。

生き物がハウスに侵入した場合、死に至る事もあるので取り扱い注意。



つんと広場をつついて購入。


「お……?」


もやもやとした黒い霧の中、何やら現れた。


「なんですの?」


「タヌキですか?」


「ダルマでは……?」


「…………なんだろう」


何だこりゃ。

現れたのは石造りの像である。

三つの眼を備えた奇妙なずんぐりむっくりとした小さな像だ。

タヌキにも見えるがダルマにも見える。口元と呼べる場所には弧を描く線が一つ。

ふむ……?

近寄って抱えてみる。思ったよりも軽いな。

皆に見せようかと振り返ったところ、はて。


「なんでそんなに離れてるのさ」


「……何だかおぞましいですわ。よく抱えられますわね……」


フィリアの言葉に他の二人もうんうんと頷いている。

マジか。まあ確かに呪われそうな外見だが。

なんというか、閉鎖された近親婚を繰り返す呪われた因習を今もなお伝え続ける寂れた古村の邪神像って趣だ。

ダニッチな感じである。けどまぁよくよく見ればプリティではないか。この口とか。

人間慣れが肝要である。

フィリア達は一歩も足を踏み入れようとはしない。もっと近う寄れ!

ぐいと突き出すが全員じりじりと後ずさって、やがて弾かれたように逃げてしまった。フィリア超はえぇ。ウルトを越える速度で走っていった。

近寄ってきたのは綾音さんとイースさんだけである。残念。


「クーヤさん、その像は一番奥に置いておいてください。

 祠を立てて祭っておきますから」


「そうした方がいいだろう。

 像は神像とでもして隠した方がよかろう。姿は見せんほうがいい。

 社にでもなればそのうち神官の役割を持った邪神でも産まれるだろう」


ほーん。

祠か。何やら神様っぽいぞ。私の初祠である。しかもそのうちに社になるのか。いずれ私の名前が付けられた札とか売るようになるかもしらん。

そう思うと何やらこの像が可愛く思えてきた。

でしゃしゃと頬ずりしまくってやった。ざらざらしている。いてぇ、もうしない。

三人で歩いて広場の一番奥まで行き、ガラクタを綾音さんが適当にどけてくれたのでそこに鎮座させておく。

ナデナデ。大きくなるんだぞ。えーと、ブラッキィ。


「ついでに地獄の穴も開けておきたまえ。

 更に強力な封印が必要だが、それは何とかしておこう」


「はーい」


ちょんと腕輪を作って像の前に置いておいた。

……しっかし、この二人、詳しすぎる。ナチュラルに私よりもこの像について詳しい。

こうなったらもう異界人だからじゃないな。

イースさんは悪魔と知り合いだと言っていたし……それに思い出すのは最近見た先代のあの夢だ。

夢の中に出てきた女性は、あれは綾音さんではなかったか?

今のメガネを掛けて機嫌よく像を見下ろしている姿からは想像も出来ないほどに酷い姿だったが……。

超能力者か。彼女は元の世界でどのように過ごしていたのだろうか。

恐ろしいほどにやせ衰えた身体を引きずり歩く姿。元兵士、と言っていた。

考える。ふむ、多重次元存在者だったか。ちらっとイースさんを見る。



名前 イーシュアリーアツェアリアリード


種族 異界人

クラス 多重次元存在者

性別 男


Lv:49

HP 4900/4900

MP 5800/5800



イースさんもだ。この二人以外に異界人を見たことがないのでなんとも言えないな。

……謎である。

聞いてみても答えないだろうし。いや、言えないのか。何かあるのだろう。

いずれにせよ絶対に先代について隠している。

悪魔共といい、この二人といい……ぐぬぬ、いつか吐かせてくれるわ。

先代の発見は私の最終目標なのだ。見ているがいい!

一人えいえいおーと叫んで二人を置いて雪の中を走り出した。

向こうから美味そうな匂いがするので。ついでに逃げたフィリア達も捕まえねばなるまい。いい加減にカグラ達も起きだしているだろう。

それに二日後の船出のために準備をそそと進めねばならんのだ。日は随分と傾いている。

忙しくなってきた。

全く、困ったもんである。

さて、あの三人はどこに逃げただろうか?


封印と祠を作るというイースさんと綾音さんと別れ、我ら向かうは人魚の骨亭なる宿屋である。

あの廃材置き場には像を設置し、地獄の穴にはトンネル機能を付けておいた。これでいつでも魔物が行けるというわけだ。ふふん。

ばったーんと宿の戸を開く。

まずカグラがぐったりとしながらモソモソと食事を取っているのが視界に入った。その頭にはリレイディアが乗っかり、すやすやと寝ている。ジャストフィットしているようで何よりである。

そのお隣ではアンジェラさんがニコニコとしながらでっけぇパンを切り分けている。

二人のテーブルにかじりついて一番うまそうな果物をくすねる。気づかれる前に口に放り込んだ。


「ブベッ!!」


吹き出した。カッカッと口の中のカスを吐き出す。

うんこのように不味い。

何だこりゃ。見た目は美味そうなのに。


「クーヤさん、あんまりにも意地汚いからバチがあたったのですわ。

 それは昔から魔除けの効果があると信じられているリエラの果実でただの飾りですわ。食べ物ではありませんわよ」


「クーヤちゃん、そんなもの食べたらお腹壊しちゃいますよー」


「な、なにぃ!?」


魔除けだとう!?

暗黒神的に益々まずく思えてきた。カーッと喉に引っ付いたカスまで吐き出してやった。


「きたねぇ!!」


「うるさーい!カグラがこんなもん置いてるせいだ!」


「俺じゃねぇだろ!

 ここいらじゃ船が出る日が近づくと食事を頼めば一個はついてくんだよ!!

 海の悪魔除け、旅の安全祈願、幸運のお守り、旅は道連れ世は情け、ありがたいこったなこのバケモンがぁ!」


「うるさーい!!カーッ!!」


「やめろや!やめろっつってんだろ飛ばすんじゃねぇ!!」


「あらあら」


アンジェラさんは全く手を出さないのでやり放題である。

それをいい事にカグラに向かってカッカッしているとおじさんがおどおどしながらやってきて手ぬぐいで口元を拭ってくれた。

もっちゃもっちゃと口を鳴らしながらなすがままである。

うむ、流石おじさんだ。できおるわ。


「ったく……。で、大丈夫なのかよ?

 吸血鬼って海渡れねぇんじゃねえのか?

 妖精王も海は禁域だろ。噂の海神でもおびき寄せるんじゃねぇのか」


「え?」


海神?なんだそりゃ。まぁ名前的に海の神様なのだろうが。

フィリアも不思議そうである。


「海神ですの?」


「ああ?

 聴いてねぇのか?まぁ俺も今聞いたけどな。

 さっき戻ってきた船の乗員達がいきなり嵐に見舞われた挙句に雲の隙間に龍を見たって大騒ぎしてんぞ」


「へー、龍ですか。珍しいなー」


「ふーん」


竜ならウルトが居るし大丈夫だろう。

それよりも問題なのはカグラの前半の台詞である。


「おじさん、海渡れないの?」


「はぁ……」


困ったようなお顔である。

どうやらマジらしい。

しかもカミナギリヤさんもか?

同じ宿じゃないし確認はとれないが……。そういやイースさんが塩は植物を枯らすから妖精王は海が苦手って言ってたな。

大丈夫だろうか。うーん……。

取り敢えず目の前の人物を何とかすべく本を開く。


「あの、海を渡ると確かに身体中から血が止まらなくなって呼吸も出来なくなるんですが……死なないので大丈夫です。

 私にとって太陽の光に焼かれないだけでも十分にありがたいんです。クーヤさんにこれ以上ご迷惑をお掛けするわけには……」


「や、それを放置しろと言うのかおじさん」


呼吸が出来なくなって身体中から血が止まらないて。んなもん放置出来るわけない。

おじさんはもっと自分を労るべき。ぱらぱらと本を開く。


「えーと」



商品名 人魚の貝殻ブラ


人魚のビキニアーマー。

海呪、海難、かなづちに効果のある大人気商品。

海の生き物にも好かれちゃいます。



ふむ。購入してみた。

しじみの貝殻ブラが現れた。


「…………」


「…………」


フィリアにでもやるか。

次。



商品名 クリシュナのヘキサグラム


聖皇女ディア・ノアのお守り。

海に関するあらゆる災厄を跳ね除ける素敵なお守り。

大事にしてあげましょう。



ほほう。これならよさげである。

お高いが購入。

現れたのは手鏡である。鏡面には赤い絵の具か何かで大きな六芒星と細々した模様が書かれている。

お守りっていうか微妙に呪われていそうな。まあいいか。効果は確かだろう。


「はい」


「え、と。ありがとうございます。

 すみません……」


「気にするなー!」


おじさんは不思議そうに手鏡を眺めている。

それを見て呻いたのはフィリアである。


「……それは……」


「む?」


声につられて見やればカグラと二人で何とも奇妙な物を見る眼で手鏡を見つめている。


「何さ」


「失われた神の工芸品アーティファクトの大禍の魔女ノアの手鏡じゃねぇのかソレ……」


「う、ぐ、その文様、魔力、話に聞くアレに間違いありませんわ……」


「へぇ」


二人はどうやら知っているらしい。

反応を見るに結構すごそうだ。


「なんか海のお守りって書いてあったけど」


「海のお守り……?」


「間違い、とは、言えませんわ……」


何とも歯切れが悪いな。

半眼で眺めているとアンジェラさんがのほーんとした口調で言った。


「あらあら。大禍の魔女ノアの手鏡なんてすごいのねぇ。

 確か~、海を荒ぶらせた魔女として海浜で凌遅刑にされて海に投げ込まれたノアが愛用していた手鏡だったかしら~。何でも三里先までノアの絶叫が聞こえたとか〜。

 投げ込んだ瞬間、荒ぶっていた海が静まったそうよ~。本当に魔女だったのかしらね~」


「…………」


おじさんが無言で綺麗なハンカチで優しく包んでそーっとテーブルの上に置いた。今はいいけですけど船に乗るときはちゃんと持つんだぞおじさん。

しかしちょっと心配になった。本当にお守りとして機能するのだろうか。

フィリアがぼそっと呟いた。


「海は鎮まりましたけどそれは単にノアの強すぎる怨みの念に海神さえも逃げただけで、残されていた手鏡が呪物となって結局国を滅ぼしたらしいですけれど」


「あはは、確かに海難からは身を守れそうですね。海難だけな気がしますけどねー」


聞かなかったことにしておいた。

おじさん、大事にしてくれ。呪われそうなので。

ていうかあの赤い……絵の具じゃないな。うん。おじさんもわかっているだろう。視線をやろうとしない。

あの細々とした模様は今思えば文字だろう。

あんなぎっしり何を書いているかなど勿論知りたくもない。

洒落にならないアイテムであった。

怖いのでおじさんに預けとこう。窓から見える外は真っ暗でもうそろそろ寝る時間だが……。

全員でこれから暫くこの手鏡と過ごす事となるおじさんを見詰める。明日、部屋から出てこれるだろうかこの人。


「ぎぃー」


起きたらしいリレイディアがまるで別れを惜しむかのようにおじさんに向かって鳴いた。






天気明朗なれど波高し。一度言ってみたかった。

見渡す海は生臭く塩っ辛い感じだ。白いモヤが掛かっているのは気温が低いせいだろう。

ポッケから猫のヒゲを取り出し、カチカチと操作して天気予報を眺める。


「うーむ」


ところにより雨、強風注意報か。心配である。今のところ天気が崩れそうな様子はないが……。

海底の地形により深度の変わる海は翠と青の入り混じった色合いだ。その海面に白い筋は少ない。波も穏やからしい。

港に停泊している船は近くによって見上げれば中々に大きい。


「おー」


底の鉄部分にフジツボ発見。年寄りだな。

たったかと海の近くに走り寄って覗き込む。ヒトデがいた。

あの星形、何となく生意気だ。石を投げ込んでやった。ぽちゃんとマヌケな音と共に石は沈んでいった。

身じろぎすらしない奴は私が石を投げ込んだことにさえ気付いた様子はない。いや、どことなく私を小馬鹿にした様子な気がする。

ごくろうさん、こちとら水の中やで、お前のような貧相なガキがそんな小石を投げ込んだところでわいに届くもんかいな、ほんまアホとちゃうか自分、しょうもな。

そんな声がどこからとも無く聞こえてきた気がする。


「ムギィイィィイィ!!」


腹立ってきた。

もっと大きな石を投げ込んでやろうとしたところで声がかかった。


「クーヤちゃん。

 そろそろ準備しなくちゃですよー」


「む」


仕方がない。

奴との決着はお預けである。

ウルトについて向かった先、少々騒ぎが起きているようだ。


「どうしたのさ」


「あはは、カミナギリヤさんが面白いんですよ」


「え?」


騒ぎの中心には確かに。大きな女性が居るようだった。






「泳げる」


「船に近寄ろうともしないではありませんの」


「怖くないぞ」


「先ほどからプルプルしていらっしゃるようですけど」


「カミナギリヤ様、ご無理をなさらず……」


「キャメロット、私は海など怖くない」


懐かしい顔ぶれもいる。カミナギリヤさんの里の神霊族の皆さんである。

キャメロットさんは相変わらず元気そうだ。


「キャメロットさーん」


声を掛けてみた。


「お久しゅうございます。

 あの時はお世話になりました」


キャメロットさんは丁寧だな。新鮮である。


「カミナギリヤさん、海がイヤなんですか?」


「クーヤ殿、そんなことはない。あんなものただの塩水だ。

 不気味で巨大な恐ろしい塩水の呪われた池だ。怖くないぞ」


怖いらしい。

意外である。


「怖くなどないが私は船には乗れん。

 ベッドの下があるからな。重いのだ。クーヤ殿、すまんがウルトディアスを貸してくれ」


「え?

 いいですけど」


「えー、嫌ですよクーヤちゃん。僕も疲れましたし。それに船って初めてなんです。

 僕も乗りたいです。あと面白いですから」


ひでぇ。

カミナギリヤさんが絶望と言わんばかりのお顔である。


「重いから船に乗れませんの?」


「そうだ」


「それなら、重いのをどうにかすれば船には乗れますの?」


「いや、それは」


「やっぱり怖いんじゃありませんの」


「怖くないぞ。怖くないとも」


フィリアはふむと思案顔の後、いい笑顔でおっしゃった。


「いい考えがありますわ!」


その後、港にカミナギリヤさんの悲鳴が響いた。


「これで問題ありませんわね」


いい仕事をした、そう言わんばかりのフィリアがふーと汗を拭った。

その格好は普通の格好である。そう、ごく普通の格好。丈の長い縦セーターにミニスカなのはフィリアだからだろう。

カミナギリヤさんはその辺の柱にしがみついてブルブルしている。

めっちゃ赤い顔で。


「フィリア!

 この服はもう少し布面積が増えんのか!?」


「まっ!ちゃんと布ではありませんの」


フィリアの服を着せられるという羞恥プレイを食らっているカミナギリヤさんは一刻もはやく姿を隠したいらしいが隠れるには船の客室ぐらいしかない。

船に上がることも出来ず、かと言って開き直るには恥ずかしすぎる。結果としてその辺の柱にしがみついているらしい。


「その服は風の大精霊の加護を持っていますわ。

 ですから、着用者を常に僅かに浮かせておりますの。やろうと思えば水の上だって歩けますわ。

 それさえ着ていればあの船にもちゃんと乗れますわよ。サイズも可変ですから問題ありませんでしょう?」


「ぬ、ぐ」


泣きっ面に蜂って奴だな。散々怖くないぞと言っていたせいで引くに引けないと見た。

ま、これで神霊族の皆さんも問題ないというわけだ。というか怖がっているのカミナギリヤさんだけだな。

他の里の皆さんはきゃっきゃとむしろ楽しみにしているらしい。里の長の威光が地に落ちてしまわないか心配である。


「おい、そろそろ出発だってよ。

 さっさと来いや」


「みんな~、船の上は気持ちいいわよ~?」


「ぎぃー」


一足先に船に乗り込んでいる二人と一匹の声に答える。


「今いくわーい!」


全く、完全にバカンス気分かあの二人と一匹。なんだよあのゴージャスな果物付きジュースは。私にも寄越せ。

フィリアとウルトが悲鳴をあげるカミナギリヤさんをずるずると引きずり、その後をおじさんがおずおずと付いて行く。その手にはパンプキンハートと共にしっかり厳重に手鏡が入っていると思われる鞄を抱えている。

不安だ。

まあいい。私も行くか。一歩踏みだそうとして、後ろから声がかかった。


「クーヤさん」


「お」


メガネタッグである。

花人さんも見送りに来てくれたらしい。イースさんの傍から離れないながら切なそうにおじさんの方向を見つめている。複雑な乙女心って奴だろう。


「あの廃材置き場はちゃんと封印を施し、祠も立てておきました。

 次に来るときにはきっと立派な社になっていると思います。楽しみにしててくださいね」


「ああ。小生としても中々によく出来たと思う。

 不用意に近づくもの全てを呪いかねんおぞましい土地になったが」


それはダメじゃないだろうか。いいけど。


「もう行くのかね?」


「うむ!」


「ふふ、また直ぐ会えると思います。

 これを渡しておきますね」


「お?」


綾音さんが何かくれた。

ふむ、白くて小さい。


「骨じゃね?」


「はい」


「ギャーッ!!」


「すみません、気味が悪いかもしれないですけど……。

 私の友人の遺骨です。クーヤさんに持ってて貰いたいんです」


えぇ……。いや、骨なのはいいがしかしこれは綾音さんにとってかなり大事なものではないだろうか。

いいのか?


「小生からも渡しておこう。

 ほんの一部だが。小生にとっては一番付き合いの長い患者になる」


イースさんも何やらくれた。

こっちは分厚いが書類らしい。表紙には、うーむ。

変な文字だ。イーシュアリーアツェアリアリード、と書いてある。

これってイースさんの名前じゃないのか?

ぺらっと一枚捲った。速攻閉じた。

写真だけで見ちゃいけないレベルであった。

正直受けとりたくねぇ。


「地獄にでも保管しておきたまえ」


意外な申し出である。いや、持ち歩きたくないのでそういう意味では助かるが。


「え?分解されますけど」


「それで構わん、……クーヤ君」


「はい、クーヤさん」


「ふーん」


まぁ、そう言うのなら。

ひょいと地面に輪っかを設置しぽいぽいと投げ込んでおいた。

二人が頷くのを見届けてわっかを回収、背を向けて歩き出す。


「遅いですわよ!」


「いいじゃん別に」


細かい聖女である。

振り返って見送りに来てくれた皆さんにブンブンと手をふって叫んだ。


「それでは皆さん、また来ますわーい!」


朝日を背にした逆光の中、綾音さんとイースさんの目がやけに赤く光って見えた。

そして既に声など届く距離ではないが、二人の声は奇妙なほどに私の耳に届いたのである。


「それではマスター、冥き深淵の狭間でまた会いましょう。私の名はイーラ=スピカ。貴女がそう付けてくれた。

 私は貴女について行く。私を救ってくれた、貴女に」


「魂とは、心とは、救済とはなにか。その答えを小生は求め続ける。

 小生はアワリティア=アルゴルだ。よりにもよってメデューサの首とは。未来と過去の区別は付いているのかね?

 ……主よ、また会おう」



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