紅き魂へ至る道


ぎゅっと目を閉じたまま恐る恐ると身体をぺたぺたと叩く。

腕は付いている。足も無事だ。頭ももげていない。


「…………」


そーっと目を開けた。

見渡す限りの風吹きすさぶ真白の大地。遠くには街の灯り。

後ろを見やれば皆さんも雪の大地を踏みしめ自分の身体が無事かどうかを確かめているようだ。

間違いない。綾音さんがほっと息を付いている。イースさんも少しだけ満足そうに頷いている。

すげぇ。叫んだ。


「うおぉおおぉおおぉ!!」


走り回って雪の中に身体を突っ込んで雪まみれとなりそのままごろごろと転がる。

何だあの道具。カミナギリヤさんの本物の転移魔法を二度経験したのでわかった。マジであのヘンテコ道具で転移魔法を発動させたのだ。

あんなもの作れるのか。異界人だからとはとても思えない。何かの能力らしいが……説明は出来ないと言っていた。エキドナの小瓶やラプターの自動人形みたいなものだろうか。


「少し座標が狂ったな。時間にもズレが見られる。誤差としては範囲内とは言えるが……」


「これではきっと怒られちゃいますね。芸術とは素人の手慰みではないとか言われてしまいそうです……」


二人にとってはあまり及第点とは言えないらしい。いや、十分だろ。

呆気に取られたようにカグラが呟いた。


「信じられねぇ。マジかよ」


「魔法陣の起動もなく、魔力も使わず。

 クーヤ殿が作り出す物に似ている。凄まじいな。惜しむらくは悪意を感じる形だな」


確かに。本と同レベルのデザインである。

極彩色の斑模様の表現しようの無い狂気の形をしている。

持っていると呪われそうである。しかし、こうして道具として効果を込めて魔法を擬似的に使うという手もあるのか。私は使えないが本でそういうものを一から作る事も出来るのかもしれない。

そういえばヒノエさんに作った小剣やおじさんに渡したコートなんかはそんな感じだな。ふーむ。

けどまあ本で魔力を使って作らなくても二人がやってくれるのならば私が楽ちん出来るので全然いいけども。出来る限りに働きたくないので。

叶うのならば一日中ベッドの上で牛乳飲んでゴロゴロしていたいものである。ルイスでも召喚してあのけしからんうさ毛玉を抱きまくら代わりにすれば最高な心地であろう。


「アレがギルドのある街かね?

 この人数の患者を受け入れる事の出来るような施設があればいいのだが」


「それは大丈夫です。鉱山での発掘を行っている都合上、そういった施設は多いんです。

 人数も確かに多いですが、あの街には東の国の支配下にあった頃の過酷な労働で身体を壊した人も大勢いますから……きっと受け入れて貰えると思います」


「ならばいいが」


話は付いたらしい。

よし、戻るか。距離はもそれなりにあるし、雪だって積もりまくっているが早く帰って牛乳を摂取せねばなるまい。

あーあ、モンスターの街の店主が作ったバナナミルクが飲みたいものである。


「ぎぃー」


もふもふと雪に半ば埋もれるようにして楽しそうにヨレヨレの道を作りながらどこぞへ行こうとしているリレイディアをふん捕まえる。

不服だったらしい。暴れだした。


「ギィー!!」


「大人しくするのだー!」


全く、落ち着きのない首である。

カミナギリヤさんが顎に手を当てつつ、一つ頷いて呟いた。


「クーヤ殿にそっくりではないか」


「似てませんわーい!」


何て事をおっしゃるのだ!

私はもっと大人である。失礼な。ここはひとつ私が落ち着きのある立派な大人である事を知らしめねばなるまいて。

生首を頭のミラクルフィットポジショニングな位置に据え置き、びしっと遥か先の街を指さす。


「カルガモ部隊、出発進行ー!

 私に続くのだー!」


叫ぶままにヨダレを垂らし走り出す。そのまま雪に足を取られもふんと雪に埋まった。


「…………」


真っ白な雪に私とリレイディアの見事な型取りが出来上がったのは言うまでもない。

ついでに言えば海が無いという事でカミナギリヤさんの魔法での移動と相成った。よく考えれば歩けないレベルで衰弱している人も居るので当然と言えば当然だった。




街の中に踏み込めばガヤガヤと相変わらずの喧騒。ガインガインと金属をぶっ叩く音があちこちから響いている。ガハハと大口を開けて笑い合うドワーフの皆さんに竜人族の皆さんが工芸品を品定めしている。

離れたのは一日だけの筈だが随分と懐かしい気分がする。

何せ色々ありすぎた。ちょっとした冒険どころではない。酷い目にあった。

みょいーんと何やら電波を飛ばしていたらしい綾音さんが顔を上げて言った。


「ギルドの方に連絡を取りました。

 何人か来ますので、医療施設に皆さんを案内いたします。

 ご家族も心配でしょうし、故郷を離れがたいのはわかりますが、そちらで先ずは治療を受けましょう。

 ですから、そのように思いつめないでください」


涙ぐむ魔族の皆さんは満身創痍だ。

前のように動けるようになるにはかなりの時間がかかるだろう。それに、こうやって救い出せたのはごく一部に過ぎない。西大陸か。あそこはかなりの辺境と言っていたが、中心地はどうなっているのだろう。

やがて走ってきた職員さんたちが医者らしき人達を連れて走ってきた。

彼らは取り敢えずお医者にまかせて私達はさしあたってはギルドに向かうか。

皆さんも同じ考えらしい。誰ともなくギルドの方向へと足を向けて歩き出す。


「小生は患者に着いて行くべきなのだろうが。少し気になる事がある。

 ある程度の指示は出した。人形も付けているので問題はあるまい。暫く同行しよう」


「イース様、私達も行きます……!」


「そうしたまえ。君達だけで離れるのは問題がある」


「……!!」


感極まったように花人さんが頬を染めて震えている。このヤブ医者、こうやってたぶらかしたのだな。

しかしヤブ医者も来るらしい。人形、という言葉が気になり振り返るといつの間にやら魔改造したらしいラプターの自動人形と思われる人形が患者さん達に付いて行った。

看護婦がわりらしく、申し訳程度にナースキャップを付けている。いや、それのせいで益々ホラーゲームに出てきそうな見た目になっているが。

どうやって連れてきたのかと思ったがカミナギリヤさんがごそごそとベッドの下を懐にしまっていたのでアレだろう。何を入れているのだ。私のお菓子も入れて欲しい。


「さっさと行こうぜ。

 俺は早く戻ってやす」


「ぎぃー!!」


「って頭の上で暴れるんじゃねぇよ!このクソ生首が!!」


漫才は置いておいてさっさと歩き出す。カグラはそのままリレイディア係になってもらおう。

さて、ギルドはそろそろだが。見えてきた建物にうむと頷く。

フィリア達はギルドに居るのだろうか?

居なければ宿だろう。クエストに行っているというのも無いではないが。もう昼はとっくに過ぎているし、この時間からクエストを受けるという事もなさそうだ。

ギルドでゴロゴロとしておっぱいでも見せびらかしているだろう。


「たのもー!」


バーンとドアを開け放つ。が、ドアを開け放ったはずなのに肉の塊が二つ並んで壁となって私の目の前に立ちふさがった。

何だこりゃ、思った瞬間その二つの脂肪の塊からカミナリが降ってきた。


「遅いですわっ!!」


「な、なにーっ!!」


フィリアだった。態々ドアの前に座り込みして何をしているのだ。座布団まで敷いている。犬か何かか。


「いつまで待たせますの!

 何をしていらっしゃったの!遅くなるならば遅くなると連絡の一つも寄越してくださいまし!」


プリプリと肩ではなく胸を怒らせ耳から蒸気を噴き出さんばかりにカンカンである。

怒っていませんようにという私の祈りは神に届かなかったらしい。役に立たないな。


「すみません、少し西大陸で問題がありました。

 フィリアさん、機嫌を直してください」


綾音さんがフォローしてくれたがフィリアの怒りは収まることを知らないらしい。

どうしたものか。考えているとちょんと襟首掴んで持ち上げられた。


「この通り、フィリアさんにお返ししますから。

 今回の事については正式に難易度S級クエストと認定し、無事に達成されたと言う事であとで皆さんに報酬を支払わせていただきますね。

 とても助かりました」


「当然ですわ!」


闇の取引がなされたらしい。

満足気に頷いたフィリアは私を受け取るとふんふんと鼻歌まじりに奥へと向かったのだった。

どう考えても売られた。酷い!身売りだ身売り!!

向かったテーブルにはおじさんがちょこんと腰掛けている。


「おかえりなさい。

 皆さんが無事なようでよかったです……」


「おー」


おじさんは相変わらずの癒し系である。

パンプキンハートがテーブルの上でぶるんぶるんと揺れて、まぁ多分帰りを喜ばれているのだろう。とにかく揺れている。

ん?

ふと何かが頭をよぎった。なんだろうか。


「うーむ」


パンプキンハートか?

いや、違うな。おじさんだ。じろじろと眺め回す。


「な、なんでしょう……?」


「なんか思いついた気がしたのだ」


なんだっけ。

忘れたな。


「……それにしても、どうして人数が倍以上に増えていますの?」


「お」


そうだった。振り返れば花人さんが所在なさ気にイースさんにぴっとり張り付いている。

しかしヤブ医者は表情筋がピクリとも動いていない。ギルドのどこからか舌打ちが聞こえた。気持ちは分かる。


「花人だ。既に滅んだものという事になっていたが生き残りが居たらしいぞ。

 集られている男は西大陸に居た医者だ」


「花人ちゃん達は僕の巣に住んでたんですよねー」


「花人ですの?

 それは……よく、生き残りなど居ましたわね」


フィリアは花人さん達の事を知っているらしい。

意外に知識が深い。


「……このような所に連れてきて大丈夫ですの?

 彼女たちは確か……」


「ああ。この身体は急ぎ何とかせねばならんだろう。

 私には方法など思いつかんが……クーヤ殿、何かないのか?」


「む」


そうだった。どうにかするのだ。やはり本でどうにかするべきだろうか?

しかし治療系は壊滅的だったし、何より彼女達の石化の性質はそもそも体質だなんて生易しいものでもあるまい。恐らくはおじさんの不老不死や吸血鬼らしい致命傷レベルの弱点と同じだろう。

そうなれば魂の変質だとかどうとかの商品になる。今の魔力で買えるような商品ではないし、何の副作用があるかも分からない商品だ。

その上にである。イースさんは治療していると言っていたが……こうやって隠れ家から連れ出してしまった以上悠長な事は言えないときた。

今直ぐにでもどうにかすべき案件だ。

どうしたものか、唸りつつ天井を見上げて床を見て前を向く。


「ん?」


おどおどとした人物と目が合った。

ポンと手を打つ。思いついた。いや、思い出した。

これである。

びしっと指差す。


「おじさん、君に決めた!」


「はぁ……」


不思議そうな顔をしたくたびれた中年にしか見えないその人物。

永劫の夜に生きる吸血鬼の真祖。

その能力は一切のリスクも負わず、制限も無く、抗うことさえ出来ないという究極的な能力。

即ち吸血鬼化である。

これしかねぇ。

おじさんは微妙そうな顔をしている。

どうやらイヤらしい。


「……あの、他に手段はないんでしょうか?」


「うーん、僕もそれしかないと思いますよー。

 少なくとも一番現実的じゃないですかね」


「そうだな。花人で居続けるよりはマシだろう。

 アッシュ殿、あまり貴殿がその力をよく思っていないのはわかるが。これも人助けとは思えんか?」


「……そう、ですか」


おじさんは考えこむように俯いてしまった。

うーん。おじさんは本当に自分の力を嫌っているな。まぁおじさんの不幸っぷりを見ていれば気持ちはわかるのだが。

イースさんはそんなおじさんを少々危ない目で見ている。おじさん逃げろ。


「吸血鬼化、か。非現実的な話だ。

 永遠の命、不滅の魂。車輪の如く廻るカルマ、……興味深い。実に」


「イースさん、アッシュさんは実験台にしてはダメです」


「そんな事はせん。させてくれるというのならばするが」


イースさんは危険人物だな。おじさんがちょっと距離をとったのを確かに見たぞ。流石のおじさんも嫌だったらしい。そりゃそうだ。

ガリガリと頭を掻きつつ煙草を吹かし、リレイディアによじ登られながらも右から左に流しているとしか思えない様子だったカグラがどうでも良さそうな口調でおじさんに尋ねた。


「あー、よくわかんねぇがその吸血鬼化ってのはこの花人にも出来んのか?

 魔族だろこいつら。人間だけじゃねぇのか?」


意外にも聞いていたらしい。とりあえず生意気である。カグラの癖に生意気な。こそっとカグラの前の果物を奪い取っておいた。

アンジェラさんは一歩引いてニコニコとしている。うむ、メイドの鏡である。カグラには勿体無いな。


「……いえ、人間だけという事はありません。

 生きているのならば、その、極端な話ですが動物でもいいんです」


「あっそ。伝説の吸血鬼たぁな。事実は小説よりも奇なりってか。

 伝わってる話よりよっぽどバケモンじゃねぇか」


「……すみません……」


「それよりも、君達はどうなのかね。

 先ずはそこからだろう。吸血鬼に変化すれば確かにこの石化の問題は解消されるだろうが。患者の意思確認が第一だろう。

 医者である小生としては君たちには吸血鬼化を勧めるが」


む、それもそうである。

イースさんに侍る花人さん達を見詰める。吸血鬼になるというのならば恐らくは花人という種は居なくなるだろう。

生き残りが居る可能性も確かにゼロではないが。それは限りなく低いだろう。

お互いに目でやりとりするかのように視線を巡らし合う花人さんは流石に決心が付かないのか、迷うように手を握り絞めた。

しかし、今打てる手はこれしかない。

吸血鬼になってしまえばこの石化の能力も失われる筈だ。


「吸血鬼になれば、私達の能力は全て失われてしまうのでしょうか……。

 花人としての、証も何もかも消えてなくなるのしょうか。

 あの赤い石を私達は好きではありません。ですが……あれは私達の根源そのものです。

 どんなに憎んでも忌み嫌っても離れ得ぬものなのです」


「……それは、そうかもしれませんが」


綾音さんが言いづらそうに言い澱んだ。

うーん。花人さん達はどうにも花人としての自分が消えてなくなるのではないかと心配しているようだ。

どうしたのものか。花人という種族が永遠に失われる。彼女達はそれが好ましくないらしい。しかしなぁ……。

確かにマッドサイエンティストのイースさんだし、時間を掛ければいずれ彼女達の治療を成し遂げるだろう。だが、それほど時間を掛けられる筈もない。

彼女達には一刻の猶予だってない。彼女達の緋石を砕くか汚すかしてしまえばそれだけでいいのだ。元来持っていたであろう石化の能力を今の彼女達は制御出来ない。

身を守る手段など無いに等しい。その状態のままではあまりにも不安定すぎる。

いつまた人間に捕まるかもわからない。そうなれば次に助けられるとは限らないのだ。というか人間に捕まる、どころではなくちょっとした事故に合うだけで致命的だ。

むむむと考えていると花人さんの言葉を黙って聞いていたおじさんが聞き取れるか聞き取れないかの小さな声で呟くように言った。


「……これも、私の運命なのかもしれません」


「む?」


顔を上げたおじさんは静かに花人さん達を見詰める。


「本当は、吸血鬼化しても種としての根本は変わらないんです」


おじさんの言葉にカミナギリヤさんが首を傾げた。

む、顎に指先を当て頭を傾けるその動作、わざとだろうかこれは。わかっててやっているとしたらこの妖精さん、侮れないな。


「変わらない、とは?

 吸血鬼化というのは言葉の通り吸血鬼に変ずるという事だろう?

 アッシュ殿がロウディジットの街であの力を使ったのを見たが……確かに彼らは吸血鬼化していたように見えたが」


「……その、皆さんはロウディジットでグロウ=デラさんが言っていた言葉を覚えていますか?」


「言葉ですか?

 そういえばあの人間は色々言っていましたけど。どれの事ですかねー」


「奴隷の、その、いい所を損なったら大損だ、と。

 ……同じことなんです。私が吸血鬼化させても、個人としての能力や、種としての能力は、基本的に残るんです。

 眷属として強い生物を吸血鬼化させても、その強さが失われては意味がないですから……。

 ……ですから、吸血鬼としての能力を上乗せされるというだけで……元が子供を残せる種族でしたら子供だって残せるんです。

 その場合は吸血鬼ではなく、ごく普通の子供が生まれるんです。

 ……多分、時間が経つうちに死霊と話が混ざってしまったんだと思うんですが、私の眷属が吸血行為をしたところで吸血鬼化するという事はありません。

 吸血鬼として生きる事になるのは私が選んだ一人きり、未来と過去を含めてその人以外の運命は変わらない、と言えばいいんでしょうか」


「…………」


マジか。それはつまり、花人さん達が吸血鬼化しても子供を産めばその子供達は普通の花人として産まれる、そういう事か?

だが、種族特性は残る、それはつまりこの石化の能力も失われないと、そういう事になってしまうのか。

うまい事考えたと思ったのだが。

それでは肝心の彼女達自身が石化していくという体質もまたこのままという事に他ならない。残念な事である。

諦めるかという空気が一瞬流れたが、それを払ったのは他ならぬおじさん本人であった。


「あの、これは……随分昔ですが神性だった方を吸血鬼化させた事があったんです。彼が言っていました。

 私の能力は肉体ではなく魂を、因果を変質させ個を肉体と世界の檻から解放せしめる能力だと。ですから、その……花人さんの、その石化の能力ですが。

 暴走しているというのならばそれも本来の正しい能力に戻ると思うんです……。

 怪我や欠損、病気の類は吸血鬼化と共にリセットされてしまうんです。その、生まれ変わるようなものらしくて。

 私にはよくわからないんですが……黒き混沌の神から来る能力だと言われました。その神の眷属化の力と本質が同じだ、と……」


無言で全員で顔を見合わせる。

頷いた。

おじさんヤバイ。多分このメンツの中で一番ヤバイ。

しかもさり気なくとんでもない事暴露した。

神性て。神様ってことだ。それを吸血鬼化した事があると言ったのだ。恐ろしい。

しかし……黒き混沌の神か。なんだか聞き覚えがある感じである。

ていうかもしかしてもしかしなくても先代じゃねぇのかソレ。予想外のところから思わぬ繋がりである。


「……ですが、よく考えて欲しいんです。

 私が今、皆さんを吸血鬼にしても確かに花人という種族が滅ぶことはないんです。能力の暴走だってなくなります。

 記憶もありますし、見た目だって変わりません。それでも、皆さんの存在が変質してしまう事実には違いがない……。

 今はきっと私の事はあまり関心がないと思います。それを塗り替えられる事になる。

 そこに皆さんの意思が介入する余地はありません。私の言葉に逆らおうとすら思えなくなる。

 ……よく、考えて欲しいんです」


「…………」


その言葉に、花人さん達も考え込んだ様子だ。

私としてはいいとこづくめだし悩む必要ないんじゃないかと思うのだが。

そういうわけにもいかないらしい。

沈黙を破って口を開いたのはイースさんと綾音さんである。


「小生は吸血鬼化を勧める。

 運命だと言っただろう。確信が持てた。結果が先だよ。君たちは元来、石化の怪物としての姿こそが正しい。

 そう在る為の吸血鬼化だ。ただの手段にすぎん。提示された方法がこれだった、それだけの事だ。

 君達はここで会うべくして会った。一つピースが違えばこうはならなかっただろう。神の導きに従いかくあれかし。

 運命と共に人は歩み続けるものだ。我々がそうだったように。抗いながら歩み続けた先にこそ本当の運命がある。

 変質を恐れる事はない。何も変わらん。ここでそれを跳ね除けたとていずれそうなる。そういうものだ。

 人の心はうつろい彷徨う。肉体は成長し老いて死ぬ。永遠などない。変質する事は当たり前のことだ」


「私もそちらを薦めます。アッシュさんはこうおっしゃってますけど……、きっと悪いようにはなりません。

 ふふ、何だか変な感じがしますね」


「…………」


きゅっと引き絞られた唇が震えた。

眼差しは強く、まっすぐにおじさんを見つめている。

ふむ、どうやら道を決めたらしい。


「アッシュ様、どうかお願いします。

 私達は吸血鬼として貴方と共に生きます」


おじさんが何か思い出したかのように小さく呻いた。


「……私は昔、本当に化け物だった。会う人々を全て吸血鬼にして血に塗れて生きてきました。

 理性が戻ってからも……孤独と痛み、飢餓に耐える事が出来ずに周囲の人々を吸血鬼にした事は一度や二度じゃないんです。

 その度に身体が重くなるような気がしました。因果の業を巻き取り続けて動けなくなる。

 ですが……この力で皆さんが救われるというのなら……」


真祖の紅い眼光が花人さん達を捕らえる。

その両手を祈るように握りしめ、震える声で真祖の男は己の眷属とした彼女達に言葉を掛けた。


「……皆さんが……これから先、幸福であれるように祈ります」


おじさんはそうは言いつつも彼女達の方向を見ない。何かから目を逸らすかのように。

彼女達はそんなおじさんに柔らかな微笑みを浮かべ、弾むような声で応えた。


「はい、マイロード」


うわぁ。素晴らしい笑顔だ。

おじさんが顔をあげない理由がわかった。

全員で一斉に顔を逸らした。普通にしているのは異界人の二人組だけである。悪いようにはならないと言っていたが……本当か?

確かに本人たちは幸せいっぱいな顔だが。イースさん、ただ単に花人さん達をおじさんになすりつけただけじゃあるまいな?

いや、でも熱っぽい瞳でイースさんも見ているし、確かにその辺りは変わらないらしい。複雑怪奇なダンジョカンケイって奴が生まれたようだ。頑張れ。

まあいい。とことことおじさんに歩み寄り、小さく震える痩せた肩を叩く。

元気出せおじさん。今夜はこの暗黒神ことファンキークーヤちゃんが添い寝してやろう。


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