創生の傷痕

乱立する赤い石像。残っているのは人形達と奴の守護天使。

レイカードがニヤニヤと笑ってその光景を眺める。


「お、いいじゃんいいじゃん。いーい武器になりそうだ。

 君、いいねぇ。メロウダリアちゃんだっけ?連れて帰れば石の制作に一役買いそうじゃん。俺大歓迎」


「人間如きが抜かしおるわえ。挫折を知らぬと見える」


「……俺は子供の頃から天才でさぁ。何をやっても上手くいったんだ。どんな奴も俺の望む通りになった。俺のこの強奪スキルってのはかなり貴重な能力なんだわ。勇者でもそうそう居ないってくらい。

 相手が苦労して手に入れた能力をあっさり奪い取れちまう。神が与えたもうたギフトって奴さ。俺は選ばれたんだろうぜ。誰か俺に逆に教えて欲しいんだわ。挫折って奴をさ。

 ……強奪の能力ってのはいけないねぇ。神も人間も魔族も亜人も精霊も全部ただの餌に見えてくる。俺は俺が気持ちよければそれでいいのさ。

 その点。今回の事は最高だった。花人ちゃん達は寝てるとなんの反応もないんだけどさぁ。石がさ、成長するんだよ。痛みを与えるごとに。メキメキってさ。意識が有ることの何よりの証明さ。

 あの綺麗な顔のままで、何も感じていないって顔の奥で、どんな悲鳴を上げているかって想像してるとクルんだよねぇ。

 たまらないよなぁ。ったくよぉ、お前らよくもやってくれたよなァ……」


ヒュッと軽い調子でその真紅の武器を振って弄ぶ。

あれは……何だ?

ただの小さな棒に見える。だが、そんなわけはあるまい。

気をつけた方がいいだろう。


「手駒が減っちまったな。獣は意味がないみてぇだし。しょうがねぇな。

 光溢れる天の聖壇、西南の方向より汝は来たる。汝に従うは我が眼前に立ち塞がる者達に厄を齎す光の使徒達なり。来やがれ従僕。俺の役に立ってみせろ」


吹き上がる真白の炎。数は、十はくだらない。

しかもあれは……。カグラが嫌そうに呟く。


「あれも守護天使かよ。下級とは言え、やべぇな。」


「困ったわねぇ~」


「霊格が高すぎるな。今の小生の能力では効果は期待できん。

 綾音はどうだね?」


「……同じです。物理攻撃しか出来ません。ですが……あまり意味があるとも思えないですから」


「天使なんてめんどくさぁ……。あたし、ああいうのって嫌いなんだけど」


全員で悪魔共を見る。

詰まらなそうに二人は肩を竦めた。


「天使となれば仕方ありませんな」


「あちきはあの男が欲しいでありんす」


大丈夫なのか?

この二匹が頼りなのだが。不安である。

心配しながら見つめていると、二人がこちらを見た。目が爛々と光っている。おや?


「お嬢様、アレを持ち帰っても?

 受肉した天使は貴重でございますからな。地獄で責め嬲って肉の罪に堕落させ晩餐会のメインディッシュと致します」


「ほほ、あの男に花人への行為をその身で全て味わっていただきまひょ。壊れてもあちきがたんと治してしんぜます。

 おのことしてのプライドも人間としての尊厳もきっちんと打ち砕いてやりましょ。ほんに、楽しみだわえ」


「え?」


二匹はにやにやとしながら同時に言った。


「お嬢様、ご許可を」

「主様、お許しを」


「…………」


どうぞどうぞ、脂汗をかきながらボス猿にエサを差し出す猿のように手の平を顔の前で揺らした。

殺る気マンマンなようで何よりである。

怖いので地獄であいつらをどうするかを笑顔で語るのはやめろ!聞きたくない!


「話し合いはもういいのかなァ?

 命乞いの方法は今のうちに話し合っておいてくれよ?」


「ほんに楽しみだこと。あちきに上に乗られても同じことが抜かせるか、とっくと拝見させていただきましょ。

 きれーいに壊れたなら、あちきが可愛いペットとして手を引いて悪魔達に見せびらかしてやりましょうねぇ。

 その後はみーんなで捌いて湯気溢れる臓物をうず高く積み上げ、我らが主様に捧げましょうぞ」


「いらねぇよ!!」


叫んだ。断固拒否である。しまっとけ!


「いいねぇ……!嫌いじゃないぜぇ、君みたいな子はさぁ!

 メロウダリアちゃん、東に連れ帰るのは無しだ!俺がたっぷり可愛がってやるぜぇ!!」


手に握った真紅の武器を掲げる。

何が来る?

身構えた私の頭をがっしとイースさんが掴んだ。

そのまま地面に押し付けられる。ギャリィン、耳を劈くような音。

赤く煌めく凶を孕んだ流星が踊って跳ねる。

それを見て漸く気付く。あれは、――――鞭。

手に握った棒状のモノから伸びる光の鞭、それがあの武器の正体。


「……っ!!」


音速を超えているであろう速度で跳ね回る得物は岩をも破断し辺りを蹂躙する。範囲はどれほどだ?数十メートルは離れている筈の木々がなぎ倒されていく様は空恐ろしいものがある。

それにこの威力、人体などそれこそ豆腐のように抜くだろう。空気が焦げ付く匂い。これは……、ヤバイ。マジで悪魔にしか頼る術がない。

傷が開いたらしいウルトと脇腹を抑えて呻くカミナギリヤさんはほとんど動けそうもない。

カグラが銃弾、イースさんが人形で、綾音さんがサイコキネシスでそれぞれ何とか弾いているが……鞭だけではなく、鞭に跳ね上げられた岩さえも飛んでくるこの状況。

いつまでも保つものではない。魔物は、ダメだ、未だ半数以上が疲れきっている。というかミニマムハンモックで休まれると腹立つ。いつの間にそんなもの設置しやがったお前ら。

まあそれはいい。あの二匹は?

必死に顔を上げれば、あの鞭が跳ね回る中を問題なく動く二匹の姿。

うおおお、なんて頼もしい……!!

片腕で鞭を弾きながらも人形と天使達を薙ぎ倒し、焼き払っていく。

厄介なのはあの一際デカイ偉そうな奴のようだ。次々と白い獣を召喚し、ルイスとメロウダリアに攻撃の魔法を放っては何かレイカードにサポート系の魔法もかけているらしい。

白い獣はメロウダリアが召喚される片っ端から石にしているが……それでも時間を取られてしょうがないようだ。

うぬ、何とかせねば。あまり時間をかけられるとこっちが保たない。

バババッと本を開く。

カテゴリは生活セット、何故に生活セットかはこの際どうでもいい。



商品名 おいたの禁止


禁止!召喚は禁止です!!

お母さんは許しませんよ!



これだ。これならばあのデカイ奴も白い獣を召喚できなくなるはずだ。

商品説明には突っ込むまい。そしてもう一つ、あいつの武器だ。



商品名 グレた息子に食らわす鉄拳


指定した相手の武器を一定時間封じます。

魔法は封じることが出来ないので注意が必要。



コヤツも速攻購入。鞭が凍りついたかのようにそのままの姿で止まった。まるで時が止まったように。

湧き出てきていた白い獣も出てきていない。今のうちである。ルイスとメロウダリアに向かって叫ぶ。


「今のうちだー!やってしまえー!!」


驚愕したかのようにレイカードが叫ぶ。あの武器はあの柄部分まで止まってしまったらしい。

空中にぴたりと静止する様はなんだか樹脂で固めたかのようだ。


「んな……っ!?空間を無視した個体指定の限定的な時間停止だと!?ふざけ……!?」


「ほ、ほ、その魂、地獄に引きずり込んでやるよぉ!!」


半身を蛇へと変じたメロウダリアが凄まじい速さでレイカードへと肉薄し、その巨大な胴でレイカードを締め上げとぐろを巻いた。


「ぐあ、……っ!!」


同じくルイスがデカイ天使の魔法を掻い潜り、一つ跳ねて天使の顔らしき部分を踏んづけ、そのまま空中に黒い霧とともに現れた巨大なキャンバスに蹴り込む。

瞬間、キャンバスから現れた巨大なウサギのように見えなくもない怪物の腕が天使を空中キャッチし暴れる天使を物ともせずにそのままキャンバスの闇へと引きずり込んでしまった。

あとに残ったのは石化した獣と数匹の下級天使だけである。

ここまでくれば勝ったも同然、この戦、もらった!ヒャッハー!!

調子に乗っているとメロウダリアに締め付けられるレイカードが赤黒い顔で懐から何やら取り出し掲げた。

む?


「ぐ、クソッ!!冗談じゃねぇ、これを使わされるとはよぉ……!

 俺がこれを手に入れるのにどれだけ苦労したと……!!」


何だありゃ。

黒い、勾玉?

メロウダリアが呆然と真逆と呟くのが聞こえた。

珍しく焦った様子のルイスがこちらに向かって叫ぶ。


「お嬢様、そこな人間どもを盾になさいませ!!」


「いやいやいや!?」


手を振って叫び返した。

何を言いやがる!そんな事するか!

がっしと頭を掴まれる。


「伏せたまえ」


イースさんの低い声が頭上から降ってくる。

再び地面とちゅうするカエルである。

一拍遅れて、黒い光が世界を薙いだ。

背筋を泡立たせるような衝撃が波紋のように広がる。遠くから聞こえてきたのは狐の鳴き声だろうか。

微かに見えるその姿は、巨大極まる金の獣。

世界から音が消えた。





「――――――っ!!」


黒の衝撃が猛威を奮う中、何かに腕を掴まれて引き出される。

誰だ?イースさんでもない、これは。

ブンッとそのまま投げ飛ばされてしまった。

ゴキン、と肩口から音が響く。この身体骨とかあったのか。そっちのほうが驚きなのだが。

慌てて身を起こそうとするも、その前に首を捕まれブラブラされてしまった。暴れた。

目の前には血走った目のレイカード。目前まで迫った初めての敗北に気が狂わんばかりなのだろう。

私達にこの黒い光が届かないのは、レイカードが手に保つ黒い勾玉のせいだろう。


「放せーっ!アホーッ!」


「君さァ。神族だろ?

 強奪の能力を持ってるとそういうの分かるんだ。相手がどういう奴か。君はあんまり俺の好みじゃねぇんだけど。

 神族なら話は別だねぇ。神族を喰うと滅茶苦茶能力が上がるんでね。ま、俺に勝てない自分を恨んでくれよ。

 さっきの時間停止、見たことねぇ力だった。欲しいんだよ。あれを俺のモノにしたいんだわ。

 そうすりゃ、勝てるからな……!敗北なんざ俺に相応しくないんだよ……っ!!」


「……っ!」


小さな剣が私の身体に食い込む。そのまま引きずり倒されるかのように地面に押し付けられた。

ぞぶん、奇妙な感覚とともに私は飲まれた。レイカードの影に。なんとか上半身は出ているが……。レイカードは相変わらず地面に押し付けてくるし、暴れても全く脱出出来そうにない。

ぬぬ、困った。肉を喰われるのも痛みは感じないが。脱出が出来ないとなるとかなり困る。

暴れているとぎりぎりと頭を鷲掴まれてガツンと地面に叩きつけられてしまった。まるで魚を叩きつけて弱らせるかのようだ。何をしやがる!

ガツンガツンと何度も打ち付けられる頭。視界が朱に染まる。魂の力でもなんでもない物理攻撃なので当たり前だが血が噴き出ているらしい。

しかもそうこうしている間にも影は私を喰っている。こりゃいかんぞ。


「大人しく俺に喰われてくれよ?

 好みじゃないから君が俺と楽しむってのはないけどさ。あんまり鬱陶しいとな?

 わかるだろ?

 俺にも余裕ねぇんだよ……!!

 この勾玉はレプリカだからな、すぐにあの金狐は消える……!」


「にゃろめー!」


土が口の中に入ってじゃりじゃりする。うぬぬ!!

なんとか地面を掻いて脱出してくれようと踏ん張るが……ダメだ。やはり脱出出来そうもない。

助けを呼ぼうにもこの状況下すぐには期待できない。

髪の毛を掴む手に一際強く頭を地面に叩き付けられた。

そこでぶつんと視界が赤から黒に染まる。

身体が引き込まれるような奇妙な感覚。しまった。思うがどうしようもない。なんてこった。喰われた!!

落ちた先、視界は真っ黒で、右も左も分からない。あーあとため息をつく。

見上げる。今は何とか外界も認識できるらしいが……。あの黒い光も随分と収まったようだ。

何やらガチギレしている感じの悪魔二匹が見える。何をそんなにブチ切れているのだ。何か嫌な事でもあったらしい。いいけど。今なら私は巻き込まれないからな。

しかし困った。手を伸ばしても外には届かない。


「…………」


背後に気配を感じ振り返る。

そこに居たのはぶくぶくと太った血まみれの拷問吏のような姿をした異形である。その両手にはエウロピアとシルフィード。生皮を剥がされたらしく、先程までの美しさは見る影もない。

異形は二人を地面に投げて、私に手を伸ばしてくる。そうか、これがあいつの力の象徴、強奪の能力。

ぴょんと飛び上がって逃げた。だが、大きさがあまりにも違いすぎる。あっさりとっ捕まってしまった。

ぐぬぬ。

淀んだ目でこちらを見る。ヨダレを垂らす表情にははっきりと愉悦の光が宿っていた。

腰に指していた錆びきって切れ味の悪そうな歪んだのこぎりを引き出し、私の足に当ててくる。

口についた肉片はあの二人のものだろうか?鼻につく独特の青臭い匂い。ジャコジャコとのこぎりを往復させながらも目の前のこいつはあからさまに興奮している。

レイカードの影の中。ここは神域だ。人間の神域。レイカードの心を映し出す何よりの鏡面世界。

さしずめこいつはレイカードの心そのものが具現化した怪物といった所だろう。私はそこで喰われようとしているのだ。私の身の内に巣食う喚いて暴れる者達。

ふむ、考える。なんというのだろう、この感情は?


「……おお」


ポンと手を打つ。外で暴れる悪魔二匹。ついでに地獄で暴れる悪魔共。こいつらを見ていたら閃いたのだ。私は天才か。

この世紀の大発見を外に出たら皆さんにお教えせねばなるまい。そして褒めろ。褒められていい筈だ。

そう、面白くない。不愉快だった。

未知なる衝動に胸を踊らせ、小さな小さな影の世界に私は立つ。








レイカードは尻餅をついた。無様極まりない姿だがそれを気にするほどの余裕などない。


「ヒィ、ヒ、ヒィ…!!」


恐怖に駆られ息が出来ない。

目前に座すは人間などそれこそ塵に等しいであろう認識さえ出来ぬほどの圧倒的巨大さの遥か高次元の霊体。

視界に映るものはのほんの僅かな小さな細胞でしかないだろう。

境界の向こうの存在、人の一生で見てはならないものを前にしている。

人間が立ち入って良い領域を踏み越えた。それが分かった。

脳が理解を拒む。どうして理解などできようか。

微生物が地球というものを認識さえできないように、人間が本来視界に納めていいものでは無いモノが直ぐ目の前に居るのだ。

死や疫病、悪徳に狂気、人が古代から畏れ続けた形無き闇が形を成してそこに居た。

宇宙、深海、高度数百キロの空、領域の向こう、引かれた境界線。

言葉で言い尽くせぬあまりにも違いすぎる世界。

己の矮小さを押し潰されそうなほどに突きつけられる。

自分という存在がこの世界に存在する塵芥の一つにしか過ぎないのだと、自分が今この瞬間に消えても世界は何事も無かったように永遠に続いていくのだと。

否、仮に自分という存在がこの世界に最初から居ない事にされたとしても。

この世界はきっと何も変わらない。自分が居ても居なくても何も変わらない。

この瞬間に理解してしまった。世界は自分が思う以上にあまりにも巨大で深遠で、底などなく、果てなど何処まで行っても有りはしない。


身体がガチャガチャと震えている。

だが、その震えさえ恐ろしかった。

微動だにしたくない、それが正直な気持ちであったのだ。

自分の存在を認識されたくない。

アレに認識されたが最後、自分はきっと狂う。

呼吸もしたくない。思考もしたくない。このまま永遠に石になってしまいたかった。

ああ、こっちを向くな。やめてくれ。


「ヒヒ、ヒヒヒヒヒヒ」


鼻水と涎と涙を垂らしながら顔を掻き毟る。音が聞こえる。断続的に同じ音が延々と続く不快な音だった。

どこから聞こえてくるのだろうか。何か小さな奴らが自分の頭の中に住み着いたに違いがない。そいつらが笑っているのだ。

掻き毟っていれば出てくるに違いない。血が噴き出るがままにがりがりと引き掻き続ける。


「ヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒ」


その耳障りな音が己の口から溢れているのだとレイカードが気付くことは無かった。

しゃがみ込むかのように身をかがめ、地に伏すように覗きこんでくる巨大な混沌。

自分を見詰めるその色違いの神の三眼の前に正気などとうに消し飛んでいたからである。






「お?」


何やらおかしな事になってしまった。

キョロキョロと辺りを見回す。ふむ?

誰も居ないな。なんとなく足元を見て、気付く。

何やら居る。よっこいしょとしゃがんで覗き込んだ。小さすぎてわからんな。

もそっとこう、こう。近う寄れ。

頭を地面に付けるようにして這いつくばり、目を細めてじっと観察する。

くわっとした。


「むむ!!」


ミニチュアな挙句にデフォルメが効いててわかりにくいが、レイカードと天使たちだった。

なんてこった!潰れろー!!

バチンバチンと地面を叩いて天使たちを潰しまくってやった。

ざまぁみろ!

残っているのはレイカードだけである。顔を近づけてぐぐっと覗き込む。しかし小さすぎるな。作ったやつはよっぽど器用だったに違いない。

ミニチュアの癖に器用に何やら暴れまくっている。ぐるぐる回ったりひっくり返ってみたりと忙しい。顔をよくよく近づけると微かに聞こえるが笑い声を上げているらしい。所々ひっくり返った変な笑い声だったが。

うーぬ、生意気である。それに私はこいつが嫌いである。花人さん達にロクでもない事をしてくれたしな。さっきも私が嫌な目に遭わされたばかりである。許すまじ!

ごろんごろんと珍妙な動きするレイカードをケツをふりふりとしつつタイミングを見計らって、しゅっと素早い動きでがっちり引っ掴む。

ピッチャー、振りかぶって……。


「おりゃー!」


投げた。

星になれーい!!


「おお!」


素晴らしい。世界記録も夢ではあるまい。すっとんでいったレイカードの姿はもう見えない。

してやったり、あんこくしんちゃん大満足って奴だ。

それにしてもどうした事だ。素晴らしい開放感。ご機嫌である。気分は服を脱ぎ捨ててすっぽんぽんになった感じだ。私は自由だ!!

しかし何がどうなったのやらさっぱり分からないな。私は確かにレイカードの影に喰われてしまった筈だが。何がどうなった?

キョロキョロと辺りを見回す。

小さい生き物達がしきりに足元をウロウロしている。はて?

何であろうか。


「……?」


そもそも、ここはどこだ?

疑問を感じて私は何となく上を見上げた。

そこにあったのは透き通るような蒼穹。

その色に、気付く。ここは物質界、生命が命を謳歌する光溢れる地上の楽園である、と。

認識した瞬間、ぞわぞわとした感覚が私の背を這いのぼってくる。ぎりぎりと締めあげられる首。

手足が凝固したように動かなくなる。世界が遠くなる。

ぐらんとそのまま身体が傾いだ。




目が覚めた。


「あれ?」


「おはようございマス」


むくりと身を起こす。

見上げた天井は空などではなく、ゴツゴツとした岩肌。

声の方向を見やれば、そこに居たのは一匹の悪魔である。


「なんで居んの」


「失礼しちゃいますネ。暗黒神様が来たんでショ」


「え?」


暗い洞窟に突っ立っている悪魔、アスタレルはプンスコした様子である。

その言葉に、考える。いや、考えるまでもない。


「……私死んだ!?」


「…………」


手の平で口元を隠したアスタレルからプスーと聞こえた。


「笑ってんじゃねぇよ!!」


「失礼。あまりにも面白かったので」


「うぎーっ!!」


手足を振り回して暴れた。

なんてこった!あそこで死ぬとは予想外、となると……私の身体はレイカードに喰われてしまったのだろう。

無念。まぁ仕方がない。それに喰われたと言っても私の身体じゃ大した力にはならないだろう。

皆さんの力で普通に勝てる筈だ。うん。


「……いやはや、驚きデスネ。

 正直に申し上げますとワタクシ、かなり動揺しておりマスヨ」


「なんでさ」


奇妙な事を言い出したアスタレルに疑問を返す。

うむ?

言葉通り確かに動揺しているらしい。なんと言っていいのか分からないとばかりに視線を横に逸し、口元を手で覆いながらも微かに身体が震えているように見える。意外である。

流すように視線を私へと上げたアスタレルはその手を下ろして、ふと笑った。

悪魔らしからぬ、穏やかなあどけない微笑に微妙な気分になった。腹の底で何を考えているのかわからない笑顔と言い換えてもいい。微妙である。何を企んでいやがる。


「……人の心はわからぬもの。

 全く、暗黒神様はヤンチャな暴れん坊で困りマス。本当に予想外の行動を取りますネ。外ではなく内側に潜り混んで巡り巡って外に出るなどと。

 ……死んでいませんヨ。人間の神域を踏み台にして肉体から霊体が出てきただけデス。人間とはアリンコのようなもので無意識の海で種族全体が繋がる、かなりの霊的深層部の種ですからネ。

 あの人間の肉体を無視して魂を喰らうという精神領域が相性が良かったのも大きいでしょう。肉体も神域内部で破損してしまいましたからネ。

 あのゴミクズの精神から繋がる細い糸を辿って深層へと潜り、霊魂の根源から根源へと移動し地獄を介して霊体として物質界に再び出てきたのデスヨ。言葉にすればそれだけの話デス。キチガイの所業ですがネ。

 ウロボロスの輪に従い、直ぐに戻されマスヨ。ここに来たのはその前段階。円環とはそういうものですからネ。……ほんの僅かな時間とは言え、驚きデス」


「ふーん」


そう言われれば確かに。くいくいと結構な力で引っ張られる感覚がある。いや、苦しいのでもう少し加減して欲しい。けどまぁ、どうやら本当に戻れるらしい。

ふーむ、幽体離脱ってことだろう。お花畑に行かなくて何よりである。

悪魔を見下ろしながら考える。あちらだとどれくらいの時間が経ったのだろう?

アスタレルの言い分からすればそこまで時間は経って居ないだろう。

じゃ、戻るか。皆さんが心配しているだろうからな。

うむ、と頷く。しかし一つ気になったのだが。


「アスタレル、なんでそんなに小さいのさ」


随分と小さな羊の悪魔を見下ろしながら尋ねた。

私の問いにアスタレルは心底面白くないという顔と憤慨したかのような口調でメェーメェーと言い立てた。


「暗黒神様が途方もなく巨大なんでショ。身動ぎ一つで銀河を砕ける貴女のような混沌と私を一緒にしないで欲しいデスネ。

 ……全く、信じられませんよこのアバズレ!酷いデス!我々の苦労を何だと思ってるんですか!鬼!!

 卑怯もいいとこデス!次があるなどと思わないでいただきたいデスネ!!」


「な、なにぃ!?」


唐突すぎるあんまりな罵倒に言い返す間もない。遠くなる景色。

私は再びぎゅうぎゅうと無理矢理に小さくされてしまった。残念な事である。





またもや目が覚めた。


「あれ?」


「クーヤ殿、目が覚めたか」


むにむにと目をこする。

なんだか夢から目が覚める夢を見たかのような奇妙な違和感。

見上げた妖精さんは立派に大きくなっている。


「……カミナギリヤさん、大きくなりましたな」


「ああ、あの姿は落ち着かん。思考が普段の私と違うというのは気分が悪くてな」


「へぇ……」


酔っ払いみたいなものか。

むくりと身を起こして辺りを見回せば……静かだ。というか全員めっちゃ寛いでいる。

思い思いにそれぞれ身繕いをしている姿はリラックスタイム極まりない。

いや、というよりも。


「なんでこんな真っ黒なんですか?」


周囲が全て真っ黒に染まっている。何だこりゃ。

コンクリートだった筈の瓦礫の山はおろか、地面や草花まで真っ黒である。

暗黒神花のように何やら黒いものを吐き散らかしている。身体に悪そうな。


「無理もない。アレではな」


「……?」


よくわからん。それに、天使とレイカードはどうなったのだろう。

姿が見えないが。


「ああ、起きたようだな。肉体の破損が著しかったが……問題ないようだな。

 足は動くかね?」


「足?」


イースさんの言葉に、足をみょーんと上に伸ばす。セクシーポーズである。ふむ、足の指も問題無いが。グーでもチョキでもパーでも問題なしである。

何かあったのだろうか?


「いや、足が取れかけていたからな。動くのならばいい」


「……なんですと!?」


とれかけ、とれかけ!?

慌てて自慢のむちむち足を検分する。見たところ傷も無ければ動かすに違和感のようなものも無い。

取れかけていた、とは思えないが……大丈夫であろうか?


「クーヤちゃん、おはようございます。

 元気そうですねー」


「む」


大騒ぎする私に気付いたらしく、各々こちらに近寄って来る。

カミナギリヤさんもそうだが、ウルトの傷も大丈夫なのか?

見た目は問題ないように見えるが。私が寝ている間にイースさんが治療したのだろうか。

そうだ、聞いとくか。


「天使とレイカードはどうなったんですか?」


「天使ならばその辺りで潰れている。魂が残っているかは微妙なところだ。

 レイカードならば星になった」


「……星?」


イースさんが真顔で冗談のようなものを口にした。

多分イースさんなりの小粋なギャグであろう。突っ込むべきところか?


「あはは、次元の壁をぶち抜いて飛んでいっちゃいましたよ。

 あの調子なら魂の核も残らず消滅しちゃったんじゃないですか?」


「クーヤさん、おはようございます。ここで脅威となるものはもうありません。

 このあたりは黒のマナに汚染されてしまいましたから……もう人間も来れないでしょう。

 きっといい拠点になります」


綾音さんがメガネを押し上げながら実に嬉しそうに何やら紙に書き付けている。

何か拠点にするつもりらしい。こちらを覗きこんでくる面々を眺めてからふと足りない事に気付いた。

悪魔二匹はどうしたのだろうか。視線を巡らせ探そうとするまでもなく、その存在は直ぐに知れた。

何せメロウダリアは下半身蛇のままである。でけぇ。

悪魔二匹は少々離れたところで何やら話あっているらしかった。


「俺たち殺されるんじゃねぇのか?」

「この失態ですからな。甘んじて受けるしかありますまい」

「死なねぇ事を我らが神に祈っとくか……それにしても、あのお人は人間に囚われたまま良いように使われている様子。

 ほんに困ったこと」

「あれほどに魂を囚われたままでは救出など出来ませぬからな。嘗ての神、それがそのまま敵となるのがこれ程までに厄介とは」

「劣化した複製品にも関わらずあの力とは、ほんに恐ろしきお方だわえの」


声を掛けた。


「何してるのさ」


内緒話とか生意気である。


「ふむ、お嬢様が気に病むような事でもありませぬな。

 さて、我々はそろそろ下がらせて頂きます故、再び何かご入用があればなんなりとお申し付けください」


「愛しい主様、あちき達はおなかがペコペコでありんす。たぁん、と、魂を吸い込んでくださいましね」


ん、はぐらかしたな?

まあいい。地獄に戻るというのならば好きにすればいいのである。

二匹とも相当頑張ったしな。ゆっくりとするがいい!ふはは!

悪魔が引っ込んだ後の地獄のわっかを回収し、腕に付ける。

悪魔も帰ったし、天使も居ないし勇者も居ない。


「お」


これは、万事解決ではなかろうか?

カミナギリヤさんが手に持っているベッドの下も無事なようである。花人さん達もきっと大丈夫であろう。

うんうん、しかし何か忘れているような。


「クーヤ殿、それであの二人は何なのだ?」


「え?」


カミナギリヤさんが指差した方向には一人の男が屍の如く転がっていた。

その脇にはメイドさんがあらあらと頬に手を当てて困ったような声を上げている。

あ。忘れてた。


「カグラと、えーと」


「あらあら、私はアンジェラっていうのよ~。よろしくねぇ」


悩んでいるとメイドさんの方から名乗ってくれた。

アンジェラ、アンジェラか。オシャレな名前だな。


「あの二人がマリーさん達からのお迎えなのです」


「そういえばそんな話がありましたね。

 あの二人がそうなんですか。どうやってここに来たんでしょう?」


そういやそうだな。しかもこんな隠れ家みたいな場所に。

イースさんが無表情に二人を眺めながら、何故メスを磨くのだろう。

まあいい。綾音さんの疑問に答えた。


「何かしらそのような道具を持っているのだろう。

 男の方には後天的に魔力を弄った形跡がある。女からは魔力を感じない。

 能力ではあるまい」


「あの男の人、全然動かないですねー。

 人間って大変だなー」


「ふむ」


そういえばそうだ。さっきまであんなに元気だったのにピクリとも動かない。

微かに呻き声のようなものも聞こえる。一番重症である。


「困ったわねぇ~。突然だったのよ?

 カグラちゃんったら、急に倒れちゃって」


「へぇ……」


何かダメージを負っていたのだろうか?

どれ、一つ様子を見てみよう。テケテケと走り寄って耳をそばだてた。


「いってぇ……チクショウが……ファック、なんなんだこりゃぁ……ぐあぁ……」


痛い?

特に傷は見当たらないが。

つんと木の枝で突いた。


「ぐあっ!」


エビのように反り返って、暫く硬直したあとバタリと地に落ちた。

うむ、重症だ。


「どうしちゃったのかしらねぇ~?」


「小生にもどうしようもないな。外科的処置に意味がない。

 筋肉痛のようなものだろう。時間経過を待つしかない」


筋肉痛……。その言葉が微かに引っ掛かった。

記憶を掘り起こし、ポンと手を打った。


「あ」


ちらっと本を見る。

こそこそとページを捲った。



商品名 働け奴隷


奴隷を牛馬の如く働かせます。

武具と肉体に暗黒神の加護を付加し、奴隷を強化します。

奴隷の個体能力と武具によって効果時間と値段が変わります。

奴隷は後日、筋肉痛と魔力痛により動けなくなります。



「…………」


よし、黙っとくか。

黙っとけばわかるまい。尊い犠牲であった。ナムナム。


絵画から解放した花人さん達は感激したかのようにイースさんに集まっている。

頬を上気させ、話しかける花人さん達はキラキラと眩しい。

うーむ、モテモテではないか。ヤブ医者本人はまるで興味がなさそうだが。

ハーレムを築き上げながら興味が無いとは罪な男である。あ、でもよく考えたら花人さん達は両方付いていると言っていた。

そう考えると確かに微妙である。そういうのが好きな人は好きなのだろうが。

イースさんと花人さん達の周りをタカタカタカと走り回る生首を眺めながら本で鍋と焚き火を出した。何せ一晩野宿である。

コップとココアを量産し、とくとくとお湯を注ぐ。うまうま。

間を置いてから吹き出した。


「ブフゥッ!!」


生首、生首!?

目を剥いてガン見するが、どう見ても走り回っているのは生首である。

見える名前には元美の女神。リレイディアとしっかり見えている。

何がどうしたというのだ。不気味すぎる。

トテトテを走る生首はどうやら小さな足らしきものが首下に取り付けられているらしい。虫っぽい。

時折立ち止まっては鳴いている。

何だありゃ。私の視線に気付いたらしく、イースさんが生首を掴みあげて歩み寄り、何気ない動作でポンと私の方に投げた。


「ひぃ!」


「脳を弄ったからな。禄に知能は無いが、もとより壊れてしまっていたからな。

 どちらにしても問題は無い。命は尊いもの、死なせるには忍びない。出来る限りに蘇生措置を行った。

 肉体の殆どがほぼ使い物にならなかったので首だけになってしまったが。神としての力は最早まともに奮えんだろうが、能力そのものが失われたわけではない。

 魔物なり眷属なりにでもしたまえ」


いや、死んだほうが良かったんじゃ……。

私の膝の上で生首ちゃんはギィギィと鳴いている。流石に可哀想すぎるだろ。人の心が無いのかこの医者。

顔が恐らくは元通りであろう美しい顔になっているのがせめてもの慰めであろうか。生首本人にそれが認識出来ている様子が無いが。


「生きているのだ。何か問題があるのかね?」


「……いえ」


本気で不思議そうな医者に何が言えようか。黙っておくが吉である。

改造されたくないので。しかしリレイディアだけか?

……聞いておくか?いや、碌でもない返事しか返ってこない気がする。

黙っとこう。


「シルフィードとエウロピアならば地獄に落ちてしまったようだ。

 メロウダリアが既に喰っているだろうな。花人とのそういう契約だ。

 シルフィードは今頃は悪魔に調教でもされているのではないかね。

 このまま餌とされ続けるか、適性によっては名を奪われ悪魔の眷属にでもされるだろう。

 直ぐに使える手が欲しいのならば魂の再利用をお勧めする。シルフィードはレガノアへの忠誠心が高過ぎる。君は眷属化では魂の方向性は縛れんからな。

 そちらの方がよかろう。そうしたいのならば声を掛けたまえ」


心を読まないで欲しい。というかやはり碌でもない返事であった。心のなかで二人に手を合わせておいた。

しかし魂の再利用か。そんなことができるのか。イースさんがやるのか?

なんというか再利用っていうか人体改造に聞こえるが。まぁ考えとこう。

再び立ち去って行った医者を見送り生首を膝の上でコロコロと転がす。

嫌だったらしくギーッ!と嘶いた。む、生意気な。

生首と遊んでいると側に転がっている屍から声が掛けられた。


「おい、バケモン」


「誰がだ!」


失敬な!!


「てめぇ以外に誰が居る。あぁ、クソッ!いってぇな!何だってんだ!!」


「……」


身体を引き攣らせて身悶えるカグラを枝で突いた。悲鳴を上げてのたうち回っているがのたうち回った動きで更に悶絶している。よっぽど痛いらしい。

明後日の方向を向いて口笛吹いて誤魔化しておいた。私のせいではないのだ。

あらあらと笑っているアンジェラにカグラを任せ、生首抱えてとっとと走る。

私にはカグラなんかより大事な用事があるのだ。


「人間は動けないみたいですねー。じゃ、行きましょうか」


「おー!」


さて、お待ちかねのアレである。

生首を地面に置いてスリスリと両手を擦り合わせる。

時刻は夜。満月に照らされる大地はそれなりに明るい。満月の明かりもあるが、何せあちこちのお花が光りまくっている。

おかげで問題なく見物出来そうだった。

壁の前に立つウルトがペタペタと手を氷に覆われた壁面を触りながらテクテクと歩いて行く。

それに付いて行きながらデシシッと笑った。

そう、本来の目的たるお宝である。

特段、宝物などに興味があるわけではないが長年ウルトがかき集めた宝物となれば流石に興味も湧こうというもの。

面白アイテムの一つや二つあるだろうし、もしかしたら悪魔の芸術品オーパーツだってあるかもしれない。

興味津々である。


「ふむ、見事に黒のマナに汚染されているな。

 生半可な方法ではこの氷は解かせまい。凄まじいものだ」


「へぇ……」


確かに黒っぽい氷だ。というか滅茶苦茶気温が低い気がするのだが。

青の祠並に。

というか私には何があったのかさっぱりなのだが。聞いとくか。


「結局、何がどうなったんですか?」


「覚えていないのか。あまりに人智を超えていたのでな。クーヤ殿にわからん以上、我らにも何が起こったと明確な事は言えんが……。

 クーヤ殿がレイカードに飲まれ、それを見た絵画の悪魔とメデューサが暴れ出した直後の事だ。ごく僅かな時間だったが地獄が物質界と繋がった。

 どうやってか地獄の釜より来たる混沌により、その場に居た天使は全て刹那の間に潰され、何をしたのか私には理解が及ばんがレイカードは次元の壁を抜いて消滅した。

 我々が無事だったのは奇跡に等しい。特に意識を向けられていなかった事と悪魔に庇われたのが大きいな。さもなくば発狂するか死んでいるかしただろう」


「うわぁ」


そりゃすごい。


「この辺り一帯が黒のマナに汚染されたのはその影響だ。数千年の間は人間や亜人は住めぬだろうな。

 だが、これでもマシになったようだ。我々もルイスの絵画から解放されたばかりでな。

 顕現直後は凄まじい有り様だったようだ」


「僕があの状態で会ったのは二度目になりますけどねー。

 クーヤちゃんはすごいですねー」


「ふーん」


何故だか褒められた。

しかし褒められた気がしないな。


「なんで二人共、私の方向見ないのさ」


「クーヤ殿、中々に無茶を言ってくれるな」


「あはは、無理ですよ無理。久しぶりですよこの感覚。もうちょっと待って欲しいですねー」


ぐぬぬ。

何が何だかわからんがハブられている気がする。

腹いせにとてとて付いてくる生首リレイディアを手でひっくり返してやった。

ギーギー鳴いてばたばたと足を動かして空を掻いている。蜘蛛みたいである。

ペタペタと壁面を叩いていたウルトがふと立ち止まった。


「あ、ここですね」


「お」


声に釣られるようにして見上げた氷の壁は特に他の部分と違うようには見えないが。

まぁ巣作りした本人にはわかるのだろう。


「解かせるのか?」


「大丈夫ですよ」


ウルトが手の平を押し当てた部分から氷が解け出す。

うむ。流石の氷のドラゴンさまさまである。

やがて姿を現した洞窟の中に揃って足を進めた。

魔を含んだ氷に覆われた洞窟、その奥まった場所にそれはあった。


「うおおぉぉぉぉぉお!」


大喜びである。

金銀煌めく財宝の山、山、山。

見渡すかぎりの財宝である。

興味は無かったがここまで桁の違う財宝の山とくれば大喜びもするのである。

カミナギリヤさんも感心したかのようにキラキラと眩しい財宝を見上げている。


「あ、無事みたいですね。

 懐かしいなー」


「ふむ、これはアスカナ王国の八番目の失われた国宝ではないのか?」


「そうですよー。宝物庫を襲った時に持って帰ったんですよ」


「これはグラディエルの聖宝冠か」


「それは確か僕を討伐しに来た軍隊を全部凍り漬けにした後、何か降伏の証にって送り届けられた奴の一つですね」


ざくざくと漁りまくる。

む、何か貴重そうな分解出来そうなブツを発見。没収である。地獄に流してやれ。


「しかし、貴金属ばかりだな。

 布、本や杖などは無いのか」


「キラキラ光ってないとイヤなんです」


「竜種らしい事だな」


肩を竦めたカミナギリヤさんが私の隣に並んでざくざくとしだした。

二人揃ってモグラになった気分だ。

あとで他の人も呼ぶか。

これは一見の価値があるだろう。カミナギリヤさんが開けた穴にずぼっと頭から突っ込んだ。

うーん、かてぇ。

残念ながらあまり入り心地は良くなかった。すごすごと撤退である。

さ、戻るか。



外にでると皆さん野営の準備をすっかり整えていた。

と言っても、そんな準備もしていなかったので瓦礫の山から使えそうな道具や食料を掘り出してきたらしい。

私が出した焚き火と鍋を使ってくつくつと何やら煮えている。

というか私が出したココアも飲まれまくっている。いいけど。


「クーヤさん、頭に何を乗せてるんですか?」


綾音さんの疑問にふんぞり返って答えた。


「グランマの宝冠だー!」


「クーヤ殿、グラディエルの聖宝冠だ」


「すごいですね。こんなのがあったんですか?」


「ああ。あとで見てくるといい。

 中々に面白いものを集めていたぞ。それも大量にな」


「うーん、ギルドの倉庫でも提供したいところですけど……高価すぎてあまり良くないですね」


「暫くはここに置いておくか、ベッドの下に入れるしかあるまい。

 このまま街に持ち帰るのは危ういな」


「…………」


「あらあら、カグラちゃん、目が光っているわよ~?」


「ウルトディアス、この男が不埒な真似をするようであれば氷漬けにもしてやれ」


「そうですねー。あ、身体が痛いみたいだしイースさんに引き渡してもいいんじゃないですか?」


「それもよかろう」


「ちょっとした冗談だろうが!」


鍋の中身を覗きこむ。

うむ、美味そうだな。食ってやれ。おたまで一掬いしてかぶりついた。

ウマイウマイ。リレイディアにもあげようではないか。

お椀を作ってよそい、生首の前に置いておく。

口を突っ込んだ瞬間、熱かったらしくギュウゥゥウゥと大きく鳴いた。

花人さん達が引き攣った顔でこちらを見ているが、これは私の仕業ではなく花人さん達が引っ付いている男がやったことである。

そこだけは言っておく。


朝霧に烟る中、せっせと瓦礫から掘り出した安そうな枕を叩く。

叩いているうちに振動する枕がぴたっとその動きを止めた。


「むむ!」


ジャカッ!

バキーン!

ズギャーン!

ドドドドド!!

ロボットが変形するかのように両手両足が生えて来た枕はぎゃぼえぐえぎぎゃぎゃぎゃと笑い声を上げてジェット噴射しつつ逃げて行った。


「待てーい!」


直ぐに追いかけるが早い。なんというスピード。

蛇行しながらの癖に滅茶苦茶早い。

ゴキブリか貴様は。あわや逃げきられるというすんでのところでカミナギリヤさんの矢がストッと刺さった。


「よっしゃー!」


大地に縫い止められた枕を飛びかかってふんづかまえてやった。

暴れる枕を必死こいて地獄の穴へと詰め込む。

腕輪の縁に四肢を突っ張ってぶるぶるしている。

はよ落ちろ!ばちこーんと引っ叩くとそれが限界だったのか、枕は地獄へと落ちていった。

よしよし。一労働終えたし、朝ごはんにするか。

手をパンパンと叩いて土を払い、すっくと立ち上がる。

今日の朝ごはんは瓦礫から掘り出した食料の残りをカミナギリヤさんと花人さん達が調理したものである。

芳しく香る朝食は匂いだけで涎が出そうだ。

きっと美味しいに違いない。この窪地に群生する花々が放つ強すぎる甘い匂いにやられた胸焼けに、今日の朝食の匂いがすーっと効いてこれは……ありがたい……。

腕輪を回収してとっとこ暗黒神である。

待ってろごはん!




「足りんな」


戦国武将の如く、あぐらをかいて頬杖つくカミナギリヤさんがポツリとそんな事を呟いた。

おなかを押さえる。確かに物足りない。

まぁ掘り出した食料のほとんどが使い物にならなかったからな。

人数も多いし、仕方がない。意外にも大食らいらしい花人さん達も何とも悲しげにおなかを押さえている。何故かイースさんを獣の目で見つめている。

煮ても焼いてもその医者は食えないぞ。未だに動けないらしいカグラをお勧めしておく。

ふむ、本で何か出そうか?

ぱらぱらと開く。そういえばポシェットも壊されてしまったし、何か代わりを作らねばならないな。


「えーと……」


ふむ、生活セットに食料はたくさんあるが。どれがいいだろうか?


「クーヤ殿、それには及ばん。ウルトディアス。上空だ。わかるか?」


「あー、魚の匂いがしますね。繋がってるんですかねー。珍しいなあ」


「魚?」


上を見上げる。

雲間から差し込む太陽の光。エンジェルハイロウってやつか。暗黒神的には面白く無い名前である。

デビルンハイロウはないのか。

まあいい。特に魚らしき匂いはしないが。


「行くか」


「そうですねー」


立ち上がった二人に綾音さんが不思議そうに尋ねた。


「魚ですか?

 海はもう遠いですけど…」


「海ではない。雲海にも魚が居るのだ。

 空気を泳ぐ魚というのだが」


「美味しいですよー。こういう天気だと次元が繋がってすっごいたまーに行けるんですけど。

 遥か遠くの海っていう異界です。次元断裂に飲み込まれた空間って言われてますけどね」


へぇ……。それは面白そうである。

魚か。どうしようかな?考えているとがっしと襟首掴まれた。


「む!!」


「興味がある。小生も行こう」


「イースさんとクーヤさんも行くんですね。

 では、カグラさんとアンジェラさん、私がここに残ります。

 花人達のこれからについても話し合っておきたいですから」


「ああ」


知的好奇心がうずいたらしいイースさんにぽいっと竜形態をとったウルトの背中に投げられた。

直ぐ後にリレイディアも投げられてきた。

ギイィィイィと悲鳴と共に降ってくる生首ちゃんを慌ててしっかと掴む。

ひどい、なんて医者だ!

ギィギィと泣きながら鳴き声を上げる生首ちゃんをよしよしと慰めてウルトの背中を移動する。

音も無く登ってきたイースさんとばふっと一瞬だけ妖精の羽根を見せて舞い上がったカミナギリヤさんがウルトの背中に着地する。

ふわりと浮き上がる巨体。

見送りに来ている皆さんに、カグラはピクリとも動かないが……両手を振った。


「行ってくるぞー!」


「期待していろ。火を頼む。焼くのが一番だからな。後は塩があればなおいい」


「この世界はまさに混沌たる世界だな。魚が空を飛ぶとは。物質的法則を凌駕する世界。素晴らしい」


「行きますよー。舌かまないでくださいねー」


「はい。それでは、皆さん気をつけてくださいね」


「あらあら、みんな怪我をしちゃだめよ~?」


遠ざかる地表。

蒼の竜が鯉の滝登りの如く、天を翔ける。



地上は遠く、空は近く。

もうすぐ雲へと届くという時であった。


「お」


ポツリと何か降ってきた。

頬を拭うとついていたのは水らしい。

雨か?

濡れるのはイヤなのだが。仕方がない、本だけでも庇わねば。

何か鞄を出すか。

えーと……。



商品名 カンガルールック


おなかに鞄をつけます。

カンガルーの気持ちが味わえちゃいます。

容量は少なめ。



「……?」


まあいいか。買っちゃえ。

モヤモヤとした黒いモヤがお腹の辺りに湧いた。

さて、どんなものであろうか。


「…………」


確かにカンガルーだな、うん。

私の下半身が大変な事になってしまった。返品したいのだが。それも今直ぐに。

ばっと本を捲る。これはいかん。



商品名 カンガルールック ver.2


皆様のご要望にお応えして作られたカンガルールックです。

前回の反省点を生かしたデザインとなっており、痒いところにも手が届く仕様になりました。



速攻購入。

この状態よりはなんでもマシに違いがない。


「お」


奇抜な毒々しいスカートもどきがどろっと溶けてだぶっとしたズボンになった。しかも毛皮である。

なんてセレブな。股下が随分と下にある。ふむ、前に大きなポッケが付いているな。コレがカンガルーの名残であろう。ビローンと伸ばしてみる。カワアマリだな。

本を突っ込んどいた。む……結構いいな。重さはまるで感じないし、服も伸びていない。異次元ポケットか。いいかもしらん。


「クーヤ殿、そろそろ雲海だ。

 準備はいいか」


「はーい!」


元気に返事をしておく。子供は元気が一番である。

しかし、雨かと思ったが違うな。

パラパラと降ってくる水。ただの水じゃない。

ペロリと舐めればしょっぱい味が口内に広がる。

塩だ。塩水だ。


「いただきまーす」


ウルトが呑気な声を上げつつ、雲に齧り付いた。

その瞬間の事だった。大量の魚が雲から湧き出てきたのは。


「ウギャアアァァア!!」


鉄砲魚である。文字通りの。


「落とし放題だな!これならば狙わずとも当たるだろう!!」


カミナギリヤさんが放った適当な方向を向いた矢が飛来する魚群の一尾にぶっ刺さった。


「ほう、これは面白いものだ。本当に魚が飛んでいる」


「うおおお!!」


本で適当に網を出して目を瞑って必死に振り回した。

稚魚がとれていた。すげぇ。

イースさんの手が目にも留まらぬ動きで動く。

手品のようにビチビチ動く魚がその手に握られていた。


「見れば見るほどただの魚だ。

 この動きは飛んでいるというよりも、確かに空気を泳いでいる。

 ……濡れているな。塩水などある筈がないのだが」


「あはは、食べ放題ですよ食べ放題!」


がぷんがぷんと口を動かす竜が雲を上へと突き抜けた。


「うわ……」


太陽に照らされる見渡す限りの雲海。

雲から雲へ、魚がぴょんぴょんと飛んで行く。


「クーヤ殿、何か入れ物を作って欲しいのだが」


「あ、はい」


「いっぱい持って帰りましょうか。

 これだけいれば僕がお腹いっぱい食べても大丈夫ですよ」


「繋がっているのは数時間が限度だろう。

 出来る限りに捕獲するか」


ニヤリと笑うカミナギリヤさんが引っ掴んだ魚を魔法で焼いてペロリと上から口に垂らすという少々野蛮な方法で平らげた。

うーんと頬を押さえて満足そうに笑うという女子高生とかグルメレポーターな行動にそういえばカミナギリヤさんはグルメだったと思い出す。

じゅるり。涎が垂れてきた。私も食べたい。よし、やるか。

ほくほくとしながら釣り竿を出した。これでうまい魚を釣るのだ。具体的に言えば遠くをどっぱーんとする鯨みたいな奴とかを。何だありゃ。やっぱあれはいいや。

のっしとウルトの首に足をかける。リレイディアは収まりが良かったのかどうなのか、私のカンガルーポッケに収まって動かない。


「おりゃー!」


糸を雲へ垂らす。

うーむ。


「……」


叫んだ。


「ウルト!もっと速度落とすのだー!」


この速度、これじゃ釣れるものも釣れないだろ!





「まぁまぁだったな」


「そうですねー」


「こうして捕らえられると海に生息する魚のように呼吸が不可能になるのか。奇妙な魚だ」


「……」


ウルトのしっぽに付けられた魚がぎっしり詰まった巨大な網を眺めつつもぶすくれて動かない。全然釣れなかったので。なんでゴム長靴とか典型的なものが釣れるんだ。

そんなもんを雲中に遺棄した奴出てこい。とっちめてやる。


「遥か遠くの海、と言ったかね。

 何か由来でも?」


「……ここより遥か西、世界の果てに創世の傷跡と呼ばれる場所がある。

 クーヤ殿、地図はあるか?」


「地図ですか?」


ないな。置いてきた。しょうがないので出すか。

出した地図をカミナギリヤさんに差し出す。

受け取ったカミナギリヤさんがふと遠くを指さした。


「あれが見えるか?」


「……む?」


「雲間から漏れ出る光に見えるが」


「いや、逆だ。あれは上からでは無く下から伸びる光だ。

 世界の亀裂だ」


「世界の亀裂?」


「これだ」


カミナギリヤさんが言いながら地図の一点を指した。

地図の上、北極点という奴か?

何もない海だ。


「ここには昔、大陸があった。アトランティスという名が残っている。

 いや、今も有るのかもしれんが……今は次元の壁に阻まれ確認は出来ん。

 ここには世界の亀裂の中心点があるのだ」


「亀裂かね?」


「ああ。創世神話にある邪神討伐の地だと考えられている。

 勇者が邪神に剣を突き立てた瞬間、そこから世界にヒビが入ったという。

 そこから考えれば中心にあるのは神殺しの剣、というのが妥当だが。確認しようがないのでな。

 実際にはわからん」


「そのヒビを中心にして、いくつか空間が割れちゃってるんですよ。めちゃくちゃに繋がってますし」


「ああ。その次元断裂に巻き込まれ、大陸の四割が消失したと聞く。海底に沈んだ都市も多い。ルルイエやレムリアとかいうらしいが。

 ……あの光の中心、ああして目には見えるが空間的に断絶している。

 どうあっても行けないのだ。無いも同然だからな。地図に書かれていないのだ。どのような空間なのかもわからんのでな。ただの海とされている。

 当時の次元断層がどれ程の大きさだったのかはわからん。だが、余程のものだったのだろう。

 未だ中心部には近づくことすら出来んが、それだけではなく世界に様々な影響が今も残っている。ウルトディアスが言った通り、空間が奇妙な形で繋がっている場所もある。

 一番有名なものは西大陸のザッハトルテの大境界だな。

 霧の大陸と呼ばれる西大陸だが、ある場所を堺に砂漠へと変わる。線を引いたように砂漠と森林に分かたれる光景は凄まじいものだ。

 砂漠と森林を繋ぐ土地が嘗てはあったのだろう。亀裂に飲み込まれ消失したのだろうな。何処かに流れたか。発見はされていない」


「へぇ……」


「だが、亀裂の中に消失したものも、完全に消滅したわけではないのだろう。

 かつて次元断裂に巻き込まれ消失した空間も未だ時折、条件の合う場所に繋がることがある。

 ここがまさにそれだな。遥か遠くの海と呼ばれる所以だ。こうしてここに来れるのもごく僅かな時間に過ぎん。直ぐにまた空間位相がずれるだろう。

 そうなれば手に触れる事は愚か、見ることさえ叶わなくなる。

 西大陸の砂漠も時折、蜃気楼のように砂漠の中に巨大な都市が見える事があると聞く。

 世界から切り離された彼らがどのようにして生きているのか、我らには想像もつかんが」


「おー……」


遠くの光のカーテンを眺める。

邪神討伐の地か。

ふと、ヴァステトの空中庭園を思い出した。

カミナギリヤさんの話の中にあった砂漠の都市。

少し似ている。神殺しに邪神か。

こっそり確保しておいた魚に食らいつく。

生臭い。リレイディアにあげよう。

さて、焼くのもいいが煮るのもいいだろう。楽しみである。

魚ばっかりとってもしょうがないしな。そろそろ戻るべきだ。

旋回しつつ速度を上げる。急降下したウルトが風の流れに乗るがままに雲に潜るという瞬間だった。

その人物と目があった。一瞬の事だ。だが、確かに目があったのがわかった。


「…………」


「クーヤ殿、どうかしたのか?」


その言葉に漸く我に帰った。既に雲は抜けている。アレほど居た魚達も幻だったかと思えるほどに普通の空である。

ゆっくりと頬を抓ってみる。いてぇ。


「なんか今、変なのが居ました」


そう、赤い着物を着た人間のような。

子供のような、何も考えていないような瞳でこちらを見ていた。

そして私の眼は確かにその伝説上にある姿をとらえたのだ。

真っ赤な鱗に覆われた魚の下半身。


「人魚だったわーい!!」





「人魚ですか?」


「人魚だー!!」


「うーん……」


人魚の話を肴に魚に食らいつく。

焼いた魚うめぇ。

脂が乗ったボディにパリパリの鱗。程よく解れた身は焼きすぎず具合の良い塩梅である。

素晴らしい。二匹三匹四匹でも掛かって来るがいい。


「食い過ぎじゃねぇのか。どこにその量が入るんだバケモンが」


「何をー!」


不埒な事を抜かした男を枝で突いた。悶絶するカグラにあっかんべーと舌を出して魚を奪い取って食らいつく。


「あらあら、カグラちゃんのお魚さんは居なくなっちゃったわね~」


「……ファック……ぐああ……」


にしてもまだ動けないのかカグラは。鍛え方が足りないな。


「ぎぃー」


ハートマークを付けた可愛らしい声で生首ちゃんが身体を伏せてピクピクと痙攣するカグラの背中をよじりよじりと這い登って誇らしげなドヤ顔である。

うむ!

お前の勝ちだ、カグラをお前の乗り物として認定する!


「人魚か。神霊族とは違うのか?クーヤ殿」


「違ったのです!」


確かに神霊族の皆さんにも人魚さんは居たが。先ほどの人魚さんは彼女たちとは違うように思う。

一瞬だったのでそれだけしか確認出来なかったが、彼女は魔族だったのだ。人魚の魔族。

彼女は神霊族の皆さんのようなローレライやセイレーンと言うか、どちらかと言えば……そう、八百比丘尼、不老不死の妙薬。そちらの方が近い雰囲気だった。

それに、どことなくおじさんに似ていた。顔立ちなどではない。空気とでも言うのか。

抱えた因果、抗えぬ運命に翻弄される彷徨人。千年の孤独を知る瞳がおじさんとよく似ていた。


「……いつまで登ってやがる!どけやキモイ生首が!!」


「ぎぃー!!」


哀れ、身体の痛みを押して身体を起こしたカグラによってゴロゴロとリレイディアちゃんは地面に転げ落ちた。

しかもキモイ呼ばわりされた事にショックを受けたらしく、半泣きになりひっくり返ったまま力なく空を掻いている。

自力では起きれないらしく、やがてそのまま動かなくなった。うるうるとした瞳でカグラを見ている。

ダンボール箱に入れられた子犬のようなその哀愁漂う姿に涙を禁じ得ない。なんという可哀想さ。酷い。


「何をするだー!」


「鬼か貴様」


「外道ー」


「酷いです……」


「心が貧しいのかね君は」


「カグラちゃん、あんまりだわ~」


「…………酷いわ」


「…………何なんだよクソがぁ!悪かったよ!ンな眼で見るんじゃねぇ!!」


叫んだカグラがリレイディアを表返した。

ゴロリと無造作に転がす仕草、その扱いの悪さったらない。

リレイディアは背中、と言っていいのかどうかはわからないがとにかく後ろをこちらに向け、丸くなって悲しげな横目でカグラを見つめている。


「何をするだーっ!!」


「鬼畜生か貴様」


「うわー、超外道ー」


「いくらなんでも酷いです……」


「人の心を失った外道かね君は」


「カグラちゃん、それはあんまりだわ~」


「…………酷い…………」


口々に責め立てられたカグラは暫く沈黙した後、小さく呟いた。


「……ファック」




荷物をぎゅっぎゅとカンガルーポッケに詰める。

ポシェットは壊されたので中身を出来るだけ回収である。

飴玉を特に重点的に。

クズ石は流石に全部は無理なので半分は諦めよう。

あとはエキドナの小瓶、暗黒花は全てこの場に根を張ってしまったのでいいだろう。

暗黒種のストックが無くなったので作っておくか。


「で、どうすんだよ。俺はてめぇをあの街に連れ戻さなきゃならねぇっつのに。子持ちししゃもかよ。人数アホほど増えやがって。

 ったく、何だってこんなことに……」


腕組みしたカグラがブツブツと文句を垂れたが頭の上にはご満悦のリレイディアが乗りっぱなしである。

ねんがんの乗り物を手に入れたぞと言ったところか。ニコニコとご機嫌な様子でギィギィと歌っている。


「小生は一度診療所に戻る。いずれにせよ、診療所にまで人間が来るのも時間の問題だ。

 面倒な事だが移動するしかない」


「あー。それもそうですな」


確かにもうこの大陸は危険だ。虐殺が行われている真っ最中である。

診療所にはかなりの人数が居たし、あの人数をイースさん一人でカバーし続けるのはキツイだろう。


「ふむ、この人数はウルトディアスでは厳しいか。

 私の転移魔法で移動するとしよう」


よかった。帰りはカミナギリヤさんの魔法らしい。

もうウルトの空中飛行はいい。

一生分乗った。間違いない。


「あーあ。ここは居心地がいいのになー」


「俺は死にそうだけどな」


「カグラちゃん、大丈夫~?」


「この黒の魔力に汚染された地はこの世界の人間には厳しかろう。肉体が致命的なダメージを受ける前に離れる事をお勧めする」


「先に言えや!!」


落ち着かない奴らだな。やれやれと首を竦めて立ち上がる。

そろそろ動くべきだろう。モンスターの街へはあの街からだと船だと言っていたしな。数も少ないらしいし、逃してはフィリアにぶーぶー言われてしまう。

イースさんも患者さんが居るし、なにより花人さん達だ。早々にこの体質を何とかせねば。

びしっと天を指差す。決まった。


「カルガモ部隊、では一時間後に出発するぞー!

 時間厳守の上おやつは三百円まで、バナナはおやつに入らないわーい!」


了承の意を返してきた面々にうむと頷く。

が、一人だけ否を唱えた奴が居た。


「大将、ちょっと待てや」


「何さ」


カグラはビシッと頭の上を陣取る首を差して不満も露わに恨みがましい口調で言った。


「この首なんとかしてくれ」


「ダメ」


カグラには生首ちゃんの乗り物がお似合いである。

さて、一時間で私も準備を済ますか。

ふーむと周囲を見回す。真っ黒い大地、真っ黒い植物。中々に良さげである。

綾音さんもいい拠点になると言っていた。というわけで今のうちに旗を立てるべきであろう。唾を付けるのだ。

開けた場所だし少々勿体無いが……先行投資だ。ぺらりと本を開く。

久しぶりの商品である。



商品名 暗黒神ちゃんマーク


二つ目の暗黒神ちゃんマークを設置します。

地獄の穴を共に設置する事で別の神殿から自由に魔物が往来し、開拓します。

この調子で追加機能も見てみましょう。



購入。地獄の穴もひとつ置いておくか。暗黒神ちゃんマークの横に新しく腕輪を設置しておいた。腕輪からキィキィと顔を覗かせた数匹の魔物が周囲を伺っている。

しかし変わった事が書いてあるな。追加機能?

カテゴリはマナと開拓。



商品名 地獄のトンネル


地獄の穴にトンネル機能を付けて別のトンネル付き地獄の穴に物質界の物を転移させる事が出来るようになります。

この機能を付けた地獄の穴は物質界に固定され動かす事が出来なくなります。

転移させるものは地獄を通るので場合によっては破損、発狂、汚染の可能性があります。

通る途中で悪魔に捕まる事もありますがその場合は諦めましょう。



何だか便利そうな、便利じゃないような。使いにくくないかコレ。

微妙に危険そうな事が書いてある気がする。

うーん……。生き物に使うのは怖いな。しかし普通のアイテムには丁度いいかもしれない。

上手く使えばここにある黒い石とか植物を魔物を使って私の荒野の部屋に運搬させる事も可能な気がする。

とりあえずここの地獄の穴にこの機能を付けておいて、部屋に戻ったら部屋にもこの機能を付けた穴を設置するか。

ちょっとばかり高いが……。まあいいだろう。

というか地獄の穴に道具とか貯めておければ一番早いのだが。そうすれば小さくともまさしくどこからでも出入り自由の便利な事この上ない異次元ポケットとなるのに。

放り込んだものは片っ端から分解されるようなのでしょうがない。

アイテムボックスというよりもダストボックスにしかならない。

実に残念である。設置した地獄の穴を枝で突いてから地獄トンネル購入。


「お」


とろけるように地獄の穴は地面と同化し、確かにこれはもう動かせそうもない。

しかしこれで物質界の物を移動させる転移機能が付いた筈だ。試しに適当な石ころを放り込んでみた。

コロンと転がった石ころは地獄を転げ落ちていく。


「…………あれ?」


石はそのまま見えなくなった。

……どうすればいいんだ?

暫く考えてから再びその辺の石を拾い上げて第二弾を投下してみた。

やはり転がり落ちるままにやがて見えなくなる。


「…………」


悩む。

うんうんと悩みに悩んでから――――それしかないと考えに至った。即ち実地試験である。

やるしかねぇ。すーはーと深呼吸。

ぐぐっと顔パーツを中心に寄せ、渋い顔で覚悟を決める。

一呼吸置いてから、思い切って顔を突っ込んでみた。

突っ込んだ直後、耳を劈くぞーっとするような哄笑がぐわんぐわんと響いて反響する。

空間は闇に覆われ全く何も見えない。ただ笑い声だけが響いている。

石はどこにも無い。もうちょっとだけ身体を突っ込むか。そう思い、身動ぎしたその瞬間の事である。

目の前に凄まじい勢いで幾本もの手が伸びてきたのは。

明らかに私の顔を鷲掴もうとしているその異形の怪物達の腕の見るからに危険そうな凶悪さったらない。


「ギャーーーーッ!!」


迫る腕から逃れんと慌てて顔を引く。目の前で腕が空を切る。鼻先が掠った。掠った!!

間に合ったのは奇跡か何かだろう。こえぇ。舌打ちが聞こえたぞ。

そういや通る途中で悪魔に捕まる事もあるとあった。恐ろしい、恐ろしすぎる。

もう二度としない。というかこれ、生き物が通るのは無理じゃないのか。道具だけにしておくか……。

冷や汗びっしょりの顔を拭って立ち上がる。ふと思い立って本を開いた。

というか顔を突っ込む前に見りゃよかった。



トンネル移動


移動元

ル・ミエルの樹の窪地 石×2



移動先

移動可能な地獄の穴がありません



ですよねー……。

まぁいいけどさ。勉強になった。地獄の穴は危険だ。この機能を付けた地獄穴に下手に手を突っ込んだりするのはやめよう。

本をカンガルーポッケに突っ込む。よし、そろそろ時間だ。

戻ろう。酷い目にあってしまった。たったかと走った。このカンガルールックは少々走りにくいのがネックだな。


「準備はいいか?」


「はーい」


ウルトの財宝はカミナギリヤさんがベッドの下に収納している。

あちこちにある製作メロウダリアのオリハルコンもベッドの下に入れてもらった。持って帰ればもしかしたら何かに使えるかもしれないし。

皆さんもちゃんと準備は終わったようで問題は無さそうだ。花人さん達もイースさんに引っ付いているし、これでいいだろう。

カミナギリヤさんの呪文と共に魔法陣が広がる。舞い上がる花びらの中、見上げた空は雲に覆われ蒼は見えない。

あのどこかに先ほどの人魚さんが泳いでいるのだろうか。次元断裂で切り離された世界か。

あの時間も空間もないような空気の海であの人魚さんはどれ程の時間を過ごしたのだろう。

あの瞳を思い出す。確かに目が合った筈だが、深い翠には何も映っていなかった。

どこも見ていない、何も考えていない瞳。間違いなくまともな精神など残っていなかった。

……その内に彼処から出してやれればいいのだが。


「おりゃー!!」


ごろごろと診療台の上を転がる。

薄いが清潔なシーツと硬い枕がこれはこれでイイ感じだ。くんかくんかと鼻を鳴らすと病院独特の匂いが胸いっぱいに広がる。


「あ!クーヤさんダメですよ!

 折角たたんだんですから!」


綾音さんが猛抗議してきた。むぅ、仕方がない。ごろごろ転がって診療台から落っこちる。そして動かない。


「ああぁぁ……シーツが滅茶苦茶に……」


「残念ですな」


「もう……」


綾音さんは諦めたらしく、ひょいと私を抱えて診療台に下ろし、シワになったシーツで包んできた。

それだけならいいが、風呂敷のごとくきゅっと絞って結ばれた。

巾着にされてしまったようだ。もごもごと蠢くが、固い結び目は解けそうもない。


「ノーン!!」


「そのまま大人しくしてください」


ぐぬぬ。邪魔をして遊んでいた以上文句も言えない。ここは大人しくしておくべきだろう。

忘れられないといいのだが。綾音さんが荷物を纏める音を聞きながら動かないで居ると、何やら小動物のような、巨大な蜘蛛のようなものが私を登りだした。

間違いなくリレイディアである。ぎぃーと聞こえてきた。きっと誇らしげに私の上に陣取っているのだろう。

クソッ!私まで乗り物にされてしまった。

巾着にされた私にはリレイディアをどかす事は出来ない。精々の抵抗に身体を揺らすとそれがむしろ面白かったらしく、ギィギィとご機嫌な歌が聞こえてきた。

おのれー!


「綾音、準備は出来たかね?」


「あ、はい。そうですね。この辺りはもう終わりました」 


「ではそろそろ引き上げるとしよう。

 あの窪地は天使や神にとって少々目立つ。囮にはいいが、ここは場所が近すぎる。早々に離れた方がいいだろう」


イースさんが来たらしい。

救出を求める意を込めてもごもごと蠢くが巾着の結び目を軽く引っ張られただけで終わった。

 

「はい。それにしても……どうやって移動しましょう?船も出ていませんし……カミナギリヤさんもここからの移動は難しいとおっしゃっていました」


「ああ、妖精王の魔力は海とすこぶる相性が悪い。塩とは植物を枯らすものだからな。触媒もなく神の監視下にある西大陸の方から海を越えるのは厳しいだろう。

 あの二人……カグラとアンジェラだったか。あの二人が持っていた道具も使えんな。神の工芸品アーティファクトのようだったが。アレでは二人が限度だ」


「うーん……。となると……やはりこれでしょうか?

 私こういうのって苦手で……」


「それしかないだろう。小生にとっても得意とは言えんのだが」


がさがさと何か音が聞こえてくる。

何かしているらしい。何であろうか。何かこう……削ったり叩いたりしているようだ。時折、がぱっと硬いものが割れる音も聞こえてくる。

何だ、何をしている。気になるぞ。激しく蠢いてみるが、上に登ったままのリレイディアがぎぃーとご機嫌な声を上げただけで終わった。

ぐぬぬ。


「この記述はいらないのではないかね」

「え?でもうこうしないとノイズが消えないような……イースさん、形がとても変です」


カンカンコン。


「……小生にも苦手なものぐらいある」

「難しいですね……」


ガリガリガリ。


「いっその事ここを全て削ってはどうだね」

「そこを消しちゃったら座標が……!」

「これが座標かね?どういう思考でこうなるのか小生には見当も付かんのだが」


コツコツコツコツ。


「イースさん、それは何ですか」

「亜空間湾曲の計算式だが」

「精神汚染末期の同期が壁に書いていた宇宙からの指令にそっくりです」


ボコッ。


「む、元来持っていた能力ではないからな……」

「クーヤさんにお願いしたほうがいいような……」

「我々にそれが出来るとでも思うのかね」


カリコリ、カリコリ。


「……」


「……」


「ぐぅー……」


「ぎぃー……」


スヤァ。

シーツの中は居心地がよく、トンテントンテンと聞こえてくる静かな音。

上に登ったリレイディアが重くも無く、軽くもなくまさに小動物の重さで乗っている。

少し考えれば分かる事である。そんな状況、寝るに決まっているというのだ。ムニャムニャ。

そのように心地よーくスヤスヤタイムを満喫していたのだがその至福は結構な音によって唐突に破られた。


「うわっ!」


鼻ちょうちんが弾けた。


「あれ?クーヤちゃん起きたんですねー」


「ンな縛られ上げられながらよく眠れんな」


どうやら移動中らしい。巾着たる私は棒に引っ掛けられて運ばれているようだ。

どういうことなの……。幾ら何でも野武士ばりの荷物扱いは酷いと思うのだが。せめて抱えて頂きたい。


「出せーっ!」


暴れた。誰が大人しく運ばれるものか。


「起きた途端にうるせぇな」


この声はカグラか。私を運んでいるのはコヤツか?

カグラの癖に生意気な。益々荒ぶってやった。


「ファック!暴れるんじゃねぇよ!」


「おりゃーっ!!」


聞く耳なんかありゃしない。

今の私は馬の耳に念仏、猫に小判で豚に真珠。妖怪きかん坊であるからして暴れに暴れた。暴れすぎて落ちた。


「ギャブーッ!」


解けた結び目からこぼれ落ちた私はそのままボッターンと墜落したのである。

自慢のイカ腹がなければ即死であった。危ない危ない。

顔を上げればどうやら外らしい。診療所は見当たらない。解体でもしたのだろう。綾音さんとウルトあたりだろう。広場の隅の方に規則正しくブロックが積まれている。

むくりと身を起こしてぶるんぶるんと頭を振り立てて土塊を落とす。

全く、この稚い幼体をもっとソフトに、エレガントに扱ってくれたまえ。


「クーヤ殿、大丈夫か?」


「はーい」


カミナギリヤさんがひょいと首根っこ摘まんで起こしてくれた。

ンン、結構結構。

にしてもさっきの音は何だったのだろうか。結構な音量だったのだが。

キョロキョロと周りを見回して気付く。

一、二、三、四、五、そして六。変だ。花人さんである。


「ふえてる」


「……ポッ」


手で覆った頬を赤らめてもじもじと恥ずかしげにしている。むむ?


「花人の繁殖とはあのようなものなのだな。驚いたぞ」


「小生も初めて見たが……魔族とは皆こうかね?信じがたい」


繁殖……。どうやら一人増えたのは気のせいではないようだ。あの音は繁殖した音か?

とてもじゃないがそうは思えないが。


「あんな恥ずかしいところを見られてしまって……イース様、私達……もうお嫁に行けません……!」


「嫁かね?

 問題はないだろう。雌雄のない君達にそのような文化はないだろう。

 そもそも先ほどの繁殖を見たところ見た目は女性体だが本質的には男性体としての部分が大きい。

 嫁というものがそもそも適切ではないと小生は考える」


「イース様は……お嫁さんよりそちらの方がよろしいですか……?

 私達は、婿の方が相応しい、と……!?」


何やら興奮した様子で花人さん達はイースさんに詰め寄っている。

血走った目がちょっぴり怖い。


「何故、小生に振るのかね?」


「あれが恥ずかしいのかよ……。どう見ても寄せ」

「オルァ!!」

「ぐふっ!!」


花人さんのボディブローが重い音と共にカグラの腹に沈んだ。

崩れ落ちたカグラは余程その一撃が決まったのか、ピクリとも動かない。


「あらあら、カグラちゃん、大丈夫かしら~?」


「救急処置が必要かね?」


「……ッ!……ッ!」


返事も出来ないらしい。うっすらと首筋に脂汗が浮いている。鳩尾に決まったのかも知れない。尊い犠牲であった。ナムナム。


「あはは、じゃあ行きましょうかー」


「そうだな」


お、どうやら出発するらしい。しかし寝る前にイースさんと綾音さんが言っていたが……どうやってあの雪の街に帰るのだろう。

船も出ていないと聞いた気がする。診療所の患者さんたちも居るのだ。しかも彼らはリハビリに励んでいる真っ最中、殆ど動けない人も大勢いる。

こうなると竜形態のウルトも無理であろう。

そういえば何か作っているような音がしていたな。それだろうか?

疑問符を浮かべながら待っていると、綾音さんがゴソゴソと何やら取り出してきた。

何だこりゃ。何とも、こう……前衛的なデザインである。一言で言ってしまえば不気味過ぎる物体だった。


「では行きます!」


「ぶっつけ本番と言っていたが。大丈夫なのか?」


「理論上は問題ない筈だ。綾音と小生の理論にはその表現において大幅な相違がある故に少々手こずったが」


「へぇー。僕にはこういう魔道具ってよくわからないですけど。

 なんか変に見えますけど大丈夫ですか?

 どうやって作るんですかこれ?」


「それについては答え兼ねる。小生達にもどうやってとは言い難いものだ。

 使えるが説明は出来ない、そういう能力だ」


「本当はもっと上手く作れる筈なんですが……。

 書き込んだ術式もきっと慣れた人から見れば酷いものでしょうし……。けど、使える筈です」


「大丈夫なのかよ……」


「まぁまぁ……すごいのねぇ」


「私には滅茶苦茶な術式にしか見えんな。そも、術式にすら見えん。本当に転移道具なのか?

 どうやって使うのだこれは」


「あ、それはですね。まずは@の波形からノイズを取り除いてですね、三角定規の音を見ながら色を調整して、焼き目が付いたら波形を返して虹色になるまで1280番目の鉛筆色に――――」


「綾音、君のその理論では彼らに理解は出来んだろう。

 これを使う際には亜空間収束理論を元に、空間、時間を含めた座標の情報、時空間歪曲の計算式に対し湿度と気温と魔力係数から誤差を修正した情報をこの道具の内部に設置している転核に精神交換を――――」


「いや、もういい。聞いた私が悪かった」


カミナギリヤさんが疲れたように手を振って早々に話を切った。うむ、貴女は正しい。私でもそうしただろう。

二人共どことなく残念そうである。

転移用の道具とか実に有用そうだがこの二人にしか使えなさそうである。勿体ねぇ……。

それにしてもどうやって作ったのだろう?

何かこう、そういう能力でも持っているのだろうか。あとちょっとセンスが怪しい。見ていると呪われそうな形状だ。

このデザインはどっちがやったのだろう。気になるぞ。

仕切り直すかのように綾音さんはコホンと一つ咳払いし、高々とその不気味道具を掲げた。


「では、戻りましょう!……上手くいかなかったらごめんなさい」


「北大陸か。小生もここを出るのは初めてだな。移動後、身体の一部が無くなった場合には言いたまえ。保証は出来んができるだけ尽力しよう」


「ぎぃー」


さらっと不安になることを申した二人にストップを掛ける間も無く、顔を引き攣らせた皆さんと共に視界は闇に飲まれた。

帰る先はスノウホワイト丘陵にある街。フィリアとおじさんとパンプキンハートもきっと首を長くして待っているに違いない。

早く帰るべきだろう。何せ既に一泊している。怒っていないといいのだが。

まあ、その前に何より五体満足で無事に帰りつくことを祈っておいた方がいいだろうが。



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