小生は医者だ。免許は持っていないが。

「やだなー、やだなー。別に平気ですよ。行かなくていいですよ。医者なんか行きたくないです」


「降りるぞー!!」


小さな街を眼下にして再びぶーぶー言い出した竜のかってぇ鱗をペチペチ叩く。

何だこの三歳児!


「ウルトディアス、医者が好かんのは私も同じだが…この出血量は流石に不味い。

 血止めぐらいはした方がいい」


カミナギリヤさん、貴女もかい!


「私もお医者さんって嫌いです。私は外に居たら駄目ですか?」


綾音さんもだった。

全員医者嫌いだなんて大人げないぞ!

私も嫌いだけど。

医者の上に歯がつくと益々嫌いである。私は幼児だからいいんだよ。

ぶーぶーぶーぶーと竜じゃなくて豚なんじゃないかと思わせる程にぶーぶー言いまくるウルトに血が止まらないからとか痛くないからとか言いまくって何とか降り立つ。ルイスは地獄に引っ込んでしまったので力ずくなんて出来ないのだ。いや、こんなズタボロウルトにそんな真似はしないが。

静かな街だった。初の西の国である。ヒノエさんが霧に覆われて晴れやしないと言っていた通り、白い霧が立ちこめ、湿気を含んだ重い空気がひんやりとしている。

カゲイラの街か。……静かすぎやしないか?こんなものなんだろうか。

家はスタンダートとも言える石造一戸建てがちらほら。あちこちに木の棒が突き立てられている。なんじゃこりゃ。

カミナギリヤさんが渋い顔で私の肩を叩いた。


「ん?何ですかカミナギリヤさん」


「クーヤ殿。魂を取り込んでやって欲しい。……魔族は死体が残らない。見た目には分からぬが酷い死臭だ。

 この街でかなりの人数が殺されたのだろう」


「……そう、ですね。建物にその跡が残っています。ここは西大陸でもかなりの辺境なのに…」


綾音さんが近くの家の壁をなぞりながら呟く。

ふんふんと鼻を鳴らすが私にはその死臭も分からない。

ちょんと地獄トイレを設置。



[自動洗浄]



摘みを捻る。

ジャガボゴジャガボゴとトイレが唸った。



エネルギー取り出し作業中

推定作業時間32時間



……相当だ。今の魔物の数でこの時間。

そもそも地獄のこの自動洗浄機能はそれほど対象範囲が広くないと思われるのだが。

辺りを見回す。気付かなかったが…私の目には何も映らない。誰も居ない。無人の街だ。

おそらくは住人全員が。


「医者も居ないみたいですねー」


「む」


そういやそうだった。

まぁルイスもこの街がこうなっているなんて分からなかっただろうしな。仕方が無い。

こうなりゃ本で治すしかないな。というかそっちの方が俄然速い。すっかり忘れてた。

本を開こうとして、声が掛かった。


「……そこに居るのは誰だね。

 人間か?ならば生かしてはおかんが」


「……我らは人間ではない。お前は魔族か?」


振り返る。人が居たらしい。気付かなかった。

ふーむ。

メガネを掛けた白衣の男。この格好、もしや。


「えーと、変わり者のお医者さん?」


「小生は変わり者などではないが。医者ではある。その竜かね。外傷のみなら一週間ほどで傷は塞がる。

 必要なものは止血と化膿止めだ。後は放っておけばいい。来たまえ」


変わり者だな。こちらが何を言うでもなく一方的に治療を決めてしまった。いいけど。本当に竜でも診るらしい。

まじまじと眺める。真っ黒い髪の毛に金の目。青い肌が不健康そうだ。多分ビーカーでコーヒーを飲むタイプだな。そんな気がする。

背中を向けて歩き出した医者を全員で追いかける。まぁ、竜形態のウルトには欠伸が出るほど遅いのだろう。一歩ドシンと踏み出して立ち止まってハスハスと辺りを見回してから一歩踏み出してドシン。


「……人間になった方がいいんじゃね?」


歩きにくそうだが。


「人間形態になる時に鱗が傷口に刺さって痛いんですよねー。傷の塞がりも悪いし」


「ふーん」


「あ、クーヤちゃんがイタイイタイのとんでけーしてくれたら治る気がします」


「元気そうだしいらないな」


安定のペドであった。

痛い痛いの飛んでけってツラかよ。


「お前は何故こんなところに?

 見た所この街は既に無人のようだが」


「墓を作りに通っている。

 遺品だけだが。多すぎてまだ埋葬しきれていない」


「……あの、ここで何があったんですか?」


「ありふれた虐殺だが」


「…………」


あまりにも普通すぎる口調で言われたので間があった。


「……虐殺!?」


「驚くことかね?

 今や西大陸のどこででも見れる光景だが」


呆気に取られるとはまさにこの事。

そうだろう、という話は出ていたが実際にそうだと言われると二の句がつげない。

あちこちに立つ木の棒。なんだこりゃと思っていたが……墓か。


「小生の診療所に幾らか土地を流れてきた生き残りが居るが。

 五体満足の者など居ないのでね。老いた者、幼い者は治療しても死ぬ事も多い。

 そこを生き延びても大体が故郷に帰る、家族を探すと言って出て行くのだが。一週間後に遺留品を見つける場合が殆どだ。

 働く甲斐が無いので人間には虐殺行為をやめて欲しいのだが」


「……協会の者達ですか?」


「そのようだ。二年前に大聖卿が変わったというのは知っているだろう。彼は協会の中でも過激派のようだ。

 着任するや否や、西大陸の流通を止め、情報遮断と海上封鎖を行いギルドを潰し、浄化と称したジェノサイドを行っている。

 小生も一度見たきりだが。あれで本人は本物の善人のようだ。本物の善人だが、完全に狂っているな」


「やはりギルドは潰されていましたか…。

 ただでさえ緊張状態の西大陸にあまりに強い人材は警戒されると異界人は全く上陸していませんでしたからね…」


「君はギルドの者かね。それならばギルドに伝えてもらいたいのだが。

 西大陸は諦めろと伝えてくれ。均衡は崩れた。手が付けられる状態ではない」


「……お前はどうとも思わんのか?

 医者のようだが」


「小生は救った命よりも殺した命の方が圧倒的に多い。

 幻覚にも不眠にも人は慣れるものだ」


「へー。名前はなんて言うんですか?見た事ないタイプの魔族ですけど」


「魔族ではない。君達で言えば異界人というものだ。医者をしていたが長命すぎる種でね。助けてと言われるよりも殺してくれと言われるほうが多かった。そういう意味ではここは新鮮だな。誰も彼もが生きようと足掻く」


「ほほー」


最近は異界人に会う事が多いな。というか少ないって聞いてたのだが。多いぞ。

綾音さんがメガネをくいくいと調整しながら医者に話しかけている。なんだか気さくな感じだ。異邦人同士、何か繋がるところがあるのかもしれないな。

メガネタッグだし。綾音さんはメガネの真ん中をちょんと摘みあげるが医者の方は手を広げて小指と親指で器用に押し上げている。こんなところに性格が現れているな。


「こんな所に居たんですね」


「小生もここに来て一年だが。

 ギルドと連絡は取った事がないからな」


「一年……じゃあ、やっぱり私が最後なんですね」


「そうとも限らないようだ。東に一人、ここから東南に向かって数キロ先にある小島に一人。

 小生もそれだけしか把握はしていないが、全員ではないようだ」


「そうなんですか。そういえば、さっき同じ様な人が居ました。多分あの人もですね。あ、お名前は?」


「ああ、忘れていた。そうだな。小生の名はこの世界の住人には発音しにくいようだ。

 仕方がないので省略して近い発音でイースと名乗っている」


ふーん、発音しにくい名前か。実はケッチャクラッツァアペニパニポロロッツィェアとかかもしらん。

こちらも適当に自己紹介を済ませる。

しかしちょっと気になったのだが。


「綾音さんと知り合いなんですか?」


さっきの会話はそうとしか思えないが。


「いや、初対面だ。名前だけは知っていたというだけだ」


「へー」


「……先ほどはその本で治そうとしたのかね?」


「え? ええ、まぁ」


何で分かったんだ?この本の事を知っている?

がさがさと茂みを掻き分け進むイースさんに疑問を返す。

茂みの先、少し開けた場所に奇妙な文様が描かれている。


「やめておいた方がいい。治療に関してはその本は得意分野ではない」


「そうなんですか?……ていうかこの本の事知ってるんですか?」


ちらりとこちらを見てくる。正確には本をだろう。

グロウのような嫌な視線ではないが。モルモットを見る目ではある。


「……製作者は黒貌、アスタレルかね。アレは趣味が悪い。君自身は能力に制限は無いが。その本を介する以上は碌な事にはならないだろう。

 妙な接合や組織の追加をされかねない」


「……うぇ!?」


な、なんと!?

なんと言ったこの医者!!


「お前は悪魔の知り合いなのか?」


暗黒金魚と化し声も出せずにぱくぱくするだけの私の替わりにカミナギリヤさんが聞きたい事をたずねてくれた。

そう、それだ!


「知り合いという程ではない。直接会ったことはないからな。趣味の悪さは知っている。

 あまり会いたくは無い。小生とは気が合わん」


言いながら地面の文様に手を当てる。


「何ですかそれ?見た事ないなー」


「転送方陣だ。交信球と理屈は同じだ。

 古き魔王の遺産だな。生きているものも少なければ書き換えも出来ん。

 対応する決められた場所にしか飛べるものではないが。便利ではある」


「へー。誰だろう。マリーベルさんでもないなー。見た事のない字ですよ」


……なるほど、それでさっきは私が気付かなかったわけか。今まさに来たばかりだったのだろう。運がよかった。

方陣の上に乗った途端。ぶん、と羽虫に似た音。景色が変わる。すげー。簡易転移魔法という感じだ。断言していいが絶対に難しい技術だ。

転送された先にはこじんまりとした白い建物。あれが診療所って奴だろう。ちらほらとリハビリに励む魔族の皆さんの姿が見える。……全員、拷問でも受けたかのような酷い有様だ。


「君は診療所には入らん。医療品を持ってくる。あまり無意味に動くな。血が吹き出る」


「ちえー」


大人しく地に丸くなったウルトはプスーと鼻を鳴らした。ん、本当にドラゴンだろうかコイツ。

でかいだけの豚か犬ではあるまいな?


「ふむ、ペットは主人に似ると言うからな。クーヤ殿に似てきたな」


「えー…そんなの嫌だー」


冗談はやめていただきたい。誰が主人か。そしてその理論で言えば目の前でぐうたらする犬豚ペドラゴンは私に似ていると言うことになる。本当にやめて頂きたい。

誰がこんな犬豚なものか。ごろんと芝生に転がった。プスーと鼻を鳴らして動かない。むむ、枕と掛け毛布が欲しい。


「そっくりですね…」


なんだか綾音さんまで言い出した。変な言いがかりはやめてくれ。ウルトに似てるのはフィリアだ。私ではない。

とりあえず、イースさんが戻ってきたら詳しく話を聞きたいものだ。悪魔と知り合いとは。只者ではあるまい。

ビローンと伸びをしつつ、イースさんが戻ってくるのを全員で待ったのであった。



「竜は頑丈と聞いたが。本当のようだな。鱗は貫かれているものの、筋肉や神経は無事だ。深く入り込んでいるものはない。

 大したものだ」


「えー。チクチクするからもっとソフトに扱ってくださいよ。

 竜って繊細なんです」


ピンセットでボロボロの鱗を毟られているウルトはクアーとでかい欠伸を一つ。何が繊細だって?

ま、空耳だろう。

イースさんがほじくり返している部位からぽろっと何やら零れ落ちた。即、飛びついた。何か視界の隅でそういう動きをされると飛びつかずにはおれない。仕方がないのだ。


「何だこりゃ」


ウルトの血に塗れるそれは小さな丸い石だった。半透明でうっすらと光を放っている。


「神気にあてられた魔石だ。

 シルフィードだったか。それが弾丸替わりに使っていたものだろう」


「おー…」


何だか分解できそうな見た目だ。地獄に放り込んでおいた。

いかにも染みそうな薬品で傷口を消毒されてうわーっと悶える竜を尻目に、イースさんに聞いてみた。


「イースさんって悪魔と何処で知り合ったんですか?」


「君にそれを聞かれるというのも可笑しな話だ」


「?」


「小生が知り合いなのではなく、君が知り合いなのだ。順序が逆だよ」


さっぱりわからん。

まぁ確かに私の知り合いではあるが。


「何れ分かるだろう。小生が言うべき事ではない」


しかしイースさんは詳しく言う気はなさそうだ。

しょうがない。気にはなるが無理に聞き出すほどでもないしな。適当に納得しとこう、私は世渡り上手なのだ。

こつんと頭に先ほどの石の第二弾が降ってくる。拾って地獄流しである。

ごろんとうつ伏せに転がりなおして枕替わりに抱え込んでいた本を開く。


「ふんふーん」


セレブだ。実にセレブだ。

魔力は充実、今ならば一軒家も買えよう。マリーさんに早く会いたいな。この魔力と荒野に置いてきた魔水晶、合わせればいける筈だ。マリーさんの封印解除。ふふふ。きっとびっくりするに違いない。

この人間の赤ん坊以下と言われまくった私がこうして何だかんだ魔力を溜め込んでいるのだ。ブラドさんだって文句は言えまい。再び降ってきた石を地獄に放り込む。

パラパラとページを捲りながら足をぶらぶら。

そろそろ新しい服が欲しいところだ。色々とあったからな。結構ボロボロだ。……しかし相変わらず趣味が悪いな。何だこの服。縦縞の禍々しい服を見て顔を顰める。普通の服が欲しいのだが。……スクール水着?着るかアホか。


「君はその本の機能について何処まで知っている?」


「え?……単に魔力で色々買えるってだけじゃないんですか?」


「……それだけしか聞いていないというなら小生も何も言わんが」


「え!?いや、気になります!何ですか!?」


「役に立つような機能というわけでもない。知らないのならば問題はない」


「益々気になるじゃないですか!!」


「言わなかったという事は言う気が無かったと言うことだろう。

 小生もこれ以上アレに恨まれたくは無い。ただでさえ我々は恨まれている」


何だ!?めっちゃ気になるぞ!?

悪魔の人間関係の裏側がチラチラしている。気になるに決まってる。

だがやはり言う気はないらしい。うぬぬ。ぶすくれて本に顔を埋めてじたばたした。涎が垂れた。何の機能があるって言うんだ。

ぬぐってから掲げて見る。やはり何も無い。いや、確かに色々機能はあるが。どれが特殊でどれが普通の機能なのかも分からないような代物である。何だと言うのか。

ぶんぶん振ってみたり逆さにしてみるが、そんな事をしても分かるわけが無い。……そのうちアスタレルをとっちめて吐かせてくれる。いつか。そのうち。やれたらいいな。


「イースさん、クーヤさん」


「お」


綾音さんだった。


「治療にはまだ掛かりそうですか?」


「この巨体だ。簡単な治療だが時間は掛かる」


カミナギリヤさんを探せば、ふむ。魔族の皆さんに話を聞いて回っているようだ。カミナギリヤさんのでかさに皆さん慄いている。そりゃそうだ。

ぼけーっとしているとウルトの方向からスピースピーと寝息が聞こえ始めた。……どんな神経しているんだ?

ウルトが寝たので遠慮が無くなったのかどうなのか、イースさんがピンセットで容赦なく傷口周りの鱗を毟り始めた。いてぇ。見てるだけでいてぇ。

ピンピン、ピンピンと蚤か何かのように鱗が飛んでくる。非常に嫌だ。しかし本人は呑気なもの、ぐーすかと完全に寝入っている。信じられない。綾音さんも若干嫌そうな顔である。ピンピン飛んでくる鱗から逃げるように足早に立ち去っていった。逃げるようにっていうか逃げたな。いいけどさ。

ピンセットの動きを見ているうちにふと気になった。


「魔族や竜に薬とかって効くんですか?」


軟膏とかあんまり意味がなさそうなのだが。


「君もそう思うか。小生も来た当初、疑問に思った。

 例えばこの液体。小生の世界では消毒液と呼んでいたものだが。この世界の流儀に従って作ったものの、果たしてまともな肉体と呼べるものを持っていない精霊や魔族に効果があるのか。

 結論から言えば効果はあった。小生の認識している医薬品というものはこの世界においても問題なく通用するのだ。

 小生の世界には風邪症候群という病気がある。そしてこの世界にも。

 だが原因は異なる。小生の世界においてはそれはウィルス感染によるものだった。この世界では病原菌、ウィルスなどではなく呪いや魔力の暴走、青系のマナと黒のマナの混合物の体内への過剰侵入。

 引き起こす症状も治療法も同じだが別の物なのだ。それと同じだ。この消毒液は菌を殺す、というものだが。この世界においては霊素やマナの流出を防ぎ、雑素の侵入を防ぐという効果がある。

 これも得られる結果は同じだ。

 科学による生成と魔法による生成、方向性、アプローチ方法は違うが同じことだったのだろう。

 秩序と調和の属性を持ったならば科学。混沌と狂乱の属性を持ったならば魔術。

 どちらにせよ、世界の構成要素が違うとも、孕むエネルギー総量に差こそあれど総合的な質と言うものには変化が無い。

 文明とは発達すればするほどに秩序へと振り切れていく。神の奇跡も精神の力も失われていく。禁断の果実とはよく言ったものだ。知識を繋ぎ、世界を数値化し理を解すると共に人類の平均化と平等化が行われる。知恵を得た人類は世界を光と法で照らし、その替わりに混沌の闇を忘れるのだ。物質としての進化、それはつまりこの世界で言うところの霊的な退化に他ならない。

 事象とは何かしら対応するものを持っているものだ。男と女、高温と低温、科学と魔法、成長と停滞、欲望と節制、生と死。光と闇。相反するそれらはどちらか一つしか手には取れない。これは全ての事に適応される。……だが、相反している、と言うのはつまるところ、即ち同じ属性だという事だ。内包するエネルギーの方向性が違うだけだ。快楽と悲しみ、怒りと喜び、それぞれ相反するものだが大元は同じだろう。そういう事だ。個人というミクロであろうとも宇宙というマクロであろうともこれは変わらん。

 つまり、どの世界も方向性も属性も違うが、物質界という同じ世界線にあるのだ。小生に言わせればこの世界の有り様は狂気としか言いようがないが。

 数多く存在する世界、何れもバラバラに見えてその実、根本的なところで違いが無い。君は多元宇宙理論と言うものを知っているかね。

 この場合は可能性の数だけ宇宙が存在するという話だ。隣り合う宇宙、古い枝より分岐した遥か遠い宇宙。宇宙とは枝だ。根源から伸びる枝、世界樹だよ。可能性を切り替えるごとに分岐し永遠に成長し続ける枝葉だ。

 どの世界も同じとはそういう事だ。遡り続ければ何れその分岐にたどり着く。宇宙のミトコンドリア・イブだ。煩雑に見える物質界、だが、根は同じであるが為にこの樹が内包する事象より外側に出る事がない。

 どんな神話でも始まりは基本的に混沌から始まるだろう。どの世界でも始めは混沌なのだ。五十億年前、人々はどのように暮らしていた?分かりはしない。過去はいつでも闇の中だ。小生の世界にも嘗て神霊族や魔族のような霊的な生命体が居たかもしれん。彼らは死体が残らない。居たとしても証明は出来ん。実際には今も霊魂や精霊とて居るかもしれん。だが、霊的に退化し続けた人々に魂の力はない。認識など出来ない。突然変異でそういったものが見える人間が居たとして、いくら声高に居ると叫んでも妄想としか見られない。調和とはそういうものだ。大衆の同一価値観、魂の並列化だ。

 知恵を蓄え、世代を重ね、命を繋ぐ事は光で世界を照らす事だ。炎を手に入れた。人の始まりはいつでもそれだ。未来は光だ。文明が発達するごとに秩序へと向かうとはそういう事だ。長く時間を重ねる事は光に向かう事だよ」


「へぇ…」


ううむ、何だか面白い話が聞けてしまった。面白かった気がする。多分。

しかしマナ、マナか。なんだそりゃ。したり顔で頷いてはいるものの、謎である。


「……魔力の事だ。魔力と言えば個人の能力値をさす事が多い。世界に満ちた魔力の事をマナと呼ぶ事で便宜上使い分けている。

 この世界にはこのマナを生み出す存在が居る。魔法学では樹と呼ばれている。レガノアや精霊王のことだ。それぞれ一色ずつのマナを作り出している。肉の器を持つ人間や亜人にとってはそうでもないが、精霊や魔族、魔物などの霊的生命体にとっては必須とも言える。

 魔族や竜が弱体化しているのは彼らにとっての酸素であり、エネルギー源でもある黒のマナが無いからだ。黒のマナを生み出す樹は宵闇の樹と呼ばれている。今はこれの生成量が圧倒的に低い。

 黒のマナはマイナスの属性だ。他色のマナと交わり、肉の器に悪影響を及ぼす事が多い。先ほども言ったが。風邪の原因となるマナだ。逆を言えば肉の器を持たない者は病気と言うものに掛かる事がほぼ無い。

 このマナがないおかげで今は風邪などの病気が無いとも言える」


「……プシュー」


頭から煙が出てきた。発電できそうだ。既に半分は頭から流れていった。アレだ。長い蛇の頭を見て尻尾を見る頃にはもう頭がどんな形だったか覚えていないみたいな。

アホ口あけて呻くしかない。半分も理解出来なかったが目の前に居る人物の頭がいいのは実によく分かった。なのでもういい。


「物質界では肉の呪いに縛られながらもその自由意思において全ての選択が許される。そのように創造されたのだろう。この宇宙の現状がそれを示唆している。

 枝分かれする事であらゆる可能性を認めている。人々は精神に果てはなく、原罪に罰はなく。無限に近い多様性、無制限の未来。この宇宙は神々の揺り篭から外へと放たれた世界。

 そして物質界で生きて死ぬ我々は時間とは連続性のある事象であるという前提からは逃れられぬが故に、横の時間軸しか認識出来ない。世界は枝ではなく、水面に浮かんだ泡としか感じる事が出来ない。

 発達した自我と引き換えにした失われた力だな。知恵を手に入れる前の赤ん坊のような人間だった頃はもっと広い視界を持っていたかもしれん。これが神の罰とでも言うのかもしれんな。

 そういう意味ではこの枝は宇宙で最も罪深い枝だろう。多としての物質的進化、個としての霊的進化の両立。魂は肉体を凌駕する。霊素で構成された元素。顕現する神々。空想の中に住まう種。既に物質という枷を外しつつある。

 他の枝とは真逆の成長を続ける枝だ。振り切れていると言っていい。恐らくは唯一だ。カオスの収束点。秩序に向かい続ける他の枝に対し、この枝一つで均衡を保っている。このたった一振りの枝が今、どれほどの重さか分かるかね?

 秩序と混沌、正と負、矛盾した要素を抱える魂、感情と欲望と願いと祈り、全ては奇跡へと変換され、因果は絡まり、相転移する。人の業とは時に造物主たる神々の思惑を超えてあるものだ。

 ……悪魔もだが。既に手に負えなくなっていると見える。自業自得であるが故に同情はせんが」


「ヌ?」


何やら呆れられている。


「何の話でしたっけ?」


さっぱりわからなくなってしまった。

イースさんはメガネを押し上げながら、エリート商社マンのような口調で言った。


「ミクロ視点で言えばかつて放任主義極まりない母親が居たが野生に育った子達に手痛いしっぺ返しをくらったという話だ。

 君もそうならない様に気をつけたまえ」


「はぁ……」


子供なんて居ないので気をつけようがないが。

いや、いつか必ず大きくなって結婚して家庭を築くという大いなる野望を秘めているのだ。

覚えておこう。私が子供を産んだら構いに構いとおすぞ。見ているがいい。

ウルトの皮を容赦なく縫い合わせていたイースさんはぷちっとその糸を切った。


「術式を終了する。

 今日は診療所に泊まっていきたまえ。

 じきに日も暮れる」


「はーい」


その方がいいか。さて、では時間が余ってしまった。何をするか。

ウルトはぐーすか寝ている。

ふむ、少し気になったのでやってみるか。ぱらぱらと本を捲る。そう、マナだ。マナなのだ。一応神様なのだし、私にも出せるんじゃないのか。レガノアだってマナを作っていると言っていた。

私も…こう、出せるかもしらん。気になるじゃないか。金銀煌くオーラを纏えるかもしれないのだ。是非ともやるべき。


「お」


新しいカテゴリだった。マナと開拓。



商品名 闇夜花


暗黒神のマナを生成し物質界に少しずつ振りまく花。

世話をしなくても枯れる事はないが、暗黒神が死ぬと一緒に枯れてしまう。



ほほう。

……私が出せるわけじゃないのかよ。ちえっ!オーラという野望が潰えてしまった。

でもまあ、この花はあっちこっちに植えるべきかもしれない。

そのうちきっと為になるだろう。何せ開拓カテゴリである。よし。種を購入。目の前にころりと小さな種が転がった。

診療所の庭の隅。花壇らしき場所がある。多分薬草とかハーブとかが植えてあるのだろうが。ちょっとだけ間借りである。

ぷすっと柔らかい地面に穴を開けて種を放り込む。さて、どれぐらいで成長するのだろう。花壇の隣にある園芸道具の中から如雨露を引っ張り出し、水をたっぷりかけてやった。どんどん育つのだ。

どれどれ、様子を伺うかとしゃがみこんだ瞬間であった。

ピョコッ、芽が生えた。

ピロリン、大振りの葉っぱが二枚生えてくる。

ポロン、あからさまに茎じゃ支えきれていない、巨大なつぼみをつける。無論垂れ下がった。

パッ!釣鐘型の花が咲いた。

僅か一分の出来事である。


「…………」


まぁ、いいか。気にしない。しかし植物を育てる喜びもクソもないな。

ふむ、葉や茎は黒っぽい緑色だ。花びらはうっすら半透明、紺色である。花粉を蓄えるべき場所にはぼんやりとした光。ちらちらと紫の光を放つ黒い粒を散らしている。マナって奴だろうか。

光に透けた花びらが全体的に青色に光を放ち輝き、花の周囲を月明かりのように薄く照らしている。

しかしファンタジーだな。夜になればそれは綺麗だろう。

本で再び種を量産。ポシェットに仕舞い込む。自動洗浄と一緒に行く先々で植えてやろう。うっかり死んで枯らさないように気をつけなくては。世界を暗黒神のマナだらけにしてくれるわ。

決意も新たに暗黒神、神様生活一ヶ月目の夜である。


やっぱりというかなんというか、ビーカーで茶が出された。期待を裏切らないな。

食事は簡素な病院食の余りらしい。あからさまに医者が治療の時に使うような銀のトレイで出てきた。なんてヤブ医者だ。


「それで?君達は何の為にこんな辺境くんだりまで来たのだね」


「あ、そうだった」


ウルトの里帰りだった。がさがさと地図を出す。

テーブルに広げて治療の甲斐あって人化しても平気になったらしく、人間形態でテーブルに着くウルトに見せる。


「ウルトの言ってた巣って何処にあるのさ」


「えーと……何ですかこれ?変な模様ですねー」


竜には地図は理解できなかったようだ。まぁ必要ないわな。

皆で覗き込む。


「ここはどの辺りなんですか?」


「明確なところは分からんが…ここらだろう」


とんとんとイースさんが地図の一点を指し示す。ぐりぐりと診療所と書き込んでおいた。

それを見たカミナギリヤさんが一つ頷いた。


「ふむ、コンポート大森林の一角だな。ウルトディアス、巣の近くに何か目印になるようなものはなかったか?」


「そうですねー…。大きな窪地に横穴を掘って住んでたんですよ。あ、真ん中にやたらと大きな変な樹がありましたよ。珍しい匂いがするんで気に入ってたんです」


「……これも神の思し召しとでも言うのかもしれんな。

 窪地に特殊な匂いの巨木。その条件ならばル・ミエルの樹だろう。壁面は氷に覆われている。君の邪気の名残だろう。

 数千年前に崩落したと見られる巨大な窪地だ。窪地というよりもほぼ穴だが。

 深さは数十メートル以上、底には水が溜まってル・ミエルの匂いに釣られたキャラメリゼの水花が群生している。

 最近になって人間が押し寄せているのだが」


「ウルトディアスの財宝は盗られたか。残念だったな」


「えー!?」


「元気を出してください、ウルトディアスさん。また集めればいいですよ」


「折角集めたのになー。氷漬けにしようかな」


むぅ、一歩遅く無駄足になってしまったようだ。

ウルトの財宝って凄そうだし一度見てみたかったのだが。まぁ仕方がない。

残念な事だ。西の情報をもう少し手に入れてから帰ろうかな。それぐらいせねば割に合わないし。

それに否を唱えたのはイースさんだった。


「いや、財宝が見つかったなどとは聞いていない。氷に埋まっているのだろう。あそこには花人が住んでいた。それでだろう。

 そのおかげでこちらにまで来ないのだが」


「……花人か。とうに滅んだものと思っていたが。末裔が居たか」


「花人ですか?えーと……?」


「綾音殿が知らぬのも無理はない。見た目は神霊族と変わらんようだが、魔族の一種だ。……かなりの希少種だ。

 私も実物は見たことがない」


「何でそんなのが僕の巣に住んでるんですか」


「知らぬ。気に入ったのではないか」


ふーん。花人か。ゴージャスそうな種族名である。神霊族のドライアドとは違うのだろうか?

どんな人達なのだろうか。気になるぞ。

カミナギリヤさんが思い出すようにこめかみを揉みながら唸るように説明してくれた。……本当に希少な種なんだろうな。しかもとっくに滅んだ扱いである。

多分覚えているカミナギリヤさんが凄いのだろう。


「見た目は美しい女性の姿を取っている事が多いようだ。両性であり、男は居ない。

 どのような条件かは分からんが、百年の眠りと呼ばれる状態になる事があると聞く。確か…別名は荊姫だったか。

 私も詳しくは知らんが…異常な程に人間に執着されていた種でな。その身体に何かあるらしい。数年で狩り尽くされたと聞いていた」


数年か。どれ程の数が居たのかはわからんが、かなり早い気がする。

何があったのだろうか。ビーカーの茶を啜る。ウマイ。

茨姫か。ふーむ。なんとなくマリーさんっぽい響きだ。

イースさんが淡々とした口調でその花人について説明してくれた。


「身体のどこかに魔石をつけて産まれて来る種だ。小生も治療で訪れていた。見たところ、最上級に近い等級の魔石だ。条件というのはこの石の破損、紛失、汚染。この石を彼女達は緋石と呼んでいる。

 彼女達の身体は石を生み出す。緋石を剥がされ眠った状態に陥った身体に刺激を与えるとその身体が石を作りだすのだ。電気を流すなり、身体を開くなりすれば身体の何処かに石が作られる。刺激を強くするか、長時間与え続ける事で石は巨大化し、純度の高いものになっていく。一番効率の良いものは痛みだろう。個人差はあるが、ある程度の石を生み出すとその後は一切の石を生まなくなり、数時間後、長くても1日、肉体の末端部から徐々に石化し始め最終的には残された肉体全てが石へと変じる。そしてその性質と生み出される石の貴重さを人間は知っている。人間が彼女達に執着する理由だ。

 緋石というのはその別名を賢者の石。そして緋石を剥がされた身体はオリハルコン、ヒヒイロカネと呼ばれる石となる。聞いたことぐらいはあるのではないかね。

 それが目的だ。神話上に存在する金属だ。彼女達は神話にある石を得る唯一の手段だ。

 ル・ミエルの樹に住んでいる集落の者達も聞けば子供を人間に攫われ、死に物狂いで助けたものの原型を留めぬ姿で全身石化した状態だった、という事もあったようだ。

 彼女達は眠る事を恐れていた。眠っている間にも意識も感覚もあるのだ。

 故に恐れる。見た目には眠っているようにしか見えんほどに身体は動かせんが、意識はあるのだ。だからこそ彼女達は何らかの事故などで眠りに陥った同胞を手厚く保護している。一晩だけ眠りにつかせ、祈りを捧げてその後で一息に首を落とすようだ。放って置いてもそのうちに飢餓と恐怖で発狂し石化するからだ。

 緋石は産まれながらの場所から動かす事は出来ん。足や腕など破損や汚染する可能性があまりに高い部位にあった場合はその場で安楽死させる。

 恐らくだが彼女たちはメドゥーサと呼ばれた石化の魔眼を持つとされる怪物の原型となった種ではないかと小生は考える。彼女達の力は他人ではなく自分を対象とし制御が出来ないなどと完全に暴走しているが石化の魂源魔法だ。

 緋石は恐らく制御石なのだろう。それも後付されたものだ。暴走した石化の魔力を緋石で抑えていると見る。これも仮説に過ぎんが、暴走の原因は魂と精神と肉体の分離。本来ならばそれぞれが相互方向に繋がっていねばならんものを一方通行でしか繋がっていない。緋石はこれを繋ぐ事で制御をしていると思われる。緋石を失う事で繋がりが失われ、精神から肉体へと干渉できなくなり見た目には眠っているような状態になるのだろう。

 刺激で肉体が石を作り出すというのも、正確には肉体ではなく魂に刺激を与える事だろう。近くで仲間が殺されたりすればその悲鳴で石を作り出すという事もそれで説明がつく。武具に魂を込めるのと同じ方法だな。強い感情を力へと変換する。残されている肉体は変換機とも言える。魂の巨大な力を肉体という変換機を通す事で神話級の石へと変化させる。

 精神が破壊され、魂の力を使いきる事で変換機たる肉体は臨海に達し崩れて魂を消滅させそのエネルギーを以って対象範囲である自分の肉体全てを石化させる」


うへぇ。そりゃ凄い性質だ。完全に呪いだろう。滅んだと言われていたのも、隠れ住んでいるというのも納得である。

にしても凄いな。どれも聞いたことのある名前だ。

そんな人達なら確かに人間だって放って置かないだろう。


「賢者の石にオリハルコン、ヒヒイロカネか。……伝説の展覧会だな。凄まじい種族が居たものだ。人間に狩られもしよう。

 その花人の住む場所にそれを知る人間が殺到しているか。……今まさにどれ程の地獄が繰り広げられているものか。花人というのはどうやって子を産む?

 その集落に人はどれ程居るのだ」


「繁殖の仕方については知りかねる。いつの間にか増えている。ただ、爆発的に増えるという事はない。

 集落には二十人ほど居た。今はわからんな。人間も何とか繁殖の方法を聞きだそうとしてはいるだろう」


というかイースさん、淡々とし過ぎである。とてもさらっと流していい話じゃないぞそれは。

そういえば綾音さんもこういうところがあるが…異界人って皆こんなか?


「何か失礼な事を考えていないかね。小生は人を救う事、医学の発展と人類の幸福を至上の願いとしている。

 今回の花人の集落にも治療で訪れていたと言っただろう。小生の目的は花人の魔力暴走の停止と制御だ。

 この件に関し何も感じていないなどと言う事はない。近い内に集落へと向かうつもりだった」


へぇ。……ホントか?怪しいな。

顔の筋肉がピクリとも動いていないのだが。

胡散臭そうに見ているとこそっと綾音さんが耳打ちしてきた。


「クーヤさん、騙されては駄目です。あの人はああ言っていますが心の病を治すなんて言って心を物理的に修理する為に魂の在処を探して生きたまま人を解剖していた人です。ありとあらゆる人体実験を千年近くもやってた人ですよ」


「ひぃっ!?」


仰け反って綾音さんの後ろに隠れる。


「……つくづく失礼だな。検体をそのまま死なせて終わらせるのは勿体無いだろう。命は一つきり、生きている内に使い切らねばならん。医学の発展とはそのようにして行われてきたのだ。同意も得ていた。

 それに、心の病を治したかったというのも本心からだよ。小生の種は長命すぎると言っただろう。寿命で死ぬ個体など居ない。大体が精神に変調を来たし、自ら死を選ぶ。

 小生は何とかしたかった。小生達の種の病を。少しずつ壊れゆく人々を救いたかっただけだ。……それに、君に言われたくはない。クーヤ君、騙されない事だ。その娘は虫も殺さん顔だがその能力で何百人も縊り殺しているぞ」


「ひぎぃ!!」


全力で綾音さんから距離を取ってカミナギリヤさんの足に引っ付いた。ウルトが両手を広げてカモンしているが無視である。


「失礼な事を言わないでください。私が殺していたのは人じゃないです」


「…………」


微妙に恐ろしい二人である。あまり近寄らないでおこう。

ささっと二人から目を逸らしてカミナギリヤさんにぴょんと飛びついた。コアラである。


「あはは、それでクーヤちゃん。僕の巣に行くんですよね?

 明日出ます?」


「え?」


行くの?

考える。うーん、でもまぁ…何とかした方がいいか。どうにか人間を追っ払うなり、連れ出すなりしたいところだ。

その呪いじみた魂源魔法もどうにか出来ればいいのだが…本でどうにかするか?

あ、でもこういう変質系はたっけぇ上にめっちゃ危なそうだった覚えがある。イースさんが魂の力と言っているし、石化の魔眼か。これをどうにかするのは難しそうだ。

暴走だけだったらおじさんみたいに何か道具でも持たせて効果を付ければどうにかなるだろうか。いや、それじゃあ緋石と変わらない。しょうがない。何か考えておくか。

カミナギリヤさんは暗黒神というコアラを気にした様子もなく腕組したまま頷いた。


「行くのならば注意した方がいいだろう。

 イースと言ったか。人間が花人の集落へ来たのはいつ頃だ?」


綾音さんと言い合いを続けていたイースさんがメガネを押し上げながらこちら向いて考えるように少し間をおいてから答えた。


「二週間ほど前だ」


「それならば何人かは最早完全に石化させられているだろう。

 賢者の石、ヒヒイロカネにオリハルコン、神話級武具の材料足りえる。既に何か作っていても可笑しくはない。

 協会でもかなりの地位に居るものが守備に就いている可能性が高い。あるいは神族すら居るかもしれん」


「むぅ」


神族ってあれか。シルフィードみたいな奴が居るかもしれないって事か。

それは困る。花人さん達を守りながらだとルイス一人でどうにかなるのか?

不安である。


「戦力が一人でも欲しいところだな。フィリアとアッシュを置いてきたのは不味かったか」


「困っちゃいましたねー」


フィリアはともかく、おじさんはどうにもならないのでは。私と同じカルガモ部隊後方応援班である。


「その二人がどれ程のものかは知らんが。一人分は小生でも替わりぐらいにはなるだろう」


「え?」


イースさんの言葉に目を丸くしながら問い返す。替わり?

怪しい医者は白衣を脱いで適当に椅子に引っ掛け、テーブルの上にメスだの何だのとバラバラと広げて一本一本を検分するかの様に眺めている。


「神の思し召しと言っただろう。小生も同行しよう。

 花人達は小生に救いを求めてきた小生の患者だ。治療は未だ終わっていない。連中に好きになどさせん」


おお、医者の鑑であった。謝っとこう。ごめんなさい。

イースさんが押し上げたメガネが光を反射し不気味な光を放った。


「ここに来てからあまり人体を弄っていない。魔力炉なるものを見たい。

 検体に丁度いい。彼女達の治療に役に立つよう少し解体させて貰おう。勿体無いからな」


うむ、謝罪を取り消しておこう。

マッドなサイエンティストだこの人。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る