アタイAランクだけど随分と大仕事じゃないか

ガヤガヤとしている。

辿り着いた鉱山の入り口は綾音さんの言うとおり、確かに野営地と化しているようだ。

結構な人数である。十二、十三人ぐらいか?テントも張られて本格的だ。


「変ですね…」


「どうしましたの?」


綾音さんが首を傾げている。

別に異常はなさそうだが。


「人数が少ないんです。二十名の予定でした。既に到着している筈。…もしかしたら、もう入ってしまっている方々が居るのかもしれません。

 ここで一旦、攻略の方針の話し合いと準備、メンバーの確認、という予定は伝えたのですが」


「へぇ…」


手が早いな。早い者勝ちでもあるまいに。

そういうもんなのだろうか?


「こう言ってはなんですけれど…綾音さん、貴女…舐められてますわね」


「返す言葉もありません…。そもそも、私は本来のギルドマスターの臨時の代理なので…あまり良い感情を持たれていないんです。

 ぽっと出でしたから」


「そうですの。道理で通りすがりと言って良い私達に個人的に声を掛けたわけですわね。

 このギルドに属する冒険者達は貴女がこの迷宮は危険だと言っても聞く耳を持たなかった、と。そういう事でございましょう?

 けれど、聊か度が過ぎておりますわね。代理とは言え、依頼者たるギルドのマスターの確認を得ず未知の迷宮に数名で突撃など…先走りすぎですわ。

 報酬など払わなくていいですわよ」


「それは…」


「構わんだろう。私もギルドのシステムについて詳しいとは言えんが。

 命令無視の挙句に勝手に突っ走って動いているのだ。相応のペナルティが無ければ組織たりえんだろう?例え死んでいても本人達の責任だ。」


「…そう、ですが」


ほーん。綾音さんは冒険者達に舐められているのか。

これはどうやらイレギュラーな事態らしい。

入り口を見つめてみるが出てくる様子はない。本格的に攻略に挑んでしまったのだろう。

もし何かあったらばっちり地獄トイレにご招待してやんよ。あ、そうだ。やっとこう。

こっそり隠れて自動洗浄だ。


「うむ?」



MP5/5(+230) 【地獄貯蓄量:90000】



おお、作業終了の文字が点滅している。早い。増やして正解だったようだ。しかもかなりの量がある。

これで楽になるだろう。

うんうんと頷いて自動洗浄のつまみを捻ってその辺の魂を吸い込む。


エネルギー取り出し作業中

推定作業時間5時間


増やしたせいか時間が短縮されているのだろうし、どれだけ吸い込めたのか判断が付かないな。

あとで見とこう。

戻ると、綾音さんが一歩前に出て何か話しているようだった。


「皆さん、今回の依頼を受けてくださって有難うございます。…それで、人数が少ないようですが…」


「どーも、代理ちゃん。

 悪ぃな。セルドのメンバーが先走っちまってよ。別にいいだろ?こんな人数いらねえだろうし」


あちこちからあがる同意の声と笑い声。

うーむ、どうやら本当に舐められているようだ。

これじゃ綾音さんも苦労が耐えないな。

それを止めたのは女性だった。


「ちょっと!アンタ達、いい加減にしなよ!

 …悪いね、綾音ちゃん。止めたんだが…」


亜人だ。しかし今まで見た人達とは随分と毛色が違う。

随分と獣よりだ。艶々の毛皮に覆われた身体、つんと突き出た先の真っ黒な鼻が良い感じでプッシュしてやりたい。

絶対良い感じに濡れている。間違いない。素晴らしいマズルである。

しなやかなボディラインが大人の色気ムンムンな間違いなく美女である。


「いえ、構いません。有難うございます、ヒノエさん。入ったのは…七名ですか?」


「ああ、そうさ。もう一時間になる。出てきやしないのさ」


「一時間…」


随分と潜っているな。

それとも普通なのか。この場にいる人達はあまり気にしていないようだし、そうでもないのだろうか。


「ふん、別に気にするようなものでもあるまい。

 生きているならば出てくるだろう。出てこないならば死んでいるというだけだ」


カミナギリヤさんがばっさり切ってしまった。

でもまあ、既に日は落ち始めている。歩きどおしだったし、今から私達も後を追うというわけにも行かないだろう。


「そうですねー。じゃあ予定通り、ここで野宿でいいでしょう。

 カミナギリヤさんの言うとおり、特に気にするほどでもありませんしね」


「い、いいんでしょうか…?」


「アッシュさん、彼らは自らの意思で迷宮に入ったのですわよ?

 冒険者たるもの、尻拭いは自分ですべきですわ」


「はぁ…」


…うーん、何となくだが。この会話の流れ、皆さんの中で既に前提となっているようだ。

中に入った人達がどうなっているか。

ちらっと入り口に再び目をやる。一時間、短いような長いような。出てこなくても不思議ではない、が。

私の目にも潜ったであろう彼らの名前は映らない。迷宮の中に居ると見えないのかもしれないが。

けどまあ、何となくそんな気もする。多分、出てこないだろう。どれだけ待っても。

よいしょと腰を下ろす。

ポシェットを漁って取り出したるは街で買ったオヤツである。

ぽりぽりと食べた。甘くて中々。飲み物も買えばよかった。


「綾音さーん。この辺りって水場が無いんでしたっけ?」


「はい、この辺りには無いですよ」


「そっかー」


喉が渇いたような。無いといわれると益々欲しくなってくるものだ。

ポシェットを漁る。ガラクタばかりで特に何も入っていない。ちえっ!

まあいい。

準備だけしとくか。何がいるだろうか。


「準備って何が必要かなー」


「クーヤちゃんだったら特に必要ないんじゃないですかねー」


確かに。飲み物も食べ物もいらないしな。

ウルトとくっちゃべっているとがっしと頭を鷲掴まれた。誰だ!

ミシミシと悲鳴を上げる頭蓋骨。


「うぎー!」


「へっ!何だこのガキンチョは?誰かにお守りして貰ってるんでちゅかー?」


し、失敬なー!!

何だこやつは!人間か?いや、亜人?どっちとも付かない。ハーフか。

暴れるがデカイ手を押し付けられてにっちもさっちもいかない。

結構な力を入れている。いてぇ!


「ブロートさん!やめてください!」


「うっせぇよ!こいつだろ?例の新人ってのは!俺は認めねぇぞ!何でこんなガキがあの三人と組んでんだ!?ふざけやがって…!」


「それは貴方の今の行動の理由にはなりません!」


「…ちっ!お飾りの代理が…!!」


「むぎゃー!」


離せーっ!

おのれ!髪の毛めっちゃ引っ張ってやがる!抜けるだろ!

そもそもお前に認めてもらう必要なんかないわい!

この…っ!


「……っ!!」


軽くなった。

何だ?振り返ると青い顔でこちらを見ている。


「な、なんだぁ…っ!?」


なんだはこっちの台詞だ。

頭を擦りつつ距離をとる。


「おいおい、ブロート!そんなガキに何怯えてやがるんだ?だっせぇな!ギャハハハ!!」


「う、うるせぇよ!…なんだ、この悪寒…!?」


「……?」


よくわからんな。まあいい。こんな奴らと一緒にいられるか!私はもっと距離をとらせて貰う!


「クーヤさん、ちょっと待ってください」


止めたのは綾音さんだ。

真っ直ぐにブロートとやらを見つめている。


「やり過ぎです。私だけならまだしも…彼女に謝罪をすべきです」


「誰が」


「…………」


ん?綾音さんの姿が。妙にノイズ交じりというか、うっすらと二重に見えるその姿。


「ブロート、今すぐに謝るんだね。腕がなくなるよ?」


「何言ってやがる、ヒノエ。何で俺がこんなガキどもに―――――」


鮮血が舞った。

絶叫があがる。ブロートとやらの腕はねじ切れたかのような有様で雪の上を転がっている。

な、なんだ?


「そうですか。ルールに従えないなら、そんな腕はいりませんね。どうしますか?あと四つしかないですよ。全部もがれたいんですか」


「ひっ……!?わ、わかった!悪かった!俺が悪かったよ!!」


あと四つ、なんともナチュラルな口調で頭まで数えているのにちょっとおしっこちびりそう。

綾音さんが本気であることが分かったのだろう。即効謝ってきた。まぁ、もがれたくはないだろう。既に一本もがれている。

何だこれ?魔法、ではなさそうだったが。異界人の力か。

変な力だな。見ようと思えば見れそうだが。…いいか。不思議力と呼んどこう。

しかし、ヒノエさんはどうやら綾音さんの不思議力について知っていたようだ。

ヒノエさん以外の人達は全員凍りついたように惨劇を見つめている。


「馬鹿だね。見た目で判断して侮るからそうなるんだよ。判り易い現実が目の前にあるってのにそれが目に入らないほど頭の中が天気なのかい。

 いい加減に学びな。そのてっぺんに乗っかった大きな頭は飾りなのかい?全く…ザマァないねぇ」


「ぐっ…!くそっ!おい、誰か…!治療してくれ!腕が…!!」


喚きながら仲間の所に走っていってしまった。

ウルトとカミナギリヤさんがその後ろ姿をじーっと剣呑な目で見ている。…月の無い夜に気をつけたほうがいいな。うん。

ぼけーっとしているとおじさんがすりすりと頭を擦ってきた。

フィリアも心持ち心配そうである。


「だ、大丈夫ですか…?」


「大丈夫だー!」


髪の毛も抜けてないようだしな。

問題はないのだ。


「すみません、クーヤさん。不快な思いをさせました」


「アタイからも謝っとくよ。すまなかったね。全く、あの馬鹿は…。あまりに馬鹿すぎるとアタイもチームを考えざるを得ないんだが…。

 アンタ、あの三人組が正式にパーティ加入を認めたっていう新入りだね?あの三人が認めるんだ。それだけで十分さ。期待してるよ。特にマリーご推薦って聞いちゃあね。

 確か…アヴィスクーヤだったかい?」


「あ、はい。どうもどうも。よろしくおねがいします」


「ヒノエだよ。ああ、宜しく頼むよ」


牙を覗かせて笑うヒノエさんに笑い返して、心から思う。

やはり素晴らしいマズルである、と。


朝。テントからごそごそと這い出す。

ぶるんぶるんと頭を振って洗顔代わりに雪に顔を突っ込んだ。

ブルルルルンッ!

うむ!冷たい雪がそれなりに頭をすっきりさせてくれた。

しかし、フィリアの乳がでかすぎて狭いテントだと寝苦しかった。顔に乳の跡がついてなければいいが。

次は綾音さんのところに潜り込むようにしとこう。ちいさいから。


「皆さん!集まってください!」


お?綾音さんからの集合のお声である。

てってけ走って近づいた。

わいわいと他の皆さんも集まって来ている。

ブロートとやらは流石にダウン、街へと強制送還のようだ。まぁ片腕がもがれてるとな。引っ付くといいね。

にしてもまたもや人数が減ってしまったが大丈夫だろうか?


「内部は迷宮化しているでしょうから、あまり意味があるとも思えませんが…一応、グラブニル鉱山の地図になります」


ほほう。蟻の巣みたいだな。


「どんな魔物が溢れているかわかりません。トラップもあるでしょう。通路の幅、形状、現状では全て謎です。

 その観点から索敵と殿、どのような状況にも対応出来るようメンバーを配置して―――――」


「いや、その必要はないんじゃないかなー」


「え?」


ウルトの言葉に綾音さんがきょとっと目を丸くした。

私もわからん。必要ない?まあウルトとカミナギリヤさんを単騎突撃させれば何とかなりそうな気もするけど。


「そうだな。というよりも、攻略のしようがないな」


「……?あの、よくわからないんですけど…」


「アタイも同感だよ。何かあるのかい?」


「あはは、クーヤちゃん、青の祠に行った時の事覚えてます?」


「覚えてるけど」


「青の祠!?」


「…あそこに行ったのかい!?」


皆さん目を剥いて驚いている。そういやあそこって危険度Sだったっけ。


「クーヤちゃん。多分、苦労せずに中心部まで来たでしょう?」


「そういやそうだなー」


「……そういえば、魔物もトラップもありませんでしたわ…。一本道でしたし…」


「中心部、え?え?」


「…………どうなってんだい?」


ざわざわとした空気。むむ、どうやらかなり凄いことをしていたらしい。よし、褒めろ。ナデリナデリと頭を撫でるのだ。ヒノエさんの大きな肉球つきを要求する。


「同じだと思いますよ。あの系統の敵ならクーヤちゃんが居れば迷宮に意味はないでしょうね。神域ならまだ見込みがあるでしょうけど。霊格が違いすぎますから。最深部まで真っ直ぐ行けると思いますよ?

 戻りは何とかなるでしょうし…向こうも獣なりにそれが分かってるでしょうから神域に全てを賭けるでしょう」


「ああ、問題は迷宮などより本体の方だろう。以前の戦から判断するに奴には物理攻撃は意味は無い。が、悪魔の攻撃が効いていたところを見るに魔術の類には脆いようだ。そこを突く。

 攻撃には魔術師中心の編成とし、物理しか攻撃方法を持たぬ者は攻撃を捨て壁役に徹するべきだ」


「え、と。俄かに信じがたいんですけど…本当ですか?それに、悪魔?え?」


「………吹かしてんじゃないだろうね?」


「まさかー。生きた証拠が居るじゃないですか。僕が言うんだから間違いないですよ」


「アンタみたいな優男が何の証明になるってんだい?」


確かに生きた証拠だな。青の祠の最深部に封じられていた張本人である。

綾音さんがぽつりと呟く。


「あの鱗、種族は神竜種…まさか」


「どうも、初めまして。青の祠に封じられていた邪竜、破壊竜ウルトディアスですよ。冒険者として頑張りますねー」


言いながら蒼い竜へとその姿を変じる。あっけに取られたように、土気色の顔色でその威容を見上げる面々にちょっとしたパフォーマンスのつもりなのかどうなのか。

直後、もはや物理攻撃と言って良い威力を持つ咆哮が放たれた。






「…………ウルトディアス様、少しは加減してくださいまし」


「ははは、まさか全員失神するなんて思わなかったんですよねー」


「例え魔力が含まれておらずとも、竜の咆哮は純粋な音の衝撃としても十分だからな。扱いには気をつけろ。ウルトディアス」


「そうみたいですねー」


フィリアが疲れたように治癒魔法を掛けて回っている。

頭がくわんくわんする。うごごご。

メンバーは全員、なんだか死にそうな顔で縮こまってしまっている。

ぶつぶつと何事か呟く姿はさながらホラーである。

気持ちはわかるけども。


「……何度見ても、あの姿は怖いです…」


おじさんもプルプルと怯えるばかりである。

…いや、いいけど。おじさん本人も結構、うん。


「こりゃあ、魔物なんぞには負ける気がしないね…綾音ちゃんの言うとおり、こいつらが居ると居ないじゃ大違いだろうさ」


ぐったりと雪の上に寝そべるヒノエさんが疲れた様に言った。

綾音さんも雪に突っ伏している。


「一刻ほど、休憩にしましょうか…。その後、迷宮内部へ突入します…」


ウルトのせいで無駄な時間を浪費してしまった。

誰かあの邪竜の手綱握っといてくれ。




「では、行きますわよ!」


「おー」


フィリアが無駄に元気だ。

珍しいな。るんたるんたと鼻歌までついている。


「フィリアさん、やる気がありますねー」


「当然ですわ!スライムでございましょう!?」


うーむ、ビッチらしくスライムが目的のようだ。使用目的は聞かないでおこう。

たゆゆんと揺れるパンプキンハートを大事に抱え込んだ。フィリアに気をつけるのだぞ、パンプキンハートよ。

鉱山の入り口は薄暗く、10メートル先すらも見えはしない。ふむ、まだ朝だが。奇妙な程に光が届いていない。

そろーっと覗き込む。特に生物の気配などはないが。

先行はウルト、殿はカミナギリヤさんとおじさん。魔法を使えない前衛職の皆さんはウルトの後ろで魔法が使える方々は全員カミナギリヤさんの前である。

私は何故かウルトの直ぐ後ろである。左右をヒノエさんと綾音さん、この位置、地味に囮にされている気がしないでもない。


「じゃあ、入りましょうか」


ウルトが一歩、迷宮へと踏み込む。

…一歩踏み入れただけなのだが。その後姿がやけに暗くなった。

迷宮か。確かに、空間的に可笑しいようだ。青の祠はそんな事もなかったのだが。まあ、あの時はフィリアと横並びで二人だけだったし、私達にわからなかっただけで実はこんな感じだったのかもしれないな。

そっとウルトに続いて鉱山へと足を踏み入れた。


カン、カンと遠くから音が聞こえる。

採掘音に聞こえるが…人など居よう筈もない。七人の先行組は結局、朝まで戻ってくることは無かった。

流石に他の冒険者達も顔を引き締めている。戻って来なかった。つまりはそういう事だ。勿論地獄トイレに流しておいた。ナンマンダブ。


「何の音かなー?」


「誘い込むための囮だろう。出来る限り戦力分断をしておきたいだろうからな。音の方向へ向かって歩いても辿りつかんだろう。放って置いて構わん」


ふむ、カミナギリヤさんの言うとおり、無視しておいたほうが良いかもしれないな。

ガサガサと隣の綾音さんが地図を開いた。


「概ね、地図通りの地形ですね。特に空間が歪んでいるという事もなさそうです」


「ねーねー、ウルトー。何で青の祠は道が真っ直ぐだったのさ?」


フィリアもまるで地形をショートカットしているようだと言っていた。

が、ここではそんな事も無いようだ。地図通りの地形。


「あそこは長く迷宮化していたせいで物質的な世界というより、霊的世界に近く境界があがっていたせいですよ。

 出来立ての協会より、古くからある協会の方が神の奇跡は起こりやすいって事です」


「ふーん…」


それは何となくわかるような。古い方が不思議な事がありそうだからな。

カチカチと火打石で松明が付けられる。ぼんやりとした光に照らされる鉱山。

奥まった場所までは光は届かない。しかし、あちこちに伸びた通路の先、死角から光が零れている。

音と一緒な気がする。多分、行っても光源は遠ざかるばかりで見つけられないだろう。


「ひとまず、地図が合っていると仮定して鉱山の最深部、採掘場を目指しましょう」


「それならば…分断工作だけには気を付けましょう。トラップの類は無いようですもの」


さてさて、どうなるやら。

綾音さんから渡された地図を片手に、ウルトが先行する。響く足音。

…後ろから足音がついて来ているな。カミナギリヤさんより後ろだ。

ヒノエさんが鼻をヒクヒクとしながら視線だけ後ろへと流している。


「匂いも無いねぇ。音だけかい」


「そう、ですね。手を伸ばしても何も触れませんから…」


綾音さんが何やら妙な事を言っている。手?

…もしかしたら、ブロートの腕をもいだ力の事かもしれない。手か。

しかし地道な工作だな。いや、大掛かりな事をされても困るのだが。通路崩落とか。

カンカンという音はいまやあっちこっちから五月蝿いほどだ。

通りがかる脇道のうねった曲がり角の向こうには時折明かりに照らされた人影のようなものも映る。


「人の気配はしねぇのに、存在だけは主張してきやがる…不気味だな」

「ああ…」

「……さっきから、俺の服を引っ張ってやがるのは誰だよ…」


姿の見えない存在に他の人も戦々恐々だ。

確かに、異様だ。お化け屋敷みたいである。

既に七人を飲み込んだ迷宮だ。そう思うとやはり恐ろしいもの。


「七人か…既に魂はクーヤ殿が回収したのだろう?

 今以上のエネルギーは得られていまい。死体が無いな。消化されたか」


「……ど、どっかで生きてるんじゃ、ねぇか…?」


「本当にそう思うか」


「…………」


死体か。そういえば無いな。血痕や争った形跡、それらしきものも残っていない。

反応したのはおじさんと綾音さんだった。


「……あの、それなら、消化よりも」


一呼吸置いて、綾音さんが慌てたように振り返って叫んだ。


「皆さん!彼らに近づいては駄目です!」


綾音さんの声は不自然なほど大きな歓声によってかき消された。


「セルド!生きてたのか!驚かせやがって!」

「お前ら、どこ行ってやがった…!?」


振り返った先、先行したという七人の冒険者だろう。

見た目には生きている、が。

目を凝らしても私の目には何も映らない。

向こうに居るのはただの肉人形、そこには既に魂が無いが故に。

彼らはあのゲルを思い出させる黄金の瞳で叫んだ。


「てめぇら、騙されるんじゃねぇ!そいつらだ!そいつらが元凶だ!!俺達をハメやがった…!!」


「……セルド、アンタ……!!」


「ヒノエ、騙されるな!可笑しいだろうが!ここは迷宮だぞ!何で魔物もトラップも無いと思う!?

 誘い込まれてるんだ!行くんじゃねぇ、こっちに来い!!」


広がる疑惑という名の波紋。


「思ったより、頭が良かったですねー」


……こりゃまずい。どうしたものか。

どちらを信じるか、彼らの瞳に迷いの色を見た。


結論から言えば人数は半分になった。

こちらを信じた、というよりはヒノエさんを信じた冒険者が5名。

あちらを信じたのは7名。

勿論、説得だって出来る限りしたのだが。死んだ死んだと言っていた彼らが見かけだけでも生きて目の前に居るのだ。

死んでいる事の証明は流石に出来ない。ウルトは一人ぐらい殺してみましょうかなんて言っていたが。

そんな事をしたら私達は敵でございと言っているも同然である。

ほら見ろと言われておしまいだ。

他にも手段はあったのだろうが…話を打ち切るように背を向け別の通路へ歩き出した彼らを留めようにも如何せん皆さんにやる気が無くなっていたのでどうしようもない。


「構わんだろう。進むべき道は自らの意思で選ぶもの。我々がどうこう言える事ではない」


とはカミナギリヤさんの言。ドライな事である。

意外だったのがヒノエさんと綾音さんが彼らの説得に乗り気じゃなかったことだ。


「よかったんですか?」


「……アンタ、変わってるね。あそこまで言われてまだ説得しようってのかい」


「まるでこっちが魔物にでもなったかのような気分です…」


まぁ確かにちょっと五月蝿かったけど。

何を言っても言い切る前にうるせぇ魔物共がの合唱だったし。

あれが集団ヒステリーという状態なのだろうか。

言われてみれば何とかしようという気が萎えてくるのは確かである。


「あいつら、大丈夫か…?」


不安そうに呟くのはこちらに付いたおっさんである。


「助けたいのならば、一刻でも早くアレを倒すべきだろうな」


カミナギリヤさんの言うとおり、黄金ゲルを何とかすれば彼らも正気に返るだろう。問題は時間だけだ。

にしてもおっさん率が高いな。全員亜人のようだ。魔族は居ない。

足が蹄だったり角が生えていたり毛むくじゃらだったりと面白い事である。

有角族に蹄人族…人獣族か。残りの二名は竜人族のようだ。まぁ竜人とドワーフの街と言っていたしな。

ちなみにヒノエさんは妖獣族である。

しかしどうでもいいがこの私の認識するクラスって謎だ。人間とかどう見てもただの職業だし。フィリアは違ったが。

異界人である綾音さんは種族もクラスも変だ。どういう割り振りなのだろう。

まぁいい。

この変わった亜人の3人とヒノエさんが前衛、竜人族の二名が後衛である。

といっても竜人の皆さんもそう魔法が得意というわけではないらしい。

話を聞くと、そもそも亜人という種が一般的な魔法と呼べるものが得意な方ではないとか。そういうもんか。

確かにステータスだと魔力がそう高くない。MPは妙に高いが。魔力はうろ覚えながらウルトの話からすれば魔力炉とやらの数と大きさらしいし…MPは言葉通りの魔力量ではなく単純なエネルギー量みたいなものかもしれないな。


「このメンバーで大丈夫かなー?」


「うーん、魔法攻撃を使える人が少ないですからねー」


フィリアとウルトとカミナギリヤさん頼りか。おじさんは魔法は使えなさそうだ。

綾音さんはどうであろうか。


「綾音さんって魔法使えるの?」


「う……」


使えないようだ。

そういえば変な力を使っていたが。あれは魔法ではないらしい。

となると攻撃手段が限られてくる。


「お」


ポンと手を打つ。忘れてた。

あまり人前だとよろしくない気がするが隠れるところなんてありゃしないので仕方がない。


「じゃじゃーん」


取り出したるは地獄の腕輪。


「なんだいそりゃ?」


「マジカルアイテムボックス!」


ヒノエさんに元気に即答した。

まぁ間違いではない、筈。色々入るし。

バッと地面に設置。真っ黒い穴に向かって叫んだ。


「出て来いルイスー!」


ビョンッと穴から出てきたウサギに全員目を剥いた。


「召致に応じました、ルイスにございます。お呼びにあずかり光栄ですな。お嬢様」


出てきたウサギは大仰にお辞儀して耳をピクピクと動かして見せた。

ぬぬ、可愛いな。こいつ絶対今の自分の可愛さを分かってる。なんて卑怯な。悪魔め。


「なっ…!なんだいそいつは!?」


「え?うーん…兎執事?」


悪魔とは流石に言えない。

腕輪を回収しながら適当に答えた。


「……だ、大丈夫なのか?」


「大丈夫だ!」


人獣のおっさんに元気に返事をしておく。害は無いぞ。

綾音さんが女の子らしくキラキラとした目で歩くウサギたるルイスを見つめている。

ルイスも分かったものなのか綾音さんを小首を傾げて見上げている。傾げる動きに合わせてうさ耳がゆらんと動いた。誘惑しているな。綾音さんはもうはわわと言わんばかりである。

しかしまぁ気持ちは分かるがやめておいた方が良いと思う。何せナリはこうだが悪魔である。騙されてはいけない。


「うーん…転移アイテムかい?魔道具じゃなさそうだね。神の工芸品アーティファクトか何かだろう?

 そいつはあんまり人前でやるもんじゃないよ。特に人間の前ではね」


「ふぁーい」


大人しく頷いておく。グロウの例もあるからな。


「どこの秘境から来た亜人だい?猫猫族にそっくりだね」


「猫猫族…」


なんだその名前からして可愛い。


「二足歩行で歩く服着た猫だよ。そっくりじゃないか」


是非とも見たいなそいつら。しかし確かに言葉だけで聞くとそっくりである。

それでいこう。


「兎兎族ですな」


「へぇ…」


「すげぇな。おもしれぇ」


「ふむ、ルイスと申します。短い時間になりましょうが挨拶の一つもしておかねばお嬢様の名に傷を付けますからな」


出来た執事である。

見習えアスタレル。


「亜人…」


「……亜人?それがですの?」


「あはは、フィリアさんとアッシュさんはそういうのに敏感ですよねー。まあそういう事にしておきましょう」


「ふむ、では行くとするか」


「おー」


一行は再び歩みだす。迷宮の最深部へ。

コツンコツンと反響する足音。


「もうそろそろ採掘場に着きます。

 皆さん、十分に注意してください」


「ああ、わかったよ綾音ちゃん。綾音ちゃんにも向こうは見えないのかい?」


「そうですね…何かノイズが沢山あって。よく見えないんです」


ふむ?クレヤボンス的な能力でも持っているのだろうか。

便利そうである。

やがてたどり着いた採掘場の入り口。

線路があちこちから伸びて吸い込まれている。

見渡せば所々にぼんやりと光る石。魔石の光に似ている。

採掘場からも同じような強い光が漏れている。

うーむ。


「お嬢様、ご用心を。お嬢様のお身体は脆いですからな」


脆いっていうな!


「うーん…あの入り口の向こう、神域ですね。今回はこちらが責める側だし、クーヤちゃんが居るから全員問題なく入れるでしょうね。

 じゃー、行きましょうかー」


呑気なウルトを先頭にして私達は進みだす。

木枠で補強された入り口、潜った瞬間に妙な感覚。

カミナギリヤさんとウルトとおじさんの姿が変わってしまったことに皆さん驚かれているようだ。

まぁ私も初見はビビったが。

しかし、おじさんのドラキュラコートは神域内の見た目だとめっちゃ似合ってるな。どこぞの舞台に立っていそうだ。

まあいい。神域に入ったようだ。書き換えられる空間、現実での採掘場の広さなど完全に無視した広大な空間。

あちこちに積まれた鉱石。ざらざらと降ってくる色とりどりの装飾品。

その向こうにそれは居た。


「………アンタ達」


黄金に輝く女性、流動体らしくその表面は歪んで波打つ。

その周囲に居るのは例の七名、それとは別に先ほど別れた冒険者たち。

その目は黄金に輝き、ゴボゴボと口からも黄金の粘液を垂らしている。

どうやら頭の中身がすげ変わってしまったようだ。

冒険者の皆さんが呻いている。まぁもう少しで自分達がああなったわけだしな。

しかし、これであの黄金ゲルは更に魂を取り込んだことになる。ぬーん。


「……成程、女共の怨霊だな。光神め、人間に無差別に白炉など持たせるからこうなる」


「え?白炉が関係あるんですかアレ?」


怨霊…確かにそんな感じである。

光神というからにはあんなのとは無縁に見えるが。


「クーヤ殿、白炉とは最も純粋ともいえる神の力だ。光神の加護とはつまりあらゆる奇跡を起こす力、生命への祝福に他ならない。

 特に……多くの人間が欲に塗れ、争いが絶えない世界で誰もが救世主の登場を祈った。その多くの人々の願い、究極の祈りに答えて光神は神の子、救世主を使わした、と言う光臨神話は有名だろう?

 多くの人々の心からの祈りにこそ応える。そういう神だ。調和と祈りを司る神だ。

 元は一人の願いを叶えるには向かん力だが、一人一人に白炉を与えてしまえば話は違う。反響し、増幅し、集って高まる。人間種族とは即ち巨大な聖杯。

 その結果があれなのだ。修行をしたわけでも素養のあるわけでもない人間に大量に持たせれば当然ああなるのだ。

 制御の外れたその奇跡の力、それは女が持つであろう美しく着飾りたい、宝石が欲しい、そういう取るに足らん欲望にさえ反応しああいったものを生み出す。

 女の情念が澱み集まり白炉の力をもって形となった欲望の集合体。東大陸は光神の加護が満ちた大地、穢れは弾かれ溢れ出てああして他大陸に出てきている。

 今の世界において、魔物というのはそうして産まれた物も多いのだ。人間は認めんだろうが」


「ほほう…」


禄でもないな。


「へー。光神ってすごいんですねー。通りで見たことがないタイプなわけですよ」


「それは…初めて聞く話です。本当ですか?」


「ああ。ふん、他の神霊族の王達はそんな事も伝えなかったか。察知はしていただろうに。相変わらずな事だ」


「……あの街は長く人間に隷属させられていたんです。ギルドの介入により解放されたばかり。

 それまでは多くの装飾品を作らされ、人間の王族や貴族に貢がされていました。殆ど収容所のような状態だったそうです。

 この鉱山には…死者が多いらしいんです。それで人を蝕むと。あまりにも酷使され、死者が絶えなかったと。

 この街の人々は解放されてからは一切、東との交流を行っていません。勿論、工芸品も一切取引していない」


「あー、成程。今まで当たり前のように貢がせていたものがギルドの介入で手に入らなくなったせいなんですね。

 この街で作っているものは竜である僕が保障しますけど、良いものが多いですからねー」


「25年前、ギルドにより解放されたこの街はカミナギリヤさんの里との交流を始め、西の国とも交易を始めていますが…多分、きっとそれ自体が面白くなかったんだと思うんです。

 協会からも大反発だったらしいですから…」


「飼ってるペットに手を噛まれるって気分だったんだろうねぇ。それでコレかい?全く人間ったらないよ」


「宝石などより身体を磨き上げることの方が重要ですわ。ベッドの上ではどちらも裸でしてよ」


「……来るぞ!」


カミナギリヤさんの声に応えるようにしてそれぞれの武器を構えた。

相対するは黄金ゲル、場所は奴の神域、グラブニル鉱山攻略、その一戦である。


黄金ゲル、もとい黄金女は採掘場をも震わせるほどの甲高い絶叫を上げた。

ぼたぼたと宝石に紛れて降ってくる黄金のミニゲル。

迷宮に取り込まれた冒険者達も生前の能力はそのままなのか、武器を手に構えている。

先制はカミナギリヤさんのハーヴェスト・クイーンから放たれる光弾の雨とウルトのブレスだった。

花と氷の弾幕、その間に魔法を使える方々が詠唱に入る。フィリアも精霊を召喚したようだ。今回は…土だろうか?土の精霊に見える。

綾音さんや前衛の三人もさっきから這いよってくるミニゲルをちぎっては投げちぎっては投げである。

私?

おじさんと二人で見てるだけだが。

何しに来たのかと言われれば返す言葉もない。


「お嬢様、アレを絵画に収めとうございます」


「好きにすればいいんじゃないかなー」


私の言葉を受けて、ルイスもどこから取り出したのか、機嫌よくキャンバスにせっせと絵を描き始めた。

ウサギの手で器用な事である。


「ど、どうしましょう…」


おじさんは落ち着かなさそうにオロオロとしている。しかし何の武器も持っていないしどうしようもないと思うのだが。

私はとりあえず地獄を設置しておいた。

わらわらと魔物が出てくる。随分と数も増えたものだが、やはり役には立ちそうもない。スライムを苛める気配があったのでスライムは没収である。

キーキーと喚いているが知ったことではないのだ。

ふむ、自動洗浄が使えるようだ。使っとこう。ズゴゴと吸引。

成仏してくれ。吸い込むと同時に魔物が列を成して全員地獄に戻ってった。解体作業が優先らしい。戦闘じゃ全く役に立たないな。


「おわっと!」


のんびり構えていたらミニゲルがこっちにも振って来た。

べちゃっと張り付いてくるゲルは非常に気持ち悪い。引き剥がそうとするがぬるぬるすべるばかりで効果は無い。

そうこうしているうちにボタボタと次々と振って来る。


「……あわわ…」


おじさんも黄金塗れである。


「ムギーッ!!」


駄目だ全く離れない。それどころか益々絡み付いてきた。しかも口の中に入ってきた。

キモイ。普通にキモイ。なんともいえぬこの感触。味はしないがしても困る。

この野郎!ブンブン腕を振り回してみた。糸引く黄金ゲルは納豆の如く絡みついてくるばかりである。

パンプキンハートもぼよよんと揺れるだけだ。

前線にいらっしゃる皆さんに助けを求めることは出来ない。となると、そこで呑気に絵を描いている悪魔だが。


「ふむ、お嬢様、新手の春画モデルとなられるおつもりでございますかな?処女作がスライムによる口淫とはレベルが高い。

 私には聊か荷が重いですな」


「ぺっ!ぺっ!ちげぇよ!」


さっさと助けろーい!

言った瞬間、じゅっとスライムが燃え上がる。

キィキィとのたうつようにミニゲル達は離れていく。身体に付着する残りのゲルカスもカピカピに乾いて手で払うと簡単に取れた。

見た目は熱そうな炎だがミニゲルを焼くばかりで私達に害はないようだ。


「ふぃー…とうっ!」


ダッシュでルイスに近寄って引っ付く。

びっしりと艶やかな毛が生え詰まった身体は弾力ばっちりふかふかである。


「おじさんも来るのだー!」


ちょいちょいと同じく脱出成功したおじさんを手招く。

我々カルガモ部隊後方応援班に戦闘能力はない。悪魔バリアーに限る。


「……は、はい……!」


おずおずと遠慮がちに近寄ってくるおじさんは私の後ろにそっと控えた。

もうちょっとルイスに寄ったほうが良いと思うのだが…奥ゆかしい人である。

単純に位置からして私の背中をかばっているのかもしれないが。


「吸血鬼の王よ。貴方の眷属化の力は中々のもの。

 真名を奪い、魂を奪い、肉体を奪う簒奪の力。これらの魔物に眷属化は効果が無いと思われておりますかな?

 試してみればよろしい。何事も挑戦でございます」


「……はっ、はい!」


言われるままにおじさんが周囲を見回す。その目が輝く。全ての吸血鬼を屈服せしめる王の目だった。

ミニゲル達が悲鳴を上げる。じゅうじゅうとあがる煙。その黄金の輝きは徐々に奪われるように消えうせ、やがて縮みきって真っ黒なカスだけが残った。

なんてこった。カルガモ応援班の数が減った。

きょろきょろと目を紅く光らせたままのおじさんが気味悪そうに縮んだ黒いカスを見ている。

カスはちょっとクネクネ動いている。不気味な。


「おー…塩でも掛けたみたいですな」


「…そ、そうですね…」


ルイスを盾にしつつ二人でカスを見ていると、前線から駆け寄ってきたのはヒノエさんだった。


「大丈夫かい!?アンタ達!!」


「あ、はい」


「だ、大丈夫です…」


「すまないね!数が多すぎる!」


言いながら手に持った奇妙な刃先から柄まで縞模様の武器をくるくると回して降りかかってくるミニゲルを打ち払った。

見ているとなんだか目が回ってくる武器である。まぁそういう武器なのだろうが。


「困りましたねー。氷も土も風もあまり効果がないみたいですよ。弱いとは言え、眷属は居ないですけど魔物は大量に作ってますし…時間を掛ければ周辺からも魔物が集まってくるでしょう。

 負ける事はないですけど鬱陶しいですねー」


「炎ならば多少は通るが…火力が足りんな。炎を専門で扱う者がおらん。下手に冒険者を連れてきたのは失敗だったな。餌をくれてやっただけか」


むむ、二人が一時撤退なのかどうなのか戻ってきた。

あまり攻撃力は無いらしく傷らしい傷もない。いや、この二人が異常なだけか。

カミナギリヤさんが卓越した速度で少し大きなゲル達を続けざまに射抜く。

おお、早撃ちだ。


「しかも柔らかいですわ!物理攻撃も通らないですわね…!

 取り込まれた彼らも肉体を傷つけても効果がないですわ!」


土の精霊と奴隷の街で見た水の精霊を召喚しているフィリアもどろどろの粘液塗れである。多分わざと突っ込んだんだろう。

柔らかい事にご立腹のようだ。理由は聞かない。

他の五名もゲルを払いつつめいめい戻ってきているようだ。


「皆さん!無事ですか!?」


「ふぁーい!」


最後まで前線に残っていた綾音さんも戻ってきた。

全員大集合である。

ふむ、どうしようか。


「お嬢様、彼らの武具に炎の属性を付加しては如何ですかな。直に私の絵も完成致しましょう」


「む」


そういや本があった。

ぱらっと開く。

カテゴリは干渉と加護。



商品名 貴方と過ごす熱い夜


家来達の武具に炎属性を付加します。

継続時間は一戦闘のみ。付加値は3。



よし、これでいこう。さくっと購入。人数が多いせいか少し高いが…問題ない。何せ今の私はちょっぴりリッチ。所謂セレブである。

3と言う数字が大きいのか小さいのは分からないが、足りなさそうだったらもう一度重ね買いすればいいだろう。一先ず物は試しである。

瞬間、各々の武器が炎を吹く。舞い上がる火の粉。あれ、思ったよりも凄そうだ。やりすぎたか?いいか。


「なっ…!?なんだい!?」


「炎の加護だー!」


ヒノエさんに元気に返事しておいた。

褒めろ!具体的に言えばそのマズルでぐりぐりしろ!


「私の神器にすら干渉するか。恐ろしい方だ」


朱に染まった花弓に炎と化した矢をつがえカミナギリヤさんが遠く、操り人形と化していた冒険者達を正確に撃ち抜く。

効果は覿面である。炎を吹き上げ燃え尽きた身体、起き上がる様子はない。


「へぇー。これなら何とかなりそうですねー」


ウルトがブォンと振り回しつつ取り出したるは水晶のように結晶化した炎を頂く蒼い槍である。どっから出てきたのだろう。


「ウルトって武器持ってたっけ?」


「滅多に使わないんですけどね。僕の神器ですよ。竜槍アブソリュートゼロって言うんです。

 人間形態で使うのは初めてですね。ちょっと使い辛いなー」


「へぇ…」


絶対零度の氷の槍なのに炎とはこれ如何に。しかし槍か。勇者面に勇者武器、お前ほんとに元魔王か。

フィリアと綾音さんが残念そうに呟く。


「……私には効果が得られそうもありません……」


「私もですわ…」


「よくわかんないけどねぇ…いいさ。仕切り直しだ!行くよ!」


「「応!」」


ヒノエさんの鬨の声に答え、皆さん声を上げて再び前線へと突っ込んでいく。

てんでバラバラに動いているようにしか見えないが、ウルトの長槍もカミナギリヤさんの矢も互いにぶち当たることが無い、どころか自分に襲い掛かってくるゲルを焼き払うついでの如く互いの死角から迫ったゲルを互いに己の射線上に何気なく入れている。

すげぇ。

何だあの二人。ウルトの奴どこが使い辛いだ。吹かしやがって。

炎の属性を付けたのが効いたのか、着実に敵のゲル達はその数を減らしている。

フィリアと綾音さんは今一歩攻撃が届かないが…それはそれでサポートに徹する事に決めたのだろう。実に上手いこと立ち回っている。

おじさんは流石にあんな乱戦に突撃できるような技量が自分に無く邪魔にしかならない事が分かっているのだろう。大人しく私の傍で近寄ってくるゲル達に塩を掛けているが。

魔物が一匹、また一匹と姿を減らしていく。操られていた冒険者達は全員既に焼かれて地に伏している。

奥に突っ立ったままの黄金女の顔が憤怒の表情に歪んでいく。真っ直ぐに私を見つめている。目玉も口も黄金の顔は実に不気味だ。そろそろ本体が来るかもしれない。


「魔物も打ち止めのようですし…そろそろ来ますね。神域の本領発揮でしょう。気をつけてくださいねー」


「クーヤ殿、アレは貴女の身体を狙っているようだ。絵画の悪魔から離れない事だ」


「もう!この空間はよくわかりませんわね!」


再び世界が塗り変わる。黄金に照らされ踊る影絵。

宝石の中に居るかのような万華鏡の世界。

誰ともなく叫んだ。


「何だこりゃぁ…!?」


あちこちの合わせ鏡により拾いのだか狭いのだかわかりゃしない。下手に武器を振り回すと危なそうである。

慎重に動かねば。


「ひっ…、身体が…」


「こいつは…、厄介だね!」


声に振り返れば、蹄人族のおっさんが蹄をかっぽかっぽと鳴らしながら腕を振り回している。

あれは…石?いや、宝石か?身体が宝石化している。


「どこまで宝石が好きなのか。

 石化の効果だな。取り込んだ魂は魔物以外には全てこれにつぎ込んだか。が、効果の程は然程高くはない。我々に干渉できるようなレベルではないな。

 彼らが石化仕切る前に片を付けるぞ」


「皆さん、こちらへいらっしゃいまし!精霊陣を引きますわ!少しは進行を抑えられるはずですわよ!」


フィリアが地面になにやら模様を描く。

結界に似ている。というか結界だろう。防御系の。

慌てふためいてウルトとカミナギリヤさん、おじさん以外の全員がその結界の中へ逃げ込む。きつきつで狭そうである。

フィリアの胸をぎゅうぎゅうに押し付けられまくっている有角族が複雑そうな顔だ。嬉しさ半分、狭くて嫌なのが半々なのだろう。


「戦力が減っちゃいましたねー」


「ふん、何の問題がある。一点突破、ただ攻撃あるのみ」


「……いや、もうちょっと…その、考えたほうが…」


黄金女は目の前に居る、が。実際の距離感が全く分からない。踊り続ける影絵、くるくると回る万華鏡。

なんだか酔ってきそうだ。


「それじゃあ、カミナギリヤさん、ちょっとアレを射ってみてください。それから考えましょう」


「わか――――」


「その必要はありませんな。描き上がりました故に」


「お?」


キャンバス抱えて立ち上がったルイス。

絵?真っ白に見えるが。


「お嬢様の認可が頂けましたからな。彼の者にはこの絵画の中、私の作品となって頂きましょう」


とん、置かれたキャンバスが渦を巻く。


「作品名は、そうですな。女の宝飾と飽食、と致しましょう」


世界が絵画へと吸い込まれる。吹きすさぶ凄まじい風。嵐の中なんてもんじゃない。竜巻の中だ。何だこりゃ!

あえて言うなら地獄の自動洗浄に近い。巨大自動洗浄である。

悲鳴を上げる黄金女の身体が溶け崩れていく。必死になって地面にへばり付いているが、その地面すら吸い込まれてしまいそうだ。


「あわわわ…!」


どうやら私達が吸い込まれる事はなさそうだが危ない事は危ないのだ。

必死にしゃがみこんでバランスを取る。

ルイスはキャンバスに肘を掛けて優雅にパイプを吹かして時折詰まるらしいキャンバスをトントンと叩いてはゲルの神域を流し込んでいる。

どれほど耐えただろうか。

気付けば辺りは静まり返っていた。恐る恐ると辺りを見回す。何の変哲も無い採掘場だ。魔物も居ないし黄金女も居ない。どうやら神域は無くなってしまったらしい。

呻くように周囲に転がる皆さんはボロボロである。つーかゲルよりルイスの方が被害がでかいぞ。

クソッ!やっぱり悪魔だ!

地面には一枚の絵が落ちている。

それをウサギ悪魔は手に取り、ふーむと出来栄えを確認しているようだ。


「終わったのか…?」


「ひぃ…ひぃ…なんてクエストだ…報酬が割りに合わねぇよ…」


転がったまま蜂の巣になってしまった髪の毛を何とか整えながら、綾音さんがメガネをかちゃかちゃとずり上げながら疲れきった声でぼやいた。


「そうですね…これは…クエスト難易度と報酬の見直しが必要ですね…。死者は14名、クエスト難易度を上位A級とし、ギルドからの報酬をそれぞれ倍額に致します…。皆さんの実績にも加え、うぅ…」


力尽きたらしくぱたりと倒れて動かなくなった。

ウルトとカミナギリヤさんは元気いっぱいのようだが…羨ましい事である。

フィリアとおじさんはさっきから突っ伏したまま動かない。


「お嬢様、ではこちらをお納めください」


丁寧に額縁に入れた絵画を傷を付けないよう軽く布に包み捧げ持つかのように差し出された。


「うごごご…」


いらねぇ…。渋々受け取った。ばさばさと布を払って出来上がった絵画を眺める。

女の宝飾と飽食、その名に相応しく宝石と黄金の山にしどけなく横たわった女性。ヌードかよ。まぁいい。

じろじろと眺める。

ふむ?中々良い絵じゃあるまいか。ゴシック調の実に写実的で芸術的な一品だ。

金銀輝く宝飾品に彩られた女性、そのモチーフの奥、漆黒の背景がなんとも破滅的な深みを以ってこの女性の未来を予感させる。

ぱっと見ると手前のモチーフに目が行くのだが…その華やかさよりもなお存在感がある。スペースは小さいのだが、妙に目が行く闇だ。そこに誰か立っているんじゃないかと思わせる。


「おー」


一頻り観察してから布にしまった。

これはいい。気に入った。部屋に飾っとくか。


「それではお嬢様、私はこれにて。必要とあらばいつでもお呼びください。不肖ルイス、すぐさま馳せ参じましょう」


「うん」


一礼すると、ウサギは出てきた時と同じように地獄の穴へと戻っていった。

地獄の腕輪を回収し、絵画を抱え直す。

ちょっとでかいな。誰かに持ってもらうか。

よいしょと座り込んで本を開く。これにて一件落着、疲れた皆さんのため、何か美味しいご飯でも出そうではないか。


パチパチと燃える焚き火。寝るにはまだ早いが、あまりやる事がない。

鉱山を出たところ、既に日は落ちていたので明朝に出発する事になったのだ。一晩ここで野宿である。

つんつんと枝で突つく。甘い芋が欲しいな。

ホコホコに焼いたらうまいに違いない。


「ほら、食いな。熱いから気を付けるんだよ」


「わーい!」


ヒノエさんにスープを貰ってしまった。野菜がたっぷり入っている。ウマイウマイ。

ふむ、何やら少し薬の様な味がするな。


「何か薬味みたいなものが入ってるんですか?これ」


「ああ、シルフェの香葉だよ。南で採れる植物だが、身体があったまるからね。この大陸じゃ必須さ」


「ほほー」


南か。どんな所なんだろうか。ちょっと興味があるぞ。

未だに荒野と北大陸の一部しか行っていないからな。天使と勇者の件さえなければぶらりと巡りたい所である。機会があれば行ってみるか。

ハフハフと啜りつつ頷く。プハァ。


「ヒノエさんは南大陸から来たんですか?」


「そうさ。あそこは人間が多かったからねぇ。アタイはもう独りだし、隠れ住んでもしょうがないからね。出てきたのさ。

 とは言っても、もう北大陸も潮時さね。

 あちこち人間臭いったらないよ」


「ふーん…。次はどこに行くんですか?」


「西にでも行こうかと思ってるよ。あそこは霧に覆われて晴れやしないからあまり好きじゃあないんだが、そうも言ってられないさ」


霧か。北は雪だらけなのに西は霧とは変てこな話である。南はどうなのだろう。


「南大陸ってどんなところなんですか?」


「そうさねぇ…。端から端まで熱帯雨林さ。暑いし、雨が多いよ。年中降ってるのさ。嵐も多いからあまり住み心地は良くないよ。ここもだけどね」


ほーん。聞くだけで暑そうである。

蛙とかが群生しているかもしれないな。ゲコゲコ。


「いざとなったらあの荒野にでも行くさ。

 あそこでマリー達と牙を研ぐのも悪くないさね。最後は精々華々しくやるさ」


独り、か。言葉通りの意味なのだろう。彼女の毛皮はとても美しいから。

きっと世界中にヒノエさんのような人が居るのだろう。

人と交われない迫害され虐げられ追いやられ続けた彼女達には既に生存を賭けた戦いなどと言える段階は過ぎた。最早、如何に最後の時を過ごすか、どう生きるかの話なのだろう。

おじさんもそうだ。あそこで私達が買うと言う手段ででも助けなければ、痛みは感じるのに死ぬ事が出来ない奴隷としてずっと人間に生き地獄を味合わされ続けただろう。

それに武器として使われ続けていたカミナギリヤさんに長くあの祠に封じられ続けたウルト。レガノアと人間は強い。世界の全てを完膚なきまでに叩き潰せるほどに。

だが…ふふん、私が居るからにはもう好きにはさせんぞ。多分。あの荒野を私の領土とし、レガノアをとっちめてくれるわ。皆が。

なんだかやる気が出てきた。何かやるか。

地獄のわっかを眺める。先ほど神域で吸い込んだ魂のエネルギー取り出し作業はまだ終わっていない。

しかし、まだまだ余裕はある。さっき武器に炎属性をつけたし…。そういえば街で人魚の涙の加護も付けたな。クエストでは枕を作っている。

ふむ、総評するに私の本で武器を作ってそれに加護を付けることも出来そうだ。

やってみるか。餞別にヒノエさんに差し上げようではないか。そのうち荒野に行くかもみたいな事を言っていたし、いつかまた再会出来るかもしれない。

ペラペラと本を捲る。


「さっきから思ってたけど、その本は何なんだい?」


「魔力と引き換えに何でも出せる不思議な本です。うーん…悪魔の芸術品オーパーツって奴ですな」


「…………アンタ、変わってるね。そんなもんがまだこの時代に残ってたのかい?」


「貰ったのです」


「……世界はまだまだ広いって事かね。トレジャーハンターが泣いて喜ぶだろうさ。大事にしなよ」


そりゃ良かった。

さて、ヒノエさんの武器を眺める。全身縞々模様のへんてこ武器である。

カテゴリ生活セット。



商品名 双頭刃


妖獣族が好んで扱う武器。

幾何学模様を掘り込んだ小型の湾曲両剣。



ふーん。さくっと購入。

黒い霧から形を成して現れたのはヒノエさんものと型は同じだが少し違う複雑怪奇模様の二本の小剣である。地味に端っこに羊の悪魔模様が書いているな。

柄の両端から湾曲した刃物が備え付けられた形状は私が握れば3秒で自爆間違いなしである。

よし、次。



商品名 暁闇の加護


指定したアイテムに暁闇の加護を与えます。

アイテムによって付加効果と魔力消費量が変わります。また、アイテムの質に見合わないあまりに高い効果を付けると破損の可能性があります。

付加できる効果は3つまで。



ざらざらと効果を流し見る。

属性付加、暗黒属性。付加値は3か。まだ数値は上げられるようだがこれ以上は壊れそうだな。先の戦闘でつけた炎の加護の結構な威力を思い出すに3という数字でも馬鹿に出来ない。

うん、これ付けとこう。結構高いし凄そうに見える。後はー、影法師?

ふむ、追加攻撃+1とな。これにしとくか。ますます隙がなくなりそうだ。あと一個か。

何にしよう。


「む?」


何やら特殊効果がある。



付加効果 神の工芸品レベルのアイテムの為、特殊効果の付加が可能です。

舞姫:運命への抗い、別れ人との再会の加護。



……これにしとくか。彼女がいつか同族に会えるといいのだが。

よしよし、あとは……こいつだな。うむ。



商品名 星辰の加護


指定アイテムに星辰の加護を与えます。効果は消費魔力量に比例して高くなります。

アイテムによって魔力消費量が変わります。また、アイテムの質に見合わないあまりに高い効果を付けると破損の可能性があります。

暁闇の加護と併用可。



眺める。攻撃力と魔法力となっている。

以前と違うな。多分これが武器だからだろう。宝飾品はステータス補正か。

武器だと武器そのものの性能のようだ。防具はどうなんだろう。まあいい。

枝を握り締めた。


「おりゃあぁぁあぁぁああ!!」


めっちゃ買った。すっからかんになった。こんな物は使ってナンボなのだ。

良い仕事をした。汗を拭う。良い仕事をした後は牛乳が欲しい所だが贅沢は言うまい。街に戻ってから大量に摂取してくれるわ。

引っつかんで唖然とした様子で目を丸くしていたヒノエさんに突き出す。


「あげるー」


「…………あ、え?なんだって?」


「ヒノエさんに餞別なのです」


「……アンタ、一体…いや、いいさ。聞かないでおくよ。

 ……こいつは弟が使ってた奴にそっくりさね…。……有難う」


「おー」


ふむ、弟モデルであったらしい。弟さんに会えるように祈っておこう。

時間も良い具合のようだ。そろそろ寝るとするか?いや、でもなあ。まだ眠くないのだ。

ヒノエさんは静かに弟モデルの双頭刃とやらを眺めている。その目は僅かに潤んでいた。

邪魔をしないでおくか。そっとしとこう。

スライムを共にてってけと野営地を歩き回る。綾音さんフィリアと冒険者の皆さんが鉱山の入り口で塚を作っていた。

死体はルイスが絵に吸い込んでしまったからなぁ。ああして塚だけでもと思ったのだろう。

残りの三人はと言えば…ふむ?

何やら話し合いをしているようだ。あっちに行くか。


「混ぜろー!」


「む?クーヤ殿か」


「あれ?クーヤちゃんは夜更かしさんですねー」


「…あ、どうぞ…」


おじさんが身体をずらしてくれたのでどでんとそこに陣取った。


「何話してたのさ」


「ああ、我らの里の移転地についてな」


「僕もアッシュさんもあんまり今の地理って詳しくないんですよね。

 クーヤちゃん、何か良い候補地ありません?」


むむ。そういえばカミナギリヤさん達は引越しをするのだった。

今のうちに勧誘しとくか。


「モンスターの街に来ればいいのです。クルコの果物が欲しいのです」


「クルコ?……ああ、あれか。中々美味だろう。クーヤ殿はあれが好きか?」


「美味しかったのです。モンスターの街の店主にパイにしてもらうのだ!」


「……パイ、パイか…。ふむ……悪くなさそうだ……」


「お二人とも、食べ物で決めてしまっていいんですか…?」


おじさんが突っ込んでいるが食べ物に勝てるものなどないのだ。

そういえばエルフのお姉さんがカミナギリヤさんはグルメと言っていたな。良いことである。


「なに、それを抜いても条件として悪くない。

 身も守り易く、人間も少ないからな。あそこならば何とでもなろう。結界の範囲が狭いのが難点だな。

 妖精族の魔術を組み込む事を条件とするか…?道具の提供も……」


カミナギリヤさんはブツブツと呟きつつ考え込んでいる。

この調子ならば誘致に成功しそうである。クルコのパイ…美味いに違いない。ジュルリ。

涎出てきた。


「モンスターの街ですかー。僕も初めてだなー」


「私もです…」


ウルトもおじさんも来た事は無いようだ。そりゃそうか。

先人としてちょっとあの街の雰囲気をば伝えるとしようか。


「そういえば、穴を掘りまくるおじさんと穴に物を詰めまくる女の人が化学反応を起こして色々と凄いことになってるって言ってましたよ」


「「………」」


全員黙り込んでしまった。

失敗したようだ。しかし、良い所を言えと言われても困るのでしょうがないと言えばしょうがないのだ。


「…だ、大丈夫なんですか…?」


「近寄らなければ大丈夫じゃないかなー。私も見たことないし」


街全体に穴が増えてなければ大丈夫だろう。増えてたらご愁傷様だが。


「マリーベルさんがそんな所に住んでるってすっごく意外ですねー。そういう雑多な所って物凄く嫌ってる人だったのに」


ウルトの言葉におじさんがびっくりしたように顔を上げた。


「…マリーベル?……マリーベル・ブラッドベリー?」


「おじさん知り合いなの?」


「……はい。彼女は、吸血鬼でしょう?」


「……あー」


おじさんは真祖だもんな。そりゃあ知り合いであろう。

世界は広いと言われたばかりだが世間は狭いな。


「……彼女は、不幸ではありませんか」


「そんな事ないですよ。ブラドさんとクロノア君と結構仲良くやってましたし。いつでも機嫌良さそうですよ」


何があったかマリーさんを吸血鬼にしてしまったのであろうおじさんはきっと思うところがあるのだろう。

けどまぁ、マリーさんは何だかんだとそれなりに楽しくやっているだろう。少なくとも、吸血鬼である自分に引け目など感じては居なかった。それでいいだろう。

私の言葉におじさんは僅かに俯くと、遠い過去を思い出すかのように目を閉じた。

が、今度が信じられない事を聞いたようなツラでウルトがこちらを見ている。何だ。


「何さ」


「えーと、何で世界はまだ滅んでないんだろうって思ったんです」


「は?」


「ブラドさんとクロノア君ってアレでしょう?アレですよね?マリーベルさんが仲良く?クーヤちゃん、冗談じゃないですか?」


「何でそんな冗談を言わなきゃいけないのさ」


わけがわからんペドラゴンである。

信じられないですよ…などとぶつくさ呟くペドラゴンもまた頭を抱え込んでしまった。

かくして私以外が全員黙った。残ったのは私一人のみである。

少し悩んでから―――――どうしようもないので同じように頭を抱えてみた。そのうち寝た。

かくして誰も居なくなったわけである。

スヤスヤ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る