神様でも変わるんですね

子供の頃からそうだった。

例えばふと見上げたビルによって切り取られた小さな空に浮く月。

彼女はどこまで行っても私に付いてくる。

例えば影。

彼女はぴったりと私に寄り添いどこまでも付いてくる。

例えば夜。

彼女は何度振り払っても私の傍に歩み寄ってくる。

例えばすれ違う人々。

彼女は世界中どこにでも居る。

例えば視線。

彼女は何時でも私を見つめている。


それに気付いた時、私は確かに世界に一人ぼっちの孤独から救われたのだ。

神様、貴女は確かに此処に居てそして私の傍に居てくださったのですね。









「げふっ」


ベッドから転げ落ちた。

チュンチュンとチュンチュン鳥が鳴いている。

朝。見事な快晴である。

ごろごろと転がり回りその勢いを利用し飛び跳ねようとしてしくじりケツを強打する。

強打したケツを押さえつつもんどりうってひっくり返ってベッドの下に潜り込んだ。

ベッドの下からしゃっしゃっと部屋を警戒する。異常は無い。

うむ!


「おりゃー!」


飛び出した。


ぼよよん、スライムが揺れた。

チュンチュン。

朝。勿論突っ込みを入れる者など居やしない。

すごすごとベッドに座った。


「どれどれ」


ぱかりと本を開く。

さて、魔力はどうであろう。



MP5/5(+284) 【地獄貯蓄量:72000】



「おお!」


呪物の消化が無事に終わったようだ。しかも結構あった。うまいうまい。

しかし自動洗浄で吸い込んだ分に関してはまだまだ取り出し作業続行中だ。

ふむ。やはりここはやるべきかもしれない。

作業効率をアップさせる、その為にこの魔力は使うべきであろう。

ペラリと目的のものを探してページを捲る。



商品名 魔物数+1

神殿内に設置する事で作成できる魔物の数を1匹増やします。

現在の最大数は5匹。



よし、購入。

さて、何匹増やすか。

魔力の効率化を考えてもここは先行投資として悪くない。それなりに増やすべきであろう。

魔物レベルは…いいか。今はいらないだろう。高いし。

いずれは魔物ツリーも弄ってみたいものだが。

ひとまず数の暴力だ。設置場所を指定してボタン連打である。正確には書くだがそんな事は瑣末な事である。購入、購入、購入。

ええい、数の指定は出来んのか!一匹ずつはないだろう!

まあいい。数としてはこんなものだろう。魔力も少しは残さねば。ページを捲った。



商品名 魔物数+5

神殿内に設置する事で作成できる魔物の数を5匹増やします。



商品名 魔物数+10

神殿内に設置する事で作成できる魔物の数を10匹増やします。



「何だよ!!」


クソッ!もっと早く言え!

ぶつぶつと文句を言いつつ神殿の状況を眺めておく。

戦力の把握は重要なのだ。と言っても神殿と言えば暗黒神ちゃんマークをつけている荒野の私の部屋だけだが。

これだけ動き回っていれば他の場所に瘴気なんか溜まっていないだろう。



神殿【ギルド宿舎新人部屋】

属性:邪

5/15


LV1作業用魔物  5/15  生産必要瘴気濃度 3


現在の瘴気濃度 6

魔物増殖時間サイクル 180秒

125/180



「ふむ」


3分に一匹か。インスタントな事である。と言っても進み続けるタイマーを見る限りあと1分ほどで生まれるようだが。

あと、えーと…ひーふーみー、30分もしない内に15匹になるのか。

朝ごはんを食べていれば直ぐだな。よし、ご飯を食べに行こう。

階下から中々良い匂いがしている。焼きたてパンだな。私の鼻を誤魔化そうったってそうはいかんぞ。

朝食はパンに違いない。ひとっ走り行って打ち負かしてくれるわ。


ザクザクザク。

素晴らしい歯ごたえ。外はこんがり、中しっとりを地でいきおるわ。

バターがいい味を出している。乗せられた半熟卵ったらない。パンとバターと卵、その三つのハーモニーを塩という名の魔法調味料がジューシーに引き締めている。


「あら、クーヤさん、今朝は早いですわね」


「クーヤちゃん、おはようございます。朝から良い食べっぷりですねー。

 あまり大きくならないでくださいね」


「おー」


適当に返事をしておいた。おじさんは来ないな。

寝ているのだろうか?……よく考えたら吸血鬼だし、朝はきついのかもしれないな。特におじさんは日光とか洒落にならないレベルで駄目みたいだったし。

うーむ、本で何とかできないだろうか?幾らなんでも不便だろう。

後で見てみよう。


「クーヤちゃん、今日はどうするんですか?」


「ギルドに行くのだ」


「昨日来れば良かったではないですの」


「食欲に勝るものはないのだ」


「……そのようですわね」


ザクザクザク。

三人並んでトーストにかぶりつく。

ふと、フィリアが訝しげに出入り口の方へ視線を流し呟いた。


「騒がしいですわね…。何かありましたの?」


……そういや騒がしいな。

いや、ちらちらと漏れ聞こえる内容から察するに昨夜のウルトとカミナギリヤさんのお前らどこの役者だと言いたくなるような一幕が原因で間違いないのだが。

そりゃまあ騒ぎにもなるというものであろう。


「何があったんでしょうねー」


「ウルトのせいじゃん」


「……何がありましたの?」


言われて気づく。昨夜の一件はフィリアは知らないのだ。

神域というものがどういったものなのか、持っていて何だが私にもよくわからないのだが。

どうにもあそこに入れる人は少ないようだったし。

フィリアも居なかったとウルトが言っていた。

説明しておくか。またあの黄金ゲルがくるかもしれないしな。

フィリアは神域に入れないようだが、知っていた方が良い筈だ。人生何があるか分からないからな。



説明を終えた後、フィリアはなんとも変な顔をしていた。


「はぁ…私は昨夜は普通に過ごしておりましたし…なんだか現実感の無い話ですわね…。

 その様な騒ぎがありましたの?全く気付きませんでしたわ…」


「そうなんですよねー。

 まあ神域に入れるのって僕らみたいな霊的に高位の生物とか後は招かれた人だけですから。フィリアさんは人間ですし。

 神域の性質によっては人間でも偶に迷い込む人も居るみたいですけど。

 それに神域って構築者の限界までなら時間の流れも思うが侭ですからね。よくあるじゃないですか。何処かの異界へ行って戻ったら数百年経ってたみたいなお話。

 実際、僕らが取り込まれていた時間も物質界だと短時間だったみたいですし」


「そうなの?」


「そうなんです。

 構築者よっては広さも従属者の数もどんな出鱈目なルールでもいけるそうですよ」


「へー…。ウルトも作れんの?」


「僕は無理ですねー。迷宮なら何とか作れますけどね。

 ドラゴンってなんて言ったらいいのかな。物質界での肉体的な強さに主眼をおいた種族っていうか、ああいう結界の構築って苦手なんです」


「ふーん」


わかったようなわからないような。

ていうか迷宮と神域の違いがわからない。

持っといてもわからんものはわからんのだ。


「迷宮と神域ってどう違うのさ」


「うーん…迷宮は、そうだなー。物質界の地形、僕が居た洞窟とかですね。ああいった所に神気や瘴気、魔力に邪気とか。人によって違うんでしょうけどそういう力が溜まって魔物が氾濫して空間が歪んでいる状態、ですかね。身を守る為の要塞を物質界に作ってるみたいなものですよ。

 あくまで物質界の中にある異空間なので誰でも入れるし神域特有の出鱈目ルールもないですし。

 神域は物質界にある…そうですねー、精霊門が近いですね。ああいう入り口から入れたりする構築者の中にある精神世界ですよ。物質界でもない幽界でもない次元っていうか。

 昨夜みたいに物質界に被せるって使い方も出来るんですけどね。僕が居た時代だと彷徨いの森っていうのが有名でした。入ったら二度と出て来れないって。

 神や神霊族の王なんかの霊格が高い人達や…後は人間。ああいう精神力の高い生き物も得意とする分野ですね。まぁ人間が作る神域って大体ちょっとアレなんですけど。偏った精神状態じゃないと無理ですから。ちょっと気が違ってるっていうか。

 神霊族はそこまでじゃないですけど、神と呼ばれるような存在だと少ないでしょうけど神域を作れるような力の強い眷属も居たりしますから場合によっては主の神域の中に更に眷族の神域があるなんてわけのからない状態になってる事もあるそうですよ。蜂の巣みたいですよね」


「ほほー」


顎に手を当てつつしたり顔で頷いておいた。

まぁ、つまりは何だ。

神殿が迷宮で地獄が神域だろう。そういう認識でいい筈、だ。多分。

駄目だ。わけがわからなくなってきた。


「あ、ちなみに魔物と眷属の違いはですね、例えばそのスライムは魔物です。眷属は違います。

 神霊族が自然物の持つエネルギーから生まれたなら魔物は力と感情の澱みから生まれます。さっきも言ったと思いますけど瘴気とかあの辺ですよ。強い感情とか。

 大体は勝手に産まれて勝手に生きるんですけど、支配領域内の力場だと最初から従属魔物として生み出すことも可能ですよ。逆に言えば領域とか迷宮や神域とか結界とか。そういう場所で生まれる魔物は全部が従属魔物って事です。

 野良魔物と家魔物って事ですね。支配者によってはユニーク種になるそうです。独自の能力も持ってるとか。凄いですよね。ユニーク種だと繁殖もしないし色々制限があるみたいですけど。それこそ支配者によりけりですね。

 そうやって従属魔物が増えると野良の魔物も集まって、空間を広げて獲物を誘い込んでエネルギーにして迷宮って大きくなるんですよ。

 僕が居た洞窟は僕が支配していたとは言い難いのであそこの魔物は僕の従属者ってわけじゃなかったんですけどね。

 そうだなー。そういう例外を除いてですね、魔物は力場から勝手に産まれてくる真名を掴めば家来にも出来るというだけの魔物という生き物ですよ。そういう生態を見ればある意味神霊族ですよね。ちょっと産まれ方が違うだけです。神霊族より凶暴ですけど。

 そして眷属は独自の系統を持った別種の生物なんです。何というかもうその人の子供と言っていいですね。親によって色々と違う生態系を持ってるらしいです。僕も眷属はそこまで詳しくないんですけど。創世級の神であれば生物を自分の眷属として生まれ変わらせる事も可能とか聞きますよ。怖いですねー。

 ああ……そうだ、そういった形で産まれた人達って神霊族でも魔物でも繁殖もするんですよ。ユニーク種はしないって言いましたっけ?

 眷属はちょっと分からないですけど。というか魔物も神霊族も後で繁殖で増えた方が圧倒的に多いんですよ。

 そういうエネルギーから直接産まれるって逆に珍しいくらいでそういう場合は特に純種っていうのになるんです。王様になれますよ。竜族の中では僕も同じような感じですけど。だから竜種じゃなくて神竜種なんですよね。ていうか僕、竜種と一緒にされるの嫌いなんですよね。あんなのただのトカゲじゃないですか。あはは、信じられないですよ。

 あ、クーヤちゃん、聞いてますか?」


「ヤ、ヤメロー!」


氾濫する情報をシャットアウトせんが為に耳を塞いだ。

これ以上は聞きたくない。

頭は既に容量をオーバーしている。これ以上は入らないのだ。

ウルト先生はさらっと分からない単語を分からない単語で説明するので長く聞いているとこんがらがって来るのだ。

私の眉毛がコイルになったところで打ち切るに限る。

要するにあの狭い部屋が私の要塞であり、地獄トイレが蜂の巣。そして魔物がトカゲで神霊族が凶暴で眷属が子供で王様になれるのだ。

一気に言われたのでそれぞれの情報が混ざりに混ざって思い出してもわけがわからない。

聞くんじゃなかった。

もういい。おじさんに声をかけてからギルドに行こう。


「もう聞きたくないわーい!ギルドに行く!」


「あら?もう行きますの?」


「クーヤちゃんって行動派ですよねー」


着いてくる気満々らしくガタガタと立ち上がる面々に思う。

トントン、少々控えめにドアをノックする。


「おーじさーん」


「まだ休んでるんですかねー」


「珍しい程に吸血鬼としての弱点がある方でしたものね」


出てこないな。やはりまだ寝ているのだろうか?

三人でボソボソと話していると、小さな軋み音を上げてドアが開いた。


「………おじさん、寝てていいよ」


顔を覗かせたおじさんの顔ときたらもう尋常じゃない顔色だった。

土気色とかいうレベルを超えている。

今にも死にそう、いや死なないのだがおじさんの特性として苦しいのはやはり苦しいだろうしせめて楽にしていて欲しい。


「……いえ、いつもよりは…大丈夫です……」


のそのそと這い出てくるがヨロヨロしている。あかんわ。


「いやいやいや、寝てて大丈夫ですって!」


「いえ、でも……」


問答していると部屋を興味深そうに覗き込んでいたウルトが呑気な声をあげた。

ウルトの下で同じように覗き込んでいるフィリアも微妙そうな顔である。

双子かお前ら。行動原理が同じすぎだろ。細かなポーズまで寸分の狂いもなく同じだ。


「うーん。クーヤちゃん、アッシュさんにこの部屋は逆に駄目なんじゃないかなー」


「そうですわね…。迂闊でしたわ。端の部屋は窓が多いのですわね…」


「え?」


ウルトとフィリアの更に下から同じように覗き込む。

三つ連なって見事な団子であろう。


「うわ」


普通の人間であれば当たりの部屋だろう。が、おじさんには拷問だろコレ。

燦々と降り注ぐ日差し。朝日に照らされた部屋は眩しい程に白い壁が輝いている。

むしろおじさんが焦げていないかを心配した方がよさそうだ。


「アッシュさん、身体は大丈夫ですの?」


「……少し、火傷が」


「こちらへいらっしゃいまし。治癒魔法を使いますわ」


「…迷惑をお掛けして……すみません」


「気にしなくてもいいですわ。………それと、アッシュさん。言っておきますけれど、これは少しの火傷ではなく重度の火傷というのです」


「はあ……すみません…。これぐらいは頻繁にあるので……」


…割と焼け爛れている。これはいかん。

それと頻繁にあるなんて言わないで欲しいのだが。


「凄いですねー。冷やします?」


「直接は駄目ですわ。小さな氷を沢山作ってくださいまし」


「面倒ですけど美しい女性の頼みとあらば仕方ないですねー」


治療を横目にぱらっと本を捲る。

何かないのか?見ていて不憫だ。


「いつもよりは…痛みは無いんです。

 何故でしょう…」


「そうなんですの?」


「…はぁ……自分でも不思議なんですけど…」


「ん?………あー」


おじさんの言葉に少し考えてからポンと手を打つ。

そういやそういう加護を付けたブレスレットをあげたのだった。

それなりに役立っているようである。よしよし。

あとはこの太陽への弱さを何とかしたいのだが。

カテゴリは安定の加護と干渉。


「………」



商品名 魂の変質


魂が持つ特質や特性、魂に定められた運命を書き換えます。

下手に核に近い部分を弄ると消滅、あるいは全くの別人になってしまう可能性があるので購入の際には注意が必要。



「ほげぇ」


変な声が出た。なんじゃこりゃ!?

たっか!しかも消滅とか!

こんなのしかないのか?もっとこう、ソフトな奴とかさ!

更にページを捲る。



商品名 アカシャ年代記干渉


カルマを無視し、因果律を消滅させます。

対象は消滅させる因果に見合ったものを背負うので購入には注意が必要。



「うへぇ」


言うまでも無い。次だ次。



商品名 運命係数操作


魂の運命係数の天秤を操作します。

対象の数値を減らすと対象の関係者の分が増えます。

増やすと逆に減ります。思わぬ作用をもたらす事がままあるので購入には注意が必要。



「………」


注意書きが付いた奴多すぎだろ!?

この本の事で注意書きなんて初めて見たわ!

恐らく、いや、絶対に危険だ。

断言していい。

これは駄目だ。下手に買わないほうがいい。つーか買えない値段だけど。

…おじさんの日光への弱さってこういうレベルの代物なのか?

こんなのしか出ないとは相当だ。しかしなぁ…。


「そうだ!」


「どうしましたの?」


「思いついたのだ!」


あのロウディジットの街での事を思い出す。

そうだ。太陽光の中、逃げる時にシーツに日除けの加護をつけて渡した。その時は確かに日光が大丈夫だったのだ。

体質に関しては正直どうしようもない、だが抜け道はある。そういう事だ。

ブレスレットもそうだ。痛覚緩和もきっちり効いている。やりようはある。

まずは道具だ。何か適当な加護をつける奴。それなりに良いのがいいだろう。となると本で出した方が良い。買いに行ってもいいが探すのに時間が掛かりそうだ。

ペラっと捲る。生活セットである。



商品名 ドラキュラセット


ドラキュラのコスプレが出来る。

ハロウィンにどうぞ。



「………」


これは、ちょっと。可哀想。この格好で出歩くのは最早罰ゲームだろ。

更に捲った。



商品名 ドラキュラコート


仕方ないですね。



「…………」


まぁ、マシ、か?

パンクなのかゴシックなのかロックなのか耽美なのか。

赤の表地と黒の裏地、あちこちに付いた無意味なベルト、兎にも角にも派手なコートだ。

つーかなんだこの商品説明。私が文句をつけたせいか?いいけど。

さくっと購入。


「何ですかそれ?」


「ドラキュラコート?」


「派手ですわね」


「言うな」


そこは我慢して欲しい。

再び加護と干渉へ戻る。



商品名 暗黒の欝


服に付ける永久加護。着ている対象の存在時間軸を常に夜にずらす事で太陽光から完全に遮断します。

朝日なんて昇るな昼の世界なんて糞食らえ世界なんて明日には滅べな気分のあなたに。



…まあ、いいか。

商品説明はアレだが。

やはり高いが購入だ。



「おじさんこれあげるー」


突き出した。

おじさんは青い顔でぶるぶると首を左右に振った。

気持ちは分かるが我慢して欲しい。


「それは、ちょっと、いくらなんでも私には、若すぎるといいますか」


「いいから着るのだー!」


ぐいぐい押し付けた。

なんとも悲壮な顔で見てくるがしょうがないのである。


「これを着るとおじさんでも太陽が平気になるようにしておいたから着るのだ!」


「………はぁ…」


半信半疑って顔だ。

そりゃそうだろうけど。

諦めた顔でごそごそと袖を通している。

うん、似合わないな。ちょっと可哀想な事をしてしまったかもしれない。


「…夜になったんですが」


「え?昼ですわよ?」


「ははは。そういうコートですか。クーヤちゃんは凄いですねー」


夜になった?確かにそんな事が書いてあったが文字通りの意味であったらしい。

行き成りは怖いのでちょっと試してみよう。


「おじさん、ちょっとここ、日向にさ、ほんのちょっとだけ、ほんのちょっとだけつま先だしてよ」


「え?あ、はい。そこって日向なんですか?」


ほんのちょっとと言ったのにおじさんはがっつり突っ込んできてしまった。

怖いからやめてください!おじさんはもっと自分を大事にすべき!


「……平気ですね…。本当に日向なんですか?」


「おおー」


フィリアも目を丸くしている。

ウルトはいつも通りだが。


「これで行けそうですねー」


「そうですわね…驚きましたわ…」


「………」


おじさんが一番驚いているな。

でもまあこれで太陽光に怯える必要はないわけだ。

オッケーオッケー。


「その、クーヤさん。……有難う、ございます」


「う、うむ」


真剣な顔で礼を言われるとなんだかこそばゆいぞ。

いかん、逃げよう。


「ぬおおお…!かゆい!ギルドに行くぞー!」


「あっ!待ってくださいまし!」


「クーヤちゃん行き成りだなー」


「あ、え、と、待ってください、私も行きます…!」


いざいかーん!




「どこだっけ?」


「知らずに走ってましたの!?」


「まぁ」


「全く…あちらですわ」


「ふぁーい」


不覚であった。この私ともあろう者がカルガモの子の後を付いていくとは。

やはり事前準備は大事である。

てくてくと付いて歩いてやがて一つの建物の前でフィリアは立ち止まった。


「ここですわよ」


「ほほう」


なにやら賑わっている。

ここがギルドか。

どれどれ、一つ覗いてみようではないか。

ガヤガヤとしたロビー。

これが冒険者って人達か。あの荒野のギルドとは全然違うな。

一緒にするのも悪いレベルである。


「いらっしゃいませ!」


受付のおねーさんも朗らかだ。

あの酒場にはスキンヘッドの強面おっさんが居るだけだったからな。


「ご用件はなんでしょうか?」


朗らかなのは良いが私を無視している。というか多分気づいてないな。

クソッ!カウンターが高いんだ!ピョコンピョコンと飛び跳ねるが全然駄目だ。


「あはは、僕らじゃなくてこの子なんですよ」


「え?」


おねーさんはきょとっとした顔でこちらを見て、慌てたように叫んだ。


「ご、ごめんなさいね!貴女にお姉さん気づかなかったの!

 えーと、どうしたのかな?なにかご用?」


何だかお子様に話しかけるような、…合ってるな。反論のしようがないので黙っとこう。


「連絡を取って欲しいギルドがあるのです」


「他ギルドに?どこかな?」


「えーと、ローズベリーギルドです」


「……えーと、間違えてない?」


「あってますー!ローズベリーです!おいしい紅茶なのです!」


「は、え?ええ?」


おねーさんは益々挙動不審な動きを見せるばかりである。


「えーっと、あのね、ごめんなさい。そんなギルドはないのよ?」


「ありますわーい!」


信用されてねぇ!

しかしそういやあの店主があのギルドは普通は知られていないと言っていた。

いかん。このおねーさんはマジで知らないのかもしれない。


「仕方がないですわね…。申し訳ありませんが、かの地に連絡していただける?

 私ならばよろしいですわよね?」


良いながらフィリアが何やら取り出しておねーさんに見せる。何だ?身分証明書か。


「え?………って、フィリアフィル様ですか!?

 す、すみません!少々お待ちください!」


「……納得いかねぇー!」


走ってどこぞへ消えたおねーさん。

何か釈然としない。クソッ!

やっぱり知ってたんじゃねぇか!


「仕方ありませんわよ。本来は貴女のような子供が行って良い場所ではありませんもの。

 少しでも良心があればまず断りますわよ」


「ぐぬぬ…」


治安が恐ろしく悪い暗黒街なのは確かなのでそう言われると強くも言えない。

おのれ。


「凄いですねコレ」


「………凄い人ですね…」


ウルトとおじさんはまったりとギルドの雰囲気を楽しんでいるようだ。

…しかし、さっきから気になっていたのだが。


「めっちゃ見られてね?」


「そうですねー」


見られている。それもウルトが分かるレベルで。

何でだ、考えて気づいた。間違いない。隣に立っている公然猥褻物のせいである。


「なんですの?」


「……何でもない」


勇者バーミリオンも最初はこうだったのかもしれないな。

オヤツになった彼に遠く思いを馳せる。

そういやフィリアは正気を疑うレベルの痴女服だった。慣れって怖い。


「お待たせしました!」


「お」


フィリアの痴女服を見ていると受付のおねーさんが戻ってきた。

改めてみると耳が獣耳だな。亜人って奴だろう。


「こちらへどうぞ」


「ふぁーい」


案内されるままにおねーさんへと四人で付いていく。

奥の部屋のようだ。まぁ聞かれたくないのだろう。


「マスター、お連れしました」


「あ、はーい」


間延びした声だった。

女の人、だろうか。

ぴょこりと顔を覗かせると女の人、いや、女の子と言って良いな。

ぎこちなく笑った。


「ど、どうも。私の名前は櫂野綾音です。このギルドの総括を勤めてます」


「ほほう。どうもどうも。私はアヴィスクーヤです」


「ウルトです」


「フィリアですわ」


「え?おじさんです?」


「正式名称を名乗れよお前ら!」


何なんだその適当さ!

おじさんが一番酷いぞ!

綾音さんも困ってるじゃないか!

綾音、綾、ん?


「異界人ですか?」


「はい。異界から流されてきました」


「………おー……」


ぱかーんと口を上げて見上げる。

女の子だ。普通の女の子だ。

肩口までの茶色っぽい黒髪、茶色っぽい目玉。

中肉中背、少々胸が寂しいか?若いから希望を持て。

黒縁のメガネを掛けている。むむむ、クラスの地味っこ担当だな。

ステータスは…。



名 櫂野綾音


種族 異界人

クラス 多重次元存在者

性別 女

B:73 W:52 H:81



Lv:38

HP 800/800

MP 600/600



ふーむ、普通だな。

ちっちゃいけど。せめてもの情けにどことは言わないが。

多重次元存在者…異界人だからだろうか?

よくわからん。

その辺の人よりは強いが、ステータスも普通…が、私の目は最近アテにならない。信用できないな。

恐らく彼女もまた異界人特有のスキルとやらがあるのだろう。見ようと思えば見れるのだろうがあれをやると首がやけに苦しいのでやりたくない。


「それで、ローズベリー支部に連絡が取りたいとか」


「あ、はい」


「中へどうぞ」


招かれるままに部屋へと入る。

うむむ、書類の山である。

あと巧妙に隠されているがお菓子がいくらかあるな。

女子の嗜みなのだろう。


「それで…まずですね。最近、ローズベリーの方から連絡が入ってるんです。

 女の子を保護してくれって。もしかしたら貴女の事でしょうか?」


「え?」


「三つ目で黒くて長い髪の毛、10歳に満たないくらいの幼子。一番大きな特徴として変人。多分貴女の事かな、と」


「まてーい!その結論は不服である!訂正を要求する!」


変人!?それは私の事ではない、断言するぞ!!


「やっぱり貴女の事ですね」


何故そこで納得する!?


「クーヤちゃんですね」


「クーヤさんですわよ」


「…すみません、そうとしか思えません…」


な、なにぃ!?

馬鹿な!?


「何を言うんだ!私は変人じゃないわーい!」


全員あさっての方向向いてやがる!クソッ!裏切り者どもめ!


「あの、伝言を預かってるんです」


「なんでしょう」


向き直った。

間違いなく私ではないが伝言と聞けば聞くのもやぶさかではない。


「えーと、マリーベルさんからです。…わたくし達はここから出られないの。申し訳ないけれど代わりの迎えを寄越すから彼らについてきて頂戴。

 …ですね。誰か迎えが来るそうですよ。じゃあこの街に居るって伝えておきますね」


「やったー!」


流石はマリーさんだ。先んじて言伝を残すとはこの女心を弄ぶ達人め!

しかし迎えか。誰であろうか?この言い方から察するにあの三人の誰でもないということだろう。


「じゃあ暫くはこの街に居ることになりますわね」


「そうですねー」


「この街からあのギルドへ行くには船になると思いますよ。

 準備しておいた方が良いと思います。お金も掛かりますから」


「そうですわね…。クエストでもこなして待っておりましょうか」


「ギルドからもお願いいたします。フィリアフィルさんなら高レベルクエストもこなせますから」


「………いえ、それはどうでしょう」


「え?」


……聖女時代の話だもんね。

まぁウルトも居るし何とかなるだろう。

かくして暫くの間、この街にてクエストやりつつ待つことになったわけだが。


「ウルトとおじさんも登録する?」


話はそこからである。


「よくわからないですけど面白そうですね。やってみましょうか」


「…はぁ…そうですね。クーヤさんに迷惑を掛け通しですから…自分の生活費くらい何とかしないと…」


ウルトは兎も角おじさんは実にリアルな理由だな。

別に構わないのだが。


「ではこちらの紙に記載をお願いいたします!」


「わかりました。美しいお嬢さん」


「…これですか?」


「はっ、はい!美しいだなんて…こ、これに書いてくださいね!」


あの勇者顔、ロリコンの癖に女たらしてやがる。生意気な。

まあいい。フィリアと二人で色々具が挟まれたバゲットでも食いつつ待つか。


「終わりましたよー」


「あの、どうぞ」


「はい!それではご確認をさせて…………あの、お二人ともとても古い字を書かれますね。

 その、少々、お待ちください。直ぐに解読してまいります」


年寄りか。

もりもりと食べながらクエストボードとやらを眺める。


「ふむふむ」



依頼者 トーマス


内容

ドライガードの採取

最低20本納品


受注条件なし



依頼者 ハーミット


内容

安眠枕の製作

依頼者の満足いく品であること


受注条件なし



依頼者 ハバギリ


内容

トレジャーハント

アスカナ王国由来の品であること

保存状態良好が望ましい


受注条件 トレジャーハント系クエスト達成5件以上



「へぇ…」


あのギルドとは大違いだ。

まともだ。

全部C級か。よくわからん。一番よくわからんのは安眠枕だが。

気持ちは分かるがギルドに出す事かこれ?


「すみません!ただいま戻りました!

 それではこちらの石版に手をお当てください!」


お、どうやらもう終わりそうだ。バゲットも食べてしまったし見に行くか。

フィリアと二人でカウンターに近づいて覗き込んだ。


「んー、よくわかんないですけど。こうですか?」


「はい!それでは少々お待ちくださ、くだ、く」


おねーさんは卒倒してしまった。

石版を横から覗き込む。



名 ウルトディアス


種族 神竜種

クラス 青

性別 男


Lv:1500

耐久力 C

魔法力 D


体 D

魂 B

特 B



炉:

耐:水精霊無効 状態変化キャンセル 魔法キャンセル 寒冷耐性



「なんじゃこりゃ。全然違う」


私が見ているのとローズベリーにあったのとも違うぞ。

炉の部分にはなにやら青くて短い棒と黒の長い棒が居る。視覚的だな。


「あの街のを使いましたの?石版は複製する際にかなり劣化具合に差が出るのですわ」


「へぇ」


ローズベリーのはかなり私のに近かったが。

カウンターによじ登るようにして手をむにっと置いてみた。



名 アヴィス=クーヤ


種族 異界人

クラス 異界人

性別 女


Lv:1

耐久力 S

魔法力 S


体 S

魂 S

特 S



炉:

耐:全精霊消滅 闇魔力吸収 状態変化無視



「おー」


ちょっと違うな。耐性もちょっと違うし。

炉の部分には…何だこりゃ。変な感じになっている。

しかし軒並みSなのはどういうわけだ?

ウルトはBとDのオンパレードだったのに。


「……これ以上は無いほどに上がりきっている、つまり成長の見込みが無いという事ですわ」


「………」


聞かなきゃよかった。

おじさんも恐る恐ると石版に手を置く。



名 アルカード=アッシュ


種族 魔族

クラス 吸血鬼

性別 男


Lv:32

耐久力 A

魔法力 B


体 A

魂 A

特 B



炉:

耐:


ぬ、おじさんは私の仲間だな。

成長の見込みがあんまりなさそうだ。

しかし耐性無しって不幸な。不老不死なんだからそこは色々持っとこうよ。

きついだけじゃないか。炉は…無いな。すっからかんだ。ちょっと黒い棒が居る。あとは特に無い。

…しかしおねーさん起きないな。

ウルトのステータスがショッキング映像なのはわかるが。

仕方が無い、四人でクエストボードでも眺めるか。

既に後がつかえているが知ったことではないしな。

バゲットをもう一個買ってジュース買うか。

声を掛けられたのはクエストボードを眺めていた時だ。


「ここに居たのか」


「あれ?カミナギリヤさんじゃないですか」


目立つなこの人。かなり注目を集めている。当たり前か。

どうしたのであろうか。


「いや、昨夜の事でな」


「あー」


忘れてた。黄金ゲルが居たのだった。

どこに居るんだろうあのゲルは。


「その様子ではそちらにもまだ接触はないか」


「来てないですな」


「ふむ…。こちらから打って出るにしても居場所もわからんか」


「ほっとけばまた向こうから来るんじゃないですか?

 クーヤちゃんが目的みたいですし」


しれっとウルトの奴、私を囮にしているな。いいけどさ。

…にしてもカミナギリヤさん、めっちゃこのボード見てるな。

気になるのだろうか?


「見ます?」


謹んで差し出した。


「………」


興味深そうに見ている。そういや50年前からずっと霊弓にされていたのだし、ギルドが出来たのは30年ほど前と言っていた事を思えば関わりを持つことも出来なかっただろうし、気になってしょうがないのかもしれない。

カミナギリヤさんと一緒に眺めてみる。

ふむ、どれをやろうか。


「よし、これをやろう」


一つの紙切れを高々と掲げた。


「あー。クーヤちゃんっぽいですね」


「そうですけど…これでは私達の出番がありませんわ」



依頼者 ハーミット


内容

安眠枕の製作

依頼者の満足いく品であること



これだ。これぞ私向け。

否、私しかおるまい。

意識を回復しないままのおねーさんはずるずると引き摺られていってしまったので別のむっちんおねーさんに紙切れを差し出した。


「これをやる!」


「はい、それでは…って、これをやるのですか?

 今まで受注した方は数知れません、しかし皆さん例外なく失敗しておられますが…もう風物詩となっている依頼なのですが…」


「大丈夫だー!」


ちゃっちゃと手続きを済ませる。

うむ!

商品を出すのはこの場では流石にまずいか。よし、トイレに行こう。

ささっとトイレに駆け込む。うーむ、トイレは初めて入ったが結構綺麗である。

水洗なのか?水洗だ。何故だ。これもまた異界人のこだわりとやらだろうか?

のっしとケツを降ろして本を開いた。



商品名 羊の枕

ふかふかもこもこ低反発枕。



購入。ただの枕なので別に高くも無い。

次。



商品名 コタツに潜む悪魔


夢見る悪魔があなたをお花畑へ誘います。



つけた。トイレから弾丸のように飛び出してやった。

納品。終了。依頼達成かどうかは依頼者に確認を取ってからのようだ。この枕で一生スヤスヤと寝ているがいい。

同じようにふんふんと鼻歌まじりにクエストボードを眺めていたウルトが一つの紙切れを指した。


「これはどうです?」


「ん?」



依頼者 ギルド【常駐クエスト】


竜鱗の納品

竜種、枚数、部位によって報酬変動


受注条件なし



ほほう、Aランクである。

トイレへ入って直ぐに出てきたウルトが蒼い鱗を三枚納品。

おねーさんが目を剥いて驚いていた。

しかし私が言えた義理ではないが自分の鱗を納品とは卑怯じゃなかろうか。

いや、そんなことは無いか。あるものは使うのだ。使ってナンボ。


「お二人とも卑怯ですわよ!」


「いーじゃん別に」


目的さえ達成できれば手段などどうでもいいのだ!


「あはは、この調子でいきましょうか」


まんまとジャラジャラと音の鳴る小袋を手に入れたウルトもこう言っているのだ。

どんどん行くべき。


「困りました…私に出来るものってこれぐらいしか…」


おじさんが一つ指差した。

どれどれ。



依頼者 ギルド医療部【常駐クエスト】


実験の被験者

副作用、欠損の可能性あり


※ギルドでは一切の責任を負いかねます



「だめ」


即答しておいた。全く、このおじさんときたら困ったもんである。


「うーん…」


「……」


ふと顔を上げて気付いた。

カミナギリヤさんがそわそわしている。

めっちゃそわそわしている。

ちらちらと周囲の冒険者やクエストボードや受付やらを見ている。

カミナギリヤさんの大きな手に小さな手をそっと重ねる。

はっとこちらを見たカミナギリヤさんにグッと良い笑顔で親指立てた。そのまま返す親指で受付を指す。

さぁ行ってくるが良い。本能のままに。




「ほう、面白いな。これは」


興味深げに真実の石版を眺めるカミナギリヤさんが小さく呟く。

石版を皆で上から覗き込んだ。




名 カミナギリヤ


種族 神霊族

クラス 花の妖精王

性別 女


Lv:1300

耐久力 D

魔法力 C


体 C

魂 C

特 B



炉:

耐:全精霊耐性 状態変化緩和 霊術耐性 環境耐性




炉が凄いことになっている。虹色だ。きらんきらんである。

凄いなカミナギリヤさん。しかしカミナギリヤさん、体のステータスがCって事はまだまだ鍛えられるって事か?

今以上とかどうなってしまうんだ。そのうち大地を素手で割れるようになるかもしれないな。手刀で海を割ったりとか。

恐ろしいことである。


「パーティ申請もしておきますわよ」


ウルトに続き、カミナギリヤさんのステータスを見て泡を吹く二人目の犠牲者となってしまったむっちんおねえさんを放置してフィリアが勝手に手続きをしている。

破壊竜と妖精王の冒険者登録受付だなんて世に二つとない経験であろう。南無阿弥陀仏。おねえさん達の冥福を祈っておいた。


「へぇ…そんな事も出来るんですねー」


「リーダーはクーヤさんでよろしいですわね」


「まてーい!」


何でだよ!


「フィリアでいいじゃん!」


一番ギルドに慣れてそうだし、フィリアが適任の筈だ!


「何を言ってますの。このパーティのトップはクーヤさんではありませんの」


「な、なにぃ!?」


だからいつの間にそんな話になってんだ!


「そうですよねー」


「なんとなく…クーヤさんかと…」


「ああ、私も入れてくれ」


さらっとカミナギリヤさんがメンバーリストに自分の名前を付け足している。カルガモが増えたようだ。

何故だ。


「ていうか私既に他の人のパーティに入ってるわい!」


「大丈夫ですわよ。メンバーの重複も可能ですもの」


そうなのか。むぐぐと口を噤んだ。

なんてこった。浮気推奨とはけしからんギルドだ。


「チーム名を適当で構いませんから考えてくださいまし」


「えー…カルガモ部隊でいいじゃん」


「ではそれにしますわよ」


いいのかよ。誰も文句を言おうとしない。

ぴっと慣れた手つきでフィリアがクエストボードから一枚の紙を抜き取った。


「…合同クエストがありますわね」


「なにそれ」


「大型魔獣の討伐、大規模な迷宮の探索、そういった大掛かりなクエストはギルドから複数の冒険者を募る事があるのですわ。

 この場合は迷宮と化したグラブニル鉱山の攻略、解放。迷宮内物資の捜索、確保。

 迷宮の難易度は暫定B、まだ出来たばかりですものね。受注条件は…討伐、探索系クエストの一定以上の実績…と、まあ登録したばかりのメンバーを抱える私達では無理ですわね。

 それに、個人依頼でも幾つかこの鉱山に関するものがありますわよ。よっぽどですのね」


「ほーん」


グラブニル鉱山…そういや図書委員長が言ってたな。鉱山に住み着いた奴がいるって。

そいつのことだろう。


「その依頼を受けなくちゃその鉱山って行けないんですか?」


ふむ、ウルトは興味津々のようだ。


「行くだけならタダですわよ。

 報酬も得られませんけれど、魔石や魔獣の死体ならばギルドに売れますわよ」


「そうなんですかー」


「ウルトディアス、何かあるのか?」


「まぁ、昨夜の事でちょっと気になるんですよねー」


むむ?

何であろうか。ややあっておじさんがあー…、と気の抜けた声を上げた。


「…そういえば、鉱山って…きっと宝石とか…そういうのが取れるんですよね…」


「おじさん、宝石とか好きなの?」


意外である。


「あぁ、いえ、そういうわけじゃないんです。ただ…」


「ただ?」


「昨夜の魔物、宝石をバラバラと落としていたな、と思ったんです」


「…………」


そういえば。

もしかしたらもしかするかもしれない。

行ってみるか?ぎったんぎったんにしてやるのだ。みんなが。


「あのー」


「お?」


受付から小さくひょこっと顔を覗かせる人物。


「綾音さん?」


「これは総括としてではなくて、個人的なお願いなんですけれど…クーヤさん、ですよね?

 少しその事で提案なんですけれど」





吹き抜ける風。グラブニル鉱山とやらはまだ遠いようだ。


「寒いですわ…」


「大変ですねー」


「もう少し、防寒具を持ってきたほうが良かったのでは?特に、その、フィリアフィルさん」


「私にこの服を脱げとおっしゃいますの!?綾音さん!?」


「いっ、いえ!それ以上脱がれると困ります!」


「……そうですの…」


「何で残念そうなんですか…?」


抱えてきたスライムをたふたふと弄びながら鉱山の方角へと目を細める。

まだ見えて来ないな。随分遠いようだ。

地面を見れば、雪に埋もれてはいるが線路がある。採掘した鉱石を運ぶトロッコだろう。


「態々トロッコで運ぶより、もっと街を近くにすればよかったんじゃないですか?」


振り返ってフィリアと遊んでいる綾音さんに声を掛けた。


「あ、それはですね。私にも良くわからないんですが、住み着くには土が良くないそうなんです」


「そうなの?」


「はい。人を蝕むとか。水場も近くに無いですし、何より工芸の街ですから。交易を優先して海の近くにしたそうです」


「ほほう」


そういうもんか。

きゅっきゅと雪を踏みしめ歩を進める。あとどれぐらい掛かるんだろうか。

厚着しすぎてモコモコの綾音さんは地図を眺めながらうーんと唸り声を上げた。


「まだまだ掛かりますし、そろそろ休憩にしましょうか」


「ふぁーい」


言われた瞬間ひっくり返った。

極楽極楽。


「クーヤさん、そんなところでひっくり返らないでくださいまし!」


「いーじゃん別に」


ひっくり返ったままフィリアにごろりと背を向けて犬の如く片足をみょーんと上に伸ばして適当に返事しておいた。


「あの、クーヤさん。ウルトさんが…その、凄く見てますからそういうポーズはちょっと…」


閉じた。

おじさん有難う。

我らがカルガモ部隊はフィリアにウルトにおじさんにカミナギリヤさんに綾音さんで大所帯である。

何でこうなっているかと言えば語るも涙、聞くも涙の深いわけがあるのだが。

何と、綾音さんは昨夜の神域の内部に取り込まれていたらしいのだ。


彼女の話はこうである。




「クーヤさん、昨夜の事です。あの…何と言いますか。光るスライムの事なんです。昨夜はすみません、何も出来なくて。

 それで、私としてはあの光るスライムを何とかしたいんです。皆さんのおっしゃるとおり、恐らくあの光るスライムが鉱山に住み着いたという魔物です。

 もし、あの鉱山が閉鎖されたままではこの街の存続に関わります」


「ああ、そうだろうな。

 この街はグラブニル鉱山からの採掘でこの街の工芸素材のほぼ全て賄っていたからな」


「はい。それで私もあの迷宮攻略メンバーに加わる予定だったんですけど…皆さんも行かれませんか?

 これは私個人からの依頼です。勿論、別途報酬はお出しいたします」


「へぇ、それはまた何故ですか?」


「はい、この迷宮は危険度暫定Bとなっていますが…これは個人的な意見ですが、恐らくA級相当と思われます。

 今現在のメンバーでは攻略は不可能かと思っています」


「そんなに危険なの?」


「はい。昨夜の結界を見る限りですけれど…街一つを丸ごと結界に飲み込めるような魔物です。

 そうそう居ません。昨夜の皆さんの戦いぶり、遠目からですが拝見したしました。ギルドからの正式な合同クエストとしては本来ならばこのクエストには討伐、探索系クエストの一定以上の実績が必要です。

 ですが、皆さんには必要ないと判断いたしました。ですので、個人的な指名依頼です。皆さんが居る居ないは迷宮の攻略の是非に関わると考えています。あの結界に入り込めるような方々ですから。それを抜いてもフィリアフィルさんも冒険者として確かな方ですし。

 依頼の内容はこのギルドからの合同クエスト、その受注メンバーの補助となります。報酬は一人当たり10万シリン。命を捨てるには安いですけれど…すみません。私、ここに来たばかりなので正直言って貯金がですね…。埋め合わせにこれから先、何かあったら皆さんに出来る限りの援助をしますので…あ、内緒ですよ?

 ……それに、その、クーヤさん。貴女にとってもそれなりにメリットがあると思うんです。受けてはもらえませんか?このカルガモ部隊のリーダーさんですよね?」


「え?」


「…その、あのお三方とチームを組んでいらっしゃいますよね?その事で…その、かなり苦情が…」


「あー…」


そういやそんな事言ってたなあの親父。


「このクエストは大規模迷宮探索、クエスト難易度中位B級、今回の依頼を達成した暁には勿論、皆さんの実績として登録させていただくつもりです。

 えーと…その、かなり苦情が減るのではないかな、と」


「ふーん…」


苦情が減るのか。

私が直接受けているわけではないので実感はないが…減るならいいかもしれない。


「今回、クーヤさんの保護を申し立てるにあたって、あの三人組、ペナルティを受けているんです。

 と言っても、本当ならペナルティを受けるような事ではないんです。転移魔法に巻き込まれ逸れたメンバーの保護なんて当たり前の事ですから。

 これはギルドの血気盛んな方々に押されるような形と言いますか…付け入る隙が出来たとばかりで…すみません。

 冒険者さん達の中にもクーヤさんはどう考えても戦闘タイプではないにも関わらず、ランクやレベルだけを見る方も後を絶たず…探索が得意であり、その本の事も聞いています。ですから、迷宮の探索というのは得意分野じゃないかって思うんです。今回、メインメンバーの補助ではかなりの功績が見込めるんじゃないかな、と」


「!?」


な、なんだってー!?

それはいかん!いかんぞ!!

今すぐ実績を積むべき!黙々と堆くケチのつけようが無いぐらいに積むべき!


「やる!あの金色輝く黄金ゲルをぎったんぎったんに叩きのめすべき!みんなが!」



と、まぁこういう訳である。


「そろそろ行きましょうか」


「あはは、面倒ですから飛んで行きましょうか?」


「嫌ですわ!」


「私が抱えれば落ちる事は無いが…いや、腕が足りんか」


「あとどれくらい掛かるんですかね?」


「そうですね…あと1時間ほど歩けば鉱山の入り口が見えるはずです」


まぁウルトよりは信頼できる数字だろう。

いざ出発!

バインっと跳ね上がるようにして立ち上がる。何故だかスライムも真似して跳ね上がった。

たどたどしく黒縁メガネを押し上げるモコモコ綾音さんが地図から視線を離して空を見上げる。


「鉱山入り口付近に、恐らく他の冒険者の方々が野営をしていると思われます。

 そこで合流しましょう。そろそろ日が暮れますから、そこで一晩過ごして夜が明けてから迷宮に入りましょう」


方針も決まったようだ。

しかし一晩野宿か。初めての経験だな。

中々に冒険な雰囲気が出ている。少々楽しみではある。


「しゅっぱーつ!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る