月下雪影

視界が開けた先、そこは既に月に照らされる樹と光で構成された美しいあの里だった。


「おおー…」


転移魔法ってほんとに便利だな。

まぁ話を聞く限りカミナギリヤさんの転移魔法は厳密には転移魔法ではないらしいが…私からすればどっちも一緒である。

里の皆さんは慌しく動きまわっていたようだが、カミナギリヤさんの姿を認めると涙ながらに一斉に走り寄って来た。

いいなあいいなあ。

私もああやってファンタジー住人に囲まれたいなぁ…。

羨ましい…ギリギリ。

しかしカミナギリヤさん本当にデカいな。

この里の人たちは結構背が高い人が多い気がしたのだが…頭一つどころか二つ三つぐらい飛びぬけている。

正直近くに立たれるとデカすぎて普通に怖い。

いや、でもあの大きさこそが器の大きさ、皆に慕われる秘訣かもしらん。

いつか私もあれぐらい大きくなりたいものだ。

ひとまず牛乳摂取からだな。

話はそれからだ。


「皆、長い間済まなかった。…が、再会の喜びは後ぞ。

 最早此処は我らが住むに適さん。直ぐに離れる。

 神霊族の道具は一つも残すな、全て持っていく!

 持っていけぬなら破壊しろ!…行け!」


「はっ!」

「わかりました!」


全員蜘蛛の子を散らしたようにてんでバラバラに走り去ってしまった。

すばらしい統率能力、私も欲しい。


「クーヤさん!今は子猫の手も欲しいのですわ!重たいものは結構ですから少し手伝ってくださいまし!」


「む」


ちぇっ!サボっているのがバレてしまった。

仕方が無い。

働かざるもの食うべからず、ここはキリキリと働くべきであろう。

小さな切り株をゴロゴロと転がして運んだ。

妖精の椅子らしい。

どうやら本当に一つも残さず持っていくつもりのようだ。

まぁエキドナの小瓶とかいうへんてこ道具があるぐらいだからな。

この里にもそういう道具がたんとあるのだろう。


「クーヤちゃん、それはただの切り株ですよ?」


「な、なにぃ!?先に言えー!」


完全に無駄な労働だったらしい。

ちくしょう!損した!

ウルトのアホー!


「あっちで小さい物を選別してましたからそっちの方がいいんじゃないかなー。

 僕も出来るならクーヤちゃんに付いて行きたいですけど、美しい女性達がこぞって僕を頼りますから手伝ってきますね」


…パシリだな。それは。

まぁ力がありそうだしな。

重い物は力が有る奴に任せるに限る。

何せこの里にはか弱い女性ばかりだ。ウルトは貴重な戦力だろう。


「じゃーあっち行くー」


「はは、頑張ってくださいね。クーヤちゃん」


「おー」


てってけと走り出した。

走りながらちらとウルトが歩いて行った先を見れば、俵のような超重そうな箱を片方ずつ腕に乗せてのっしのっしと歩くカミナギリヤさんが見えた。

歩く度に爪先が地面に若干めり込んでいる様に見える。

…すげぇなあの人は。

私も頑張らねばなるまい。


「手伝うぞー!」


「…っ!」


皆さんちょっと身体がビク付いたようだが逃げようとはしない。

今回の件で割りと受け入れられたと見ていいのだろうか。

もっと近寄っていいのよ?

…そしておじさんは何故ナチュラルに神霊族の女性達に混ざっている。

大人しくちまちまと小物を仕分ける哀愁漂う姿が妙に似合うからいいけども。

空いていたのでおじさんの隣に陣取ってやった。

目の前には何かキラキラとした色とりどりの宝石の山。札が貼られている。


「これはー?」


「あ、え、と、封じて持っていくそうです…」


「そうなの?」


「はぁ…」


態々封じるとは危険物なのだろうか?

つんつんとつついてみた。普通の石に見えるが。


「それは…この里に処理をして欲しいと預けられた呪物なのです。

 放置するわけにもいきませんが、この場で処理をするのも難しいものなので…。

 封印して持っていくしか…」


「ふーん」


結構な量だが。

それに、呪物と言うことはやはりそれなりに危険物なのだろう。

持って歩いて大丈夫なのだろうか。心配である。

と、つんつんとつついている腕につけた物が視界に入る。

…これに入れればよくね?物は試しである。

地獄のわっかを地面に置く。

開いた穴にざらざらと石を掻きこむ様に流してみた。

おお、案外入るな。腕を突っ込んだ時にはあまりの小ささに驚いたのだが。

すっかり入りそうだ。これでいいだろう。

見回して気付いた。


「………あれ?」


全員逃げていた。

何故逃げる。

残っているのはおじさんだけだ。


「何で逃げるんだーい!」


「あの…すみません、その腕輪しまってくれませんか…?

 よく、判らないですけど…その、すごく怖いです…」


「え!?」


マジか。

そういやこれ地獄だもんな。

自動洗浄を使うわけでもなし、見た目ただの穴なので大丈夫だと思ったが。

聞かれたらマジカルアイテムボックスと答えようと思っていたのに。

良く考えたらそりゃ逃げるわ。

というか全部突っ込んでからなんだがゴミを入れてしまって大丈夫だったのだろうか?

…まあいいか。別に何てことは無いだろう。

地獄のわっかをしまってからハァとため息をついた。

全く!

折角仲良くなれそうだったのに振り出しに戻ってしまった!


「ちえー」


ぶすくれつつおじさんと二人並んで小物の仕分けに戻ったのだった。

壊れ物と植物、何か魔法が掛かっているらしい道具。

呪符が貼られたものは危険物だろうとみなして地獄に放り込む。

出し入れする内におじさんも慣れたらしい。恐る恐ると自分も呪物を投げ入れている。

これなら早く済みそうだった。




「二人とも、準備は出来たか?」


「あ、はい…」


「おー」


ようやく誰か近づいて来てくれたと思ったらカミナギリヤさんだった。

他の神霊族の皆さんは遠巻きにこちらを見ている。

ぬぐぐ。

悔しがっているとキャメロットさんも近寄ってきた。

おひょひょ!もっと近う寄れ!


「お二人とも、有難うございます。呪物の処理には頭を悩ませていましたから…大変助かります。

 ペルシャ!こちらへ来て!これも運びます!」


「はっ!はいぃぃ!!」


転び出てきたのはメガネをつけたドライアドっぽい女性だ。

翠の髪に可愛らしい白い花がぽつぽつと咲いている。

図書委員長と名付けよう。

脳内で適当に渾名をつけておいた。

図書委員長は慌てたようにおじさんと私が分別しておいた小道具たちをどさどさと大きな袋に詰めた。

仕分けた意味ねぇ。

食器もガラス細工も刺繍道具も全部突っ込んでしまった。

袋の中ではガシャガシャと何か壊れるような音がしている。

あーあ…。


「…ペルシャ」


「すっ!すみばぜぇぇん!!」


ドジっ娘だな。


「お二人とも、大樹に集まってくださいまし。

 出発するそうですわ」


「はーい」


「…え、と、あの。わかりました…」


フィリアに答えて大樹の元へと向かったのだった。


…凄いな。

家が全部ただの植物に戻っている。

あれ程に美しかった里は今はもうどう見てもただの森だ。

魔法の力でああいう形にしていたのだろうか?

なるほど、確かに神霊族に故郷という概念が無いのも頷ける話である。

…しかし、どうやって引越しするんだ?

たどり着いた大樹の根元には大量の荷物が積まれている。

馬車とかなんとかそういう移動手段らしきものは全く無い。ただ積んでいるだけだ。

おじさんも不思議そうにキョロキョロとしている。

というか壮観だな。

里の神霊族が全員集まっているのだろう。月の光を反射してキラキラである。

目が潰れる。


「カミナギリヤ様、今回は舟を使うのですか?」


「いや、アレは目立つ。

 人間に知られればきゃつらの事、寄越せだのと五月蝿いだろう。

 今は使わん」


「はい」


舟?

そんなのがあるのだろうか?

ここは陸地だが。もしかしたら不思議道具かもしれないな。

何れ見てみたいものである。


「あ、もしかして転移魔法ですか?本物の」


「そうらしいですわ。

 妖精王様直々にかなり大掛かりな術式を組むらしいですけれど」


「へー…」


…なるほど、魔法で引越しか。


「本物の転移魔法ってそんなに難しいの?」


よくわからん。

アスタレルはごく普通に使っていたが。


「かなり難しいらしいですよー」


「光魔法以外ではほぼ絶望的ですわね」


「そうなの?」


おじさんも不思議そうにしている。

魔法には疎いらしい。


「そう、なんでしょうか…。

 …昔は…魔族の皆さんが頻繁に使っていたような…」


「…貴方、本当においくつですの?

 いつの時代の話ですのそれは」


「はぁ…すみません…二千を超えた事ぐらいは…覚えているんですけど…ちょっと…」


少なくとも二千以上…。

すげぇ。


「あはは、今は無理ですよ。

 あれは暗黒魔法ですから。

 今でも魂源魔法で使える人は居るかもしれませんけど…少ないんじゃないかなー」


「魂源魔法って何さ」


気になっていたので聞いてみる。


「そうですねー。

 クーヤちゃんの本が結構近いのかな?眷属の力ですよねソレ。

 精霊や神の力によらない、存在の根源から来る自らの魂を使う魔法…いや、技術かな。技術ですよ。

 符術とか、呪術とか化粧術とか。亜人が得意な分野ですよ。

 あと精霊王クラスの力を与える側の大精霊や神の眷属が使う魔法もこれですね。

 カテゴリー的にはそうだなー。魔法、その他ですね。光でも暗黒でも精霊でも契約でも闇でもない分類不能な魔法全部です。大雑把ですねー。

 場合によってはその辺の魔法以上の効果が得られるし、精霊や神が居なくても使えるのが利点ですけど、欠点としては魂の格によっては習得にかなり苦労するのと…魂の根源によっては下手をすれば一生掛けて修行しても手を触れずに一センチだけ物を動かせるとかクソ能力しか目覚めない事もあるって事ですかねー。

 それに使える術は一つの魂に一つこっきり。それ以上はありません。

 竜種や高位魔族、それに純亜人みたいな血統持ちなら兎も角、それ以外だとギャンブルに近いですよ。

 マリーベルさんは変換だったかな?魂を魔力に変換する。でも紫にしか出来ないしその魔力を使った魔法も精霊王の制約を受けるらしいです。

 自前で紫魔力作れるならいいと思うんですけど。黒が良かったって言ってました。

 精霊王や眷属は根源がはっきりしてますから最初から例外ですね。

 彼らのような位階の高い次元違いの魂を持った霊的存在であれば魂源魔法を使う方が俄然いいですよ。

 態々格下が使うような魔法技術に頼る必要なんか無いですからね」


「異界人の方々が使うのも魂源魔法ですわ。

 だからでたらめなのです」


「あ、そうなんですか。

 異界人っていうのも見てみたいですねー」


へぇ。

何を言っているのかさっぱりわからん。

とにかく凄いのはわかった。

それだけわかれば十分だろう。

もう聞きたくない。頭から煙が出てきた。


「どこに引越しするの?モンスターの街から遠い?」


荒野に戻りたいのであまり遠くに行かれるのならば名残惜しいがここで別れた方がいいかもしれない。

あそこ以外は危険地帯だ。


「モンスターの街か?いや、そう離れていない。

 取り敢えずは交友を結んでいる亜人の街に行く。

 ギルドがある街だ。

 そこで新しく場所の選定を行う」


ギルド!

それはいい。

マリーさん達に連絡が取れるかもしれない。

がっちりキープで引っ付いていくべき。


「それにしても50年の間に何があった?

 この辺りの地形が変わっている。霊峰が特に酷いな。

 誰ぞ何か呼び出したか?

 地脈が乱れている。座標の指定がし難いな」


フィリアと二人でそっと目を逸らした。

うちの子が暴れてどうもすみませんでした。

パン、と合わされた手。

空気が変わった。

見えない、が。

何か居る。それもかなりの数だ。


おおー。

キョロキョロと辺りを見回す。

何だこれ。

なにやら魔方陣が浮かんでいる。それもかなりでかい。


「凄いですわね…」


フィリアが夜空を見上げながら感嘆したように呟いた。

つられて見上げると、空を覆い尽くさんばかりの光が描く摩訶不思議な紋様。

ウルトの封印、マリーさんや天使が使っていた魔法とも違う模様だ。

これがカミナギリヤさんの魔法なのだろう。

そういや精霊王と同レベルの偉い人だと言っていた。

その人が使う本気の魔法、良く考えたらかなり貴重な場に立ち会っているのかもしれないな。

しかし花の妖精王か。何の魔法を使うのだろう?四元の精霊王とやらはまあ普通に考えれば火に水に土に風だろう。

では花とは何だろうか。


「妖精王ってさ、何の魔力を使うの?」


「そうですわね。魔力というよりも…霊力と言った方がいいかもしれませんわ。魂への干渉や次元への干渉が得意であると聞いております。

 生命の如く輝く、透き通る春の息吹を表す虹の魔力ですのよ。

 眷属である妖精族の属性がまちまちなのもこれといった属性がないのが原因ですわ。

 人魚族の王家、古代巨人族、エルフの皇族に並ぶ、神霊族の王の中でも特に神に近い特別なお方ですの」


「へぇ」


「最も、生命力ということはつまり反面は老いを司るって事なんですけどね。

 だから最初から悪霊としての側面も持っているんですよ。

 他の神霊族の王はそんな側面持ってないでしょうしね」


ほほう。カミナギリヤさんは案外私に近いかもしれないな。

…暗黒神、押し付けられないかなァー。

あーいやだいやだ。

久方ぶりのイヤイヤタイムである。


「妖精王らしく一次元上の霊界に飛び込んで次元を越えるか、もっとシンプルに単純な魔力量に物を言わせて力技で空間に無理やり穴を開けるか。

 どっちだと思います?」


「力ずく」


「力技」


おじさんも明後日の方向を向いて黙っているが視線の泳ぎ方からして力技だと思っているに違いないな。

満場一致である。


景色が撓む。

音が軋む。


空間が上げる悲鳴にやっぱりなと悟る。

これは力技だな。

だってカミナギリヤさんだし。





普通に雪原だった。

そう離れていないと言っていたが…本当にそう離れていなさそうだ。

少なくとも大陸は変わってなさそうである。


「…………」


まぁいい、新天地に来たからにはやる事は一つ。

ささっと隠れて地獄の穴を設置。


「お?」


エネルギー取り出し作業中

推定作業時間8時間


何か吸い込んだっけ?

うーんと考えてふと思いついた。

そういや大量のゴミを投げ入れた。あれかもしれない。

あんなのからも回収できるのだろうか。

凄いな魔物。頑張れ魔物。




[自動洗浄]




おお、居る居る。

ジャガボゴボゴと吸い込んでやった。


エネルギー取り出し作業中

推定作業時間17時間


結構吸い込めたのか?

わからんけど。

まぁ腕輪をつけて取り合えずは放っておこう。



「ここは…」


「西に近いな。

 スノウホワイト丘陵だ」


何その可愛い。

近くでメェーと羊が鳴いている。

放牧中?

よし、モフってやろう。

たったかと走り寄る。


「クーヤちゃん、それは結構凶暴ですよ?」


逃げた。

あぶねぇ!


「えと、あれでしょうか…?」


おじさんが伺うように指した先。

街だ。それも結構大きな。


「ああ。

 竜人族とドワーフが多い。工芸の街だ」


「協会もありますの?」


「いや、モンスター外認定を受けていない者達が住んでいる。協会は無い。ギルドが保護している街だ。

 ペルシャ!他に変わったことはあるか?」


「はっ!はいぃ!!あの、その!

 今は異界人の方が一名滞在していると聞いてますぅ!はひぃ…。

 それに、鉱山が閉鎖されてしまって今は街の移動も考えているとか…!」


図書委員長は本当に図書委員長だな。

あざとい、実にあざとい。


「成る程。

 …グラブニル鉱山か?

 どうかしたのか?取り尽くしたとは考えにくいが」


「そっ!それが、凶悪な魔獣が住んでいて迷宮化しているらしいですぅ!」


「へぇー。

 鉱山丸ごと占領するなんてすごいですねぇー」


お前が言うな。

多分フィリアも同じこと思った。目が合った。


「異界からの獣ですの?」


「いっ!いえ!分からないらしいです!

 突如現れたと…!姿もわからないとか!」


むむ、ライバル発見!

がっしと鷲掴む。

水色の身体をぷるんぷるんと揺らしている。

大人しい奴のようだ。

たふたふたふたふ。

ん、中々…これは…イイな。

たふたふたふたふ。

…イイ。


「…クーヤさん、スライムで何を遊んでいますの」


「え?いやだって…よくわからないし」


大人の話は大人同士でしてくれ。

私は幼女なので。


「ははは、クーヤちゃんそのスライムが気に入ったんですか?

 テイムでもしてみます?」


「ていむ?」


何だそりゃ。


「捕まえるんですよ。

 お供にするんです」


へぇ。

お供か。それはいいな。


「どうやるの?」


「妖精王にやられたじゃないですか。

 真名を掴むんですよ」


…カミナギリヤさんがめっちゃ見てる。

気にしてないので気にしないで欲しい。


「うーん…真名…」


どうやるんだ?

本で出来るだろうか?

ぱらぱらと捲った。

この左腕本当に鈍いな。

いいけど。



商品名 暗黒神様を崇め奉れの会


指定した霊的生命体の真名をがっちりキャッチして離しません。

魔物と同じように神殿内で飼えます。

魔物と違って作業等は出来ません。値段は指定した生命体によります。



ふーん。

…商品名がちょっと気になるのだが。

崇め奉られても困る。

真名を持たない奴は出来ないのだろうか?

ペラリと捲った。



商品名 暗黒神様に跪いて足を舐めても委員会


指定した魂を眷族化します。

条件を満たした魂でなければ失敗します。

値段は魂の質に左右されます。



真名がある奴でもない奴でも捕まえる事が出来る上位互換と言ったところか。

しかしあるにはあったがもっと酷い商品名だった。今すぐ解散しろ。

というか眷属化?よくわからないな。テイムじゃないのか?

まあいいや。

崇め奉れの会で脳内でスライムを指定してみる。値段の表記が変わった。

ふむ、値段もお安いようである。

購入してみよう。

枝でスライムをつついて購入。


「お」



[パンプキンハート]



どういう名前だ。

成功したらしいけど納得いかない。

水色の癖にパンプキンかよ。

しかも……。


「ああああ!」


青空のような水色が見る間に濁っていく。

しかもしまいには真っ黒になってしまった。

なんてこった!

掲げて光に透かすが最早あの綺麗な水色の面影は影も形も無い。


「あーあ。

 クーヤちゃんに染まっちゃいましたねー」


「あら、新種ですわね」


「…こんなスライム…初めて見ました…」


おじさんが言うなら相当だ。

ぶるんぶるんと上下左右に揺らすが真っ黒な身体は元に戻らない。

煌きを抱いた黒は星空に見えなくも無いが遠目には普通に黒だ。

しかもうっすらと見える核っぽい部分にリュックや本と同じような目玉模様がついてて不気味だ。

あああ…。



「何を遊んでいる?そろそろ出発してもいいか?」


「ふぁーい…」


無念…。

真っ黒になってしまった不気味スライムを抱えてトボトボと歩いた。

それにしても、変だな。


「荷物はどこに行ったんですか?」


荷物が無い。

大量に有った筈だが。


「ああ…コレだ」


カミナギリヤさんが見せてくれたのは水晶球だ。

だが、水晶の表面に映りこんだ景色は周りの風景ではない。

あの緑の大樹だ。もちろんそんなものはどこにも無い。


「あれ?これって」


「この中に全て収まっている。

 少々重いので皆には持たせられないがな」


へぇ。

これこそアイテムボックスと呼べるアイテムだ。

というか重いのか。…もしやこれに映りこんだもの全て入っているって事か?この樹も?

そして重さは変わらない、そういう事か?

…めちゃくちゃ重いですよねソレ。片手で持つカミナギリヤさんに軽く戦慄した。


「…こんなのあるんですね」


悪魔の芸術品オーパーツだ。他と違って特に危険な物でも無い様なので使っている。

 ベッドの下というらしいが。私も詳しいことは知らん」


何だその嫌な名前。


悪魔の芸術品オーパーツってすっごい貴重なんじゃないですか?」


グロウがそんな事を言っていたような。


「そうだな。姿を持って現存しているものなどほぼ無い。

 これも実体は既に失われていたのだが幽界に幽体が残っていたのでな。

 固めて持ち込んだというだけだ。実物はもっと違う姿だったのだろう」


ふーん。アイテムの魂みたいなもんか?


「妖精王ってそんな事出来るんですか?」


「幽界への干渉は得意分野だな」


「…グロウに知られていなくて良かったですわ…」


「既に失われた秘宝を復活させる事が出来るって事ですもんねー」


「幽体が残っていればな」


すごいな。

確かにグロウが知ってればあれやこれや復活させただろう。

くわばらくわばら。


「ああ…そうだ。

 クーヤ殿、と呼んでも大丈夫なのか?」


「あ、はい」


「これを渡しておく。

 貴女に返すべきものだろう」


「ん?」


その豊満な胸に手を突っ込んでゴソゴソと取り出し、ポンと投げ渡されたソレ。

あ、あったかい。

何だコレ。ただの石っぽいが。

…良く見たら何か書いてあるな。不気味な模様が。


「ウサギの石と呼ばれるものだ。

 嘘か真か悪魔が封じられていると聞いている。

 いずれにせよ、悪魔に関するものなら貴女に返そう」


「おー…?」


ウサギ石とか。可愛いな。悪魔の癖に。

ふむ。

カミナギリヤさんと同じように胸元に突っ込んでみた。スカスカだった。

クソッ!

…あれ、もしかしてカミナギリヤさんに私が暗黒神だってバレバレ?

もし分かっているなら悪魔の神とか恥ずかしいので黙っていて欲しい。

しかもこの弱さである。

つーか全員カミナギリヤさんの発言を華麗にスルーしている。

全員にバレバレ!?

もしや皆わかってて気を使って黙っているのか!?

…いやっ!

暫く表を出歩けない!

もじもじとした恥ずかしさは街に入ると同時にどっか消えた。

スライムを掲げて叫び声を上げて走り回る。

立ち込める鉄の匂い。ハンマーの音。賑やかな市場。煙突から立ち上る煙。

上を見上げれば、夜空にどこからか火の粉が舞い上がるのが見えた。

もしかしてもしかしなくてもこれってファンタズィー!!

二秒でご機嫌となった私に畏れるものは最早何も無い。

涎を垂らして走り回り店先を覗き込み散らばったクズ石を拾い集めていそいそとポシェットに仕舞い込んで屋台でタレのかかったイカ焼き購入。うめぇ。


「なんだっけ?」


「知りませんわ!」


何をもじもじ悩んでいたか忘れてしまった。

イカ焼きの前にはありとあらゆるものが無意味であった。

この街は海産物が豊富のようだ。

そういや微かに潮の匂いがする気がする。

海が近いのだろうか。西に近いと言っていたな。大陸の端っこかもしれない。

それはつまり…魚が食えるかもしれないな!あの荒野にはそういう新鮮さが命な物は無かった。

これは楽しみが増えた。


「私は長の元に行って来る。

 キャメロットはギルドへ。夜も遅い、皆は各々宿を取り休んでいろ」


「私もギルドへ行きますわ」


「僕も行きたいなー」


ふむ。ギルドと街の長か。

うーん、私はいいや。

長に会ってもしょうがないし、ギルドには今のところあまり興味が無い。

それよりも立ち並ぶ屋台の方がはるかに重要だ。


「じゃあ私は街をうろうろするー」


「……心配ですわね。

 アッシュさん、クーヤさんについていて貰ってよろしいかしら?」


「あ、はい」


お守りを付けられてしまった。

まあいい。


「おじさん、行くぞー!」


「はぁ……」


おじさんを伴い、イカ焼き片手に意気揚々と出立したのであった。

一人で食べるのも何だし、おじさんとも食べたいのだが。

でも食べないって言ってたしなぁ。

ちらちらと伺っていると、私の視線に気付いたのか、おじさんは穏やかに笑った。


「…ああ、大丈夫です。気にしなくていいですよ。

 隣で人が食べているところを見ているのは好きなんです」


「おじさん…!!」


聖人か。それとも菩薩か。人間見習え。

そんな事を言われてしまったら仕方が無い。

ここは一つ、おじさんとのデートを楽しむべきであろう。

と、るんるん歩き出そうとして、ふとおじさんの足が止まった。


「………おじさん、どうしたの?」


「…何か、悪寒が…なんでしょう…?」


はて?

気温は…低いな。

もしや寒いのだろうか?


「はぁ…寒さは結構慣れてるんですけど…」


不思議そうにしながらもついてくるおじさんに思わず首を傾げる。

まあ、いいか。

手の中でブルンブルンと蠢くスライムを抱え直して再び歩き出した。


「どれどれ」


「らっしゃー」


やる気ねぇな。

宝飾店のようだ。

青い石がついた宝飾品がずらずらと並んでいる。

一色しかない。色々ありそうなものだが。


「この青い石って何ですか?」


「あー…」


ガリガリと頭を掻いたバンダナあんちゃんはめんどくさそうにしている。

本当にやる気ねぇな。


「マリンブルーだろ。見りゃわかんだろ…ったく。

 満足したらとっととどっか行けよ」


「………」


やる気ねぇってレベルじゃなかった。

売り物を眺める。

どうにも安定していない気がする。バラつきが大きいというか。

ごく一部の物はかなりよさげだが。…店主がこれじゃな。

それにしてもマリンブルーか。透き通るような水色に入る白の文様。

確かに海をそのまま固めたかのような見事な石だ。

ここらの鉱山で取れる石なのだろう。

ふむ…よし、スライムとおじさんに何か買おうではないか。

幾つか手にとって眺めてみる。

どれがいいだろうか。

見た感じ大玉はいまいちだな。小粒の方がいい気がする。

うーむ……カッと目を見開く。

神の天啓を得た、ピキーンときた!


「これだ!」


叫びつつ手に二つの細工を握った。小さなブレスレットとリング。

小さく、シンプル。

だが、見事。私の目は誤魔化せないぞ。職人の技がキラリと光っている。


「これを買う!」


「んな、な」


なにやらパクパクとしている。魚の真似か?

このバンダナあんちゃんの趣味が変わっていようともどうでもいいので聞かないでおこう。

値段は…それなりだ。サイズが小さいせいか、そう高くは無い。

こんなものだろう。


「はい」


掲示されていたお金を差し出した。

が、受け取らない。

何だ、売買拒否か?

構わないけどもったいないな。


「ちょっ…と、待てやてめぇ!

 何でそれを選んだ!?普通デカいのだろうが!?

 つか、金あんのかよ!先に言え!!」


なんだめんどくさい奴だな。


「えー…デカいのはなんか…つまらんし」


ふらり、よろめいたあんちゃんはまさに雷に打たれたような面をしている。

ていうか金ない冷やかしかと思ってたのか。

冷やかしだとしてもあの態度はどうかと思うが。

それでは何れ大きな魚を逃がす事になるぞ。

にしても大玉か。

大玉は…微妙だ。そうだな…思いつくままに喋ってみた。


「デカいのは何かさ、派手なだけだし。

 邪魔だし。そもそも何のアクセサリーかわかんないし。その指輪ってどう見ても邪魔じゃん。合ってないよ。

 石の模様もちょっと浮いてるしさー。白い部分が無意味に横向いてるじゃんか。折角綺麗な海の模様なのに。全体的にバランス悪くね?あと地金の加工も毛羽立ってるよ。細かい傷も多いよね。くすんでるし。そもそも趣味が悪いですな。海の石に薔薇と髑髏はないわ。あとは――――」


「うっがぁあぁぁああ!!うるせぇよ!何だよ知った風な口聞きやがって!

 帰れ!誰が売るか!!とっとと帰って召使いとでも遊んでろこの箱入りむす…あいってぇぇええぇ!!」


すっごい音がしたなー。

拳骨ってあんな音がするもんなのか?


「アホか。てめぇの腕の悪さを指摘されてキレてんじゃねぇよ馬鹿息子が」


「あ、ども」


「悪かったな。ほら、持ってけ。

 お前の物を見る目は悪魔じみてやがるな。その道にでも進みな。そいつは俺の作だ」


「ほほー」


なるほど。

このドワーフのおっさんが作ったのか。

あふれ出るこの貫禄、確かにこの細工の主に相違ない!

素晴らしい。

ふむふむ。よし。ちらっとスライムとおじさんを見やった。

魔力はそれなり、この小粒なアクセリーなら恐らく十分であろう。

本を開く。



商品名 星辰の加護


指定アイテムに星辰の加護を与えます。効果は消費魔力量に比例して高くなります。

アイテムによって魔力消費量が変わります。また、アイテムの質に見合わないあまりに高い効果を付けると破損の可能性があります。

暁闇の加護と併用可。



ふむふむ。

値段は青天井のようだ。すなわち効果は無限大、夢があるな。

でもこれはステータス補正か。

おじさんとスライムには向いてないな。

暁闇の加護とやらを見て決めようか。ペラリとページを捲った。



商品名 暁闇の加護


指定したアイテムに暁闇の加護を与えます。

アイテムによって付加効果と魔力消費量が変わります。また、アイテムの質に見合わないあまりに高い効果を付けると破損の可能性があります。

付加できる効果は3つまで。



ずらずらと効果が書かれている。

破損率0の範囲内でそれなりの効果が付けられそうだし、結構安いな。きっとこのアクセサリーの質が高いのだろう。このドワーフのおっさんは相当な職人っぽいしな。

何にするか。うーむ、スライムとおじさんなら防御系かな。無詠唱とか魔法効果範囲二倍とかどうしようもないだろう。

状態異常耐性に痛覚緩和、うん。これはおじさんにいいだろう。

しかしスライムには意味がなさそうだ。生命力回帰に全属性耐性アップ、これでいいか。

あとはー…。


「お」


何か変わった物がある。



付加効果 神の工芸品レベルのアイテムの為、特殊効果の付加が可能です。

人魚の涙:願い事が叶う。恋が実る。



神の工芸品レベル……すげぇなおっさん。

なんでこんなとこで露天だしてんだ。いいけどさ。

人魚の涙か。オシャレな。

効果は願いが叶う、恋の実り……ブフッ!

吹き出した。これに決めた。これしかねぇ。

スライムとおじさんにこれの効果があるかどうかは分からない。というかそんな事はいっそもうどうでもいい。

ツボった。いかんわ。これ以外目に入らない。これしかない。これ以外に選択肢なんか存在しない。有り得ない。

他はゴミクズ。間違いない。


「ブヒッ!ブヒャヒャヒャ!」


笑いながら購入。

変な目で見られているが構うものか。

暗黒神なのに願望成就に恋愛成就とかヤバイわ。

人魚の涙って名前がそもそもヤバイ。なんて乙女ちっくな。

ブヒヒヒ!


「はー、笑った笑った。

 おじさんとスライムにあげる」


「え?はぁ…いいんですか…その、こんな高いものはとても返せないですけど……」


「いいよー」


押し付けた。

おじさんにはもっと幸運な事があってもいい。

わたわたとおじさんは大事そうに懐にしまった。

よしよし。スライムにもゲルボディの中に突っ込んどいた。

そのアイテムで強くなって鍛えてゆくゆくは私の変わりに頑張って戦ってくれ。

期待しているぞスライム。


「……あんた、今のは」


「お?」


おっさんが偉くびっくりしている。

あんちゃんなんか石になっているな。


「神霊族、か?精霊じゃねぇよな。

 魔族だと思ってたが…今のは加護だろう?生憎と高ランクの霊視スキルなんぞはもってねぇから詳しくはわからなかったが…。かなりの加護だったよな。あんた、すげぇな。

 年も見た目どおりじゃねぇのか?」


「ふふーん」


踏ん反り返ってやった。

凄いと言われるからには凄いに違いない。

正直言って本で購入しているだけの私には何が凄いのかわからんがここは偉そうにすべき。

あと年齢は聞くな。

一年経っていない。ケツに卵の殻がついているレベルである。

おっさんは妙に汗を拭ってこちらを見つめている。

ふむ、何やら定めるような。


「…これもやる。

 持ってけ」


「ん?」


何やら投げ渡された。


「えっ!?うぇぇ、親父、それくれてやんのか!?」


「別にいいだろ。俺が作ったもんを誰にやろうが俺の勝手だ」


「何これ」


ピアスか。揺らしてみた。やはりマリンブルーの石だ。金細工がチャラチャラと涼やかな音を立てる。

ふむ?これは中々………クワッと目を見開いた。

素晴らしい!!さっきの二つも凄かったが…これは物が違うな。

何やらこう、オーラがある。神々しい感じがする。

素晴らしい。

………というか。これ、高くないか?確実に。


「…これって幾らするんですか?」


「気にするな。片方しかねぇしな」


いいのかなぁ。

方耳でもあからさまに高いだろう。

聖女のフィリアでもこんなの付けていない。


「片方はどっかいっちゃったんですか?」


「いや、石が一個しかなかった」


ふーん。確かにかなり綺麗な石に見える。二つも三つも無かったのだろう。

まあ、いいか。くれるというなら貰っておこう。

ぺラッと本を捲る。


「………わお」


た、かい。

何だこりゃ。

さっきの二つも中々だったと思うのだが…。

どうにもそういう次元を超えているアイテムのようだ。

破損無しで付与できる効果が桁違いだ。

これ多分同じ効果を普通のアイテムに付けようとしたら更に値段と破損率が跳ね上がるだろうな。

暁闇の加護に表記されている効果には凄そうな物がずらずらと並んでいる。ざらざらと流すと下位互換として先ほどと同じものがあった。

やっぱり先ほどの二つとは比べ物にならない一品のようだ。

とんでもないものを貰った気がする。

もう返さないが。

あ、人魚の涙がある。

使われている素材も作った人も同じだからか。

見てたらなんだかまた笑えてきた。ブヒヒヒ!

これにも付けてやろう。もったいないなんて聞こえないな。

これしかないのだ。願いを叶えて恋が実っちゃうのだぶひゃひゃひゃ。

即効購入。

人魚の涙効果がついた乙女チックマリンブルーピアスをチャリチャリと揺らして眺める。

もう魔力も心許ないし、折角いいアイテムなのに下位の安い効果を付けてもしょうがない。今はこれでいいか。人魚の涙は別。逆に付けない方が可笑しいわ。

そうだな…。

ピアスか。アスタレルがジャラジャラと無駄に大量に付けていたな。あいつにくれてやるか。

効果を知ったら頭をぐりぐりされそうだが今は眼前にあるこの面白さこそ全てである。ブヒャヒャ!


「…その、よく入りますね…」


「え?」


おじさんがそう言ったのは私がイカ焼き三本ほどを摂取し終わり、たこ焼きを食い荒らしケバブを食い散らかし魚の塩焼きを両手に握った頃合だった。

そんなに食べたっけ?どうにもこの身体は食い過ぎとかわからないな。


「そうですかね?」


言いながら魚の腹にかぶりついた。

塩の効いた焼きたてのほかほか魚、実にうまい。

もっちゃもっちゃと口を動かしつつもう見ているだけで胸やけしてきたみたいな青い顔をしているおじさんを眺める。

おじさんは人間だった頃もきっと少食だったのだろう。

うん、そうに違いない。別に私が食い過ぎているわけではない筈だ。

次は何を食べようかなー。それかまたさっきの様に面白い露天でもないだろうか。


「お」


あれは…フィリアだ。

キョロキョロと辺りを見回しながら忙しなく動き回っている。

何かを探しているのだろうか。


「フィーリアー」


「!!…っな、なんですの!行き成り声をかけないでくださいまし!」


「いいじゃん別に。何か探してるの?」


「ギルドで用事も済ませましたし、お二人を探していたのですわ!全く…破壊、いえ、ウルトディアス様!こちらでございますわ!」


「そうなの?」


「ええ、そうですわ。キャメロットさんは妖精王様の元へ向かわれましたの。

 …何をそんなに食べていらっしゃるの」


「魚だけど。食べる?」


「食べかけと口を付けていない物を握っておきながら食べかけを寄越さないでくださいまし!」


ちえっ!

わがままな。

口を付けていない魚を差し出した。

ちょっとしか残っていない食べかけを全て口に押し込んで魚の骨はスライムに与えておく。

雑食で結構な事である。ゴミ箱がわりに丁度いいかもしれない。


「クーヤちゃん、お祭りはどうですか?」


「え?お祭りなの?」


「そうですよー」


道理で賑わっているわけだ。

まぁ毎日こんな調子なわけ無いか。


「お祭りではなく品評会ですわ。

 この通りには食べ物が多いようですけれど、街中の職人が露天を出しているそうですわ。

 展示会場付近にはそういった露天が多いと思いますけれど」


「へー」


そう考えるとさっきのドワーフのおっさんとバンダナあんちゃんは変わっているな。

あんな見つかり難いところで店を出しているんだし、あんまりそういうのに興味が無いのかもしれないな。

しかし展示会場か。興味がムクムクと湧いてきた。

近くの屋台のおばちゃんに網の上で醤油をぶっかけられてパチパチといい感じに焼けている巨大なホタテを要求してから叫んだ。


「よし、その展示会場とやらに行くぞー!」


「あ、行くんですか?では行きましょー」


「仕方ないですわね…」


「………クーヤさん、まだ食べるんですか…?」


ホタテうまい。

私は悪くない。

美味しいご飯が悪いのだ。



「ほほう」


あちこちから聞こえてくる交渉と諍いと客引きと怒鳴り声。

是非は兎も角賑やかではある。

近くの繁盛している露天を覗き込んでみた。

武具だろうか?大小様々な刃物が並んでいる。

うーん、刃物は持っててもしょうがない。

辺りを見回すと、なるほど。

確かに品評会というだけあってそれらしい人がちらほらと見える。

ドワーフの他に、…あれが竜人族、という奴だろうか?角と鱗が生えている。

本場のウルトより竜っぽい。


「あの偉そうな人達が審査するの?」


「指を差すものではありませんわ。

 彼らはギルドの中でもそれなりの地位に居る方々ですわ。

 彼らに評価されれば、ギルドに属する職人として今後、様々な依頼が来る可能性が高まりますのよ」


ギルドなのか。


「へぇ…ギルドって品評会なんてやるんだ」


そういやマリーさん達とのお勉強会で色々と手広くやってるといった事を習ったような。


「ギルドでは貴女がおっしゃるところの荒事をこなす冒険者としてのランク評価とは別に、今までこなした依頼の内容の他、特殊能力、知識、工業技術、あらゆる技能が冒険者カードに評価として記載されていますのよ。

 薬草に詳しいでも漁が得意でも料理が得意でも、何でもですわ。

 目に見えるレベルやステータスの数字、ギルドで主に使われている冒険者ランクという評価がそのままそういった技術に直結するとは限りませんもの。

 だからこうして定期的に品評会など、大会じみたものを色々と行うのですわ。その結果もまた冒険者カードに記載されるのです。

 戦闘能力が低く簡単な依頼しか出来ず、ランク試験にも合格できない最底辺のFランクでもその他の分野で他を圧倒するなんて方はざらに居るのです。

 あらゆる種族が登録しておりますもの。人魚族などいい例ですわ。

 そういった方々が戦闘技術のみの狭い範囲でしか評価されないのはもったいないでございましょう?

 聞いておりませんの?」


「聞いてませんな」


あの店主、説明はしょりすぎだろ。

まぁ経緯が経緯だしいいけど。

ちょこちょこと歩き回り店を冷やかしまくる。

ふむふむ、さっきのおっさん達ほどの腕前を持った人は中々いないようだ。

もしかしたらこの会場の中心の特に人がみっしり詰まった場所にはあのレベルのお人が居るのかもしれないが。

流石にあの鮨詰め状態に突撃する根性は無い。ウルトは飛び込んでいったが。光物に弱いようだ。

というかやはりあの親子は変わり者だな。

あんな所に居るのだ。話を聞く限り、評価される気がゼロって事だ。名誉などには興味が無く、自分が良いと思える物を作り続ける事が出来ればそれで満足なのだろう。

なんという漢の生き様であろうか。拍手を送りたい。


「…先ほどのドワーフさん達のようにマリンブルーを扱っている方は少ないんですね」


ポツリとおじさんの漏らした呟きにそういえばと気付く。

宝石職人も多いようだが、どこを見ても色取り取りの石ばかり、青い石は見当たらない。

ここらで取れる石だと思っていたのだが違ったのだろうか?


「マリンブルー?確かにこの辺りの鉱山で多く取れる石ではございますけれど…あれを扱っているお方がいましたの?」


「え、ええ…こことは大分離れた場所で…マリンブルーだけを使っていました、けど」


「珍しいですわね。あの石は非常に硬くて脆いですから加工が難しいのですわ。かなりの研磨をせねば使い物になりませんし。

 専門で扱っている方なんて見た事ありませんわ」


そうなのか。

散々罵ったがあのあんちゃんもまともに加工しているというだけでも結構凄かったようだ。


「そうなんですか…見事な細工でしたけど…」


「これ貰ったー」


屈み込んできたフィリアに例のピアスを見せる。


「……これは、凄いですわね」


フィリアが驚嘆したように呟く。

そりゃそうだろう。

見れば見るほど凄まじい物だ。魂さえ宿っていそうである。


「本物の人魚の涙と言われても信じてしまいそうですわ…」


人魚の涙…加護とは別の話のようだ。

ブヒヒ。駄目だ笑ってしまう。


「ぶひょひょ…何それ?」


「何を不気味な笑い声を上げていますの。マリンブルーに纏わるお話ですわ。

 人魚の姫と人間の王子の悲恋話ですのよ。結局王子は人間の姫と結ばれてしまい、最後は王子の為に人魚の姫は泡となって消滅してしまうのですけれど…彼女が最後に零した青い涙がマリンブルーとなったというお話ですの」


「へぇ…」


そこまでしたのに泡になってしまうだなんて報われない人魚である。

王子もケチ臭い奴だ。

人魚の姫も人間の姫も大した違いは無いだろう。

そこまでするなら人魚の方と結婚でもなんでもしてやればよかったのに。

あ、でも人魚だと確かに王子的に色々と問題があるかもしれないな。下半身魚ではある意味でお先真っ暗である。

そりゃ残念。

にしても変な人魚だ。

そこまで王子に入れ込んで最後は王子の為に消滅だなんて。

何が彼女をそこまでさせたのだろう。

泣くぐらいならやめときゃよかったのに。


「案外、本当にその石が本物かもしれませんわよ?…まぁ、流石にないでしょうけれど」


確かに本当にそうだったら面白いのだが。

ピアスを見つめてみる。深海を思わせる深い蒼と楽園を思わせる煌く水色、ゆるりと水面を描くような白い筋。

まあ、無いだろう。

いくらなんでも。


「そろそろ帰るかー」


「そうですわね…疲れましたわ」


人ごみの中にはウルトが居る筈だがその姿は見えない。

どこまで行ったんだあのドラゴンは。


「ウールトー」


「面倒ですから置いていきましょう」


「え、いや、あの…いいんでしょうか…?」


「別に構いませんでしょう」


「ははは、酷いなー。構いますよ構います。

 もう戻るんですか?」


ちっ!戻ってきやがった。残念である。

食べ終わった巨大ホタテの殻をスライムに与えておく。

たゆんたゆんとゲルボディを揺らしてホタテ貝を飲み込んでいった。

うん、便利だ。


「じゃー戻るぞー」


くあーと欠伸を一つ。

よく考えたら今日は結構動いているな。

宿を取ってゆっくりと休むべきであろう。

カミナギリヤさん達はどこで休んでいるのだろう。

まぁ同じ宿を取る必要もあるまい。

適当でいいか。

四人連れ立って歩き出す。

どうでもいいがおじさんまで増えて養う子が三人になっている。

しかも誰も私の先を歩こうとしない。

いよいよもってカルガモかお前ら。


「ふぃー」


ベッドに腰掛けて伸びを一つ。

今日は良く働いた。

エネルギーにもまだまだ分解作業に時間がかかりそうだ。

朝になる頃には自動洗浄で吸い込んだ分は無理だろうがゴミの分ぐらいは終わるだろうか?

量によっては魔物を増やすか。

そしてギルドに行ってみよう。

今日はついつい屋台に負けてしまったがマリーさん達と連絡を取ってもらうのだ。

まぁ、キャメロットさんがカナリーさんと連絡を取ったのだろうし、そこから話はいっているかもしれないが。

取り合えず風呂に入るか。入って寝よう。

そうと決まれば話は早い。

バッと服を脱ぐ。脱いだ拍子に胸元からなにやら転げ落ちた。


「……ん?」


何だ?

転がったものを拾い上げる。

石だ。何だっけ。


「あー」


思い出す。ウサギの石だ。そういえばカミナギリヤさんから貰ったのだ。

嘘か真か悪魔が封じられていると言っていた。

本当だろうか?

特にそんな感じはしないが…。

ベッドに置いて鶏の如く覆いかぶさってみる。

あっためたら孵るかもしらん。


「………」


5分で飽きた。

というか良く考えたら卵じゃないしあっためたってしょうがない。

光に翳してみたり思いっきり振ってみたり転がしてみたり舐めて齧ってみたり。

色々やってみるが反応は無い。

いいや、風呂はいろ。

裸のままはよろしくないのだ。

入ってから考えよう。


椅子にどでんと陣取りスライムを膝の上に乗せたふたふと揺らしながら、まったりと暖炉を眺める。

これはいい。

さて、ほかほかとした身体は睡眠を欲している。

よし、寝るか。

ウサギの石は…うーん。この石が偽者という可能性も十分にあるが。

悪魔というし、地獄に放り込んでおけば何とかなる気もする。

というわけで地獄に放り込んでおいた。

魔力も少ないし、あとは取り出し作業の終了を待つことにするか。

いそいそとベッドに潜り込んで3秒で寝た。




ひんやりとした空気に目が覚める。


「……ん?」


変だな。

窓が開いている。

スライムか?…いや、スライムは私のベッドの隅っこで寝ている、のか?兎に角大人しくしている。

窓を覗き込んだ。

何もない。

街があるだけだ。

真夜中の街はしんと静まりかえって音の一つもしない。


「………変なの」


特に異常は無い。

空を見上げてみる。煌々と輝く満月。

しかし、何で窓が開いているのだ。

閉めておいた筈だが。

…にしても、静かだ。

街には人影は無く、ただただ静かに雪が降っている。

真夜中だから、で済むだろうか。


「………!!」


心臓が飛び上がった。

こつこつ、小さくドアを叩く音。

こんな真夜中に誰だ?

恐る恐るとベッドから降りる。取り合えず護衛にスライムを抱えた。

そろりそろりと歩み寄る。どくどくと脈打つ心臓。

開けた瞬間ウギャーとかならないよな?

開けるべきか、やめておくべきか。


「クーヤちゃん、起きてます?」


「……ウルト?」


意外な人物であった。



「何その姿」


部屋に招き入れてみたはいいが。

なんだか変だな。

姿がやけにドラゴンっぽい事になっている。

竜人みたいな。


「あ、これは幽体ですから。アストラル体っていうか、精神体っていうか。

 それで物質界とはちょっと違う姿なんですよ。クーヤちゃんは変わらないですねー」


「へぇ…。まあいいや。どしたの?」


「いえ、これはクーヤちゃんかな、と思ったんですけど。

 その様子だと違うみたいですねー」


「何が?」


「取り込まれました」


「……?」


「ここは神域内ですよ。

 物質界とは一次元上の世界、精神世界って言うんですかね?

 何者かはわかりませんが、誰かの領域内に引き込まれたんですよ」


「神域…」


私で言うところの地獄か。

誰かの神域、兎に角そいつの世界に引きずりこまれたらしい。


「何か異常はありませんでしたか?」


「え?…うーん…」


考える。

そういえば。


「窓が開いてたな」


「…寝ているクーヤちゃんに会いに来たけど眷属に弾き出されたってとこですかねー。

 今は出てこない、となるとあんまりいい感じしないですけど」


「ええー…」


この世界を作ったのは私に用事がある奴って事か?

いやだな。面倒くさそうだ。


「困りましたねー。探すにしても神域内で僕とクーヤちゃんだけだと…。

 フィリアさんは居ませんでしたし…ああ、アッシュさんはまだ会ってないな。魔族ですし、こっちに来ている可能性ありますね。

 行ってみましょうか」


「う、うん」


ウルトが真面目だ。

真面目に危険、って事じゃないのかこれは。ちょっと怖くなってきた。

スライムの他に本と枝を抱えた。魔力は無いが何かあったら必要だろう。

廊下の先、おじさんの部屋のドアをこんこんと叩く。


「おじさーん…」


居るか?


「居ない、ですかねー。一人でも戦力が欲しいんですけどね」


何となく小声で話していると、小さな音と共にドアが開いた。


「…あの、どうかされましたか…?」


「………」


「………」


「すいません、部屋を間違えました」


「…はぁ…」


出てきた男の人は訝しげな顔をしながらもドアを閉めた。

ウルトと二人で部屋番号を見る。


「あれ?覚え違いかな?」


「変ですねー」


102、間違いない筈だが。


「103とかだっけ?」


「うーん、端の部屋ですから102の筈ですけどねー」


一応103をノックしてみる。

やはり誰も出ない。


「階を間違えたかな?」


「いやー、幾らなんでもそれはないでしょう」


そりゃそうだ。

おかしいな。

キィ、と再びさっきの部屋のドアが開かれた。


「…あの、その、お二人共どうされたんですか…?

 何か手伝える事が有ればお手伝いいたしますけど…」


「え、いや。うん。

 えーと、アルカード・アッシュっておじさんを探しているのですが」


「はぁ…?…どうしたんでしょう?

 話が見えないんですが…」


「あー、もしかしてアッシュさんですか?」


「そうですけど…」


「え?」


何だって?

どうみたっておじさんじゃないだろ。

上から下までじっくりと眺める。

精神体だから物質界とは違った姿、とは言っていたが…限度があるだろ。

言われてみれば黒い髪に暗闇の中でぼんやりと輝く赤い目は確かにおじさんだが。

若い。それも幾つかと聞かれれば答えられない、そんな年齢不詳の若さだ。しかもなんか髪の毛長いし。

いや、というか…かなり化け物じみた感じだ。

姿はただの青年なのだが…なんというか雰囲気が。

普段と違ってなにやらぞわぞわする感じがある。


「真祖としての部分に引き摺られている、ってところですかねー。

 こうなるとフィリアさんが居なくて良かったですね。

 人間にはきつそうです」


あー、そういえばそういう人だった。

それでか。


「あの…?どうされました…?」


「あー、気にしないでいいよ。

 おじさんの姿があんまりにも違うもんだからわからなかっただけだし」


「はぁ…」


よくわかっていなさそうだ。

そりゃそうだが。私もわからんしな。

さくっと説明しておこう。

あまりのんびりもしていられないだろう。




「…というわけなんですよ」


「…そう、なんですか…。神域…ここから出るにはどうしたらいいんでしょう…?」


「本人を探してここから出して貰うのが一番早いですねー。

 ここのルールはわからないですけど、多分出口とか無いでしょうから」


「どこに居るのかなー」


「取り合えず宿の外に出てみます?」


そうするか。

階下に降りてみるが誰も居ない。

パチパチと暖炉の火が燃えているが…それだけだ。

人の気配は全く無い。

三人連れ立って軋むドアを開け、外へと出る。


「………どうかな」


「うーん。従属する眷属も魔物も居ないようですし…作れるほど強くないのかもしれないですね。

 となると、クーヤちゃんを乗っ取ろうとしたんですかねー」


「えぇー!」


それは困る。乗っ取りて!

助かってよかった。本当に良かった。


「あの…」


「ん?」


「妖精王さんはどうでしょうか…。ここに居るのでは…」


「その可能性は高いですねー。探してみます?」


「その必要はない。やはり貴方達ではないようだな」


噂をすればなんとやら。

妙にパステルカラーなカミナギリヤさんであった。

歩くたびに花びらが舞っている。

しかも何かいい匂いまでする。


「ははは、どうも、カミナギリヤさん。

 何か見つけました?」


「いや。笑い声はするが、肝心の本体が見つからん」


カミナギリヤさんもこの世界を作った奴を探していたようだ。


「皆でばらばらに探す?」


「クーヤ殿、それはやめておいた方がいい。

 戦力の分散は奴にとって望む所だろう」


「そうですね。従属者も居ないと見せかけて実は居るなんて事もありそうです。

 それに、ここはこの人が作り出したこの人の支配する世界ですから。僕らは異物です。ルールに従うしかありません。

 地の利は俄然、向こうにありますよ」


「むぅ…」


辺りを見回すがそれらしいものは見つからない。

どこに居るんだ?

ぼいんぼいんとスライムも揺れるばかりだ。

いつもより激しいな。


「目的は何だと思う?」


「クーヤちゃんの部屋の窓が開いていたそうですから、クーヤちゃんでしょうねー。寝てましたし」


「ふん、なるほど。寝ていたならばどうとでもなると思ったか。

 万事上手くいったとしても後でどうなるか知らんが。眷属に八つ裂きで済めばいいがな」


「そんなのわかんないんじゃないですか?わかってればハナからしてないでしょうし。…あの建物がいいですね」


「そうだな」


さっぱりわからん。私とおじさんを置いてけぼりにしたまま会話は続く。

建物?

確かに建物は沢山あるが。


「じゃあ、行きましょうか」


「ああ」


んん?

風が吹いた。

全てを凍て付かせる魔物のような冷気を含んだ凶風。

ぽかん、とした顔でおじさんはその威容を見上げている。

そういや初めて見るのか。

いや、私もそうそう見ているわけではないが。


「じゃ、乗ってください」


何を考えたのやら、凶悪極まりない面構えの竜はそんな事を言った。

え、嫌なんですけど。


ヤダヤダと駄々を捏ねる間も無かった。

ガッキィン、カミナギリヤさんの太ましい腕がおなかに回る。

反対側を見ればおじさんが同じように抱えられて青い顔をしていた。


「ひぎゃーーーーっ!!」


力強い跳躍。

危なげなくウルトの背中に着地したカミナギリヤさんは周囲を見回し、ウルトに声を掛けた。


「撃ち落される、という事もないだろう。

 行ってくれ」


「それじゃー行きますねー」


翼が空気を叩く。ゆっくりと浮き上がる巨体。

高度が上がると共に開けていく視界。

静かだ。はばたく翼の音だけが響いている。

しんしんと降り積もり続ける雪。

明かりは灯っているのに人の居ない街。

目を凝らす。気のせいだろうか。

チラチラと蠢く影。影絵の人間達。

うーん…?


「行くぞ。捕まっていろ」


一つ、大きく翼をうつのが合図であった。


「ひぎええぇぇ!!」


「…………っ!」


街を旋回する巨体。吹きすさぶ風が顔を叩く。

雪がばっちんばっちんあたっていてぇ。

カミナギリヤさんががっちりと抱えてくれているので落ちる心配はなさそうだがやはり恐ろしいものは恐ろしいのだ。

というかカミナギリヤさんどうやってウルトに仁王立ち出来てるんだ。

多分体の構造からして違うに違いない。

眼下に街を見下ろしながらカミナギリヤさんはこの世界を作った奴を探しているらしかった。

おじさんと私にそんな余裕は無論ありはしない。


「影しかおらんか」


「みたいですねー。じゃ、とまりますね」


「うわぁっ!!」


地に響くような重い音。衝撃のあまりムチウチになりそうだ。

カミナギリヤさんに降ろされた先はウルトの背中ではあるが今は大丈夫そうだ。少々フラフラするが。

街で一番の高さを誇る塔のような建物であった。

天から舞い落ちる雪、黄金の満月の下、塔に巻き付くようにして巨体を休める蒼い竜。

傍から見ている分には申し分なく絵師が絵にするか吟遊詩人が歌にするかのロマン溢れる光景だろう。

残念ながら傍ではないのでその光景に感嘆なぞできないが。


「ふん、随分と隠れるのがうまいものだ」


いつのまにやら。

カミナギリヤさんの手には花に彩られる長大な弓。もしかしてこれが。

ギリギリと引き絞られた弓。つがえられた矢は実体無き光の矢だ。

霊弓ハーヴェスト・クイーン、この目でその姿を見るのは初めてになる。


「その弓ってあれですか?ハーヴェスト・クイーン」


「ああ。と言っても少し違うな。霊弓ではなく私の神器としての姿だ」


パンっと軽い音と共に放たれた矢は空気を切り裂く甲高い音を上げながらまさしく光の速度で一直線にすっ飛んでいく。

碌に視認さえできぬまま矢は視界から消えた。

……何か、に命中したらしい。

よくわからんが。


「次」


再び引き絞られる弓、今度は別の方向へ。

私には見えないがカミナギリヤさんには何か見えているのか?

放たれた矢はやはりあっというまに視界から消えた。


「…何を狙ってるんですか?」


「明確に狙っているわけではない。目に付く動くものを片端から射抜いているだけだ」


「おおー…」


すげぇ。

しかし動くものか。確かに何かチラチラと蠢くものがある。

上からみるとそれがはっきりする。影だ。

建物の影から影へ。何かが移動している。


「あれが本体かなー?」


「否。見ての通り、ただの影。

 従属者ではない。我々の眼を欺くためだけに設置されたオブジェクトだ」


「キリがないですねー」


「……あの……」


「ん?」


「月が」


月?おじさんに言われるままに空を見上げる。

何も無いが。普通の月だ。

何が―――――。


「……ぬぅ!!」


カミナギリヤさんの焦ったような声。

何だ?

月に向かって放たれる矢。その矢は真っ直ぐに飛びそのまま消えるかと思われた。


「え?」


弾かれた?

光は割れるかの様に霧散し、小さな光の粒となって降り注ぐ。

……そうだ、可笑しい。

だって今夜は、満月などでは無かった。

あれは、月じゃない。

気付くが遅い。

べっとりとしたものが振ってくる。

スライムじみた光り輝くゲル。最悪であった。

空には本来の月、上半分が欠けた月が鎮座している。


「あーあ、これは嫌だなー」


ウルトがぶんぶんと首を振って嫌がっているが全く外れやしない。

絡み付いて藻掻けば藻掻く程に益々絡みつくばかりだ。

おじさんもカミナギリヤさんも脱出しようとしているようだが…これは。


「むぐぐぐ」


全く離れやしねぇ!

スライムがぼいんぼいんと激しく揺れて手伝ってくれているが駄目だ無意味だ。

光輝くゲルが動く度に照らされた影もまた躍る。さっきの影達はこれか!

ええい、どうしたものか!本は…無理だ。魔力もそうないし何より動けそうもない。

誰か何とかしろーい!


「ちょっと凍り」


「や、やめろぉ!」


叫んだ。冗談じゃねぇ!!

私達ごと凍るわい!


「あー、それもそうですねー」


「ぬ、く…」


カミナギリヤさんも粘性生物が相手では手の出しようがないらしい。

おじさん、は流石にこの状態では期待できない。

伸ばした腕、その腕に嵌った煌くものが視界に入った。

地獄の炎を滲ませもやもやと揺らめくその様。

よくわからないが…さっさと置け、そういう事だ。

何が起こるのかはさっぱりわからないが…いけるか?いや、やるしかない。

何とか腕輪を外し、地面に設置。


「うわわわ…」


その瞬間、ごぼりと闇が這い出た。

吹き上がる炎。黄金ゲルは甲高い、女のような声を上げてのたうつ。ジャラジャラと何やら零れ落ちる。

これは…宝石か?何だこりゃ。

キィキィと地獄から現れたのは例の魔物達である。

喚いて威嚇しているがまぁ役には立っていないのでそれはいい。

…いや、スライム苛めんな!格差社会かお前ら!

腕でつんつんとスライムを突きまわす魔物共からスライムを必死に取り上げた。

実に不服そうだ。黙れ!いじめいくない!


「…逃げたか」


「え?」


カミナギリヤさんの声に這い蹲りつつ振り返ってみると。

ゲルが居なくなっていた。

はやっ!


「…お前は…眷属か」


「へぇー。ファッションですか?変わってますねー」


「………え、と…」


むむ?三人の声に釣られて顔を上げる。そこに居たのは一人の男性だった。


「いやはや、助かりましたよ。

 お嬢様。もう少しで危うく死ぬところでした」


うさ耳生えた真っ白な髪の毛の初老のダンディなおじさまだった。

ピン!と立ったうさ耳は実に魅力的だ。言ってみれば兎執事といった所である。

いや、でも、うーん。ファッションかこれ?

見上げる姿は初対面にしては聊かショッキングな格好である。


「なんでそんなにボロボロなのさ」


血だらけである。

服もボロボロ、まさしく死ぬ寸前だったというのは嘘ではあるまい。


「地獄ではただ今、活動中の全悪魔による血の雨降り注ぐ命のやり取りの真っ最中でございます」


「なんでだよ!?」


思わず突っ込んだ。わけがわからない。

流石地獄。なんというデンジャラスワールドであろうか。というか私の地獄で暴れんな!

あのサイズでは壊れそうだ!


「初めは私がウサギ宜しく追い立てられているだけでしたが。

 やはり起きている悪魔全員を相手などご遠慮したいものでして。

 不信感を抱かせ混乱を生じさせ互いの不平不満に火を付けて回り秘密を暴露し蝙蝠に徹し何とかバトルロイヤル状態まで持っていけたまでは良かったのですが…黒貌め、あまりの発狂ぶりについつい面白くなって煽ってしまった。

 首を持っていかれるところでございましたよ」


首……。めっちゃ手形ついてるな。

がっつりついている。暫く取れないだろうなアレ。


「さて、お初にお目に掛かる。私の名は―――いや、今はよしましょう。

 観客が多いですからな。そうですな。ルイスとでもお呼びくださればよろしい」


「ルイス?」


「左様でございます」


ふーん。シンプルでよろしい。


「さて、お嬢様。どういたしますかな。

 追いかけるもよし、逃がすもよし。私と致しましては……彼の者は実に。よろしい。素晴らしい。

 許されるならば是非とも私の作品として物質界に留めおきたい所存でございますが」


作品?よくわからないな。

しかし追いかける?どこに行ったかなんてわからないが。


「ルイス……その名にその姿。絵画の悪魔か」


「ほう!妖精王が私をご存知とは光栄ですな」


「ぬかせ」


うーむ。絵画の悪魔か。なんだかかっこいいぞ。ボロボロだけど。


「ははは、話はそれぐらいでいいでしょう。

 本人も逃げちゃったし、そろそろ神域も崩れますよ」


「そうですな…ではお嬢様。名残惜しいですが今夜の逢瀬はこれにて。

 地獄にて召喚に応じては、作品をばら撒き、微力ながらお嬢様の領域の拡大に従事する所存でおります故」


「おー」


よく分からんが頑張れ。


「落ちるぞ」


「―――!!」


音が一気に戻ってきた。辺りを見回す。三人とも姿が戻っている。ウルトは竜のままだが。

街にもあの静けさはもうない。どうやら本当に出られたらしい。

ガヤガヤとした喧騒。真夜中だと思っていたがそうでもなかったようだ。


「ん?」


なにやらめっちゃ指差されている。


「あはは、目立ってますねー」


「お前のせいだろう」


「…いえ、その、お二人共だと…」


後ろを振り返る。

うん、雪降りしきる月下、塔に君臨する妖精王と破壊竜のコンボは凶悪極まりなかった。

私とおじさんは兎も角、この二人デカいし目立つってレベルじゃねーよ!


「面白いなー。ちょっとパフォーマンスでもしてみましょうか?」


「やめてください!」


お前のパフォーマンスは絶対碌でもないだろ!


「それではお嬢様、早速でございますが今宵の事を絵に致しました。

 どうぞお納めください」


「む?」


………。


「何でうさぎになってんの」


「省エネでございますれば」


…いいけど。

私の背丈の半分ほどに縮んだうさぎから差し出された絵を受け取る。

雪と月と竜と妖精王と吸血鬼と私とスライムがいる。居るけど。


「美化しすぎじゃ」


「ごきげんよう」


言い切る前に地獄の穴に魔物共々飛び込んでしまった。ウサギ穴か。

そして魔物共が全く役に立たなかった。というか何の為に出てきた。


「クーヤ殿」


「ふぁい?」


「その絵は人間の商人にでも売って東にでも送る事をお勧めしておく」


「はぁ」


よく分からんがカミナギリヤさんの助言だ。聞いておいたほうがいいだろう。


「はは、それは楽しそうでいいですねー」


「そうだろう」


二人して何か楽しそうにしている。解せぬ。

おじさんも不思議そうである。


「それじゃあ、そろそろ戻りましょうか」


確かに眠い。そういや寝てたのだった。


「ねもーい」


「ふっ…。ウルトディアス、一度街の外に出るぞ。

 人目のつかぬ所で人化して戻った方がいいだろう」


「そうしましょうか。じゃあ皆さん乗ってくださいねー」


またかよ。もう二度と乗らないと決めたというのに一日に二度も乗る破目になってしまった。

これもそれもあれもこれもあの光るゲルのせいである。

必ずや見つけ出しとっちめてくれる。

明日になったらな!


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