奴隷市場ロウ・ディジット
手を地に付き、ケツを高く掲げる事で自らを大きく見せ、目の前の生き物を威嚇する。
「フシャーッ!!」
フリフリ、フリフリ、何度かケツを振ってじりじりと距離を測った。
だが、敵はこちらの威嚇にも全く動じた様子もなく、こちらを油断なく見つめている。
―――――コヤツ、出来おる。
ライバル登場であった。
強い。
全く勝機が見えない。
汗が出てきた。
勝利のイマジネーションが湧かない。
仕方ない、ここは死なば諸共、私の命に替えても貴様を屠る!!
輝け、私の命!!
私は置いてお前たちは先に行け!!
「何を遊んでいますの」
「ああっ!!」
哀れ、好敵手かつ戦友たる緑のスライムはフィリアにあっさりと潰されてしまった。
「何するんだー!」
「スライムなんかで遊んでいるからですわ」
遊びだとう!?
クソッ!
私は大真面目だ!
「ほらほら、行きますよー」
「皆さん、そう遠くはないとはいえ、遅くなってしまいます。
出発に時間もかかってしまいましたし…」
「ほらご覧なさい。行きますわよ!」
ちえっ!!
たかたかと走って三人の後を追った。
遠くには大きな街、一年中雪に覆われた街は白銀の街との呼び名も高いらしい。
奴隷の街、ロウディジット。
「…奴隷の買い付けか」
さらさらと手に持った帳簿に書き込む兵士。
かなり物々しい装備だ。
こんなものなのだろうか。
「四人か。身分証明書はあるか」
「ありますけれど、お金でお願いしますわ」
「四人なら8万シリンだな」
「どうぞ」
フィリアが金貨を渡すと、兵士はガチガチとその硬貨に何度か噛み付き、再び帳簿に何事かを記入するとくいっと門を顎で示した。
「滞在期間は1週間だ。奴隷の買い付けなら十分な筈だ。
いいのが居なければ、追加で金を払えば伸ばしてやる」
「わかりましたわ」
「高くないですか?人間の通貨ってよくわからないですけど」
「そうですわね。かなり割高ですわ。
半分はきっと彼らの飲み代にでもなるのでしょう」
腐ってやがるな。
「それに、あの帳簿…」
「あれがどうかしたのでしょうか」
フィリアの言葉に疑問を投げたのは妖精王、もとい、キャメロットさんである。
初見が初見だけに違和感がある。
ちなみに妖精王の身体をキャメロットさんが乗っ取るのにすっげぇ苦労した。
めっちゃ暴れるし。かなり時間を食ってしまった。
出発が遅れた理由である。
「皆さん、あまり一人になっては駄目ですわ。
奴隷の買い付けどころか奴隷として競りに出される羽目になりますわよ」
「………」
そういう帳簿かよ。
何書いてたんだろ…。
やっぱ性別と年齢と見た目だろうか。
…ウルトは高く売れそうだな。
私とキャメロットさんはかなり怪しいぐらいに帽子やら被っているが、それでも小さな女の子なのはわかるだろう。
うん、高く売られてしまいそうだ。気をつけよう。
「じゃあ早速奴隷市でも見に行きますか?
もしかしたらグロウさんとやらが居るかもしれないですし」
「あー、そうしよっかー」
居たらいいのだが。
でも偉い人なのだろうし、そんなポンポン出歩いてるかと言えば微妙だろうけど。
「そうですわね…奴隷の買い付けで入ったのですから、行かねば怪しまれますわ。
顔ぐらい見せておくべきでしょう」
「奴隷市、ですか…あまりいい響きではありませんね…」
「神霊族にとっては人事ではありませんものね…」
…だよなー…。
奴隷か。
せめてエコロジーに自分たちの種族の中で完結していればいいものを。
珍しい神霊族や亜人を浚って奴隷にするなんてけしからん。
というわけで人を奴隷とし売り買いするのならば、相応の報復を受けてもしょうがないのである。
全員地獄行き決定だ。
「では行きますか」
その声を合図に、街の中心、がやがやと人の流れていく方向へと向かったのだった。
「98万!」
「100!」
「120!」
「さあさあ120!それ以上はおりませんか!?」
「くそっ…130だ!!」
「130!!130が出ました!!この奴隷、滅多に出ない猫人族!今日限りの一品です!」
「いいですね!クーヤちゃん、あの奴隷買いましょう!」
「馬鹿を言わないでくださいまし!クーヤさん、あちらで競りに出されている男性がいいですわ!
ジャイアントですわよ!?」
「何を言うかー!自分達で出すのだ!
私はあの面白可笑しい変なおっさんがいー!!」
ポップコーン片手に言い争う。
二人とも趣味丸出し過ぎだ!
「このお菓子おいしいですね。すみませーん!もう一個くださーい!」
「もう、破壊竜様!それは既に三個目でございましょう!?…あっ!クーヤさん、あの男性が素晴らしいですわ!
あちらの方にしましょう!!」
「なにぃ!?………完全にでっけぇケダモノやないか!!あ、私もポップコーン追加で!」
「あの、皆さん、本来の目的をお忘れでは…?」
あ。
キャメロットさんの視線がすっげぇ冷たい。
「いえ、そんなことはありませんわ…」
「忘れてませんよ、ははは」
「そうだそうだー」
全員目が泳いでいた。
辺りを見渡す。
「でもグロウとかいうおっさんは居ないなー」
「わかりますの?」
「うん」
どこにも居なさそうだ。
今日は外れらしい。
「まあ仕方がないですね。
気長に探しましょう」
「そうですわね…。
何かしらの方法で接触できればいいのですけれど」
「彼の屋敷に行かれては…?」
キャメロットさんの言葉に、フィリアはグロウの屋敷があった方向をちらりと眺め、息を付いた。
「…行った所で門前払いですわね。
侵入するというのもアレでは難しいですわ」
そうなのだ。
途中ですれ違う人に彼の居場所について聞いたのだが。
教えられた屋敷というのがものすごかったのだ。
どこの殿様だってぐらいに。
確かにあの警備体制では侵入も不可能だ。
それに、彼はどうやら常連や上客にしか会わないようなのだ。
いや、よく考えたら当たり前だったのだが。
ただ客として訪れたというだけではグロウの部下っぽい人に対応されるだけだ。
なのでここに来ていることを期待したのだが…。
考え込んでいると、凄まじい歓声が上がった。
「なんでしょうか…?」
ウルトも興味津々だ。
「さあ、いよいよ大詰めです!!
我が商会の名物、今日一番の商品、
場内は最早割れんばかりだ。
なんだ?死なない男?
それに、この歓声。
あまりいいものではない。
嘲笑と言っていい笑い声だ。
「見た目も悪い、能力もない!使い道がひとつしかない煮ろうが焼こうが死なない吸血鬼!!
変態ご主人様の元を渡って来た男、あんまり死なないんで今回もご主人様が根を上げて売り飛ばしてまいりました!」
「そりゃそうだろ!誰だって諦めらぁ!!」
「ギャハハハハ!!」
うへぇ…。
流石に顔が歪んだ。ウルトですら渋い顔だ。
その死なない男とやらを見れば、うーん。
ごく普通の中年だ。
吸血鬼、には見えないが。
あ、でもステータスはちゃんと吸血鬼になってるな。
でもそんなに強くない。いや、というか弱い気が。
「さあ皆さん、どうぞお買い上げの上、確かめてご覧ください!
もし死んだら我が商会が多額の賞金をお出しいたしますよ!
前回付けられた傷はご安心ください、光魔法にて完全に治癒しておりますので!」
「誰が乗るんだよそんなもん!!」
「アホかよ!!」
いいながらもちらほらと値段を吊り上げていく。
さっきの猫人族が130だった事を考えるとあの死なないおじさんはかなりのお値段のようだ。
うーん。
じっと見ていると別に視線を感じたわけではないのだろうがふと、おっさんがこっちを見た。
…あれ?
………。
手を上げた。
「3000」
「…どうしますの、買ってしまって…」
「クーヤちゃん、お金持ちだったんですねぇ」
「いえ、でも私は良かったと思います。
あのような扱いは…あんまりです」
ウルトはともかく、二人とも複雑な顔だ。
でも買っちまったものは買っちまったのである。
過去は戻せないのだ。
目の前に立つひょろっとしたおじさん。
中肉中背、顔も平凡なら雰囲気も取り立てて目を引く物でもない。
はっきり言ってくたびれた人間の中年と言った感じだ。
吸血鬼と言われても納得しかねるが…。
んー…。
既視感。
遠い知り合いに久しぶりに会ったような気分だった。
「…どこかで会った事ありますよね?」
私の言葉におじさんは少し考えるような素振りを見せた。
暫く思い出すかのように私の顔を眺めていたがやがてゆっくりと頭を横に振った。
「…いえ、会った事は無いですけど…」
「えー、嘘だー。会いましたよ!」
「いや…確かに長いこと生きてますけど…もし会っていたら貴女みたいな強烈な人を忘れるわけ無いですし」
「強烈て!」
なんだそりゃ!
いや、そんな事はどうでもいい。
どう見たってやはり見覚えがある。
何処でだったろう。
「うーん…」
唸りつつサメのようにおじさんを伺いながら周りをぐるぐると回る。
何故か怯えられている。何故だ。
ふと引っ掛かる物があった。
―――そういえば真祖の男はどうなったのだろう。
未だ死ねずにどこかを彷徨っているのか。
不幸な男だ。
「………」
うん、やっぱり会った事があるぞ。
そうだ。
夢の中で。
………。
「ごめん、気のせいだった」
夢の中はないわ。
いやでも、まあいいか。
キャメロットさんの言う通り、あんな人間達に利用され続けるのを見て見ぬ振りは流石に出来ない。
金という簡単な方法で救いだす術があるのだ。神様というならそれぐらいやるべき。うん。
いずれ他の奴隷にされてしまった人たちも解放したいものだ。
一人一人買ってもキリがないので根本からブチ壊すべきだろう。
「えーと、名前は何て言うの?」
一応聞いておいた。
「…そう、ですね。
確か…アルカード=アッシュ、だったような気がします」
「曖昧だなぁ。おじさんでいいよね」
「はぁ…」
「酷いですわよ。アッシュさんで宜しいんですの?」
「ははは、では僕もアッシュさんで呼びますね。
吸血鬼かー」
「あの、大丈夫でしょうか?
あの奴隷商達がかなり酷い事を言っていましたが…」
「ああ…大丈夫ですよ。
痛みは感じますが、我慢は出来るんです。
もう慣れました」
いや、それは大丈夫じゃないだろ…。
なんて薄幸なおじさんだ。
見た目も何となく幸薄そうだが…ここまで不幸じゃなくてもいいじゃないか。
首を見る。
銀の首輪、なんか変だ。
多分何かの魔法がかかっている。
…うむ、外そう。
「ちょっと待っててねー」
「はぁ」
カテゴリは干渉と加護。
商品名 奴隷開放
呪いを解除し、首輪を外します。
ふむ、そんな高度な魔法ではないのだろうか。
そこまで高いわけではない。
購入。
キィン、軽い音ともに人を奴隷へと貶める首輪は地面へと転がったのだった。
沙汰を下す将軍のように偉そうに一つ頷いた。
おじさんは呆気に取られたように地面に転がる銀の首輪を見つめている。
その首輪を拾い上げてしげしげと眺めてみる。
何となく着けてみた。
うーん、安心感があるようなないような。
違和感があるようなないような。とりあえずこの首輪はイヤである。
私のおめがねには適わないな。
ふむ、何か細工でもしてあったのだろうか。
一度外してしまうともう止める事が出来ないようでスカスカだ。
ひょいと取ってとりあえずポシェットに入れておいた。
「………え、と。すみません、今どうやったんですか?」
おじさんが心底不思議そうに聞いてきた。
「アラ、不思議!この本を使えば取れてしまうのだ!
何でも買えちゃう不思議な本なのだ!」
高々と掲げて嘯いた。
おじさんは狐に摘まれたような顔で自分の首を何度も何度も撫でている。
赤黒い痛々しい痣が浮く首は暫く治りそうもない。
「フィリア、治してあげてよー」
…なんかフィリア固まってるな。
どうしたのだろう。
「…そう、ですわね。
アッシュさん、少しこちらへ来てくださる?
光魔法ほどではありませんが、痛みは和らぐと思いますわ」
「はぁ…ありがとうございます…?」
おじさん、何故に疑問系なのだ。
「いえ、あの、わたし、もう長いこと奴隷として扱われていので…。
失礼な話かもしれませんが、皆さんに買われた時も今回はどんな酷い事されるんだろうと思ってました。
…お金を沢山出す人は、特に酷いんです」
涙がちょちょぎれそうだった。
なんだこの不幸さ。
可哀想すぎるだろ。
人生どれだけアルティメットのルナティックのヘルモードなのだ。
「吸血鬼ですよね?
人間に奴隷にされるなんてちょっと驚きです。
魔族ってそんなに酷いんですか」
ウルトが不思議そうに首を傾げた。
あー、長いこと封印されてたみたいだしな。
しかも元魔王とくれば今の状況がピンと来ないのだろう。
「はぁ…あ、いえ、わたしはちょっと吸血鬼としても弱いんです…」
「そうなんですかー。大変ですねぇ」
ふーん、まぁ吸血鬼にもいろいろ居るのだろう。
初めて会った吸血鬼はマリーさんだからな。
彼女を吸血鬼の基本として考えるのは良くなさそうだ。
おじさんの首の痣をある程度治したらしいフィリアがおもむろに私のほうに振り返った。
おや?顔が、ちょっと引きつっていますぞ、フィリアさんや。
「………それで、クーヤさん」
「…なんでしょう」
「今すぐ、宿屋に行きますわよ。
それも最高級のですわ」
「えー…」
何かと思えば、安宿でいいじゃん。
不満をおもむろに顔に出していると鬼の形相で肩をつかまれて揺さぶられた。
「ぐえー!!ヤ、ヤメロー!」
「何をしてらっしゃるの!外せる事についてはもう今更驚きませんわ!
けれどこのような往来で…!!少しは人目を気にしてくださいまし!!」
「そうですね。聊か今のは短慮です。
すぐにこの場から離れましょう。何人かに気付かれました」
キャメロットさんにまで言われてしまった。
…もしやさっきの首輪か?
いかん、やらかしたらしい。
「行きますわよ!」
「まってー!」
「あ、すみません、私は日の当たるところは少し…」
全員でたったかと近くの高級そうな宿屋に入った。
…宿屋の支払いが私だったのはご愛嬌であろうか。
カランとテーブルの上に銀の首輪が置かれる。
首輪を調べていたフィリアはふぅ、と悩ましげに息をついた。
「これは正式名称を咎人の枷といいますの。
大聖典に記載されている神と乙女の祈りという章に出てくるアイテムで、神に背を向け嫉妬の果てに人を殺した男に月の女神が罰として与えたものですのよ。
名前の通り、本来は大罪を犯した咎人に使うものですけれど…。
性能が性能だけに、奴隷の呪縛に使われることが多いんですの」
「へぇ…どんな性能なのさ」
「魔法、種族特性とスキル封じ、登録された者への強制隷属。そして直接的、間接的反逆行為の禁止。
登録された者だけでなく、他者への危害行為も基本的には行えませんし、誰であっても命令されれば大抵の事には従わされますわ。
これらに反した場合、枷から並ならぬ苦痛を与えられますし、最悪の場合死に至りますの」
「奴隷にしたい人に使えといわんばかりですねー」
「原典の基本コンセプトが贖罪としてあらゆる人々の幸福の為、命果てるまで自らの身を削り善行を行い他者の為に尽くし続けるべし、ですもの」
「はは、嫉妬で一人の人間を殺した位で酷いですねー」
ふーん。
すごい首輪だな。
その月の女神とは言ってはなんだがとんでもない脳たりんだったのだろう。
この枷を作り出した罰として自分も付けるべきじゃないのか。
罪人に償いをさせる為に拷問道具を世にバラまいていたら世話ないな。
本当に正しく使われるなんて思っていたのだろうか?
「クーヤさん、
くれぐれも、人前でたやすく外したりしないでくださいませ。
この際どうやって外したのかとか無駄なことは聞きませんわ」
「はーい」
仕方が無い。
目立つことこの上ないと、そういうことだ。
にしても最近フィリアはとみにいいように私を転がして扱っているな。いいけど。
「アッシュ様、首の傷はどうですか?」
「あ、すみません、大丈夫です。
えと、キャメロットさん、でいいんでしょうか…」
「はい、この身体は妖精王様の御身体ですので、後にご挨拶させていただきますね」
「はぁ…」
…後ほど、か。
なんとも言えない気分になってしまった。
妖精王様をキャメロットさんは信じている。
が、私達にはああ言ったが実際のところ妖精王様が悪霊となっていないと本気で信じているというわけではあるまい。
消滅させられるともかまわない、そういう信頼なのだろう。
何せあの表情は覚悟を決めている顔だ。
信じた果てであれば結末がどうであれ構わない、そういう覚悟だ。
…頼むぞー妖精王様。どうか悪霊になってませんように!
「あの、ところで、一つ聞いても宜しいですか?えーと、その、ご主人様…?」
「ブッ!!」
折角シリアスな事を考えていたのに台無しだ!
「やめて!せめてクーヤちゃんと呼んで頂戴…!!」
縋り付いて懇願した。
「は?え?えーと、クーヤちゃん?…すみません。
年甲斐が無いのでせめてクーヤさんで許して下さいますか…」
「えー、いいじゃないですか。ご主人様で」
「破壊竜様、悪乗りはやめてくださいまし」
クソッ!好き勝手いいやがって!
ご主人様だなんて冗談じゃないぞ!
「全く…おじさん、聞きたい事って何さ?」
「あ、はい。そのー、妖精王とか話に全く付いていけなくて…みません。
いえ、私なんか知らなくてもいい事でしょうし、面倒だったら説明なんかしなくてもいいんですけど…はい」
あー。
それもそうか。
ていうか腰が低すぎるぞおじさん。
そんな自虐しないでくれ、おじさんを拾った経緯が経緯だけに見てるこっちの心が折れそうだ。
「いやいやいや、おじさん!
説明しますとも!こうなったからには一蓮托生地獄の沙汰も金次第、死なば諸共青信号は皆で渡れば怖くない!皆で渡らなくても怖くない!!
おじさんは私達のお仲間であるからしてきっちり説明しますとも!
だからやめてくださいそのナチュラルな不幸っぷり!!」
「え?はぁ…すみません。皆さんに迷惑をお掛けして…あまり迷惑を掛けないようなんとか努力します…」
「私、涙が出そうですわ…」
いかん、フィリアの心が折れた。
おじさん、やめて!
おじさん悪くないから努力なんてしなくていいんだ!
「ははは、そういう星の元に生まれたんでしょうねー」
呑気に笑うウルトが憎らしい…!!
「はぁ、妖精王さんの魂を取り戻す為、ですか…」
「そうなのです」
ルームサービスをバリバリと頬張りながら頷く。
うまいなこれ。
「おじさんも食べる?」
「いえ、食べ物はあまり食べられないんです…」
「そうなの?」
「はぁ…すみません…」
いや、謝らなくてもいいんだけどさ。
むしろ謝らないでほしい。
不憫なので。
「吸血鬼って割と雑食な人が多いですよね?僕の古い友人も血以外に色々食べてましたし。
アッシュさんは違うんですか?」
「はい…血以外を食べてもすぐに吐いてしまうんです…。
いや、飢餓は感じますけど飲まなくても動けなくなるだけで死なないですから大丈夫です」
胸を押さえて呻いた。
フィリアもキャメロットさんも顔を覆っている。
おじさん可哀想すぎる。
血しか飲めない、だけど飲まなくても死ねない。それなのに飢餓の苦しみはきっちり味わうって酷すぎる。
どういう身体の構造だ。
まさにキングオブ不幸だった。
何が不幸かってそれをおじさんが知識として知ってるというのが不幸だ。
ようするにそういう目に合わされた、そういう事だ。
「はは、面白い方だなぁ。初めて見るタイプの吸血鬼だ。
吸血鬼って魔族の中でも結構強いほうなのになぁ」
そうなのか。
でもおじさんは相当弱いけど。
吸血鬼の中でも割合弱い感じのおじさんなのかもしれない。
普通の吸血鬼はマリーさんとおじさんの間ぐらい、でいいんだろうか。
「それは早計というものですな。
お嬢様。
よくよく目を凝らしてみれば宜しい。
芸術とは表層的な部分を眺めているだけでは見えてこぬものです」
「え?何か言った?」
「何がですの?」
あれ?
皆不思議そうに私をみるばかりだ。
幻聴か?
耳をかっぽじっておいた。
「クーヤちゃん。ちょっと早く食べてしまったほうがいいですよ」
「え?」
笑顔のまま片目を開いて扉を見つめるウルトの目がギョロッとしている。
おおう、ドラゴンモードの目である。
「お客さんが来たようですから」
それはまずいな。
はよう食べねば!
テーブルの上のルームサービスをかっ込んだ。
「ああ!それは私の分ですわ!!」
「はひゃいものはちらーい!」
私にはとんとわからないが人が何人か来ているようだ。
それも気配を殺して。
うむ、絶対に碌な用じゃないな。
「しくじりましたわね。
選ぶ宿を間違えましたわ」
「どうしましょうか…」
うーむ、もっしゃもっしゃとルームサービスは離さずに考える。
「ところでクーヤちゃん。
さっきからすっごい食べてますけど大丈夫ですか?
それ毒が入ってるみたいですけど」
「ブフゥッ!!」
先に言え!!
フィリアがテーブルから飛び退った。
クソッ!!この抑えきれない並々ならぬ悪魔の食欲がまさか仇になろうとは…!
全部綺麗に一人で食べてしまった。
フィリアにも分ければよかった!
「まあ平気そうだし、大丈夫ですね」
「あの、クーヤさん、大丈夫ですか?その、吐きますか?
台所はあっちにあるみたいですし…」
おじさんありがとう。
でも大丈夫だ。
何せこう見えても神様、毒は効かないのだ!
いや、今知ったけど。
そういや状態異常無効とかあったな。これか。
「そちらの皆さん、僕らに何か御用ですか?」
ウルトが扉の向こうへと声を投げた。
辺りは静まり返っている。
不自然なほどに。
人の気配がしない。
さっきまでは確かにそれなりに騒がしかったのだが。
キャメロットさんと二人でいそいそと帽子を被る。
なんでだろ。いいけどさ。
「いやいやいや、失敬失敬。
少々驚かせたみたいですな」
鍵を掛けていた筈の扉が開く。
現れたのは複数の兵士と、見た目は上品な口ひげ蓄えた男。
この宿の店主は鍵まで渡したらしい。
二度とつかわねぇ。
「どなたでございましょう?」
「いやいや、レディの部屋に乗り込むなど礼儀がなっていなくて申し訳ない。
貴女は、間違っていたら失礼。
もしやアーガレストア家の聖女様では?
確か…フィリアフィル、と言ったかね?
ああ、申し訳ない。アーガレストアではなくノーブルガードの方でしたかな」
「その無礼な口を今すぐお閉じなさいまし。
空になっても嫌だと泣いても精魂尽き果て老人と見紛うばかりになってもカスまで搾り出させますわよ」
男の顔が引き攣った。
そりゃそうだわな。
聖女の口から出ていい言葉じゃない。
「で、何の用ですか?」
「ああ、…いや、なに。ゴホン!
…失礼、そちらのお嬢様が持っている本。
それをお譲り頂きたい。
勿論、タダとは言いませんよ」
…この本か。
渡せるわけないな。
「これはダメー」
がっしと抱え込んだ。
「そう言わずに。
一生遊んで暮らせるだけの対価は支払います。
その本にはそれだけの価値がある」
「だーめー」
「はは、本だけ買っても仕方ないでしょうけど。
…それで?用件はそれだけですか?」
「いいからとっとと寄越せ。
下手に出てるうちに」
む、本性が出たな。
「おや、僕らとやる気ですか?」
「………おい、さっさと身包み剥いでやれ」
がちゃがちゃと鎧を着込んだ兵士達が部屋に入ってくる。
うーむ。
どうしたものか。
キョロキョロと部屋を見渡す。
「えーと、そのー…どうしましょう…」
おじさんもキョロキョロと挙動不審である。
フィリアもキャメロットさんも考えあぐねているようだ。
「仕方ないなー」
空気を読まない事に掛けては超一流の竜様ははぁーと息をついた。
白い息を。
…ん?
「ちょっと凍りますよ」
ちらちらと煌く光の粒がウルトの口元に漂っている。
いや、光ではない。氷だ。氷の粒が光を反射している。
…え?屋内で?
止める間も無い。
僅か数秒で部屋の中は極寒の凍土と化した。
「うおっ!?」
「ひいっ…!」
「なん…」
「あれ?防がれてる。
厄介だなー。やっぱり青炉は色を混ぜるぐらいにしか使えないですね」
「なんっだ…!貴様!」
「いえー、大した者ではないので気にしなくていいですよ」
「今ですわ!逃げますわよ!」
フィリアが窓ガラスを叩き割った。
差し込む光。
呻いたのはおじさんだった。
光の当たる部位が見る間に焼け爛れていく。
ぬあっ!そういや日はちょっと…って言ってた!
いや、でもこれはちょっとで収まるレベルじゃないぞおじさん!
炭化してる!炭化してるぞ!
「…大丈夫です。
何とか我慢しますから…」
「だ、だめぇー!」
許容できるかそんなもん!
あわててベッドのシーツを引っぺがしておじさんに掛ける。
でも多分これだけじゃ足りないな。
本を開いた。
カテゴリは干渉と加護。
商品名 暗闇の憂鬱
特定の物体に光を完全に遮る効果を付けます。
暗闇で膝を抱えたいセンチな気分のあなたに。
即購入。
問答無用でシーツに効果を付けた。
「おじさん、大丈夫ー?」
「あ、はい。すみません。大丈夫そうです…有難うございます…」
そういう意味ではこのおじさんは信頼できない。
覗き込む。焼けていない。
うむ、確かに大丈夫そうなのを確認してから窓から身を躍らせる。
「おりゃー!」
「くそっ!待て!」
ふふん、馬鹿め!
氷にヘバる愚かな人間共め!
そこで大人しく見ているがいい!
「へーんだ!待つもんかー!」
舌を出した。
「ホーホッホ!ご覧遊ばせ!お尻ぺんぺんですわ!」
尻を叩いた。
「その、ついて来ないでください!!」
水をぶっかけた。
「あ、いい具合に濡れてますね。ちょっと凍りますよ」
もひとつブレス。
「えー、その、皆さん、すみません。失礼します…」
最後にお辞儀。
見事なチームワークであった。
さて、どこに逃げようか。
「どこに行きます?」
「困りましたわ…!」
てってけてってけと大通りを走る。
道行く人がかなり不審げな目を向けてくるが構ってはいられない。
「皆、こっちだ!」
ん?
誰だ?
建物の隙間から顔を覗かせ手招きする少年。
「はやく!」
まあいい。
ついて行こう。
虎穴に入らずんば虎児を得ず。
薄暗い路地裏をグネグネと右に曲がり左に曲がり駆けぬける。
後ろからついて来ていた足音もいつしか聞こえなくなっていた。
「ハァ、ハァ…ここまでくれば…もう大丈夫だよ」
「はひー、はひー…疲れましたわ…」
ウルトもキャメロットさんも存外に平気そうだがフィリアとおじさんは今にも死にそうな顔だ。
「大変ですねー。
すみません、助けて貰ってなんですが、どこか休める場所はありませんか?」
「あ、うん。
この先にお屋敷があるんだ。
おいらはそこで働いてるんだけど…ちょっとなら休めるよ」
「そ、そうですの?」
………。
まあいいか。
「うむ、感謝するぞ少年よ!
でさ、名前は何ていうの?」
「おいら、ガデルって言うんだ」
「あの、何故私達を助けてくれたんですか?」
「へへ、人を助けるのに理由なんて要らない、ってね。
まぁ、あいつらがおいら達の商売仇だからなんだけどさ」
そう言ってガデルは照れくさそうにはにかんだ。
「へぇ…そうなんですかー」
てくてくとガデル少年の後に続く。
追っ手がくる様子はない。完全に撒いたらしい。
「もう少しでお屋敷につくよ。
まぁ、お屋敷って言っても下働きが住んでるとこだけどさ」
そうして案内された先はまぁ、なんともはや。
よく出来たものである。
「…グロウ=デラの元で働いておりますの?」
「ああ、そうだよ。
旦那はおいらみたいなガキでも雇ってくれるからさ。
裏口から入るからこっちだよ」
手招かれるままにちょこちょこと着いて行く。
さて、これは千載一遇のチャンスと言っていいだろう。
霊弓ハーヴェスト・クイーン。
どこにあるのやら。
「ここで休んでくれよ。
ちょっと話も聞きたいんだ」
…どっちかっていうとこれが本題だろうなー。
「あんた達、何でシャンボール商会に追われてたんだ?」
「そうですねー。
いや、僕らは何もしてないんですけどね」
「…さっきの競りさ、おいらも聞いたよ。
お屋敷でも騒ぎになってるんだ。
3000なんてポンと出していい額じゃないよ。
しかもこんな奴にさ」
ちらりとおじさんを見やるその目に宿るは侮蔑の光。
「はぁ…すみません」
おじさん、否定していいんだぞ。
「そんな額を出すんだったらもっといい奴も買えるよ。
良かったらだけどさ、おいらが旦那に口利きしようか?
良かったら、だけど。旦那の紹介する奴隷だったら間違いないよ。
シャンボール商会よりよっぽどさ」
「奴隷商は奴隷商ではありませんの?」
「一緒にしないでくれよ。
奴隷にだって色々あるんだよ。
人間はご法度だからナシとしてもさ。
奴隷だってタダじゃないし、若いとか美人とか頭がいいとか力があるとかさ、そういう所を損なったら大損じゃないか。
シャンボール商会はそういうところ全く頓着しないんだよ。
畑から希少種が取れるわけでもないのにあの扱いったら。あいつらの取り扱ってる奴隷の酷さったらないよ。
普通はよっぽどの訳ありでもなければ丁寧に扱うよ。
言っちゃ何だけどその
「グロウ=デラさんは違うんですか?」
「そうだよ。
旦那が直接紹介する奴隷はすごいよ。
中には英才教育受けてる奴もいるし。
礼儀作法、マナー、戦闘技術、見た目も全部一級品さ」
「へぇ…」
そうじゃない訳ありとやらの奴隷はどういう扱いなんですかね。ちょっと思った。
聞かない方がいいだろう。薮を突く事もあるまい。
「では口利きをお願いできます?
お会いしたいですわ」
「うん、いいよ。
すぐに戻るから待っててくれよ」
手を振ってガデルは屋敷の奥へと走っていった。
どれくらい待たされるかなー。
「あ、そうそう」
とりあえず話しておこう。後が楽だからな。
適当に会話しつつ足をぶらぶらとさせながら少年が戻ってくるのを待ったのだった。
「お待たせ!
旦那が会ってくれるってさ」
「おー」
「早かったですねー」
「3000をその場で出すような客だよ。
そりゃ旦那もすぐに会うさ」
よし、いざゆかん!
各々ガタガタと椅子から立ち上がる。
「あ、武器は持たないでくれよ。
流石にちょっとさ」
「それもそうですわね」
「えーと…私、何も持ってないんですけど…」
うん、全員武器ってほどのものは持ってないけど。
それらしくすべきだろう。
ざらざらと差し出された籠に適当に道具を詰める。
誰だよお菓子入れた奴。私か。
下着は…フィリアだな。
いいけど。今穿いてないのか?
「帽子は取らないのかい?」
「二目と見られないほどに醜女なんですよね」
ウルト、その言い訳はよせ!
ポシェットを抱え直してよし、と頷いた。
なんだか物言いたげだな。
「その本は置かないのかい?重そうだけど」
「これはいいのだ」
「本なんて置いておけばいいのにさ。
何かの貴重品かい?」
「うむ。私の恥ずかしい写真が収められているアルバムなのだ」
「マジですかクーヤちゃん!?」
「黙れペド!!」
一喝してから少年に向き直った。
「よし、行こう!」
顔がひくひくと引き攣っているのは見ない振りをしておいてやる。
「旦那、お客さんに来てもらったよ」
「ああ、入りなさい」
ダンディーな声だな。
だがダンディーな声とは裏腹にでっぷり腹の脂ぎった親父だった。
イヤだな。近寄らないでほしい。
虹色になりそうだ。
しかし成金な部屋だな。
フィリアの話では霊弓を手に成り上がったと言っていた。
確かにそういう人はこういうごてごての高級品を好みそうだしな。
見回していると脂親父がでっぷんでっぷんと腹を揺らしながら歩み寄って来る。
いや、近寄らないで欲しいのだが。
「世界的に貴重な品々が置いてありますからな。
壮観でございましょう?
こちらにあるものは売り物ではありませんが…お望みとあらばお売りしますよ」
じゃあ霊弓くれ。
流石に正面切りすぎなので言わないけども。
うろちょろと壷やらなんやらを見て回る。
なんだこの黄金の土偶。
高いのかこれ。
「おー…」
「さて、話は聞きました。
皆さんどのような奴隷をお求めで?
可能な限り融通いたしますよ。
今後ともご贔屓にしていただきたいですからな」
「そうですわね…」
フィリアがちらりとこちらを見た。
うん、そろそろ頃合かもしれないな。
キャメロットさんも首を振っている。
そう、ここには霊弓がない。
価値は無い。
肌身離さず持っているのだろう。
ウルトに目配せした。
「あ、やります?」
「やるのだー!」
「はーい」
元気で宜しい。
ウルトはさっくりと後ろに立っていた少年の首を掴んで締め上げた。
「で、そんなものはどうでもいいんですよ。
必要なのは霊弓なんです。
どこにあります?
グロウ=デラさん。
あ、部屋の外に居る方々も動かないでくださいね。
今度は軽度の凍傷ではすみませんから」
脂親父の顔が面白いぐらいに青くなった。
ざまぁ。
脂親父にべーと舌を出してから少年を見やる。
名 グロウ=デラ
種族 人間
クラス ロウディジット宗主
性別 男
神を欺こうとは片腹痛いわ。
この本も上げないからな。
「グロウ様!」
「人間って随分頑丈になりましたねー。首へし折るくらいの加減でやってるんですけどね。
ショックですよ。ショック!」
ウルト、首をへし折ったら死ぬから!!
ナチュラルに何言ってんだ!
所詮は邪竜であった。うごご。
「おいらはこんなのじゃ死なないよ」
…軋むような音を立てて首があらぬ方向に曲がりかけながらもヘラヘラと笑う少年、かなり異様だ。
痛みすらも感じていなさそうである。
そもそもフィリアの話からして齢50をとうに超えている筈だが。
「ねぇねぇ、その本をおいらにくれないかい?
凄いよ。それってさ、
君みたいな子が持ってても仕方ないよ」
「お断りだーい!」
「なんでかなぁ?
おいらが持ってたほうがいいよ。君よりよっぽど上手く扱えるさ」
ふんだ。余計なお世話である。
「考えてもみなよ。
君はその本で何が出来るんだい?扱いきれてないんじゃない?
おいらだったらもっともっと沢山の事が出来るよ?救世主にさえなってみせるさ。
その方がその本の為だろ?
持ち主ぐらい選ばせてやりなよ」
し、失敬なー!
ブンスコするが意に介した様子もない。
おのれー!
「あなた、妖精王の魂を…霊弓をどこに隠しておりますの?」
「ああ、霊弓かい?
知りたいのかい?」
「お返しください!!」
「うーん、それは出来ないなー。
おいらにとってまだまだ必要な物さ。
そうだね、その本と引き換えならいいよ」
「ムギィー!!」
やるか!
この野郎なんとしてもこの本が欲しいらしい。
「だってさ、ずるいだろ?
霊弓とその本、どっちも欲しいだなんてそんなのは理屈が通らないよ。
流石に強欲すぎるとおいらは思うよ。
過ぎた欲はいつか身を滅ぼすよ?おいらは君達の為に言ってるんだけどなぁ。
ちょっと耳に痛いかもしれないけどさ。正しい事は耳に痛いもんだよ。
霊弓が欲しいならおいらに本を明け渡すべきだし、本が駄目なら霊弓はあげられないよ。
当たり前の事じゃない?
権利って公平かつ平等であるべきだよ。おいらには霊弓か本、どちらかの所有権があるよ。
おいらが言ってる事は可笑しいかい?
けどさ、可笑しいっていうのならそれは君達の感性が可笑しいんだよ。
いい機会だし、折角の忠告なんだからこれを機にその傲慢な意識を改めるべきだと思うけどなぁ?」
「…は?」
可笑しい、っていうか何から何まで可笑しい。可笑しすぎて何を言えばいいのかすらわからん。
開いた口が塞がらないとはこの事だ。
そも、はなからどちらもお前の物じゃねぇよ!
何当たり前のように所有権を主張してんだ!
というか本はともかく、霊弓は物でさえねぇ!
「…貴方、頭が可笑しいのではありませんの?信じられませんわ」
フィリアも呆気に取られた様子だ。
キャメロットさんも口をぱくぱくと金魚のように動かすばかりである。
というか私も信じられない。何だこいつ。
「だから可笑しいのは君達だって。
おいらはごく当たり前の権利を主張してるだけさ。
二つの貴重品があって二組がそれを自分のだって主張してるんだ。
解決するにはさ、お互い半分個、そうだろ?
どちらかが本でどちらかが弓、それが普通だよ。
だっていうのに君達ちょっと頭が可笑しいんじゃない?」
「ほげぇ…」
いかん、話してるとこっちの頭が可笑しくなりそうだ。
だから何で当たり前のように私の本を天秤にかけてるんだ。
可笑しいだろう。
「うーん、煙に巻くつもりなのか本気で言ってるのかわかりませんけど…。
君が言えた事じゃないと思いますよ。
両方手に入れたがってるのは君でしょう?」
グロウの首が更に可笑しい方向を向いた。
なんかもう普通に考えて曲がっちゃいけない方向までイってる気がするのだが。
平気なのか?
「言えた事じゃないって…幾らなんでも失礼じゃない?
おいらはこれでも譲歩してるよ。
本来だったらどっちもおいらの物だよ。おいらが持つべき物さ。
今はその本は君に貸してあげてるだけさ。それを返せって言ってるだけだよ。
なのに君達がそうやって無理を通そうとするからおいらも譲歩してどっちか譲るって言ってるのにさ。ちょっと図々しいよ?
流石にそこまで言われるといくらおいらでもそういう気もなくすよ?」
「………」
もうぐうの音も出なかった。
駄目だこいつ。マジで。ぶっちぎりだ。
あのウルトがこの頭の可笑しい人何とかしてくださいよって顔でこっち見てるよ。
すまない。私達には何も出来そうも無い。
こりゃもう自力でなんとか霊弓を探すしかないような。
ウルトも対話するのが嫌になってきたのか、更に首を曲げようとしている。
「グロウ様!…貴様ら、いい加減にグロウ様を放せ!」
「…貴方達は知りませんか?妖精王様の弓を」
「貴様らに答える義理も無いわ!グロウ様をさっさと放せ!」
「…時間の無駄ですわね」
「妖精王様!キャメロットです!いらっしゃいましたら御身体へお戻りください!」
キャメロットさんの言葉にも反応はない。
影の薄いおじさんはオロオロするばかりだ。
じりじりと距離を詰めてくる兵士達。
ぶっちゃけ人質に人質としての価値があんまり無いので飛び掛ってくるのも時間の問題だ。
何せこのグロウとかいう人はちっとやそっとじゃ死にそうもない。
今もニヤニヤとこちらを見ているばかりだ。
少し後ずさり兵士達と距離を取った。
うーん、どうしたものか。
ウルトにはこのままグロウを人質にしてもらって私達でしらみつぶしに探してみるべきだろか。
考えていると、ピンと電球がついた。
そうだ、私には心強い神頼みがあるのだ。
ポシェットに刺していた木の枝を取り出そうとして――――。
「あはははっ!!それそれ!その本を使うのにはその木の枝が必要なんだろ?
そいつもおいらのものだからさ!いい加減返してくれてもいいんじゃない?
君はもう十分にその本の恩恵を受けたと思うんだ!本来の持ち主に戻すべきさ!」
「!!」
ウルトが咄嗟に手を引いた。瞬間、花が部屋中を舞い散ったのだった。
この花は…!
「あ。…ああー!」
あわてて叫ぶが勿論遅かった。
花に浚われるように私の手から木の枝は奪われ、そしてグロウの手にあっさりと収まってしまった。
なんてこった!
本を慌てて抱え込む。
これまで取られたらとんでもない事だ。
「貴方…!その姿を見た時からまさかとは思っていましたけれど…やってくれましたわね!?」
「さっすが!ノーブルガードの秘蔵っ子だ!察しがいいなぁ!
戻らなくていいのかい?君の叔父さんが寂しがってるよ!」
「私が何れ天国に連れて行って差し上げますとお伝えくださいまし!…出でよ、汝は水面にうつろう囁く者たれば!!」
フィリアの眼前に現れる輝く水。
うおお、あれが精霊か。
フィリアが呼び出した精霊は私達を囲みつつあった兵士達をその水であっという間に部屋の隅まで弾き飛ばしてしまった。
「こりゃまた短い詠唱だね!面白いや!」
「妖精王の魂を解放なさいませ!」
「駄目に決まってるじゃないか!その本と引き換えさ!」
グロウの身体からもさもさと花びらが生えてくる。
両手には桃色の光。
そして額には、妖精王の身体と同じく角が生えている。
うぬ、これは…。
「…っ!貴方、妖精王様の魂を…!!」
キャメロットさんが悲鳴にも似た声で叫んだ。
「霊弓だっけ?本当はもう君達にあげる事って出来ないんだ」
…このやろー。
ニヤニヤと笑う顔はなんと言うかもう石を投げたいってレベルじゃない。
その辺の肥溜めからバケツで中をさらってぶちまけたいね!
「…だって、おいらがもう食っちまったからさァ!!
こいつ、今でも消化されまいと必死さ!面白いくらいに!さっさと諦めれば楽になれるのにさ!
…けどまぁ、こうやってのた打ち回って苦しんでくれれば苦しんでくれる程おいらの力になるからいいんだけどね!」
「この…っ!クソガキですわ…!!」
「うーん、この人間ごと壊します?」
「あんたが何者かは知らないけどさ。
魔族かなんかだろ?ちょっと時代遅れもいいとこじゃない?
お前らは今はこの世界でもっとも弱い生き物なんだよ!最底辺なのさ!
君達が束になったっておいらを殺せやしないよ!今は妖精王の力も取り込んでるんだしさぁ!」
「…生意気だなー。
君は要らないですね。ちょっと入れ替えようかな。
次に生まれてくる命に期待します」
「あははは!!………無理だって言ってるだろォ!?ごちゃごちゃうるせぇえぇええぇえ!!!」
「おっと」
叫ぶグロウの手の中から現れる光の弓。実体は既に失われているのだろう。
だが、あれが…!
「霊弓ハーヴェスト・クイーン!こいつらを一人残らず消し飛ばせえぇえぇぇえええぇ!!」
「させるものですか!精霊よ!」
「水よ!集え満たせ震えよ紫苑の鎖となれ!」
降り注ぐ桃色の光弾。
視界を埋め尽くすほどに舞い散る花びら。
咽返るような花の匂い。
だが、何て凶悪な!
フィリアの精霊さんとキャメロットさんの魔法で何とか凌いでいるが…。
ヤバイ。
床にドカンドカンと穴を穿ち壁をあっさりと貫くその威力。
最早弓じゃねぇ!
しかしこいつ、壁に打ち付けられて昏倒している部下を全く気遣っていない。
酷いぞ!なんて駄目な奴だ!
「…ちょっと凍りますよ」
渋い顔でウルトが呟く。
この状況でブレスに意味があるとは思えないが、やらないよりはマシという事だろう。
刹那の間に凍てついた水。
だが、やはりグロウには届いていない。
「うわ、ショックだなぁ…。
悪夢ですよコレ」
「く…っ!支えきれませんわ…!」
「妖精王様…!」
フィリアとキャメロットさんも限界だ。
「…あの、すみません、本当に、すみません…」
「構いません、マイ・ロード。
…光栄です」
え?
「うわっ!!なん、吸血鬼!?」
いつの間に。
グロウに飛び掛かる男。
光弾の嵐が止まった。
吸血鬼といえば一人だけだが、問題の人物は私の隣で申し訳なさそーにしている。
誰だ?
…いや、あれは。何でだ?
さっきまで、確かに。
「お前…っ!?ロダン、何の真似だ!?いや、お前、人間じゃ…!?」
「申し訳ありません、旦那様。
今の私がお仕えすべき君主はあのお方、お一人でございます」
あいつ、あの宿屋で襲ってきた口髭!自作自演かよ!
床に転がった木の枝をばっと回収する。
これが知られたらアスタレルに頭をぐりぐりされてしまう。
木の枝を厳重にしまい込んでグロウの方へと視線を戻した。
…可笑しい、確かに人間だったはずだ。
いや、あの口髭だけじゃない。
「お前達…!?そんな馬鹿な…!?う、ぎ…ぃ!?」
ゆらゆらと部屋に立ち上がる幾人もの影。
その眼光は。
赤い宝石と見紛う輝き。マリーさんと同じ。
吸血鬼の目だった。
見回す。
全員種族が魔族、クラスが吸血鬼になっている。
ステータスもまた人間だった頃とは大きく異なっている。
なんだ?これって変わるなんて事があるのか!?
つーかさっきのでっぷんでっぷんの脂親父まで吸血鬼になってやがる。
油塗れの脂ギッシュな吸血鬼、マリーさんと同族だなんてなんて悪夢だ!
「驚きましたねー…。
それこそ伝説かなんかだと思ってたんですけど」
「な、何ですの…一体?」
部屋に陽炎のように立つ無数の吸血鬼、普通にホラーだ。
「旦那様、マイ・ロードの御心のままに我々は事を成します」
「なん、だ、お前ら…!!くそっ…あがっ…ハーヴェスト・クイーン!奴らを…グア、ガァッ!!」
弓を構えるよりも吸血鬼達の方が早かった。
数多くの吸血鬼に床に叩きつけられるようにして転がったグロウ。
その手の光が霧散する。
そういえばフィリアが霊弓を頼りに成り上がった男だといっていた。
もしかしなくても勇者のような強力な魔法は勿論、武術の心得も無いのだろう。
幾ら魔族が弱体化しているとはいえ、数が違いすぎるし霊弓が無ければ神託の受けていない人間には勝ち目は薄い筈だ。
「ヒッ!ウグ…!!」
…それに、グロウの様子が先ほどからおかしい。
「…すみません…、すみません…」
まるで王に仕える騎士の如く。
並び立った吸血鬼達、その中心に立つ相変わらず申し訳なさそうな顔のおじさん。
その表情は酷く歪んで、今まさに自分がとんでもない罪を犯しているかのように、罪悪感に満ち満ちた顔。
その赤い目。禍々しい赤の光。
地獄の入り口が放つ光にも似たその眼光。
気付くべきだった。
ただの吸血鬼じゃない。
目の前に居るのはマリーさんよりも、余程恐ろしい吸血鬼だった。
それは早計というものですな
お嬢様
よくよく目を凝らしてみれば宜しい
芸術とは表層的な部分を眺めているだけでは見えてこぬものです
誰だか知らないが、私に忠告していたのだろう。
目を凝らす。
もっと深く。魂の奥底まで。深く。深く。
何故だか酷く、首が苦しい。
やがて私の目は確かに真実を捉えた。
名 アルカード=アッシュ
種族 魔族
クラス 吸血鬼
性別 男
Lv:32
HP 240/240
MP 300/300
どう見たって目を引くステータスではない。
だがそれはどうでもいい事だったのだ。
このおじさんの真価はそう、こんな表層に見えるような数字ではないからだ。
称号:真祖たる吸血鬼
特殊スキル
血の贖い 全ての吸血鬼を己の眷属として従える事が出来る。
血の洗礼 指定した者を己の血族とする。血族となったものは吸血鬼としてのあらゆる能力を備える。
不老不死 永久に存在が不滅。
化け物だ。
弱いなんてとんでもない。
吸血鬼として恐らく最上級だ。
吸血鬼の真祖、最も古い原初の吸血鬼。
吸血鬼という存在をこの世に生み出した男。
まともに遣り合って勝てる奴って居るのかコレ。
今の様子を見るに、血族化に何か条件があるわけじゃない。
気を失っていた全員、彼等だけではない。
先程から様子の可笑しいグロウ、彼もそうだろう。
抗う術もなく一人残らず吸血鬼にされている。
無限に湧く主へ絶対的忠誠心を持った吸血鬼の軍団。
――――強制的な血族化と従属。
おじさんにはマリーさんですら従う、そういう事だ。
なんて恐ろしいおじさんだ。
半端じゃねぇ。
「…本当はあまり使いたくないんです…。
吸血鬼の王であるより、何千年に渡る放浪の方がましなんです。
なのに、すみません、どうしようも無い化け物ですみません…」
がっくりと項垂れて神に救済でも乞うかのように手を組んで震えるおじさんは、本当にいい人なんだろう。
多くの眷属に傅かれ、どれ程の時を生きたのかは知る由もないが、その苦痛に歪んだ表情に孤独な真祖の癒しようも無い絶望を見た。
このおじさん、元は人間だ。それも、恐らくはごく普通の。
何があったかは知らないが彼は遥か昔に化け物となり今もなお死ねずに彷徨っているのだ。
な、なんて不幸な。
ちっとも笑えねぇ。不幸は笑い飛ばせというがそんなレベルじゃない。
うおおお…。
「うぐ、クソッ!!クソッ!!やめろぉ…あがっ…ギャッ!」
「妖精王の魂と吸血鬼の血が争ってるんですねー。
諦めたらどうです?その方が楽なんでしょう?
…諦めた瞬間、結構な身体のパーツが弾け飛ぶと思いますけど、それもいいでしょう?」
ウルト、割と根に持っているな。
「…たわんだ!妖精王様!私の声が聞こえますか?どうぞこちらへ!こちらへ参りくださいませ!
遅くなってしまって、本当に申し訳ありません…!」
まず聞こえてきたのは地の底から響いてくるかのような憎悪に塗れた怨嗟の咆哮。
濃密な花の匂い、舞い散る花びら。
光が弾けるとともに身体のパーツも幾つか弾けて床に転がって呻いていたグロウの身体が悪い冗談のように、それこそ癇癪を起こした幼児が人形を手当たり次第に振り回して壁に叩き付けて回っているかのように何度も何度も壁を跳ねる。
「うわ、駄目だなー。アレは」
確かに、これは…理性があるようには、見えない。
キャメロットさんが入っていた筈の妖精王。その姿にあの生意気なクソガキの面影は無い。
いや、本当に。
額にちょんと生えていた二本の角からはどこか八重歯のようだったその可愛らしさは完全に失われている。
伸びた背、腰まで届く長い髪、口元には大きな牙、艶かしく太ましい足、そして胸元でたわわと激しく揺れるボイン、何だあれ許せない。
いや、それはいい。いや許さないが。
どう見たって妖精とは程遠い。かろうじて花びらのようなその耳が妖精っぽい。
…鬼だ、鬼がいる。
トゲ付き金棒とか担いだら絶対に似合う。
獣のような叫びを上げ、グロウをボロ雑巾に仕立て上げるその姿、どう見ても怒りに狂った鬼神だ。
「ひええぇえ…」
「だ、大丈夫ですの?キャメロットさんは…!?」
「…こ、こわいです…」
三人固まってプルプルとチワワのように震える。
おじさんがナチュラルに混ざっている。
いや、この場で一番おっかないのある意味おじさんだから!
周りの吸血鬼も十分怖いよ!
「キャメロットさん!」
それはおいておいて、いるべき妖精の姿を求めてその名を叫ぶがどこにもあの小さな姿は無い。
まさか消滅させられてしまったのか?
そんな…。
カナリーさんになんて言えばいいんだ。
「キャメロットさん!いませんの…!?」
部屋を必死に見回す。
やはりどこにも居ない。
嘘だろう、本当に?
妖精王様はとっくに悪霊に堕ちていたのか?
キャメロットさんの存在に、気づかないほどに。
「凄いド根性ですね。魂に欠損が全く見られない。
元々悪霊みたいなもんですねアレは。マリーベルさんと同じ人種だ。世に二人もあんな女性がいるなんて嫌だなー」
「…なぬ?」
のほほんとした口調でウルトが言った。
問題はその内容である。
思わず私が聞き返すのとそれはほぼ同時だった。
鬼から飛び出した小さな光。
あれは…!!
感極まったような震える声でフィリアがその名を叫んだ。
「…キャメロットさん…!!」
小さな妖精、キャメロットさん。
…無事だったのだ。
「キャメロットさん、無事ですのね!?」
「…勿論でございます!」
晴れやかなその笑顔、目尻に光る小さな光の粒。
そうか、妖精王は悪霊に堕ちかけながらもそれでもちゃんとキャメロットさんの存在に気付いたのだ。
無事でよかった…!
「カミナギリヤ様!!」
「ぬぅがぁあぁぁぁああ!!!」
カミナギリヤと言うらしい、…その妖精王様は何事も無かったかのようにグロウを壁に叩き付けまくっている。
やたらと頑丈な人間だったようだが、妖精王の力を失い既にその耐久性は失われたようだった。
最早元の形がどうだったかすらわからない程度に肉片である。
え?悪霊じゃないの?あの暴れぶりで?
「カミナギリヤ様…お変わりなく…」
感激したように打ち震えるキャメロットさんにちょっぴり引いてしまったのはここだけの話だ。
でもフィリアもおじさんも同じように引いた顔でキャメロットさんを見ていたので抱いた感想は似たようなものだったのだろう。
「………」
大満足したらしい。
両手どころか全身を朱に染めたカミナギリヤさんは手にぶら下げた元グロウを無造作に床に放った。
着物、に似た服からは大きなメロンが今にもこぼれ落ちそうである。
フィリアが羨ましそうに見つめているのはほっとこう。
というか、でかいな。
いや胸ではなく。
身体がだ。
ウルトやブラドさんより、もしかしたらアスタレルより背が高いかもしれない。
といっても、足が長いとかそういうわけではなく、身体そのものの大きさから違うのだ。
人体比率的には普通の女性。
まぁ足と腕が大変に太ましいがアレは筋肉だろう。
熊を素手で絞め殺しそうだ。
兎にも角にも遠近とかパースとかいうものに喧嘩を売っているお人である。
「キャメロット」
「はい!」
「世話を掛けた」
うおおお…、あのクソガキぶりはどこへやら、落ち着いた大人の女性の声。
「いいえ…!私達こそ申し訳ありません…カミナギリヤ様がこの様な事になっているとも気付かず、50年も…!!」
「構わん。
私がエキドナの小瓶を甘く見たのが原因だ。
あのような骨董品を持ち出してくるとはな」
「エキドナの小瓶…?」
なんだそりゃ。
「これですよ」
言いながら部屋を漁っていたウルトが投げてきたものはまぁ、ごく普通の小瓶だ。
覗き込んだり振ってみたり逆さにしてみたりしたが別に何か起こるような様子も無い。
「何これ?」
「今はもうありませんが…東の小国にあった童話に出てくるアイテムですわね。
妖精が居ることを証明したいと思っていたエキドナという少女が妖精を捕まえるのに使った小瓶ですの」
「妖精王を捕まえるなんてびっくりですねー」
「童話では最後まで捕まえることが出来ず、失意のうちに終わるとなっておりましたけれど。
この様子を見るに実際には捕まえたのでしょうね」
「へぇ…」
世界には変わった物がごまんとあるな。
というかグロウもこんなもの持ってるのだったら本は要らなかっただろ。
燃費悪いし。
もしかしたらコレクターだったのかもしれないな。
まあいい。折角だし貰ってしまえ。
ごそごそとポシェットにしまった。
「…お前は、フィリアフィルだったか。
辛うじてだが覚えている。…あの時はすまなかった」
「……いっ、いいえ!!気になさらないでくださいましっ!」
おおー。赤くなったり青くなったりで面白いな。
まあさんざっぱらクソガキ呼ばわりしていたからな。
「貴女も」
「ぬ?」
「先ほどは済まなかった。真名を握ろうとするなど、侮辱ではすまん。
…奪うならばどうか私の命のみで収めては貰えないか。
虫のいい話なのはわかっているが、…頼む」
「え?」
何の話だ?
「あはは、大丈夫ですよ。
クーヤちゃんにとってはどうでもいいことでしょうから」
「なにが?」
「先日の妖精王との初対面の事ですよ。
彼女はクーヤちゃんに危害を加えようとした事を謝っているんですよ」
「ふーん」
そういやなんかされたな。
でもまあ別に気にするほどの事じゃない。
「別にいいよ」
そんな謝って貰っても困るしな。
別に実際に何かあったわけじゃないし。
「…ありがたい、この首一つで済むのならこれ以上は無い」
言いつつ、カミナギリヤさんは私の前にドカッとダイナミックに胡坐をかいて首を指し示した。
「え?何が?」
「…私の首ではやはり不足か?それならば気の済むように甚振っても構わんが」
「…?」
甚振る?さっぱりわからん。何がどうしてこうなっているんだ。
うーん…とりあえずずっと気になっていたカミナギリヤさんの耳のわさわさに手を伸ばした。
「………」
おお、本物の花びらだ。
どうなってるんだこれ。
耳にアクセサリーのようについているのかと思っていたが。
どうにも違うようだ。そもそも耳らしきものがない。この花びらが耳なのか?
あと角だ。角が気になる。
触っても怒られないだろうか。ええい、女は情熱。
触ってみた。…ざらざらしてるな。ちょっと癖になりそうな感触だ。
「………何をしている?」
「え?うーん、甚振っている?」
「あはは、面白いですねー」
「お二人とも、会話が全く噛み合っておりませんわ」
何がだ。
誰か説明してくれ。
「カミナギリヤさん、でいいですかねー。
クーヤちゃんはまあつまり、気にしてないから貴女の命もいらないって事ですよ」
「そういう事ですわ」
命を貰う?私が?カミナギリヤさんの?
つまり今のはそういう会話だったわけか?
馬鹿な!私はそんな凶悪な趣味は持っていない!
「そ、そんな事して貰わなくてもいいわーい!
キャメロットさんもそんな悲痛な顔で私を見ないでください!」
神霊族は何でそう私を凶悪な奴にしたがるのだ!
「…感謝する。本当にすまなかった」
深々と頭を下げてくるカミナギリヤさんに慌てて言い募る。
「いいですって!気にしないでください!
私は心清らかな乙女であるからしてそんな物騒な奴ではないです!」
全く、どうでもいい事で償いに命を要求する邪悪なんて冗談じゃないぞ!
「…それで、お前は吸血鬼か」
暫く頭を下げあうコントを演じてからカミナギリヤさんが次に声を掛けたのは何がなんだかわからないだろうに律儀に口を挟まずに居たおじさんだった。
「あ、はい。すみません…」
「何を謝る。
それよりも、かなりの扱いをされていたが大丈夫か」
「はぁ…、あ、いえ、大丈夫です。すみません…」
「…あれ程に生きながら肉体を損壊され続けながらも人を恨まぬか。
その性質故に苦しむのはお前だろうに」
「いえ、人は…恨んでいないんです…。ただ、少しだけ寒い、それだけです…」
「…そうか」
…おじさん、不幸だ。
思わずしんみりしてしまった。
痛いでも悲しいでもなく苦しいでもなく寒い、か。
ホロリ。
「キャメロット」
「はい!」
「先に里に戻れ。すぐにこの地を離れる。
皆に伝えろ」
「わかりました!カミナギリヤ様もすぐにお戻りください!」
「ああ」
「そうですねぇ。
あ、そうだ。カミナギリヤさん、里まで転移をお願いできます?」
「お前は神竜族の癖に使えんのか」
「あはは。神竜族で使える方が珍しいですよ。
でもこの際だし、精霊魔法や魂源魔法も覚えようかなぁ」
魔法にも色々あるらしい。
しかしマリーベルさんにならおーっと言う言葉からしてやる気はなさそうだ。
「…この街はこのままでいいんですの?」
「今は良い」
「今は?」
「何れ必ず草一本生えぬ程に消滅させる」
こええ。
しかしフィリアの言う事も最もだ。
放置していいのだろうか。奴隷市場だし。よろしくないのだが。
それにこの惨状。大丈夫だろうか?
逃げてくる時もかなり目立っていただろうし、このまま逃げたらもしかしたら追っ手が掛かるのでは。
最初の隠密はどこいった。
「マイ・ロード。我々はロードの望むがままに」
「…すみません、お願いします…」
「あー、そうですね。
彼らに任せたら丁度いいですよ。
何せグロウ本人の部下ですし。
暫く人間の振りをしてもらって上手いこと処理をやって貰いましょう」
あー…。
人任せな方法だがそれが一番安全だろう。
裏切る事は100%無いわけだしな。
にしても酷い能力だ。
…この街の住人全員吸血鬼化って出来るのかな。
うん、多分出来るよなー…。
いや、やめとこう。
それを頼んでこれ以上おじさんの傷を抉るのはかわいそうだ。
唯でさえ可哀想なぐらい罪悪感でいっぱいな顔してるしな。
「話はついたか。
里に戻るぞ。時間が惜しい」
「ふぁーい」
「…あの、えーと、はい…」
「美女を一人ぐらい買いたかったなー」
「あの素敵な男性を買いたかったですわ…」
…にしても本当に酷い面子だな。
花びらが視界を埋め尽くした。
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