ストライクゾーンが狭いだけなんです

開けた視界に映る雪の丘を眺める。

吹雪の去った青空はどこまでも澄み渡っており、割といい景色である。

来たときは視界が悪いのも相まって山だと思っていたが、こうして見ると山という程でもないようだ。

降りるのも楽そうである。


フィリアの目が覚めたのは程なくしてだった。


「おー、おきたー」


「…うぅ…?」


ぱちぱちと目を瞬かせて不思議そうに首を傾げた。


「私、悪い夢を見ていましたわ…。酷い悪夢でしたわ…」


「どんなのさ」


「貴女が書いた魔方陣でこの世のものとも思えない名状しがたい邪悪が出てきて破壊竜を封じる神の封印をあっけなく叩き壊してしまう夢ですわ…」


「…あー、そう」


精神衛生上夢だと判断してしまったらしい。

いいけど。


「…ここはどこですの?洞窟に居たのでは…」


「もう出てきたー。吹雪が止んだから行くぞー!」


「…少し休ませてくださいまし…」


「十分休んだじゃんか!」


「逆に疲れましたわ…」


言いながら身を起こしたフィリアは辺りを見渡し、目を見開いて飛び跳ねるように立ち上がった。


「さあ行きますわよすぐ行きますわよここからコンマ一秒でも早く離れましょう!!」


「え?でもさっき休みたいって――――――」


「そんな事言ってませんわ!すぐ出発しますわよ!!」


なんだいきなり。

折角じゃあ休んでいくかという気分になったのに。


「わかりませんの!?鈍いにも程がありますわ!ここは異常ですわ!直ぐに離れますわよ!!」


「えー…」


異常?むしろさっきより快適じゃないか。吹雪も止んだし。


「…ほぼ異界と言っていいですわね、これは…。世界中のダンジョンのランクが見直されますわ…」


「え?どういう事?」


さっぱり分からない。

説明してくれ。


「ですから!ここは霊峰シルフィード!標高5千を越える山々が連なる永久に溶ける事の無い氷に覆われた大封印!!

 今のこの状態が在り得ないのです!!この気候もこの地形も何もかもが在り得ない!!

 それにこの異様な空気!可笑しいと思いませんの!?」


「………」





出てきた際に少々付近の地形に影響を与えたようデスガ…まぁ気にする程でもないでショウ。

物質界には刺激が少ないですから丁度いいデス。





「すぐ離れよう!!」


「そうですわ!!」



二人もつれ転ぶように走り出した。

そう。山、というより丘だ。

プリンみたいな形になっている。


つまり、標高5千メートルの山の上部が綺麗に消滅している。

気候が変わったのは恐らくかなり広範囲に及んで地形が変わってしまったのが影響しているからだろう。

アスタレル、恐ろしい奴。

出てくるだけでこれかよ!


走りながら雪から何か奇妙なモノがわさわさと生えてくるのを視界の隅に捕えながら全力疾走で逃げ出した。

…何だアレ。

あの洞窟の中に居た奴らより絶対ヤバイ。

そういやあの洞窟はどうなったんだろう?

潰れてしまったのだろうか?

いやでもさっきまで中に居たし、僅かなりとも残っては居るのだろうが…。

殆ど山と一緒に消滅してもう山の下の部分にあった分しか残ってないかもしれないな。

…あの竜、無事だといいのだが。



「ふにゃ、ふえぇ…っ!ちょ、待ってくださいまし…!もう走れませんわ…!」


「疲れるのはやっ!!」


まだ中腹だ!

周りには絶賛怪物が生えてきているしはよ逃げねばならんというのに!


「もうかなり走ってますわよ!貴女疲れませんの!?」


「疲れないなー」


「ひ、卑怯ですわ…!!これだから魔族はでたらめなのです…!!」


魔族じゃないけどそんな事を訂正している場合ではない。

座り込んでしまったフィリアを急き立てる。


「立つんだ、立つんだフィリア!」


「立つのは殿方のだけで十分です!」


「何て下品な!」


いや、そんな事はどうでもいい。

マジで逃げないとやばいぞ。

怪物だけではなく、風景にも異常が出てきている。

この快晴だというのに先ほどまで明瞭に見えていた遠くの景色がだんだん霞んできていた。

後ろを振り返っても足跡が消えてしまっている。

ついさっき走ってきたのにもかかわらずだ。

雲ひとつ無い空、代わり映えのしない景色。

空気にも流れは無く風一つない。

一体どこまで進んだのかわからなくなってくる。

真っ直ぐ進んでいるのかどうかすらも判然としない。

時々木の枝を倒して確認していなければ同じところをぐるぐると回るハメになっただろう。

それほどにどこまで行っても同じだ。

どこか可笑しい。

幾らニブチンの私でも分かる。

恐らく出られなくなる。

どこまでも続く穏やかな雪の丘、澄み渡る青空がどこまでもどこまでも続く異界へとなりかけている。

腕を振り回して叫んだ。


「はやくー!」


「む、無理ですわ…っ!」


はひーはひーと肩で息をするフィリアは汗だくだ。

確かに、無理そうだ。

しかし無理を押してもらわねば困る。

私はもちろん、聖女で無くなったフィリアだって今は戦闘能力なんてほぼ無いだろう。

ここの奴らに襲われたらひとたまりも無い。

本でどうにかするったってフィリアを助けるのに大分消耗してしまってもう魔力なんて殆ど残っていないのだ。

わらわらと黒い影が集まってくる。

どんよりとした眼、そこに見えるのは飢餓、だろうか。

ぱっくりと割れた巨大な口には虫歯一つも無さそうな巨大な歯がきちんと並んで生えている。

ぎざぎざだとかの獣の歯ではなくちゃんと人間の歯並びである所が実に嫌すぎる。

ガチンガチンと打ち鳴らす様はまさに腹が減ったといわんばかりだ。


「あわわわわ…」


「はひ、はひ…」


いかん、いかんぞこれは!

フィリアも何とか立とうとしているようだが足がガクガクと震えている。

考えてみればこの奥深い雪の中全力疾走はかなり疲れるだろう。

いよいよ怪物達が集まってきた。

たまに共食いをしている。

食欲旺盛そうで何よりである。


「もう駄目ですわ…」


「諦めるな!頑張れ!そしてどうにかして!」


「他人任せにも程がありますわ!貴女こそなんとかしてくださいまし!」


「レベル1舐めんな!!」


「………もう駄目ですわ………」


駄目だ、私のレベルを聞いて完全に諦めた。


「諦めないでー!」


今頼れるのはフィリアしか居ないのだ。

諦められると困る!


「私のモットーは諦める時は諦めるですの」


「自慢げに言うな!」


そこは諦めない心とか言うところだろ!

ぎゃー!!

怪物達がずりずりと寄ってくる。

ガッチンガッチンと歯の打ち鳴らしも絶好調だ。


「…ああいうプレイは流石に嫌ですわね」


「プレイて!」


ここにきてそれか!!

最後がこんな元聖女となんていやだー!

迫り来る怪物達にフィリアと抱き合ってブルブルする。

四方八方から聞こえてくるガチガチ音がもう恐ろしすぎる。

ついでに頭の上にドスンと乗る重量サイズの脂肪の塊も恐ろしすぎる。

どっちも誰か何とかしてくださーい!




「そうですよ。美しいお嬢さん方。諦めるのはまだ早いというものです」


「………は?」


「………ふにゃ?」


声の方向を見やれば、そこにいたのは。


え、誰?


マジで知らない人だった。

というかどうやって怪物に囲まれているここに来たんだろう。

銀髪に碧眼の瞳。

無駄に爽やかな声。

キラリと真っ白な歯が光るスマイル。

青と白が基調となった服は実に洗練されたデザインである。

真っ直ぐに立つその姿、あえて言おう、勇者であると。

ちょっとだけ雰囲気がマリーさんに似ている。

ちょっとだけね!


「先ほどは有難うございます。

 いや、かなり死ぬところでしたけど」


「はぁ…」


「……?」



フィリアと目を合わせる。

以心伝心。

うん、どっちの知り合いでもないようだ。


「えーと、どなた?」


何かの間違いではないだろうか。

どっから来たんだろう、このそこらの勇者より勇者っぽいあんちゃんは。


「はは、この姿だと分からないかもしれませんね。

 僕の名はウルトディアスと申します。

 美しいお嬢さん達、お二人の名をお聞きしても?」


「…えー、アヴィスクーヤ」


「…むー、フィリアフィル」


…こやつ、歯の浮くような台詞をさらっと吐くな。

うつくしいて。


「ああ、美しい姿に見合う美しい名前ですね。

 ところで、そちらの特に美しいお嬢さん、僕と結婚を前提に付き合ってください」


「………」


がっしと掴むその手。

うん、フィリアの手。


…なら良かったんだが。

何故私のちっこい幼児のおててを握っている。


「…正気ですの?」


「もちろん」


「………えーと、それはつまり、将来性を見込んでって事?」


ならまだマシだが。

いや、成長できないけど。


「え?いや、違います。毛が生えたら離婚してください」


「………」


フィリアと目を合わせる。

再び以心伝心。

二人同時に喋った。


「「どっか行けよこのペド野郎」」


10歳前後、下手すりゃ一桁にしか見えない私に結婚前提とかどう考えてもペドだ。

ロリコンではない。ペドだ。


「え?失礼だなぁ。ペドフィリアだなんて。

 基本的に女性はどんな年齢でも大好きですよ。

 恋愛となるとちょっとストライクゾーンが小さいだけです」


それは立派なペドフィリアである。


「…というか、そんな事はどうでもいいのですわ!

 諦めるなとおっしゃるなら何とかしてくださいまし!」


「はっ!そうだそうだ!何とかしろーい!」


こうしている今も怪物達は集まってきているし寄ってきている。

ていうか今までよく無事だったものである。

彼らの足が遅そうで何よりだった。


「ああ、そうですね。

 封印ごと殺されかけたとはいえ、助けて貰いましたから、お礼と言ってはなんですけど上に乗せますよ」


「騎乗位、もが」


変態聖女の口をふさいだ。

上?

何の事だ。

それに名前もどっかで聞いたな。

考える。


…そうだ、忘れていた。

ステータスを見れるのだった。

えーと…?





名 ウルトディアス


種族 神竜種

クラス 青

性別 男



Lv:1500

HP 25000/25000

MP 8000/8000


称号:破壊竜



「ブフッ!?」


私がステータスを見て噴き出すのと、目の前のドラゴン目ユウシャモドキ科ペドフィリア属がその本性を現し、確かに大封印の中に閉じ込められていた巨大な竜へと姿を変じたのはほぼ同時の事であった。

心から思った。

詐欺だ。



フィリアと二人、絶叫を上げる。

竜の背中に乗って空を飛ぶなど勿論初めての経験である。

はっきり言おう。

最悪である。

翼をはためかせる度に凄まじいほどに上下に揺れる。

気持ち悪くなってきた。

つるんつるんとした鱗に捕まる場所など勿論無い。

落ちる、もう落ちる。絶対落ちる。

今すぐ落ちる。

だが高度は既にかなり高い。

先ほどの怪物たちなど最早視界にすら映らない。

落ちたら衝撃で肉体が水になるレベルで死ぬ。

全力で腕が痺れる程にしがみ付く。

が、今にも滑りそうだ。

未だどちらも落下していないのは一重に運による所が大きいだろう。

それにフィリアの精霊さんとやらが何かしているのかもしれない。

顔面にぶち当たる風。

横でフィリアが何事か叫んでいるが風の音に遮られ全く聞こえやしない。

おまけに風がかなり冷たい気がする。

私が冷たいと思うくらいだ。少々フィリアが心配だ。

…もしかしたら寒いとか叫んでるのかもしれない。

流石に可哀想になってきた。

心に決めた。もう絶対に乗らねぇ。

遠くに見えてきたのは真っ白な雲だ。

このまま行けばあの恐ろしい碧落の異界を抜けられそうだった。

早く着いて欲しい。本当に。





「………………」


二人で無言で地面に突っ伏す。

もう動けそうもない。

全身ビキビキと筋肉が引きつりまくっている。

うごご…。


「あれ?すみません。人間乗せたのって初めてなんですよね。僕」


涼しい顔で恐ろしい事を言いやがった。

無免許運転かよ!


「…もう、動きたくありませんわ…」


「…違いない」


「でもホラ、近くに街がありましたから。この辺りなら珍しい神霊族とか住んでると思いますよ。

 少しは休めますよ。きっと」


―――――マジか。

珍しい神霊族、エルフとか小人とか妖精とか人魚とかが住む街!?

人類の夢とロマンと希望じゃん!!


フィリアもやはり乙女なのか、キラキラと目を輝かせている。


「あれなら多分2時間ぐらい歩けば着くと思うんですよね」


地面に突っ伏した。



出発したのは一時間後である。

当たり前だ。この後で二時間も休み無く歩けるか。


「うぅぅ…咽喉が渇きましたわ…疲れましたわ…お腹が空きましたわ…」


「………確かに…」


「氷なら出せますけど、食べますか?」


「…兄ちゃん、氷は食べても咽喉は潤わないんだよ」


「え、そうなんですか?」


それは知りませんでしたね、言い切る爽やかな笑顔が逆にムカついてきた。

クッソー。


「あぁ、そういえばさっきのプロポーズのお返事を頂いてないですけど。

 美しいお嬢さん、僕とお付き合いしてくれませんか?」


「お断りだ!!」


もうムカつきしかない。

何だこの竜。


「フィリアにしなよ。フィリア」


「…いや、すみません。それはちょっと、年が」


「…ババア、とでも言いたいんですの?破壊竜様?」


とってもドスの効いた声だ。

元聖女でその顔と身体でそんな声出すのはやめたほうがいいと思うのだが。


「いえ、そういうわけじゃないんですけど。

 ただ…」


「ただ?」


「…竜って美女に弱いんですよ。本能なんですけど」


「…確かにそう言われておりますけれど」


「そうなの?」


あー、でも確かにそんな話はいっぱいあるな。

お宝とか美女に弱いってさ。


「そうなんですよ。

 そんな風に誰でも知ってる有名な特性なんですけど。

 …それで、何度も騙され裏切られ、本当に散々酷い目にあったので…トラウマというか…。

 それで昔、たまたま会った一角獣と話してたら意気投合したんですよ。

 究極の処女とは、美女とは、大人の汚さを知らない、無垢で、純真で、完璧。

 つまり幼女だと。

 子供っていいですよね…いきなり豹変して発狂しないし、刃物振り回さないし、軍隊呼び入れたりしないし、美人局じゃないし…。

 女性って生まれた時が一番完璧なんです。

 年を重ねれば重ねるほど駄目になるんです。

 成長するってプラスじゃないんですよ、マイナスなんです。減るんです」


「うわぁ…」


「…なんて夢の無い…」


カウンセリング受けたほうがいいんじゃないかな…。

かなり根深そうだ。

余程の目にあってきたのだろう。

涙なくして語れない人生である。

そういや一角獣も処女が好きっていうな。

処女の振りして近づくと八つ裂きにするとかなんとか。

彼らもあまりにも処女好きのエピソードが有名過ぎてきっと酷い目にあってきたのだろう。

有名というのも困りもののようだ。


「まぁ、どこかにいい人が居るよ。うん」


適当に答えておいた。

このやたらとキラキラしい勇者ヅラなら騙される生粋の乙女的な女性も居そうだ。

一角獣と竜、彼らのトラウマを癒してやって欲しいものである。

私にはそんなの無理だからなー。

何せ無垢でも純真でも完璧でもない。

確かに身体はペシャンコボディのミニマムボディで毛も生えていないがそこはそれである。

彼的には中身も重要なのだろうしな。


「そうだといいんですけど…」


がっくりと項垂れる姿はとてもじゃないがレベル1500の封印されていた竜には見えない。

しかも神竜種とかめっちゃ偉そうな種族なのに…。

あの三人より高いのに…。


残念すぎるだろう。

つーか何でこんなに強いんだ。

謎である。

いや、でもマリーさん達の話によれば魔族と竜は弱体化しているとの事だった。

つまりこいつは弱体化してコレなのだろうか?


「ウルトディアス…長いな。

 ウルトでいいよね」


「女性名じゃないですか、それ?」


「いいじゃん別に」


気にするな。そういう名前の人だっているさ。


「はぁ…」


「んでさ、ウルトはなんか凄く強く見えるけど、魔族と竜って今は弱体化してるんじゃないの?

 なんでそんなに強いのさ」


「いえ、かなり弱くなってるんですよね、これ」


「ええー…?」


嘘だー。


「…彼の言う事は本当ですわよ。伝説に名高い竜ですもの。

 かつては一晩で国一つ氷付けにして滅ぼしたそうですわ」


「うえっ!?」


なんて凶悪な!!


「そんな事しませんよ。

 邪竜と呼ばれていた昔は命ってよくわからなかったんですけど…今は違いますから」


「ふーん…」


「命は無限に湧き出てくるものだと思ってたんです。

 特に僕は生まれながらに邪竜でしたから。

 けど、ある人に会って人生観が変わったんですよね。

 僕なんかあの人にとって意思があるかどうかも分からないくらいに小さな存在だったんでしょうけど。

 あの人からすれば僕の命も人間の命も等しく砂粒だったんです。

 それから人間の姿を真似て、魔族や亜人、人間と神霊族と関わるようになったんですけど…。

 驚いたんですよ、本当に。

 あんまりにも弱くて、僕が本気で暴れたらきっと皆直ぐ死ぬだろうなって。

 そんなの寂しいじゃないですか。

 もっと増えろって思ったんです。

 一人は嫌になったんです。

 だからもうやらない」


「そういうもんなの?」


「そうですよ」


変な奴である。

一人が嫌だからやらないとは。

しかしどうでもいいのだが一つ気になった。


「増えすぎたらどうすんの?」


「それは邪魔だなぁ。寂しくならない程度に少しぐらい食べますね。

 出来れば美しい女性がいいですね」


「じゃ、邪竜ですわ!!」


違いない。

このズレた思考回路、付き合いずらいなー…。

いや、あの悪魔よりはマシか。

あの左腕は本当にどうしよう。

最低限何とかするまでは顔見れないぞ。

私の左腕がうまいこといけばいいのだが。


「それにしても本当に身体が重いですね。

 これじゃあ確かに魔族もきつそうです」


「…そんなに?でもステータス凄いじゃんか」


「確かに魔力炉はそのままですけど…。

 闇の魔力が無いんですよ。

 大きな炉が幾らあってもそれを表に出す手段がないんです。

 使えないんです。全然。

 それに僕らは身体の大部分が闇属性の霊質で構成されている闇に属する生物ですから、竜としての特性も全部死んでますし」


初めて聞く話だな。


「そうなの?」


「そうなんですよね。

 魔力の強さってつまり炉の大きさと数なんです。

 炉が大きければ大きいほど魔力を沢山持てるし、一度に取り出せる量も多いし、それに炉が多くあればあるほど早く魔力を取り込めるんです。

 でも魔族や竜って持ってる魔力の回路も炉も基本的に闇属性ですから、そういう黒炉って闇の魔力しか使えないんです。

 そりゃあ黒炉ばっかり持ってるってわけじゃないですけど、僕だって半霊体の純粋なドラゴンですし、かなり純色に近い青炉持ってますから。でもこんなのって基本的にサブとしか使わないですし。黒炉が全部使えないのってかなり弱くなってますよ。

 これが使えれば態々使いにくくて何をどうしたって威力がある程度までしかないような魔力に頼らなくていいんですから」


…うーん?

よくわからんのがいっぱい出てきた。

…まあ、分かったつもりになっとこう。


「まあ純粋な色の炉を持ってるのって魔族とか竜ぐらいで、後は純精霊ぐらいなんですよね。

 人間や亜人や神霊族は割と混ざった色が多いんです。

 いや、これはちょっと違うんですけど。

 黒って何色混ぜてもわからないじゃないですか。

 つまり、全部混ぜたら黒っていうか。

 だからどんな形にも出来るんですよね。

どんな色混ぜても平気なんですよ。

 逆に融通の利かない炉は白炉なんです。今なら人間が沢山持ってるんですけど」


「といっても私達人間が白炉を多く持っているのは絶対神の力によるところが大きいのですけれど…」


「へぇ…」


これはわかる。

つまりは鯖読みか。


「魔族と竜、次に炉が大きくて多いのが純精霊なんですけど、あんまり強くはないんですよね。

 僕らに比べたらですけど。

 四元の大精霊王がそもそもそこまで強くないんですよ。強くないのに力に制限を掛けてるんですよね。

 小さい魔力を扱うのに一々詠唱とか魔道具とか媒介とか居るし、炉の制限も多いし。

 その点、僕らは自由で良かったです。

 幾ら使っても取り込んでも好き勝手しても大丈夫でしたからね。

 大きすぎて反動とか暴走とか、他の属性と違ってこうすれば絶対にこうなるって無いので総じて扱いは難しいんですけど」


「…………はぁ…」


全然分からん。

まあいいか。

数字にして魔力3、MP5の私には悲しいくらいに全く関係の無い話である。

どっちかといえば精霊さんとの契約を聞きたい。


「精霊の契約ってどうすればいいの?

 精霊と契約すれば私みたいな魔力ナシでも魔法使えるんだよね?」


「契約すれば魔力が無くても使えるのが精霊魔法ですけど、いやー、幾ら美しくとも貴女には無理じゃないかなー」


「ホーホッホ!貴女みたいなへんちくりん魔族には精霊との契約なんて無理に決まっているでしょう!」


「なんだとー!!」


この野郎共!!

見てろよ!

魔術教会だかギルドだかで契約の儀とやらをやってものすごい奴と契約してやる!!


「まぁ、彼女の言う事はともかく、普通に無理だと思いますよ。

 やってみればわかると思いますけど」


「…何?何かあるの?問題とか?」


「問題っていうか、まあ問題ですけど。

 多分かなり嫌がるんじゃないかな」


「精霊さんが?」


嫌われているのか!?

あ、でも最初カナリーさんもめっちゃ怯えてた。


「いえ、貴女にくっついている方たちが。

 近寄ってくる精霊を嫌がって全部殺しちゃうんじゃないかな」


「何それ!?」


悪霊でもついてんのかわたしは!!




「そろそろですよ」


指差した向こう、確かに街並みと呼べるものが見え始めたのは既に日も傾き始めた頃だった。

辺りはすでにオレンジ色と言っていいだろう。

雪が太陽の光を反射してピクニックであれば絶景であっただろうが、今はもう景色なんか見たくも無い。

雪山の向こう、街並みは見えるものの、まだかなり距離がある。

この竜の言うところのそろそろってのは全く信用ならない。

既に分かっていた事である。

何が二時間も歩けばだ。

とっくに二時間なんか過ぎている。


「………」


フィリアは完全にゾンビ状態だ。


「…休憩しようか」


「そうですか?そろそろだと思いますけど」


「信じられるか!!」


ウルトは脳内の距離感がどう考えても狂ってる。

二度と信じまい。


「やっぱり街まで乗せて飛びましょうか?」


「ぜってぇやだ!」


「お断りしますわ」


流石に疲れきったフィリアもこれには即答だった。

雪の中に座り込んだまま動かないフィリアに声を掛ける。


「…飲む?」


流石に哀れ過ぎる。

なけなしの水を差し出した。

もうちょっと魔力があればなぁ…。

…む、そうだ。

フィリアが水を受け取るのを確認してからもふもふと雪を踏みしめつつ歩き、少し遠い岩の陰にしゃがみ込んでこそこそと本を開いた。

パラパラとページを捲り目的のものを見つけ出す。

片腕って割と不便だな。

まあしょうがない。



商品名 地獄の入り口【レプリカ】

地獄の入り口のレプリカを作ります。

オリジナルと特に遜色はない。



「よっと」


出したわっかを地面に置く。安くて結構。

予想通り、というかもっと先にやればよかった。

さっきの洞窟とか絶対沢山あっただろう。



[自動洗浄]



備え付けのつまみをぐいと捻ってその辺の魂を吸い込んだ。

ウマイウマイ。

地獄トイレにはうっすらと文字が浮かんでいる。


エネルギー取り出し作業中

推定作業時間10時間


私が居なくても向こうで働いているようだ。ンン、結構結構。

しかしながら残念、結構掛かりそうだ。

魔物頑張れ。

わっかを回収し腕につける。

これで10時間後には魔力がいくらか手に入るだろう。

手に入る魔力の量によっては魔物の数も増やすべきかもしれない。

作業効率が少々悪い気がする。

魂を吸い込んでも消化に10時間とか掛かってたら大変だ。

記憶によれば確か、二匹の魔物が取り出し作業をしていて後の三匹は外に繰り出していた。

外に出ている奴らが何をしているかは謎だが何かしているのだろう。

そのうち進化もさせたいところである。


「ただいまー」


「やぁ、おかえりなさい。

 トイレですか?いいなあ」


冷たい視線を向けておいた。

多分あのいいなあは自分もトイレに行きたいではないだろうからな。


「じゃーそろそろ行くぞー!」


幾らなんでも夜は明かしたくない。

フィリアも同感なのだろう、くたびれた様子ながらも腰を上げた。


「そうですわね…」


「頑張りましょう!」


無駄に元気だなこの竜。

つーかさ。


「どこまで付いてくんのさ」


これである。

あの祠から解放されたのだし、好きな所に行けばいいだろうに。


「え?駄目ですか?」


「駄目っていうか…なんでだろうと思って」


あの魔境から脱出させてもらっただけで十分に恩は返してもらったと思うのだが。

フィリアと二人じゃ絶対無理だっただろうし。


「出来れば付いて行きたいんですよね」


「…その子を口説きたいからという理由であればぶっとばしますわよ」


「はは、凄く魅力的なんですけど流石に殺されそうなのでやめておきますよ。

 実際に殺されかけましたからね。

 付いていきたいのは別の理由なんです」


「別の理由?」


なんであろうか。

ウルトが付いてくる理由なんて特に思い浮かばないのだが。


「貴女から懐かしい匂いがするんですよ。

 古い友人の匂いです」


「友人?」


「ええ。彼女はきっと僕が友人だと思っているなんて聞いたら怒りそうですけど。

 凄く懐かしい血の匂いです」


「血…」


そんな物騒な匂いをさせている人に会った記憶は無いが。


「かなり強く残ってるし、日常的に会ってたと思うんです。

 覚えがありませんか?マリーベル・ブラッドベリーって言うんですけど」


んー。


「…マリーベル・ブラッドベリー、と、言いました?」


私よりもフィリアの方が目を剥いている。

はて、確かにその美味しそうな名前には聞き覚えが。


「…ご冗談でしょう?最も古き魔王ではございませんの?まさか生きているとおっしゃるの?」


「匂いがするんですから、きっと生きていたんでしょうね」


紅茶の魔王…。

あ。


「もしや、マリーさんの事?」


「あ、マリーって呼んでるんですか?

 愛称で呼ばれるなんて彼女も丸くなったなー」


マジか。

マリーさんと友人だとは。


……。


「マリーさんに近づくなペドラゴーン!」


このペド、マリーさんが狙いか!

許すまじ!


「え?彼女はちょっと。

 色々と大きいし。

 それに戦闘狂すぎて怖いですし」


大きい?

割と小さい気がするが。

というか戦闘狂?マリーさんが?


「いっつも優雅じゃん。戦闘狂なんて感じしないけど」


「本当ですか!?…人って変わるときには変わるんですね…。

 後にも先にも彼女だけですよ。

 僕と真正面から魔法の打ち合い挑んできた人って。

 しかも傷だらけなのに凄く楽しそうに高笑いしながら。

 あの時は人と関わる事が無かったし本当に理解不能で怖かったなぁ…」


…マジか。

マリーさんの過去の片鱗を思わぬところで見てしまった。

意外とこう、ヤンキーだったんですね。

想像も付かない。


「魔王が、生きて、ブラッドベリーが…血塗れた薔薇の君が…」


フィリアはぶつぶつと何事か呟いている。

そんなにショックだったのだろうか?

どことなく空ろな顔だ。

暫く正気に戻りそうも無い。


「でも古い魔王って結構生きてるんじゃないですか?僕もですし」


「…なんですと!?」


魔王!?魔王といったかコイツ!?

信じられない。こんなに駄目な竜なのに。


「僕も元魔王ですよ。マリーベルさんは怒ってましたけど。

 貴様が魔王などと断じて認めるかって。

 彼女は吸血鬼だし、知識や技術を極めた方面でしたから、僕の力任せな闇魔力の使い方が嫌いなんでしょうね」


「…うーん…?」


よくわからん。

魔王にもなり方がいくつかあるのだろうか?


「例えば、空間に穴を開けるのに彼女は研究を重ねて理論で、僕は身体を鍛えて力ずくで、って感じだったんですよ」


「…頭脳派と武闘派って事?」


「そうですね。でも竜って力任せなのが普通なんですけどね。

 彼女は納得いかなかったみたいです」


へぇ。

なんだか面白い話を聞けたな。

中々に有意義な話だった。

魔王にも色々居るようだ。


「お」


遠く街並みの中、人の姿まで見えるようになり始めたのは程なくしてだった。

今度こそそろそろ着きそうだった。


「頑張れフィリア、本当のホントにそろそろだ!!」


「本当の本当の本当ですの!?」


「本当の本当の本当の本当だって!!」


「今度こそ間違いなくそろそろなのですわね!?」


「そうだ!!頑張れ、頑張るんだフィリア!!」


ついに、ついにここまで来た。

長い道の果て、訪れた本当のそろそろに二人抱き合って喜んだ。


「えー?納得いかないなー。僕もそろそろだって言ったのに。

 僕には抱きついてくれないんですか?美しいお嬢さん方」


お前は黙れ!


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