腕だけと言わずにドウゾ

自分で書いておいてなんだが読めやしないな。

何となく手の赴くままに書いたが。

文字かコレ。ミミズがのたくったとしか表現仕様が無い奇怪な文字である。

字がヘッタクソとは言ってくれるな。


「…なんですの、それは。気持ちが悪い…気分が…」


あり?


「フィリアー?どうしたのー?」


「その模様を見ていると…頭が可笑しくなりそうですわ…。何だか、模様が…響く、頭が痛い…」


むむ?

何故だろう。

そんなに下手な字だろうか。

考えて気づいた。

そういやマリーさんが言っていた。

この言葉は下手に口にすると何が起こるかわからないと。

文字にしても同じなのかもしれなかった。

人体に悪いのかもしれない。

毒物だなあいつ。


「見ないほうがいいんじゃないかなー」


「…そう、させていただきますわ…」


フィリアは青い顔で後ろを向いて座り込んでしまった。

うーん、本当に気分が悪そうだし、あまり良くないかも知れない。

さっさと済ませてこれは消そう。


「ここからどうすればいいの?」


「悪魔を召還する為の呪文を唱える必要がありますの…。

 …中心部に立って、それだけですわ。心に浮かんだ言葉を唱えれば、それで、いいのですわ…」


「…そんなんでいいの?」


「…ええ、正しく儀式が行われ、召還者が悪魔の目に適うのであれば、悪魔からの働きかけがある、筈。彼らから必要な言葉と贄、それらが伝えられるはずなのですわ。

 …口にする言葉の形式はどうでもいいのです。悪魔にとって正しければそれでいいのです。

 呪文も長さや、内容などは、…恐らく召喚者や悪魔によって異なるとは思いますけれど……それに…あくまで理論上の話、ですわ…」


そういうもんか。

フィリアも成功した事はないといっていた。

出来るかどうかはやってみなくてはわからない、そういう事だろう。


「わかったー」


魔方陣の中心、血が落ちている場所の前に立つ。

さて、どうだ?


「うーん…?」


言葉、言葉。

あの鬼のような悪魔を呼び出す言葉か。

ふーむ。




「暗黒神様」


「うどわぁっ!!」


耳元に吹き込まれたかのような声。

飛び上がった。

振り返るが誰も居ない。

幻聴?なんて不気味な。


「………」


何故だろう?

なんだか何を言えばいいのか分かったような。

まあいいや。

これでいいんだろう。きっと。

短いし呪文でさえないが。

それが望みなら何も言うまい。

それに簡単な奴のほうがいいと思ったのかもしれないしな。



「アスタレル、こっちにおいでー」



言いつつ、腕を広げた。

片腕だけだけどさ。

やっといて何だがマジでこれでいいのか?

やっぱ他のそれっぽい呪文とか――――。



そこまで考えた次の瞬間、視界が真っ黒になった。




潰れるかと思った。


「お久しぶりデスネ。暗黒神様。無駄にお元気そうで従僕は幸せデス」


「ぐええぇえぇえぇぇえ」


死ぬ、死ぬ!今死ぬから!!


「潰れるぅ、潰れるううぅぅうぅ…!!」


人をクッションか何かのように思ってんじゃないか!?

下に敷かれて押し潰されそうだった。重てぇ!

敷かれているというか上に寝られている。

顎に手を付いて見下ろしてくる悪魔野郎は実にいい笑顔である。

死ぬー!


「どいて、どいてぇえぇえ」


「やれやれ、仕方ないデスネ。暗黒神様はいつ見てもミニマムボディのペシャンコボディですからネ」


「分かってんだったらはよどいてー!」


ミニマムのペシャンコと言ってくる割に押し潰し過ぎだろ!

お前デカいんだよ!




「中身が出るかと思った…」


「スカスカでショ」


「詰まってるわい!乙女心と愛と希望と夢とロマンが!!」


「スカスカって事じゃないデスカ」


「う、うるさーい!」


クッソー!

久方ぶりの再会早々これかよ!

コイツにしなきゃ良かった!

そもそもフィリアが淫魔とか言い出さなきゃこんなことには、あれ、フィリアどこ行った?


「………キュゥ」


「し、死んでる…!」


「ああ、気付きませんで…人間が居たのデスカ。

 加減が難しいデスネ。…こんなもんでショウ。さっさと起こすのデス」


む?

まぁ起こせというなら起こしていいのだろう。

近寄って頬をぺちぺち叩く。

…起きないな。


「起きろー!」


ばっちーんとおっぱいを叩いた。


「いやぁん!」


起きた。

フィリアスイッチか。

便利だな。


「…………暗黒神様、そのような趣味がおありで?」


「ねぇよ!」


「それは良かったデス」


クソッ!何て厄介な奴らだ!





「フィリアー、と、えーと竜!何か成功したからさ、多分封印はなんとかなると思うー」


「…………」


「で、こいつがえーと、アスタレルって悪魔で………あれ、フィリアさーん?」


目の前でヒラヒラと手を振ってみる。

駄目だ、正気に返らない。

ポケーッとアスタレルを見ている。

やだ、一目惚れ?全力でやめておけと言いたいのだが。


「人間、見惚れるのは分かりますガ、それ以上は魂を奪われますヨ?」


「………っ!!」


正気に返ったらしい。

え、何今の。


「…?」


思わず首を傾げてしまった。

フィリアは青い顔で俯いている。


「そこで不思議そーな顔をしている暗黒神様には一生理解出来ないでしょうから考えるだけ無駄ですヨ?」


「な、なにーっ!」


何だ!!気になるじゃないか!


「顔も変えておくべきでしたかネ。面倒クセェ…」


ひょいと手で顔を覆った次の瞬間、アスタレルの顔が真っ黒になった。

まるで一瞬で黒いのっぺらぼうの仮面でも被ったかのような。


「あれ?何それ?」


「私の本性は不定形の無形ですからネ。

 活動する為に暗黒神様に合わせた姿をとっていますが…実像を創るとどうしても人間を引っ掛けるのでネ。

 面倒なので顔だけ消しマシタ」


「へぇ…」


こっちが本当の顔って事か?

よく分からんが。


「どれも私の本当の顔デスヨ。

 コレが一番人間を引っ掛け難いというだけデス」


「ふーん」


どこでしゃべってんだろコレ。

どうでもいいけど。


「……貴女」


か細い声。


「どしたのフィリア」


「…そんな怪物と…よく口が聞けますわね…」


聞こえるか聞こえないかの小さな声だ。

まぁ怪物は怪物だが。


「慣れれば平気だよ、うん」


「暗黒神様、人間にあまり無茶を言うんじゃありませんヨ。可哀想じゃないデスカ。プルプルと生まれたてのバンビの様に震えてますヨ?」


「いや、ビビらせてんのお前じゃん!」


私のせいじゃねー!


「人間からすればどちらも一緒デスヨ。

 それで?態々召喚魔法を介して呼び出した理由は如何なものデ?

 あまりオススメ出来た方法ではありませんガ」


「あー、そうだったそうだった。

 ちょっとあれ壊してよー」


封印の方向を指差した。


「ふむ?あの竜デスカ?壊すのは構いませんけどネ。肉体的に?精神的に?」


「いやいやいやいや!!そっちじゃねぇよ!!」


「両方デスカ?欲張り屋さんデスネ」


「ち、ちげぇー!!」


どうして話をそっちに持っていく!

そのハートマーク付いてそうな口調をやめろ!


「あの結界っぽい奴!大封印って言う奴!中の人は壊さんといて!」


「面倒デスネェ…。両方壊せばいいじゃないデスカ」


「駄目だって!外側だけ!先っちょだけ、おねがいし」


すんごい音がした。

巨大なシャンデリアが落下して無残に壊れたような、耳を劈くような反響を伴う幾万もの甲高い音。

くわんくわんと頭が揺れた。

な、なんだ?

適当に手をフリフリとするアスタレル先生は詰まらなそうにおっしゃった。


「…で、コレでよろしいので?暗黒神様?」


「え、あ、はい」


…。

え、どうすればいいんだコレ。

早すぎだろう。

フィリアがあれほど言っていた封印だったのにまさに一瞬であった。

中の人は無事なのだろうか、コレ。

中には誰も居ない。…大丈夫、だよね?

フィリアなんかはあまりの現実離れした光景に現実逃避を決め込んだらしい。意識がどっか行っている。

辺りを埋め尽くしていた文字や模様は跡形も無い。

どこか清らかな光を放っていた氷はいまやただの氷でしかなくなっていた。

アスタレルは顎に指を当てて興味も無さそうな顔で辺りを眺めている。


「物質界に来たのは随分と久しぶりデスネ。それも召喚などとはネ。

 出てきた際に少々付近の地形に影響を与えたようデスガ…まぁ気にする程でもないでショウ。

 物質界には刺激が少ないですから丁度いいデス」


…なんかさらっと危ない事言ってるような。

…聞かないでおこう、うん。


「こんな所に居てもしょうがないでショウ。

 外に行きますヨ。特別サービスに運んであげますヨ。暗黒神様」


「…う、うん…」


それ以外に何が言えるというのだ。

ヤバイ、こうして改めて見るとコイツって思ってたより化物くさい。

今まで会った人たちが全員普通に思えてきた。

子猫のように襟首を掴まれて運ばれながら大人しく両手両足を丸めたのであった。


「あ、フィリアも運んでよ」


運ばれつつも取り合えず訴えておいた。




右腕に気絶しているフィリアを抱えて背中に私を背負ったままアスタレルはサクサクと洞窟を進む。

しかし…。


「変だなー…」


可笑しいな。

さっきと違う。

こんな曲がり道だとか横道だとか徘徊する怪物とか居なかったのだが。

アスタレルがさっきから何か弾いているのはトラップって奴だろうか?

なにやらフィリアが言っていた通りの地形になっている。


「ここを治めて居たのはレガノアの従属神である氷雪王シルフィード。

 その力場の中心となっていた領域を壊しましたからネ。ここは今、野良動物の徘徊する空き家ようなモノ。

 暗黒神様が神格にモノを言わせて家の主ごと押さえつけていたものが表に出てきたのですヨ」


「…よくわかんないけど、今はこう…世紀末って事?」


「…ま、そうですネ」


それは恐ろしいな。

そしてついでに言うならばさっきから襲ってくる尋常じゃない感じの怪物がこちらに近づく前に消し飛ばしているコイツも恐ろしいのだが。


「面倒デスネェ…」


「いや、ここを吹き飛ばしたりしないでね!?」


やる前に釘をさしておいた。


「しませんヨ。対価が釣り合いませんノデ」


「対価?」


「血の一滴二滴ではネ」


「さっきの血の事?」


「そうですヨ。歩くしかありまセン。面倒な事デス」


うーん。

ここを歩いて抜けるのは確かにちょっと。


「こう、転移魔法っていうか、テレポートとか使えないの?」


「使えないわけないでショウ。コレでは使う事が出来ないだけデス」


「対価ってのが足りないの?」


「そういう事デス」


考える。

…仕方ないな。


「…もっと飲む?そしたら使える?」


おんぶ状態のままアスタレルの口元らへんに血のついた指先を突き出した。

この状態だと口どこだ?


「………」


「うっぎゃああぁあぁぁあ!!!」


自分から言い出した事ではあったが舌が指を這った瞬間総毛立った。

うおおおお…!!

ぬるっとしたものが…!!ぬるっと!!

即効で手を引いた。

げぇ、どう見ても唾液が付いてる!


「まだ帳尻合わせには程遠いデスガ…後で請求しますヨ。暗黒神様」


「ブギィ…」


豚のように鳴くしかなかった。




…便利だな。テレポートって。

フィリアの言う所の危険度Sランク迷宮らしいが…お手軽ピクニックだった。

主にアスタレルのおかげなのだが。やばいコイツ。確かに言っていた通りこいつ一人居るだけで何とかなるわ。

指を舐められるのは嫌だが。

外に出てみれば、どうやら吹雪も止んだようだ。

空も青く澄んでおり、天気も崩れなさそうだ。

これなら降りられるかも知れない。

目を回しているフィリアをアスタレルに横たえてもらう。

うん、フィリアも大丈夫そうだ。

右手で再び顔を覆い、顔を上げたアスタレルの顔はあの黒貌では無く普段のあの顔だった。

うん、そっちの方が落ち着くな。ちゃんと眉と目と鼻と口があるし。


「それでは暗黒神様。私はひとまず地獄に戻りますノデ」


「え?戻るの?」


折角召喚したのに!


「仕方ないのデス。今の状態は良くありませんヨ。

 眷属を召喚して契約結んでどうするんデスカ。

 本末転倒もいいとこデス。

 例えるなら手足を動かすのに一々伺いを立てて契約通りの動きしかさせる事が出来ず給金も支払わなくてはならないみたいなもんデス」


「何そのめんどくさい状態」


「面倒クセェ状態なのですヨ。

 なので此処までデス。

 というか既に対価以上の働きをしてしまっていマス。

 暗黒神様が破産してしまいますので一度契約完了という形で契約書は白紙にシマス。

 全く、次はありませんヨ?」


「えー…」


ちえっ!!


「次はきっちり破産して頂きますので。やるなら破滅を覚悟してくださいネ」


うん、絶対やらない。

決心した。


「それと、さっさと呪われた地に戻ったほうがよろしいデスヨ」


「まぁ…天使とか勇者とか来るもんね」


「それもありますが、それよりもその左腕デス。

 置いて来たでショウ?」


「あー、そういやそうかも」


「放置し過ぎればあの左腕を中心にしてそれこそ異形が闊歩する魔窟になりマスヨ?

 あの腕から何が生まれるか分かったものではありまセン」


「な、なにぃ!?」


本人より強いとはどういう事だ!!


「腐っても暗黒神の左腕デスヨ?制御を離れた状態で物質界に放置していいものではありませんヨ」


「わかったよー…」


どっちにせよあそこに戻るつもりだからいいけどさー。

何か納得いかないな。

左腕の方が強力だなんて詐欺だ。


「それでは、ゴキゲンヨウ。次はまともな形で呼び出すのデスヨ、暗黒神様」


アスタレルが右手に持った紙が黒い炎に焼かれて消えた。

あれが召喚の契約書だろうか。

ぞわぞわと黒いものが集まってくる。

赤やら紫やら青やらの禍々しい炎を吐き散らす黒い穴。

地獄へと通じているのだろう。

どうやらもう地獄に帰るつもりらしい。




…………。



あー、クッソ!!

ちくしょうわかったわかったわかりましたー!!

マジで帰るつもりだよコイツ!

あああぁああぁあぁあ!!

のた打ち回りたい切実に!!


「…えー、その、アスタレルー、ちょっと待った」


「何でショウ?」


「…………」


ヤバイ。

何て言えば良いんだコレ。

何か本性は不定形の無形とか言ってたし本人は気にしてないのかもしれないけど…。

いや、でも、もしあの時の事が原因だったらと思うと今聞かないと後ですっげぇ後悔しそうだし…。

腹を括るしかない。


「その、何といいますかね?」


「…?」


うわ、ヤバイ。

こっちが何を言おうとしてるのかまるで理解出来ていないであろうそのきょとんとした顔。

今から私が言う事は…多分、こいつにとって想像の埒外であるに違いが無い。

何せここまで来て本当に気にした様子がないから。

胸がずっきんずっきんしてきた。

どうか違いますように。いやマジで。耐え切れないぞコレ。

そーっとそこを指差した。

何度か唇を湿らせてから何とか重い口を開いた。




「…あの、その、腕。どうしたの」


「…?…ああ、これデスか?」


漸く合点が言ったとばかりに右手で左の裾を弾いて見せる。

そう、何もない。

あるべきものがない。

出会った時には確かに在った筈のものだ。

左腕が、無い。


…何でお揃いになってんだよ。可笑しいじゃんか。



「物質界に無理やり突っ込みましたからネ。腐ってどうしようも無くなったので切り落としマシタ。

 まあ突っ込んだ時点で捨てるつもりだったのでいいですけどネ。

 勇者の魂をオヤツ代わりにしましたが割に合いませんでしたネー」


「…うあー…」


顔を覆った。

マジかよ。

予想していた通り、というか予想より酷い答えが返ってきた。

あかんですやん…。

どう考えても…いや、うがー!

私のせいじゃねーかちくしょー!!


「…治るの?」


「治りませんヨ。

 ただ切り落としたというわけではありませんからネ。

 立体が平面に入るには高さという一次元を減らさなければなりまセン。

 そこから立体の世界に戻ったとて失われた高さという情報は二度と戻りはしませんヨ。

 それと同じデス。消滅しました。私の左腕は私という存在が生まれた最初から無かった。

 故に、最初から無いものはどうしたとて再生などしない、と。

 そういう事になりマシタ」


「………」


もうね、顔を上げられない。

何とも思っていないのが見て取れるあの顔。とても見ていられない。

今私が何も言わなければこいつ絶対何も言わずに地獄に戻った。

いや、恐らくは聞かなきゃこれから先もずっと口にしなかっただろう。

本当に何とも思っていないのだ、コイツは。

私に自分の腕の事を言う、そんな発想すら出ないほどに。

頭を抱えた。

生き返る私の命と二度と治らないアスタレルの左腕。

どう考えても釣り合ってないだろう。

何してんだコイツ。

それほど地上にいたわけでもないし殆ど何もしていないに等しい状態だった。

左腕を失ってまでやる事じゃなかった筈だ。

私を助けるなんてさ。

なのにどうして。

うわー…、やべぇ。


「…本で治る?」


「治せる、というより生やせるですネ。出来る事は出来ますヨ。

 デスガ、私の左腕は少々お高いですヨ」


「…だよね…」


そりゃそうだ。

恐らくマリーさんの封印解除を超える魔力が必要だろう。

一生かかっても返せそうもない額の借金を背負った気分だ。

というかそれより酷い。

自分の借金を肩代わりして知人が莫大な借金を負う羽目になった、これが近い。

しかも本人がそれをこっちに知らせるつもりが皆無と来た。

もー…もぉー!!


「なんといいますか…えー、そのー…ごめんなさい…」


軽い…。

言葉一つではとてもじゃないが返せないぞコレ。


「別に構いませんヨ。腕ぐらいネ」


あかんわ…。アスタレルが本気でどうとも思ってなさそうなのが本当にキツイ。

アスタレルの中で幾らでも生き返る私の命と二度と戻らない自分の左腕って釣り合ってんのか?

私としては全く釣り合っていないのだが。


………。


…はぁ、仕方が無い。

マリーさんに続いて二人目、そういう事だ。

マリーさんはお願いでありコイツの場合借金だが。


「…そっか。うん、ごめん。今度はちゃんと呼び出すからさ」


「そうしてくださいネ」


「………あー、うん」


いつも通りの胡散臭い笑みで闇へと溶け込んで消えた悪魔、その風に翻る中身の無い左腕の裾をいたたまれない気持ちで見送ったのだった。

そして誰も居なくなった氷の大地を見つめる。

取り合えずフィリアの傍に腰掛けた。

ため息も出ない。

最後まで腕に関して私に文句言わなかったなアイツ。

そっちの方がマシだったんだが。


「………」


本を抱き締める。

アイツの腕を1からはどう考えても無理だ。

時間を掛ければ出来る事は出来るだろうがそれまでにこの良心の呵責に耐えるのはキツイ。

だったら方法はもう一つしかない。

…さて、あの荒野に置いてきた私の左腕。

アスタレルの左腕に少しくらいは釣り合うといいのだが。

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