聖女と竜

吹きすさぶ風。

視界は白に塗りつぶされ1メートル先すらおぼつかない。

氷。氷。氷。


どこだ、ここは。

どう見たってあの荒地とは程遠い。

あの魔法、まさかテレポートとかそんなのだったのだろうか?

これはまずい。

身を起こす。

辺りを見回してみるがいくらなんでも視界が悪すぎる。

天使は、居なさそうだが。

天使は居ないが人も居ない。

何処までも続く吹雪が全てだ。


…困った。


立ち上がるのは無理そうなので這って動くことにする。

身体が埋まるのには気をつけておこう。

恐らく普通なら凍死しかねないレベルの悪天候だが…涼しいなーくらいにしか感じない。

良かった、神様で。

しかし視界の悪さに加えて動きにくいのは難点だ。

何とかならないだろうか?

本を開いて、気付く。


「あ」


そうだ、リュック。リュックがない。

いかん、詰んだ。

状況が状況だったので当たり前だ。

さっきの戦いで魔んじゅうにして食べていた分の魔力は殆ど使い切っている。

抱え込んでいたのは本と木の枝。

これだけが頼みの綱だというのに肝心要の魔力がない。

もぞもぞと這う。

自殺でもしたほうがいっそ早い気もする。


「ん?」


私が居たところから僅か数十センチ離れた場所に小山。

何だこれ。

腕を伸ばしてぱんぱんと叩く。

柔らかいが硬い。

柔らかいものが雪で凍りつきかけているようだ。

結構でかいようだ。

パンパン、パンパンと端から端まで叩く。

これは…人間のような?

顔らしき部分をばっさばっさと払ってみた。

聖女。

巻き込まれたのか。

巻き込まれたというのも変だが。

9割方この聖女の魔法が失敗したのが原因だ。

顔には血の気というものが一切なく、唇も紫色だ。

今は息があるようだが…ほっとけば普通に死ぬだろう。

さて、どうしようか。

考える。

ここで見捨てるのが暗黒神クオリティではあろうが…それはちょっと気分的に良くない。

ばばばばっと雪を掘る。

腕を引きずり出して脇を持ち上げずるずると引き摺った。

…重い。こりゃいかん。

そもそも片腕では普通にきつい。

服を脱いだ。

パンツ一丁である。

見た目はアレだが気にするような奴も居ないのでいいだろう。

寒さは感じないし問題はない。

脱いだ服を捩ってロープ代わりにして、聖女の脇下に通してずりずりとソリのように引っ張る。

雪に突っかかるわ重いわで遅々とした歩みだ。

そのうちにけが人運びではなくマグロ運びになりそうだ。

それは困る。

おなかを見やる。

さっきのように自称従僕が出てくる様子はない。

ちえっ!役に立たない奴である。

だが、私のような最弱の、しかも傷だらけに遅いとは言え運べるとは。

思ったよりもこの聖女は軽いのだろうか?

それともこの雪が変なのか。

いや、もしかしたらこの聖女の服かも知れない。

あの剣と同じ、妙な空気を感じるのだ。

まぁどちらにせよ今は助かる。


木の枝を氷雪の大地に立てる。

バランスは悪いがまぁいいか。

風もなんのその、よろよろと暫く立ったまま揺れてから倒れた木の枝の先に向かって歩き出した。

氷に霞んだ向こうへ。


「お」


霞んだ向こう、洞窟らしきものを発見したのは程なくだった。


「よいしょー!」


思いっきり投げる。

別にいいだろう。

酷い目に合わされたし。

マジマジと落とした聖女を眺める。


「…うん」


改めて見るとこの聖女、酷い。

本当に酷い。

何が酷いって色々酷い。

見ていられない程に格好が酷い。

遠くからパッと見たら確かに聖女なのだが。

真っ白でレースやフリルが沢山ついて金の装飾や宝石らしきものが派手すぎないレベルでついている。

これだけなら完璧な聖女だった。

…が、スケスケのピッチピチ。完全に聖女というより聖女のコスプレしたあっち専門の女優。

透けたレースで全身タイツの様にぴっちりと身体を覆っており、うっすらと全体的に肌色だ。

レースの模様や濃淡で辛うじて大事な所を隠している。大事なところは肌色では無く若干ピンクが透けてる所が笑えない。

シルクのフリルも背中とか腕とか脚とかそんなところより他に隠すところがあるだろうと言いたいところにしかついていない。

ボディラインが完全に出ている。

出ているどころかむしろあからさまに出そうとしている。

股間と大きなおっぱいが特に酷い。

布を最初からそういう形に縫っているとしか思えない見事な乳袋と鋼鉄乳首。

股間はもう目も当てられなかった。

なんだコレ。ロープか何かか。食い込ませすぎだろう。

痛くないのだろうか?

いや、本人的に逆に気持ちいいのかもしれないな。

生まれも育ちも完璧な聖女らしいが…。

本人も至ってまじめに聖女顔していた。

しかし本当に酷い。

そんな感じの隠れた願望があるとしか思えない。

くっころさんと呼ぶか。

エロエロ悪魔をけしかければ即堕ちして悪魔で言うところの美味しい魂になりそうな聖女だ。

見ていられずそっと視線を逸らした。

うむ、しかしこれからどうしたものか。

本を開く。

勿論買えない。

残りの魔力を見ようとして、気付いた。


「増えてる」


残り僅か数百程度しかなかった魔力。

それが増えていた。



MP5/5(+345) 【地獄貯蓄量:14500】



…貯金?

何であろうか。

うーん。

地獄、地獄?


「…あー」


ポンと膝を手で打つ。

そうか、魔物だ。

何かエネルギーを取り出していた。

それの分だろう。

なけなしのへそくりと言ったところか。

大事に使おう。

痛々しい聖女を見やる。

今にも死にそうだ。

何か防寒具が必要だろう。

折角引き摺ってきたのに死んでしまっては困る。

取り敢えずロープにしていた服を元に戻して引っ掛けてみた。

…私の服を引っ掛けただけじゃ足りないな。

面積的に。

仕方が無い、本で何か出そう。

けど服は勿体無いし高い。

サイズもないし。

地面に本を置いてパラパラとページを捲り、防寒具代わりになりそうなものを探す。

…ん、これでいいだろう。

安いしあったかそうだ。

人間って不便だなー。

私が言うのもなんだけどさ。




商品名 毛皮

バフォーの毛皮。

北の豪雪地帯に生息する動物で、その分厚い毛皮は非常に暖かい。




ぼふんと出てきた獣臭い、なめしただけの毛皮を聖女にブッかける。

物質界で普通に取れるアイテムのようだ。

安上がりでよろしい。

何やら付近の邪気とやらを下取りできたのでかなり安く済んだ。

良かった。

今は魔力をヘタに使いたくない。


「うぅ…」


呻く聖女に圧し掛かるようにして毛皮で隙間無くくるみまくる。

おっぱいはくるみきれないな。

出してていいか。

これでこの部分だけ寒さで取れてしまえば言う事なしである。

命的にはここには風も入って来ないし、これで多分大丈夫だろう。

後は火と食料があれば完璧な気がする。

こういうところだと火ってどうやって付けるのだろう?

燃えそうな物は辺りには無い。

火種も無いし。

うーん、なにかあるだろうか?

薄暗い洞窟の奥をみやる。

ふむ、行ってみるか。

辺りの住人が迷い込まない為だろう。

三本の赤い紐で入り口は塞がれている。

ペタペタと色々な物がぶら下がっている紐だ。

横に張っているだけなので跨げばいいだけなのだが。

危険だという信号みたいなものだろう。

ひょいと跨いで奥へと進んだ。


「うーん」


何も無いな。

虫1匹居ない。

もっと奥に行けば燃えそうな物もあるかもしれない。

探索を続けようではないか。

一本道だし。

入り口が塞がれていた割に危険な地形というわけでもない。

強いていえば氷漬けの洞窟は滑りやすい。

気をつけよう。

よじよじと進み、物資を捜索する。


「むむ!」


虫発見。

わっしと掴む。

眺めてみる。

うごうごと蠢く虫。

食べられそうもない。


「東!」


左にしゅっと曲がった。


「西!」


右にしゅっと曲がった。


「東!西!東!西!」


しゅっしゅっしゅ!!


「北!」


上に反り上がった。

器用な虫である。

中々に見込みがある。

捨てた。

やっぱり食料も燃料も無いな。

まぁこんな氷の洞窟では無理も無い。

この道を突き当たりまで行ったら諦めて戻ろう。

これも何かの縁、なけなしの魔力だが本で食物なり暖なり出そう。

あの聖女はきっとここで助かる運命だったのだ。

そう思う事にしよう。

そう思えってしまえば魔力を使い切ってもそれはしょうのないことだと納得できるしな。

彼女には感謝して貰いたいものである。


「ここが行き止まりかー…」


長くはあるが一本道なせいで大して時間も掛からなかった。

見回す。

かなり大きな空洞のようだ。

天井からつららを超えて滝がそのまま凍りついたようにしか見えない氷柱が地面まで降りており、辺り一面に乱立している。

柱一つ一つがなんというか既に氷壁と言っていい巨大サイズだ。

氷の鍾乳洞と言った風情。まるで迷路である。

遠くからは氷の流動する音がする。

どこかに恐らくほぼ氷であろうが川のようなものがあるのかもしれなかった。

上下左右、迫るような氷は迫力満点、蒼い煌きに覆われた空間は美しく幻想的ではあるがそんなロマンでは腹も膨れなければ暖かくもない。

マッチを付けてみても所詮幻は幻なのである。

儚い夢であった。残念、世の中そんなに甘くない。

というわけで戻ろう。

折角なので周囲を眺めまわしていると気づいた。


「ふむ…?」


結界だ。多分。

文字らしきものがうっすらとあちこちに掘り込まれている。

変わった文字と模様だ。

いや、比較できるほど魔法を見たことは無いが。

どれどれとしゃがみこんで検分する。

したり顔で頷いて立ち上がった。

うん、さっぱりわからん。

戻ろう。


「……グルル」


かなり広いが、やはり何もなさそうだ。

時間の無駄だったようだ。

流石にあの聖女を一人ほっぽって置くには時間が経ちすぎだし。


「……ふしゅー…ふしゅー…」


天井は流石に見えないがきのこも生えてなさそうだ。

ここで見た生物と言ったらさっきの虫くらいか。

あんなの捕まえて持って帰っても仕方が無い。


ガチガチガチガチ。


………。

分かっている。

ええ、分かっていますとも。

そーっと振り返った。

誰も居ない。

だが、分かる。

この場に猛獣が居ることくらい。

あちこちの隙間から音の方向を何とか覗き込む。

巨大な眼球があった。

息を吸い込む。

肺が一杯になったところで、一気に吐き出した。


「ギイヤアァアァアアアァアアァア!!!」


叫び声をあげてその場から逃げ出そうと試みる。

次の瞬間、ぶっ飛んだ。

耳が痛い。頭痛がする。

くらくらと回る視界。

最初何が起きたのか分からなかった。

うおおお…!


音の爆弾と言えるレベル。

先住者の咆哮はそれだけで十分な破壊力を持っていたようだ。

ミシミシと氷が軋む音が反響した。

どうか崩れませんように。

呻きながら立ち上がり、後ろへと向き直る。

…逃げられないだろうか?

氷が邪魔で私の姿は見えない、筈。

抜き足差し足忍び足で後ずさろうとした瞬間、咎めるかの様な低いうなり声。

分かったよ!ちえっ!

何となく勘まかせで模様を辿って迷路を潜る。


「おー」


一際みっしりと書き込まれた紋様、多分一番厳重な場所だろう。

それに比例するかのように氷で埋められている。

あちこちに小さな穴。どうにかしてここを通れば向こうに行けそうだった。

うーん、小さな隙間ではあるが何とか潜れそうだ。

顔を突っ込んで腕を突っ込む。

ひんやりとしたドーナッツに挟まれた気分である。

芋虫のように身体を捻って何とか上半身を突っ込む。


「………」


足をばたつかせる。

腕を振り回す。

駄目だ、ケツが詰まった。

何てこった!

ふんぎーと踏ん張って見るが前にも後ろにも行けそうもない。

困った。誰か私の安産型を押してくれないだろうか。

もちろん押してくれる者など誰も居ない。

おのれー。

踏ん張った。めっちゃ踏ん張った。

結論から言えば踏ん張りすぎた。


「どわっ!」


すっぽ抜けて顔面から地面に落下した。ぐぐぐ…。

呻きつつ何とか立ち上がり、顔を上げた。

上げたまま固まった。


あったのは巨大な顔。

ジャギジャギの不揃いに生えた黄色っぽい牙。

それがガチガチガチと打ち鳴らされている。

大地に縫いとめられながらもしっかりとこちらを鋭く睨め付けるは蒼の眼光。

蒼の鱗に覆われた巨体にはあちこちに楔が打ち込まれ血を流している。


そこに居た先住者は、そう。

巨大な竜であったのだ。

蒼の巨体は酷く美しく、神々しい。

例え面構えが凶悪きわまりないにしても。

さっきの咆哮は間違いなくこいつだ。


「な、何か御用ですか…?」


そそっとコソドロのようなつま先立ちで歩みよりお伺いを立てる。

さっきのように吼えられたらたまらない。

次に食らったら多分死ぬ。

ガチガチと歯を打ち鳴らす竜の言葉などもちろんわからな、…いや、わかるな?

何となくこの封印を何とかしてくれという意思が伝わってきた。

多分それで合っているだろう。

しかし、困ったな。

私にはこんな封印とやらはどうしようも無い。

地面を眺める。

地面だけではない。

天井にも氷柱にもぎっしりと模様が浮かんでいる。

ちっとやそっとじゃどうにもならない気がする。

本、を使えば恐らく解呪は出来るだろうが…。

それも魔力があったらの話、今はどうしようもない。

うーん、と考えて、閃いた。

聖女が居た。

彼女なら何か分かるかもしれない。

マリーさんの話なら彼女は聖女としてそれなりの教育を受けてきた筈だ。

今は少しばかりアレな事になっているが…、知識には特に影響は無いだろう。


「というわけでちょっと待ってて欲しいのですが」


了承の意が伝わってくる。


「でも何とか出来なくても怒らないで下さい」


怒られた。

ちえっ!

心の狭い竜である。

踵を返して今度こそ洞窟の入り口へと向かった。

とりあえず聖女が凍え死んでなければいいのだが。

まぁ何かしら力を持ったよさげな服のようだったし大丈夫だろう。

小さな隙間に再び身体を捻じ込んだ。

もちろん行きと同じくケツが詰まった。

冒険にちょっとしたトラブルは付き物なのである。


「ただいまー」


辺りを見回すが特に変わりは無いようだ。

聖女を覗き込む。

相変わらず青い顔に紫の唇で今にも昇天してしまいそうだ。

顔に手を当ててみる。

ひんやりとした肌。まるで体温が無い。

うむ、結構死にかけ?

いかん!

バッとパンツを脱いで引っ掛けた。

引っ掛けてから意味が全く無いことに思い至って回収してもう一度履いた。

別にそんな趣味は無い。混乱しているだけである。


「えーと…」


地面に置いた本をばさっと開く。

火種、火種、燃えるもの。

あったかいもの。

こういう時には裸で乳繰り合い暖めあうのが定説であろうが残念な事に今の私には体温らしきものがない。

いや、あるにはあるのだがかなりぬるい。

なので無意味である。

まぁこの傷を見れば何となく予想は付いたが。

真っ黒な闇を煮蕩かしたようなものが詰まった身体。

そりゃ体温とかなさそうだ。

神様の身体は随分と面白身体のようだ。

ついでに言うならばそういう趣味も無いので遠慮する。

なので本である。

カテゴリ生活セット。

見ていると具合のいいものがあった。




商品名 火鉢

寒冷地方の農村などで見られる炭を利用した暖炉。

鉢の中ほどまで灰を敷き、その上に炭を入れて使う。




火鉢とか古風で面白いな、これで行こう。

囲炉裏もあるらしい。

そっちは高いのでやめた。

ズズズ、と黒い光が消えた後、そこには確かにちょんと結構大き目の火鉢が鎮座していた。

模様が地獄絵図なのはこの際目を瞑ろう。

どれどれ。

覗き込む。


「おお」


いかにも私はあったかいですよ、と言わんばかりに柔らかなオレンジの光を放つ炭達。

これはいい。オシャレである。

魚を焼きたい。居ればだが。

セットで出てきた五徳を乗せて、洞窟の外に出て鉄瓶にぎゅむぎゅむと雪を押し込む。

火にかければ溶けてお湯になるだろう、多分。

戻って火鉢に鉄瓶を載せて、聖女を壁に齎せてから火鉢を引きずって近づける。

毛皮を頭まで着せ直してギチギチに詰めて出来るだけ空気と触れる部分を減らし、完全防備に仕立て上げた。

あとは食べ物だろうか?

しかし気を失っているようだし今出してもしょうがないか。

隣によっこいせと腰を下ろして適当に身体を支えつつ聖女が目覚めるのを待つ。

火鉢に刺さった火箸で灰をぐりぐりと弄くりまわして暇を潰した。

しかしよく考えたらもっといい暖房器具があった気がする。

…まあいいか。楽しいし。

炭に火箸をブスリと刺した。

暫くそうして遊んでいると隣から声がした。


「う…」


おや。

覗き込む。

ばっしばしの睫が微かに震えている。


「おきたー」


「………!?」


しゅんしゅんに沸くお湯の蒸気を当てまくっているのが効いたのかどうなのか、血色も随分とよさそうだ。


「…貴女…!さっきの!

 私をどうするつもりですの!?

 まさか…魔獣か触手でも私にけしかけるつもり!?

 私はそんなものに屈しませんわ!」


「いや、そんな期待に満ち満ちた顔されても困るけど」


「何を言いますの!私に拷問するつもりでしょう!性的な拷問を!

 私のこの穢れなく敏感な身体にぬるぬるの触手を這わせて魔獣の極太で種付けして無様な声を上げさせるつもりですのね!」


「しねーよ!!」


何を言ってやがる!!

ごんぶとて!


「…ていうか、1から10まであんたの願望やないか!!」


何だこの堕落しきった聖女!

くっころさんどころじゃなかった。

何をしなくても堕ちてた。

既に悪魔的美味な人だ。


「本当にしませんの?」


「しないわ!」


「…本当に?」


「するか!!」


非常に残念そうな顔をしている。

駄目だこいつ、早く何とかしないと。

はー、と息をつく。

落ち着いて地面に本を置いて広げた。


「まぁまぁ飲みねぇ」


適当に出した酒を湯で割ってから押し付けた。

不思議そうにグラスを眺めていた聖女はグラスにおちょぼ口で付けた。

口を付けた瞬間吹き出した。


「きたねー!」


「ゲホッ!!ゴホッ!!何を飲ませますのこのへんちくりん魔族!!」


「ただの酒だい!」


「お酒!?私がそんなもの飲むわけ無いでしょう!」


「なにぃ!?私の酒が呑めないってのかこのべらんめぇのあんちきしょう!」


「貴女こそ酔っ払っているのではなくて!?それとも頭がスポンジですの!?」


「失礼な!このスケスケのほぼ全裸ー!」


「今の貴女に言われたくありませんわ!パンツ一丁じゃありませんの!羨ましい!」


「なんだとー!聖女に服をあげたせいじゃん!」


暫くボカスカとしていたがどちらともなく正気に返った。

沈黙が落ちる。

お互いに無言で地面に腰を下ろした。

服は返してもらった。


「………」


「………」


「無駄に疲れましたわ…」


「聖女のせいじゃん…」


「…その聖女、という呼び方はやめていただける?

 私の名はフィリアフィル=フォウ=クロウディア=ノーブルガードですわ」


「長い。フィリアでいいよね」


「勝手に略さないでくださいまし!!」


「いいじゃん別に!」


再びボカスカやりあった。




「………………」


「………………」


肩で息をしながら座り込む。

マジで無駄な体力消耗だ。

私はともかくフィリアは人間だしこんな場所で体力を消耗させるべきじゃないだろう。


「…何か食べる?」


「…こんなところに食べ物なんてありますの?」


本を開く。


「何がいいー?」


「何ですの、その小汚い本は」


「まぁまぁ。何でも出せる本だと思えばいいよ」


小汚いの部分はスルーだ。

ボカスカしても体力を使うだけだ。


「…どこの協会から盗んで来ましたの?」


「誰が盗むかー!これは貰ったんだーい!」


全く!

失礼な事をいう聖女である。

だがボカスカはしない。

私は大人なのだ。


「このうっすーいぬるーいまずそーな具の無い雑穀スープにしてやる!」


「嫌ですわ!クリームリゾットにしてくださいまし!大人気ないですわね!」


「なんだとー!」


わがままな!




「全く!全く!!」


ほくほくと幸せそうにクリームリゾットを頬張る聖女、もといフィリアを眺めながら悪態をつく。

結局買ったのだった。

だって五月蝿いし。

それにホラ、大人げないなんていわれたくないし。


「食べたらさー、ちょっと奥に行こうよ」


「…は?」


「奥にさー、ドラゴンが居るんだけど何かこの封印何とかしてくれって言われたんだよね。

 でも私じゃそんなのわかんないからさ。

 聖女連れて来るって約束したんだけど」


「……………貴女、頭が可笑しいのではなくて?私はここから一秒でも早く出たいのですけど」


「ちょっとくらいいいじゃん」


「何がちょっとなものですか!

 此処がどこか分かっていますの!?大体…貴女…。

 …っ!」


急に口元を押さえて黙り込んでしまった。

もしや吐きそう?やめてくれこんなところで。

外に行って欲しい。


「貴女、奥に行った、という事ですの?そしてかの竜と会話をした、と?」


「そうだけど」


「……………」


上から下まで化物でも見るかのような顔で見られた。


「え?何かあるのこの洞窟。ていうか私ここがどこかわからないんだけど」


「…わかりませんの?」


「分かるわけないじゃん。フィリアの魔法の暴走に巻き込まれただけだし」


「ぐ…っ!」


暴走、という単語を力いっぱい言ってやった。


「…ここは北の大陸にある永久氷河の最深部にある通称、青の祠。

 この世界に数えるほどしかない危険度Sランク迷宮、協会から永久封印指定されている魔竜の大封印ですわ」


「…そうなの?」


迷宮ってほどでもなかったしそんな危険な所には思えなかったが。

というか北大陸って随分遠い所に。


「そうですわ。私、絶対に行きませんわよ。

 封印を解除だなんてお断りです。

 協会はこの大封印の取り扱いを事の他慎重に行っていますのよ?

 聖女だというのにここに来てしまったのが協会に知れたら私もタダじゃ済みませんわ」


「あー、それなら大丈夫じゃないかな」


「…何がですの?」


「いやね?なんていうかね?すごく言い難いんですけどね?

 ………フィリアってさ、聖女じゃないよね?」


たっぷり一分ほど間があった。


「………はぇ?」


「光魔法の類も使えないっぽいし…。

 称号に聖女なんてのもないじゃん」


じーっと見つめる。



名 フィリアフィル=フォウ=クロウディア=ノーブルガード


種族 人間

クラス 第一級霊素体

性別 女

B:105 W:59 H:94


うーん、クラスは良く分からんな。

人間にも色々種類があるのだろうか。

だがそれはさしたる問題ではない。

いや、スリーサイズは気になるが。

なんであるんだろう。その胸にぶら下がっているものは爆弾か何かか。100センチて。

まあいい。

それよりも魔法だ。光魔法の記述が全く無い。

しかも一番下にある称号欄。

他の人には無かったし、称号持ちだけ見えるのだろう。



称号 蛇に魅入られた者



これはどう見ても聖女じゃないだろう。

うん。

どちらかといえば私よりだ。


「称号に蛇に魅入られた者ってついてるけど。

 何か覚えある?」


「…………」


目が泳いでいる。

こちらに視線を向けようとしない様子からして多分、いや、絶対に身に覚えがあるな、この人。

何したんだ…。

いや、正直に言って予想は付くが。

間違いなくこの変態性癖のせいだろう。

むしろどうやって聖女の称号を貰ったんだ。

それこそ不思議である。


「…嘘でございましょう…?」


「いやマジで」


「…何故そんな事がわかりますの?」


「そういう特技を持っているというか。

 ステータスとか見れるんだよね」


「…蛇に魅入られた者…」


「…いや、うん、そんなに落ち込むことないよ、うん」


俯く聖女に声を掛ける。

今まで努力してきただろうしなー…。

いや、性癖はちょっと悪いようだが。


「…つまり、私はもう聖女ではない、と。そういう事ですの?」


「うん、まぁ…」


そういう事になってしまうだろう。

少し可哀想だが…。

顔を上げたフィリア、その表情は…素敵に輝いていた。

アレ?


「最高だわ」


「…え?」


何ですと?


「我慢しなくていいのね。そういう事でしょう!?」


「え?いや、え?」


「聖女なんてクソくらえよ!

 つまらない!あれも駄目これも駄目ああしろこうしろ、うんざりですわ!

 今までは務めとして果たして来ましたけれど…。

 私の身体にどれほどの霊力があろうが知った事ではありませんことよ!

 主が直々に私から聖女の称号を剥奪されたのだもの!

 つまり私には聖女の資格なし!卑しい豚!!屈辱かつ残念ですけれどメス豚と蔑まれオークの集団に休む間も無く蹂躙されるが相応しい女ですわね!

 務めを果たしたいですけれどこれでは無理ですものね!

 あー悲しいですわー。

 主よ、私は汚らしいメス豚に身を堕とし贖罪に生きますわ…」


「…ワオ」


こりゃ、酷い。

かつてこれほど心の篭っていない祈りがあっただろうか、いやない。

そりゃ神託も受けられまい。


「何ですの、その顔は。何か言いたい事がありまして?」


「…いや、好きに生きたらいいんじゃないかなー…」


言える事なんてあるわけなかった。

いっそ清々しい。


「好きだなんて失礼ですわね。

 私は贖罪に生きると言ったでしょう。

 人を獣姦好き両穴好きの淫売のように言わないでくださいまし。

 これは神が与えたもうた試練なのですわ」


うん、そういうプレイが好きなんですね。

知りたくも無い情報だった。

自分のせいにされるレガノアがちょっぴり可哀想になった。


「レガノア様が泣くんじゃね?」


「知るものですか。

 …私は神など信じていませんもの。そして救世主も。

 私はあのような人間達と同じになどなりませんわ。…おぞましい。

 永遠など無くとも地に足をつけ、この命が世界に還るまでこの情熱に身を任せながら、この魂の命ずるがままに自由に生きますわ」


いや、かっこいい言い方しても変態性癖持ったビッチである事に変わりはねぇから。





「レイモンドの手記」


この迷宮に入ってどれ程たっただろうか?

30人居た仲間達は既に散り散りになって久しく、二日前に聞いた悲鳴を最後に人の気配は消えた。

残ったのは恐らく私だけなのだろう。

かの竜の邪気に当てられた精霊は恐慌状態に陥り、殆ど意思疎通すら出来ない。

食料も備蓄は無く、持ち込んだ水も終に底を尽きた。

ここは水も食料も得られるような場所ではない。

ここは死の国だ。氷に覆われた地獄。

戯曲にある嘆きの川、氷結地獄とはここに違いない。

酷く寒い。凍えそうだ。

涙や汗、唾液や鼻水、尿に血。およそ液体といえるものは全てが危険だ。

この極寒の地にあっては流れ出る傍から氷の筋となって、凍傷や火傷をもたらす。

無理に引き剥がそうとすれば皮膚ごと剥がれた。

もはや動くことも出来ず、小さな岩陰に隠れるのが精一杯であった。

ここが最後になるだろう。

視界に映る氷の大地に処々血が付着している。

私の仲間達のものだろう。そして私もいずれそうなる。

ここのトラップや魔物は強力だった。

こちらの予想を遥かに超えて。

10メートル進むのに一日と三人の命を費やした。

そして恐ろしく複雑。

決死の思いで進み、その果てが行き止まりだった、など何度あったことだろう。

その度に誰かの心が折れた。

私とて例外ではない。

先ほどから魔物の気配がする度に糞尿を垂らしそうなほどに恐怖している。

今まで冒険者として幾多の死線を潜り抜けてきた。

しかし、こんなのは――――――――


ばけものが - -

―       目のまえしにたく




以下、判読不能。









「それで?貴女、名前は何ていいますの?」


「お」


そういや名乗ってなかったか。


「聞いて驚け、アヴィスクーヤちゃんだ」


「驚く要素がわかりませんけど。

 …アヴィス=クーヤ、深淵なる混沌、独り眠る静謐の夜…あまりいい名前ではありませんわね。

 霊的言語として悪魔を現す真言を悪魔の法に則って並べた名前ですわ。

 碌な名付けをされませんでしたのね」


「ふーん…」


そんな意味があったのかこの名前。

しかも何か寂しい独り身の夜みたいな。

なんかやだな。

いずれ必ずや暗黒神をやめ、心優しい男性と結婚し幸せな家庭を築き、名前を陽だまりの家、家族と眠るあったかオフトンと改名すると誓う。


「それよりも、その傷を見せてごらんあそばせ」


ひょいと手を取られた。


「回復魔法とか使えるの?」


「さぁ…。聖女であった頃は扱えましてよ。

 今はどうかわかりませんわ。

 それに、光魔法が使えなくとも私の契約する土精霊と水精霊の力で効果は落ちますが治癒の真似事が出来ますから問題ありませんわ」


そうなのか。確かに光魔法は使えないだろう。

しかしこの聖女は精霊魔法なるものをそれなりに使えるようだ。羨ましくなんかないぞ。

まぁそれは置いておいて使ってもらえるなら有難い。


「これはバーミリオン様がお持ちしていた神剣の傷ですの?」


「そうだよ」


「…痛くありませんの?あの悪趣味な剣ですわよね?」


「あー、やっぱ人間から見ても悪趣味なんだ」


「他の人はどうだか知りませんけれど、少なくとも私は好きではありませんでしたわ」


…意外だ。

傷をじーっと検分するフィリアに質問を投げた。


「じゃあさ、何であの勇者と組んでたのさ」


「組みたくて組んだわけではありませんわ。

 ああ見えてバーミリオン様は多くの勇者輩出の実績を持つ古い貴族の嫡男でしたのよ。

 それに魔なる者達に贖罪の慈悲を与える勇者として教会から高く評価されている前途有望勇者だったのですわ。

 ノーブルガード家の聖女として彼と組めという現当主様の命でしたの。

 現当主であるフェラリアス様は野心家でしたもの」


「へー」


いやー貴族って大変そうだなー。


「何ですの、その気の無い返事は」


「んー、イマイチ想像がつかないというか」


貴族なんてカボチャパンツ王子とかパンが無ければお菓子を食べる王女とかしか出てこない。


「幸せな頭ですわね。…駄目ですわ。浅い傷ならば何とかなりますけれど、腕はどうしようもありませんわね」


「いいよ別に」


腕なんて気にするほどじゃない。

利き腕じゃないし。

魔力を蓄えれば本で腕を治すのも可能だろうし。

それより見た目がましになったのがいい。

あれだけあった切り傷が消えてしまった。

これはいい。


「うおー…超便利だ!」


「そうでしょう、そうでしょう。

 上位精霊と契約出来るものは限られておりますのよ?

 私の年齢でこの数の精霊と契約した神官は今の時代においては私くらいですわ!」


ふんぞり返って自慢げである。

おのれー…。

乳がロケットのように眼前に突き出されて邪魔である。

ばっちーんとひっぱたいた。


「あぁん!」


無視した。

しかし精霊魔法、精霊魔法か。

…私にも使えないだろうか?

魔力がからきしでも精霊と契約さえすればいいって事だ。


「ねぇねぇ、その精霊魔法って私にも使えないの?」


「…ふぅ。わかりませんわ。本人の資質による所が大きい分野ですもの。

 精霊に好かれるかどうかが全てですわ。

 街に下りてから魔術協会かギルドにでも行って契約の儀でも試せばいいですわ。出来るとは思えませんけど。ホーッホッホ!」


「ムギイィィィイ!!」


嘲笑われた。しかも古典的な笑い声で!

ちくしょう!いずれ後悔させてやる!

いや、今後悔させてやる!


「おのれー!奥だ!奥に行くぞフィリア!」


「なっ!嫌ですわ!!」


「うるさーい!」


ぐいぐい引っ張る。


「嫌ですったら!そもそもこの祠に入れるわけないでしょう!?

 その赤紅の法でさえ通れるまでに一日掛かりますわ!」


「何それ?」


「貴女通り抜けたんじゃありませんの!?

 その布ですわ!」


「普通に通れたわい!

 もうボロくなってんじゃないの!?」


「そんなわけないでしょう!?」


「通れるわーい!いいから行くぞー!随分時間経ったしまた吼えられるじゃんか!

 そのでかいおっぱいの先っちょ摘んで引っ張って連れてくぞ!」


「…………はっ!い、行きませんわよ!」


今めっちゃ考えたなこの人。

そんなにか!

まあいい。

この聖女には大人しく付いて来てもらう。

そして私の代わりにあの竜に吼えられてればいいのだ。

その為に手段は問わない。

片腕ではあるが私は腕を伸ばした。




「通れたじゃん」


「はぁ、はぁ…う、嘘でございましょう…?」


赤くなって片方のおっぱいを抑えて座り込んでいるフィリアが息も絶え絶えに辺りを見回した。

後ろにはその赤紅の法とやらがある。

そう、先ほどと同じく普通に跨いで抜けたのである。

特に何か身体に異常があるわけでもなく、通るのにそんな何かするとかいった苦労もない。

フィリアが一日掛かると言っていたほどだし何かの魔法なのだろうが…やっぱりボロくなってんじゃないのかコレ。


「…変ですわね…。本当に封印が古くなっているとでも…」


「きっとそうなんじゃね?」


知らんけど。


「さー行くぞー!」


再び座り込むフィリアの腕で隠されていないほうを摘んで引っ張った。


「ふぁ…っ!」


こうするとなんだかんだ大人しく付いて来るあたり本当に駄目な聖女である。

しかし何で私がこんな事をしなくちゃいけないんだ。

こんな役目は…そうだな、クロノア君は流石にアレだし、ブラドさんかアスタレルの役目であろう。

もう二度とすまい。

テクテクと引きずりつつ歩く。

さっきと同じ、一本道だ。

迷うこともない。


「んぁっ!ちょ、待って、待ってくださいまし!あんっ!待って、待って…!」


「んー?」


離して振り返った。

何だその残念そうな顔。

今度は両手で胸を押さえているフィリアがさっきよりも真っ赤な顔で辺りをきょろきょろと見回す。


「はっ…!はぁ、こ、ここは変ですわ。確か記録によれば複雑かつ強力な魔物や邪霊が蠢く迷宮と…なのにこんな一本道で魔物どころかトラップさえないなんて…」


「そうなの?」


「ふぅ、ふぅ…え、ええ、そうでしたわ…。以前にここに入った勇者様が持ち帰った冒険者の手記がいくつか残されておりましてよ。

 そこに書かれていた内容では、こんなものでは…。

 此処に居るのは破壊竜ウルトディアス、封印されているとはいえ、…違いますわね、神の力で封印されているからこそ引力が強い。

 破壊竜だけでなく、辺りから流れ込む邪気や瘴気が溜まり、霊脈である事も災いとなってこの氷河一帯が強力な迷宮と化しているのですわ。

 封印は出来ているのですから、教会が時間を掛けて外側から少しずつ浄化すべし、とする程ですもの。

 けれどこれは…まるで、途中を全て飛ばして来ているような…、違和感がありますわ…」


「ふーん…」


それほど強力な迷宮には思えないのだが。

以前は違ったということか。

このままではどちらにせよ封印は解けてしまう気がする。

それなら元聖女のフィリアでもなんとかなるかもしれない。


「まあ、危険がないならいいんじゃないかな。行くぞー!立てー!ここまで来たんだからもういいじゃんか!」


すごく残念そうな顔であった。

もう引っ張らないぞ。


「もう少しだからきりきり歩けー!」


「無茶をおっしゃいますわね…。貴女、何故こんな寒さの中でそこまで動けますの?寒さを感じていらっしゃらないの?」


「うん。別に寒くないけど」


「卑怯ですわ…」


そりゃそうか。

言われてみればここはかなりの気温の低さだ。

キシキシと氷が軋む音が反響する洞窟には下の方にうっすらと白いものが煙っている。

冷凍庫状態だ。

確かに寒かろう。


「何かこう…炎の精霊とか居ないの?」


「炎精霊とは契約しておりませんわね…。しておけばよかったですわ」


仕方ないなー。

しゃがみこんで本を開く。

カテゴリは人への干渉と加護。



商品名 オフトンの誘惑

特定の衣服にあったか効果を付与します。

効果は一日。



「パンツでいいよね」


「よく分からないですけれど、嫌ですわ!」


「なにー!」


なんてわがままな!

仕方ないのでスケスケ服に効果をつける。

全く、無駄な出費だ!


「…貴女、今何かしまして?」


「その服にあったか効果つけたから。さー行くぞー!」


「はぁ!?この服は教会で大司教様が直々に祈り、大精霊の加護を授かった服ですのよ!?

 それに干渉したと言いますの!?」


「え?簡単じゃん。

 …いや、それよりその服、大司教様に祈らせたんだ…」


なんてシュールな。


「何か問題がありまして?…それに、大司教様がお祈りになられた際にはまだ布の状態でしたわ」


「あ、そうなの?…じゃあそのデザインって誰が起こしたのさ」


「私ですけど」


ですよね。

分かってた。


「お」


もう少しで例の大広間だ。

何せさっきの虫がいる。


「おりゃー!」


ふんづかまえた。


「何ですの、その虫は」


「西東」


今名付けた。

私の手の中でビチビチしている。

相変わらず中々に将来性がある。

投げた。

さ、進むか。


「ついたぞー!」


「…凄まじい冷気ですわね。

 恐らく、私達が生きたままここに辿り着いた最初の人間ですわ…」


親指を立てた。


「やったね!」


「よくありませんわ!」


世界初だというのに何が不満だ。

わがままな!


「まあいいや。何かわかる?」


「…はっきり申し上げますけど。さっぱり分かりませんわ」


「………役に立たないなー。助けるんじゃなかった」


「ですから!無茶をおっしゃらないで!此れほど堅牢な封印、どう考えても人間の領分ではありませんわ!」


「…あー、そうなのか…」


やっぱり人間の範疇を越えているらしい。

それならまぁ仕方がないだろう。

向こう側に声を掛ける。


「ねぇねぇ、やっぱり無理だってさー」


「……例の、竜がおりますの?」


「居るよー。聖女はケツとおっぱいがでかいから通れないと思うけど」


「失礼ですわね!パーフェクトワガママダイナマイトボディとおっしゃってくださいまし!」


自分で言ってりゃ世話ないが。

そして向こうの竜もがっかりしているようだ。


「でもそのうちこの封印って解けるんじゃないの?」


「無理ですわ。こうして見るとやはり古くなっているなんてありえませんもの。

 辺りの霊脈から精霊を吸い上げ力に変換し、隅から隅まで魔力が漲るような輝き。

 ほぼ永久に時間による解除は見込めませんわ」


えー。


「じゃーあの入り口は何で通れたのさ」


「そんなの私が聞きたいですわ。

 ここの封印だってそうですもの。何故これほどに内部に入り込めるのか…。

 何も分からない、としか言い様がありません。

 お手上げですわ」


どっちにせよ無理、ということか。

残念だ。

うん、せめて謝っておこう。


「ちょっと行って来るー」


「…?どこにですの?」


「奥ー」


「………は?」


ひょいひょいと氷を抜けて迷路の中に入り込む。


「は?え?ちょ、貴女、えぇ!?」


何だろう?

何か慌てている。

もしや魔物!?

やだこわい!

隙間に顔を突っ込んで聖女を見て叫ぶ。


「何!?魔物!?逃げる!」


「違いますわ!貴女、今どうやって封印を抜けましたの!?」


「え?別に。普通に」


ていうか封印なんてあったか?

覚えが無いが。


「普通に!?既に普通じゃありませんわ!どうなっていますの!?」


「えー…」


普通じゃないか。

変な聖女である。


「別にフィリアも抜けられるんじゃないかなー」


「む、無理に決まっているでしょう!神に近しい力による封印ですのよ!?

 今の私に抜けられるものではありませんわ!」


「大丈夫だってー」


来い来いと手招きする。

フィリアは顔を歪めながら恐る恐ると模様の中に入り込んだ。


「嘘…」


「ほら、抜けられたじゃん!」


やっぱり封印とやらがぶっ壊れているのだ!


「可笑しいですわね…。一体何が起こっていますの…?」


フィリアは不思議そうな顔をしながら付いてくる。

考えても仕方がないと思うのだが。

抜けられるならいいではないか。

細かい聖女である。


「お、居た居た。おーい!」


「そんなナチュラルに声を掛けないでくださいまし!もう少し心の準備を…!」


「もう掛けちゃったけど」


「ええ、ええ!そうですわね!!貴女に付き合っていたら私の心臓がどうにかなりそうですわ!」


「あー、大丈夫じゃないかな。その格好で歩き回れる心臓の持ち主だし」


ストレスとは無縁だろう。

心臓にも毛が生えているに違いない。

ブツブツと文句を言うフィリアのおっぱいの先っちょを摘んで捻って黙らせてから竜に向き直った。

フィリアが通れないので氷越しだが。


「ねーねー、無理だってさー」


うーん、それでも何とかしてくれ、だろうか。

そうは言っても無理なものは無理だ。

フィリアに無理なら私にも無理の無理無理アッチョンブリケ。

じーっと目を合わせる。

…此処にずっと閉じ込められるのは嫌だ、だろうか?

まあ気持ちは分かるが。

何?独りは寂しい?竜の癖に変な奴だ。

まあいい。

そう言われてしまえば何とかしてやりたいなーという気持ちが何だかムクムクと湧いてきた。

ちょっと可哀想に思えてきた。

こんな氷しかないような場所で独りぼっちは嫌だろう。

それにフィリアもここに来た初めての人間じゃないかと言っていた。

ここを訪れる人は少ないのだろう。

少し真面目に考えようではないか。


「うむむむ。…何とかならないのフィリア」


二秒で匙を投げてそのまま他人に押し付けた。

だって思い浮かばないし。


「…そ、そんな事を言われましても…」


赤い顔で座り込んでいるフィリアも考え込んでしまった。

頑張れ私の知恵袋!


「こんな封印を解くには…異界人か、神の一柱か…神霊族の王クラス。後はそれこそ悪魔にでも頼むしかありませんわ…」


…お?


「それでいこう!」


「え?何がですの?」


「キリキリ吐きやがるのだ!悪魔召喚の奥義を!」


「はぁ!?悪魔だ何て眉唾な…!それこそ藁にも縋り過ぎですわ!

 大体、悪魔召喚の法なんて知るわけないでしょう!?」


「嘘付け」


即答した。


「何故ですの!?」


「どうせその変態性癖を満たす為に悪魔召喚しようとした事の一回や二回や三回くらいあるだろ!

 隠しても分かるぞ!」


「失礼ですわね!たった18回ですわ!!」


「そんなに!?」


予想以上の数だった。

駄目だコイツ、マジで何とかしないと。


「人間の中で私程悪魔召喚について研究している者はおりませんことよ!!」


「自慢すんな!」


どんな聖女だ!おっぱいを張んな!

まあいい。

詳しそうで何よりである。


「では吐くのだ!」


「ぐ…っ!貴女、私を口車でハメましたわね!誘導尋問なんて卑怯ですわ!!」


「勝手に暴露したんじゃないか!」


人のせいにすんな!





「………そこに、そうですわ。こういう形の、少し曲がっていますわ」


「…めんどくさーい」


広い場所に戻って本で出したペンを握り締め、書き書きと複雑怪奇の巨大な魔方陣を書く。


「まだ書くのー?」


「まだまだですわよ」


「ていうかコレ成功すんの?」


「したことはありませんわ」


「ないのかよ!」


「貴女が教えろと言ったのでしょう!?」


この魔術はどうやらフィリアのオリジナルらしい。

フィリアが言うには残っているオカルト書は誰が書いたかも分からない贋作やら途中がすっぽ抜けているものやらばかりで魔術としては完成していないものばかり。

それで自分で研究し理論を構築し作ってしまったらしい。

マジかよ。

その情熱をもっと違うことに生かせばよかったのに…。

心底から残念な聖女である。


「これってどの悪魔召喚するの?」


「特に指定はしていませんわ。

 特定の悪魔を示すものは資料も何も残ってませんでしたもの。

 これは大雑把な範囲を指定しているだけですわ」


「どんな?」


「淫魔」


「よし、その部分を教えるのだ。消すから」


「私の苦労の結晶を消す気ですの!?」


「当たり前じゃんか!!」


そんな悪魔いらんわ!


「封印を解くのに必要な悪魔なんだから淫魔なんているか!」


「…ぐ、仕方ありませんわね…。…ここの記述ですわ」


めっちゃ、めっちゃくっちゃ渋々としながら指でその記述とやらを差した。

うーん、何て書いてあるんだ?

わからん。

けどまあフィリア好みの事が書いてあるんだろう。

まとめてバババッと手で掃って消した。


「あああ…」


「………そんな絶望的な声を出さなくてもさぁ…」


聞いているこっちが絶望したくなるような声だった。

そんなにか…。


「えーと、ここで召喚する悪魔を指定するの?」


「…………そうですわ…」


暗い…。


「わかった、わかった。成功したら書き換えて淫魔でも何でも召喚すればいいじゃん」


「本当ですの!?」


ぱっと顔を輝かせて元気を取り戻した。

犬か。


「成功すればだけどさ」


「そうですわね…。何としても成功させてくださいまし!」


「いや、これ考えたのフィリアじゃん!」


失敗しても私のせいじゃないだろう。


「えーと…」


何を書こうか。


「とにかく強い悪魔とか」


「流石に大雑把すぎますわね。

 今の私達からすれば恐らくどの悪魔も天上の強さですわ。

 あまりに適当ですと失敗しますわよ?」


「そういやそうか…」


こっちが強い奴を要求してもこっちからすりゃ全員強いのだ。

そりゃ大雑把だ。

封印に詳しい悪魔?

それも大雑把か。

ふと思いついた。


「名前とか」


「確実ですけれど、その悪魔が召喚に応じるかどうかですわね。

 下手に悪魔を名指しで指定などしてその悪魔に召喚主に相応しくないと判断されれば反動でこちらが八つ裂きにされますわ。名を呼ばれるのを嫌う悪魔も居るらしいですし」


うーん、多分大丈夫だろう。多分。

そこまで心狭くないよなアイツ。…多分。


「それに、悪魔個人を現す言葉など知っていますの?

 私が調べた限りではありとあらゆる資料が検閲、削除されていて全く悪魔そのものについては調べられなかったのですけど。

 もし、二つ名であれば恐らく姿も指定した方がいいですわ」


「んー、個人名を一個だけ知ってるなー」


一個だけだが。

手に持ったペンをぎゅぎゅっと握り締める。

何だっけ?

何とか思い出さねば。

頭を捻る。

叩いて揺らしてみた。

うーん。

あぐり、あぐりー…。

パンデモニウム?いや違った。

でもパはいい線いってる気がする。

ぱ、ぱ、ば?いや、バな気もする。

バーバー…ババア!

考えていると頭をはたかれた。


「聞いていますの?」


「いてー!」


「大げさですわね!大した事ではありませんわ!」


「何をー!防御力1舐めんな!」


「何ですのその数字!?スライム以下ではありませんの!」


「うるさーい!」


「それより、血ですわ。

 召喚の貢物として魔方陣の中心に血を垂らしてくださいまし」


「ん?」


血か。出るのか?

その辺の氷でちょんと指をつついて見ると、剣で斬られても別になんとも無かったくせにぷくーっと血が出た。

…何でだ?違いが分からない。剣だと駄目なのだろうか?

でもまあ出るならいいや。

1、2滴ほど垂らしておいた。

えーと、後は名前だ。

考えて気づいた。


「…おお!!」


「何ですの?」


「思い出した!」


頭をはたかれた衝撃で何だか湧いてきた!

忘れないうちに書こう。

ささっと空白の記述箇所に戻って名前をぐりぐりと書く。

魔方陣に書きたるは無論の事、私が唯一知る悪魔の名である。




パンディルガーヤ=アグリデウス=アンタレス=カードラヤーディヤ。

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