野菜はよけておいて頂戴

「カナリーにもそのグラタンを寄こすのよー!」


「いやだー!このグラタンは私のもんだー!!」


あれから二日ほど経った。

結局カナリーさんはこの街に居座ってしまった。

どうやら酒場とマリーさん達の部屋を気まぐれにはしごしているらしい。

何故だか頑なに私の部屋には入ろうとしない。

街はあちこちが破壊され、この酒場にも見事な風穴が開いている。

雨は降らないのでゆっくり直すらしい。

避難していた住人達も戻ってきて各々家屋の修理に勤しんでいるようだ。

あちこちからトンテンカントンテンカンと響いており、職人の街みたいな雰囲気になっている。

最初の依頼であったフィンバリット商会の捜索だけではなく、天使の討伐まで行ったと言う事でマリーさん達には街の偉い人から多額の褒賞があったようだ。

ほくほくとしたお顔である。

放置してきた天使の死体らしき泥は回収されたらしい。

偉い人から記念物として指定され、今は酒場の一角に瓶詰めで展示されている。

悪趣味である。

幻の生物扱いなのだろうか。


今回の件で天使も私を探してこんなところまで来るということがはっきりしたわけだがマリーさん達はなんと護衛を続けてくれるらしい。

そのうちまた来る事もあるだろうし、こうなってはさすがに断られるのを覚悟していたのだが。

私一人では全く太刀打ち出来ないわけであるしありがたいのだが、いくら封印の件があっても割に合わないだろうに。

何か考えがあるのだろうか?

聞いてみた。


「クーヤ、貴女は自己評価が低いのね。…確かに貴女本人は信じられない程弱いけれど。

 その本は凄いものよ?世界に数えられる程しかない神の工芸品アーティファクト以上よ。

 わたくしは勇者の能力によって封印されているの。長い事この封印を解こうとしてきたけれど…それでも初めてなのよ。

 明確な標を提示されたのは。…それに全盛期の力も魅力的だもの」


…うーん。

マリーさんは本当にツンデレだな。

マリーさんの言葉は確かに本心だろうけれども。

同じぐらいの割合でただの良心からよわっちい私を助けようとしてくれているんじゃないだろうか。

これは聞いても多分答えてくれないだろうけれど。


「えへへ…」


「クーヤ?何を笑っているの?」


「なんでもありませーん!」


この三人に逢えてよかった。






「うむむ…」


これに気付いたのは昨日の夜の事だ。

部屋に帰ってみると少し様子が変わっていた。


部屋の暗黒神ちゃんマーク、その隣。

今までは無かった文字が床に書かれている。



神殿【ギルド宿舎新人部屋】

属性:邪

5/5


LV1作業用魔物  5/5  生産必要瘴気濃度 3



「おおー…」


そしてなんと私の部屋に何匹か黒い生き物が湧いていたのだ。

その数は5匹。

ぱたぱたと部屋を走りまわり、実際の肉体を持っているというわけではないのか、三匹ほどドアをしゅるっとすり抜けて街へ繰り出していった。

残った奴らはうろうろしている。

これが魔物なのだろう。

なんだか感慨深いものだ。

本を開いてみる。

カテゴリは魔物セット。

気になることがあれば取り合えず本を開けば大体の疑問は解決するのだ。



商品名 魔物数+1

神殿内に設置する事で作成できる魔物の数を1匹増やします。

現在の最大数は5匹。



下のほうに付近の神殿一覧が書いてあり、神殿内に居住する魔物のレベルと種類と数が記載されている。

もちろん今表示されているのはこの場所の一個だけだが。


「ふむふむ」


今居る魔物の数も5匹。

最大数も5匹。

床に書かれた5/5という数字の意味がこれで解決した。

この魔物数+1を買う事で5/6になってもう1匹生まれる事が出来るのだろう。

属性は前に本にそんなのが載っていたな。

周囲の魔素とやらが邪属性ってことだろう。まあこの街だしな。

しかし神殿とかオシャレな言い方だな。

ギルド宿舎新人部屋という名前で台無しだけど。

暗黒神ちゃんマークを違う建物につけたらそこが新しい別の神殿になるのだろうか?

魔物数に上限があるので瘴気を溜めても魔物は産まれないのだろうけど。

付近の神殿一覧とかあるし、マーク設置数に上限は無いのだからそういうことだろう。別荘と言ったところか。

住人が魔物5匹と私だけなのに別荘なんか作ってもな。

ページを捲る。


商品名 魔物ツリー

魔物を初期職の作業用から色々な種類に進化させます。

1匹1匹進化先を指定できるので色々試してみましょう。


進化するのか。

魔物レベルとは違うのか?

まあ職と書いてあるし、強さとやれる事は別って事だろう。

作業用の魔物とか色々あるらしい。

戦闘用が欲しいなぁ。切実に。

もう一枚捲ってみた。



商品名 ラブアンドピース

溜めすぎた瘴気は生き物に害を及ぼしますよね?

でも暗黒神の瘴気は魔物のエサや悪魔の嗜好品になるので神殿を開けて拡散させて薄めてしまうのはNG。

そこでこの商品。

なんとなんと設置すれば瘴気濃度はそのままに圧力を0にする事で物質界の生き物へ与えるダメージを0にします。

大人気商品。



「…何だこれ」


何故これだけどこぞのテレフォンショッピングなノリなのだ。

しかしノリはアレだが瘴気について重要な事が書いてある。

見てよかった…。

ここで暮らすならどう見ても必要な商品だが…高いなー。

暫くは部屋に鍵をかけて誰も入れないようにして様子を見よう。

今はまだ人体にダメージがあるほどの瘴気濃度とも思えないし。

そうしよう。

魔力に余裕が出来たら買お、……!!!


「あいたーーーーーーっ!!」


考えていたらケツを何かに刺された。

飛び上がってケツを押さえる。

慌てて今までケツを置いていたベッドを眺めた。

そこに居たのはさっきこの部屋に残った二匹の魔物だった。

手足らしきものを振り回してキーキーと喚いている。

何か怒っているらしい。

1センチくらいのミニマムな身体だというのにめっちゃ痛かった。


「な、なに…!?」


キーキーと喚いているがあいにく言葉は分からない。

ジタバタと地団駄を踏んで何かを訴えている。

なんだろうか?

何かを小さな腕で示している。

その先を辿ってみれば…私の腕、だろうか?

何かあるのだろうか?

いつもと何も変わり無い。

さわり心地のよさそーなむちむちした幼い腕だ。

もう一度魔物を眺める。

間違いなく私の腕を示している。

はて?


「ギャーーーーーーッ!!」


飛び掛ってきた。

びしっばしっと頭を叩いてくる。

中々の威力、やるなお前ら!

最早教えることは何も無い、だからやめて!


「いたたっ!いたいいたい!」


手下がいじめる!


悪魔も魔物も酷い!

本当に私の手下なのかこいつら!

ぐいぐいと腕輪を引っ張ってくる。

…ん?腕輪?


もしかしてこれをさっきから要求しているのだろうか?


必死に腕から抜いて魔物達に見せてみる。

キーキーと喚く魔物達は腕輪を差しながらピョンピョン飛び跳ねて見せた。

うーむ。

床においてみる。

じわじわと地獄の釜が開いた。

ちっこいけど。

そこに二匹の魔物は喜び勇んで飛び込んでしまった。

おお…?

穴にぼんやりと文字が浮かんでくる。


エネルギー取り出し作業中

推定作業時間4時間


…なにか地獄で作業を始めたようだ。

まあいいか。

アスタレルも魔物は勝手に働くと言っていたし。

ほっとこう。

しかしこうやって作業をされると地獄をしまえないな。

移動や持ち運びが出来なくなってしまった。

おまけに自動洗浄で魂が吸い込めないのでは。

荒野の魂も吸い込めるか試したかったのだが。

でも彼らの呪いはある意味私の最終防御圏と言える。

天使の件を考えるとこの荒野の死者を吸い込むのはまだ早いし、いいか?

うん、もう暫く神様を呪っておいて貰おう。

あとは地獄の入り口だが…多分、腕輪は本で複製出来るな。

取り合えずここは放っておいて酒場に行ってご飯でも食べるとしよう。

そろそろ昼時だしマリーさん達も動くだろう。


廊下に出る。

一番近いブラドさんの部屋を覗いてみよう。


ガチャ


着替えていたらしい全裸のブラドさんが居た。

嫌でも股間が視界に入った。

隠そうとすらしない。


「きったねぇなァ…」


呟いてドアを閉めた。

よし、マリーさんかクロノア君のところに行こう。

閉めたドアの向こうから汚いとは何だこの美しい完璧な形状とサイズのほにゃららがどうとか聞こえてきたがもちろん無視である。

全く、ご飯時に不潔なものを見てしまった。


「マリーさーん」


やっぱり安定のマリーさんだろう。

ドアをノックすると中から涼やかな声。


「クーヤかしら。開いていてよ」


「はーい」


初めてのマリーさんの部屋だ。

ちょっぴり緊張する。

開けて中へと入る。

そして叫んだ。


「ま、魔女だこれぇぇぇえぇ!!」


呪われそうな部屋だった。

真ん中には棺。

吸血鬼としては当たり前なのかもしれないが雰囲気ありすぎである。

トカゲの黒焼きとか普通にぶら下がっている。

棚においてある髑髏は偽物…ですよねマリーさん?

床一面に複雑怪奇な模様が書いてある。

古めかしい本が所狭しと置いてあり足の踏み場も無い。


「驚かせてしまったかしら?今、実験をしていたの」


実験…響きが似合いすぎて怖い。

内容は聞かないでおこう。


「それで?どうかしたのかしら?」


「あ、はい。お昼だしご飯でもどうかと思いまして」


「あら…もうそんな時間なのね。わかったわ。下に降りておいて頂戴。直ぐに行くわ」


「わかりましたー」


次はクロノア君の部屋に行って声を掛けておこう。

部屋まで移動してトントンとドアを叩く。


「クロノアくーん。あそびましょー」


近所のお子ちゃまみたいな掛け声だがクロノア君だしまあいいか。

ドアを開けてのそのそと出てくる。

本日は清廉潔白シャツだった。

手には何故かツギハギの人形を持っている。


「………」


渡されてしまった。

まさかこれで遊べって事だろうか。

さっきのを言葉通り受け取ってしまったのか。

天然だなこの人。

しかしこの人形はどこで手にいれたのだろう。


「…えーと、お昼に行きましょう。下で待ってればマリーさんも直ぐ来るそうです」


「…………」


動こうとしないのでこちらから階段へと向かって動いた。

のそのそと着いてくる。

どうやら先頭を切って歩くと言う事は好きではないようだ。

三人の中でもいつも一番後ろを歩いてるもんな。


「カナリーを置いていったらだめなのよーっ!!」


「うわぁっ!!」


どこから嗅ぎつけたのやらカナリーさんまで来た。

三人の部屋だけはしごしているのかと思っていたがそうでもないようだ。

全然知らない部屋から出てきたし。

この宿舎全体で飼ってるペットみたいなレベルだな。

クロノア君から渡された人形を抱えつつ一人と一匹を連れて下へと降りた。

大家のコールさんが居たので挨拶しといた。


「ギルドに行ってきますー!」


「行ってくるのよー!」


「………」


カウンターに座ったコールさんは何やら書類をバラバラと漁りながらおう、と元気な返事をくれた


「クロノアはガキンチョ共のお守りか。大変だなお前も。その二人じゃ両手に花ってものでも無いしな!」


げらげら笑われてしまった。

おのれー!


「失礼なのよー!」


カナリーさんがバチャッと水を飛ばして失礼な大家の顔面にぶつけていた。


「もっとやれー!」


「任せるのよー!」


「うわっ!やめろ!わかったわかった!俺が悪かった!!」


「………」


マリーさんとついでにブラドさんが降りてくるまで大騒ぎしたので待合所は水浸しになった。

これでもうあんな失礼な事は二度と言うまい。

全く。




「騒がしいな」



ブラドさんの言う通り、酒場に来てみれば…まあこの酒場はいつも騒がしいが、それにも増して出入り口にはまさに垣根というに相応しい人だかりが出来ていた。



「へぇ、アレが例の?」

「すげぇカッコだな」

「二人だけか…?」



漏れ聞こえてくる声から察するに、どうやら有名人が来ているようだ。


「すごい人だかりなのよー」


「誰か居るんですかね?」


「そのようね」


マリーさんが軽やかな足取りで噂話に興じる集団へと近づいた。


「どうしたのかしら」


「…あぁ!?うるせぇな…って、マ、ママ、マリーさん!!お疲れ様です!!」

「いやいや、失礼しやした!!」



偉そうな態度で振り返ったガタイのいいチンピラ達はマリーさんの姿を認めた瞬間、こめつきバッタとなった。

…マリーさん、すごいな。


「ええ。それで?誰か居るのかしら?」


「ああ、いや、今朝方からギルドに居座ってやがるんですが」

「東からでけぇ馬車が来ましてね、それに人間が何人か乗ってやして…」


どうやら人間が沢山来たらしい。

しかし人間くらいは珍しくもない気がするのだが。

まぁ碌でもない人間しかいないが。


「―――――勇者と聖女が来やがったんでさァ」


「…そう」


勇者と聖女。

ゆうしゃとせいじょ…。


「ふむ、おチビ。口が顔面の半分程開いているぞ。少しは謹みを覚えて閉じたまえ」


「………」


手で顎を押さえた。


「ゆゆゆ、勇者と聖女って…!?何でそんなのがこの街に来るんですか!?」


「偶に来る。ここには希少なアイテムや装備品も出回っているからな。リスクは高いが法外な報酬が得られる依頼もある。娼館も世界最高峰だ」


「えー…」


なんて奴らだ。

勇者とかならむしろこんな街嫌がるところだろう。

何故がっつり利用している。

カナリーさんがフライングして卑怯にも人ごみの上を飛んでドアにへばりついた。

ミーハーだな。


「ま、利用目的でここに来るからには当然ながら人間の屑だがね」


ブラドさんに言われるとは相当だ。

腐ってても勇者って出来るのか。

汚職勇者と呼ぼう。


「さぁ、行きましょうか」


マリーさん達は入る気マンマンのようだ。

行きたくないな…。

しかし顔ぐらい見ておいた方がいいだろうか?

ギルドなりお店なりを利用しにここに来たなら下手な騒ぎは避けるだろうし。

折角のチャンス、情報収集に努めるべきな気がする。

それに私が暗黒神という事も彼らには分からないだろう。

マリーさん達が言うには道具が無ければステータスとか見れないというプライベート保護もばっちりしているらしいし。

…うむ、いざゆかん!

今の私は天使を倒した事で気が大きくなっているのだ。



カランカラン



「おう、来たか」


「酒と食事。今日は何でも構わん」


「カナリーは果実が欲しいのよー」


「ぎゅうにゅう」


「わかったわかった。持ってってやるからどっか座ってろ」


しっしと追い払われてしまったのでいつもの壁際のテーブルを全員で囲んだ。

しかしこのテーブルいつ来ても開いてるな。

マリーさん達専用なのだろうか。


「…クロウディア王国の勇者とアーガレストア家の聖女ね」


「確か五年前に勇者の称号と神託を得たばかりの奴らだな」


勇者と聖女をじーっと眺める。

酒場の連中全員注目してるし別に隠さなくたっていいだろう。


「クーヤ、あまり見ないほうがいいわ。彼らは勇者の中でも一際有名よ。あまりにも下衆な性格でね」


さっと目を反らした。

下衆な性格…。

女癖が悪いとかそんなのだろうか。


「ハハ、下衆とはひでぇな?その辺の噂なんてアテになんねぇもんだゼ?」


「………」


いつの間に。

テーブルに付かれた手。

騒がしかった酒場が水を打ったように静まり返った。


「なぁアンタ。いい声だな。吸血鬼だろ?俺とどっか行かねぇ?なァ?優しくしてやるよ?」


「おあいにく様ね。わたくしは忙しいの。…それにわたくしはれっきとしたこの街の住人。ギルド登録もしていてよ?」


ロリコンだろうか。…の、割には妙な態度だ。

マリーさんの返事もちぐはぐだ。

何だろう。違和感がある。


…気持ち悪い奴だ。


「ハハハ!残念だなァおい?協会の特定討伐対象でもねぇみたいだし…本当に残念だなァ…。あー…クソがァッ!」


テーブル蹴りやがった。

…なんて態度だ。

本当に勇者だろうか?

その辺のチンピラにしか見えない。


「…じゃあそこの三つ目のチビ。お前はどうだ?俺とイイ所に行こうぜ?」


「やだ」


返事は短く一刀両断。

こいつは気持ち悪い奴だ。

あまり話さないほうがいい気がする。


「どちらも私の連れなのだがね。聖女様が待っているぞ?ギルドからの依頼も受けるのだろう。もう行きたまえ」


「あー?うるせぇな。ぶっ殺すぞ」


「ほう?」


空気がピリピリしだした。

周りの客も固唾を飲んでこちらを見ている。

いつも飄々としたブラドさんがキレ気味だ。

これはヤバイのでは。


「店主ー!早く持ってくるのよー!ハーリーハーリーハーリーで来るのよー!」


「へーへー。おらよ。パスタでいいだろ。酒は適当に入れやがれ」


テーブルにゴトトンと皿が並べられた。

珍しくカナリーさんと店主が空気を読んだようだ。

正直有り難い。

もう少しで恐怖のあまりおしっこ漏らすとこだった。


「おい、新米勇者。このギルドを利用するつもりならてめぇの性癖で問題は起こすな。叩き出すぞ」


「…ちっ」


勇者は荒々しい足音を立てて漸く元の席へと戻っていった。

ついでに居座る気も無くなったらしく聖女を連れてそのまま出て行ってしまった。

本当にあれって勇者なのか?

完全に無銭飲食だったが。

店主が気にした様子もないのでまあいいけど。


「噂通りの男ね」


「噂の方が幾分かマシだな。確かに噂などアテにならんようだ」


「…なんか気持ち悪い奴ですね」


「牛乳娘の勘は中々いいな。くれぐれも近寄るんじゃねぇぞ。マリーもだ。目を付けられてるぞ」


「そのようね。腹立たしいこと…」


店主もマリーさんもブラドさんも苦虫を100匹は噛み潰したような渋面だ。

よっぽどイヤだったらしい。


「そんなにヤバイ奴なんですか?」


「真性のサイコパスだな。合法的に女子供を殺せるのが楽しくて堪らんようだ。

 どんな形であれ人を食料にする闇族は協会認定の危険生物として駆除が奨励されているからどれだけ殺そうが問題にならんからな。

 逆に報酬が出されるほどだ。

 奴はそれが理由で勇者になったと聞く。特に好むのは吸血鬼やセイレーンなどだ。声がいいのを選ぶ。

 マリーは吸血鬼であるがこの街の有力者でありギルドから身元保証を出されている例外だ。

 …ふん、随分とご立腹だったな」


「協会やギルドに討伐証明で持ち込まれる死体は例外なく生きたまま拷問を加えられてるのがはっきりと見て取れる姿なの。だから勇者としてよりも人間としての下衆さで有名なのよ」


すげぇヤバイ奴だった。

近寄らないでおこう。

先はマリーさんにわたくしに手を触れないでと暗に釘を刺されて怒っていたわけか。

しかし顔を見ておいて良かった。

今度近寄ってきたら速攻逃げよう。

しかし少し気になったのだが。


「でもそこまで強くなかったですよね?」


「本人はな」


「クーヤの目はあくまで本人が有する素の能力が見えるというものなのかしら。

 勇者というものはほんの一握り以外は対した力ではないわ。

 厄介なのは勇者の称号によるステータス補正と特殊スキルや特殊技能なのよ。レガノアだけではなく多くの神の加護を持っている事も多いわ」


「…つまりは他人の褌で相撲とってる雑魚野郎だけどその褌が強力すぎるって事ですか?」


恐ろしい。

勇者って恐ろしいな。


「ガッハハハ!いい例えだな牛乳娘!!ポスターにして壁にでも貼るか!!」


どんなポスターだ。


「それにしても勇者はともかく酷い聖女だったな」


…確かに。


「わたくし、直視できなくてよ」


「カナリーもあんな人間見たのは初めてなのよー」


勇者よりもある意味強烈だった。

どことは言わないが。

ここの住人がそっと目を反らす様な有様だったもんな…。

あんな痛々しい聖女って有りなんだろうか。

あの勇者もよく一緒に行動できるものだ。

私なら恥ずかしくて隣はとても歩けないな。

まあ変態勇者だしあの聖女で意外にバランスが取れているのかもしれない。


…思い出すだに本当にものすごい格好だったな。


そんな事を思いながらボーっとしたままのクロノア君と全く同じタイミングでアイス牛乳を啜ったのだった。

追い出された勇者達を見送り、カナリーさんも店主も行ってしまったのでテーブルの上の昼食を勇者と聖女を肴にしつつ舌鼓を打っているときだった。


「クーヤ、少し話があるの。…そうね。まずはこれを受け取って頂戴」


言いながらマリーさんが小袋をテーブルに乗せた。

カチャカチャと硬質な音。

なんであろうか?

開けてみた。

中に入っていたのは色とりどりの煌めく宝石。

…賄賂?


「何ですかコレ?」


「貴女へのお供え物みたいなものね。魔石よ。魔水晶には及ぶべくもない代物だけど魔力の足しにはなるでしょう。

 魔力が溜まって封印が解けるようになったら言って頂戴」


「おー」


魔石ってこんなのなのか。ぼんやりと光を放っている。

見た感じ、確かに魔水晶には及ばなさそうだ。

もっと持ってくればよかった。

でもこの魔石だってマリーさんがお仕事で稼いできた大事な物だ。

うむ、私も頑張らなければ。

いそいそと小袋をリュックにしまってバンバンと叩いて形を整える。

ギャァァアとリュックが悲鳴を上げた。不気味である。

部屋に戻ったら魔んじゅうにするとかどうにかして体内に取り込んでみよう。

もういっそ手持ちの魔水晶も含めて全部むりやり食べようかな。

消化できるかどうかは問題あるまい。

何せ私は地上に来てからこうしてムシャムシャとご飯を食べまくっているが一度もトイレに行っていない。

…そういえば風呂にも入ってない。

ヤベッ!

何故だかとんと思いつかなかった。

元人間なのになー。


「それとこれよ」


考えているとマリーさんがまたもや小袋を出した。

チャリンチャリンと金属のような音。

今度はなんであろうか?

開けてみた。

中に入っていたのは金ピカのコインと銀色のコイン。

…お金?今度こそ賄賂だろうか。


「今回の報酬よ。これが貴女の分け前」


「え?でも」


カナリーさんの保護にしろフィンバリット商会の捜索と天使の討伐にしろこの三人が受けてこなした依頼だ。

私が受け取っていいものではない。

むしろ私はこの三人に護衛をお願いしている立場、それで苦労を掛けるのだしお金なんてとんでもないことである。

私が居なければそもそも天使だって来なかった筈だし。

彼女達に言っていないことも多い。


「当然でしょう?貴女はわたくし達のチームの一員なのだから」


「…え?」


目をぱちくりとさせているとブラドさんがニヤリと笑って告げた。


「昨夜三人で話し合って決めてね。

 正式に君を私達のパーティメンバーとして迎えるとな」


「………」


マリーさんとブラドさんとクロノア君の顔をキョロキョロと何度も見てしまった。


「い、いいんですか?」


「もちろんよ。貴女はあまり強くはないけれど…こういった事は目に見える強さが全てではないもの。わたくし達の正式な仲間として貴女を歓迎するわ」


「そういう事だ。嫌かね?もうパーティ申請は出してしまったが」


「いっ!嫌だなんてとんでもない!嬉しいです!いやったあぁあぁあ!!」


飛び上がった。

予想外の嬉しい話に思わず顔がにまにましてしまう。

頬を押さえてみるが全く効果はない。こりゃダメだ。

だって、まさかのサプライズだ。

なんて事だ。ニヤけるのも仕方ないというものだ。

まさかこの三人チームの正式な一員になれるとは。

私はレベル1だしこの三人はレベル1000越え、普通なら仲間として認められるなんてなかった筈だ。

だだの成り行きの護衛対象だしこんなに最弱暗黒神だというのに、どこかは分からないがマリーさん達のオメガネに叶ってちゃんとした仲間認定を貰えるなんて思ってもみなかった。


「あ、でも」


「なにかしら?」


「私みたいなレベル1をマリーさん達の正式なパーティメンバーなんかにして大丈夫なんですか?

 ギルドってそういうの何か問題とかあるのでは…」


「ああ…」


マリーさんが答える前に私の頭がガシッと掴まれてワシャワシャにされてしまった。


「問題大有りだ!ったく…朝からこっちはてんやわんやだ!うちのギルドマスターは役に立たねぇしよ!」


勇者を追い出した店主だった。大問題らしい。

頭を掻き毟りながらキッチンとギルドカウンター受付の仕事を放棄してテーブルの椅子にどっかりと座り込んでしまった。


「…なんか弱くてすみません…」


この三人のリソースを奪いまくっているのは事実。

カナリーさんの保護だってこの三人が受けるようなものではなかった筈だ。

とりあえず謝っておいた。

お誘いを辞退する気はないけど。


「牛乳娘が謝る事じゃねぇ。…謝るべきはこいつらだ!

 こいつらと来たら仕事を選り好みしまくって直接指名依頼でもなんでも少しでも気に食わない事があればテコでもうごきゃしねぇ!

 その癖ランクは文句なしのSクラス!レベルの高さもギルド全体の中でもトップクラスだ!

 こいつらには他の支部から新人教育に協力させろだの弟子を取らせろだのこっちが斡旋した奴を仲間にさせろだの情報技術開示会に参加させろだのただでさえ口喧しく言われてたんだ!

 それがぽっと出の実績0レベル1のギルド史上最高前代未聞の最弱娘をチームメイトに加えやがって!

 おかげでこいつらが申請を出した直後からとんでもねぇ量の苦情が来てんだ!

 お前らせめてどれか一つくらいは要求に応えてこい!」


「いやぁよ。面倒だもの」


「一つやれば益々五月蠅くなるだけだろう。キリがない」


「………」


「皆さん…」


ほんとに大問題だった。

色々ぶっちしすぎだ。

自由すぎると思う。

しかも一向に反省の様子は見られない。

多分この人たちの自由さはこのまま直らないな。


「全く…おい、牛乳娘。

 今までは単に名前だけ乗っけてただけだったがこれでお前さんも正式なこのギルドのうちの支部の一員だ。色々とうるさくはなるだろうが我慢しとけ。

 …歓迎する」


「はーい」


「全部ぶっ飛ばして登録したからな…今から説明しといてやる。耳の穴かっぽじってよく聞けよ」


「そうね。クーヤ、お勉強の時間よ。少しながくなるけれど」


「えー…」


せっかく喜ばしい感じだったのに。

お勉強だなんて…。

ウオーン!


「終わるまで飯はおあずけだ。しっかり聞けよ」


「ちぇっ!」


ご飯を人質に取られてしまった。


「まぁ登録して暫く経ってるし、特に問題行動もねぇし規則とかはいい。何かあったらマリー達がなんとかするだろ。

 ギルド寄宿舎は…もう住み込んじまってるんだろ?…ったく。まぁコールの許可も出てるし例のあの部屋ならいいだろ。

 あー、マリーはもう大丈夫っつってたが…正式なギルドメンバーだからな。嫌ならコールに言え。他の部屋に移してくれんだろ。

 ランクがあがりゃもっといい部屋に住めるがな。新人はあんなもんだ」


そう言われても逆に狭い方がいいし既に神殿化しているので移る気はないのだ。

あっちでいいや。


「ギルドは北に本拠地があってな。あっちこっちに支部を持ってる。

 登録した時にポロっと言ったが此処は非合法な場所だ。

 教会にも情報は出してねぇ。

 普通の冒険者は知らない場所なんだが…お前さん直接ここに流れてきやがったからな。しょうがねぇ。

 …と、まあ、ただの登録者向けの説明だけなら以上だ。だいぶ端折ったが。

 ただ、お前さん異界人だって言うからな。こっからは異界人向けの話だ。

 異界人が流れてきたとは本部に連絡してあるんでな。

 異界人には直接ギルド総裁が会う事になってるんで近々こっちにお前さんに会いに来る予定だったしその時に話がスムーズになる様に1から10まできっちり教えといてやるからその小さな頭に詰め込んどけ。

 お前さんみたいな知性持ちに何も教えてねぇとこっちが大目玉だしな」


「?…何で会いに来るんですか?」


「そこも含めて聞かせてやるから落ち着け。

 牛乳娘はガキんちょだがしっかり分別と知性もあるし文化じみたものも持ってた世界から来たんだろう。それなら説明した方がいいだろうからな。

 異界人の扱いは独特なんだ。最近からだがな」


ふーん。

異界人て特別なんだな。

…身分詐称したってバレませんように。


「クーヤ、以前モンスターと呼ばれる者の話をしたでしょう?覚えていて?」


「この街はモンスターの街って呼ばれてるって奴ですか?」


「ええ」


「人間の血が入ってもないし教会の認可もない人はモンスターでしたっけ?あとは戦争が終わった後、人間に従わなかった魔族。確か討伐対象とかなんとか」


「それよ。戦争終結直後にモンスターとされた魔族については除外するわ。

 大体が狩り尽くされているし、今もひっそりと生きているものも居るけれど…。どちらにせよ今からする話には特に絡まないわ。

 今回のお勉強はそれ以降のお話。

 以前は軽く流したけれど…北と南に人間が進出し出した頃の話になるわね。

 そうね、まずはモンスターの定義から。

 教会の言う事には世界に仇成し人を堕落させる恐るべき悪魔の尖兵、浄火すべき神の敵。

 言ってしまえば単に侵略の為の正当な理由付け、レッテル張りね。これで大手を振って北と南に侵攻できるというわけなの」


「ふむふむ。…全然正当な理由じゃないような」


あいつらはモンスターだと言えばそれだけで侵略と討伐の理由になるのか。

都合のいいことだ。


「人間にとっては立派な理由だったのでしょう。神の為、正義の為、平和の為、秩序の為。

 耳触りが良ければ何でもいいのよ。

 …で、これからの話をする大前提よ。わたくしは人間の血が入っていない、教会の認可がない者は全てモンスター扱いされると言ったけれど。

 本当はニュアンスが少し違うわ。不愉快な話だけれど。

 正しくは人間以外の種族は全てモンスター」


「…大きく出ましたねー…」


思わず零してしまった。

余程の自信があったのだろう。

それこそ人間以外全てが敵に回っても倒しきる自信が。


「全くね。

 もちろん世界を破壊する神の敵などというわけが無いけれど、人間は人間以外をそう定義したわ。

 例外は二つ。一つは神霊族ね。彼らはそもそも生き物ではないの。自然物が出すエネルギーが形となったもので、実体も無いし性質も神や精霊に近いわ。

 目に見える意思の疎通が可能な自然の力、精霊と同じ幻想種。

 人間にとって世界を構成するただの自然物の一つ。それが神霊族の扱いよ。

 そしてもう一つ。無害である、食用である、家畜化、飼育が可能である、利用できる、そういった条件を満たすもの。

 これは魚や鳥や動物ね。

 …つまりはそもそも知的生命体として認めらない生き物ね。毒があったり、人間を襲ったりすれば個別に処理はされるけれど基本的には放置されるわ。

 狩りや採集の的にもなるけれど。

 この二つの例外は基本的には神が人間の為に生み出した奉仕生物として扱われるの」


店主が首を振りながら講義を続けた。


「…で、人間は北と南に侵攻したわけだが。そこで亜人と神霊族とほぼ初めてまともに接触したわけだ。

 南の亜人は野蛮人だの未開の猿だの言って、略奪に強姦、迫害に虐殺。何でも有りだ。

 当時、亜人は魔族と人間の生存戦争にも我関せずを貫いた奴らだったからな。

 自分のケツに火が付くまで何もしなかったおかげで殆ど抵抗なんぞ出来なかったわけだ。

 神霊族は物質ってものに興味が無い。何処にでも行けるしな。さっさとどこぞへすっこんだようだ」


マリーさんはワイングラスを揺らしながらどこか遠くを見るような目だ。

昔を思い出すような、というか。


「そして教会はモンスターについてもう一つ法を定めて、それを亜人達に通達した。

 大戦時の出奔した魔族の個別モンスター指定とは別に、教会により改めてモンスターという生き物の明確な基準が設けられたの。

 亜人の知識や技術、身体能力について学んだのが大きかったわ。人間には無いそれらはとても魅力的だったのね。

 そして亜人という種を根元から断つ一番効果的な方法でもある。

 古今東西、人間同士の戦争で散々使われた手ね。

 既に魔族にも同じような事をして効果を上げていたもの。それを行った」


こくこくと頷く。


「モンスターのうち、条件を満たし教会に認められた者だけモンスター外認定を受けられる、という法を作ったのだよ。

 問題はその条件だ。これが面白く無いものでね」


ブラドさんが本当に面白くなさそうに言った。


「場合によっては第二級人類族として認められて準人間として扱われるわ。

 準人間になれれば東大陸での永住も可能になるし教会で洗礼を受け、聖職者や勇者を目指す事も出来る。

 取り合えず、このモンスター外認定を得る為に必要な条件はいくつかあるけれど」


マリーさんが手を突き出して一本の指を立てた。


「まずは人間にとって無害であり、友好的、協力的であること」


小さな二本目の指が立てられた。


「そしてレガノアに対して好意的なもの」


三本目。


「最後に人間との混血が可能である事。これが絶対条件よ」


「混血…」


「そう。人間の子供を産める種族」


この街の住人を思い出す。うーん…。

下半身が魚とか居たよな。


「それじゃあどうやってもモンスター外認定を貰えない人達もいるのでは…」


「もちろん居るわ。あまりにも人とかけ離れた肉体を持った種族には不可能よ。

 彼らは永遠にモンスターとして扱われるわ。滅ぼされるまでね。

 そしてこれらの資格を満たし、人間と技術交換、交易、人間が定める法の遵守、移民とレガノア教、聖職者の受け入れ。

 それに同意すればその種の集落を第二級人類族の村として認め全員がモンスター外認定を受けられるわ。

 そして人間の伴侶、主人を持ったり、ほぼ人間に近い混血ともなれば準人間として認められる」


「………」


思ってたよりきっつい条件だった。

イヤだな…。


「亜人は半々ね。魔族は人間と同じような姿の者が多いけれど身体の構成要素があまりに違いすぎる。ほぼ不可能よ」


「…亜人と魔族ってどう違うんですか?」


「そりゃあ、亜人は物質的な肉の器を持つ者。魔族は半霊体の闇の器で出来ている者、だな。肉体に縛られたのは亜人。亜人は人間や動物なんかと基本的には変わらん。

 同じ進化系統の生き物だ。

 肉体から解放されたのが魔族。魔族は根本から違う。人間と昆虫より遠いな。神霊族に近い。竜もそうだな。

 半霊体のこいつらは増え方から生命維持の方法まで全然違う。神霊族は分かるが魔族や竜は何が始まりだったのか今でも分かってねぇんだ。

 レガノア教の連中は悪魔の落とし子とかわけのわからん事を提唱しているが」


「あー…何となく分かるような分からないような…」


「どんなに奇妙な生き物でも死んだときに肉体が残るのが亜人。どんなに人間っぽくても残らんのが魔族だ」


ちらっとマリーさんを見る。

白金の髪の毛がもこもこと形を変え、ぴょこっとコウモリが飛び出して再び髪の毛に吸収された。

うん、体の構成元素からして違いそうだ。


「なるほど」


悪魔が出てきてるけど私は出ないのかなー。

ちょっとくらい名前が出てきてもいいのに。


「さっきブラドさんが言ってた闇族は魔族じゃないんですか?」


「ふむ、あれかね?魔族でもあるし亜人でもある。人間を食料にする、寄生する、繁殖に使う。

 そういった種族特性を持った者たちだ。生きているだけで人間に直接害を与える者達の総称だ。

 友好的だろうが混血できようが第一級危険生物として駆除が奨励されている。淫魔や吸血鬼、人食いに魂喰らいや肉食系の竜や異界から来る理性なき魔獣だな」


「ふむふむ…」


顎に手を当てる。

モンスターと同じようなものか。


「話を続けてよ?

 これを突きつけられた亜人達は人間と交配可能でさえあれば人間の出した条件を殆どの集落が呑んだわ。

 それが出来ない僅かな者達は人の手の入っていない土地へと隠れた。

 そして数百年…その後どうなったかは前に話したわね。

 今は南北西、人類族が勇者などを使って隠れ住んでいる亜人や魔族を狩りながら鋭意開拓中といったところよ」


「はい」


それで殆どの種族が人間に取り込まれているわけか。

そりゃあその道を選ぶだろうな。

むしろ条件を飲まなかった種族というのが凄いのだ。

その場で滅びるか命だけでも永らえるか。


「なんだかみかじめ料を接収するヤクザみたいですね」


「言い得て妙だな。その通りだよ。自分達で迫害しておいて迫害されたくなくば条件を呑めだからな。マフィアやヤクザの手口そのままだ」


「…教会ってそんなに凄いんですね。方法とかよく思いついたもんです」


「牛乳娘、鋭いな。やり口は全て教会の神の代行者、救世主様の発案らしいぜ。レガノアの託宣を聞き、天使を従え奇蹟を起こす、少なくとも数千年は生きてる化け者だ。

 大聖都に住む人間が狂信してる現人神だな」


「…人間ですかそれ?」


「さぁな」


ラスボスはレガノアだから中ボスと言ったところか。

…話を聞くだけでうんざりしてくるのだが。

うんざりしてたらパン!とマリーさんが手を打った。

なんだか頭がすっとしてしまった。

リセットを掛けられた感じだ。


「さ、クーヤ。ここまではいいかしら?」


「…まだお勉強は続くんですか?」


「ここからが本番よ。ギルドの話なんて何もしていないでしょう?」


あー…そういえばしてないな。

ため息が出てきた。頭から湯気も出てきた。


「このモンスター外認定を受けていない者の死体を教会へ持っていって討伐証明を行えば報酬が得られるわ。

 ただ、このモンスター討伐という仕事は教会からライセンスが発行された者しか行ってはいけないとされているの。

 一般人がモンスターを殺して持っていっても何にもならないわ。

 これはモンスターの為、というよりは教会の為」


頬杖を付いたままのブラドさんが後を続けた。


「戦力の確保と権力の分散を防ぐ事、情報保有が目的だ。

 教会の認知しない者がモンスターを討伐する事を認めても教会にうま味はない。 

 教会が認めた神の使途が倒してこそ教会の威光が高まる。

 教会で洗礼を受け、聖者から法術や魔術を学び、天使から相応しい称号を賜り神託を受けた者にライセンスは発行される。

 勇者や聖女、聖者や賢者、法術師だな。そして異端審問間や神罰代行執行者あたりか。

 ライセンスを発行されて初めて教会を出てモンスターや異端者の討伐が行えるようになる。

 独断で罪人を粛清する事も許可される。

 他にも色々とメリットがある。レガノアの従属神達の加護に聖都魔道学院への入学に貴族以上の身分と権力。大司教に直接師事も出来る。

 人間で上を目指すならまず此処だろうな。

 神の敵を倒す事で階位が上がり、最終的には聖人や神人として人間より一段上階層の存在となり天界にある楽園への永遠の移住が許される…らしいな。

 実際に天界へ昇った人間はそれなりに居るが戻って来た者は居ないのでね」


「まぁな。

 情報収集は一般人から行ってるがな。密告だ。

 教会の懺悔室で身分も種族も問わずモンスターの巣の場所、危険思想の持ち主、悪魔憑きなんかの情報を提供する事で教会から色んな褒章が出る。

 そいつで寄せられた情報を元にダンジョンやらモンスターの巣やらを書き込んだ地図を定期的に発行してそれを使って勇者達は行動してるわけだな。

 地図にさえ載せときゃ勝手に教会の討伐組が動くからな。今の地図ででかいダンジョンといやぁ、魔王の城が有名どころだな」


「へぇ…」


ホントに上手い事やってるなレガノアは。

流れというのか?それを見事に操ってる感じがする。

命令で動いているわけじゃないけど結果的には変わらない。


「んで、異界人だ。これが困ったもんでな」


「はぁ…」


もう殆ど聞き流しなのだが。


「牛乳娘もそうだが異界人は人間の形をしてない事が多い。

 この世界とは全く違う世界からの住人だ。人間だのレガノアだのなんとも思っちゃいねぇ。

 まともな知能を持ってねぇとか珍しくもないんだ。

 …の、割には力が馬鹿みたいに強い。この世界とは全く違う魔術も使うしな。牛乳娘なんかは例外中の例外だな。

 ま、そんな訳で昔っから悪魔の使途って言われててな。見かけたら殺すってスタンスだったわけだ。他はまだしも東に落ちたらまず助からねぇ。嬲り殺しだ。

 もちろん異界人にとっちゃ迷惑極まりない話だ。

 次元の裂け目に落ちて変な世界に出たと思ったら目を血走らせた狂信者共が寄って集って自分を殺そうとするわけだからな。

 つーわけで東以外に落ちる事が出来た幸運な奴らが幸運にも出会って自警団を作った。…これが30年前。ギルドの母体となった組織だ」


「30年前!…すごい最近ですね」


驚いてすっきりしてしまった。


「ああ。本当にごく最近の話なんだよ。世界を周って同じ異界人の保護を行って…この世界に思うこともあったんだろうな。モンスターの保護も行ったんだ。

 もちろん教会からは大反発だったが」


「…頭と口の回りが良かったのだろうな。

 北南西のあらゆる集落を巡って技術でも知識でも金でも物品でも何でもいいから報酬さえ払えるならどんな仕事でもすると言って回った。

 報酬さえ払えば依頼者が誰であろうがどんな依頼だろうがどんな相手だろうがやる、とな。

 と言っても最初はほぼボランティアに近い報酬でやっていたようだ。信用を得るのが目的だったのだろうな。

 それこそモンスター討伐を行う勇者の脅威に晒されている集落の正面に立って勇者相手に真っ向から戦闘を仕掛ける事もあったようだ。

 異界人の集団だからな。

 個人で神の加護持ちだろうがお構いなしに渡り合える集団だ。今までは流れてきて直ぐ、一人の所を襲っていたから何とかなっていたようなものでね。

 この世界の知識をある程度得る事に成功した集団ともなれば勇者とてひとたまりも無い。

 そうしながらも人材確保も行った。

 モンスター外認定の受けられないもの。レガノア教や人間を憎悪するもの。何でもお構いなしだ。

 流れ者の集団ゆえに誰も拒まず、何であっても受け入れると言ってね。そして受けいれた仲間の敵は我々全員の敵だとな。

 自警団から身分と種族と思想に捕らわれない自由の狼、ギルドを名乗り始めたのもその頃だな」


「そこからはあっという間ね。

 亜人や魔族、神霊族を狩る人間の討伐、希少種の保護にトレジャーハントに技術発展に魔法研究にとあらゆる事に手を出し瞬く間に巨大化していった。

 彼らから得られた恩恵は大きいわ。食文化がいい例ね。異界人が流れてくるとギルド幹部が会いに来るというのもそこが理由よ。

 保護の見返りに異界人が持つ知識や力の提供を求めてくるの。

 その辺りで漸く教会も異界人が金の卵を産む鶏であり、放置出来る存在ではないと認識したようね。ギルドに接触を図ってきたの。

 誰の依頼でも受けるのだもの。各地に住む人間達からも依頼は受けていたし、保護や援助もしていたのもあったでしょう。

 東に流れてきた異界人の保護と情報交換、ギルド擁するモンスターへのある程度の容認、仕事の斡旋、人材の短期派遣を打診してきたのよ。

 ギルドはそれを受け入れたわ」


「あー…なるほど。それで異界人としてここに来た私に会いに来るって話なんですね。

 っていっても私特別な知識とか技術とか持ってないんですけど」


「そんなわけないでしょう?貴女の目と本、今まで見たことも無いわ。総裁が直々に会いに来るというのも貴女の持つ力の話を聞いてだもの」


「そうなんですか…」


ドキドキしてきた。

大丈夫だろうか?

嘘ついてすみません。

洗いざらいぶちまけるべきかもしれない。

いやでもなぁ…ちまちま出てくる悪魔というワードを見る限り危険な気もする。

異界人を送り込むのは悪魔と私じゃありません!

信じてください!…教会が勝手に言っているだけだと信じたい。

私はアスタレル達の潔白を申し訳程度に信じておいた。

異界人達にこんな世界に送り込んだ奴とか思われてたらヤだな。


「仲間の為になるなら屈辱も飲む。

 …そんなわけで、ギルドと教会は必要と有らば共同戦線も張る。

 技術交換にも積極的だ。

 レガノア教会からの依頼とて受ける。教会のやってきた事を非難もせん。

 総裁は教会の打診を受け入れ、手を取り合い、協力体制を敷く事を宣言したよ。

 おかげでギルドに登録していれば理不尽に殺される事もそうそうないというわけだ」


「おー…!」


思わず拍手した。

素晴らしい。

仲間の為に全てを水に流すつもりなのか。

他の誰かの為に憎い敵にすら頭を下げる、その輝ける精神力。

人間は見習って欲しい。





「――――――――表向きの話だがね」


「…え?」


なんですと?


「互いに表面だけ仲良くして裏では真っ黒だよ。今のところ冷戦状態と言える。

 教会もギルドの事を面白く思って無いのは明白だ。

 ギルド登録者はそれだけで東への渡航が一切認められん。教会が送りつけてきた人間だけだ。

 教会の力が強い街へギルド支部を作る事もできん。

 それに、あくまで自由を謳うギルドだからな。

 教会もだったらいいだろうと何人か勇者などの息の掛かった人間を登録させているし、何かしら依頼も積極的に出してくる。

 内部から食うつもりなのだろうな。

 ギルドも裏で色々としているので文句はないが。この街などがいい例だな」


「は?」


「牛乳娘、言っただろう?ここは教会にも情報を出してねぇってな。

 つーか世界の発展とか助け合いとかそんなもんを本気でやろうとしてんならこんな街にギルドがあるわけねぇだろ」


「…そりゃそうですな」


「天使はこれんし神の監視もない。

 更に言えばこの街を多く利用するのは王侯貴族や大商人、マフィアが殆どだ。人間の権力者も多いのだよ。

 おかげでいい隠れ蓑が出来ている。人間がこの街の存在を隠してくれるからな。

 この辺りに街があるとは噂ぐらいはあるかもしれんが。

 まさかこの死の荒野に本当に結界なぞ作って住み着いているなどとは思うまいよ。

 というわけでギルドも極秘裏に支部を出している」


「ここに来るのは裏社会に繋がりのある者だけ。

 さっきの勇者も誰かの仲介で来たのでしょうね。

 乗ってきたという馬車を見ればはっきりするのだけど」


「あの勇者がこの場所を教会に伝えるって事は…?」


「無いではないけれど。その時は結界ごと別の島に拠点を構え直すだけよ。ここは広いもの。

 結界が無ければ踏み込む事も探索も出来ないわ。

 その勇者の始末は仲介者が自分で付けるでしょう」


うわー。

悪い人たち!


「ここでは暗黒魔法や黒魔術の研究もやり放題だ。禁書指定魔道書の宝庫なのでね。あげくに教会指定の特定討伐対象すら住んでいる程だ。

 今は表立って教会に敵対は出来ん。勝てんからな。人魔大戦の再来だ。なら裏で全力で爪を研ぐ。

 というわけでお互いに腹の探りあい、隙の狙いあいといったところだ。

 盤面を引っ繰り返す一手、それを探っている最中だ」


「クーヤ、ギルド登録さえすればモンスターが容認されると言っても教会がモンスター外認定をする、というわけではないの。

 グランが忠告したように、あの勇者も人目がなければわたくし達がギルド登録者であろうと躊躇しないでしょうし、あの通り天使にもそんな地上の事情なんて通用しないわ。

 どこまでいっても彼らにとってわたくし達は忌むべき魔の軍勢という認識は変わらない。

 それに東に流れ着いた異界人とて保護しているかもこちらへ情報提供しているかも怪しいものよ。

 だからと言ってそれを表立って聞く事さえ今は出来ない。

 30年前よりも巨大化したとは言っても異界人だってそう来るものではないもの。

 異界人以外はわたくし達と同じように天使はおろかあのレベルの勇者にさえ碌な傷さえ付けられないわ。

 この世界の住人ほぼ全員が異界人数人に頼りきり、というのが実情。

 このギルドでそれをどうにかする為に色々と研究している真っ最中よ。

 元々は人間はこれほど強くなかったと話したでしょう?そしてわたくし達の弱体化。

 ギルドもこれについては研究しているし、わたくし達もそう。

 今はまだ従うフリをしている、といったところね」


「はえー…」


もう何と言っていいのかすらわからん。


「それにレガノア教と手と手を取るなど土台無理な話だ。

 出生率は下がり、種族全体が弱体化するばかりでその上に死ぬ事さえ制限されたのではな。

 なんとか人間の血を入れようと躍起になる種も多い。

 これでは人間や天使の手で直接的に根絶やしにされるという状況から時間を掛けて勝手に滅びるにシフトしただけだ。

 あのふざけた神をどうにかせねば話にならん」


そういやそうか。

譲歩するもクソもこれ以上下がりようは無いほどに追い詰められているのだ。

他の誰かの為に憎い敵にすら頭を下げる、ではなく剣を抜くいつかの為に今は屈辱に耐えるの精神だったようだ。

下げ続けたって全てを奪われる事には変わりが無い。 

とっくに臨界点は超えているのだ。


「…が、はっきり言って行き詰っている状況だったのだがね。

 異界人は一世代限りで子を残せんし、寿命もそう長いわけではない。

 創始者のうち、二人が死に、正直ここまでだろうと思っていたが。

 ごく最近、少しばかり風向きが変わった」


「何でだろうなアレ。天使もここに来やがったし、世界の転換期って奴か?」


「ふふ、創始者の言葉だったかしら?そういう流れが出来る事があるって言ってたわね。運命だったかしら?

 ロマンチックな話ね。

 …異界人って本当に不思議ね。停滞し滅びさるだけのこの世界にふと現れて異界の風を吹き込む」


ぐ…良心がずっきんずっきんしてきた。

やめてくださいマリーさん!

そんな笑顔で私を見ないでください!!

この良心の呵責に耐え切れそうにない。

もうゲロってしまおう。

なんとかなるだろう。むしろ私より数倍うまい手を伝授してくれるかもしれない。

なるようになってしまえ!

そう思って口を開いた。

決心して口を開きかけたところでブラドさんが先に口を開いた。


「絶対神レガノア、異常に力の強い神族だ。

 対抗するには相応の神族の後ろ盾がいるというわけだよ」


…うむ?絶対神?


「絶対神?光明神じゃないんですか?」


「それは昔の話ね。今は全ての神を統べる絶対神レガノアと呼ばれているわ。

 …貴女は本当に知識が偏っているのね。興味深いわ」


「ふむ、レガノアという名前自体いきなり降って湧いた名前だがね。唐突に人間の間で使われ始めた名だ。

 あながち神秘学というものも馬鹿に出来んな。

 我々の認知する神を超えた領域に住まう存在。我々の神が崇める神。上の次元にはそういう存在が居るだろうと言っていた。

 この宇宙そのものを作り出した、この宇宙の外側にこそ存在する光の神だと。

 人間の信仰と祈りの果て、微かに力を見せるという天使の仕える天上の神。

 あらゆる光魔法の大本たる、力ある光そのものだと。

 この世界がこうして存在する以上、それを作った存在の否定は出来ん話だがまさかそれが実証されるとはな。

 レガノアはこの世界で生まれた神族とは思えん。事実、違うのだろう。何があったのやら神々がその姿を現し始めた時代に天より降臨し、自分を光明神と名乗った。

 宇宙の理から外れた光と秩序と善の神であるとな。

 正確にはレガノアに選ばれた救世主という男が名乗ったのだが。…確かに生死をも操り、あらゆる神を己の従属神まで貶める程のあの力…尋常ではない」


「わたくし達と違い、人間は保有する魔力量がとても少ない種族。魔力炉も小さくて、個人では大きな魔法は扱えないし、乱発も出来ないの。

 精霊魔法や法術のように、長い呪文を唱え、精霊や神の力を借りる事で漸くまともに発動できるという程度の魂格しか持ち合わせていない。

 肉体的な貧弱さも種の中でも指折りよ。

 にも関わらず、他を圧倒し、人間はこの世で最も力ある種としての地位を磐石なものとしているのだもの。

 それも一人二人なんてものではないわ。それこそ人間種全体の霊格をたった一柱の神の力で押し上げている。

 人間の祈りを奇蹟に変え、魔王に匹敵する巨大な力を与え、この世界の理さえ捻じ曲げてみせる光明の神。

 聖神、光統べる者、全能なる者、輝ける光、天上の曙…呼び名こそ様々だったけれど、神話の中でそれまで人間にとっておぼろげなイメージとして存在していた世界を生み出した光の神として相応しい力と姿、そして知恵。全知全能としかいいようがないわ。

 天使さえも顕現して見せた以上、まさに人間の中で伝えられてきていた創世の神そのものでしょうね」


「奴は祈りの力であらゆる奇蹟を起こす。それもそこらの神など比較にならん奇蹟をだ。眷属や加護の力も桁違いだ。

 天使が扱う聖光術もまた我々が扱っていた光魔法が児戯に等しいものだと教えてくれた。

 それまでは光魔法など周囲を照らす光だの目くらましだの程度のものだったからな。

 光を司るという言葉は偽りではなかったわけだ。レガノアの名の下にこそ勇者や聖女の強大な光なる魔法は発動する。

 傷を癒し、あらゆる物質を塩に変える。ただの光である筈だが含まれたその魔力は膨大だ。

 まさしく、光を司る始まりの神だよ」


「…………」


聖神、光統べる者、全能なる者、輝ける光、天上の曙…か、かっこいいな。

負けた気がする。

私には無いのだろうか?

考えているとマリーさんがテーブルの上に手を差し出した。

その手の平の上には黒い光が漂っている。

なんであろうか。


「その全知全能たる光神に抗おうというのだもの。

 この世で最も古き偉大なる神のお力がどうしても必要だわ。

 わたくしが研究しているというのもそれに関してなの」


「やれやれ…。全く音沙汰の無い神であったといのに突然どうしたというのだか」


「知るかよ。死んでたんじゃねぇか?」


「あの禍神が死ぬものか。今でこそはっきりとしているがレガノアと同じく他の神とは次元の違う神だ。寝ていたのだろう。

 案外に死が無くなったのもレガノアだけではなくそれのせいではないのか」


よく分からないな。

この光がどうしたというのだろう。


「何ですかこの光?」


「ふふ…。わたくしの敬愛する神の力の一端と言えるでしょうね。

 レガノアや天使、人間に対抗するにはこれしかないでしょう。

 異界人は納得していなかったけれど。

 かつてを知っている者にとってはこれしか無いと断言できるわ」


これが?

ただの黒い癖に光っているという謎の光だ。

うん、ただのじゃないな。


「生まれながらに強い魔力を有する魔族や竜族が特に強く宿している黒き力、黒魔術や暗黒魔法の発動に必要な魔力よ。

 闇属性の魔力というものはとても柔軟で、様々な形に変えることが出来る。他属性の魔法で出来る事は大抵は真似できるでしょうね。

 然るべき手続きと条件を揃えれば、契約の元にこの魔力を司る神の眷属さえ使わせて頂けるわ。

 世界に存在する魔力属性の中でも飛び抜けて扱いが難しく、けれども他の魔力と違って限界値なんて存在しないの。

 望めば望んだだけの力を極めることが出来る。

 そして力を極めた先、かの神へと謁見を果たす事が出来れば魔王の称号がいただける。

 かつては他の属性の魔力と同じように、この世界に溢れていたのだけれど。

 レガノアが現れ、世界の殆どが光の魔力に押し潰されると同時に消えうせてしまった属性だったの。

 原因も分からずじまいでどうしようもなく、魔族も竜族も途方に暮れていたの。わたくし達の持つ魔力は殆どがこの属性だったのだもの。

 けれど、ごく最近からの話だけれど…僅かに復活しているようなの。見ての通り、態々集めて漸く確認できるというほんの僅かなものだけれど」


「人間や天使が持つ光の力もあるならば闇の力もあるというわけだな。

 ついでに言っておくが、この魔力による攻撃というものは、術者によってはその威力が笑うしか無いレベルでね。

 真似とは言うが、神霊族の属性ごとの極大魔法を超える。彼らが使うような炎だの風だのとは全く質の異なるものだ。

 というより、この神の力が四元の精霊王とは比較にならん程に強大すぎるからだろうな。眷属の数も異常だ。

 力の強さも天使レベルと言っていい怪物。

 アレを簡単に召還に応じさせて扱わせる上に、こちらへ与える魔力にも一切合財制限を設けん辺り、余程適当な神だったのだろう。

 おかげで雷ならば帯電したまま消えんし、燃やされれば塵も残らんし氷漬けにされれば術者が解除しなければ二度と溶けん。効果範囲も凶悪だ。

 詠唱もせん癖に竜種のブレスなぞ目もあてられん。辺り一帯を簡単に焦土にするからな。

 闇魔力を大量に取り込んだ肉体であれば、ただの蹴りでも喰らえば魂ごと消滅する。

 散々やられた私がそこは誓っておこう」


腕を組んでいたブラドさんはその腕を解くと、テーブルの上にあったグラスを手に取り口をつけた。

度数も強そうに見えるが気にせずに一息に口の中に流し込んでしまった。

マリーさんも先ほどから地味にグラスを開けまくりだ。

クロノア君は長い話にめげず、料理を前に無言で待てをしている。

私に合わせているのだろうか。

躾の行き届いた一途な犬っぽい様子にちょっと申し訳ない。


「亜人や人間はともかく、魔族や竜種は自前で莫大な魔力を有しているからな。

 彼らにとっては魔法というものは特別なものではない。

 念じる、動く、それに合わせて起きるただの現象だよ。

 人間にとっても魔族や竜種の使う暗黒魔法は彼らの固有の能力であり、儀式さえ行えば誰でも発動する黒魔術も眷属自身の能力と思われていた。

 それは他の種族も同様でね。とうの魔力を扱う魔族と竜種さえもそう思っていたほどだ。

 だからこそ、魔王へと至る最初の壁と言っていいだろうな。

 淵に住まう者に気付くというのは。

 魔王も眷属もこの神の存在を全く口にしようとしない。

 黒魔術や暗黒魔法の類はその発動に特に神の名を唱える必要もない。

 己の魔力を垂れ流してほったらかしの上に信じられんほど自己主張というものを全くせんのだよ。

 というわけで、力の強さに反比例して恐ろしく認知度が低かった神なのでね。人間どころか多くの魔族にすらとうに存在を忘れ去られた古の神だ。

 …あの神はとっくにこの世界を見捨ててどこぞへ行ったものと思っていたのだがね」


へぇ…。

前に言っていた魔族の神とやらだろうか?

てっきりレガノアに取り込まれてしまったと思ったのだが違ったらしい。


「うるさくてよ、ブラド。

 わたくし達の身体からごっそりと魔力が失われたあの瞬間のわたくし達の絶望がわかって!?

 かの神の魔力に満ちた崇高なる闇がただの現象でしかない闇になってしまったあの瞬間!」


珍しくマリーさんがギャースと吠えた。

余程ショックだったらしい。


「わたくし達の神に本当に見捨てられたものと思っていたのよ!

 折角お会い出来たというのに…もう二度とその深淵なる魔力を扱わせてはくれないのだと悲嘆に暮れていたのよ!」


「あぁ、わかったわかった」


ブラドさんがひらひらと手を振って話を打ち切ろうとする。

うんざりした様子から察するに多分話が長くなるのだろう。

しかし今少し気になる単語があったのだが。


「マリーさん、会ったんですか?その神様に」


「ええ。お会い出来たわ。短い時間ではあったけど…わたくしの生涯で最も輝いていた時間と言っていいわ…!」


うっとりと空を見上げるマリーさんのお目目はうるるとしていてとろけんばかりだ。

その神様がよっぽど好きだったのだろう。


「おい、牛乳娘。やめとけ。なげぇからな」


いや、でも。

会ったって。会った?それはつまり?

はてなマークを大量に浮かべていると、あぁと合点が言った様に店主が頷いた。


「牛乳娘、この支部の正式な名前はローズベリー支部だ。

 ちょっとした有名人の名前にあやかってるのさ。

 他の支部の名前もそうだ」


「え…と?」


いきなり何の話であろうか。

私の疑問の答えになっていないような。


「初代魔王の一柱、魔王ブラッドベリーという名前から取ったのさ」


「へー…」


魔王ブラッドベリーか。

なんとなく美味しそうである。


「面白くなくてよ」


うっとり顔から一転したマリーさんがむっつりとして答えた。


「そうですか?ブラッドベリーなんて美味しそうで可愛いじゃないですか」


ブラドさんと店主が苦笑いした。


「クーヤ、人の名前を美味しそうだなんてイヤよ」


「そうですかね?」


言われて見ればそんな気もする。

でもブラッドベリーにあやかってローズベリーだなんて益々美味しそうな名前にしているのだし、皆そう思ってそうだが。


「この街のギルドマスターがその魔王ブラッドベリーの大ファンでな。

 それでこの名前なのさ。

 その魔王が薔薇の君と呼ばれてたんでローズベリーにしたってわけだ。

 本人は見ての通り嫌がってるんだがな」


「紅茶みたいですな」


「クーヤ、紅茶は酷いわ」


ムスーとしたマリーさんに抗議されてしまった。


「鈍いな」


ブラドさんに呆れ顔で言われてしまった。

なぜだ。


「今まさに紅茶呼ばわりしているのが目の前に居るだろう」


ブラドさんがめんどくさそうに指を差した。

その先ではマリーさんが未だに桃色の頬を膨らませてムスーとしている。

…ん?


「え?」


いや、やっぱり?


「…もしかしてもしかしなくてもまさかマリー様はかつて元魔王陛下でございましたでしょうか?」


「ええ、そうよ」


やけにあっさりと頷いたマリーさんに顎が外れるかと思った。


「懐かしいわ。その辺の国に赴いて更地にしてくり抜いて、巨大な血池肉塊林を築き上げたものだわ…」


「血池肉塊林!?」


「わたくしにもやんちゃな時代があったのよ。クーヤ」


やんちゃってレベルじゃねー!

あの本を思い出す。

マリーさんの能力の全盛期。

やんちゃすぎてヤバイ!?

いや暗黒神としては助かるのでいいけど!


「じゃ、じゃあ、あの本でマリーさんを全盛期に戻せるって…!?」


「魔王としての全盛期ならとんでもないのだがね」


「かの神に与えられた魔王の称号を取り戻せるというなら何でもするのだけれど…」


マリーさんは再びうっとりとしてしまった。


「いや、でも魔王としての全盛期とは…」


限らないだろう。

ただの魔族としての全盛期かもしれない。

その神様が与える称号だというし、この本でそれが取り戻せるとは思えないのだが。


「それはやってみなければわからないがね。

 いずれにせよ、闇の魔力が復活したという事はあの神がどういう風の吹き回しかこの世界に戻ってきたという事だろう。

 マリーの封印がとけ魔王とはいかなくとも全盛期の魔力を取り戻せた暁には再び謁見が叶う可能性もあるという事だ」


「なるほど…」


本で戻らなくても、魔王の称号はその時にまた貰えばいいということか。


「だが、気になることもあってね」


「気になることですか?」


答えたのはうっとりモードから復活したマリーさんだった。


「ええ。深淵の神がお戻りになられたにしては…世界に戻ってきた闇魔力が異常に薄いの。封印されているとはいえ、魔族たるわたくしが気付かないほどに。

 まるで酷く弱ってしまったかのようだわ。

 それに…」


「それに?」


「召喚出来る悪魔も最下級が精々。上級悪魔族の召喚儀式に関して言えば、発動する手応えはあるのだけれどうんともすんとも言わないわ。

 そうね…向こうへの交信球の座標も合っているし、あちらへ声が届いているのも分かるのに出る相手が何故か居ないといえばいいのかしら」


「あくま」


噴き出さなかった自分を褒めたい。

本当に。


「まあ、悪魔召喚なんて言われてもとまどうのは分かるがな。人間だって悪魔悪魔と騒ぎ立てるがマジで実物を見た奴はいねぇ。

 オカルトもんだし。だが実在はしてるぜ?」


「天使とは真逆の存在だがね。

 自由奔放を絵に描いたような連中だ。

 だが力に関しては本物だよ。上級悪魔であれば例え上級天使でも手も足も出んだろうな。

 こちらで使われる魔力に制限を設けん神だ。当然の様に眷属にも力の制限を強いていない」


oh…。

なんて言っていいのかわからない。

すいません。なんかほんとすいません。


「天使が仕える神がいるのならば悪魔が仕える神だって居るのよ。クーヤ。

 悪魔は人を堕落させる邪悪そのものだなんて言われているけれどれっきとした神の眷属よ。

 その神というのがわたくし達が先ほどから言っている神の事なの。

 かの神の眷属である悪魔を特定の儀式を行うことで召喚でき、契約を結ぶ事が出来るのよ。

 わたくし達の神が司る暗黒の魔力こそわたくし達の力そのもの。

 あぁ…再びお会いしたいわ…」


マリーさんのその頬を薔薇色に染めてうっとりと夢見るようなお顔よ。

恋する乙女というに相応しい。

さっきの決心はそのお顔の前に呆気なく崩れた。


ブラドさんが思い出したかのように言った。


「そういえば。先ほど何か言いかけていなかったかね?」


「何でもありません」


口をバッテンにした。

悪魔が眷属の暗黒神でございなんて言えるわけがなかった。

こんなダメな後釜ですいませんでした。マリーさん。


もっしゃもっしゃとテーブルの上に並べられた料理をがっつく。

勉強の時間も終了なのだ。

勉強の時間だけどこぞへ逃亡していたカナリーさんも戻ってきて騒がしく私の料理を奪わんとしている。

生意気である。

ピーマンを押し付けてやった。

ぎゃぁああぁぁと白目を剥いて泡を吹いたカナリーさんはほっといていいだろう。

好き嫌いはよくねーのである。

食ってる最中だが気になったので聞いてみることにした。

もののついでである。


「マリーひゃんはあきゅまひょうかんれきるんれしゅか?」


「せめて飲み込め」


ごっきゅん。

口の回りを舐め取って再び問いかけた。


「マリーさんは悪魔召喚できるんですか?」


「ええ。全盛期には悪魔召喚の秘儀を極めようとしたものよ」


「へー…。じゃあ魔王だった頃には上級悪魔にも会ったんですか?」


「そうね…会ったと言えるわ。

 と言っても上級悪魔もピンキリなのよ。わたくしが会った事のある悪魔も全体からすればほんの僅かでしょうね。

 むしろ会った事のない悪魔のほうが多いわ。

 他の魔王も似たりよったりでしょうし…、黒魔術を特に好んでいたクロウディアという魔王も居たけれど…彼女もわたくし達よりは多いというだけでしょう」


なるほど…。

思い出す。

あいつはどうだろう?


「アスタレルって悪魔知ってます?」


「…アスタレル?聞いた事がないわね」


あいつ無名か。ざまぁ。

嘲笑ってから気付く。

そういやこれはあだ名だった。

えーとなんだっけ。

すっげぇ長い名前だったな。


「違いました。えーと、パンディルや…なんとか…あぐり、あぐ、あぐりむっしゅなんちゃらディヤ…?」


覚えてるわけなかった。

クソッ、なんて頭だ!

が、そんなうろ覚えな単語にマリーさんはその麗しい桃色のお顔を一気に青ざめさせてしまった。


「…クーヤ、貴女がどんな言葉を言おうとしているかは分からないけれど。

 それは口にしては駄目よ。そのうろ覚えな単語でさえ凄まじい言霊を感じるわ」


「コトダマ?言葉に宿った力とかそういうアレですか?」


「ええ、そうよ。その文字列に恐ろしいほどの力が込められている。口にしたら何が起こるかわからないわ」


「…どこでそんな単語を拾ってきた?」


ブラドさんがしかめっ面で聞いてきた。

拾ってきたてなんだその元いた場所に戻してきなさい的なやつは。


「教えて貰ったのです。そのアスタレルっていう悪魔に」


「悪魔に会ったのかね!?」


「あ、はい」


ブラドさんは顔を手で覆ってしまった。


「存在が冗談のような娘だね君は。通りで悪魔などと荒唐無稽な話をイヤにあっさり信じたわけだ。

 まさか会った事があるとはな。

 …いつの話だ?」


えーと。


「この街に来るちょっと前ですかね」


「ごく、最近ね。どこで会ったのかしら?」


「うーん…」


何と言えばいいのか。


「答えにくいなら無理に答えなくてもいいわ。人の魔術の奥義に土足で踏み込む気はないもの」


「いえ、そうではなくて…。なんと言ったらいいのか分からないというか」


「答えにくいというわけではないの?」


「まぁ。別に言ってもいいんですけど」


何処で会ったかぐらいは別に。

そんな魔術の奥義とか大仰なものではないのだ。


「うーん。なんか変な空間というか…?魔水晶もそこからもいできたのです」


「物質的な世界ではない、という事かしら?」


「そうなりますかね」


…ん?


「何故に皆さんそのように目を爛々と光らせてわたくしめを見つめるのでせうか」


「いやなに、少し興味がね」


「その身体はどうなってるのかしら?」


「………」


「三つ目娘はおばかなのよー」


ブラドさんとマリーさんに実験動物を眺めるような目で見られた上にカナリーさんに馬鹿にされた。

クロノア君も心なしか呆れているように見える。

なぜだ!?


「ただの異界人ではないというより異界人でも無さそうだな」


「そうね。けれど真実の石版を欺いてみせるなんて、余程の力を持っているのでしょう」


「気になるね、実に」


「知的好奇心が疼くわ…」


怖い!

やめてくださいしんでしまいます!


「私はただの弱弱しい異界人であるからしてやめてください!解剖は非人道的ですよ二人とも!」


「異界人?今更だろう。先ほどの説明で殆ど質問を差し挟む事も無ければ理解が出来ていないでもない。

 ただの異界人ならあれほど簡単に納得などしないのだよ。まるで最初から知っていたようだ。

 通常、異界人にしないような話にもストレートに着いてくるからな」


「ふふ…。言葉も通じているのだもの。文字も書ける。けれど異界人特有のスキルによるものというわけでもない。

 それにこの街に来る直前に霊的世界で悪魔に会うなんて…興味が尽きないわ…」


若干カマをかけられていたようだ。

やばい。

解剖されそうだ。


「お、おたすけーーーー!!」


「…冗談よ」


「解剖などするわけないだろう」


「本当ですか?その割に目が本気ですよ!」


「気のせいね」


「気のせいだろう」


なんという息の合いっぷりであろうか。


「何れ口は割ってもらうつもりだがね」


「今はいいわ」


執行猶予って感じだ。

何だこの人狼吸血タッグ。

お伽話じゃ犬猿の仲じゃないのか。


「ふふ、それで?アスタレルという悪魔に会ったのね?」


「えー、うー。はい」


誤魔化してもしょうがない。

既にゲロった後だ。


「さっきの言葉は最初にそいつが名乗った名前というか。

 あんまりに長くて文句を言ったらアスタレルと呼べといわれたのです」


「まさか真名か?」


「の、ようね。信じられないわ。悪魔が真名を名乗るなんて」


「まな?」


「言葉の通り、真なる名の事よ。魂の在処を示す真言、存在そのものの証明。神霊族や眷属などの霊的生命体がそれぞれ魂に刻んだ名前として持っているの。

 彼らにとって真名を教える事は存在全てを捧げるに等しいわ。

 真名を縛られれば意思さえも縛られる事になるのだから。

 真名を記した紙切れ一つでさえ命取りになりかねない」


「ふーん」


それはすごそうだ。

カナリーさんも持っているのだろうか?


「あっさりしすぎだ。

 その悪魔から真名を聞いたのだろう?

 それがどういう事か分かっているのかね?」


「え?別に。覚えてないですし」


「これは酷いな…」


「その悪魔も不憫ね」


「なっ…ど、どうして!?」


驚愕した。

散々どつかれたのは私のほうだというのに!


「余程の覚悟を持って名乗ったのだろう。

 それを覚えてないとはな。しかもこの軽さ」


「かわいそうに…」


「そ、そんな事ありませんよ!普通に名乗ってましたもん!」


「普通に名乗られたのかね?」


「そうですよ!絶対にたいした事じゃない感じじゃわーい!」


「たいした事はあるだろう。普通に真名を名乗られるなどと。何をしたのかね?」


「クーヤに余程ご執心だったのかしら?」


「悪魔がこのちんちくりんに一目惚れか?ギャグにもならんな」


なんかイヤな話になっとる。

冗談でもやめて欲しい。

ブラドさんのほうがましだ。


「気持ち悪い事言わないでください!さんざっぱら馬鹿にされまくったのに!」


「惚気かね?あいにくと今はお腹いっぱいでね」


「ちがうやーーーーーーい!!」


地団駄を踏みまくった。

なんてことを!

冗談でも言っていい事と悪い事があるのだ。

今からそれを教えてやろう。

本を開く。



商品名 ブラドの愛

魔性の薬。飲ませる事で飲ませた人間に発情させる。

愛を得られるかは本人のテクニック次第。



買った。


「店主ーーーーーっ!!この瓶を情報屋のルナドさんへ上げてくださーーーい!!」


「ん?何だ情報屋に貢ぎもんか?いいけどよ」


「うが…っ!なっ…!な!?待ちたまえぇ!!」


無視を決め込んでカウンターの店主に投げた。

ブラドさんは骨を追いかける犬のように追いかけていった。

ふんだ!


「あら、いい犬っぷりね」


「そうですな」


優雅に食後のティータイムといくべきだ。

紅茶をちゅーっと啜る。

うまい。


「アスタレル、かしら。聞いた事は無いけれど…。何か二つ名などは聞いていなくて?」


「二つ名ですか?」


「ええ。悪魔は名前を多く持っているもの。そしてこの物質界においては真名や、本人に近い名は滅多に使わないわ。

 貴女に名乗った名は恐らく普段から使っているものでしょうし、こちらではかつて違う名で知られていた可能性が高いわ」


うーん、そういうのは名乗らなかったなアイツ。


「見た目はどうかしら?分かりやすい特徴、能力、その辺りからある程度推察もできるわ」


見た目と能力か…。


「見た目は…詐欺師?きっちりスーツ着て上品な感じでまとめてましたな。人間みたいでした。ステータスだけなら見ましたがあまりにも馬鹿馬鹿しい数字でした」


「………微妙なところね。態と人の姿を真似ていたのかしら」


「きっと碌でもない悪魔なのよー!」


「それは否定できないな…」


碌でもないのは確かである。


「人の姿を真似ていたんですかね…」


確かに作り物みたいな奴だった。

実際にはこう…すごいかもしらん。

脚が100本くらいあるかもしれない。

考えてたら気分が悪くなってきた。

やめとこう。

瞬間、テーブルをがたつかせながら真っ黒な物体が乗り上げてきた。


「うわっ」


ブラドさんだった。

手にはしっかりと瓶を握っている。

チッ!

舌打ちすると恨めしげな目で見上げてきた。

知るもんか。


「…このおチビめ…!」


「ふーんだ!」


そっぽを向いてやった。

後でこっそり別で買って店主に渡してやる!

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