荒野に棲まう者達



夜の闇の中、血を求め人を求め水を求め眠れる場所を求めながらただ歩く。

生きるのも飽いた。人の栄華を見続ける趣味も無い。

全てを照らす光は光に背いた自分達には眩し過ぎる。

見上げた空は落ちてくるかのような濃紺の空。小さな星の光が見える。

白み始めた空。還るべき安らかな夜が侵食されゆく姿に自らの未来を見た。

夜と昼が交わる。生と死の邂逅、闇はまだ明けない。












扉の先、微妙に高い場所から落下した。

地味な嫌がらせを…。


「…」


見渡す限りの荒野。赤い熱風が如何にも身体に悪そうな塩梅だ。

リュックを背負い直す。

空は何処までも高く澄み渡り、雲ひとつ無い。

ピ~ヒョロロロロロ~とどこぞで聞いた事のある鳥の声。


ヤバイ、心臓が破裂しそう。

今すぐ走り回って駆け回りたい。

だって、今まで見た事も無いような世界なのだもの。

果ての無い赤い土、赤い風、蒼い空。

美しいコントラストが目に痛い程だ。

テンションも上がるというものだ。

上がらざるを得ない。


「…~っ!!うっきゃああぁあぁあぁぁあ!!!」


暗黒神の役目も忘れて飛び上がって叫んだ、物質界で初めて発する私の声は、空高く高く吸い込まれていった。



散々走り回って満足したので、近場の具合の良い岩にケツを乗せる。

ごそごそとカタログを開いて木の枝を握った。

さしあたって必要なのは歩くに必要な物、地図と靴だ。

裸足はいただけない。

痛くは無いが目立つ。それは駄目だ。


「靴、靴…と」


ぱらぱらと捲れば目的のカテゴリーが姿を現した。

ふむふむ。

雨靴運動靴オシャレ靴、なんでもあるようだ。

まあとりあえずは運動靴でいいだろう。靴下セットで。ついでに地図。

魔んじゅうを頬張りつつ購入。


「ん?」


値段が妙に安い。

不思議に思い、気付く。


下取り価格


下取り…。何を下取りするのだろう。

なんか魂とかだったらヤだな。

本の一番下に注意書きがあった。

さっきは無かった。

不思議な本だ。


※付近の怨念を下取りいたします。


…うん、ぜんぜんいいわ。

迷う事無く下取り価格で購入。

お徳だ。

出てきた靴と靴下をせっせと履く。

ばんばんと地面を踏みしめて具合を確かめ、がさがさと地図を開いた。


「えーと…」


東と西の国境付近の荒野とか言ってたなー。

改めてみると四大陸といっても大きさが桁違いだ。

一つだけ突出して大きいが後は小ぶりだ。

海に分断された4つの大陸。

巨大な東国と小さな西国と思われる大陸、二つが最も近づく海には沢山の群島がある。

あー…、戦争とか言ってたし、その戦場となるのに納得の位置だ。

ここでドンパチやってたんだろうな。

呪われて神に見捨てられたと言ってたけど。

捨てる神いれば拾う神あり、私が勝手に住みついちゃうもんね。

これだけ荒れ果てているのはきっと誰も神様が居なかったからだろうしね。

私が緑覆い茂るジャングルにしてやんよ。

そして今私が居るのは多分この中で一番大きい奴だろう。

地図に記載された名前は呪われた荒野、そのままのネーミングだなぁ。

それ以外には何も書いていない。

役に立たないな。

街とかあるのかな?

そういやちょっぴり治安が悪いと言っていた。

アスタレルが口にした言葉であると踏まえればかなり治安が悪い修羅の国だろう。

…大丈夫だろうか?

頑張るしかないな。


リュックに本と枝をしまい、ほっと気合を入れながら立ち上がる。

手で日よけを作り、広大な大地を見渡した。

さて、どっちに行こうか?

少し考えてから、もう一度木の枝を取り出し地面にちょんと立てる。

ぱっと手を離せば、ぐらぐらと揺れていた枝はパタリと重力に負けて倒れた。


「じゃ、あっち行こーっと」


枝を回収し、倒れた先の地平線へと向かって私は歩き出した。

こんな時は神頼みに限るのだ。





ガヤガヤと騒がしい店内。

充満する酒と煙草の臭い。

ついでに独特の嫌な臭い。

二階は宿屋となっているが実際には娼婦の仕事場だ。

二階に入りきらない奴等がそこらへんでくんずほぐれつ、実にぶん殴りたい。

いつ来ても酷い場所だ。

しかし仕事を請けるためには来るしかないので我慢の一手である。

こう見えてれっきとしたギルドなのだ。

世界中探したってこんな酷いギルドは無いだろうが。

少女は机をカツ、カツ、と打ちながら店内に入ってくる人間を検分する。

ヤク中らしき風貌の男が店主にボソボソと何やら喋っている。

どうせ薬の調達だろう、依頼内容を見る価値も無い。

店内の壁面の掲示板にはあらゆる依頼の紙がぎっしりと付けられている。

その9割が誘拐だとか強盗だとかのくだらない依頼だ。

残りの1割は娼館で働く女の勧誘だ。

まともな依頼とも呼べる物は滅多に無いのだ。

出来るならば王都にでも行きたいところだが仕方が無い。

自分の様な魔族はそもそもあの大陸には行けないのだ。

仲間の亜人などなら、まあ何とかすれば行けるだろうが。

本人は嫌がるだろう。

何せ人間の下僕とかペット扱いとしてなら上陸が許されるのだ。

無理やりに連れ去られたとかでも無い限り行きやしないだろう。

それでも上陸させられる前に自害でもするだろう。

というわけで最も栄えた大陸には行けない。

かと言って他の大陸にも行けやしない。

ここはある意味最後の砦なのだ。


レガノアに屈服し、人間を至上とする事も良しとせず。

レガノア教が提唱する教義にも我慢がならない。

魔族から亜人から神霊から何から何までごった煮にした、ただただ緩やかに消滅してゆく事に耐えられない、そんな者達。

何処にも行けない魂、そんな連中が集まる場所がここだった。

怨念に塗れ呪われた荒野、この辺りの大地に名前は無い。

名前を付けられる事は許されなかったのだ。

というわけで土地神すら居ないこの大地。

この大地で長らく続いた戦争、和睦という形で一応の決着を見たが実質的に西の国、魔族の国が大敗を喫した。

それからだ。

他の3つの大陸にもちらほらと人間を見かけるようになったのは。

彼の戦争はある意味人間以外の種の存亡を賭けた戦いだったのだ。

今は辛うじてそれぞれの種族の統治権が認められているが。

…何れ人間が大手を振って歩くようになるのだろう。

西の魔王達などは抵抗はするだろうが…。

勇者や天使に大挙して攻め込まれれば終わりだ。

今は勇者がちょこちょことやって来ては暴れているという。

彼らにとってはお手軽な冒険感覚の遊びなのだろう。

魔王達は必死だろうが。

何せ人間以外には光明神レガノアの加護は無いのだ。

これは大きい。

剣の神の加護だろうが弓の神の加護だろうが、加護を与える神々、彼らのルーツがレガノアとされている以上どうしようもない。

本来はレガノアから生まれたなどというわけも無かったろうが、今はそれを知る術さえ無い。

小民族に伝わっていたであろう神話もほぼ全て駆逐されているのだ。

特に力の強い古の神々は悪魔の烙印を押され一まとめに括られてしまい既に名前さえ残っていない。

技巧を司る神、感情を司る神、土地に着いた神、元素の精霊神、あらゆる神がレガノア教に取り込まれて久しく、彼らもまた緩やかな死を待つのみ。

その内にあらゆる種族が人間に取り込まれ、後は時間に任せて滅びるだろう。

ぺんぺん草も残らないに違いが無かった。

戦争に負けた、というだけならまだマシだったのだ。

最後まで抗ったという事実があればそれはあらゆる種族の誇りとなり、核となるに違い無かった。

たとえ国が消滅しても何れは似たような国が生まれたはずだ。

…しかし結果は和睦。よりにもよって。

不可侵条約の他、交易を結び、盛んに移住者のやり取りをはじめたのだ。

既に内部から食い荒らされ尽くし、近い内に統合の名の下に東の国に取り込まれるだろう。


カツン、と指先で強く机を叩く。

神の居ないこの大地はそもそも人が生きていける環境ではない。

赤い大地には草木一本生えないし動物も生息していない。

吹きすさぶ風は魔素を孕み、長く浴びれば肉体を蝕む。

…というわけで慢性的な仕事不足なのだ。

他の国と違って妖魔や魔獣の討伐だとか商人の護衛だとか貴重品のハントだとかそんなものは一切ない。

まともな人も居ないし資源も無い。

無い無い付くしの文字通り見捨てられた土地だ。


滅多に見られない種族も居るので時折大陸から人間がやって来ては狩っていくし。

かといって人間以外の種族はここ以外に居場所はないのだ。

狩られるからといって出て行くわけも無い。

そんなわけで必然的に寄り集まってこの集落が出来た。

この大地で生きていくにはそれなりに力が必要だ。

この辺り一帯を覆う結界、その中でならなんとか生きていける。

後は食料だけ。

そこでだ。そもそもが国も手を出さず神の監視がない、という絶好のポイントなのだ。

戦争が終わり、船がお互いの国を行き来する今、この群島には一片の価値も無い。

呪われ資源も何も無い下手に近づけば疫病でも貰いかねない東西の間の辺境でしかないのだ。

注目する奴などいやしない。

レガノア教を信仰していても裏では、なんてのはごまんと居る。

最も人間は肉体的には貧弱、この大地にあっては10分も持たずに死に至るだろう。

かくして利害の一致である。

結界で保護された集落、そこをある程度表を出歩けない人間に貸し与える、その代わりに食料の供給。

というわけでこの集落は現在、人間達の何かしらの裏取引の場となっている。

場合によってはギルドを通して人間から仕事も請け負う。もちろん少々アレな仕事だが。

つまるところ内情はともかく戦争が終わり表向きは世界平和という状況に牙を剥く連中と人間社会の屑の吹き溜まり。

とくれば普通には売られない武器やら販売禁止の品やら女子供やらが見事にここでは商品として流通している。

…要するにこれ以上は下は無いという治安の悪さ。

女子供が一人で出歩いていれば真昼間でもヒャッハーされるだろう。

というわけで必然的に依頼の質もヒジョーに悪い。

面白いのは人間討伐ぐらいだ。

どこぞの貴族の暗殺とか。

とても人気のある仕事で速攻無くなる。

かくいう少女、マリーもまたその仕事を待っている一人だ。


「…嘘だろう?」

「それがマジらしい」

「…ガセネタ掴まされたんじゃねえのか?」

「俺がそんなミスするかよ。…マジだ」

「信じられネェ…」


カツ、カツ、カツ。


「――――――暗黒魔法が使えるようになった、なんぞよ…」


カツン。


何事も無かったかのように騒がしい酒場、それでも空気が変わった。

耳を欹てる。

仲間を見やれば背中を向けたまま娼婦と会話をしているが頭部から生えた耳がこちらを向いている。

この場に居る誰もが同じようなものだろう。


二人だけがそれに気付く事も無く話を続けていた。


「…何で使えるんだよ?そいつが特別なのか?」

「そういうわけでも無いらしい。きっちり術式が起動するらしい」

「…暗黒魔法なぞ眉唾だと思ってたぜ…」

「ほとんどお伽話みてぇなもんだからな」

「何でそれが分かったんだよ?」

「カーマラーヤ紙片にあった術式を魔道学院のガキ共が遊びで試してみたんだと。…全員死んだそうだ」

「あのペテンのカルト資料かよ!?…偶然じゃねぇのか?」

「末端とは言え貴族だったらしいからな。現場検証って事で魔道院の魔術師もやったそうだ。で、同じ様に死んだだとよ」

「…その情報、どこで知ったんだよ?」

「機密事項になってるがな。王都じゃいくらか裏には出てきてる。隠しきれるもんじゃねぇ。ガキ共の捻じくれた死体を見つけたのは一般人だからな」

「…あまり喋らねぇ方がいいだろうな…」

「その一般人も死んでるからな。ここ以外じゃ口にしないほうがいいだろう」

「あ?何でそいつらも死んでるんだよ?」

「天使様直々に粛清してったそうだ」

「…ならマジくせぇな」


カランカラン。

二人の会話を遮ったのは軽やかなベルの音だった。

軽く舌打ちした。いいところだったのに。


「…お嬢ちゃん、ここじゃ酒しか出してねぇよ。帰ってママのおっぱいでも飲んでな」


店主の言葉につられて入り口を見やれば。


「じゃあぎゅうにゅうください」


…何と言えばいいのか分からない。

確かに、希少な種族もここにはいる、が。

きょろきょろと辺りを見回す幼い少女。

長い黒の髪にふっくりとした白の肌。

頬は血色よく薄桃でぽってりした唇は濡れているかのような輝きだ。

異様なのは。


右を向きながら左を見ている。

左を向きながら右を見ている。

下を眺めながら同時に上も眺めていた。


二つのまん丸とした瞳とは別の額の目で。

それぞれ色が違って非常にカラフルな少女だった。


「………」


どんな奴にでも相対してきたであろう流石の店主も真正面から声を返されれば最早声も無いらしい。

カウンターに黙って牛乳を出した。

あの店主が敗北するのを始めて見た。

ちょこちょとカウンターに歩みより、よいしょと椅子によじ登る。

それはいいがその格好は割と真剣にどうにかしたほうがいいとぼんやり思った。

真っ白な足と真っ白な手を一生懸命に差し伸べる姿。

しかも明らかにあの布の下は裸だ。

椅子によじ登る時にちらりと桃のような尻が見えるか見えないかの瀬戸際だった。

大きなグラスを両手に握ってんくんくと飲んでいる。

ロリコンでなくともヤバイ。

声を掛けたのは本当に思わずだった。


「貴女、その格好はどうかと思うのだけれど」






荒野を歩き続けて二時間。

途中で時計を作ってよかった。


神頼みというのも時には悪くないようだ。

遥か前方、熱砂に霞がかってはいたが確かに街があるのを私は見つけていた。


「…どーもー」


門らしきものを潜る時は思わず声を掛けてしまった。

熱砂を防ぐ為らしい高い壁に覆われた街。

明らかに、明らかに暗黒街であった。

そこらじゅうに転がる浮浪者。

五体満足ではないのが多いし何より目つきがアカンわ。

近寄らないほうがいいだろう。

全体に煙る奇妙な霞。

妙な臭いがする。

薬品だろうか?甘ったるい臭いと混ざって非常に混沌としている。

平気っぽいので放置だ。

とことこと歩き、どうするか考える。

そういえばアスタレル先生が言っていた。

お金を作って護衛でも雇いなさいと。

おかね…。

魔水晶を売る?

少々勿体ない気もするし何よりこの街で売ったら店を出た直後行方不明後日バラバラ遺体となって発見となる気がしてならない。

別の方法で作るべきだろう。


思いついた。

いや、卑怯かもしれないが背に腹は変えられないのだ。


おかね、おかねとブツブツ呟きながらカタログを開いた。

予想通り。

カテゴリーは生活セット。

お金が作れそうで何よりだった。

魔力の無駄遣いは避けたいが魔水晶を売るよりマシだろう。


握り締めて微かにご飯のにおいのする建物へと入る。

ガヤガヤと人も多そうだ。

護衛とやらも雇えるかもしれなかった。

話だけでも聞けるだろう。


カランカラン


古典的な音だった。


「…お嬢ちゃん、ここじゃ酒しか出してねぇよ。帰ってママのおっぱいでも飲んでな」


アスタレルよりはマシな対応だ。

即座に返事をする。


「じゃあぎゅうにゅうください」


答えてから思ったが酒しか無いと言っていた。

牛乳はあるのだろうか。

辺りを見回していると妙に視線を感じる。

左右と床と天井を眺めていると。

コトリ。

カウンターに置かれたグラスには白い液体が並々と注いである。

あったらしい。

まあ頼んだのは事実なのでありがたく飲むとしよう。

妙にしーんとしてしまった人ごみを必死にかきわけかきわけ、カウンターに漸く辿りつく。

これまた高い椅子に足をかけて両手を伸ばしひーこらとよじ登る。

まったくとんだところで小冒険だ。


グラスを落とさないように両手で包んで持ち上げうまうまと飲む。

うむ、ただの牛乳だ。

気が利くようだ。甘い。

砂糖か蜂蜜でも入れているようだ。

微かな苦味はブランデーだろう。

素晴らしい。

この店主にはこの私が立派な加護を与えてやろう。

そう決めた。

それにしても食べ物もちゃんと受け付けるらしい。この身体は。

足をブラブラとさせて牛乳を味わっていると涼やかな声が掛けられた。


「貴女、その格好はどうかと思うのだけれど」


「む」


振り向いて、驚いた。

驚いたなんてもんじゃない。

美少女だった。

とんでもない美少女だった。

こんなガラの悪い酒場には…失礼、こんな賑やかな食堂には場違いだ。

薄い金髪をたっぷりとたくわえ、少し青白く見える肌。深いガーネットの瞳は本当に宝石のようだ。

真っ赤なゴシックロリータなドレス、西欧人形のような美しい造詣。

と言うよりも本当にそのまま人形を大きくしたようにさえ見える。

年のころは、今の私と対して変わらないだろうか?

けちをつけるなどとんでもない、見事な金髪ロリだ。

ゆるくウェーブがかった金髪からは時折同じ色のコウモリが飛び出しては再び髪の毛に戻っていく。


………ん?コウモリ?


パタパタパタと身体の回りをコウモリが飛んでいた。


「…そのコウモリ…」


しゃなり、と髪を掻きあげる仕草も文句無く上品だ。

貴族のお姫様のようだ。


「わたくしは吸血鬼ですもの。ご存知ない?」


「はあ…」


鈴が転がるような綺麗で弾むような声。

吸血鬼、吸血鬼か。チューチューと血を吸うあれか。

…ファンタジー世界のお約束だが、いざ目の前にすると声なんて出ないものだ。

でもまあ吸血鬼といわれれば確かにしっくり来る風貌だ。

人間と言われた方が逆に怪しい。


「せめてこれでも穿きなさいな。そういう趣味であったなら余計なお世話かもしれないけれど。見えていてよ?」


ひょい、と摘みあげるようにフリフリの…ハンカチ?を差し出された。

はて?

むぎゅと掴んで眺める。

ハンカチかと思ったが違うようだ。

広げてみた。

ゴム。

フリフリ。

レース。

パンツだった。


「………」


くるりと返して後ろを見る。

パンツだ。

ロリな美少女にパンツを貰ってしまったようだ。

見えていてよ?

見えていてよ…。

見え、見え…見える?

風が吹き込んできた。

すーすーした空気は気持ちいいものだ。

叫んだ。


「見えたああああぁぁあぁぁぁぁぁぁぁああ!!!」


叫んでダッシュで物陰に隠れて穿いた。

ダッシュで美少女の下に戻る。


「ありゃっとござっしたぁあぁあ!!!」


斜め45度、美しいおじぎを決めたのであった。


「あらそう。そういう趣味ではなくて良かったわ」


「そんな趣味は持ってません!」


忘れていただけである。

実にありがたかった。

アスタレルも意地が悪い。

服について言ってくれればいいのに。


「グラン、貴方いいものを作るのね?わたくしにも入れて頂戴」


店主に美少女が声を掛けた。

多分私の牛乳をさしているのだろう。

確かにコレはいいものだ。


「おいマリー、冗談キツイぜ。お前がこんなもん飲むのかよ」


「もちろんわたくしの犬に飲ませるに決まってるじゃない」


犬?

そういやこの少女は吸血鬼なのだ。

牛乳なんて飲まないだろう。

しかしこれを犬に与えるのもどうだろう。


「は、そいつは傑作だ。鳴いて喜ぶだろうぜ」


げらげら笑って店主は奥に引っ込んでいった。

なかなか豪快な店のようだ。


「ところで貴女、種族はなんなのかしら。三眼族とも違うのね?」


三眼族?

すごそうだ。

種族、神?

いや、そのまま答えると痛々しいな。

しかし自分では人間に見えるものと思っていたのだけど。

何か違うのだろうか?

ぺたぺたと顔を触ってみる。

普通に人間のようだ。


「その目は見えているのかしら?それとも心眼?」


ひらひらと美少女が私の額に手をかざしてきた。

ふりふりと視界に小さな手の平が踊る。

額に何かあるのだろうか?

触ってみた。

確かに何かあるようだ。

横線?


「あら、ちゃんと閉じるのね?貴女面白いわ」


むむむ。

さっぱり分からない。


「まあいいわ。取り合えずわたくし達はこれから出かけねばならないの。縁があったらまた会いましょう」


「あ、ハイ」


彼女の大人っぷりに比べて私の返事の貧困な事…。

私もいつか彼女のような洗練されたふるまいを出来るようになりたいものである。

その為にはまず服を購入すべきだろう。


奥のテーブルに座っていた全体的に黒い犬耳青年、いや、ギリギリ犬耳おっさんと頭にネジの生えた変わったツギハギ青年に声を掛け、

連れ立って酒場を出て行く少女…マリーと言うらしい、を見つめながら私は服を買うことを強く決心したのだった。






「で、早速情報屋に行くのかね」


「決まってるでしょう?情報は劣化するものよ」


犬耳を生やしたオリエンタルなアラブ系美丈夫に軽く返事を返し、マリーは情報屋のもとへ向かっていた。


「…行くだけならマリーだけでいいだろう。何故私達まで行かねばならんのだ」


「貴方が居ると交渉がスムーズで楽だもの」


それを聞いた男は苦虫を100匹は噛み潰したような顰め面になった。


「冗談はやめて頂きたいね。私は奴が嫌いだ」


「そう?お似合いよ、貴方達」


ますます渋くなる顔にマリーは声を上げて笑う。

これだからブラドは面白いのだ。

からかい甲斐のある男だ。


ツギハギ青年は何も言わずにぼーっとしながら文句も言わず着いてくる。

向かうはこの街きっての情報屋、ルナドの元だ。

見てくれと性癖に問題は有るが彼女の持つ情報の信憑性は確かだ。

路地の一角、小さなドアを潜り声を掛ける。


「ルナド、居るかしら」


「居るに決まってるじゃない。久しぶりねマリー」


足を組んでティータイム。

彼女はいつでも余裕を持った態度だ。

建物の外観に似合わず内装はそれなりに金が掛かっている。

偏に彼女の趣味によるものだ。


「聞きたい事があるのだけど」


「ふふ、貴女で三人目よ、マリー。例の王都の事でしょう?」


「ええ」


「さて、どうしようかしら。この情報を扱うのはそれなりに危ない橋を渡るのよ」


「そうね。ブラドとの一日デート券でどうかしら」


「乗ったわ」


「ちょっと待ちたまえ」


横合いからの即座の突っ込みは二人に華麗に無視され会話は続く。


「さて、どこから話そうかしら」


腕を組み顎に指を当て考え込むルナド、マリーは優雅にルナドが入れた紅茶を口に運んだ。

聞く耳も持つ気は無いらしい二人にブラドは怨嗟の声を漏らした。

全くもって、実に、冗談ではないのだ。


「マリー…、仲間を売るのは関心しないのだがね?」


「いいじゃない。お似合いよ。そろそろ年貢の納め時じゃないかしら」


「マリー、いい事言うわね」


ルナドがばっちり決まった化粧でウィンクした。

星が飛び散りそうないい笑顔だ。


「…私は美女は好きだがオカマとデートをする趣味はないのだが」


「失礼ね、アタシは身体は男だけど心は女よ。それにそこらの娼婦よりイイ思いをさせてあげるわよ?」


鳥肌が立った。

全身を掻き毟る。


「ケツを掘られたいなら運び屋にでも頼め。あのホモなら喜ぶだろう」


「ブサイクは嫌よ。…そうね、王都の事だったわね。最初から言った方がいいわね」






王都の中でも最大級の魔術の知識の塔。聖都魔道学院、その高等部。

その中でも少しばかり素行の悪い5名。

と言ってもどの年代の子供にも一定割合は居るであろうというレベルの悪であったが。

3ヶ月後に卒業を控えた彼らはそれなりの成績を収め、将来的にも安泰と言えるレベルの職にありつける事が既に決まっていた。

暇を持て余した彼らは学院から数枚の紙切を借りた。

オカルトと名高い魔道書の一部。カーマラーヤ紙片と呼ばれる物だ。

この魔道書が有名なのは少しばかり理由があった。

古文書と言って差し支えない年季の入りっぷりだが内容は意味不明のものばかり。

昔から研究されてきた紙片であったが、出された結論は古代にあった国のおまじない書。

若しくはカルト教の呪術師、魔道師がそれらしく記したもの。

つまりは内容的に資料として全く意味の無い物。研究価値なし。

…が、この紙片に限らず、似たような内容の魔道書が時代、場所を問わずいくらか出てきている事から、何かしらの暗号、あるいは古の禁術では無いかと昔から一定層に実しやかに噂されている代物なのだ。

好奇心、探究心、もしかしたらという期待。実際に記述通りの術を行ったらどうなるのか。

この紙片を保管する学院ならではの卒業生達の通過儀礼と言って差し支えなかった。

術を行い何が起こる事もなく、ああやっぱり噂は噂、誰かが書いた意味の無い物なのだろう、こんな物の為に何をしていたのかと仲間達と笑いあう。

そしてまた今回もそうなる筈だった。

今まで多くの人間が試してきたであろう邪法。


深夜の学院の屋上。

彼らは紙片に書かれた材料を持ち寄り、紙片に書かれた通りに魔方陣を書き上げ、そして神を呪うとされる呪文を唱える。

異変に気付いたのは5人の中で最も成績の良かった少年。


「…なぁ、変じゃないか」


僅かな違和感ではあったが彼は感じ取った。


「何がだよ?」


「いや、なんかさ…寒くないか」


「え?」


熱帯夜。寒さなど感じるはずはない。


「なぁ、おい、ちょっと」

「おいおいおいおい…」


違和感でしかなかったものは次第に確信に変わった。


「おい、これ、続きは!?どうすんだよ!?」

「あるわけ無いだろ!!カーマラーヤ紙片だぞ!?書いてることはこれで全部だよ!!」


半ば恐慌状態に陥った彼らは我先に屋上からの逃亡を図る。

起動した魔方陣、そこから漏れ出る魔力は全くの未知の物。

総毛だつような寒気。

尋常ではない。


「――――ひっ――――」







「で、翌朝5人の生徒は見事ネジネジな姿で発見されたってわけね。直ぐ身元が分かった理由は頭だけきっちり残ってたからだそうよ。

 貴族の子供だったからね。事件究明って事でお偉いさんから魔道院にお達しがあって彼らが行った術の再現が行われた。

 可哀想にネェ、選ばれた5人の魔道師は術を執り行う前からガタガタブルブル漏らすんじゃないかってくらい怯えてたらしいわ。

 後で家族に名誉の褒章とお金が入ったから良かったのかしら」


「その後はどうしたの?それだけじゃないでしょう?」


「そうねェ。葬儀屋と魔道具屋が儲かったって喜んでたわね。

 直ぐにあらゆるオカルト本関係や呪具の類、全部お国がお買い上げになられて魔道院から暫く死体袋がバンバンきたらしいから」 


「馬鹿ね。片っ端から試したのかしら」


「でしょうねぇ。と言っても助かった人間も結構居るらしいわよ。術も発動したりしなかったりだったらしいから」


「何か法則性なんかあるのかしら?」


「そこまでは分からないわねぇ」


「カーマラーヤ紙片、ね。確か書いてあるのはヴェルドの秘術だったかしら。内容は下位悪魔を召還して相手を呪う。

 肝心の制御と送還が全部抜けてるからあれを行っただけならまあ当然の結果ね。

 人を呪わば穴二つ、見事に体言してる紙片よね」


くるくると金の髪で遊ぶマリーにブラドが声を掛ける。


「君が実際に試せるのならば話が早いのだがね」


「仕方ないわ。勇者に力の殆どを封印されてしまったもの。試したくても試せないわ。歯がゆいわね。ありがとルナド。

 貴女はいつでもいい女だわ。血を吸ってあげたいくらいよ」


「マリーったら相変わらずアタシの心にビンビン来るわ。じゃあね。ブラド、明日が楽しみね?」


「…………失礼するよ」


マリーとクロノアと共にドアを潜り、外へ出る。


ブラドは思った。


(さて、逃げるとするか)




ルナドの店から酒場へと戻る途中。


「あら」


路地裏。


「むぐぐぐぐ」


ヒャッハーされているらしいのは先の酒場であった三つ目の少女だった。








「100シリンだ」


私は決めた。服を買うのだ。

という訳で店主に牛乳代を支払い店を出る。

舐められない為に護衛は服を着てから探そう。

店はどこか分からないが歩いていればそのうち見つかるだろう。

パンツ一丁マントはいただけないのだ。


カランカラン


数人の男に囲まれたのは店を出て僅か10メートル程歩いてからであった。


「珍種だな。いい値段で売れそうだ」

「見た目も悪くねぇ」

「おまけに幼児だしな。変態なら幾らでも金出すだろ。こりゃいい拾い物だ」


猟師にとっ捕まった哀れな鴨の様に足をバタつかせて暴れる。

七面鳥にされるのはゴメンである。


「離せーっ!」


推定体重20キロが暴れたって痛くも痒くも無いらしい。

私の首根っこを掴む男は鬱陶しそうな顔をしただけで腕は離さない。

おのれー…。

乱暴に掴まれた襟首、何をするかと思えば力任せに布を剥ぎ取られた。


「ぎえええぇえぇぇぇえ!!おまわりさーーーん!!」


「あん?何でこのガキ、パンツだけなんだ?変態にでも飼われてたのか?」

「知るかよ」


「はなせー!ろりこーん!!」


ジタバタ。


「ちっ…うるせぇよ!誰がロリコンだ!!」


口を押さえられてしまった。

いや服を剥ぎ取る時点で十分にロリコンだと思うのだが。


「むぐぐぐぐ」


路地裏に連れ込まれてしまった。

絶体絶命の大ピンチである。

いざとなればその辺の石に頭でも打ち付ければぽっくりいって元の空間で生まれなおしでもすればいいだろうがそれは最後の手段だ。

助けてイケメンヒーロー!

心の中で叫んだのと涼やかな声が掛けられたのはほぼ同時だった。


「貴女、とてもお約束な子ね」


その声に人攫いのロリコンは気色ばんで振り返った。


「あぁん!?」


そこに凛として立っていたのはさっきの美少女吸血鬼。

赤いドレスを翻す。

黄金のコウモリがバタバタと辺りを飛び回る。

暗い路地の中、赤い目を輝かせてこちらを眺めるその人。

そのタイミング、その立ち姿。

余裕のある気品のある声。

完璧だった。

ぐうの音も出ない。

これがイケメン王子だったらそこから始まるラブストーリーだった。間違いない。

マリーさんかっこいい。


「確かにわたくしは下着を差し上げたけど、何も下着一丁にならなくてもいいのではなくて?それともやっぱりそういう趣味だったのかしら」


「むぐー!」


違います、という言葉は人攫いロリコンの手に阻まれて声にならない。


「へっ、ツイてるな。変態が好きそうなガキが増えやがった。セットで売れば値段が跳ね上がらぁ」


鴨にネギを背負わせるつもりのようだ。

その言葉にマリーさんは面白く無さそうに頬に手をあてて顔を顰めた。

上品だ。


「あら、わたくしを売り飛ばすですって?ご冗談がすぎるわ。

 貴方、この街の新参者ね。よりにもよってわたくしにそんな言葉を」


…有名な人なのだろうか?


「身の程を弁えない者は嫌いよ」


優雅な飛翔。


カッポォン!


いい音だった。

素晴らしいキック。

顔面を押さえてもんどりうって倒れ込むロリコン。

駆け寄ってカウントを取るまでもない。

一発KO。

ざまあみろ。

地獄が出来たらお前を地獄に落としてやる。


覚えてろ、月並みな台詞を吐きながら逃げていくロリコン共には目もくれず、パンパン、と優雅にドレスの裾をはらう姿も様になっている。


うん、決めた。

この人はイイ人だ。この人が一緒に行動しているなら残りの二人もイイ人だろう。

私はこの人に頼み込むことにした。

服を着て誰かに護衛を頼むつもりが服を脱いでパンツ一丁で護衛を頼む事になってしまった。

まあいいだろう。


「あの、マリーさん。貴女のヒーローっぷりを見込んでお願いがあるのです」



マリーさんと連れ立って歩いた先、居たのはさっきの二人だった。

マリーさんと私を見て犬耳のおっさんは顔を渋くする。

なんだろうか。


「マリー、君は分裂でもしたのかね?君のような幼児体系のおこちゃまが増えても嬉しくないのだが」


「あらそう?わたくしが分裂して困るのはあなたでしょう?」


「………」


これだけで力関係がわかった。

マリーさんを味方につければなんとかなりそうだった。


この三人はチームを組んでギルドから依頼を受けてお金を得る仕事をしているらしい。

それは具合がいい。

名前だけ名乗って身振り手振りを交えつつ話をする。


腕を組んで見下ろしてくる犬耳おっさん。


「君のようなおこちゃまの護衛?何が悲しくて保護者などしなくてはならんのかね。マリーだけで手一杯だよ。

 美女なら喜んでするのだが。10年経ったら考えてもいいがね」


分かりやすいおっさんである。

しかしここで引くわけにはいかないのだ。

私の未来の為にこのおっさんには犠牲になってもらう。

懐から小袋を取り出す。

チャリンチャリン。

ひっくり返した。

中身はもちろん黄金色の菓子である。


「有り金全部でお願いします!」


犬耳おっさんの目がキラリと光った。


「…ほう、いやなに、君の様な幼い子供を守るのも男の役目だ。話だけでも聞こうじゃないか」


現金なおっさんのようだ。

扱いやすくてよろしい。

異を唱えたのはマリーさんだった。


「…いいえ、わたくしはお金よりもそのリュックの中身が良いわ。何が入っているのかしら?

 魔石?呪具かしら?それとも霊水?何でもいいわ。今は少しでも魔力が欲しいの。試したい事があるのよ」


「ふむ?持っているのかね?確かに今はそちらの方が必要だがね」


む、どうやら二人の要求はリュックの魔水晶に決まったようだ。

マリーさんの嗅覚は中々のようだった。

お金のほうがいいのだが。

ツギハギ青年は特に意見はないらしくぼーっとしている。

…しかしあのでかでかと慇懃無礼と書かれたシャツ、作るほうも作るほうだが着るほうも着るほうだ。

どんな趣味だ。

まあそれはいい。人の趣味はそれぞれなのだ。

うーん…魔水晶か…アスタレルが貴重品だって言ってたし。

この二人が欲しがるのも分かるのだがいかんせん私の大事な鯖読みエネルギー源なのだ。

天秤にかける。ぐらぐらと絶妙なバランスで揺れる。

だってこの三人、すんごい強いのだ。


うぬぬぬ…。この三人のステータス。

相場はわからないけども。この街の住人達と比べると一際抜きん出ている。



名 マリー


種族 魔族

クラス 吸血鬼(封印状態)

性別 女


Lv:1200

HP 5800/5800

MP 200/200



名 ブラド


種族 亜人

クラス 人狼

性別 男


Lv:1100

HP 8500/8500

MP 2500/2500



名 クロノア


種族 魔族

クラス 人造人間

性別 男


Lv:1000

HP 15000/15000

MP 1000/1000



…と、ステータスがそれぞれマリーさんが真っ赤だけども魔法一覧がギッシリ詰まった魔力特化、ブラドさんが攻撃力はそこそこ、防御力は紙の敏捷特化、クロノア君が防御力と攻撃力に全てを振った腕力特化。

各個撃破ならともかくこの三人でチームを組んでいるのだ。

それぞれの弱点を互いが補い合い長所を伸ばしあうのだろう。

ちなみにこの街のざっと見た平均はレベル20前後。

この三人、異様である。しかもマリーさんは何やら封印されているようだ。ステータスが二人と比べて少ないのはそれでだろう。

ラスボスか。

そしてアスタレルの化け物ぶりと私の最弱ぶりも異様だ。

悩む、悩みすぎて頭から湯気が出てきた。

…しかし先ほどの事といい、これから先の事を思えば…必要な投資かもしれない。

天秤が傾いた。

いそいそとリュックを開いて中身を見せる。


「た、足りますかね…」


「…驚いたわ」


クロノア君は分からないがマリーさんとブラドさんはどうにも呆気に取られているようだ。


「…これは、本物の魔水晶かね?」


どうやらご満足いただけそうだ。


「クーヤ、貴女中々すごいものを持っているのね。報酬としては十分よ。その…お団子?魔力の塊のようね。

 どうやって作ったのかしら。それが良いわ。期間はどれほどかしら?」


いつの間にか名前が略されていた。

まあそっちの方が呼びやすいだろう。


「えーと…」


期間。全然わからん。

地獄が出来て上位悪魔が出てこれるようになるまで?

…どれくらいかかるのだろう。


「決まっていないの?そうね、それならまずはこのお団子を三つほどいただける?

 期間に対して報酬として不十分になれば追加をお願いするわ」


「はい、それでいいデス」


思わずアスタレル口調になってしまった。

魔んじゅう三つ。でこの三人。

桃太郎状態だ。

結構いい投資なのではと思う。


「どうでもいいが君のようなおこちゃまが特殊性癖に目覚めるのはまだ早いと思うのだがね。服くらい着たまえ」


忘れてた。

クロノア君の慇懃無礼シャツを借りた。

裸マントがパンツ一丁マントになりマントが失われパンツ一丁になりついにパンツ一丁だぼだぼシャツに進化した。

本で服を出せばよかったと気付いたのは普通に服を購入してからだった。

服を手に入れ、ごそごそと着替える。

うむ、全然サイズがあっていない。

本で作ったほうが良かった。

後の祭りだ。

忘れていたのだから仕方が無い。


「護衛と言ったけれど。どこか目的地なりに行くのかしら」


マリーさんの問いに考える。


「うーん…」


悩むところである。

めでたく身を守る為の護衛を雇ったはいいが。

この後どうするのかといえば地獄を作ってアホ面晒してぼーっとする事である。

ぼーっとして瘴気を撒き散らし魔物の制作に励み、彼らに領土開拓を頑張ってもらいつつ魔力を溜め込むのだ。

まあ取り合えずアスタレルの言が正しければこの辺りからは離れない方がいい筈だ。

神の居ない魂取り放題の悪徳の街である。

さしあたってはこの辺りに居を構えてもしも天使や勇者に会ったらこの三人を頼ったり逃げ回ったり、というのがいいのだろう。

光明神に注意しろとは言われているがどう注意すればいいのかも分からないのだ。

そこは考えないでおく。

ひとまずは分からない事だらけだし、暫く身の振り方を考えるべきだろう。

この世界の事を調べるのも必要だ。


「マリーさん、この辺りに取り合えず住みたいのですが、もっと治安の良い街とか無いですかね」


私の問いにマリーさんは顎に手を当て上品に悩んだ。


「…この街しかないわね。何処まで行っても荒野だもの。住むならここしか無いわ」


予想外な答えだ。

どうしたものか。

地図では結構広かった気がするのだがこのデンジャラスな暗黒街しかないとは。


「そういえば二ヶ月程前から住み着き始めた男があちこちに延々と穴を掘っていたな。イグアナが家が傾いたと喚き散らしていたぞ。」


「…ああ、前は薄気味悪い程穴が開いていたわね。今は無駄に穴に物を詰めたがる女と化学反応を起こしてすごい事になっているらしいけれど」


「…一応聞いておくが何を詰めている?」


「酷い臭いだそうよ」


「分かった。二度と近づかん」


そこらの魔境より酷い街のようだ。

しかし仕方ない。


「じゃあ暫くここに住みます。どこかいい所はないですか?」


「正気かね?」


速攻突っ込まれた。

まあそう言われるのも分かるのだが。

私もそのイグアナさんとやらの居る場所は行きたくない。


「わたくし達が住んでいる住居だけど確か空き室があった筈よ。そこでどうかしら。

 曰くつきだけど貴女は何だか平気そうだし護衛もやりやすいわ。普通の宿屋では貴女すぐ襲われそうだもの」


襲われるかは兎も角それなら安心だ。

曰くつきというのは気になるが。

場所はあの酒場の近くらしい。

というかあの酒場、あの体たらくでギルドらしくマリーさん達の仕事場なのだそうだ。

そしてマリーさん達の住む場所には同業者が多く住んでいるのだとか。

宿舎みたいなものなのだろうか。

私が住んでいいのかどうかわからないが三人とも気にしていない様子だし別にいいのだろう。

私はそこにお邪魔する事に決めた。



むやみやたらと屈強な大家に必死に背伸びしてひとまず一か月分の金銭を支払い、鍵を受け取る。

大家が言うにはここは本来冒険者、ギルドからの依頼を受ける人間しか住めないのだそうだ。

ただ、私が住む駆け出し用空き部屋はもう長い事誰も入居しないらしく、マリーさんたちの紹介だし金さえ払うなら別にかまわんという事らしい。


「住人同士のいさかいならまぁ…お前さんみたいなガキンチョに手を出す奴が居たら俺に言えば何とかしてやる。けどあの部屋だけはどうしようもねぇ。住人が全員発狂したり自殺したりしてるからな。噂が立って誰も住みゃしねぇんだ。

 絵が動くだとか窓から誰か見てるだとかな。」


…大丈夫だろうか?

不安である。

まあいいか。

なんとかなるだろう。


ガチャリ。


案内された部屋に行き、少々ドキドキしながらドアを開けた。

開けた瞬間ギャーとかなったらどうしようと思っていたがそんな事もないようだ。

すこしひんやりとしているがそれだけだ。

むしろ外が暑かったぶん具合がいい。

これなら住みやすいだろう。

本で家具でも作って居心地よくしようではないか。

部屋には簡素なベッドと簡単なキッチン。それだけしかない。

確かに窓もあるし絵も飾ってあるがそれだけだ。

ベッドへと寝転がってカタログを開いた。

趣味の悪い服を眺めながらこれからを思う。

そも魂を地獄に落とすというのがよくわからんのだ。

人魂がぷりっと出てきてそれを食べるのだろうか?

というか最初にやるべき事らしいが地獄はどうやって作るのだ。

その辺りを言っておかないあたりアスタレルは気の利かない奴である。

レディの扱いがなってないな。

地獄、地獄ぶつぶつと呟きながらカタログを開いて目が飛び出た。



商品名 地獄


地獄を作ります。

まずはここから。

一度作ればその後はどこにでも出入り口を自由に作成できます。

第九層までありますので開拓を頑張りましょう。



なんてこった。

売り物だとは思わなかった。

アホのように高い。

アスタレルが私に魔水晶を与えるわけである。

確かに逆立ちして裸踊りしたって無理だった。

暫く悩んだがこれを買わねばどうにもなるまい。

リュックを漁って魔んじゅうを大量に口に詰め込む。

そろそろ魔んじゅうの味にも飽きてきたのだが。

結構な量を頬張ったところで字が黒くなり購入可能になる。

勿体無い…。

木の枝を握り、床に地獄と書いた。

木の板なので実際に書けるわけではないが大丈夫のようだ。


床にじわじわと黒い染みのようなものが広がる。

紫や赤の光を炎の様に吐き散らす黒い光。

悪魔の住まう地獄へと続く奈落の穴。

………なのだが。


「ちっさ!」


ちっせぇ。

10センチほどしかない。

腕を突っ込んでみた。幼児の腕なのにキツキツだ。

すぐ底に行き当たってしまった。

ちっさいし底が浅い。

いい値段を払ったのに酷い商品だ。

消費者センターに連絡すべきレベルである。

これを開拓するなど何年掛かるかわかったものではない。

カタログの最後の商品、転生に思いを馳せる。

遥か遠き夢なるかな…。

それにしてもこれに魂を取り込むのか。

どうやるのだろう。

放り込むのだろうか?


「ん?」


穴の傍に何かある。


[自動洗浄]


捻るスイッチが付いている。

好奇心に押されるままに速攻捻ってみた。


ジャー、ガボ、ガボガボガボガボ…キュッポン


「うわぁ」


完全に水洗トイレだった。

言い訳しようもなくトイレだ。

地獄はトイレにあったのだ。

部屋に地獄はあり地獄はトイレだったのだ。

私は高い金を出して地獄トイレを買ったようだ。

どうやら部屋にあった何かを吸い取ってしまったらしい。

何かを吸い取ったところ、自動洗浄のスイッチが消えてしまった。

どうやら吸い取れるものはもう無いらしい。

…何を吸い取ったのだろう。

気になるところだ。

見回してみたが特に気になる事は無い。

強いて言えば絵が飾ってあって窓もあんな形ではなかった気がしたのだが。

気のせいだったろうか。

この本にはまだまだ不思議な事があるようだ。

要研究といったところだろう。

そういえば出入り口が自由に作れるとカタログに書いていた。

蠢く地獄の穴を眺めてみる。

これがまあ、出入り口だろう。

取り合えず消してみたいところだ。

見たところどうにも輪っかのような物が置いてありその中が穴になっているようだ。

輪っかを摘んで持ち上げてみた。

地獄の穴が塞がった。

床においてみる。

じわじわと穴が開いた。

扱いやすいといえば扱いやすいが。

まあ一見アクセサリーに見えなくもないので持ち運びに困る事もないだろう。

腕に通して腕輪替わりにしておいた。

これでよし。

あとは魔物の製作所が必要なのだ。

地獄はトイレでちっさかったが出来たのだし。

二畳半の狭い所できのこを生やして引き篭るのだ。

暫くは部屋に引き篭るとしよう。

何せこの部屋は恐ろしいほどにクソ狭いのだから。

そういえば大家が駆け出し用の部屋だと言っていた。

そのせいだろう。

具合がいいと言えば具合はよかった。

マリーさん達に色々と話を聞きながらカタログの内容を把握すべきだろう。

忙しくなりそうだった。



早朝。

コツ、コツ。控えめにドアを叩く音。

誰だろうか。


「クーヤ、わたくしだけれど」


マリーさんだった。

大急ぎでドアを開ける。

マリーさんは吸血鬼なのに朝型のようだった。

不思議な人である。

ブラドさんは多分寝ているだろう。

昨夜は女性を連れてのご帰還であった。

野暮なので声は掛けなかった。

ただし汚い物を見る目で見させていただいた。

クロノア君は全く姿を見ていない。

というかあの人は寝るのだろうか。

謎である。

ブラドさんは分かりやすいが後の二人は不思議ちゃんだ。


「昨夜は大丈夫だったかしら?ここには未だ前の住人が何人か居て暴れているの」


「………」


さらっとすごい事をおっしゃった。

前の住人が何人かってつまりはそういう事だろう。

幸い何も無かったが…。

恐ろしい…恐ろしい部屋だ。

振り返ってじーっと部屋を見つめる。

まだ薄暗い部屋、何も無いように感じられるが…マリーさんはもしや霊感少女でもあるのだろうか。


「…あら?クーヤ、貴女何かしたの?」


部屋を覗き込んだマリーさんが不思議そうに首を傾げた。

何かって何だろう。

何かやったっけ。

強いて言えば地獄トイレを作ってみた。

何かと言えば何かだ。


「住人が居なくなっているわね。自我も強くて暫く居座ると思っていたのだけど」


「居なくなってるんですか?」


それは良かった。安心して住めるというものだ。


「ええ。これなら大丈夫そうね。何処に行ったのかしら。戻ってこなければいいのだけど」


…中々に不安な事をおっしゃる人である。

戻ってきたらイヤだなぁ…。


「まぁ…外に出たのなら直ぐに自我も消えて他の死者と混ざるでしょう」


「…他の死者?」


居るのか。

幽霊は嫌いなのだが。

私の問いにマリーさんは不思議そうな顔で首を傾げた。

うむ、お人形さんみたいで愛らしいぞ。


「…居るものでしょう?貴女はとても不思議な子ね」


むしろ居るのが当たり前の様な口調だ。

不思議さんに不思議扱いされてしまった。


「…死者なんて普通に居るものなんですか?」


「…クーヤ、前から思っていたけれど、貴女どこから来たの?異界人なのかしら。魔水晶もそこから持ってきたの?」


「異界人?」


「偶にね。異界からの流れ者が居るのよ。次元の隙間に飲み込まれたのでしょうね。

 科学の発展した世界だとか宇宙を彷徨う船だとか滅亡しかけた世界だとか、この世界とは全く違う世界よ」


近い。

悪魔の世界からきました。

その設定でいこう。

それなら色々聞きやすい。


「…それならその異界人かもしれません。来たのは昨日ですけど」


そう答えるとマリーさんは呆れた様なお顔。


「…随分馴染んでいるわね。普通なら錯乱して暴れるなりするのだけど」


そりゃそうだ。


「何にも無いところから来たので。逆に嬉しいというか」


性格の悪い悪魔が一匹居ただけであった。

離れられて結構なことである。


「…そう。まあいいわ。死者の話だったわね。クーヤ、貴女はきっと普通に死ぬ事が出来る世界から来たのでしょうね。羨ましいわ。

 この世界は死が無いのよ。遥か昔にはあったのだけど。今は無いの。

 レガノアに認められた者は死の御使いに導かれ天界に行ける。逆に言えばそれ以外の者は死ぬ事が出来ない。

 この地が呪われているのはここで人が死にすぎたから。今でもここには死者の魂が消滅できないまま彷徨っているの。

 神が居ない土地、というのはそれが理由よ。

 ここに居る者たちはあまりにも世界や神を恨み過ぎる。神や天使などの御使いがここに来れば霊体ごと消滅しかねない。

 自我と呼べる物はもう無いでしょうけど、あまりにも数が多すぎて既に一個の巨大な死霊と化しているもの。

 肉体は滅ぶ。でも魂は消えない。何処にも行けず、彷徨うだけ。肉体という明確な自分の境界がないから長い時間を掛ければ薄れて消えてしまう。

 それを待つしかない。

 術で魂の結晶化を行えば何時までも持つし、その状態で協会に持っていけば金銭と引き換えに生き返る事も出来るわ。

 異界人が言うにはここは魂の墓場だそうよ。一度この世界に生まれてしまったら何処にも行けないから。

 …天界に導かれる事が出来た魂はどこか此処とは違う所へ行けたのかしら」


最後は独り言の様に呟くとマリーさんは黙ってしまった。


「………」


…嫌な話だ。

死が無い、とは。

この世界は生に満ち溢れ、その重さで歪みきっている。

気持ちが悪くなった。


…しかし少し気になる。

私のスキル、ウロボロスの輪ってこの世界ではどうなのだろう。

神とて死ぬとアスタレルは言っていたし今まさにマリーさんも神が消滅するとおっしゃったが。

私の魂が輪廻から外れて不滅ってどういう状況なのだろう。

暗黒魔天様にはとてもじゃないが人で言うところの魂とかあるようには思えないのだが。

駄目だ頭から湯気が出てきそうだ。

私にも魂があるのだろうか?急に不安になってきた。

しかし今の私はこうして肉体らしきものを持って活動しているのだ。

魂らしきものがあるのだろう。多分。

前世だってあったのだ。

このスキルが無ければ輪廻に行けちゃうのだろうか。

この世界の住人は行けないのに。

それともこの世界の住人と同じく魂だけになるのか。

どちらにせよこのスキルがあるので確かめる事は出来ない。

その辺りを考えればいい事である。

輪廻に行くなら良かっただろうが魂だけになるだと大変だ。

この世界の現状が良くないのは確かなのだ。薄気味が悪い。どうにかしてやりたいとは思っている。

最終目標はこのスキルのリセットを伴う転生だったのだが…この世界がこの状態のままの間は役に立つだろう。

というかこの世界をどうにかしてまともな状態にしてもこのスキルがある限り輪廻に行けない私は死ねないのか。

やっぱり転生すべきだ。

その為にもレガノアの天下は奪わせてもらう。

私の順風満帆な未来の為、奴にはぎゃふんと言ってもらうのだ。

そうなると…ここに居たという住人。

昨夜のトイレ事件を思い出す。

もしや地獄に吸い取ってしまったのはそいつらだったのか。

まあいいか。

天国にも行けないようだったし、緩やかな消滅より俄然いいだろう。

地獄に行って輪廻へと巡れたのならば次はいい人生を歩んでいただきたいものだ。

蜻蛉とかだったらご愁傷さまだが。

それにしても魂の結晶化、か。

ぞっとしない話だ。

なんというかクローンだとかの生命の神秘的な感じの…禁断の領域というのか?

踏み越えてる気がするのだが。この世界だとそうでもないのか?


「それで…クーヤ、わたくし達は普段はどうすればいいのかしら?

 貴女、何かすることがあるの?」


むむ、そうか。

一日引っ付いてなきゃ護衛は出来ないのだ。

引き篭もるつもりだったが…予定変更だ。

引き篭もるのは夜だけにしよう。

流石に一日中この家に引き止めるのも悪い気がする。

魔んじゅうを報酬として支払っているがあれは金にならなさそうだ。

彼女達もお金を稼がねばならないだろう。

瘴気を溜める速度が半分になる気がしないでもないが…まあいいだろう。

アスタレルが見せた瘴気を思えば、気体っぽかったし部屋を締め切っていれば夜だけでも少しずつ溜められそうだ。

それにマリーさんの話を聞く限り、この土地に居るのはかなり安全だ。

アスタレルの言葉は正しかったというわけだ。

むしろ気をつけるのは生者、昨日みたいなゴロツキだろう。

あとは勇者か。

天使と神が来れないというのだ。

レガノアの邪魔というのも多分勇者を使ったものになる筈だ。

とくれば昼はマリーさん達が私にくっつくよりマリーさん達に私がくっつくでいいだろう。


「私は特にすることが無いのです。少々身の危険を感じているので護衛が欲しかったのです。

 なのでマリーさん達は自由にしてください。引っ付いていきます」


「そう?それなら助かるわ。ギルドに顔も出しておきたいし、わたくしの研究も捗るわ」


お昼ごろに迎えに来るわ、言い残してマリーさんは去っていった。

ギルド、ギルドか。面白そうだ。

ちょっと楽しみだった。

何かご飯でも買ってこようかな。

外に出るなら誰かに付いて来て貰った方がいいだろう。

マリーさんは何か研究したいことがあるといっていた。

ブラドさん…無いな。

昨夜の女性と致していたら困る。

クロノア君にしよう。部屋は全員分聞いているし。

もう暫くしたらリュックを背負って出かける準備をしよう。



クロノア君の部屋のドアを叩く。

準備はばっちりだ。

本の生活セットで新たにお金を作って懐もホカホカである。

便利なものだ。

朝ごはんの物色には具合のいいお腹具合。

別にお腹は減らないが気分的にそうなのだ。


ガチャリ


ぼーっとしたクロノア君が顔を出してきた。

今日は因果応報シャツのようだ。

寝ていた様子はない。

やっぱり寝ないんじゃないかこの人。

遠慮して時間潰しとかしなくてよかったか。


「…………」


何も言って来ないのでこっちから用件を切り出すとしよう。


「朝ごはんください」


じゃなかった。乞食か。


「違った。朝ごはんを買いに行くのでちょっと付き合ってください」


まあまあだろう。

クロノア君はぼーっとしたままのそのそと部屋から出てきた。

どうやら了承されたようだ。

よくわからん人である。

適当に店をぶらぶらし、朝ごはんを調達した。

クロノア君にもチーズと肉とトマトとレタスとかが挟まったゴージャスででっけぇベーグルを買っておいた。

お付き合いしてくれたのでお礼だ。

二人でもそもそと食べて満足したし、今から帰れば丁度お昼前だ。

家に帰る事にしよう。

家の前まで来るとブラドさんも起きてきていたらしい。

外で昨夜の女性と話し込んでいる。

蔑みの目で見てから通りすぎようとしたら女性に声を掛けられた。


「あなた、見ない顔ね?クロノアも連れているし、三人の知り合いかしら?冒険者にしては幼すぎるわね…?」


「どうも。昨日からここに住んでます。三人には護衛を依頼したのです。ブラドさんは要らないのでしっぽりどうぞ」


「…何を言っているのかねこのおチビは。私が要らないなどと。この世界でも稀に見る良い男の魅力が分からんとは。それだからおチビなのだ」


関係ないんじゃないだろうか。

私がチビなのは…なんでだろう。

もっとむっちりばいんばいんでも良かった筈なのに。

よく考えたら神様だから成長しないって事は一生この体型か。

酷すぎる。

八つ当たりに吠えた。


「うるさーい!マリーさんにイケメン度で負けている癖に!ブラドさんなんか変態に目を付けられてしまえー!」


思うところがあったらしい。

青い顔でケツを押さえた。…何故ケツを押さえるのだろう。

まあダメージが与えられたようなので良しとしよう。

騒いでいたらマリーさんが出てきた。

優雅にしゃなりしゃなりと歩いてくる姿はイケメンオーラが溢れ出ている。

美少女なのに何故だろうか。


「三人とも、丁度いいわ。ギルドに行きましょうか。…ブラド、貴方またシャーリーを連れ込んだの?

 ここは部外者の宿泊は禁止よ?コールに追い出されても知らなくてよ」


「私程の美男子ともなれば女性の方がほっとかなくてね。困ったものだよ」


こりゃ駄目だ。

シャーリーさんとやらを腕にしがみ付かせたブラドさんには反省する様子もない。

一度大家さんに追い出されるべきだろう。


「ふふ…マリー達はこれからギルドかしら?私も行くわ。今日はブラドを離したくないの」


着いて来るのか。

私はいいけどマリーさんはどうだろう。

クロノア君はどっちでも気にしないだろう。


「別に構わないわ。依頼をこなすのにブラドは要らないもの」


私と同意見のようだ。

ブラドさんがいじけていたが別にいいだろう。

三人プラス四人で女性も付いて五人の大所帯でギルドに向かった。


カランカラン


例によって古典的な音に出迎えられ、酒場を訪れた。

真昼間だというのに既に飲んだくれの巣窟だ。


「らっしゃ―――なんだ、おめぇらか。おまけに牛乳娘まで付いてやがる」


牛乳娘とは失礼な。

牛と言うほど乳はついていない。悲しい事故である。


「じゃあぎゅうにゅうください」


ご期待に応えるべく牛乳を頼む。

ガハハハと豪快に笑った店主がゴトンとカウンターに牛乳を置いた。

早い仕事だ。

ブラドさんは見習って欲しい。

昨日のようにカウンターに歩みより今日は大所帯なので牛乳だけ受け取ってマリーさん達の元へ戻る。


「グラン、わたくしには赤ワインがいいわ。ツェペリ産以外は認めなくてよ。何も食べていないの。何か作って頂戴」


「ウィスキー。ロックだ。ピッツァを寄こせ。クロノアは何でもいい」


「………」


「私はマンハッタンがいいわ。フルーツを付けてね」


見事に全員酒だった。

クロノア君は分からないが。

マリーさん酒と食べ物は摂取するのか。

見た目ロリなのにどうかとおもう。

このチームも駄目人間の巣窟のようだ。

テーブルに付いて出された料理をむしゃむしゃとしつつ全員思い思いに寛ぎまくっている。


「仕事って何をやってるんですか?」


暇なので聞く事にした。

ピザの切れ端を下品に上から垂らして一気に頂くブラドさんは答えられず、マリーさんが答えてくれた。


「わたくし達が請けるのは主に人間討伐ね」


「ふぐっ!」


あんまりな仕事にブラドさんから勝手に奪って食べていたピザを詰まらせてしまった。

全員勝手に取ってるのでいいだろう。


「貴族の暗殺や、奴隷商の討伐がほとんどよ。偶には違う事もするけれど」


意外とデンジャラスな仕事をしているようだ。

恐ろしい。


「今日からは貴女が居るもの。控えめなものにするわ」


そりゃよかった。


「近くの海域を通る海賊船の食料の強奪でもするわ」


よくなかった。いや海賊だからいいのか。

しかし海域か。大丈夫だろうか。


「…個人的にこの荒野を離れるのはまずいのですが」


「あら?どうしてかしら」


「天使は怖いのです」


ああ、とマリーさんは頷いた。


「天使に会ったのかしら?そうね、わたくし達としても天使は嫌だもの。貴女も魔族の様に見えるし、嫌でしょうね。

 その辺りは安心していいわ。海域といってもここの呪いが及ぶ範囲からは出ないわ。

 異界人なら魔族とは言わないのかもしれないけれど。」


ピザを飲み込んだらしいブラドさんが口を挟んだ。

チーズとケチャップが付いた顔は唯一と言って良い美形というステータスを完全に打ち砕いている。


「ふむ、君は異界人なのかね?」


「ええ、まあ」


「珍しいな」


珍しいのか。でも確かにマリーさんも偶にと言っていた。珍しいのだろう。


「異界人ってどんな人が多いんですか?」


「そうだな、異界から流れてくる者は見た目もさることながら能力でも常識外れだ。

 君は何か特殊な能力を持っているのか?」


能力、能力か。

上げるとすれば本だろう。

いや、私の力と見做すかは微妙だけど。

まあいいか。

言っておいても損は無い。


「これですかね」


とん、と机の上に本を置いた。

置いてから思ったが皆にはどう見えるのだろう。


「何だね、その本は。魔道書か?」


魔道書ってなんだ。

常識外れはそっちじゃないのか。

しかしちゃんと本に見えるのか。

話し易くていいか。


「いえ、本に見えるのは見た目だけ。本では無いわね。魔水晶といい、貴女、変わったものを沢山持っているのね」


マリーさんには違うらしい。

鋭い。

シャーリーさんが興味津々な様子で覗き込んでくる。

聞いて驚くがいい。


「この本はカタログです。魔力を消費して本に書かれた商品を出せるのです」


「………」


反応は予想以上、実に顕著であった。

すんごいビックリしてる。


「…何が出せるのかしら?」


早くに復活したのはマリーさんだった。

すっごい興味深そうな顔で聞いてくる。


「書いてあるのだったら何でも出せますが…実のところ内容の全ては私も把握してないので…お金は出せました。あと地図」


内容についてはとてもじゃないが見きれないのだ。

というか多分これ内容は無限に増える。


「それであの金貨かね…。とんでもないな」


ブラドさんが顎に手を当てて唸っている。

ブラドさんとしてはこの本で出せるお金が魅力的なようだ。

シャーリーさんが真顔で聞いてきた。


「ブラドの愛は買えるのかしら」


愛を買うとは豪胆な人だ。

ブラドさんは意外とモテるようだ。

本に向かってブラドさんの愛、ブラドさんの愛と背筋が寒くなるような事を思いつつ開く。

カテゴリは人への干渉と加護。



商品名 ブラドの愛

魔性の薬。飲ませる事で飲ませた人間に発情させる。

愛を得られるかは本人のテクニック次第。



微妙な。

しかも安い。

ブラドさんの愛は安かった。


「ブラドさんの愛って安いし発情させるだけみたいです」

 

「あるのかね!?頼むからルナドという情報屋には渡してくれるな!?」


誰だろう。

ブラドさんに腹が立った時にでも渡しとこう。


「発情かー…私にはあまり意味がないわね。ありがと」


シャーリーさん的にも微妙だったようだ。

しかしマリーさんには違ったようである。


「人の精神に作用する事も出来るの?」


「そうみたいです。多分魔力さえあれば何でも出来るのでは…自信はないですけども」


どこまで干渉できるかは自分でもよく分からない。

しかし結構幅広く何でも出来そうだ。

私の魔力の鯖読みの為の魔水晶が持てばの話だが。

マリーさんが何事か考え込んだ。

私に向き直り、意を決したような表情で問いかけてくる。


「クーヤ、これは出来なくても構わない。別にそれで貴女を責めたりしないわ。だから正直に答えて欲しいの。

 聞きたいことは一つなのだけれど」


私を真っ直ぐに見つめるその瞳。真剣な顔だ。

思わず背筋が伸びた。

多分、彼女にとってとても大事な事を願うのだろう。


「…わたくしはとある事情から力の殆どを封印されているの。…その封印、解けるかしら」


ブラドさん達もマリーさんの言葉に真剣な顔で私を見てきた。


「…できるのかね?」


シャーリーさんまですごい真剣な顔で見つめてくる。

ぬぬ、これは責任重大っぽい。

マリーさんの封印、マリーさんの封印、心の中で呟きながら本を開きなおした。

同じく人への干渉と加護カテゴリのようだ。



商品名 マリーの封印解除

マリーに掛けられている封印を相殺し解除する。

封印解除と共に、加護を与える事で全盛期まで能力を戻す事が可能。



…全盛期とかなんだかものすごそうな事が書いてある。

マリーさん何者だ。

というか。

…というか。


「あります…けど…」


私の言葉にクロノア君を除く全員が結構な音を立てて椅子をぶっ飛ばして立ち上がった。

何事かと酒場の飲んだくれが注目してくる。

封印解除、あるのだが。あるのだが…。


「………高い………」


信じがたいほどに、高い。

何だこれ。

マリーさんとんでもない。

ブラドさんの愛の何百倍だコレ。


「…つまり、魔力が足りない、と言う事かしら」


マリーさんの言葉に頷く。

正直、今持ってる魔んじゅうと魔水晶全部消費して足りるかどうか。

驚異的だ。

どうにも人への干渉は何かしらの下取りもないようだ。

これはきつい。


「逆を言えば…魔力さえあれば、マリーの封印の解除も可能、ということかね?」


そういう事になるのだろう。

それにも頷きで返した。


「クーヤ、それ…お願いできないかしら。必要な魔力は何としても調達してみせるわ。

 わたくしの封印を解いて欲しいの。それに見合うものを返せるかどうかは分からないけど…あれば言って頂戴。

 …お願いよ」


私の目を見つめるマリーさんのお願い。

彼女にとってこの封印の解除というものは…恐らくは一生を賭けた願いなのだろう。

私が対価に何かしら願えば彼女はきっと何が何でも叶えようとするだろう。

その様子は、素直に…とても好ましかった。

真摯で一途、この願いの為に、彼女はどんな誠意でも見せる覚悟だろう。


ああもう本当に。

こんな覚悟で提示されたたった一つの願い、叶える方法があるのなら、これを叶えなければ神様じゃない、そうに違いない。


「えへへ、いいですよ。魔力が足りれば直ぐにでも」


私の言葉に、マリーさんは心底、ほっとしたような、なんとも言えない微笑を浮かべた。


「…ありがとう、クーヤ。感謝するわ。…本当に、感謝しているわ」


その笑顔だけで対価は十分だ。

そうだ、聞いておこう。


「何やらセット購入でマリーさんの能力を全盛期まで戻せるって書いてあるのですが。

 マリーさん全盛期ってすごかったんですか?」


そりゃもう盛大だった。

特にブラドさんがすごかった。

口から霧状に吹き出した液体により酒場にはそれはもう見事な虹ができたのである。

何やらものすごい剣幕で喚いているが何を言ってるのかさっぱりわからない。

というか掴んでがっくんがっくん揺さぶるのはやめて欲しい。

気分が悪くなってきた。


「うぐ、ぐえ、ぶに、やめ、やめ」


暫く揺さぶられていたが、凍結から蘇ったマリーさんによって漸く手を離してもらえた。

全く酷い目にあった。


「…全盛期、というものがどの時点の物なのかによるけれど。

 わたくしが、認識する、全盛期なら、貴女、その本、凄まじいわよ…!?」


マリーさんの声もスタッカートを交えた力強いものだ。若干震えている。

そんなにすごいのか。

だからこんなに高いのだろうか。

すごいのは本ではなくマリーさんのような。

すとん、と力が抜けたように椅子に戻ったマリーさんは僅かに震える手で前髪を掻き上げ小さな声で呟いた。


「…会えるのなら、もう一度会いたいわね。…あの古き神に。あんな畏怖と尊敬と感動で背筋が震えるような思いは…もう二度と味わえないでしょうから…」


その声はまるで地面に落ちるかのようにぽつんと響いて消えていった。

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