僕らの暗黒神様

ひよこちゃん

僕らの暗黒神様

まことの地獄とは神が不在である事。

祈りと願いと愛が天に届かぬ事。

あなたを信じているのです。

あなたが光なのです。

それなのにあなたはもう何処にも居ない。

嘆きと絶望が天を覆い照らしてくれる光も無く世界は何処までも暗く何も見えないのです。

星の光を縁に彷徨い歩き幾星霜、歩き疲れた私をどうしてあなたがお見捨てになりましょうか。

誰よりもあなたを信じているのです。

天よ、主よ、世界が終わるその瞬間にはどうか私を抱き締めていて下さい。










走っていた。ただ只管に人ごみを掻き分け、走り続ける。

目を焼く光。甲高いブレーキ音、微かに聞こえるサイレンの音。

やがて音も色も全ては消え去りあとには深遠なる闇だけが残る。

私は弾き出されたのだ。世界の外側へと。





目が覚めた。

ここはどこだ。なにもない。

視界は白とも黒ともつかぬ色にて判断はつかぬまま。

地に足をつけているような気もするが、浮いているような気もする。

自分の身体が無い、そんな感じだ。

ふと、微かに耳に届くものがあった。

確かに聞こえてくるものがあった。耳をすます。

私を呼んでいるのだと思ったのだ。

音とも声とも付かないが、それだけは分かった。

とりあえず音が聞こえると思われる方向へと向かう。

呼ばれたからには行かねばならないのだろう。

どれほど歩いたか。

耳に届いていた微かな音はついに明確な音として私の耳に届きだす。

音とも声ともつかない音。その正体は何のこともない、謎の目玉模様から発せられていた。

少なくとも生き物には思えぬものだ。

思わず呻いたが、何だか自分の声ではないような、自分の声のような。妙に慣れない。声の出し方はこうだっただろうか?

わからないな。まあいいか。


世界:第十八次元二十三層八次反応性法則型宇宙


[現在時刻、生産予定数は19828個、そのうちあなた様が選べる行先は以下の通りです。

 制限時間は一時間、オーバーすると行先が自動で決定されます。]


はて、何であろうか?不思議な事をいいだしおった。

よく分からないながらもここから選べとかいう検索ボックスをカコカコと動かしてみる。

女性、男性、その他。…その他?

…まあそういう人もいるだろう。

人間、エルフ、獣人、ドワーフ、妖精、色いろあるが。

とりあえず人間に合わせたまま次の項目のクラスを選んでみた。

入力欄の下に出てきたのは三角形である。

みょいーんと十字カーソルを動かしてみる。

天辺近くに持ってきてみた。

第二王女、子爵息女、リグシリア国王落胤、…妙に偏ってるな。

下にみょいーんと持ってきてみた。

奴隷、浮浪者、罪人。

ひでぇ。しかも異常に層が分厚い。

真ん中辺りにに持ってくると商人の娘や宿屋の娘とかになった。

人類が描くピラミッド。世の中汚い。

酷い物を見た。人類皆兄弟とか偽りだ。

人間はやめておいて妖精にエルフ、竜人に魔族と適当に眺めてみる。

あとは…運命係数に因果律操作、魂の変質?

謎の項目である。かこかこ、適当に弄繰り回して遊んでみる。

炎魔法適性、音楽適性…才能だろうか?

これは見れるだけで弄る事は出来ないようだ。どちらかと言えば遺伝子の分野だからか。

一通り見て思う。はて、何でこんな事しているのだったか。

今まで私は何をしていたのだっけ?


――――現在時刻、生産予定数は19828個、そのうちあなたが選べる行先は以下の通りです。

 制限時間は一時間、オーバーすると行先が自動で決定されます――――


ポンと手を打つ。そうだ、私は事故にあった筈だ。

微かに遠くから眺めるような光景を覚えている。

迫る自動車。悲鳴と轟音。途切れた意識。

弾き出された世界。引き剥がされた魂。

これがきっと私の記憶に違いがない。

兎にも角にも、此処は死後の世界という奴ではないだろうか?

いや、逆に死後の世界ではなく産まれる前の世界かもしれないが。

何れにせよ、恐らくは輪廻と呼べる場所に居るのではないのだろうか。

視線を上げれば、視界を埋め尽くす程の光が漂っている。魂だ。魂の核。これに色々なものが引っ付く事であらゆる生命になるのだ。

なんとなく確信が持てる。

そうに違いない。

私は次の魂を選ぶのだ。

多分今見ているものがこれから産まれる予定の生命なのだ。生命の神秘なのである。

…しかしそう思うとこれを見ているのが何だか楽しくなってきた。

なんだか来たことがある気がするしな。何度もここに立った気がする。

さて、次はどこに行こうか?

行く先は無限大、私に行けない場所はない。

第十八次元二十三層八次反応性法則型宇宙、此処にしか行けないようだがそもそもが此処以外に場所がないのがわかる。

ふむふむと頷く、種族やらなんやらの選択肢の多さからしてファンタズィーな面白世界に違いなかった。

これはいい。とりあえず性別は女性にしておく。そんな気がする。

種族は人間以外がいい。せっかくなのだ。人間飽きた。

さて、何を選ぼうか知らん、やっぱりエルフだろうか。

何せエルフだ。人類の夢と希望が詰まっている。

エルフ人生も中々に面白そうだ。悪くない。うむ。

さて、取り憑いてやろう、思った時だった。

ぞぞと背中を這い上がるものがある。それが恐怖というものであった事を認識する前に首がキュッと絞まった。

何をする!

鷲掴まれた魂。何かに押さえつけられるように小さなものに押し込められようとしている。

入るものか。苦しい、そんな小さなものには入らない。

暴れのたうつが、押さえ込まれ小さくされて私は酷く小さな物に無理やりに詰め込められてしまった。

残念な事である。



受精。産道。胎児。産声。覚醒。生。死。神降ろしの儀。


「懸けまくも畏き我らが神、我らが神籬へ天降りますよう恐み恐み申し上げる」




目が覚めた。

私はどうしたのだろうか?

深呼吸して、そーっと身体を起こした。

辺りは薄暗いけれども洞窟だという事はわかる。

どちらを向いても壁らしきものは見当たらず、闇に沈む先、果てなど無いとさえ思えた。

考える。私は死んで生まれ変わったのじゃなかったのだろうか?

そう思ったのだが。

それとも夢でも見ていたのか。夢にしては些かリアルである。

自分の両手を眺めてみる。

…幼い。

小さなもみじのような手。

下を見れば短い足がにょっきり生えている。

ふくふくとして柔らかそうだ。

年齢の割には髪の毛は恐ろしく長い。

立って見なければわからないが足元近くまであるのではないだろうか?

色はこの辺りの闇を溶かし込んだような漆黒。

枝毛はなさそうだ。いいことだ。


「…うーん」


この身体のサイズからして多く見積もっても十歳かそこらだ。

辺りを探ってみれば―――少々、いや、かなり場違いだが。

細い20cmほどの長さの木の枝。

青々とした葉っぱが一枚だけついている。

よくわからないがとりあえず持っておく事にした。

ようようと立ち上がり、そこでふと気付く。

真っ裸である。いや、よく見たら裸ではない。

首に何か巻いているようだ。

首から下へと伸びる黒い布。

髪の毛ではない。しっかりした布だ。

裸マントであった。どこの悪役だ。


ないわ。


もう一度じっくり眺めてみる。

結論は同じである。


ないわー。


その場でぐるっと回転、慣性のままに身体へ巻きついたマントを押さえぎゅっと固く結んであちょーと荒ぶる鷹のポーズを決めてやった。

自由の女神ルックである。

どうやらこの場に一人しか居ないようなのでやりたい放題。

現実逃避ともいうが。

人は得てして辛い現実からは逃避できるような精神構造になっているのだ。

さて、出口を探すとしよう。


とっとことずっと歩いているが一向に壁が見えてこない。

時間の感覚も無いし足も短いのであまり距離は稼いでいないにしてもおかしい。

手に握った木の枝をふりふりとしつつ歩き続ける。


「………」


何時間歩いたろうか。

…これ以上は無駄だろう。

踏みしめた地面の感触さえ変わらない。

恐らく果てなど無いのだ。この空間は。

となれば、少々困った事になった。

果てが無い。つまり出ることが出来ない。

仕方ないので座り込んだ。奇妙と言えばもう一つ。

喉を押さえてみる。続いて足を眺める。

先ほどから喉が渇く事が無い。お腹も減らないようだ。

こんな幼児の身体でありながら歩き続けた足にはなんのダメージも見られなかった。

ここから出られないとくれば疲れない、食事が要らないというのはかなり助かるからいいけど。

ここに時間というものはあるのであろうか。


「………」


暇なので木の枝で落書きを始めた。

地面は存外に柔らかい。

ぐりぐり。

ぐりぐり。


10分で飽きた。


誰か居ないのだろうか?

立ち上がる。

ここには私しかいないのだろうか?

そんなのはイヤだ。

つまらない。そんなのはつまらない。

私はもう退屈なるものを知っている。

永遠と時間を過ごすのは苦痛ではない。苦痛ではなかった。今は違う。

私は人間なので。


「もしもし」


出口、出口を探そう。


「もしもーし」


もしかしたらどこかにあるかもしれない。

探せばきっとある。


「もーしーもーしー」


外へ出よう。

誰かと話したい。誰かと。

誰でも構わない。此処に私は居る。


「返事しろやメスブタ」


色んな意味でもぎゃーと悲鳴を上げた。





何と言うか派手な男だった。

黒の燕尾服に反してシャツは鮮やかなワイン色だ。

懐中時計らしき銀細工のチェーンや襟にはカフスが飾り付けてありそれらがキラキラと光っている。

手には装飾細やかなステッキ。

明らかに血の通っないない肌は蝋人形みたいに真っ白だ。

目元の真っ赤なアイラインがやけに目立つ。

化粧?オシャレさんのようだ。

背はかなり高い。私がチビなだけかもしれないが。

髪の毛は私と同じく漆黒、綺麗にセットした髪型はいいけどくるんとしたもみあげはどうかと思う。

しかし目の前の男にはよく似合っている。

手品師というか詐欺師というか、道化師というか。

映画に出てきそうな…如何にも、な井出達だった。

人ではない。

それぐらいは雰囲気でわかる。

それぐらい異様な男だった。

赤と金色の混じった虹彩に爬虫類のような縦長の瞳孔、実に不気味である。


「…あなた誰?」


「悪魔のパンディルガーヤ=アグリデウス=アンタレス=カードラヤーディヤと申しマス。暗黒神様」


なげぇ。


「とりあえずアスタレルとお呼び下サイ、暗黒神様」


何をどう略したらそうなるのだろう。

…ん?


「…誰が?」


暗黒神?

目の前の悪魔を名乗る男はにっこりと胡散臭い笑みを浮かべ―――手に持ったステッキでスカン、と見事に私の眉間を打ちぬいた。

なんて男だ。

そしてさっきのメスブタ発言といい口が悪い。

今は敬語で喋ってはいるがどう聞いても片言だ。

絶対にわざとだ。


「痛いんだけど!」


慌てて眉間を隠した。

もう一度打たれては叶わない。

何か奇妙な横線に腫れたような感触がある。先の攻撃のせいだろうか。

…しかし、暗黒神?

話の流れとしては多分私の事なのだろうけど。

ナニソレ。

そんなのは知らない。

暗黒神?

あからさまに邪悪系だ。


「…私がそのーえー、…暗黒神様なの?」


「ソウデスヨ」


なんて棒読みだ。


「辞退は」


「出来まセン」


即答であった。

渋い顔で口を尖らせてやった。何をいうのだ。


「……ふむ、ここは闇の領域、その最深部。暗黒神様はたった今生まれたばかりデスからね。

 何やら記憶も混乱なさってる様子デスシ。少々説明致しましょうカ」


うむむむ。

唸る。


「分かりましたカ?」


わかりたくねぇ。

しかし、だ。

どうにも認めない、というわけにもいかないようだ。



名 アヴィスクーヤ


種族 神性

クラス 暗黒神

性別 女



「マジっスか」



燦々たる文字で暗黒神とばっちり書いてある。

どういうことなの…。

なんでも魂を見るとかいうこの力。

よくわからんが集中して念じていればぼや~と目の前に浮かんでくるのだ。

見え方は個人個人でそれぞれ違うらしいが。

私の場合は数字になっている。わかりやすくてよろしい。


「マジですヨ。貴女は暗黒神様として生を受けマシタ。というわけで悪魔の為に身を粉にしてキリキリ働けや」


ほんとに口が悪いなこの悪魔!

いや悪魔だからいいのか。まあいい。原因はやっぱりアレだろうか。

思い出すのはあの輪廻の輪でのあの妙な感覚。

あれしか考えられない。あそこで何か捻じ曲がった気がする。


「ていうかさ、アスタレル?…は何なのさ?……何なのでショウカ」


喋ってる途中でアスタレルの目が据わってきたので思わず敬語になった。

負けた。


「暗黒神様の忠実なる従僕デスヨ。以後よろしくお願いしますネ」


じゅーぼく?

墨汁か。

なるほど黒いもんね。私も負ける真っ黒さだ。


「ぶち殺しますヨ?」


「従僕ちゃいますやん!」


頭を鷲掴まれて凄まれた。

酷すぎる。

思わず口調が変わった。仕方ないじゃないか!

じゅうぼくて!どの面さげて言うてますのん!

メリメリと食い込む爪がめちゃくちゃ痛い。


「やーめぇーてーぇ~」


高くなったり低くなったりの妙な悲鳴が出た。


「おや、よい楽器デスネ」


この悪魔野郎!!



漸く解放された。

爪の跡絶対ついてるよコレ…。


「わかったわかった…わかりましたよ…もういいよ…。…で、暗黒神って何するの?」


「話が早いデスネ。やる事と言ったら…そうデスネ、暗黒神様の神域を作り休眠している悪魔を孵して他種族の領土を奪い尽くし民を蹂躙し略奪し人間も魔族も精霊も亜人も全員ぶち殺して内臓引きずり出してミンチにして世界中にバラ撒いてついでに塩まで撒いてこの世全てを血と肉と憎悪で満たし悪魔の楽園とする事デス。

 早い話が世界規模の陣取りゲームデスネ。楽しいデスヨ」


「嘘つけえぇえぇぇぇぇぇえ!!!どこに!!楽しい!!陣取りの!!要素が!!あった!?何から何まで真っ黒すぎるわ!!いや真っ赤すぎるわ!!」


思わず全力でつっこんだ。


冗談では無かった。

そんな串刺し公とか青髭ばりの悪の帝王みたいな趣味はないのだ。


「私、そんなの嫌だからね!しないもんね!」


「おやおや」


困ったものデス、まるで幼い子供のわがままに困っちゃうみたいな表情と声を出されても嫌だったら嫌なのだ。

断固拒否、それ以外にない。転がってジタバタと手足を振り回した。


「絶対嫌じゃわーい!私以外の人にやって貰って!」


きょとん、とアスタレルは首を傾げ。


「これは異なことを。暗黒神様以外の誰がやるというのデス?」


本気で不思議そうだ。


「そんなことしたくないわーい!」


「暗黒神様は慕ってくれる悪魔達が可愛くないとおっしゃられる。嘆かわしい事デス」


アスタレルはどこから取り出したのか真っ白なハンケチーフで目元をそっと拭った。

胡散臭すぎる…。

というか何故そういう話になるのだ。

さっぱり繋がりがわからないのだが。


「今も寒さとひもじさに震える悪魔達に温かい食事と居心地の良い家を用意しようとは思わないのデスか。鬼デスネ」


「はあ!?」


「アー、ヒドイヒドイ」


鼻までかみ始めた。

なんだか腹立つ。

馬鹿にしてないか!?それぐらいわかるぞ!


「なんでそういう悪徳を尽くす事が悪魔のおうちと食事になるのさ」


「マイナスのエネルギーこそが悪魔の食事であり悪魔神様の神域こそが悪魔の住処デスヨ」


「マイナスのエネルギー…」


「過ぎた欲望を抱えたり恨み辛みを抱えたような堕ちた魂は美味しい栄養デスネー」


あー…確かに悪魔ってソレっぽいわ。

人を堕落させるっていうもんね。


「特に清純な魂が欲望に染まり己の飢えを満たさんが為に悪に染まり悪逆を尽くすというのはエネルギー的に美味しいデスネ」


小難しいな。

もっと分かりやすくして欲しい。


「貴族の初心な箱入り生娘が性欲を覚えて肉欲の虜となり皺くちゃなババアになってもなお

 美しい男を集めたハーレムに向けて股をかっ開いて腰をぐいんぐいん振りたくって更なる快楽の為に道具でも何でもあらゆる手を尽くすようになると美味しい魂って事デス」


最悪な例えだった。

無視した。


「神域って何さ?」


さっきからさっぱりわからん。

何がなんだ。わかりやすく頼む。


「ふむ、そのまま神の領域でデスネ。神のおわす座。神の存在に満たされた空間。神が治める眷族の住まう場所。

 物質界での形は神社の祠とか協会の十字架とか注連縄に括られた霊山、そんなものデス。

 暗黒神様なら死刑場とか呪われた地とか生きて出られない迷宮とかがいい感じデス。死が在る場所が暗黒神様の領域デスヨ。

 今の暗黒神様は宿無しの助六。養わなければならぬ子供達がたんと居るというのに住所不定の無職処女。その程度の存在デス。ニートにも劣りマス。

 なので眷属たる私達悪魔も哀れ家なき子デス。

 物質界に干渉し立派な神域を作って貰わなければ困るのデス」


いくらか聞き逃せない言葉があったが。

ここはスルーが利口だろう。

ふむ、何となくわかったような。わからないような。


「ちなみに悪魔神様の神域は地獄とも言いマス」


「うおぉい!?」


流石にスルーは無理だった。

わたしゃ地獄の首領って事かい!

でも確かに悪魔の住処って地獄じゃチクショー!

嘆かわしいのはこっちだろう。酷い話だった。


「はぁ……」


考え込む。

……つまり私が神様として人に悪い事をさせたりすることが悪魔達の食事となり住処が広がっていく、と。

やりたくないな。うむ。業務拒否しよう。


「それってやらなくちゃいけないの?」


「ふむ?」


「別にやらなくたっていいじゃんか。私は悪魔なんか知らないし。悪い事する悪魔なんて居なくなったっていいじゃんか。

 …何さその目は。脅しなんか、き、効かないぞ!」


ちょっと涙声になったのは見逃して欲しい。


「…別に数ある神の眷属中、悪魔だけ悪事を働くわけじゃありませんヨ。

 むしろ悪魔は情がとーっても深くて一途で健気ないじましい生き物デス。聖神の子なんて碌でもないデスヨ?」


嘘こけ。

何が情が深くて一途で健気でいじましいだ。一つも合ってないじゃないか。


「天使なんかその筆頭デスネ。己が正義と信じているが故にタチが悪い。暗黒神様だって自分が正義だなどとほざく輩が碌でも無いこと位分かるデショウ?」


うぬ…、確かに。

自称正義野郎なんてお近づきになりたくない。


「力も強いですからネ。神に尽くす事が幸福であり正義、他者にとってもそれが幸福だと信じている。おかげで不幸な戦争があとを絶ちまセン。

 悪も善も世の中はバランスが重要、そうだと思いまセン?地獄の無い今、闇に属する魂は行き場もなく消滅するばかり。それはまずいのデス。

 死があるからこそ生が尊いのデス。死が穢れであるからと忌避するのは愚か者のする事。

 光に属する者たちが神の名の下に虐殺と享楽の限りを尽くす裏側で闇に属するものが踏み台にされているのデスよ?」


ぐぬぬ…。悪魔の誘惑恐るべし。

そう言われるとそんな気がしてくるのだから恐ろしい。

この悪魔の言うとおりの現状ならむしろ何とかしたほうがいいとさえ思えてくる。

いやでも…、どう言い繕ったところで暗黒神じゃないか。いやだー。


「…私じゃなきゃダメ?」


「駄目デス」


「そこを何とか!」


「却下デス」


「お願い!」


「嫌デス」


「私以外の人で何とか!」


「不愉快デス」


にべもない。


「…ていうかその話が本当なら別に其処まで酷い悪事働かなくたっていいじゃん!!程よくバランスが取れればいいんでしょ!?」


「チッ」


「舌打ちすんな!」


「…確かに暗黒神様が其処までやる必要はありまセンネ。私達が勝手にやりマス」


「こ、この…っ!!」


人類の敵だ!いや人類ならぬ生き物全ての敵だコイツ!


「いいじゃないデスカ。悪魔はもう一歩遅ければ消滅していマシタ。ちょっとくらいのヤンチャは許されてしかるべきデス。

 全員灰も残さずぶち殺してやりたいのデス。というかソレぐらいしなければ天界にほぼ全ての魂を奪われ、傾きすぎた天秤は戻りませんヨ。

 ちっとやそっとじゃもどりゃしまセン」


む、そんなにか。

思ったよりも酷い答えが返ってきた。


「…もしかしてすっごい酷い状態だったりする?」


「それなりにネ」


言いながら肩をすくめて見せるアスタレル、もう一歩遅ければ消滅していたという割に元気に見えるけども…。ホントか?怪しいな。


「暗黒神様が生まれたからこそ何とかなりそうなのデス。神が不在というのはそれ程の事なのデス。

 暗黒神様がおらずこのまま悪魔が消滅していたらどうなってたと思いマス?」


「…よくなってた…わけじゃない、とか?」


「当然デス。どこぞの宗教家が配る人間がライオンをイイ子イイ子しながら果物毟りまくるチラシ絵の鼻でも付けたくなるようなクソッタレな世界になってマシタ。

 老いも死も病も飢えも無い人間だけが頂点の世界デス」


「…それは…ヤだなぁ…」


うん、それは嫌だ。

私が植物や動物だったら反逆するところだ。

輪廻に乗ってしまえば魂なんかどれも一緒である。

たまたま人間に生まれついた、それだけじゃないか。

それで未来が決まっていては世話がない。

でも暗黒神も嫌だ。


「必要な存在なのはわかったけどやっぱり他の人にやってもらってよ。私じゃ無理だよ」


「ふむ…そこまで言うなら仕方がありまセン。暗黒魔天様にお願いしてみマス?」


「暗黒魔天様?」


「ハイ、負のエネルギー体そのもの、常人には認識さえ出来ませんが死も病も老いも欲望も元を辿ればそれは暗黒魔天様なのデス。

 生物が住まう星もまた生物であり宇宙もまた生物。万物は全て等しく生あるものなのデス」


「…うむ、兎に角偉い人なのはわかった。その人なら何とかしてくれるの?」


「聞き入れて貰えればネ。暗黒神とは言わば役職。暗黒神様以外の魂を暗黒神様にしてくれるデショウ」


「ほほう…。そんな事出来るの?」


「暗黒魔天様ほどのお力があればあるいはネ」


おお。よく判らないがそれなら多分出来るのだろう。

よし、やってみよう。


「何処に居るの?」


「幽界よりも何次元か上の階層にいらっしゃいます。扉でも作りまショウ」


アスタレルが手をぱっと翻すとそこには扉が出来ていた。

何コレすごい。

黒のゴージャスな扉。

この先にきっと暗黒魔天様が居るのだろう。

パン、頬を叩いて気合を入れる。

暗黒魔天様との初邂逅、最初が肝心というし、ここは強気でイケイケで押すべきだ。

ドアノブに手を掛け、いざ鎌倉。

まずはたのもー、そしてびしっとポーズを決めつつ上から目線でやぁやぁ我こそは暗黒神、遠からんものは音に聞け 、近くば寄って目にも見よと叫ぶこれね!


「たの――――――――」


もー、と続く筈の私の言葉が紡がれることは無かった。









お花畑を走っていた。

るんらるんらと。

スキップで軽やかに花畑の中をくるくると回る私の後ろ、黒き異形共が続く。

異形のパレード、聴く者を発狂せしめる狂気の音楽と悪夢の嗤い声。

私はその先頭でうふふ、あははと笑いながら小さな手足を振り回してステップを―――――。




「はうぁっ!」


ビクッ!


汗びっしょりで非常に気持ち悪い。

何があったんだっけ?


「オハヨウゴザイマス」


「うわっ!」


見ればアスタレルが傍に立っていた。

見下ろすない!


「ぬぬ……?

 私気を失ってた?どれくらい?」


ふむ、とアスタレルが思案したのは数秒だった。


「一ヶ月ほどデスネ」


なげぇ。

そんなに。

いやしかし、あれは確かにソレほどの衝撃だった。

大きくたわんで震える空気。直ぐ近くで落雷があったってあれほどの衝撃は受けないだろう。


…というか、間違いない。

私はアレで死んでいる。

一ヶ月昏倒してたというか復活するのに一ヶ月かかったのだ。

死んだけど復活してよかった。というか復活するらしい。

あの時は本気で死を覚悟した。

うっすらと視界の隅に暗黒魔天様のLV3000万とかふざけたものがチラッと映ったのを確かに見たのだ。

暗黒魔天様は恐らく攻撃してきたわけじゃない。

きっと身じろぎしたとかちょっと吠えたとかちょっとこっちに注視したとかそんなレベルだったに違いなかった。

それだけであの衝撃。


「で、どうシマス?もう一度暗黒魔天様の元へ行って陳情してミマス?

 ――――――――それとも諦めますカ?」


其の問いに。

私が答えるべき言葉は決まっていた。


「馬鹿にすんなー!

 ……私にだってプライドとかあるのだ」


不適に笑って見せた私に悪魔は心底面白い事をいう、といわんばかりの顔であった。

ともすればその笑顔を貼り付けたままに私の首を掻き切らんとする、そんな空気がある。


「――――ほう?」


ニヤニヤと笑う悪魔をふっと鼻で笑って、私はゆっくりと腰を屈める。


「不精この暗黒神、誠心誠意このお役目を務めさせていただきます」


華麗なる土下座であった。

二度と会いたくなかった。恐ろしい目にあった。


「ていうか死んでも復活できるんだ。神様だから?」


問いかけると悪魔は顎に手をあて、ふむと頷いた。


「復活とは少々違いマスネ。神とて死にマスし」


違うのか。

神様でも死ぬらしい。

となれば神様として死んだら暗黒神というクラスから解放されるのだろうか?やるか。


「暗黒神様の素晴らしいステータスをご確認になられてみればいいデスヨ」


ふむ、考える。ステータスってあれか?

筋力知力敏捷もろもろであろうか?

私の知識にはそれしか無い。そんなもんがあるとかゲームかこの世界。


「言い得て妙ですネ。その通りで御座いますヨ。これはゲームデス。

 神々の盤上遊戯。ステータスなどと、嘗てはなかった。

 人の数値化など碌な事にならないものデス。差別と序列、それしか招かない、そうでございまショウ?」


「まぁ、そうだけど」


悪魔がもっともな事を言い出しやがった。

しかし否定は出来ない話だ。


「魂の数値化、何故そのようなものがこの世界に出来たか。

 簡単な事デス。魂の選別デスヨ。一定以下の数値であれば切る、魂の剪定の効率化デス。魂を数値化し、選別し、序列を組んで並べ替えて使う。

 ゲームで御座いますヨ。仰るとおりネ。例えばコンピュータゲーム。ユニットを配置するとき何を見て選びマス?

 これ以上無くわかりやすいではありまセンカ。

 顔、能力、スキル、属性。あらゆる情報を元に並べ替えて選びとる。

 神が魂を選ぶのに効率が良いから作られた。それだけデス。

 チェスの駒もそうですヨ。それぞれ出来る事が異なるとも全て同じ見た目の駒ではどうすることも出来ない。能力の色付けと名付け、良い駒に当たるまでランダムに花を摘み取るなどより余程いい。ひと目でわかる。役に立つか、立たないか。そういう事デス。

 ま、レガノアを消し飛ばせばこれも消えるでショウ。世界は混沌に満ち満ちて全ては闇に沈んで何も見えなくなる。悪魔である私にとって実に素晴らしき世界デス」


「ふーん」


レガノアが創りだした新たな世界の理と言うことだ。

魂の選別か。大仰な事だ。別にどれでもいいじゃん。どれも一緒だ。

まあいい。とりあえず叫んだ。


「えーとえーと、開けステータスウィンドウ!タブ!タスク!!」


何も起こらなかった。

無言。長い沈黙。

互いに何も言わない。目の前の悪魔の年貢逃れに田んぼを分ける農民を見るが如き眼よ。

そんな顔で見ないで欲しい。

私がアホになったみたいじゃないか。たわけってか。

負けてられない。

引っくり返ってみる。逆さになってみた。ごろりと一回転、世界は回るが私は回らない。

もちろんウィンドウもタブもタスクも開けなかった。

当たり前である。


「…どうやってそれ調べるのさ?」


癪だがしぶしぶと声を出した。

仕方が無いのだ。どうにもアホを晒すだけな気がするので。


「外面ではなく存在を見るのデス。目を凝らせばいいって物ではないのデス。ちなみに暗黒神様のステータスは本当に素晴らしいですよ。いやホント。私長いこと悪魔をやってますがこんなステータスを見たのは初めてデスネ。

 いやはや本当に素晴らしい。信じられねぇ。ほんとに、ククッ…ぶはっ!!ヒャハハハハ!!」


我慢できなくなったらしくギャハハハハとものすごい笑い転げている。

子供が見たらトラウマになりそうなヤバイ笑顔だ。


…え、何、なんなのだ、どういうことだ!?

なんか分かりやすく嫌な予感がするぞ。

何か、何かヤバイ。

何か分からないけど、ヤバイ。

なんだか見える気がしてきた。する。見える。

私は見えるぞ。何故なら神様だからだ。

くわっと目を見開く。

やがて私はごくごく簡単なその事実を認識した。



名 アヴィスクーヤ


種族 神性

クラス 暗黒神

性別 女


Lv:1

HP 5/5

MP 5/5


攻 1

防 1

知 2

速 2

魔 3

運 1



あかんわコレ。



かぱ、と口が開いた。

蹲って震え続けるアスタレルを見つめる。

辺りを時間を掛けてゆっくりと見渡し―――、上を向き下を向いて前を向く。

そっと両手で口元を覆い、思わず呟いた。



「―――うわっ…私のステータス…、低すぎ…?」



信じられない。

何コレ。

低いってレベルじゃねーぞ!

ヤバイ何コレ。年収なんか消し飛ぶわ。


「なんじゃこりゃー!!

 始まりの村のチュートリアルのスライムレベルじゃんか!!

 やり直しを要求するぞーっ!!」


錯乱する私を誰が責められようか。いやいまい。

酷い。あまりにも酷い。こんなのあんまりではないか。

1と2と3しかねぇ!!ひどすぎる!!

が、じたじたと暴れて喚く私にアスタレルは一転、真剣な眼差しで私を咎めた。


「オイ、いくらなんでも言いすぎだ」


「む……」


予想外な程に真剣な表情に何も言えなくなる。

ブンスコしながらも現実を飲み下す。なるようにしかなるまい。

卑下してたって仕方がないのだ。

誰しもやれる事をやるしかないのだ。この能力でも出来ることがあるはずなのだ。

仕方がない、ここは一つ素直に謝罪を口にしようとして―――。


「スライムの方がマシだ」


言い終えると再び大爆笑し始めた。

奴が笑い終えるまで私はプルプルと歯を食いしばって屈辱に打ち震えていたのだった。


やっぱり、スライム以下らしい。

いくらなんでもそんな。

変じゃないのか。

だって神様なのに。

暗黒神なんてすごくつよそうなのに。ラスボスでもおかしくないはずだ。

現実逃避に再び勤しむ。


「…なんでこんなに弱いのさ?」


未だ肩が震えているアスタレルをギリギリとねめつけながら尋ねれば、悪魔はさも愉快そうに答えた。

クッソー…。


「特殊項目に全能力をつぎ込んでしまってますカラネ」


特殊項目…?

なんだろうか。かっこよさそうだ。


「ふむ、特殊スキルや特殊魔法適性なんかの事デスヨ。

 基本は選べませんが成長値や適性の削除を行う事で何とか選べるようになるのデス。と、いうよりも手に入れると引き換えに力の全てを失うと言った表現のほうが近いですケドネ。これもまた少し差異がありますガ。

 順序が逆なのでネ。

 ステータスだの能力値だのと言っても本人の能力があればこそ、本人の力量が上がれば数字が上がるというだけのこと。

 スキルもそうデス。本人が持っている技術、特性をわかりやすく文字にしただけのもの、後付で能力値で記載しきれぬ特性に適当に名前を振っているだけなのデスヨ。

 特に特殊項目、ユニーク特性とは五感の何れかを失えば他の感覚が研ぎ澄まされる、それと同じくそういった方法で得られるものデス。

 体系化された学術や魔術のようなレガノアに属する並列スキルとはその根本が違う。暗黒神様寄りの項目デスネ。生命が抱える魂の業デス。

 ……ま、そのようなまだるっこしい言葉よりはこっちの方がわかりやすいでショウ?

 暗黒神様は神としての全ての成長値と適性を削りその特殊スキルの習得に全てをぶち込んでいる、と言った方が」


それだ!

それが強力ならなんとかなるんじゃないのか?

よくある話ではないか、最弱だけど使い方によっては実は最強のスキルとか。

全部無効化とかなんかそんなの。あるじゃないか。

がばっと起き上がって確認を急ぐ。

神としての全能力を引き換えに手に入れた力、尋常ならざるものに違いあるまい。

なんだかワクワクしてきた。目の前の悪魔の禄でもなさは頭から消し飛んでいた。

よく考えればわかることではあった。


スキル:

[特殊スキル:ウロボロスの輪]輪廻から外れ対象の存在が不滅となる。死亡しても種族、クラス、記憶を保持したまま生まれ変わる。


無言のままに膝から崩れ落ちた。夢も希望もない。

凄いのであろう、確かに。だが無意味だ。死ななきゃ発動しない能力、意味などあるものか。

最弱で最強系のロマンすらありはしなかった。カモン、ロマン!!

ぐぬ、つまりは死んでも暗黒神のまま。

喚こうが死のうが最弱の暗黒神なのだ。

先の疑問も氷解した。

暗黒魔天様に会って死んだ後、私は暗黒神として輪廻に乗る事も無く暗黒神として再び生まれなおしたのだ。

実に笑えない現実であった。

頬を摘むが夢ではないということがわかっただけだ。


「良かったデスネー。悪魔の神、全ての悪魔が傅く至高の存在デスヨ。どの宇宙、どの次元、どの時間軸でもなれることは無いクラスデスヨ。

 しかも死んでも暗黒神様デス。何処で死んでもこの空間で生まれなおしデス」


欲しければくれてやるわ。今すぐに。

死ぬというある意味最後の逃げ道さえ封じられている。

至高の存在とかいうけどきっちり更に上が居るし完全に中間管理職じゃんか!

どう見たって割にあわないすぎるぞ。

暗黒神として不滅である、その為にその他全てのステータスが犠牲になっているのだ。

おかげでスライム以下。

物質界に行って悪いことして生き物に干渉するなんて夢のまた夢。儚き夢であった。

これは無理だ。

無理すぎる。

…他に何か手立ては無いのだろうか。

じろじろとステータスを見てみる。


魔法:なし

耐性:闇属性吸収 全属性耐性 状態異常無効



魔法もない。

耐性はクラス特性のようだけど、物理のげんこつで死ぬであろう今の私には全く効果が無い。

…嘘だろう、悪魔の神とかすごそうなのに。

これで神域を広げて悪魔共を養うとか。

無理じゃないのか?

こんなんでどうするというのだ。


いや待てよ。

ふと閃いた。ピコンときた。電球が頭の上で点灯した。

レベル。そうだレベルだ!!


「この世界ってレベルアップってあるんだよね!?」


「ありますヨ」


「強くなれるのよね!?」


「魂によっては定められた限界値はありますがなれますネ。

 暗黒神様には無いでしょうガ」


喉を鳴らす。

これがあるならばウロボロスの輪、その使い道は一つしかない。


「つまり、私もレベルアップしていけば強くなれるってことだよね!?」


「無理デスヨ」


即答であった。


「なんでさ!!」


「神性は成長できませんカラネ。通常は神として完成した能力で生まれてくるものなのでそのままデス。時間の概念がありませんノデ」


「最悪だよ!」


つまりは一生レベル1のこのままということだ。

スキルの使い道は一瞬で潰えた。やり直し続けることも出来ない。

なんてこった。


「暗黒神様特有のクラススキルもありますヨ?良かったデスネ」


マジか。

大急ぎで確認する。

コイツがそんな良いと口にする事柄は私にとって良い事であるわけないなんてまたもや私のすかすかの頭からは見事に消し飛んでいた。


クラス:暗黒神

[闇黒神殿:自らの眷属にステータスアップ効果(レベル依存)]

[暁闇迷宮:敵対者に対しステータスダウン効果(レベル依存)]


つ、つかえねぇ…。

身を守れるようなものが見事に全く無い。

陣営強化とかそんな感じのものばかり。

しかもレベル依存、レベル1の私には全くつかえやしなかった。

こうなるともはや嫌がらせに近い。

唸る。


「この強さだと物質界に干渉するって難しくね?」


「そうデスネ。ちなみに今のところまともな生物の居る星はひとつだけデス」


言いながらアスタレルがステッキで空中に何やら描く。

光の軌跡で描かれた四角形はやがて全体が薄い光を放ち始めた。

むむ、何か模様が描いてある。


「…地図?」


「そうデスヨ」


4つくらいの大陸。

地球に比べたらへんてこな形だ。

へほーん。


「大小様々な国がありますガネ」


カツ、カツ、ステッキで大陸をつつく。


「その殆どがクソ忌々しい光明神の領域デス」


光明神…名前からして私の正反対の神だろうな。

そっちがよかったなぁ…。


「ていうか干渉ってどうやるのさ?

 神域ってどうやったら大きくなるの?

 よくわからないんだけど」


「でしょうネ。暗黒神様はお可哀想に頭が足りてらっしゃらない様子デスシ。まさか理解出来ないとは私も思いませんデ」


「うぐ…」


「……神への講釈などとはネ。

 まあ良いでしょう。この星においての神話はいくつか有りますガ、その中で最も広く浸透しているのが光明神を唯一神とするレガノア教の神話。

 内容としては実に下らないものデスガ、簡単に言えば悪魔と契約し神に仇なす魔なる生物と神の民が長らく争い続けていた。

 それを憂いた光明神レガノアは、一人の勇者に大いなる光の加護を与え、これが聖なる力を以って魔を打ち滅ぼし悪魔は逃げ去り、

 深い闇が払われた後に、勇者は天上の光満ちた世界に神の民を集め、永遠なる楽園を築いた…と、これが大まかな流れデスネ。

 国によって差異はありますが大したものではありマセン」


「…私、話の中に居なくない?」


悪魔は居たけど暗黒神なんてさっぱり出てこないじゃないか。


「居ませんヨ。話からは消されましたので。実際にあった事とも大分違いますシネ」


「実際あったことなの!?」


びっくりだ。神話じゃないのか?

…よく考えたら暗黒神もいるし、光明神もいるなら神話の世界が史実でもおかしくないのか。


「そうデス。これが物質界への干渉で御座いますヨ。

 救世主、魔王、勇者、言い方はなんでも構いまセン。

 代理人を立てて世界へと干渉する。奇蹟を齎し信仰を集める。

 もっと極端な話を言えば自然現象。雷、炎、海、嵐、そういったものの神格化。

 此処から全ては始まる。意識集合体の発生デスヨ。神と呼ばれるものデス。

 ついでに言うならば今もこの世界には何人か勇者なる生物が居るのデス。光明神の趣味により基本は人間デス。光明神の他、あらゆる神の加護バリバリの卑怯な生物デス。

 光明神は眷属も多く力の強い神。はっきり言って次元が違いマス。

 他神を無理に己の従属神扱いとする、そんな事もお茶の子サイサイなのデス。

 そしてその勇者がばっさばっさと光明神の定めるところの悪の魔王を切り殺し、魔の国を滅ぼすわけデス。

 それが出来ずとも物質界に天使を顕現させて粛清するという直接的な干渉も十分に可能でしょうシ。

 現状の話も千年も経てばこの辺りの逸話が元になった神話となりその頃には悪魔の記述もなくなるでしょうネ。今の我々は意識集合体の神となんら変わらない。

 この星以外に知的生命体が居ない以上、そうなれば悪魔の終焉デス。暗黒神様不在だった今までは、デスガね。

 ……そもそもレガノアのクソッタレは意識集合体ではありませんしネ。本物の神ですノデ。あのレベルの神ともなれば本来は低次元の現世に直接の干渉など出来ないのですが……今は違う。

 そしてそれは暗黒神様も同じこと。例えウロボロスの輪によって本物の神としての能力が失われこのような手を使うしかないとしても。

 最早それは問題ではないのデス。ククク」


「ふーん」


よくわからんが気の長い話だな。


「えっと、うむむ、つまり私が勇者を倒したりすごい事をしたり世界征服したりとかそういうわけじゃない?」


「んなわきゃないでしょウ。暗黒神様にそれなりの力があればそれも可能だったでしょうケド。今のへっぽこ暗黒神様では無理デスネ」


その蔑む目はやめろ!!

仕方ないじゃないか!そんなもんわかるかーい!


「…私なりにそのー…光明神にとっての悪の魔王に加護を与えて逆に勇者に勝ってもらうとか?そういう事すれば神域が大きくなるの?」


「出来ればそうするのが一番手っ取り早いし、暗黒神さまの力でも可能といえば可能デスネ。

 ついでに天使共も鏖にしてやれば最高デスネ。

 千年後ぐらいに残る神話としては暗黒神様の力を与えられた魔王は勇者を逆に打ち倒し魔の王国を築いた…とかその辺りに落ち着くでショウ。それなりに大きな神域の拡大が見込める干渉デスネ。

 問題は色々ありますが…例えば悪の魔王とやらに加護を与えるのが物理的に難しい所とかデスネ。暗黒神様一人で会いに行くのは不可能ですカラネ。

 あとはまぁ、会えばわかりますヨ」


うーん…。

それも難しいのか…。


「頑張ってくださいネ」


他人事かよ。

アスタレルはニコニコとご機嫌だ。

余程私があばばばとしているのが楽しいらしい。

酷すぎる自称従僕であった。


ぐぬぬと唸る。


ちくしょう。

コイツだってホントは弱いんじゃないの?

そうに違いない。

そうに決まってる。

私がこんなに弱いのに自称眷族のあいつだけ強いなんて卑怯だもんね。

目をぎゅーっと凝らしてうっすらと見えてくる文字。

そのステータスは―――――



名 アスタレル


種族 悪魔

クラス 暗黒神の眷属

性別 男


Lv:100万

HP 900000000/900000000

MP 900000000/900000000


攻 999999999

防 999999999

知 999999999

速 999999999

魔 999999999

運 999999999




「ファッ!?」


目を剥いた。

カン、カンスト!?

なんですと!?

そんなヴァカな!?ずるいぞ!?

私の100万倍強いじゃねぇか!!許さん!!

ていうか―――。


「お前がどうにかしてこーい!強いじゃん!!」


そっちの方がどう考えても早いわーい!

私の眷属というならそれくらいしてくれてもいいじゃないか。

アスタレルが物質界とやらで私の名の下に悪い事をする、イコール私の神域が広がって悪魔達も飯が美味い。

そうじゃないのか?


「そうデスネー。私がこの星の生物をぶち殺しまくって世界を崩壊させてありとあらゆる悪逆を行い家畜を作りまくれば確かに暗黒神様の神域は広がりマスネ」


「だったら…」


「よろしいのですか?」


「え?」


「よろしいのですか?」


「……………やめておきます」


なんかヤバイ気がした。

アスタレルの話の内容もさることながらなんか私の存在的にヤバイことになる気がする。

なんか片言じゃなかったし、白目が真っ黒だし、目が爛々としている。

これはいけない、禁断の方法として封印せねばなるまい。

アスタレルは実に残念そうな顔である。

パンドラの箱を開くところであったらしい。

気をつけねば。


「カンストだなんて卑怯な奴め…」


「カンスト?そんな気はしませんガ」


「全桁が9じゃんか。何食ったらそうなるのさ」


意味不明な奴め。うまいものを食ったんだろう。寄越せ。

が、私の言葉に目の前の悪魔はさも面白いことを聞いたとばかりに片眉をあげて首をすくめて見せた。よくわからんが馬鹿にされた気がするのでムカついた。


「おや、魂の能力値を数字で認識していらっしゃる。

 流石は我々の暗黒神様。混沌らしく限界値を定める気がないようだ。

 カンストなどとご冗談を。どうせめんどくせェから情報を切り捨ててらっしゃるだけでショ。

 ……まぁどちらにせよ、暗黒神様には物質界で暫くお一人で頑張ってもらう事になりますガ」


「え!?」


ちょっとまてい!

一人で!?死ぬぞ!!


「しょうがないのデス。先も言いましたが悪魔達の命は風前の灯、吹けば飛んで消える儚い蝋燭デス。

 暗黒神様がこうして産まれましたので私も何とかアストラル界には力ずくで出てこれますが物質界となると無理の無理無理アッチョンブリケなのデス。

 受肉に必要な要素が一つも満たされてまセン。他の上位悪魔も未だ下の階層で卵のような状態で休眠中デス。

 神域が無い以上、もちろん魂の一つもありまセン。なのでこれを今の状態で孵す事は不可能デス。ですから暗黒神には物質界でお一人で頑張って貰うしか有りまセン」


「そ、そんな…!ただでさえ無理ゲーなのに酷い!」


「我慢して下サイ。上位悪魔を顕現させる事さえ出来ればもう暗黒神様がいくらダメダメでもなんとかなりマス」


「どうすれば呼び出せるの!?」


喰らい付く。そこは大事だ。

もういっそこの際人間の魂をご飯にしようがこの暗黒神、一向に構わぬ!


「まずは神域、地獄を作るのデス。そして魂を取り込むのデス。具体的に言えばとれとれの魂を片っ端から地獄に叩き込むのデス。

 先も言いましたが闇に属する者の魂は現状消滅するだけ。それを回収するのデス。この際清浄な魂を堕とすとか悪魔の契約に持ち込むとか贅沢は言いまセン。

 物質界に瘴気を溜めるとそこから勝手に魔物が生まれマス。ですのでぼーっとアホ面晒しておいて下サイ。暗黒神様の力じゃ効率的に精々2畳半デスネ。狭い所で体育座りがお似合いデス。

 暗黒神様が引きこもりで動かずともそいつらが勝手に暗黒神様の力の及ぶ領域を開拓して広げていってくれマス。

 そして地獄に叩き込んだ魂も魔物がひーこらと魔力などに還元してくれマス。

 暗黒神様の活動中に光明神に帰属しない生物が寄ってくればしめたモノ。加護の一つも与えておくのデス。そいつらが活動する事で生命エネルギーや感情エネルギー、色々得られるものがありマス。

 間違っても勇者なんぞに討伐されるんじゃありマセン。瘴気を失った魔物など裸同然、奴らに慈悲なんて精神はありまセン。根絶やしにされて家捜しされて終わりデス。タンスを漁られてしまいマス。

 今の暗黒神様なら死んでも問題はないデスガ、物質界での活動がパーになりマス」


「…魔物…」


瘴気を溜めれば魔物が生まれる…。

わからん、何を言っているのだコヤツは。

カツンとアスタレルがステッキを地面につけた。

地面とステッキの触れた部分がぼんやりと光っている。


「例えばこうデス」


そのままぐるっと円を描いてみせた。

まん丸の見事な円である。

そして中心にステッキをつける。


「おー…」


じわじわとそのステッキから緑の光。


「この緑の光が瘴気なの?」


「そうデスヨ。溜まった瘴気が辺りの魔素と反応して魔物が生まれるのデス」


緑の光は小さな円の中で少しずつその濃度を濃くし始めた。

やがてポツポツと黒い粒が生まれる。


「見ての通り、これが魔物デス。魔物でも魑魅魍魎でも何でも言い方はどうでもいいですケドネ」


「ふーん…この粒粒が…埃みたい」


特に生き物には見えないのだが。

ただのゴミみたいだ。


「そうデスネ。まあゴミみたいなものデス。精々が吸い込むと感染率の高い全身から血を噴出して99%死ぬ病気になるぐらいデス。

 それと、クソ光明神に気をつけるのデス。間違いなく邪魔してきマス。暗黒神様では天使になぞ抗いようがありまセン」


言いながら、ぽんと一冊の本を投げて寄こした。


「何危険なゴミを産み出してんの!?…何コレ」


「悪魔の初心者用ガイドアイテムデス。暗黒神様はほとんど神としての力を使えないようデスから」


失礼な、と思ったけど事実なのでありがたく使う事にする。

パラリ、と捲ってみて驚く。


「…商品カタログみたい…」


本屋とかスーパーにタダで置いてある系のカタログだ。


「私にはそうは見えませんガネ」


「そうなの?」


「見る者によってその形を変えますノデ」


ガッキィン、ほーんと頷く私の頭にアスタレルの手が容赦なく食い込む。


「痛い痛い痛い痛い!!」


ビリビリビリと電気でも流されたようなピリピリとした痛み。

少しは敬え!!

暫くビリビリされていたがやっとこさ解放される。

ダッシュで距離を取った。


「何をするのだー!」


ぶーぶーと吠える私の抗議は完全スルーを決め込みマジマジと私の手のカタログを見ている。


「なるほど、本デスカ。まあ使いやすそうデスシ、いいでショウ」


「あれ?見えるの?」


「暗黒神様の貧相な頭の情報を読み取って同調しまシタ」


なんかやだな…。

覗きっぽいじゃんか。変態さんめ。


「神器で欲しいものを指定すればいいのデス」


「いたたたたたたごめんなさーい!」


頭部にぐりぐりと食い込む指に二秒でごめんなさいする事になった。

涙目で頭を庇いながら必死に問う。

話を反らさねばまた死んでしまう。


「神器って何!これ以上はやめてー!」


やれやれ、とばかりに首を竦めるアスタレル、実に憎たらしい。


「生まれた時に何か持っていませんでしたカ?それデス」


持っていたもの…。

思い出した。


「これ?」


青々とした葉っぱが一枚だけついた木の枝を突き出した。


「ブフォッ!!」


全力で吹き出された。

てめぇ!!

ギャハハハハと笑い転げる男に殺意が湧く。

クッソー…。


「失礼、あまりのみすぼらしさに笑いが抑えきれませんデシタ」


「謝ってないわ!!」


たっぷり笑いまくっておいてなにが失礼、だ。

叫び返してからカタログをペラペラと捲る。

…色々あるなー…。

写真とサイズや商品説明が書かれているようだ。

何だろう、この辺りは家具コーナーかな?

きのこランプ、フラワーテーブル、水玉ソファ。

変な商品だな。

しかも文字が何故だか真っ赤だ。


「作れないものが赤い文字のようデスネ」


私の上からカタログを覗き込んでいたアスタレルが呟いた。


「え、作れないの?なんで?」


「魔力が足りまセン。暗黒神様の魔力じゃ5円チョコがいいところなのデス」


言われてパラパラと捲る。

商品説明の下にある数字。


19800/5


…まさかこれ値段?

5って私の魔力量?

私の魔力5円しかないの!?

慌ててばらばらと捲る。

食品コーナーにある5円チョコが確かに作れそうだった。

神器でガリガリと地面に5円チョコと書いてみた。

目の前に小さな黒の光。

手の平に落ちてきたのは確かに5円チョコ。

そして私のMPはそれだけで0になった。


…悲しい…。


「仕方ありまセン。少しばかりズルをするのデス。これでは暗黒神様には逆立ちして裸踊りしても無理デス」


「ホント?」


ズルが出来るのか。

それはいい。

裸踊り云々は無視だ。


手招かれるままにアスタレルが新しく作った扉を潜った。


「ぶぎっ!」


眩しい。

鈴の様な音が煩くはない程度に鳴り響いて美しい音色を醸し出す。


「おー、きれー」


所狭しと並んだ空に浮かぶ水晶の山。

七色の煌き、辺り一体に虹色の光を撒き散らし水晶自体も揺らめくような怪しい光を放っている。


「魔水晶デス。アストラル界に存在する高純度の魔力の塊。稀に物質界に落ちることが有りますガ、一欠片で法外な値が付きまスヨ。

 これから零れる魔力を団子にでもして食べるのデス。食べた分だけ魔力を溜める事が可能デス。使ったらなくなりますケドネ」


団子…?

どうやって?

とりあえず手を伸ばして炎の様に揺れる光に触れようとして、―――普通に触れた。


「あれ?」


ぐいぐい引っ張る。

ぎゅーっと引っ張ってみた。

ぶちっと千切れて勢いのままに後ろにひっくり返った。

えー…何かやだな…。

手の中でわかめみたいに萎びている光。

イヤイヤながら捏ねてぐりぐりしているうちに固まり、やがて小さなお団子になった。


「…これでいいの?」


「よく出来マシタ」


口の中にいれてあむあむと咀嚼。

若干甘い気がする。

よかった。これで無味だったらキツイ。

飲み込んで再びカタログへ。


「おおお…」


黒い。黒いよ私!!

これなら色々作れそうだ。

取り合えずさっき見たきのこランプを作った。

がりがりと神器できのこランプと書く。

5円チョコと同じような光。

気付けば目の前にはきのこの形をしたランプがあった。

笠の部分がうっすらと光っている。

すごい!

私すごい!!


「すごいのは魔水晶デスヨ。暗黒神様の貧相な魔力を其処まで鯖読みしてくれるんデスから」


うるさーい!



捏ねる。

千切る。

捏ねる。

千切る。


繰り返した作業、おかげで目の前には沢山のお団子。

魔んじゅうと名づけよう。

あむあむと食べまくる。

食べまくりながらソファを作り、寛ぐことにする。

寛ぎながらカタログに没頭。

魔んじゅう片手にソファに転がって本を読む、完璧だ。もう動きたくない。


「完璧駄目神デスネ」


「…」


こいつさえいなければ文句無しなのにな…。


どれほど時間が経ったろうか。

なんかこの本、おかしくないか?


「…」


ページを捲くり終えることが無い。

というか厚みが中程から変わらない。どこまで捲っても後ろに行かないのだ。

結構な厚みを摘んでべろんと捲った。

家具コーナーから内装コーナーへ。内装とかあるのかい。

しかし厚みはやっぱり中程だ。

あんなに捲ったのに?


アレェ…?


少し悩んでから…唸る。

別に噛まれはしないはずだ。

思い切って一番最後のページを開いて、その商品が飛び込んできた。


「………………」


商品名


転生


種族、クラス、スキルの全てをリセットして生まれ変わります。


上から下まで何度も読む。

値段の桁が見たことも無い、というか何故だか見れない上に真っ赤だけども。

けども。間違いない。種族、クラス、スキルのリセット。

これは…これは!!


「頑張ればいけるかもしれませんネェ?」


後ろから聞こえるは文字通りの悪魔の囁き。


「暗黒神様が地上で魂を集めて神域を広げて魔力を沢山貯えれば、買えるかもしれませんネェ…?」


肩にぽん、と手が置かれる。


「この本を使って転生すれば…暗黒神という役目から解放されるかもしれませんネェ…?」


直ぐ近く、首筋に吐息。

恐る恐る尋ねる。


「…解放…されるの?」


「この通りならば…出来るでしょうネェ…?」


信じるしかない。迷うまでも無かった。

立ち上がる。

本と木の枝をしっかりと握りしめた。

自由の女神ルックの服をもぞもぞと手繰り魔んじゅうを詰め込む。

ロリコン御用達のふにふにの幼児の足が丸出しになって流石にアレなのでリュックを作った。

目玉がモチーフらしい模様が描かれてたまに笑い声が聞こえる不気味なリュックだが容量は多いようだし何故だか軽い。

いいものを作った。

全ての魔んじゅうを詰め替えた。

ついでに小さめの魔水晶本体をいくつか空中からもいで詰め込んでおいた。


「行く!!地上に降りる!!」


「やる気になってくれたようでアスタレルは嬉しいデスヨ。

 ではいくつか物質界での注意をしておきまショウ」


ステッキで手を打ちながらいつの間にあったのかゴージャスな椅子に腰掛けている。

すいっと足を組めば…女教師、というフレーズが頭をよぎった。

顔には出さない。


「顔に出てますヨ。まず一つ、暗黒神様が物質界にお越しになられるとそれなりの影響が出るでショウ。

 物質界には当たり前の様に天使が闊歩していマス。暗黒神様の存在はまずバレマス。逃げるが勝ちデス。

 なんなら魔水晶を売ってお金を作って護衛でも雇えばよろしい。その場合は腕がいいのを雇うのデス。

 天使を殺す程とは言いませんガ逃げる位は出来る程度にしておくのデス。いざとなれば肉の壁にでもするのデス。

 ただし魔水晶はあまり見せびらかすものではありまセン。強盗に会いマス。ギシギシアンアンされて売り飛ばされて奴隷小屋行きデス。

 活動拠点は東国と西国の中心、2つの国の国境付近の群島。長くの戦争により完全に呪われた荒野。

 今は表向きには不可侵条約を結んでおり、この辺りにはどの国も干渉してはならぬ、という事になってマス。

 ここには神は全く居まセン。精霊も居まセン。勢力図的には真っ白けの神が完全に見捨てた土地デス。それ故にほんのちょっぴり治安が悪いデス。

 暗黒神様的には居心地いい筈デス。領域さえ広げれば魂の回収はやりたい放題でショウ。

 東は人間、西は魔族、南は亜人、北には神霊の国がそれぞれありマス。と、言っても今は人間の国が一番大きいデス。暗黒神様が近寄るのはオススメしないデス」


「うん!」


アスタレルはホントに分かってんのかコイツ、みたいな顔だけどそれ以上何か言ってくる事は無かった。


「では扉を作りマス」


ドキドキしてきた。

なんだろう、もしや大冒険じゃないのかこれは。

手に汗が浮かんでくる。


アスタレルがステッキでちょんとつついた空間、木製の簡素なドア。

開いた先は真っ白な光。

逸る気持ちを抑えてゆっくりと深呼吸。


「いってらっしゃいデス、暗黒神様」


その言葉に後押しされるかのように――――私は扉を潜った。





「言い忘れてましたがその格好と見た目はよろしくないデスヨ、暗黒神様」


最後に放たれたその言葉は既に光の中へと飛び込んでいた私に届く事はなかった。



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