第38話「白糸の滝」

 解散後部屋に戻り、財布と携帯だけ持ち最低限の荷物だけを揃えて部屋を出ようとする。

 その時先程美花に質問された軽井沢での思い出を少しだけ思い出すことが出来た。というのも、引っ越し当日に見せられたあの写真を思い出した程度なので、その時の記憶を思い出したというわけではない。ただまあ、これを思い出したということを美花に告げたところで何も変わらないと思ったため、心の中にしまうことにした。

 玄関に向かうと既に全員揃っていて、何やら楽しくおしゃべりしているようだった。

「ごめん。俺が最後だったみたいだね」

「大丈夫よ。さ、行きましょ」

 俺のことに最初に気が付いた美花が反応を示し、そのままみんなのことを外の方へと促す。車には行きに来た時と同様の座席順で座り、目的地へと向かうこととなった。


 目的地へと到着し車を降りると冬香ちゃんを先頭に、白糸の滝へと向かう。

 そんなやりとりをしているうちに白糸の滝への入り口についた。

「それじゃあ、ここからこの道を歩いて、白糸の滝へと向かいま~す」

 その冬香ちゃんの掛け声に続いて、みんなが後ろをついていく。

 この道は山道なのだろうか、周りに木々が生い茂っていて、どこからか涼しい風が吹き抜けていく。それに駐車場のところよりも涼しいような…。

 そして、脇を流れる川?みたいなのもすごく綺麗で自然を感じる。

「玲、すごいね…」

 物思いにふけっていると、不意に隣から美花の声が聞こえる。

「ああ、こんなに自然を感じられるだなんてな…」

 自然を感じつつ、前の方を見ると琴美と香奈枝が楽しそうに話していて、さらにその前ではメイドさんと冬香ちゃんが並んで歩いていた。

 そこでふと既視感を覚える。ありえないはずなのに、前にもこんなような光景をみたような、そんな既視感、違和感。ただ、それもすぐに終わる。

「玲、どうかした?」

「いや、なんかデジャヴを感じたんだよね…」

「デジャヴ?既視感ってやつだっけ?」

「そう、なんか前にもこんな景色みたような…みたいな。みんなと来るの初めてなのにおかしいよな」

「そうね。でも聞いた話だと、過去の断片的な記憶を重ね合わせて、似た景色を脳が誤認識してそういう風に感じ取る。みたいなのもデジャヴっていうらしいよ。正直記憶が曖昧だから違うかもだけど…。まあ、ニュアンスはそんな感じってことで」

「へえ…知らなかった。そんな感じなんだ…」

「そ、だからもしかしたら玲は過去にこの白糸の滝にきて私と同じような会話をしたのかもしれないね」

 そういう美花の顔は少しいたずらっ子のような含みのある微笑み方をしているようにみえた。

「まあ、または他の誰かと同様な状況になったことがある…か」

 美花はさっきよりも声を小さく呟くようにそういうと俯き顔を逸らしてしまった。

 そんな美花を不思議に思い『大丈夫か…?』と声をかけようとした時だった。

「わあ、すごい!!めっちゃすげえ!!」

 俺達より少し先を歩いていた琴美が語彙力を無くし、小学生のような感想を述べながら滝の方を指していた。

 その声を聴いた美花は俯いていた顔を上げ、琴美の指さす方を見ると一気に顔が明るくなる。

「ね、ねえ!凄い!凄いよ玲!」

 美花は琴美と同じように滝の方を指さしながら、俺と滝の方を交互に見る。

 ああ、琴美と美花の気が合うというか友達になれた要素の一つってこういうところなんだろうな…と思えるぐらい動きが同じだった。

「あ、ああそうだな…」

「なーにそれー!まあ、いいや。いこ!」

 美花は少しむくれた後、俺に一声かけてみんながいる方へと走っていった。

「おう」

 俺も返事をしてその後を追いかけていった。


 最奥部に着くと辺り一面が滝になっていて、その中に吸い込まれてしまいそうな魅力を感じた。

 そして、すごく涼しさを感じる。今日は五月の始めだというのにも関わらず、夏並の暑さがあったのだが、ちょうどいい気温にさせてくれている。

「玲ー!ちょっときてー!」

「ん?」

 美花に呼ばれ、1人水面の中を覗いている美花のところへ行く。

「どうした?」

「見てこれ!」

 美花が指を指した先には、小銭が投げ込まれていた。

「なんじゃこりゃ?お賽銭か何かか?」

「わかんない!でも、なんでだろう?」

 俺と美花、二人で首を傾げてハテナマークを浮かべていると、後ろの方から琴美の声が聞こえた

「二人ともー!こっちで写真撮るよー!」

 声が聞こえた方に振り返ると琴美が手を振って俺達を呼んでいた。

「りょーうかーい!今行くー!」

 美花がそう返事をする。そして、俺に一声かけて歩き出す。

「じゃあ、行こっか」

「そうだな」

 俺は美花の横を歩きながら、琴美のいるところへ向かう。

「何見てたの?」

 琴美と合流すると、問いかけてくる。

「んー。なんかあそこに小銭が投げ込まれてたんだよねー。だから何かなーって」

「へー。なんか不思議だね」

「そうなの!だから玲を呼んで聞いてみたんだけど、玲ポンコツだからさー。わからなかったみたい」

「はあ!?美花だってわかってなかっただろ!?」

「まあ、そうだけどさー。嫌だなー、こんぐらいの煽りで怒っちゃってー、もー」

「ま、まあまあ、落ち着いて二人とも」

 喧嘩になりそうな俺達を琴美が静止に入る。

「やーだなー。琴美までー。別に私は冷静だよ?」

「そ、そうか」

 琴美もこの美花の態度にイラッときたのだろうか、眉が少し引きつっている。

 そして、美花の煽りは続く。

「二人ともどうしたのさー。何に怒ってんの?ねえ?」

 やべえ、美花ってこんなにうざいキャラだったっけか……。イメージ変わりかけてるぞ…。

 そして、美花の煽りはどこかから戻ってきた冬香ちゃんによって終わりを告げた。

「あら、皆さん揃いましたか」

「おかえり、冬香ちゃん」

 琴美がまだ微妙に眉を引きつりながら答える。

「あれ?私がいない間になんかありましたか?」

 冬香ちゃんも少しの異変に気がついたようだった。

「いや、別に、何も?」

 さっきと同じ声色だが、わざとらしく句読点を入れて、冬香ちゃんの問いに答える。

「そ、そうですか…。では、皆さん写真を撮りましょう〜」

 冬香ちゃんはその琴美の反応を見て、何もなかったかのように振る舞う。そして両手を合わせ、微笑みながらそう提案してきた。

 みんなわかっていたからなのか、誰も何も言わずに、自然に立ち位置はどうだ、とかどういう感じに撮るかとか話していた。

 そして、俺はそんな話し合いをしている女子四人から離れ、メイドさんの隣に立ちながら微笑ましく見ていた。

 ちなみにメイドさんはカメラマン係に任命されているため、みんな待ちであった。

 そしてふと、メイドさんが俺に話しかけてくる。

「実はですね、冬香様はこれまでお友達をお家に連れて来られたことがないのですよ」

「そ、そうなんですか」

 いきなりそう話しかけられた俺は、あまりにも急だったので、素っ気ない返事になってしまっていた。

「冬香様が中学生の頃、異例ではあったのですが、自宅で三者面談をしたことがありましてですね、お茶を出しに行ったのですよ。その時にですね、耳に入ってしまったのですが、冬香様はどうもお嬢様という肩書きがあるせいか、人が寄ってこない、みんなが警戒している。そんなようなお話を担任の先生の方がおっしゃられておりましてですね」

「なるほど」

 そして、こんな話の最中、彼女らはどういう並びで撮るのか話していたのか、わからないが、突然琴美の声が聞こえた。

「私は冬香の隣ー!」

 そう言うと、冬香ちゃんに飛びつく。

「ちょっ、琴美ちゃ~ん…」

 そんな冬香ちゃんの声が聞こえたように感じた。そして、メイドさんの話は続く。

「それに、冬香様は玲さんが見てもわかるように大人しいじゃないですか」

「そうですね」

「それもあったからなのかどんどん印象は悪くなる一方だったみたいで…」

「なるほど」

「だから、冬香様は中学生の頃は1人ぼっちだったみたいで…」

「そうだったんですか……」

 冬香ちゃんにそんな過去があったとは…。突然だったとは言え、それなりに深い闇が隠されてそうだな。それにこのことはメイドさんの想像でしかないから、もし仮に本人から話が聞けたといたら…っと思うと一瞬ゾクッとしたので、考えるのをやめた。

 それにしてもメイドさんはなんでこんな話をしたのだろうか。

 そんな俺の心の中で問いかけた疑問はメイドさんの言葉で解決した。

「だから、みなさんに感謝してるのです。こんなに楽しそうなお嬢様を見たのは久しぶりでして…。さきほども普段大人しいお嬢様が、興奮気味に『カメラ!カメラ…!』っと私に言ってきましてですね…ふふっ、あんなお嬢様長年付き添ってきた私もなかなか見たことありませんでしたよ」

 メイドさんの表情は凄く幸せそうで、言葉からは心の底から感謝してるというのが俺でさえわかるぐらい、心がこもっていた。

 そして、冬香ちゃんにもそんな子供っぽいところもあるんだなーっと思っていたら、やっと立ち位置が決まったのか美花に呼ばれる。

「玲ー!早くー!」

「おーう。今行くー」

 そう美花に返事をしてからメイドさんの方を見る。

「どうされました?」

「いや……その……冬香ちゃんにも色々過去があったんだなって……。でもなんか今は言葉にできないと言いますか…」

「そうですよね……。いきなりこんなお話してすいません」

「いやいや!お話いただけただけでありがたいですよ!それに人には色々辛い過去もありますから……」

 そこで俺は顔を伏せてしまった。ふと深雪とお父さんの顔がぱっと頭に浮かんだからだ。

 メイドさんはそれを見て何かを察したのか、優しい声で何かを諭すかのように言ってくる。

「人には辛い過去がない人はいません、絶対にあります。私だってあります。けれど、いずれそんな辛い過去も忘れるくらい楽しいことが訪れると思うのです。今、私はメイドとして働いていることが非常に楽しいですし、きっとお嬢様も皆さんと部活動したり、遊んだりしてとても楽しんでいらっしゃると思います。玲さんだってそうでしょう?」

「はい。そうですね」

 こんなのがつまらないわけないじゃないか!っと続けて言いたくなるぐらい、心から楽しんでいる。そう思えた。

「なので……おっと時間のようですね」

 メイドさんが何か言いかけようとしたが、途中でやめてしまった。その原因となる人物は非常にお怒りのご様子でこちらに歩いてきていた。

「遅い」

「すいません」

「早くしてよ!みんな玲待ちなんだからね!!」

 心の中で『先に待ってたのはこっちなんだが』っと突っ込んでおく。こんなこと言い返したら喧嘩になりかねんからな、紳士な対応を心掛けよう。

「はい。すいませんでした。今から向かいます」

「う、うん。分かってくれればいいのよ」

 美花はそう言って戻っていった。そして、だんだんと美花の扱いがわかってきた俺であった。

 そして、メイドさんの方に向き直す。

「では、いってきますね。続きはまた機会があったらという事で」

「はい、そうですね。いってらっしゃいませ」

 俺は続きが気になりはしたが、美花をこれ以上怒らせたら怒りの鉄槌が振りかざされないしので、ここは大人しく言う事を聞いておくとする。この話はまた今度忘れないうちに聞けばいいだろう。

 みんなのいるところに行くと琴美が俺に声を掛けてきた。

「遅いじゃねえか!」

「悪い」

 琴美に返事すると間髪入れずに、香奈枝が誤解を生むような言葉で聞いてくる。

「メイドさん口説いてたの……?」

「いや、違うから」

 即座に否定したのだが、これに反応した人が1人。

「玲さんは私達のこと待ってたんですよね?そうですよね?うちのメイドを…その……く、口説いたりしてませんよね?」

「冬香ちゃん誤解だから。メイドさん口説いてたわけじゃないから」

「そ、そうですよね。安心しました」

 ほっと胸をなで下ろす冬香ちゃん。

 別に口説いていたわけではないのだが、否定をしても俺に対するみんなの疑惑の目が変わることはなかった。後でメイドさんに弁明しといてもらうか…。俺が言うと信じてもらえなさそうだしな。

 すると美花が俺に話しかけてくる。

「とりあえず玲はここね。玲は一応副部長だから目立つところにしてあげる」

 そういわれて指さされたところは美花の隣だった。

 なぜか一応の部分が妙に強調されていたような気はしたが、まあその辺は気にしないようにしておこう。それに五人しかいないのに目立つもくそもないだろ…。

 とりあえず俺は美花に指示されたところへ移動して、美花に話しかける。

「ここでいいのか?」

「うん。そこでしゃがんで」

「おう。わかった」

 美花に言われて俺がしゃがむと、美花も隣に座る。

 そして、ふと疑問に思ったことを美花に聞くことにする。

「なんでここなんだ?」

「えっと…色々話し合ったんだけど、やっぱりこれが部活としては初めてみんなで撮る写真になるし、ちゃんとした方がいいかなって。部活っぽいかんじの集合写真にしようかなって。だからちょっと堅苦しい感じではあるけど、この形にしようってなったの」

「そっか…。別にふざけてたわけじゃないんだな」

「んな!?玲みたいにふざけてたわけじゃないんだけど!?」

「俺だってふざけてたわけじゃねえよ!」

 こっちなんか重い話してたんだから、別にふざけてたり、口説いてたりしていたわけじゃないんだが…。

 そんなことを思っていると、周りの女子達の冷ややかな目線を感じた。

「うわぁ…」

 そして後ろから琴美の引いた声が聞こえた。え?みんなもしかしてなんか勘違いしてるんじゃ…。

 そう思って弁明をしようとした瞬間にメイドさんから声がかかる。

「はーい!準備できたのでしたなら皆さん撮りますよー!」

 そう声をかけられ、少しおどおどしながらメイドさんの持っているカメラのレンズを見る。

「3、2、1…はいちーず!」

 写真が撮り終わると、香奈枝以外の三人がメイドさんに駆け寄って写真のできを確認しに行った。そしてその場には俺と香奈枝だけが残る。

 すると香奈枝が声をかけてきた。

「実は口説いてたわけじゃないんでしょ?」

「あ、うんそうだな」

 いきなりそんなこと言われたので戸惑ってしまった。

「そんなことしてるようには見えなかったから…」

 そうぎりぎり聞き取れるような小声で言って来る香奈枝。それに対して返答しようとしたら、美花がこっちにきて香奈枝を引っ張っていく。

「香奈枝ちゃんも一緒に見ようよ!いい感じに撮れてるから!」

「う、うん」

 どこか困惑しながら、そして嬉しそうに美花に引っ張られていく香奈枝。

 俺は一人取り残されてしまったが、そんな二人を見ながらやれやれっという感じにみんなのいるところに向かった。

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