第35話「初日」

 あの日以降、俺は東雲美空さんについて詮索することをやめた。あの日、美花がこのタイミングで聞いてきたことや、先輩と母さんの反応からして、きっとGW明けに美空さんに会える気がしたからだ。それよりも俺は琴美の方が気になっていた。あの日、部活の時に見せていた琴美の表情に違和感を感じた部分があった。だから俺は琴美にちょっと話を聞こうと思った…のだが、翌日から琴美は体調不良により学校には来なかった。俺はお見舞いに行くことも考えたが、お見舞いに行こうにも家を知らないし、いきなりメールで場所を聞いて行くのも迷惑になるだろうと考えて行くことをやめた。

 結局、琴美はGW前最後の週の後半全てを休み、今日はついにみんなとの旅行の日となった。ただ琴美は前日のうちに体調が回復したみたいで、なんとか参加できそうというメールが前日の昼には届いていた。まあ、気が付いたのは家に帰ってからだったけど…その時は参加できそうでよかったとほっとした。

 そんなこんなで、現在朝7時30分を少し回った頃、俺は美花と共に集合場所の駅前のロータリーで冬香ちゃんを待っていた。ちなみに既に香奈枝は着いていて、時計塔の近くにあるベンチに座って本を読んでいる。

「ちょっと早く着きすぎたかなー」

「そうだね。8時ごろ目安にって言われてたから少し早かったかも」

「まあ、早く来るに越したことないし、部長が遅れるわけにはいかないしねー」

「確かになあ…」

 ずっと立っていることが疲れてきたのか、美花はスーツケースに手を置きながら座り込んだ。今日の美花の服装は普段見るものとは雰囲気が違って、白のタンクトップに黒のジャケットを羽織り、下はデニムショートパンツをはいてきていた。今日は気温が30度を超えるそうなので、ぱっとみ少し肌の露出が多くかっこいい感じの服装を選択したのかもしれない。

 座り込んだ美花をちらっとだけみて、首から下げている十字架のペンダントの先にある見えそうで見えないものにドキドキしていると、遠くから足早にスーツケースを転がす音が聞こえてくる。

 その音の方を見ると、黒のTシャツに白の短パンですごく涼しそうな格好で、青のスーツケースを転がしながら、琴美がこっちのほうに向かって走ってきた。

「お待たせ―!間に合った?」

「おはよう琴美。全然間にあってるから安心していいぞー」

「よかった…」

「まあ、琴美が寝坊するの怖いから集合時間の20分前に来るようにって言ったんだけどなー。ははっ」

「……私の苦労をか、え、せ!」

「ごふっ」

 琴美のタイキックが俺の尻にヒットし、俺はその場で倒れ伏す。でも、そこまで威力は強くなく、すぐに痛みは引いていく。

「ちょっと琴美ー。ここ公共の場なんだからやめときなー」

「いやあ、ごめんごめん。ついイラってきちゃって蹴っちゃったー。ごめんねれーい?」

 美花に諭された琴美は、まだ顔が少し引きつりながら俺に手を差し伸ばしてくる。言葉で追撃すると次は何が飛んでくるのかわからないので、これ以上琴美をいじるのはよくないと思いつつ、琴美の手を掴む。

「あ、あはは…わりいわりい」

「まあ、今回はこれぐらいで許そう」

「ど、どうも」

 なぜか上から目線な琴美だったが、どうやら許してくれたみたいだ。ひとまず琴美に手を引かれながら立ち上がる。にしても、今日の登場の仕方やさっきのノリを見る限り、あの日に感じた懸念は杞憂に終わったのかなと少し感じた。まあ、元気そうな琴美に戻ったみたいで良かった。

「そういや、さっきの反応から見るに琴美寝坊しかけたんじゃないの?」

「い、いやあ…そんな…まさかあ…」

 美花に追及され始めた琴美は目が泳ぎ始める。その行動を見た美花は目を伏せ、俯くとゆっくり立ち上がる。

「よいしょっ。だって琴美、今日髪セットしきれなかったでしょ?」

「うっ…」

「それと、普段出かけるときにしてるファンデとかもしてないでしょ?」

「よ、ヨクミテルナー」

「まあそりゃあ琴美とはよく遊びにいくからすぐにわかるって」

「あ、あはは、はは…」

 二人を見てるとまるで刑事ドラマの尋問を聞いてるみたいな、そんな感じに見えた。しかも琴美の反応を見るに美花の言ってることはほぼ合ってるみたいで、どうやらお手上げ状態らしい。

 対して俺には琴美を見ただけじゃそんなことには気が付かず、普通に可愛いなって思ってたから、そういうところに気が付くのも女の子同士だからなんだろうなあ…っと感心していた。

「ああ、そうだよ。目覚ましにも反応できずギリギリになってから起きたさ!しかも時間ないから簡単にしか身支度整えてこなかったさ!!荷物を昨日のうちに用意して良かったと昨日の自分に感謝しながら急いで準備してましたよ!ええ!」

 琴美はやけくそになって叫び散らかした。急に叫び散らかしてきたので、俺と美花はびっくりしたが、言うほど大声でもないので周りが少し振り向く程度で済んだ。

「い、いや、そこまで言わせるつもりなかったって琴美…ごめん」

 急な出来事だったので、美花が委縮しながら落ち込んでいる琴美に謝った。

「べ、別に自分が悪いんでいいですけど…」

「どうしたの…?」

 急に後ろから香奈枝の声がしたので、びっくりして振り向くと心配そうな顔をした香奈枝が琴美と美花を見ていた。なので、俺は香奈枝に聞こえるぐらいの声で香奈枝に状況を手短に説明する。

「ああ、ちょっと美花が琴美をいじめただけだよ」

「あーなるほど」

「ちょっと玲?私は別に琴美をいじめたつもりないんだけど!?」

「聞こえたの!?」

「私の地獄耳舐めないでもらえる?」

「ひぃっ!」

 美花の目は笑っておらず、口元だけしか笑っていなかった。俺は瞬時に何かされる恐怖を感じた。ただ、それは一瞬だけですぐに目に光彩が戻る。

「別に何もしないわよ。そんな怯えないでよ」

「お、おう…何かされるかと思ったぜ…」

「まあ、次はないけどね?」

「ひいっ!?」

 美花にあんな目力があるということを知り、今後は言動に気をつけようと心に決めたのだった。


 しばらくすると、二台のワゴン車が雑談をしていた俺たちの目の前で止まった。そして、その車の中の片方から、冬香ちゃんが降りてきた。その姿を見て、俺達はそれぞれのスーツケースを手に持ち冬香ちゃんの方へと歩き始める。

「すみません遅れました!」

 そういって冬香ちゃんは、車を降りてすぐ頭を下げて俺達に謝ってきた。

「おはよう冬香ちゃん!大丈夫だけど、なんで遅れてきたの?」

「えーっと、それがですね…」

 冬香ちゃん曰く、家をでて車に乗ったところメイドさんがガソリンが少なくなってきていることに気がつき、ここにくる途中にガソリンスタンドによっていってたのだとか。

「けど私、美花ちゃんに連絡したはずなんだけど…」

「えっ!?」

 美花はそのことについて全く気が付いてなかったみたいで、慌てて携帯を確認する。

「あ、ほんとだ…。ごめん!通知オフにしてて気がつかなかった!」

「仕方ないよ~」

 美花は慌てて謝って手を合わせて謝り、冬香ちゃんはそれに対して柔らかい笑顔で許した。

 おいおい、なんで通知なんかオフにしてるんだよ…。今はどうにかなったけど、本当に困ったときどうするんだよ…。

「ありがと!それじゃ、みんな揃ってることだし、行こっか!」

「それでは、皆さんの荷物はこっちに~」

「え、この車も冬香ちゃんの家の車なの?」

「そうだよ~。ちなみに数人のお手伝いさんも乗ってるよ~」

 俺は少し驚きながらも、さっき冬香ちゃんが出てきた車とは別の車の前に荷物をおいた。

 ふ、冬香ちゃん一家って一体どんだけすごいのだろうか…。娘のためだけにワゴン車二台もだせるとか…。しかも数人のお手伝いさんって…ヤバすぎる…。

「じゃあ、荷物おいたらこっちにきてね~」

 そういって、冬香ちゃんはさっき降りてきたほうの車のドアを開けた。

「ふ、冬香…ちゃん」

 美花が少し体を震わせながら冬香ちゃんを呼んだ。

「なんでしょう~?」

「こ、この車は…荷物をのせるためだけの車なのかな?」

「そう…ですけど?」

 冬香ちゃんはなんら不思議に思っておらず、当たり前みたいな顔をして首をかしげていた。

 それを聞いた美花や、俺を含めた他三人も声が出なくなっていた。こ、この子俺達庶民とは暮らしてる世界が違うんじゃないのだろうか…。

「あれ?みんなこっちきなよ~。先にいっちゃうよ~?」

「あ、う、うん」

 そういう美花に続いて、俺たちは冬香ちゃんのいるワゴン車に向かって歩いていった。

 こ、これから俺達は一体どれくらい彼女の驚かされるのだろうか…。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る