第33話「帰宅後」

「ただいまー」

 俺は玄関で靴を脱いで下駄箱に入れてからリビングに行く。確か順番通りなら美花が今料理を作っているはずだけど…。そして、ドアを開けるとスパイスのいい香りがした。

「ただいま。今日はカレー?」

「あ、おかえり玲。そうー今日はカレーだよー」

 カレーを煮込んでいる美花に話しかけると、俺の方をちらっと見てからまた鍋の方に視線を落とす。

「そういや、美奈の件は大丈夫だったんか?」

「ああ、全然大丈夫だったよ。ただ美奈が家の鍵忘れてただけ。私が家に帰ったら玄関前で座って待ってたよ」

「そっか。美奈が無事ならよかった」

「玲、先にお風呂入ってきちゃったら?さっきお湯沸かしといたから」

「お、ほんと?助かるわ。お言葉に甘えて先に入らせてもらうわ」

「んー。いってらっしゃいー」

 俺はリビングを出てから自分の部屋に戻って鞄を置き、部屋着と下着を持って風呂場に向かう。そして脱衣所で服を脱いで風呂でゆっくりとくつろいだ。


 風呂を出て一旦自分の部屋に戻ってから、もう一度リビングにきた。

「あ、玲。丁度よかった、お皿の準備とか手伝ってもらっていい?」

「おういいぞー」

「ありがと。まずはお皿に適当にご飯よそってー」

「あいよー」

 俺は食器棚から大きめで少し器の深めの皿を3つ準備する。そしてまずは美奈の分のご飯をよそって美花に渡す。

「はい、これ美奈の分」

「さんきゅ。あー美奈はもう少しよそっていいよ」

「まじ?そしたら結構じゃない?」

「育ち盛りだからねー。特に最後の大会近いから栄養蓄えないとね」

「あー、なるほどね。おっけもう少しだけね」

 美花から皿を受け取りもう少しだけよそってから、美花にまたお皿を渡す。

「ありがと。私はさっきぐらいでいいから」

「おっけ」

 美花にそう言われたので、美花の分は先ほどと同じくらいの量をお皿によそる。

「そういやさ、東雲美空ちゃんのこと本当に覚えてないんだよね」

「え、ああ、そうだけど」

 ご飯をよそっていると急に美花が、あの名前を出してきた。俺は戸惑いながらも事実なのでそう答える。そしてご飯がよそり終わったので美花に渡す。

「はいよ」

「ありがと。じゃあ、その子の名前聞いても何も思い出せない…?」

「うん。本当に知らない人の名前を聞いてるみたいに、その子の名前にぴんと来ないんだ」

「ふーんそう。ふーーん」

「何だよー何か隠してんの?」

 俺は自分用のご飯をよそりながら、半笑いで美花に聞いた。けど、内心は俺の知らない誰かをみんなが知ってる(と言っても二人だけど)のは怖かったし、過去に何かがありそうで嫌な予感が少しだけした。

「ううん。何も隠してないよ」

「そっか。はい、これ俺の分」

 美花は何の躊躇もなく即答で言ってきたので、疑いは少しだけ晴れたが、でもまだ俺は美花が何かを隠しているんだろうなと思う心は変わらなかった。

 美花は最後に俺の分のルーをよそって、皿をお盆の上に載せる。

「じゃあこれ運んどくぞー」

「うん、ありがとー。そしたら美奈呼んできてー」

「あいよ」

 お盆を机に持って行ってそれぞれの席に皿を置き、お盆を元の場所に戻し、美奈を呼びに部屋の前に行く。そして階段を登り、部屋の前まできてノックする。

「美奈ーご飯できたぞー」

「んーわかったー。先に行っててー」

「ごめん美奈、知らなかったら別にいいんだけど」

「んー?何ー?」

「東雲美空って名前に覚えはあるか…?」

 俺がドア越しに彼女の名前を言うと、返答はすぐには返ってこなかった。

「ううんー知らないよー」

「そっか、急に聞いてごめん」

 俺はそういうと美奈の返答を待たずにリビングへと戻る。美奈が即答しなかったのがもし心当たりがあって返答が遅れたのだとしたら、もしかすると美花と美奈が繋がっている可能性は高い。でも、確証は得られないから俺の中での仮説としておこうっと心の中で思った。


 美花が作ったカレーを平らげ、洗い物をしてから少し夜が更けた頃、母さんが仕事から帰ってきた。

「ふー。ただいまー。あら、リビングにいるなんて珍しいわね」

「おかえり。ちょっと用があってね」

「ん?私に?」

「そそ」

「あーじゃあ、後で部屋に呼びにいくよ」

「わかった。ちなみに今日は美花が作ったカレーだよ」

「おっ!それは楽しみね!美花ちゃんの作る料理は美味しいからなあ…。あ、もちろん玲の作る料理も美味しいわよ」

「ははっ、ありがと。それじゃあ部屋に戻るよ。今日も仕事お疲れ様」

「ありがと。また後でね」

 母さんが冷蔵庫に飲み物を取りに行くのとすれ違いに俺は自分の部屋に戻る。俺はひとまず母さんが来るまで暇をつぶすことにした。

 そしてそれから約1時間後。前に母さんと一緒に見たアルバムを机に用意して待っていると、ノック音がした。

「玲ー入るわよ?」

「んー」

 俺が返事すると母さんが部屋に入ってきて、ドアを閉めると、机を挟んで俺と対面に用意しておいた座布団に座る。

「それで話って?」

「このアルバムさ、前に見せたじゃん?でさ、その時にこの子の写真見せたの覚えてる?」

「あー東雲さん家の娘さんね。その子がどうかしたの?」

「この娘の名前って東雲美空って名前であってる…?」

「あー…うーん確か…。そう、そうね!美空ちゃんだわ。東雲さん家はお姉さんもいたはずだからちょっと記憶があやふやになってる部分もあるけど、確かこの子は美空ちゃんね」

「母さんはこの子について何か知ってる…?」

「そりゃあ10年前の当時のことならね。逆に玲は前の時からも思ってたけど、この子のこと何も覚えてないの…?」

「そうだね。記憶に残ってないね」

「そっか。じゃあここからは昔話を少ししましょうか。コーヒー取ってくるけど玲は何かいる?」

「じゃあ、同じコーヒーで」

「わかったわ。ちょっと待っててね」

 母さんはそう言うと俺の部屋から出て行ってリビングへと向かっていった。

 ついにこの子の真相が知れることにわくわくしている部分もあるが、でもどこか嫌な予感がしつつ母さんを待つことにした。

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