第26話「放課後」

 全ての授業が終わり放課後になったので、俺は身支度をして部室へと向かう。

 そして部室のドアをノックしてから中に入ると、そこには俺以外の四人がすでに揃っていた。

「あれ?玲今日は先に帰ると思ってたんだけど」

「ああ、少しだけ出ようかなって」

「あー、なるほどね」

 入って早々美花と目が合うと首を傾げながらそう言ってきた。

 そして俺は空いている席に向かいながら今の現状について聞くことにした。

「それで今はなんの会話してたん?」

「雑談していただけよ。別に今日は特に何かあったわけじゃないしね」

「そうなのか」

 そう言って俺が席に座ると対面側に座っている琴美と目があった。

「なんか美花は事情知ってる風だったけど、元々今日休む予定だったん?」

「あーうん。ちょっとね」

「ふーんまあ別にいいけど」

 そう言うと琴美は隣に座っている冬香ちゃんに話しかけ始めた。

 しばらく雑談をしていると、急に美花が手を叩いた。みんなそれに反応して雑談をやめ美花の方を見る。

「そうだ!もうすぐゴールデンウイークでしょ?みんなでどこか行かない?ほら、活動の一環としてさ!」

「お、いいですね部長!」

 美花の提案に一番早く食いついたのは琴美だった。

「いいと思いますよ?」

 冬香ちゃんは食いついているようだがちょっと控えめに。

「いいんじゃない」

 香奈枝は興味なさそうに、それぞれが別々の反応を示した。そして俺は三人が同意をしたのを確認してから答える。

「うん。いいと思う」

 美花は最後に俺が頷いたのを確認すると、満面の笑みを浮かべてから机の上に手を置いて身を乗り出す。

「それじゃあ、みんな大丈夫ってことね!それならどこに行きたい!?」

「北海道!」

 元気に手をあげ、目を輝かせながら琴美がそんな無茶なことをいってきたので、ここは俺がつっこむことにする。

「なんで北海道なんかいきたいんだよっ!?費用考えろよ!」

「えー。部費でどうにかなるだろ」

「いや、こんなんで部費出せるかっての!ただでさえ少ないんだからこれは文化祭の時に使うんだって!」

「文化祭?もうそんな先のこと考えてるの?」

 琴美は体の向きは変えずに目だけをこちらに向けてそう言ってくる。

 あーこれ完全に疑っている目だ…。でも本当のことだし、真実は後で言えば言いだろ。

「ま、まあな。だから無理だ」

「本当なんですか部長ー」

 琴美はやっぱり信じられないようで、部長である美花に聞くことにしたらしい。

「本当よ。だから北海道は諦めて琴美」

「えー!部長がだめっていうなら…うーん。しょうがない諦めるか」

 琴美は美花にそう言われるとさっきまでのなりは息を潜め、意気消沈してしまった。

「それに費用を考えたら仮に部費を使えたとしても、北海道はさすがに無理があると思うんだよね…。だからごめんね琴美!」

「いやいや、しょうがないっすよ。よくよく考えれば無茶でしたしね」

 ちょっとしょぼくれてしまっているが、自分がいった言葉が無茶だったってことに気がついてくれたみたいだ。

「そういえば、香奈枝ちゃんとか、冬香ちゃんはなんかないの?」

「私は特には…」

 香奈枝は読んでいた本から少しだけ顔を上げると、美花の方を見てそう答える。そしてすぐにまた本を読み始めた。

「私は…。ゆっくりできるところに行きたいですね~」

 いつものようにほんわかとした口調で自分の要望を言う冬香ちゃん。

 ゆっくりできる場所…か。どこがあるかな。

「なるほど、なるほど。ゆっくりできる場所ねえ…」

 美花はうなずいた後に、俯いて考え始めてしまった。

「ちょっといいですか?」

 俺と美花が両手を組んで考えていると、琴美が急に手を挙げた。

 さっきのように無茶なことを言わないように一応釘を刺しておくことにする。

「また変なこというなよ?」

「今度は真面目だって!」

 こっちを見ながらむきになってそう琴美が言ってきた。

「ほお。そこまで言うんなら聞こうじゃないか」

 琴美が真面目に考えたことか。これは気になるな。

「田舎に行こう!」

「…。ごめん期待した俺が馬鹿だったわ」

 ドヤ顔でそういう琴美を見て俺は期待していた分がっかりしてしまい、大きく溜息を吐いた。

 はあ…。ここまで琴美がばかだったとは。もう期待しないようにしようかな。

「なんで!?田舎静かじゃん!ゆっくりできるじゃん!」

「あーはいはい。静かにしましょうねー」

「ひどっ!」

 琴美はかなり自信があったのだろう。その分却下されて、すごく落ち込んでしまった。

 さすがにその琴美の姿を見てもうちょっと聞いてあげればよかったかな。っと少し後悔をしてしまった。

「ちょっとまって」

 俺が琴美に申し訳ないことをしたなーと思っていると、美花が悩んでいるような顔をしながら言ってきた。

「どうした?」

「いや、さっきの琴美の案いいかもしれない」

「…え?」

 俺は美花からそんな言葉が出てくると思わず、聞き返してしまった。

「いや、だから。さっきの琴美の案いいかもしれないって言ったの!」

「は?」

「まじっすか!?」

 俺は鳩が豆鉄砲を食ったように口が開いたままになってしまった。それに気が付きあわてて口を閉じる。そして琴美のほうを見ると、目が思いっきり輝いている…。まあ、いきなりの助け舟だしな。そりゃそうなるか。

「あ、さっきの案は私も賛成だわ。」

 っとここでいきなり香奈枝も賛成派として立候補してきた。

「なんでだよっ!田舎いってなにすんだよ!」

 本当に予想だもしてないところから賛成の意見が出たのでそのつもりはなかったのに、少し声が荒くなってしまった。

 どうやら、今のところ俺だけが反対派らしい。それにしてもなんでみんな田舎がいいんだろうか。

「いや、だって…ねえ?冬香ちゃんのこと考えたらゆっくりしたいじゃない?」

 美花がそう俺を諭すように言うと、冬香ちゃんが恐る恐る手を挙げる。

「あ、そういうことでしたら~。私別荘もってるんですけど、そこに行きますか~?」

「「「「え?」」」」

 俺は冬香ちゃんの言ってることがわからず、腑抜けた声を発してしまった。それは冬香ちゃんと俺以外の三人も同じだったようで、冬香ちゃん以外の四人が全員はもって同じ返答をし、一斉に冬香ちゃんに視線が集まった。

 その姿を見て、冬香ちゃんは両手を横に振る。

「あ、すみません。正確には私の親が別荘もってましてね~。そこを二日間だけ貸してもらうことができると思うんですよ~。多分ですけど…」

「も、もしかして、冬香ちゃんってお嬢様?」

 俺達が状況についていけずにただ冬香ちゃんを見つめているだけの状態の中、美花だけが他の三人よりは落ち着いていた。

「そうですよ~?美花ちゃんに前話したと思うんだけど…?」

「え、あ、ああー!あれ本当だったの!?あの時嘘だとおもってスルーしてた!」

「ひどいよ~。それじゃあ、そういうことで大丈夫ですか~?」

「うん」

 美花は返事できたが、俺を含め三人は声を出さずにうなずくだけだった。

「それじゃあ、後で交渉しとくね~」

 冬香ちゃんが言い終えると同時に冬香ちゃんの携帯が鳴った。

「ごめんなさいちょっと外出てきます~」

 そういって冬香ちゃんは部室の外にいってしまった。

 俺は冬香ちゃんが遠くにいったのを見計らって、美花に質問することにした。

「お、お前あんな子をうちの部活にいれちゃったのかよ!?」

「いやあお嬢様だって知らなかったんだもん。それに誘ったのはたまたま席が近くて話したら仲良くなっちゃったからってだけだし…」

「なにやってんだか…」

「ま、まあいいじゃない!これで場所決まったようなもんだし!」

「大丈夫だったらだけどな」

 この場合冬香ちゃんの交渉がうまくいけばってことになるからな。どっちに転ぶかはまだわからない。

「ちょっといい?」

 香奈枝が本にしおりを挟んで閉じてから机に置いてそういった。

「どうしたの、香奈枝ちゃん?」

「まだ場所とかわかってないし、仮にこれで遠い場所だったとしたら結局なんの解決にもなってない気がするんだけど…」

「……!確かにその通りね…。そしたら冬香ちゃんが帰ってきたら聞いてみよっか」

「そうしてみてください」

 香奈枝はそう言うと閉じていた本を開き、読書を再開し始めてしまった。

 確かに香奈枝の言うとおりだった。俺は冬香ちゃんの別荘ということでホテル代が浮いたとしか考えてなくて、そのことについて全くもって考えていなかった。

 そんなことを思っているとここで冬香ちゃんが帰ってきた。

「ただいまです~」

「おかえりなさい。ごめんね冬香ちゃん一つ質問いい?」

「はい。大丈夫ですよ?」

 冬香ちゃんは席に座ると顔を美花の方に向けて頷く。

「さっき冬香ちゃんが出た後に話に出たんだけど、別荘ってどこなのかなーって。後そこにはどうやって行くのかなーって思って」

「あ~そうですね。何も言ってなかったですね~」

 冬香ちゃんはそう言うと顔を美花の方から対面側に座っている香奈枝の方に向ける。ちなみに香奈枝はこの話になったので読書をやめて顔をあげている。

「場所は軽井沢です~」

 そう冬香ちゃんが言うと琴美が一瞬反応したように見えたので、俺は琴美の方を一瞬チラ見したが特に様子が変わっているようには見えなかったので、顔を冬香ちゃんの方に戻す。

「別に田舎ってわけではないんですけど、山の方にあるのでのどかで過ごしやすいんですよ~。それに駅の方にはアウトレットモールもあるのでお土産とかもそこで買えますし、何より晴れていると夜には星空がすごく綺麗で、こんなところで見るよりもすごく近くに感じれて綺麗なんですよ~」

「へえーそうなんだ。それで行き方はどうするつもりだったの?」

 美花の声色はどこか関心がないように感じられ、興味なさそうだった。というかビジネス会話のテンションである。

「え、えっと交渉して車出してもらおうかな~って思って」

 冬香ちゃんは美花の変わりように困惑しながら返答したように見えた。

「そうなの!?冬香ちゃんの家って本当凄いんだね!」

 美花のテンションはさっきとは違って、素で驚いているようだった。そのテンションは傍から見たら明らかにおかしいと思えるような違いがあった。だが、誰も突っ込もうとはしなかった。

 何かがおかしい。そう俺は思ってしまった。

「ありがとうございます~。まあ交渉がうまくいったらですけどね~」

「うまくいったら教えてね」

「はい。わかり次第みんなに連絡します~」

「うんよろしくねー。そしたら方向性は決まったし今日は解散ってことで!」

 美花がそう言うと、琴美がすぐさま椅子の横にあった鞄を手に取って立ち上がり、肩にかける。

「それでは失礼します」

 そういうとドアを開けてさっさと出て行ってしまった。その姿は何かから逃げているようにしか見えなかった。それに明らかに動揺が見られた。

「あーごめん!私用事があったんだった!玲カギ閉めお願いね!」

 そうわざとらしく言うと、いつの間にか帰りの支度を済ませていた美花は、俺に部室の鍵を預けて出て行ってしまった。

 あいつ俺が今日夕食当番のこと忘れてんじゃねえか?それに材料について少し聞きたいことあったんだけどな…。まあいいや後でメッセージ入れとくか。

 そう思っていると肩を叩かれたので振り向く。そこには体ごと俺の方に向け俯いている冬香ちゃんがいた。

「あの…私いけないこと言ったでしょうか…?」

 そう言う冬香ちゃんの声は震えていて、今にも泣きだしてしまいそうな声をしていた。

 その姿を見て俺は何か気が利ける言葉をかけようと思ったが、ありふれた言葉しか思いつかなかった。

「大丈夫。冬香ちゃんは何も悪くないよ。本当に用事思い出してすぐ帰っただけなのかもしれないし気にすることないって」

「玲の言うとおりだと思う。私も平野さんが悪いとは思わない」

 俺の言葉に加勢してくれたのか、本心から言ったのかはわからないが、立ち上がりながらそう言った。まあ俺が思うに多分後者だと思うけど。

 そして香奈枝は鞄を肩にかけてドアの方へと向かう。

「それじゃあまた明日」

 そして一瞬だけこっちのほうを見て、一言そう告げてから出ていこうとする。

「あっ…佐藤さんありがとうございました」

 その背中に聞こえるように俺の後ろから冬香ちゃんの言葉が聞こえた。ただ香奈枝はそれに反応は示さずに出て行ってしまった。

 その姿を見てから俺はまた冬香ちゃんの方へと向きなおす。そこには普段の元気こそはないものの、少しだけ表情が明るくなったように見える冬香ちゃんがいた。

「大丈夫?」

「はい。それではそろそろ迎えが来る時間なので私もそろそろ行きますね~」

 そう言うと冬香ちゃんは立ち上がって鞄を肩にかける。

「そしたら俺も行くよ」

 そう言って立ち上がり鞄を肩にかけて、部室の外に出る。そして冬香ちゃんも出た後、忘れ物がないかを確認してから部室の鍵を閉める。

「それじゃあまた」

 俺はそういって職員室の方へと歩き出そうとしたのだが、冬香ちゃんに制服の袖を軽く引っ張られた。

「あの…。斉藤君もありがとうございました」

 冬香ちゃんはそう言いながら綺麗なお辞儀をした。俺はそんなことをされるとは思わなかったので、慌てふためてしまう。

「え、いや。顔上げて上げて!そんな感謝されるようなことじゃないから!」

「いえ、悪くないって一言で本当に気持ちが楽になったんです。だから本当に感謝してます」

「そ、そっか。それならよかった。まあ俺なんかでもいいのならいつでも相談乗るから、いつでも連絡して」

「はい。その時はよろしくお願いします」

 そう言って冬香ちゃんは顔を上げると身を翻して下駄箱方面へと数歩歩きだして立ち止まり、半身だけこちらに向ける。

「それじゃあまた明日です~」

 そう言いながら照れ臭そうに手を振って、小走りで行ってしまった。その姿は健常な男子高校生なら十人中九人が恋に落ちてしまうであろう破壊力を持っていた。

 そんなあまりにも可愛すぎる行動を間近で見てしまった俺はその場で立ち尽くしてしまった。

 それから数分後。現実に戻ってきた俺は、人間あまりにも可愛いものを見てしまうと余韻に浸りたくなるのだな…っとその場で感じつつ、余韻に浸り終わったので鍵を返すべく職員室へと向かうのだった。

 そして鍵を返し終わった俺は学校を出た後、美花にとあるメッセージを送って帰路についた。

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