第25話「登校そして昼」

 あれから少し世間話をした後、話題は昨晩の話になった。

「そういえば美奈に許可は取れたの?」

「まあねえ。ちょっと色々あったけど、一応おっけーはもらえたよ」

「色々?本当に大丈夫なのか?」

「まあまあその辺は気にしないで。でもまあその件が果たされるかどうかは今日の玲の料理次第だけどね」

 そう言うと美花は俺の方を見ながら右目を閉じてウインクをしてきた。ほんとこういうちょっとした仕草とかが可愛いのでずるいと思う。

「お、おう。任せとけっ」

「あれあれ?なんか少しだけ顔が赤いような?」

「き、気のせいだ」

 そういうと美花は俺の顔を覗き込むように見てきたので、俺は顔を反らす。今は本当にやめてくれ意識してしまう。俺は家族になったあの日から美花と美奈は家族として見るようにすると心に決めたんだ。こんなところで折れるわけにはいかない。

 すると俺の思いは通じたのか美花は顔を覗き込むのをやめてくれた。

「ふーんまあいいや。とりあえず期待してるから」

 そういうと美花は小走りして先に行ってしまった。その後を目で追うとどうやらクラスの友達でも見つけたのだろうか、前にいた女の子に声をかけると横並びで楽しく談笑しながら歩いて行ってしまった。

 俺はその姿を見て歩き出す。多分美花は俺と一緒にいると怪しまれると思ってわざと離れてくれたのだろうと思っていると突如左肩を叩かれた。

「おはよう玲!」

「おっとっと。おはよう琴美。びっくりさせないでくれよ」

「ごめんごめん。今日坂本先生なの思い出して走ってたら玲を見つけてさ。安心して思わず叩いちまった。ごめん!」

 琴美は俺の前に立ち、前屈みになって両手を合わせて謝ってきた。その仕草が可愛くて一瞬ときめいてしまったのだが、すぐに平常心を取り戻す。

「ああ、大丈夫大丈夫。ちょっとびっくりしただけだから」

「そう?ならよかった」

 そういうと琴美は身を翻して学校の方を向いて両肩で背負っていた鞄を左肩にかけなおし、顔だけこっちに振り向かせてから笑顔で俺と目を合わせる。

「それじゃあ行こうぜ」

「おう」

 少しだけ先にいる琴美に早足で追いつき、横に並んで校門まで歩く。そして校門の前にいる坂本先生に挨拶して下駄箱へと向かう。

「坂本先生ってリストにさえ載らなければ普通にいい先生なんだけどなあ」

「本当それなんだよね。あ、俺こっちだから」

「あーそっか玲はそっちか、それじゃまた放課後に」

 そう琴美は言うと左手を軽く上げて琴美はクラスの下駄箱の方へと行ってしまった。その姿を見送ってから俺は自分のクラスの下駄箱へと向かい、靴を履き替え教室へと向かった。


 午前中の授業が終わり時間はお昼時となった。俺は朝食を食わなかったことによる、いつもより早めにきた空腹を満たしに足早に食堂へと向かう。

 食堂につくとそこはもう戦場とかしており人が溢れかえっていた。ひとまず食券を買うために長蛇の列となっている最後尾へと並ぶ。それから数分してから味噌ラーメンとその大盛券を買い、ラーメンの列へと並びまた数分待ってからお盆を取る。そして注文通り作られたラーメンを乗せ、その後ろに箸やらスプーンやらを分けておいてある小物入れみたいなものから箸をとり、席が空いてないか周りを見渡す。

「うーん…やっぱり空いてないか…」

 小さい声で呟くように言うと、誰かに肩を叩かれた。振り向くとそこにはどこか見覚えのある顔をした、美花より少し背が高い綺麗な女性が立っていた。靴の先端が緑だから…二年生か。

「こっちきて」

「え…」

 先輩はそう言うと背中辺りまで伸びた長い黒髪をなびかせながら何も言わずに食堂の外へと出る。

「えっと食堂でちゃったんですけど」

「大丈夫。あなたはついてくるだけでいい」

「あ、はい」

 そういうと先輩は少しだけ離れた廃部室棟の方へと歩いていき、その中へと入る。俺は困惑しながらも彼女についていくしかなかった。

 廃部室棟。ここは学校が作られた頃からあるもので、数年前に新しい部室棟が作られるまでは色々な部活が出入りしていたらしいのだが、ここ最近は老朽化が進んだこの部室棟よりもあちらの部室棟の方がいいと申請を出す部活も多いのだとか。それにより、この廃部室棟には数えるほどしか部室と使っている部活動はない。ちなみに俺達の部活はこの廃部室棟の方に配置されている。理由としては新しく作られた部活動だということと、さっき言った通り新部室棟に移りたい部活が多いため、部室が用意出来ないからだとか。まあ全部美花から聞いたことだけど。

 そしてそんなことを思い返していると先輩はとある部室の前で止まった。

「演劇部?」

「入って」

 先輩は俺の言葉を無視して、部室の扉を開けて中へと促した。

「失礼しまーす…」

 俺は背中を丸めて軽いお辞儀を繰り返しながら部室へと入る。そして先輩は中央にある机へ向かうと、右側の椅子に座る。

「どうぞ?」

 先輩は座ってから、ドアの前に立ったままの俺の方を見ながら手のひらを上の方に向け、俺を反対側の椅子へと促す。

「それでは失礼して」

 俺は促されたとおりにドアから見て左の椅子へと座り先輩と対面になる。そしてひとまず感謝を述べることにした。

「えっと、ありがとうございます。丁度席に困っていたところだったので」

「別にいいの、そこは気にしないで。私も食べに行こうとしたらあんな感じで…それで諦めて部室に行こうとしてた時に、困っていた君を見かけただけだから」

「そうですか…。ちなみに先輩、昼飯は?」

「ああ、あるよ。ここに非常食が」

 そう言うと先輩は椅子から立ち上がると後ろの棚を引き、カップラーメンを取り出す。そしてやかんを持って一旦部室の外に出ると、ものの数秒で帰ってきてガスコンロに火をかける。そして椅子に座り直しながらラーメンの方をちらっとみてから、俺を見る。

「食べていいんだよ?」

 先輩は席に座ってからそう言った。

「あ、すいません。タイミングを逃してて…。いただきます」

 俺は両手を合わせて軽くお辞儀をしてから、箸を持ちラーメンをすすりはじめた。

「そういえば君、斉藤玲君だよね?」

「はい。そうですけど」

「あーやっぱりそうだよね」

 先輩は俺の名前を確認すると納得したのか、その後は特に何も聞いてこなかった。なので俺が質問することにする。

「えっと先輩のお名前は?」

「私?うーん秘密」

「えーそれずるくないですか?」

「まあまあ、いずれ知ることになるよ。きっとね」

「どういうことですかそれー」

 俺が不貞腐れると彼女は笑いながら人差し指をたてる。

「あはは。それじゃあ一つだけヒントね」

 俺はラーメンを食べる箸を止めて、先輩の目を見ると先輩もしっかり俺の目を見返してきた。

「私は君と既に出会っている。そしていずれ君は私を無視できなくなる」

 そして言い終わると同時にやかんが沸騰した音が部室に鳴り響き、先輩がそれを取りに行く。

「先輩それ二つ言ってますよー」

 俺はおちゃらけるようにそう返したが、頭の中では先ほど言った先輩の言葉から過去に遡っていた。だがしかしどこかで見たことがあるというだけで、情景が出てこなかった。

「あら、まあサービスってことで。それにしてもあまりピンとは来てないようね」

 先輩は椅子に座り直し、カップラーメンにお湯を注ぎながらそう言ってきた。

「ええまあ…はいそうですね。なんか引っかかってはいるんですけど」

「まあ仕方ない…っか。大丈夫どうせいずれわかるから」

「はい。ちなみになんですけど、いつ頃わかるとかは教えてくださらないですよね?」

「うーん。そうだなあ…それは秘密ってことで」

「あはは…さすがにそうですよね」

「ごめんね。とりあえず食べちゃおっか。麺伸びちゃうし」

「そうですね。ちゃちゃっと食べちゃいましょうか」

 俺と先輩はそれから無言で箸をのばし続けた。

 そして先に食べ終わった俺は先輩が食べ終わったのを見計らって、もう一つ質問することにした。

「そういえばここって先輩しかいないんですか?」

「いや後四人、二年生と一年生がそれぞれ二人づついるわ」

「それって結構ギリギリじゃないですか?」

「まあね。まあうちは昔は部員数も多くてちゃんとした部活だったんだけどね。最近は部員数も減ってきて活動はしてないかな。入ってくる子も一応ってだけの幽霊部員や実は名前借りてるって子ばっかりだしね」

 先輩は頬杖をついて少しだけ溜息をつきながらそう言ってきた。

 俺はそんな先輩に不躾な質問だとはわかっていながら思ったことを質問することにした。

「えっと…失礼かもしれないんですけど、もしかしてそれって実は実質演劇部として活動してるのは先輩だけ…ってことだったり」

「ええ、そうよ。ここは今私だけの部室になってしまっているの」

 先輩は俺の言葉を遮るように同意の言葉を口にした。その声色は若干低めで、当てつけもない怒りや悲しみを含んでいる反面、どこか寂しさを感じているようにも感じた。

 そして俺が何も言葉にすることができずにたじろいでいると、予鈴が鳴ってしまった。

「昼休みも終わりね。まあもしなんか私とお話したくなったらまたここに来るといいわ。基本的に放課後はここで本を読んでるから」

「わかりました」

 俺はそう言って立ち上がりお盆を持って部室から出ようと扉に手をかける。

「きっと君は一か月以内に重要なことでもう一度ここに来ることになると思う」

 俺が扉を開けようとした途端に先輩は真面目なトーンでそう言ってきた。それを聞いた俺は扉を開けるのをやめ振り返らずに先輩に一つだけ聞くことにした。

「それは絶対にですか?」

「うん。絶対に」

「わかりました。じゃあその時についでに名前も教えてください」

「んー。考えとく」

 俺はその言葉を聞いて何も言わずに部室の扉を開けて食堂へと向かい、お盆とお盆の上に載せてある器を返却して教室へと戻る。

 先輩はきっと俺の知らない重要な何かを知っている。それだけは理解できた。でもそれが俺にとって本当に重要なものなのかは今はわからない。けどきっと本当なんだろう。でなければ先輩はあんな真面目なトーンはしないと思う。まあいずれ一か月以内にはわかるんだ。それまで待とうじゃないか。

 俺はこれから一か月以内に何かが起こるということを頭に入れながら、午後の授業を受けた。

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