第23話「夕食後(2)」

 そして美奈が座っていた席にアイスを取りに行っていた美花が戻ってきてその席に座ると、ジト目になってこっちを見てきた。

「なーにでれでれしてんのよ」

「別にしてねーよ」

「そう?私にはそう見えたけど?」

「うっせ」

 そう言って俺は席から立ち上がってアイスのゴミとスプーンを台所に持って行ってそれぞれ処理をしてから、喉が渇いていたので冷蔵庫を開けて何か飲み物を取ろうとする。

「美花何か飲みたいのあるー?」

「んー。オレンジジュースあったっけー?」

「あるぞー」

「じゃあそれでいいやー」

 俺は紙パックのオレンジジュースを取り出し、冷蔵庫を閉めてコップを二つ持っていきテーブルに置いてから椅子へと座り直した。

「ん、ありがと」

 美花はこっちを見ずにアイスを食べながら感謝の言葉を送ってくれた。

「そういえばさ」

 俺が二つのコップそれぞれにオレンジジュースを注いでいると、美花はテレビの方を見ながら話しかけてきた。そして俺はオレンジジュースを注ぎながら返事をする。

「んー?どうしたー?」

「玲って家事できるの?」

「まあそれなりには」

 あの日。美雪と父さんを事故でなくしたあの日から、俺は仕事が忙しい母さんの代わりに家事をやるようになった。もちろん母さんもすべて俺に任せっきりってほどでもなかったが、基本的には俺がやるようになっていた。なので、人並みには全ての家事はこなせるようになっていた。それはもちろん料理だってそうだ。最初の方は失敗も多かったけど、今は普通に美味しいと言ってもらえるレベルにはなった。

「そう。それなら平日は三人交代制ね。まあ何かあったら二人でやってもらうことになる日もあるだろうけど」

「何かって?」

「そりゃ病気にかかったり、怪我をして思ったように動けない時とかあるでしょ?そういう時よ」

「あーなるほどね」

 そう俺が相槌をうつと、美花は食べ終わったアイスをテーブルに置いて体ごとこっちを向くとスプーンを俺の方に向けてくる。

「今日は特別に私と美奈で料理作ったけど、明日からはちゃんと分担制でいくから。明日早速料理係お願いね!」

「え、えー…いきなり?」

「そりゃあ私と美奈でやったんだから、必然的に玲になるでしょ」

「うーん。まあそりゃそうか…。よっし!わかった。俺に任せとけ」

 そう自信満々で言うと、美花が俺の方を覗き込むように見てくる。その表情はどこか半信半疑で『こいつ実は料理できなくて、見栄張ってるんじゃないか?』っとでも言いたそうな顔をしていた。

「ふーん。大した自信ね」

「おう。二人ともびっくりするぐらい美味しいもの作ってやるからな」

「へえ…。じゃあ超期待して待っとく」

 俺が堂々とそう言ったからなのか、美花は笑顔でそう返してきてさっきのような疑ってる姿はどこにもなかった。

 一旦会話が落ち着いたからなのか美花は俺がさっき注いでおいたオレンジジュースを飲み始めた。そしてその美花に俺はさっき疑問に思ったことを聞くことにした。

「そういえば美奈って料理できるのか?」

 そう聞かれた美花は一瞬体が止まったが、コップに注がれたオレンジジュースを飲み干すとコップをテーブルの上にそっと置くとゆっくりと顔を上げ、俺と目を合わせた。

「一人じゃ全くできない。むしろ壊滅的」

「え…?」

「信じられないと思うけど、あの子私と一緒じゃないとだめなの」

「えっと待って。壊滅的って例えばどのくらい?もしかして目玉焼き焦がすレベルとか…?」

 俺は質問をした時こんなにひどいレベルなわけないよなって自分の中で思う最低ランクを出したつもりだった。ただこれを言った時の美花の表情と、その後の頷きで絶望へと変わった。

 ただ言葉ではちゃんと確認してなかったので再度問いかけ直す。

「まさか、嘘だろ?」

「いや、本当なんだよねこれが」

「おおう…」

 俺は少しだけ抱いていた完璧少女という理想が崩れ去り、落胆せざるを得なかった。

 そして美花は両肘を机の上に置き、両手を指と指の間に絡ませて俯きながら話始める。

「これは二年前のとある平日だった。その日までは私が朝食も夕食も作ってきたんだけど、美奈も中学校生活が落ち着いたからかな、私も料理をしてみたいって言ってきてね…。とりあえず夕飯を手伝わせることから始めたの」

「なるほど」

 語り始めた美花に俺は適当に相槌を打つ。まあここまでを聞く限りでは普通だよなあ…っと思っていると、美花は体勢を変えて左肘の方で頬杖をつき始めた。

「それで手伝わせる限りでは全然動きとかも悪くないし、私が教えてればちゃんとできるの。それで数日経ったある日一人でやってみなっていう意味でゴーサインを出したのね、そしてその次の日の朝だったんだけど…」

 そこで美花は頬杖をつくのをやめて俺の目をしっかり見る。そして唾を飲んだのがわかった。

「朝起きてリビングに行った時に驚愕したの。だってお皿には黒焦げな何かが置いてあって、そばには顔が引きつってる美奈が立っててね…。それで『あはは…お姉ちゃん失敗しちゃった』だってさ、もう寝起きだったのに一気に目が覚めたよね」

「そ、そんなことが…」

「そうそう。それでその日は簡単なトーストにして、次の日からもう一回私と練習し直したんだけどね、結局一人でやるってなるとダメで…それから美奈が料理するときは私と一緒じゃなきゃダメってことになったの。結局今に至るまでなんで一人で出来ないのかわからず仕舞いなんだけどね」

 美花は軽く溜息をついて困り顔をして俯いた。そんな美花を見て俺は何か一言言おうかなと思ったが言葉が出てこず、俯いている美花を見てるしかなかった。

「そうだ!」

 美花は急に顔を上げると俺の目を見ながら両手を机の上に叩き付けて、身を乗り出してきた。俺はその急な行動に軽く仰け反ってしまう。

「ど、どうした」

「今度玲が美奈に料理教えてあげてよ!」

「え、ええ!?」

「どう…だめ?」

 俺は美花に考えてもなかったことを言われたので、多分驚きと困った感情が混ざったような顔をしてしまっていたと思う。

 正直美花の料理を味見という形ではあるが手伝おうと思っていた矢先だったので、その提案は非常に困る提案ではあった。ただ、お願いしてきた美花の顔があまりにも可愛かったので、断ることは出来なかった。けど俺にも考えはあった。

「わかった。手伝うよ」

「え、本当!?ありがとう!良かったあ…」

 俺が了承すると美花は満面の笑みを浮かべた後、安堵の表情を浮かべた。

「ただし一つ条件がある」

「え、なに?」

 安堵していた美花の表情が崩れて不安そうな顔をする。

「さっき言ってたお父さんに味見してもらってたって話、俺が代わりにやりたいんだけどダメかな?」

「えっ…え?」

 美花は俺の提案が何を言っているのかわからないとでも言いたげな表情を浮かべている。まあ、確かに条件とかいいながら提案してるのはどうなのかなとは思うけど…。

「えーっと。私はいいんだけどそんなのでいいの?」

「もちろん。むしろ条件とか関係なく元々聞くつもりだった」

「あ、そうだったの」

「うん。それで決まった後からでなんだけど色々質問していい?」

「いいけど?まあ私もああ色々言ったけど懸念してたことはあるし…」

「じゃあ一つ目。美奈にはこのこと言ってあったりするの?」

「ううん。話の流れで言っちゃったからねえ…後で説明しにいくつもり」

 俺が質問すると美花はその質問がわかっていたかのように即答してきた。まあそんなところだろうとは思ったけど、後でどうなったかについては聞こうかな。

「もしかしてお父さんも?」

「まあ…そうね」

「オーケー。じゃあそのことについては後日結果を聞くとして、二つ目。美花は俺の料理の実力を知らないはずなのにそんなこと任せていいのか?」

「いやあ…さっきも言った通り勢いで言っちゃったからねえ…あはは…」

 美花は困り顔をして少し俯きがちに俺とは目を合わせずにそう言ってきた。

 まあさっきの回答からしてそんな気はしてたけど…。もしかして美花って何も考えずに勢いで突破して後で後悔するタイプなんじゃないのかなと思ってしまった。

「わかったそれじゃあこうしよう」

 そう俺が言うと美花は顔を上げて俺の方を見てきた。

「とりあえずこの話は一週間後までお預けとして、その間に美花は美奈とお父さんの説得をする。そして俺は週に何度か来る料理担当の時にみんなに納得してもらえるようなものを用意する。それでどう?」

「うん、うん!いいと思う!」

 美花は一瞬悩んだようだったがこの提案にのってくれた。

「よしそれじゃあそれで決定だな」

「そうね!それじゃあ早速美奈に聞いてくる!」

 そういうと美花はテーブルの上に置いてあったアイスのゴミとスプーン、飲み終わっているコップを台所に持っていって、それぞれ処理をしてから俺の横を通りすぎてリビングから出ていった。っと思ったら突如閉まっていたドアが少しだけ開いてその間から美花が顔を出した。

「あ、そうだ。明日玲は食事当番だから部活でなくてもいいよー。理由とかはこっちでどうにかしとくから」

 そう言うと反論する余地もなくドアが閉められてしまった。

 俺はその閉められたドアをただ見ていることしかできなくて、席を経ってわざわざ追いかけてまで反論する意味もないなーっと思い、空になっていたコップにオレンジジュースを注ぐ。そしてオレンジジュースを飲みながら明日の夕飯どうしようかなーとか、ああ言われたけど部活どうしようかななど明日のことについて色々考えていた。

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