第20話「三人での夕飯前(2)」

 自室で料理が出来るのを待ってから数十分。学校で出ていた宿題を終わらせたり、アプリなどで暇をつぶしていると部屋のドアがノックされた。どうやら料理ができたらしい。

「玲ー?料理できたよー」

 俺が席から立ち上がってドアを開こうとする前にドアの向こう側から美花の声が聞こえた。なので、俺はそこで立ち止まって美花の呼びかけに答えることにした。

「りょうかーい。今行くよー」

「早めに降りてきてよね!せっかく作った料理冷めちゃうから!」

 美花はそう言うと俺の返答を聞く前に階段を降りて行ってしまった。

 あの感じだとかなり気合入れて作った自信作なんだろうなあ…っと勝手に想像しつつ、せっかく作ってもらった料理を冷ましてしまうのも悪いので、すぐに部屋から出て階段を降りリビングへと向かった。心の中はすごくわくわくしていた。


 期待に胸を膨らましてリビングのドアを開けると、カレーのいい匂いがした。そして食器をテーブルに置いていた美奈と目が合う。

「あ、お兄さん。お兄さんの席はこちらですよ」

 美奈は笑顔で俺のことを呼ぶと、最後に食器を置いた席を手のひらを上に向けて指し示した。

「お、おにい……!?」

 なんか台所の方から驚いた声が聞こえた気がするが、気にしないでその席の方へと向かう。

「どうぞどうぞ~」

 俺が席の方へと近づいていくと、美奈は椅子を引いて俺を出迎えてくれた。

「ありがと。でも俺も手伝うよ」

 さすがに全てをこの姉妹に任せるわけにもいかないと思い、椅子を引いてくれた美奈の横を通り過ぎて台所のほうにいこうとすると、美奈が体を大の字にして通せんぼしてきた。

「ダメです!今日はお兄さんには何もしないでもらうんですから!」

「え、それはさすがに悪いかなって…」

「いいんです!私とお姉ちゃんで決めたことなんですから!ささ、座って座って!」

 そう言って美奈は俺の体を椅子の方向に向けてから背中を押してきた。俺はその行動に逆らうことが出来ずに背中を押されて素直に椅子に座るしかなかった。

「いいですか?台所まで来てお手伝いにくるのは禁止ですっ。それ以外なら何をしててもいいですからここで大人しくしててください!」

「お、おうわかった」

 美奈の気迫に押されその言葉にゆっくりと頷くことしかできなかった。それを見た美奈は満足したようで、俺に微笑み返して台所の方へと戻っていった。

 俺はそんな美奈を見送ってからテーブルの方へと視線を移す。テーブルの中央にはレタスやトマトなどが盛り付けられたサラダが置いてあり、その脇にはそれぞれが取って分け合えるようにトングが置いてある。そして各々の席のところに、さっき美奈が持ってきた取り皿とその前から持ってきていたのであろうグラスが置いてあった。そんな感じに一瞥してから椅子に寄りかかり一息つく。そして台所にいる美花を見るとスプーンに乗せた何かを食べているところだった。まあ十中八九作った料理の味見兼最終チェックといったところだろう。まあとりあえず美花が作った料理はもう匂いからもわかる通りカレーとみていいだろうけど。

「美奈ーちょっと来てー」

「うんー?どうしたのお姉ちゃん」

 味見が終わった美花は美奈を呼んで、作った料理(多分カレー)をすくったスプーンを手渡す。そして美奈はそれを口にした。

「んー!おいしいよお姉ちゃん!」

「本当?それならよかったあ…」

「これ本当に美味しいよ!さすがお姉ちゃんだね!」

「い、いやあそれほどでも…」

 美奈の誉め言葉に安堵をしつつ照れてる美花は、視線を美奈からずらして鍋が置いてあるであろう方向に視線をずらした。そしてその過程で視界に入ったのだろうか、急に顔をこちらに向けて俺の方を見てきた。

「ちょ、玲なんでこっちなんか見てるのよ!」

「え?あーなんかどんな感じで作ってるのかなーって気になって」

「そ、そうだよね気になるよね。でももう少しでできるから」

「おう。超期待して待ってるわ」

 そう言って俺なりに精いっぱいの期待を込めた笑顔を送ると美花は視線をそらして、何かを呟いていた。

 そんな美花を見ていると肩を優しく叩かれた。

「お兄さんも中々やりますね」

 美奈が俺の右耳に囁いてから通り過ぎて、俺の向かい側の席へと座った。そして俺はというと急に囁かれたので鳥肌が立ちっぱなしになったのと同時に、美奈も中々やるじゃないかっと思い、美奈の方に視線を向ける。すると美奈と目があった。

「どうしたんですか?」

「いや、美奈の方も中々やるじゃんって思ってな」

「そうですか?気のせいですよー」

 美奈はそう言うと席を立ってまた台所の方へと向かっていった。多分何かを忘れたのだろう。っというかはぐらかされた気がしたけど、まあ別に気にしないでおこう。そして少し経ってから美花が飲み物を取って戻ってきた。取りに行ったというか、戻った理由はそれだったのか。っと思っていると美奈が飲み物のキャップを開けてから何も言わずに俺のコップを取って注ぎ始めた。

「お、なんか何から何までありがとうございます」

 俺は注いでくれたコップを受け取りながらそう答える。そして美奈は俺にコップを渡した後、自分のコップに飲み物を注ぎ始めた。

「いえいえ、改めてそんなかしこまらなくても…。今日は私達がやるって言ったのでいいんです。お兄さんは本当に何もしなくていいんです。だらけててください。むしろ今だけは私たちはお兄さんのメイドか何かと思ってくださっても大丈夫ですっ」

 美奈は注ぎながらそう言いつつ、自分のが注ぎ終わると美花のコップにも飲み物を注ぎ始めた。そしてキャップを閉めるのと同時に言葉を終わらせる。

「いやいやそこまでは…っ痛!」

 俺が謙遜していると後ろから頭を叩かれた。

「人様の妹になんてこと言わせてるの…?」

 頭を叩かれなおかつドスの利いた声が聞こえ、ゆっくり振り返るとそこにはエプロン姿をした美花が顔を引きつらせながら仁王立ちしていた。とてもじゃないが美花のエプロン姿を拝めていられるような雰囲気ではなさそうだった。

 俺は美奈が勝手に言い始めたのだと弁明することにする。そうでなくては今日の夕飯がなくなりそうな気がしたのと、自分の名誉に関わってくるような気がしたのだ。

「いやこれは美奈が勝手にだな」

「人のせいにするなんてサイテー」

「ばっ!本当だって!なあ美奈?」

 弁明の言葉を口にすると美花はジト目でこちらを疑うように見てきたので、ここはこんなことになった張本人に助けを求めることにした。そして美奈の方に視線を向けると、一瞬きょとんっとしたが何かを理解してくれたようだった。

「そうだよーお姉ちゃん。これは私が勝手に言ったの。だからお兄さんは悪くないの」

「本当?」

「うん。本当」

 美奈は真剣な眼差しを美花に送ってそう答えた。俺から美花の顔は見えなかったが、後ろから小さな溜息が漏れた。そして何も言わずに台所の方へと戻っていった。

「ありがとな」

 美花が去ったのを気配で感じ、美奈に美花には聞こえないように顔を少しだけ近づけて囁き声で感謝の言葉を口にした。

「いえいえ。本当のことですので」

 美奈は両手を振りながらそう答えてくれた。

「お姉ちゃんたまに早とちりすることがあって…。そこを直してくれるとこっちにとっては嬉しいんですけどね」

 あはは…っと苦笑いしつつ美奈は台所とは反対にある窓の外の景色を見ながらそう言ってきた。美奈はどこか遠いところを見ているようで、過去に何かあったのだろうか?っと勘ぐってしまいたくなるような顔をしていた。でも、それを聞くのは今ではないと思ったので、俺も外の景色を見てぼーっとすることにする。

「はい!二人ともできたよ!!」

 急に台所の方から美花の大きな声が聞こえてきたので、俺と美奈はびっくりしてすぐさま美花の方に振り返った。するとそこにはやっと味に納得いったのだろうか、満面の笑みをした美花が仁王立ちしていた。

「お皿に盛っておいたから取りに来て!」

「「はーい」」

 威勢のいい美花の声に俺と美奈は一緒に返事をしてそれを取りに行く。その時の俺は一瞬ではあったが子供の頃に戻ったような感覚だった。

 そして台所の方に向かうと予想通り長皿に白米とカレーがよそられていた。

 予想通りとはいえ何も知らないていにはなっているので、とりあえず驚いたふりをしておくことにする。

「おお、カレーか!」

「そうなのよ!これは本当に自信作だから!」

 俺がカレーの方をチラ見してから驚いた声を上げると、美花は目を輝かせてそう言ってきた。

「確かにすごく美味しそうな匂いしてたからなあ…楽しみだよ」

 なんとなく昔の美花から成長したのだなあっと感慨深く思いながら答える。記憶の片隅にはいつも手伝っていた料理が失敗していて泣いていた美花の姿があったので、そう思ってしまったのだろう。

「あ、玲のはこれね。そして美奈のはこれ」

 美花は俺の返答に対しては何も答えずに、よそってあったお皿をそれぞれ指差していき誰がどのお皿のものなのか示してきた。

 そして俺と美奈はそれぞれ言われたお皿を持ってテーブルの方へと戻る。さっき台所で見た時にも思ったのだがさすがに男女の差を考慮しているのか、俺と美奈のお皿に盛ってあるお米の量には差があった。ちなみになぜか美花の量が一番少なく盛られていた。

「それじゃあいただきましょっか」

 エプロンを外し普段着の姿に戻った美花が自分のお皿を持ち、席に座りながらそう言ってきた。そして三人それぞれが視線を交わしてから頷く。

「「「いただきまーす」」」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る