第17話「昔のこと」

 俺はアルバムを持って母さんの部屋のドアをノックした。

「母さんちょっといい?」

 俺は二回ドアをノックしてから呼びかけたのだが、返事が中々返ってこないので、もう一回ノックした。

「かあさーん?」

「はいはい。ちょっと待ってて」

 部屋の中からそう返事が返ってきてから少しして部屋のドアが開いた。

「どうしたの?」

 母さんはドアから顔だけを見せてそう問いかけてきた。

「いやちょっと聞きたいことがあって」

「ん?なんかあったの?」

「まあちょっとだけ」

「そ。なら入っちゃいなさい」

「ん」

 そう言われ部屋の中へと案内された。中に入ると多少片付いてはいるものの、まだ段ボールが山積みとなっていて部屋の隅の方に放置されていた。

「それでどうしたの?」

「このアルバムを見て欲しいんだけど…」

 俺は近くにあったテーブルにさっき見た、俺と一緒に写っていた知らない女の子が写っているページを開いて置いた。

 母さんはそれを見ながらゆっくりとテーブルの近くにあったクッションに座ると、アルバムを覗き込んだ。

「このアルバムがどうしたの?」

 覗き込みながらそう言う母さんに、俺は近くにあったもう一つのクッションに座ってから、その女の子を指差した。

「この子なんだけど…」

「ん?この子?」

「そうこの子」

「ああー!この子ね!」

 俺が指さした位置を確認した母さんは、その子を見て何かを思い出したかのように両手を体の前に合わせてこっちを見る。

「この子はねえ…懐かしいわ。玲がまだ幼かった頃隣に住んでた東雲さんのとこの娘さんよ」

「え…?」

「あれ覚えてないの?幼稚園の頃からよく遊んでたじゃない。それで小学校に入ってからは美花ちゃんとも一緒に遊ぶようになって…」

「そうだ…っけ?」

「そうよー。まあ十年くらい昔の話になるから覚えてないのも無理ないか…。それにこの子あなたが小学校の…確か…四年生…だったかな?の頃に転校しちゃったしねえ」

「そう…なんだ」

「この写真なんか毎年よく東雲さん家の奥さんと娘さんと一緒に旅行に行ってた時に、二人っきりで遊んでたところを撮ったやつね…懐かしいわあ…。二人とも本当に仲が良くて、このまま結婚するんじゃないのーってよく東雲さん家の奥さんと話していたんだけどねえ…。まああれは急なことだったし、残念ではあったけどしょうがないわよね…」

 母さんはさっきお酒を飲んでいたからなのか饒舌で、アルバムを捲りながら昔を懐かしむように色々と語り始めた。俺はその話をされてもなんとなくの記憶しか出てこず、相槌をうつので精一杯だった。

 その後は懐かしみながら話をする母さんに合わせて色々な話をしていた。その話の中には深雪や父さんの話も出てきて、懐かしい反面悲しくなったりもしたし、話をしている途中で母さんは泣きだしてしまって俺もつられて少し涙目になってしまった。ただたまにはこうやって昔話をするのも悪くないかなっと思ってしまったし、たまにはこうやって母さんとゆっくり話すのも悪くないなと思った。

 ただそんななかで、母さんが最後の方になって少し気になることを言っていた。


「その東雲さんの娘さんって確か今年こっちに帰ってきてるはずなのよねえ…。まあ、その別れ際に言ってたことが本当ならの話なんだけどね。だからもしかしたらもうすでにどっかですれ違ってるのかもね」

「あ、そうなの?まあ気が付いたら一声かけてみるよー」


 俺はそう言って部屋を出たのだが、その母さんの言葉にもしもの可能性を考えてしまった。

 ―――もし、その子がこの学校にいたとしたら…?

 ほとんどの確率でいないとは思う。でももしいたとしたら、俺はその子に気が付くのだろうか。それにもし相手だけ気が付いて声をかけてきたら?俺はなんて返せばいい?でももしかしたらそれで思い出せるかもしれない…

 そんなことを考えていたらドアがノックされた。

「玲ー?お風呂入っていいよー」

「お、おうー。わかったー」

 そう返事すると美花は去っていき、自分の部屋へ入っていったようだった。

 俺は考えることをやめて着替えの準備をして風呂へと向かった。


 洗面所に入ると見るからにわかりやすく男用と女用の洗濯物入れが用意されていた。それと残念に思ってはいけないのだが、女子達の着替えは洗濯機の中で、予約状態となっているためチラ見とかで見ることは不可能であった。

 なんか少しだけ残念だ…。っていうかこれがわかってたから美花はなんも言ってこなかったんだなきっと…そうに違いない。別に予約なので開けてしまえば見えるっちゃあ見えるんだけど…自分の中で最低限越えてはいけないラインな気がして、留まるしかなかった。それに一応外の看板は入浴中にはしているとはいえ、もしかしたら誰かくるかもしれない。そしたら最悪の事態も覚悟しないとなのでここは落ち着いておこう。そうしよう。

 俺は服を脱いでシャワーを浴びながらさっきの子のことについてまた考え始めた。

 よくよく考えればなのだが、あの写真には美花も一緒に写っていた。ってことは美花が何か知っているんじゃないか?この後聞きに行ってみるか…。

 俺は風呂からあがると、部屋に一旦戻ってからアルバムを持って美花の部屋へと向かった。


 美花の部屋をノックしてから呼び出すとすぐに返事が返ってきて、廊下へと出てきてくれた。

「どうしたの?」

「あのさ、この写真を見て欲しいんだけど…」

 そう言って俺はさっきの子が写っている写真を指差した。

「…っ!」

 その写真を見た美花が息を呑んだ気がした。

「なんか知ってることない?一緒に美花が写ってるのもあったりしたから、知ってるかなーって思ったんだけど…」

「本当に…それだけ…?」

「え、あ、うん。そうだけど…」

 美花の言った言葉は少し震えていて、戸惑っているようだった。

 なんでこの写真を見せただけでそんな声を出す…?どういうことなんだ…?

 俺が返答すると美花は含み笑いをして、俺に背を向ける。

「ふふっ…それならいずれわかる日がくるよ」

 そう言って美花は自分の部屋へと戻っていってしまった。

「お、おい!それってどういうことだっ」

 美花が閉めたドアを叩きながら問いかけるが返事は一向にこなかった。

 そして俺は諦めて自分の部屋へ戻るしかなく、東雲さんという謎の少女についてこの辺にいるということしかわからず、もやもやしたまま寝ることしかできなかった。

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