とびう男

とびうお

とびう男


 まだ空も暗いっていうのに目が覚めてしまった。今日は仕事は休みなので起きてしまってもいいのだが何となくしゃくで布団から出られずにいる。こんな時は突拍子も無い事を考えてしまう、考えるだけならいつだって自由なのに、まるでやっと解放されたみたいに。大概はネガティブ思考で、将来への不安や過去のあやまちを後悔する、あの時あぁすれば変わったんじゃないかと昔好きだった娘を思い出して無理矢理綺麗にした空想にふける。


 でも今日は少し違った。あれがしたい、これがしたいっていう風に、とても前向きに考えていた。朝の5時を過ぎた頃には、いよいよ体ごと起きてしまって少し興奮気味に身仕度を始めた。いつもと変わらない、何のへんてつもない薄暗い部屋で1人勝手に胸を踊らしていた。


 空を飛ぼうって


 どうしても飛びたかった。四六時中つきまとってる この窮屈さを脱ぎたかった。方法は何でもいい、何でもいいが全身で飛ぶってことを感じてみたいから飛行機に乗るなんてのじゃ駄目だ。パラグライダーなんてのでもいいが随分と遠くに行かなくてはならないし、お金も結構かかるしと、あまり気分が乗らない。しばらく考えた末、かなりの妥協案という感じになってしまうが飛び込み台のある近所のプールへと向かうことにする。


 昨日の晩飯の残りのカレーを温めて食パンに挟んで食べる、朝のニュースを見ながら画面左上の時計を気にする、コーヒーをいれて少しゆっくりしながら水着の用意をして、手に取りやすい所にある服を着る、さぁ出発だっと行きたい所だが、まだプールの営業時間には余裕がある。こうなるとまた考えてしまう、せっかく沸いてきた情熱を客観視してしまう、臆病なだけの冷静な目ってやつが少しずつ近づいて私を見ている。やっぱりやめようかなって思い始めた時、設定した覚えのない目覚し時計がなった。それでなんとか持ちこたえて玄関を開けプールへと向かった。


 入場料500円を払ってプールに入る、まだ中はガラガラでほとんど人は居ない。今のうちだと思い一番高い飛び込み台にそそくさと登る、高い!思った以上に高い!10mくらいはあるんじゃないかと辺りを見渡すと足がガクガクと震えてきた、高所恐怖症だったのを思い出し気が遠くなる。どうしようやっぱりやめようかと悩んでいたら人が登ってきた、次の客が来てしまったのだ。それを察知した次の瞬間、私は飛んだ。


 それは一瞬であった、やっと窮屈を脱げたと思う暇すらなく、気づいたら水の中にいた。

そしてまた気づいたら陸の上だ。

パニックを起こし泳げなくなった私は監視員さんに助けられたらしい。


 恥ずかしくなった私は家に帰った。飛び込みは失敗に終わった。あれは飛ぶと言うより落ちると言う感じだった。缶ビールをグラスに注ぎ、次の作戦を考える。スカイダイビングもいいが高所恐怖症の私にはやはり無理だろう。鳥の様には飛べないがせめてトビウオの様に飛び跳ねてみたいと願いを変えるも私はロクに泳げもしないのだ。


 あー、それにしてもビールが美味い


なんだか少し窮屈じゃなくなった気がする

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

とびう男 とびうお @tobiuo

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ