散歩
ずるずると足を引きずりながら青年が歩く。その少し後ろを俯きがちに少女が歩いていく。
その日、少女、ルチアナは木陰に座り込んで物思いにふけっていた。
大樹のそばにはニブ様が気に入っている大岩がある。今日もニブ様は大岩の上で本来の巨龍の姿でまどろんでいるようだった。そんなお姿を見て、ルチアナは小さくため息を漏らした。
ニブ様はルチアナの行動に無頓着だ。ルチアナが何をしていても、表情を変えることもなければ、口を開いて語ろうとすることもない。
一度だけ。そう、一度だけ、夜に森で迷ってしまった時に、怒って追いかけてきてくれたことはあったけれど。だけどそれだけ。
ここにいてもいいのだろうか。どうしてもそうやって不安に思えてしまう。
ごろろ、と岩が滑るような音を立てて、ニブ様は体を起こした。そしてするすると龍の姿を解くと、人の姿をとっていずこかへと歩き出した。
ルチアナは慌てて立ち上がり、その後を追った。
「ま、待ってください、ニブ様、私も一緒に……」
ニブ様は一度振り返ると、何も言わないままふいと元の通りに前を向き、歩き出してしまった。
「すきにしろ、とニブさまはおっしゃっています」
いつのまにか近くに立っていた傍仕えの眷属がそう教えてくれる。
ありがとうございます、と小さく礼を言い、ルチアナはニブ様の背中を追いかけた。
ニブ様は湖に散歩に来られたようだった。ニブ様は老いた蛇のようにゆるゆると湖に近づき、岸の岩に腰かけた。
ルチアナはしばらく所在なくその背を見つめていたが、おずおずと歩み寄ると湖を見つめたまま動かないニブ様に声をかけた。
「ニブ様、その、隣に座ってもよろしいでしょうか」
ニブ様は顔だけをこちらに向けた。その口は何も語らなければ、その表情も何も語らない。
眷属のいないここでは、ニブ様のお考えを読み取るのは難しい。ルチアナは意を決して、ニブ様とはほんの少しだけ離れた隣に腰かけた。ニブ様はそんなルチアナを黙って見つめ続けていた。
「ご、ごめんなさい。そうですよね、馴れ馴れしいですよね」
慌てて立ち上がろうとするルチアナ。しかし、
「あっ」
濡れた岩に足を滑らせて、ルチアナの体はバランスを崩してしまう。
落ちる。
そう思って目を閉じようとした瞬間、腰を誰かに掴まれ体ごと引き寄せられていた。
気付いた時にはルチアナはニブ様に寄りかかるようにして岩に腰かけていた。そうしているうちにさっき腰を引き寄せて助けてくれたのがニブ様だという実感がじわじわと湧いてくる。
「ニ、ニブ様」
上気した顔を悟られまいと俯いたまま、ニブ様の名前を呼ぶ。
求められていないと思っていた。だけどこうしてニブ様が私を見てくれていたということがこんなにも嬉しい。
「私、ここにいていいんでしょうか」
ニブ様は何も答えなかった。だけど、おそるおそる寄り添うルチアナを拒絶することもしなかった。
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