帰郷
「故郷のまちが見たいです」
そうつぶやいたのはいつのことだったのか。私自身忘れていたのだけれど、ニブ様はどういうわけかそれを覚えていたようで。
「こきょうにつれていく、とニブさまはおっしゃっています」
「どうかおきをつけて」
小さな子供の形をしたニブ様の眷属たちに見送られ、ニブ様の背に乗って私は故郷へと向かうことになったのだった。
「ニブ様、痛くありませんか?」
たてがみをきつく握りしめながら私は問う。ニブ様は何も答えないまま、月の光を受け透き通った水面をするすると泳いでいった。
広大な湖を横切り、私たちは向こう岸へと辿りつく。その辺りは森も切り開かれ、人の手が加わっているのが一目で分かるような場所だった。
巨龍は、ぐぐ、と鎌首をもたげる。すると湖の東に小さな村が見えた。
本当に小さな村だった。ここから見れば片手で握りつぶしてしまえそうなほど小さな村。だけど私にとっては生まれ育った大切な場所。
もっと近くで見たいです。そう言いかけて、私は口を閉ざした。
「こきょうにいっても、あなたさまのおすがたは、もうひとのこにはみえません」
「それでもいくのですか、とニブさまはおっしゃっています」
出発の直前にかけられた言葉が胸をよぎる。
私は一度目を伏せ、それからもう一度村を見た。
「もう大丈夫です」
村へと進もうとしていたニブ様の動きが止まる。私は繰り返した。
「もうここで大丈夫です」
うるるう、と巨龍が唸った。私は静かに首を横に振った。
「いいんです。今の私にはアナタしかいませんから」
東の空に日が昇る。私だけの愛しいひとの銀の鱗のきらめきをただびとが見ることができないのは、なんだか寂しくもあり嬉しくもあった。
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