お茶会
時折、視線を感じることがある。
たとえば樹齢数百年はあろうかという大木の木陰から、たとえば誰かが私のために誂えてくれた小さな家の隅から、たとえば住処の程近くにある湖の水辺から。
視線を感じて振り返ると、小さな影が視界の端で動いては消えていく。視線を無視してそっぽを向いていると、ささやくような、さざめくような声が聞こえる気もする。
そうしてそんな視線を感じた後には必ず、探し物や失せ物が忽然と姿を現しているのだ。
「ニブ様、こちらです」
盲目の青年の手を引いて、庭に置かれたガーデンチェアへと誘導する。青年は足を引きずりながらも、少女、ルチアナの示す方へと歩みを進めていく。
――本当はこんなことをしなくても、きっと一人で歩けるのだろう。青年の正体は、千年を生きる龍なのだから。
だけどこうやって頼ることを許してくださっていることが、ルチアナには嬉しくてたまらなかった。
「今日はクッキーを焼いてみたんです」
青年の細い指がクッキーを一枚つまみ、口へと運ぶ。さくりと音を立てて、焼き菓子は口の中に吸い込まれていく。
その一部始終を凝視してしまうのはきっと仕方ないことだろう。
病的なまでに白い肌。滅多に変わらない表情。閉じた瞼。いつ何時たりとも緩められることのないしゃんと伸びた背筋。
本当によく観察しなければ、ルチアナが古龍の感情を察することは難しかった。
だけど、猫のようにくるくると喉を鳴らしているのを見るに、今日の焼き菓子は彼の口に合ったようだ。ルチアナは内心、喜びで拳を握った。
しかしだからだろうか。彼女はテーブルの上のカップに手をぶつけ、中身の紅茶をこぼしてしまったのだ。
「ああっ、ごめんなさい。今拭くものを……」
慌てて立ち上がったルチアナが、ふとサイドテーブルを振り返ると、いつの間にかそこには白い布巾が畳んで置いてあった。
「あれ? さっきまでこんなもの……」
戸惑いながら、青年へと視線を戻すと、彼は盲いた目でルチアナの背後に視線を向けていた。
振り返ると、そこには慌てて逃げ去っていく複数の衣の裾がひらめいていた。
「あの方たちは……」
少女の問いに、青年はぐるるると唸り声で答えた。その口の端は僅かに持ち上がっており、微笑んでいるようにも見える。
ルチアナは紅茶を拭いて座りなおすと、青年に微笑みかけた。
「なるほど。そうなのですね」
ささやかなお茶会の後、少女は大木の木陰にやってきた。
焼きすぎたクッキーの入ったバスケットを置き、小さな手紙を添える。
「いつもありがとうございます。これ、皆さんで召し上がってください」
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