「オヤジ、ひのきのぼうをくれ」「180Gだ」「高ッ!!」

麓清

「オヤジ、ひのきのぼうをくれ」「180Gだ」「高ッ!!」

武器屋にて

「何でひのきのぼうが銅の剣より高いんだよッ! 棒だろ? 木の棒だろ?」

「はぁ…お客さん、アンタなんもわかってねぇなぁ…」

「いやいや! おかしいだろ? ひのきのぼうだぜ? 攻撃力2だぜ? どう考えてもコスパ最悪じゃねーか⁉︎」

「攻撃力が2だろうが100だろうがモノの価値にゃ関係ねぇ。180Gだ」

「ぼったくり武器屋か、ここは! じゃあこんぼうはいくらなんだよ⁉︎」

「30Gだ」

「待て待て待てッ! 攻撃力8のこんぼうが30Gでひのきのぼうが180G⁉︎ 攻撃力4分の1で値段6倍⁉︎」

「はぁ〜……だから、攻撃力とモノの価値にゃ因果関係ねぇんだよ! アンタ、かつて魔王を打ち倒した伝説の剣の買取値知ってんのか?」

「うっ、おれはまだそこまでレベルが到達してないから……」

「レベルがどうこうじゃねえよ、知識の問題だ。知らねえなら教えてやる。1Gだ」

「いちッ⁈」

「そうだ。魔王を倒した剣が1Gだぞ。なぜかわかるか?」

「……な、なぜなんだ……?」

「それを扱いきれる者がいないからだ。重く使いづらく、鋼よりも固く鋳造すらできない。素材としての価値はゼロ。かつて世界を救った最強の武器なのに他者の手に移るときには1Gにしかならない。その方がおかしいと思わないか?」

「確かに思うが、それとひのきのぼうの値段が高いのとは関係ないだろ?」

「あくまで攻撃力と値段の関係性の一例だ。そもそも、アンタは景品表示法を知っているか?」

「何だそれは?」

「簡単に言やぁ、商品やサービスを偽って販売してはいけないという法律だ」

「む? そんなもの当然ではないのか?」

「そうだ。もし、アンタが酒場でロブスターを注文して、出てきたのが大ザリガニだったらどうする?」

「そんなもん、文句言うに決まってるだろ⁉︎ ロブスターって書いてんだから、ロブスター食わせろってな」

「トラフグを頼んでハリセンボンが出てきたら?」

「ハリセンボン⁉︎ ハリセンボンって食えんのか?」

「ああ、味はフグと大差ないぞ」

「いや、でもおかしいわ、やっぱ。トラフグとハリセンボンじゃ違いすぎる!」

「じゃあ、もっとわかりやすい例だ。力の種ってあるだろ?」

「ああ、口にすれば力が沸いてくるという不思議な木の実のことだろう?」

「それを食べても力が沸いてこなければ?」

「おもっくそ詐欺じゃねーか」

「これでわかっただろう?」

「いやいやいや! わからんし!」

「はぁ、まだわからんか? ちなみにアンタ、この国の人間かい?」

「俺はグレイスランドの国王の命によりこの大陸を冒険している、勇者ウィリアムだ! グレイスランドは世界の中心、全世界の標準時刻だ!」

「そんなこたぁどうでもいい。いいか、アンタは知らなさそうだから教えてやる。この大陸にはヒノキは自生していない」

「ん?  何だと?」

「ヒノキは生えてないんだよ、一本も。そもそもヒノキってのは、世界中ではるか遠く東洋の果てにある小さな島国にしか自生していないんだ。つまり、この国ではひのきのぼうを生産することはできないんだよ」

「そんなもん、モミやらレッドシダーやら使えばいいんじゃないか? いくらでも生えているだろう?」

「さっきいったことをもう忘れたのか? 景品表示法だといっただろう?」

「は?」

「『ひのきのぼう』として銘打っているからには、ヒノキを使わないといけないのだ。優良誤認といって、より劣るものを用いているのに、さもそれよりもよく見えるような表示をしてはいけないと法律で決まっているんだよ」

「しかし、だからといって木の棒一本だろ?」

「まったく……いいか、さっきも言ったように、ヒノキは東洋の小さな島国でしか産出されない。棒切れ一本のためといえ、ヒノキをその国から運搬すれば、船賃だってかかるし、運送代金も馬鹿にならない。棒切れを運ぶんじゃないんだぞ。丸まる一本の木材を運ぶんだ。運搬の人手も相当数必要になることくらい想像できるだろ?」

「そ、それは……」

「では、もう一つ教えてやろう。ヒノキというのは、その国では建材としても利用される優良な木材だが、パインやシダーに比べて高価なんだよ。そのくせ、この国ではまったく需要がない。つまり、このひのきのぼうを生産するためだけに輸入される。まったく使い道のない素材だということだ」

「そ、そうなのか?」

「しかも、ヒノキというのは軽量で丈夫なことで有名だが、武器として使用するには少々柔らかい。一発ぶん殴っただけで折れてしまうようなものを武器と呼べるか?」

「それは、呼べないな…」

「武器屋が販売しているものが武器として使用できなければ、それも景品表示法違反となるわけだ。そのため、丸太の中心部の堅い心材を使用する必要がある。直径20センチメートルの木材だったとして、心材となるのが中心からの直系10センチメートルだとすれば実に、その4分の3は不要になり、廃棄せざるを得ない。つまり、コストは4倍に跳ね上がる」

「しかし、それらがすべて勘案されたとしても、いささか高すぎやしないか?」

「まったく、アンタは本ッ当にモノの価値ってモンがわかってねぇなぁ。いいか、よく見てみろ、この艶のある輝き! 職人が丹精込めて丹念に磨き上げ、その木のもつ最高の木目を生み出し、仕上げのクリア塗装を施してある。そしてこの細かな細工が施されたグリップ! ユニバーサルデザインを採用して、老若男女を問わず扱いやすさを追求した持ち手は、使うものの指先のわずかな感覚さえ伝えることが可能なんだぞ! その上、このヒノキ本来がもつ爽やかな香りは、まるで遥か東方にある楽園エルドラドを感じさせるヒーリング効果をもち、旅の疲れなど一瞬で吹き飛んでしまうこと間違いなし! 軽さと強さ、そして癒し効果までをも兼ね備えた最高級キソヒノキを使用したこの『ひのきのぼう』はモノの価値がわかるものにだけしか手に入れることができないまさに逸品。これを憧れのあの賢者たんや、妹にしてみたい魔法使いたん、優しく叱られてみたい僧侶さまたちに装備させてみろ。アンタは『価値のわかる男』と認められ、この先どんな素晴らしい冒険が待っているのか、そのぐらいその弱い頭でも想像できるだろ?」

「……賢者たんや魔法使いたんに……⁉︎ オヤジ……その話、嘘じゃないな……⁈」

「景品表示法だ。嘘をついてはいけないと法律が決めている」

「……オヤジ……このひのきのぼう、いくらだったか?」

「180G」

「5本売ってくれ」

「……まいどあり」


おしまい

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