第13話 【第三章】チーム始動

【第3章】 チーム始動  


◇新かりん隊


「か、かりん隊、集合しました」

 左端に立っている周人の見覚えのない男性が、おどおどとした様子で言った。

 30代とも40代とも見える、古風にも髪を七三に分けて、普通のメガネ普通の背広を着た男だ。官僚であることは分かるが、同期のなかでも出世に出遅れた人間という雰囲気だ。


 周人が秘書から指定されて行った場所に、一カ月合わなかった訓練中の仲間全員が集まっていた。

 全員が無言で並ぶ一番しっぽに、その男は遠慮深かげにくっついた。


  その男は、聞きようによってはあまりやる気のない声で続けた。

「メンバー、右から、矢倉周人、円城寺文也、鬼頭蓉子、萩原白秋、吹浦さとこ。そして担当課長、わたくし住谷悠一です」


 その住谷悠一のよわよわしい声の紹介に、それぞれ名前を呼ばれた者は「はい」と言って一歩前に出て敬礼をする。周人と文也は慣れていたが、皆は訓練期間に習っていながら実際に上官に向かってするのは始めてだろう。だが、住谷悠一のまるで言い慣れていない点呼よりはましだった。


 正面に向かい合って立っているのは、訓練生からも教官たちからも「部長」と呼ばれていた人物だ。こちらは新特殊課題解決隊の任務にふさわしい重厚さを今日は醸し出している。

「君たちの課題解決班の中心者が決まった。今日ここには来ていないが。全力を挙げて特殊課題解決の任務を全うしてほしい」


 その重々しい口調に対して、悠一がやや引き気味の態度で聞いた。

「あのう……。その方は外出できないほど、危険なのですか」

「いや、危険はまだ確認されていない」

「5人が、いやわたくしも入れて6人が集められて特別に優遇されるのは、……どのような重要なことがあるんですか」

「ない。今のところ」

「あのう。ではどうしていま集まるんでしょうか」


 まるで、できれば今にも責任を逃れたいという態度だ。部長はかまわずにコホンと咳をしてみせた。

 「今回、中心者は三つの博士号を持っている女性である。米国国防省に協力したこともあるほどの優秀な学者だ。今回の仕事にあたって、最近締結された日米友好国重要情報交換法に基づき人物紹介を申し入れた。非常に優れた実績があり、また国家非敵対的人物ではない。いわゆる天才特有の、取扱いが難しいという点があるが、それは天才一般の困難なさである、とのことだ」」

 

 天才一般、という前後不釣り合いな語句に構わず、部長は皆を見まわしながら続けた。「記憶は優れているが忘れっぽい。奇行というほどでないが一般人には理解しがたい行動がたまにある。思考に集中し始めたら時間と場所を忘れる。他には……。ま、そういう類のことだ」

 悠一課長は、よく訳が分からないという顔をしたが、更に問いかける勇気はないようだった。代わりに部長は、スラスラと続けた。


 「その頭脳と才能ゆえ、対象者には内外から様々な課題が持ち込まれる。博士は、今後これらを解決することを専門とする仕事に付くことになる。博士の仕事を全うするために、君たちは時に博士の要望要求に従ってほしい。例えば博士が買い物に行けない場合は、君たちが代行して買い物をしてほしい。博士が誰かに連絡を取りたくても状況的に無理な場合は、安全のために君たちが代理で連絡をしてほしい。つまりは代理と代行だ。それから、行動の制限が対象のその頭脳と知識の発揮の基礎となる精神的安定の妨げにならないようにする。つまり不機嫌になって仕事にならない、ということがないようにしてほしい」


 悠一課長が口を開きかけたがすぐに閉じた。代わりに文也がずけずけと聞き返した。

「つまりお守りをするわけですか」

「そうだ。天才のお守りは優秀なものにしかできない」

相手も平気で言い返してきた。

「今回は高度なお守りだ」

 それからため息をついた。


「すでにこの博士にはそれそれ二つのチームが起動して任務についたが、連続して上手くいかなった。一つ目のチームは博士に気に入られなかった。……らしい。博士ひとりに一日で課題を解決していただいた後に巧妙に逃げられた。二つ目のグループは、博士の意向を実行できなかった。……らしい。博士はひとりで半日で課題を解決し、その後は休養に入った。今度は何も言わない」

 部長は、続けた。


「何がお気に召さないのか分からないので、博士自身に伺った。『役立たずとは仕事をしたくない』とのことだ。こちらとしては相当に優秀なメンバーを出したつもりだった。そこで一連の条件を出して頂き、それにマッチしたのが君たちだ」 

「差支えなければ、何がマッチしたのか教えていただけますか」

文也が聞き返した。相手が部長でも、文也は簡単に質問をするし意見を言い返す。不思議と文也が質問すると上司もそれを分不相応だと思わないらしい。


 ややため息をつきながら部長は文也の質問に答えた。

「博士の条件は奇妙なもので、任務を打診したらまず自己主張をしてくる者、博士を警護することを自ら希望する者、的確なチームを自分たちで構成するもの。仕事環境を要求してくる者。……。とにかくそれらの条件を挙げた。ご存知のように、君たちは訓練期間から大変に自主的であったことは、つとに知られていた。ぴったしだ。そして、博士の希望通り、君たち自身も自ら博士の警護を希望した」


 チーム全員が大きくうなづいたのを横目で見て、周人は驚いた。周人には何のことだが分からない。

 それから部長は続けた。

「とにかくだが。任務は、博士を守るというのは当然として、しかし正確には『博士の頭脳が充分に発揮され、持ち込まれる課題が的確に解決される』ことを守る。これこそまさに複合特殊課第解決隊、臨機応変対処チームにふさわしい仕事だ」


 周人が先ほどの言葉を含めてまだ充分の理解が回らないうちに、担当部長は言った。

「では今日より『かりん組』がスタートする。君たちは自分たちでそう呼んでいただろうから」



「ちょっとまて、どうして『かりん隊』なんだ」

 全員が部屋から出て歩き始め、もう大丈夫というところで周人は口を開いた。

 聞きたいことはたくさんあったが、まずそれが口について出た。

「ああ、それ。私がつけたのよ」とさくら。

「はあ?」

「この前、文也と話した時に、ごつい名前をつけられるのはイヤだって言ったの。で、文也が部長に掛け合ったのよ」

「そうやってチームの名前がつけられるものなんか」

「知らないよ、他のチームのことは」


 文也が言った。

「とにかく、さくらがこの名前にしてくれって煩いから、ボクが交渉したんだよ。名前が気にいらないと働かないヤツがいる、このチームには。6分の1が機能しないのは、予算の無駄だ、投入の損だ、って。さくらの代わりはいないから、名前を変えてくれって」

「それで納得して、こんな名前にしたのか?」

 周人は不思議だった。


「納得したかどうかはともかく、こんな名前になったのよ。私はいい名前を2~3挙げたんだけど、文也を通しているうちにこの名前になったのよ」さくら。

「いいじやない。私は好きよ。もともと」

 鬼頭がさくらの身体に腕を回して言った。

「だって、なんか漢字がたくさん意味なく並んで、どこの部署かどこの班か分からないよりは、ずっといい」


「内閣官房室気付新複合課題解決部第1特殊問題臨機応変対応隊」

吹浦が脇から言う。

「政府側が付けようとした名前よ。覚えられないでしょ」

「じゃあ、なんだ。自分たちで勝手に名前を決めれるのか。もう一つの方は何て名だ」

「もう一つって?」

「第2だよ。こっちが第1なら、第2があるだろう。第2グループの方だって自分達で名前決められるんだろう。きっともっとましな名前だよ」

「第2はないの。内閣官房室気付の特殊課題解決隊にはチームが一つだけ」

「はあ?」

「第1とつけたら、なんかいくつも班がある大きな課みたいで、存在感あるでしょ」

 ケロリと鬼頭は言う。


「ついでに言っておくけど、臨機応変隊は一つしかないの」

「それじゃあ内閣官房室気付特別新課題解決特殊問題臨機応変対応対応隊でいいじゃないか」

「長いでしょ」

「じゃあ、官房室気付課題解決臨機応変隊」

「だから、かりん組」

「略語で愛称か」

「愛称じゃない。ちゃんとした名前よ。別称ね」

 さくらは愛おしそうに言う。文也は、

「かりん組でオーケーが出たのは略称だと勘違いしてくれたからさ。上層部はかっこつけてCIAやFBIみたいにアルファベット並べたかったんだ。そんな時代錯誤の名前を。ま、とにかくぼくの交渉力を評価してほしいね」

「私も面目がたつわ」

 最後のさくらの呟きがふと気になったが、周人は無視することにした。


「ということは、まさに自主性を発揮したというわけか」

 皆で何とはなしに歩きだして、周人がふと聞いた。

「そうだよ。このチームは自主性が認められて、実は全員に何らかの選択権が与えられたんだ」

「え?選択権?」

「私は命名の選択権を与えられたのよ」とさくら。

「ぼくにはチームの収集権。このメンツでやらないと絶対に上手くいかないと上伸したんだ。やっぱり仕事は、どんなメンバーを集めるのがカギだからね」と文也。

「私は所属を決めさせていただきました」

 鬼頭はまず丁寧に言った。文也が傍から解説した。


「実はこれが一番難しい交渉だったんだ。内閣官房室気付は、最高の気付らしい。争奪戦が繰り広げられる前に、ボクが押さえたんだ」

文也の説明を満足そうに聞いて、鬼頭は続けた。

「内閣官房室気付がいいって、それ以外はイヤだってゴネたのよ。始めは法務省または経産省気付が予定だったの。でもこの『警護対象』及び『中心者』だったら、あらゆる分野の『ミッション』になる可能性がある。余計な摩擦を生まない為にも内閣官房室気付でしょう、って主張したら納得したわ。これでパパに勝てるわ」と喜んでいる。

 交渉した? 自分たちで選択できた? 周人は不思議だった。


「白秋と吹浦は? なにか選べたのか?」

「私はチーム部屋の設備や何か全部指定してそろえてもらった。あ、内装というかインテリアは、さくらが」と吹浦。

「随分いい設備にしたわよ」

「随分いい内装にしたわよ」横からさくらが付けくわえた。

吹浦は続けた。

「とにかく、最新の機種と設備をピックアップしてもらった。と言いたいところだけど、ほぼ全部中古、お下がりなのよ。エコの時代だしね。もろもろの機関から、回してもらえる機器を吟味して選んで、解体改造してもよいという許可をもらって。だけど任して。私たちで立派に使える備品にできるわよ」

 吹浦は、嬉しそうだ。


 今度は白秋が、周人の問い顔を受けて答える。

「ぼくは課長を選べたよ。だれが直接の担当上司になるか重要だから、って。文也が交渉したんだ。で。文也と一緒に。教官と講師と官公庁の各部門の部長課長の顔写真を並べられて、誰でも選べばそれを君らの担当課長にすると言われて。で、一番間違いない顔を選んだんだ」

「え、それで上の方は簡単にその人を課長にしたのか?」

「そうだよ」

 横から文也が補足した。


「ぼくにはチーム収集権が与えられていたから、このメンバーが集まるって自身があった。だから白秋に、僕たちに必要な上司はこんなタイプって説明したんだ。白秋が写真の中から最も的確に選んだよ」

「文也ときたら、35項目も条件を挙げたんだ。その項目をできるだけ網羅する人間を選べ、って」白秋。

「まあ見事に、選んだじゃないか」


「まてよ。じゃあ、さっき俺らの前にいたあの悠一っていう担当課長は、オレらが選んだことになるのか?」

 どういう条件を並べたら、あんなやる気のない気の弱そうな人間が選ばれるんだ、という質問をする前に、話が続けられた。

「そうだよ。たぶん、そうやって全員に何か選択権をあげて、後で文句を言わせない手段だよ」


「オレは選んでないぞ」

周人は、文句を言った。

「配置先を言われて、とにかく着任したらこうなっていたんだ」

「なに言ってんだ」


 文也が、周人に面と向かい合った。

「君は一番、重要な選択権を与えられたんだ。課題解決班への依頼の水準を決め、それを選べば自動的にミッションと結果が決まって来る重要な『中心者』を」

「はあ……………?」

よくわからず、周人はマヌケな問い返しをした。

「あの博士」

「…はあ?…………」

やはり、まだよくわからない。

「可愛らしい女の子」

「………はあ?……」

可愛らしい女の子といえば、今の周人には一人しか思い浮かばない。他に誰も頭の中で捜せない。

「そうだよ。あの天才かつ天燃」

「…………はあ?…」

そう言えば、天然というのはあの子にぴったしの形容詞だ。だけど?

「あれは君が選んだんだ。違うか?」

周人の中で、何かが焦点を合わせた。

「………………はあ!?」


「はあ、の5段活用ね」

 祈祷の毒舌に、皆が笑い出した。



 博士と呼ばれる可愛らしい女性について、そして自分たちの仕事の本来の目的と内容について、周人が詳しく知ったのは、10分後だった。


 全員で、近くの「会議室」に座っていた。

 そういう名前の喫茶店だ。つめれば6人がちょうど座れるテーブルがあり、その距離感たるや、どんな話も親密で内緒話に思えそうな近さだった。

 訓練期間中に何度も誰かと来たことがある。特に終了試験のころは、合同テストが行われた合同庁舎に近いために、お昼ごはんや休憩時間には、よく全員でここに座っていた。

コーヒーが来て全員に行きわたるなり、文也が言った。


「もともと『新総合複合課題特殊問題解決隊』の仕事には、無理解な一部の方々からの批判からくる攻撃からの公的財産の保護、っていうのが入っているんだ」

「何だそれ?」周人が思わず聞いた。

「反対する人間が暴力的行為をするかもしれないから、公的財産や公人つまり彼女がその被害を受けないようにするということよ」と鬼頭。

「暴力的行為って、なんだ、そんなに危ないのか?」


 周人は急に心配になってきた。あの可愛らしい頭に自分が想像つかないほどに頭脳が詰まっているらしいという事実はやっと受け入れたが、その頭に銃弾が撃ち込まれるのは受け入れきれない。

「なに想像しているの。この国はアメリカと違うのよ」

 まるで周人の想像を覗いたかのように、鬼頭が横から言った。


 確かにアメリカTVドラマの見過ぎだ。だが、暴力的行為というと瞬時にそれしか思いつかなかった。

「彼女は日本人だが、親の仕事の都合で東南アジアの各地、中東、そしてアメリカに滞在した経験がある。アメリカの中学校で飛び級、そして大学には15歳で入った。二つの大学に通って博士号、もう一つの大学で論文博士号を取得。同年齢の人間との接し方にやや難があるのは、家庭環境及びこれまでの多文化国家間の移動の多さ、とび級による同年齢との接触の少なさから来る。あ、それから『天才一般』の行動も影響している」


 この部分について、周人は真剣に聞いていた。ほんの数日間彼女と触れ合って、自分の保護本能がこれほど自然に刺激されるのは始めて経験した。

 どちらかというと周人は鈍感な方だ。それでも、これまで自分にまとわりつく女子達の、媚をうった様子が感じられる男性の保護本能をくすぐろうとする態度には、意外にも敏感に反応し、そして嫌っていた。

 だが、彼女は別だった。周人がある意味始めて積極的に話かけ接触をはかった女性だった。頭がいいとかそういうことは、気にならなかった。というよりは気が付かなかったのだが。天才だとも分からなかった。どちらかというと知恵が遅れているのかと思ったことさえある。


 だが、そんなことより、自分が彼女の傍にいるのが自然に感じたから近づいていった、そして付き添った、そういう感じだった。だいたい彼女は……、

「なに真剣に考えてんの」


 ハッときずくと、全員がこちらを見ている。そして今や全員がニヤニヤしている。

 文也が、可哀そうにという表情をつくって言った。

「お前さんが選んだあの子、博士なんだよ。しかも博士号を三つ持っている。好きになった女子が、自分より頭いいなんて困るよな」

 文也は普段の習慣は「ぼく」「君」だが、周人と仲良くなって以来ときどき「お前」「俺」になる。

「好きになんかなっていない」思わず周人は言い返した。


「……ううん。その声にはウソがあるね」

 誰かが何か言い返す前に吹浦が言った。その瞬間に『周人が博士を好き』はチームの中で『周知の事実」という位置づけになった。

「わかった、わかった。でもそんな深刻じゃない」

「好きになった。それに深刻も何もあるの?」とさくら。

「いや、そのちょっと気になって、ちょっと好きかなって。だけどもういい」

「どうせ、避暑地の恋は終わった、なんて思ってたんでしょ」

 鬼頭の図星の言葉に、周人は黙った。

「とにかく、あなたが彼女を選んだのよ」

 鬼頭は、周人に念の押すように言った。


「だけど、どうやって。どうして。自分で分かんないよ」

 それについては、博識かつ事情通の文也が全てを答えてくれる。

「お前が宿泊させられたペンションもどきの保養所の川沿いには、何名かの次期ミッション待機中の人間がいたんだよ。ほら、飯倉班の大山、鮫島班の鮫島、それから……。ま、とにかく。その中でお前だけだ、博士の散歩に自ら毎日付き合ったのは」


 大山、鮫島。顔を思い出して、急に周人は覚えのない胸のむかつきを感じだ。あいつら嫌いじゃないが、彼女に彼らが近づいたと思うと腹が立ってきた。

「会わなかったぞ。顔を知った人間には」

「ばかだな。顔を合わせる恐れのない場所にさらに宿泊時期をなるべくずらして置いたのさ。おまけに君らは半径数キロの外出は禁止だっただろう?」

「禁止はされていない。30分ごとの部屋電をちゃんと受電するようにと言われただけだ」

「それが半径数キロの外出禁止令だ」

 文也は続けた。皆は興味深々に聞いている。


「で、お前は初日から彼女にちょっかいを出したらしいな」

「ちょっかい、って」

「言い直す。初日から彼女の散歩につきあったらしいな。思い出せ」

 思い出す必要もない。確かに宿泊初日から彼女をみつけて、彼女が散歩する近くを歩いて、数分も立たずに話しかけた。


「とにかく残ったミッション待機中のうちの数名が、何らかの形で彼女に合うようにセッティングされていたが、初日から彼女に近づいたのはお前だけだ。大山は彼女と全く同じホテルにいたのに存在さえ気づかなかった。大山は彼女が必ず立ち寄る高級パン屋さんに仕事と称されて張り込まされていたが彼女と目さえ交わさない。どうやら仕事が何たるかは分からなかったらしい。ホテル向かいの保養所に配置された鮫島は待機後半になってやっと彼女とホンの少しのあいさつをしたらしいが翌日に返された」

「はあ、どうして?」


「その日はお前の三日目。すでに習慣のようにお前が彼女に付き添いはじめたからさ」

文也がニヤニヤしながら言った。

「で、彼女もお前がつき添うのをいやがらなった。あれで人みしりの激しい人らしい。これまで、博士のお気に召さずに口も聞いてもらえなかったヤツも結構いるらしい」

「なんでそこまで丁寧に警護するんだ」


「彼女がメインなんだ」

文也は言いきった。

 その意味は即座にはわからなかった。だがその口調は、これからどうやら重要なことが話されるという予告がたっぷりだった。

「官公庁合同の特殊警護、新警護組織を作った理由だ」


 全員が身を乗り出した。といっても窮屈ですでに全員の顔が文也の近くにある。

 もう話題は周人の淡い恋の結末などではなくなっていることを全員が承知していた。

「グローバル社会になってアメリカとヨーロッパに置いて行かれ、中国に抜かれ、アジアに追い込まれている。これをどうにかしたい。それには、これまでの官庁の縦割りのやり方では本当に対処できない。警察庁や警視庁の対象なのか、或いはどの省庁が扱うべき案件なのかよく分からない問題が多くなった。そこで」

皆は文也を見た。


「全方位に優れた一つの頭脳を中心にチームをつくってはどうか。専門は何かに限らない。だって沸き起こる課題は、今や学際的、分野横断的、何がどこの問題と言えない。とっかかりも分からなければ、出した結果もどこの省庁の管轄に入るものかも分からない」

 皆の目が文也に集まっている。


「方法としては。一つの優れた頭脳にそれを具現化できる人間を数人つける。チームが警護するのはその頭脳、その頭脳の持ち主、頭脳が解決する結果、頭脳が生みだす成果」

 皆の理解が追いつくように文也は言葉をゆっくりと吐いた。

「そのためにはチームも、その中心となる頭脳の持ち主について行けるような人間を集めなければいけない。できればそういう『頭脳を中心としたチーム』をいくつか作って、範で様々な分野に対処したい。必要となる知識と訓練と技術を叩きこみ、『頭脳』が要求する行動ができるチームを形成し、次々と起る問題に瞬時に取り組んで解決したい」

 皆の理解が浸透した様子を見て、文也は続けた。


「そのために新しい官公庁合同の特殊な組織ができた。警察のような犯罪捜査機関に属するSPではない。起きてもいない問題を解決し、起きるかもしれない問題を未然に防ぐチームだ。他に言葉が思いつかなかったからまずは『複合課題』を使った。別の名前だとやたらと省庁の管轄に引っ掛かる。当たり障りのない『複合課題』で行こうと。つまり『複合課題』を拡大解釈し、常識を超えて応用し、官庁横断的に展開し、考え付いた結果が、今回のこの方法だ」


 周人は驚くのに必死だった。だが頭の回転の速い鬼頭は反射的に言い返した。

「正確には、可能な限り拡大解釈し、超法規的に応用し、非常識的に展開し、無茶ぶりして考え付いたすえの、苦し紛れの方法ね」

 文也は鬼頭の突っ込みにかまわず、皆を見まわした。


「俺たちがそれぞればらばらに最初の任務として警護をさせられた仕事は、全てダミーだった。というよりは配置の為の統合テストだ」

「ダミー? 統合テスト?」

「ああ。さくらと白秋がアメリカの超有名ハリウッド女優を警護したのも、鬼頭とさくらがあのわがままな総理夫人の単独外遊の護衛班に編入されたのも、そして周人とおれが平安省の大臣警護のローテーションに付かされたのも」


 再び皆は、文也の話に集中している。

「言い方を変えよう。警護であることは確かだ。しかし、本当にそれらはただの警護だ。当局が本来、僕達たちにさせたい『新特殊課題』と呼んでいる種類の仕事ではない。俺たちの最初の仕事は『新特殊課題解決』までの準備期間だ」

 ふと文也は思い出したように言った。


「まあ、当局も今はしかたなく『新特殊課題解決臨機応変隊』と呼んでいるが、この仕事にも的確な名前がおいおいつくだろう」

 それから話を戻すように。

「そして今回、三つのチームが結成された。一つのチーム7人前後。合計20人。で、すでに結成された二つのチームは、それぞれ某『頭脳』との任務についており、チームをスタートさせている。訓練を受けたものでそのチームに入らなかったメンバーは、まさに今後は、普通の本当の課題解決の仕事に付く。そのチームに今のところ博士のような『頭脳』は配置されない」


「なんでたった三つのチームだけなんだ。あれだけのメンバーを訓練したんだろ」

「いわゆる『頭脳』が今のところ三人しかいないだ。俺たちが訓練をしてテストをして選抜されたように、『頭脳』もそれなりに選抜されている。マッチンングを見てその過程で、でき次第チームが増えていくかもしれない」

 皆は文也を見ていた。


「彼女、あの博士は、いくつかある『頭脳』の中の、そのトップなんだ」

「だったら、もっと凄い奴ら、研修中にも成績のよかった人間をつければいいのに」

 さくらが至極まっとうなことを言った。

「それがマッチングの問題さ。そして優秀の定義の問題だ。当局が認めたどんな優秀なメンバーもチームも、ことごとく彼女に振られた。優秀だからって天才についていけるとは限らない。天才が助手に欲しがるのは自分と同じように話が分かる優秀さを持った人間、つまり天才が欲しがるのは天才さ」

「あり得ないだろう。7人も天才がいたら、それは天才とは呼べない」

「何かの天才だ」

 文也は白秋の反論に、言い聞かせるように言った。


「何かの分野で飛びぬけた能力を持っているモノ。それが天才だ」

 周人には分かる気がした。

 こいつらは天才だ、と自分のチームのメンバーに対して訓練期間中に何度思ったことか。何かは分からないが飛びぬけた才能を持っている連中だ。こいつにはかなわないと感嘆したり、どうやっても自分にはこれほどのことはできないと悟るとき、やっぱりこいつは天才だ、と心からそう思う。

 文也は続けた。声色が少し違う。


「あなたがたは、頭脳と才能を混濁しています。もちろん世の中には、私のように頭脳と才能の両方を持っているものもいます。けれど、頭脳が優れているということと才能があるということは別物です。勿論、頭脳が飛びぬけて高ければそれは確かに天才と呼べるでしょう。けれど頭脳が私ほどではなくても才能は私より優れている人間はいます。頭脳は私に追いつけなくても、私という天才の心情と発想と言葉は、天才なら理解できます」


 吹浦は目を見開いて文也の言葉を聞いている。

「というのは、彼女自身が当局に言った言葉らしい」

 なぜ文也がそれを知っているんだ、という言葉は誰も発しなかった。文也だったら、これくらいの状況を盗み見するか、誰かから聞きだすことは簡単だ。


「当局はあの頭脳の高さを見て、同じように頭脳の高いモノを配置しようとした。だがあの可愛らしい天才は、スタッフに同じ頭脳があれとは要求していない。同じように何かの天才であれ、と要求しているんだ」

文也はにやりとした。

「そこで合意した。彼女が条件を出して、それに合格、というかマッチングした人間を彼女のチームとしてつけることにしようと。」


「『頭脳』の中でもトップで、この総合複合課題臨機応変隊の企画の目玉、中心となる人間の望みだ。叶えてあげて、ぜひ成功さえなければいけない。予算が無駄だと言われるからね」

文也は演技を交えて話した。

「無駄と言われない為に、相当ムダなお金使っているかんじ」

 鬼頭がやっと息を吹き返して言葉を挟んだ。


「いいじゃないか。彼女が、いや彼女のチームが一つ大きな問題を解決したら、全て結果OKだ。それを国家予算のいくらいくらに換算して、国民に報告すればいい」と文也。

周人は手に持っていたコーヒーをテーブルに置いた。

「おれは彼女の言うことが理解できる。お前らは皆、天才だ。訓練中にそっちゅうそう思った。だけど俺は、何の才能もないぞ。どの能力もそこそこあるが、才能なんてない。ましてや天才なんかじゃない」


「なに思いつめてんのよ。恋をして青春菌にやられてたの」

即座に言い返す鬼頭はやっぱり口が悪い。

「かわいそうに。そんなに自分を見くびった言い方しちゃだめよ」

これはさくら。

「本気でそう思っているよ。この声は」

いまや人間うそ発見機と化した吹浦が言う。

 それに白秋が続けた


「黒目がちょっと薄くなっている。これは完全にネガティブ状態だな」

白秋の言葉に、とたんに皆はまたまた興味を移した。

「え。黒目が薄くなるの? ネガティブになると」

「人間みんな? どうして?」

「どういうこと」

一斉に聞き返したが、これは文也でなくとも捌ける。

「そういう言い方をしただけ。たぶん瞳孔が小さくなって、それで瞳が薄く見える。周人の場合は特に顕著。だけど一般的にそう見える」


みんな感心したように白秋を見た。

「どうして他人と目を合わせない人間が、そんなんこと分かるんだよ」

 ぶつくさ言い返したのは周人だけだ。

「ほらみろ。白秋はこういう風に天才だ。吹浦だって、鬼頭だって。さくらもそうだ」

 

 以前から訓練が進んだ段階で周人は、自分が一番才能や特技がないのではないかと感じるようになっていた。

 自分は彼らより体力に勝るだけだ。人より早く動け、人より長く動けるだけ。人より重いものを持て、人より長く走れるだけ。このメンバーでチームのリーダー扱いされたのは、訓練の初期段階がフィジカル訓練だったからだ。


 だが彼らはどうだ。信じられない聴力を発揮し、まねのできない真贋判別力を持ち、誰も及ばない観察力を持ち、誰もできない文書解析能力を持つ。……。

 そこへ文也が慰めるように言った。


「それなら、オレとお前は同じ普通人だな。あ、頭はお前よりずっといいけど」

だが文也のその言葉に、鬼頭が悔しそうにった。

「ふん、あんたは統合の天才よ。天才参謀タイプよ。訓練期間に他のチームは陰であんたのことを孔明と呼んでいたわよ」

 周人も聞いたことがある。三国志の諸葛亮孔明にならって、周りの人間は文也をこっそりとコーメイとあだなしていた。

周人は、本は読んだことはない。だがゲームで三国志の世界はよく知っていた。

 すると、やはり、ただの凡人は俺だけだ。このチームで。


 文也が静かに重々しく言った。

「能力はそれが名付けられて始めて才能と認識される」

「いい言葉ね。byシェークスピア?」

「いや。byフミヤ」

 堂々とダジャレを言って、文也はまた周人に顔を向けた。


「才能と思われないのは、名付けられていないだけなんだよ。その能力が」

文也が慰めるように言った。

「あのな。たとえば白秋の人物写真判別能力。あれはここにきたから伸びた能力じない。だけど、ここにきたから発見された。そして才能として認識された。吹浦の音に対して秀いでている事実。これは一体何に役立つのだという能力だ。だがそれがあることが分かったとたんに、それは能力・才能として認知される。それまでは、単に音に対して神経質で過敏で過剰な反応だと言われたものだ」

「ちょっと」

図星だったらしく、吹浦は文句を言いかけた。


「だがそれが、いったん能力として認知され、それがこいつにはあると認識されて、始めて才能として分かる」

そう言って言い足した。

「お前の才能は、まだ名づけられていないだけなんだよ」

まるで慰めだが、それでも文也の心遣いを感じて周人は気分を取り戻した。


 とたんに周人のメール直進音が鳴った。文也も鬼頭も、全員が自分の携帯に手を伸ばしている。一斉送信らしい。

 メールを見ると。

「かりん隊集合」


 全員、一斉に立ちあがった。

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