第11話 大会を逆手にとれ
◇「聞きもの」大会
文也は大会委員長となったとたん、これを一大イベントとして推進しはじめた。
今回の大会はこれまでと違って、準備段階から異常な盛り上がりを見せている。
講師たちも自分のテストとは違った興味を見せてきた。
自分の科目で良い成績を修めた受講生が、領域は異なるが似た能力を必要とする他の科目でどうなのか。また単純に他の同分野異領域のことを知り交わるチャンスでもある。
だがこれらは実は、大会実行委員長となった文也の仕掛けによる。
「他の大会と違って審査員には専門の方が必要です」
として、それぞれの講師がテスト材料の準備とそして審査員として参加するよう、訓練学校本部にかけあった。
そして。
外の講師が参加するのですから。といって予算を勝ち取った。
他にもいろんな仕掛けをした。
一つの種目には一人の選手しか出せないが、複数種目への参加は二つまで。
だが、壇上で繰り広られるその試合に出ないメンバーには、紙が配られて戦いに挑む代表の様子を観察させ、順位予想をさせた。そしてそのグループの的中率も試合結果の一つにする。つまり6種競技だ。
しかも、5種全部の成績と、それらの5種の順位を当てるそれぞれの予想の配点を同じにした。つまり5種で一位をとるのと、それぞれの5種一位者を当てるグループの的中率とは、同じだけの成績なのだ。
このため、準備段階で他チームの練習を自由に見学・観察してもいいことにし、この件について話しかけたり交流をしてもいいことにした。そしてそれぞれ講師に、受講生の成績を含めていろいろ聞いてもいいことにした。
これが意外にも講師の機嫌をよくする結果になった。
この時期の訓練はほとんど全てが利き系の講義だが、訓練生の受講態度が抜群に真剣になる。受講生は皆いろいろな角度から質問をしてくる。またチームでの自主的な課外居残り練習が増える。もっと宿題を出してくれ、と言いだすグループもある。
また聞香はカリキュラムになかったが、文也が本部に掛けあって許可と予算を得て、どこかから特別講師を呼んできた。当然、その講師が当日の聞香の審査委員になる。
本来の講義でもない、土曜日に開かれたその特別受業は、会場が訓練生と教官で満杯になった。
これらの講義を受けて、5種でとても勝てそうにないと踏んだチームにも、だが別にやる気の出るもう一つの競技、6種目にかけた。このため、受講の仕方が別の意味での熱心さを帯びることになる。
途中から、この大会の段取りに他チームからは感嘆の声がでた。
この大会はこれまでと違って準備の段階からおもしろい、と。
文也は次々と新機軸を打ち出した。
「5人の優秀なカメラマンを求む。5種競技に選手として出ない者に限るが、その方の所属チームの総合成績に10点可点」と食堂に広告が張り出される。
詳しいルールと可点方法、応募が多い場合の公平な選抜方法等が書いてある。
あっという間に応募者が集まる。
「優秀なディレクターを一人求む。5種出場選手は不可。可点15点」
当日、カメラ5台を用意して、選手を2方向からの固定カメラと審査委員及招待講師席に一台、第6種目としての予想順位あての観客席を映す一台、そして自由に動くカメラを置いた。カメラはすべて家庭用の小型カメラを7皆から集めたが、現代のデジタルカメラは充分に力を発揮する。
それぞれのカメラがとらえた画面は、それぞれの大きなモニターに映される。
おまけに総合司会と実況中継風の司会、そしてレポーターを置き、それを担った人員に対してもそれぞれのチームに可点を加える。
文也を封じこめたはずの大会委員長指定の意図は、次々と覆されることになる。
あろうことか「今度の大会は主催者がいい。委員長が良いのだろう」という評価の方が、圧倒的に多くなる。
第一、最初にその意図で指名した外務省本籍の、周人と言い争いをした島谷という男も、宮内庁からきた今井も、すっかりこの準備段階で夢中になっている。そして本来の自分の意図をあっけらかんと忘れていた。
実は初期の段階で、文也に説得されて周人はある作戦を実行した。
何かの折に二人に何度も言い続け、繰り返したのだ。
「いいなあ。島谷と今井の考え出した大会は違う」
「やっぱり島谷のアイディアは秀逸だよな、人気のイベントになっている」
「文也も、さすが今井だって言ってるよ」
気が付くと、二人はその気になっており、まるで自分のアイディアが結実したと勘違いし始めていた。
結局、5種競技と6つめの5種目順位予想競技、そして7つ目の総合成績という、8分野において、すべてのチームが何らかの勝負を仕掛けることができるのだ。
可能性のない戦いはやる気が出ないが、頑張れば勝てるかもしれないという勝負は、挑戦するものにとっておもしろい。
何か知恵を絞れば、何らかの努力をすれば、作戦を練れば、上手くいけば、拙くとも道筋をたどれば、勝つかもしれないのだ。
この可能性にかけて、それぞれのチームが真剣になってきた。そして大会の日を頂点として緊張と集中と気分は高まる。さいわいなことに、このころの訓練はすべて、この5種競技にかかわる実習や講義ばかりだったので、それも拍車をかけた。
本番当日、盛り上がりは最高潮に達した。
画面で誰かが映るたびに、その表情にどよめきがわく。
舞台上の競技参加者の誰かが、自信を持って答えを書きつける。声が上がる。
回答者と回答者が互いの顔を探る。ヤジが飛ぶ。
解説席の講師が、さっと読みとれない表情に戻す。肘をつつきあう音がする。
総合司会と実況司会の両方が回答を言う前に一瞬黙る。息を飲む。
そして爆発的な拍手と歓声。
「相当な盛況ですね、円城寺君」
声をかけてきたのは、部長と呼ばれるこの機関の最高責任者だ。
文也はたったいま、周人と次の段取りについて確認をしたところだ。
周人は行きがかり上、チームから一人出る実行委員になり、さらに副委員長になってしまっていた。あちこち走り回り、サッと戻ってきては文也と相談し、そしてまた誰かに呼ばれて走っていった。
文也は部長に向きなおった。
「おかげさまで」
部長はこの日は来賓対応で、常に来賓と一緒にいる。勿論、実行委員会から部長と来賓に一人付けている。そいつはどこに行った?
「あ、いま来賓の皆さんは、控室の2番にいますよ。休憩時間ですからね。大丈夫です」
部長は、文也の疑問にさっさと自分から答えた。
「ちょっとだけ用があって少しの間抜けます。またもどります」
ふと見ると、部長の後ろに小柄な少年がいる。来賓の家族なのか。ウインドブレーカーを頭からかぶっているので、確認ができない。
しかもこの大会がおもしろいらしく、少年らしくあちこち興味深げに見回していて、顔がフードに隠れたり、後ろ姿になる。
文也は、部長が招待した今回の来賓というのが、どういう人たちなのかよく知っていた。集めた情報が、これら来賓の立場と部長の意図を、明確に示していた。
部長も、文也がそれを知っているということを、充分に承知しているようだった。
この少年は、その重要な来賓の家族で、興味本位でついてきたのだろう。その家族にさえも、部長は丁寧に応対している。そうは思ったが、文也は少し気になった。その点について話しかけようとしたところで、後ろから大会委員長の文也を呼ぶ声がした。
「お忙しいようだから、一旦失礼しますよ。戻るときは、声かけずに来賓席に行きますかから」
そう言って部長は、少年を促しながら、その場をどいた。
すぐに次の手配と支持を出すために、文也は動いた。
視野の片隅で、周人がその二人とすれ違いで、挨拶をしているのが見える。
「第3モニターは、さっきから画角が変わっていないよね。ちょっと変化をつけようか」
文也は呼ばれた仕事をする前に、委員の一人に支持を出しそれを島谷に伝えた。
島谷は総合司会という一番目立つ仕事を担わされていた。
「今井さん、なんですか?」
文也と相談するために待っていた今井に、文也は丁寧に声をかけた。。
「差し入れが増えたんだが、……どうする?」
「もちろん、壇上に飾る。大きいかな?」
「何か来賓の一人が製作したというものだ。小さい器械だが7個セットらしい」
今井はそう言って、その小さい者を見せた。一見ではわからない品だ。だから今井は困って聞いてきたのだろう。文也は即座に判断した。
「副賞にしよう。利き水の優勝者の」
振り返って部長を見るのを我慢した。
「ミネラルウォーターと入れ替えだ。ちょうど良い。ミネラルウォーターの方は数が多いし、商品ではなく参加者全員への差し入れとする」
この小さな機械を今すぐ見たかった。だが我慢した。
これはあの”少年”が造ったものだ。文也は直感で悟った。だから、自分のチームが優勝するだろう「聞き水」の商品にした。
表彰式は、宴会と化した。
試合に出された飲みモノ付きの会食会にしたが、これも文也の予算獲得とリソース応用のたまものだ。
もともと試合を繰り広げている舞台に対して、それがよく見える下の段のひら場にそれぞれチーム専用のテーブルをつくっていた。試合の間中、利き系競技に参加しない他のメンバーは、そのテーブルで観戦しながら予想的中会議をしていた。
そのテーブルに布をかぶせ、それぞれの会食用テーブルとする。
審査員の講師や来賓もそこに入っていけるように椅子を加え、席を設定した。
30分程度のどんでん時間を一斉に使って設定をしなおし、食堂からのケータリングに予算を増やして豪華にし、競技に出された飲みモノを各テーブルに置く。
一方で、実行委員たちは得点の集計をする。
しかも文也はその間に、大会ダイジェストの動画を編集させていた。
30分の休憩時間を与えられた参加者たちは、それでもクールダウンは難しかったらしい。始まって司会が晴れやかに「田代講師よりの差し入れ、ボルドー赤2007年。ワインテイスティング三位までのチームへの副賞となります」と発表すると、その度ごとに歓声が上がり、テーブルが涌く。
文也が講師に掛け合って、差し入れを出させたのだ。しかも、その度ごとに短い動画が流れて、先撮りした講師のうんちくが流れる。うんちくの間に、委員の今井がワインや日本酒その他を掲げて披露し、うやうやしくテーブルに運ぶ。
この運び方まで、文也が指示した。「王冠を持つように運べ」と。
各競技のチャンピオンと各競技の予想的中率ナンバー・ワンのチームがそれぞれ発表され表彰され、予想的中率総合一位と総合チャンピオンチームが発表され、表彰される。
文也と周人のチームは利き水のみで優勝した。予定通りだ。
だが、そのころにはすでに、文也が別のもっと大きなことに勝利したことを、チームの全員が知っていたし、島谷や今井もすでに認めざるを得なくなっていた。
最後にまとめとして大会ダイジェストが放映されると、宴会は最高潮に達した。
大宴会にと変身した表彰式を、戻ってきた部長は結局、最後まで見ていた。
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