第10話 課外活動を逆手にとれ



◇円城寺文也


「なあ文也。味覚訓練って、お前得意だろう?」

「どうかな。料理の旨い不味いは分かるがな。利き水って、やったことないね」

 その日の午前中は、訓練生全員で「利き水」の座学をしたばかりだった。午後には、実習が始まる。たぶん周人はそのことを言っているのだろう。


 だが違った。

「利き酒はできるか?」

「ワインはね。日本酒はやったことないが、似たようなもんだろう」

「ちょーこーはあるか?」

「聞香か。お香の匂いを当てるやつだな」

「へえ、そうなのか。ちょーこーって、お香の匂いを嗅ぐんだな。お香って線香の?」


「まあ、そんな感じだ。粉になっているけどね。で、どうしたんだ?」

周人は困った顔をして、声を小さくした。

「実は、あの本籍外務省の島谷と宮内庁警護課からやってきた今井、あの二人とさ、ちょっとしたことで言いあいになって」

「言いあい? 君が?」

「うん、まあ」


 訓練所の食堂でお昼を食べ終わるころから、周人の様子が少し様子が変だと思った。彼は分かりやすいところがある。自分の気持ちを隠さないし、隠せない。必要とあらば見事にポーカーフェイスになるのに、普段の生活は気持ちのままだ。

 そこで、たまにはと敷地外の喫茶店「会議室」にコーヒーを飲みに行こうということにになってやてきたのだ。


 二人の食堂での動きを離れた席でさくらが見ており、後ろ向きになった鬼頭に何かを呟いた。さくらと目を合わせたのだから、残りのメンバーは間違いなく後からやって来るだろう。

 二人は先にコーヒーを飲んでいた。

 それにしても、他人と言いあうなんて、まさか周人にしてはめったにないことだ。


「何があった」

「ほら、あいつお茶でもお花でも以前の職場で訓練したからといって威張っているだろう。でさあ、ウチの文也の方がお前なんかよりずっと何でもできる、って言ったんだ。だって本当のことだろう」

文也は周人の言葉に笑った。

「わ、悪い。勝手に言っちまって」

 本当は「ウチの文也」と言う言葉に反応したのだが、それは黙っていることにした。


 鬼頭がまだ来ていなくて良かった。

いたら間違いなく、その点をいじってくるだろう。

「安心しろ。確かにあいつよりは何でもずっと良くできる」

その言葉を聞いて、周人は明らかにホッとした顔をした。

「もちろんそうだ。分かっていたよ」

「で、何だ?」

「チョーコー対決その他をすることになったんだ」

「聞香対決を。チームで? それとも一対一か?」

「それが……」


 周人が2人と言いあいをしたのは、座学の途中の休憩時間だという。

 運悪くその時その場に文化系の講師を束ねる教官と他グループのリーダーがいたらしく、あれよあれよと言う間に話が発展した。

そして午前中の聞き水の講師も巻き込んで、では利き水対決を含めて5種競技をしよう、課外活動として、ということになったという。

 この訓練校は、課外活動で訓練生が自主的に大会を開くのを良しとしていた。

大会を企画し主催し実行することは、訓練期間の人材育成指針に合致するとしているという理由で。


 実はこれまでも課外活動として3つのスポーツ系大会が開かれていた。

 武術大会と卓球大会、水泳大会だ。それなら、文化系の課外活動チーム対抗戦があってもいいのではないか、ということになったらしい。

 実は最初の武術大会では、種目別での周人の活躍でどうにか面目を保つ程度だったが、卓球大会と水泳大会では、文也の見かけによらないスポーツ種目そのものの優秀さと、これまた文也のいつもの戦略で、何とチームは二回とも優勝している。

「こちらの土俵で戦えばいいんだ。企画から参加して、こっちの優位な大会ルールにすればいい」


 そう言って文也は、卓球大会ではシングル戦を二つ、ダブルス選を二つという試合にし、シングルでは男女が戦ってもよいし、ダブルスはどちらを混合にしてもかまわないし、どちらも混合にしてもよい、同じ選手が2度以上出てもいい、毎回、選手の組み合わせを変えてもいいということにした。

 そして文也は毎回、次に対戦する相手チームを観察して、自分たちの選手の組み合わを変えた。文也は、勝ち負けはともかくチームのメンバー全員が選手として出るようにしてあったので、他のチームから上手い選手だけ出して不公平だと言う文句すら出ない。


 決勝戦では男子シングルで文也が勝ち、吹浦が二つ目のシングルで男子相手に戦いおしくも負けたが、ダブルスは周人と白秋が組んで勝利、相手が混合ダブルスだったもう一つのダブルスではこちらも混合にして、さくらと鬼頭のコンビで大勝利だった。

 同点だったら獲得点数で勝利を決める算段だが、不思議なことに文也のチームは常に相手よりほんの少し強くて、ほとんどを勝ち点で勝利する。

「1番強い相手には一番弱い選手を充てる、2番目に強い相手にはこちらの1番強い選手を出す、3番目に強い相手にはこちらの2番目に強い選手を当てる、こちらの3番手には思う存分戦ってもらい勝てればもうけもの」これが文也のシンプルな作戦だ。

 相手がこれに気づく頃には、もう卓球大会は終わっていた。


 その次の水泳大会では、特に何らの戦略を用いなかった。が、勝てた。

卓球大会が終わって文也の戦略を見抜いた本籍外務省の一人が、今度は自分が大会企画委員になり、大会ルールを決めたのだ。

 だがまさか文也が水泳をあんなに得意とは思わなかったのだろう。

「文也は実力を隠しておくつもりはなかったんだよな」

周人はそう言った。


 実際そうだ。

 だが相手は見事にそれにやられた。

 何しろフィジカル訓練では、周人のチームは周人以外は目も当てられないから、その他のメンバーは運動音痴だと、訓練生の皆はそう信じていたのだ。

 水泳大会では、文也は2つの種目で優勝し、一人メドレーも抜群の成績で優勝した。

 それだけで総合優勝チームになるが、遠泳で自身は断トツの一位をとり、他のメンバー全員を30位以内に入れるという快挙を成し遂げた。文也がいくつかのちょっとしたコツを全員に教えたからだ。 

 フィジカル訓練でそれほどでもない連中が対抗試合や試験となるといい成績をおさめる。これは他チームにとって悔しくもあり脅威でもある。


「そいつら、まず先に自分の課題を解決してほしいよね」

いつの間にか来ていた鬼頭が、まずいつものように口の悪さを発揮した。

「自分が文也より劣っているという事実から目をそむけて、今後なんの課題解決ができるというの」

さくらがうなづいた。白秋も俯きながらコーヒーを頼んで、わずかな首の振りで同感を示す。

「あれ、吹浦は」

「メールはしといた」

周人が意外な周到さを見せた。


「教官が、午後の実習にグループから助手を一人づつだせというんだ。時間がなかったんで皆に相談せずに、吹浦にお願いした」

「どうして吹浦?」

さくらが聞いた。

 この訓練所では、教官たちは最初のフィジカル訓練のいきさつから、周人がチームリーダだと思っており、チームへの指示がある場合いつも周人に振って来る。

 実を言うと文也は、自分が入るグループやチームで、これまでリーダー以外の立場にったことがない。当然のように常に班長であり、クラス委員であり、何とか長だった。


 常にトップだったからリーダーなのは当然だろう。誰が決めなくとも、自然にそうなった。

 だがここにきて周人と同じグループになって、はじめて立場が変わった。

 そして実は文也はそれに抵抗なく、妙に納得できていた。

 教官たちも周人自身も、単純に始めのフィジカル訓練の流れだと主ているようだが、違う。


 文也には、周人がリーダーとなる納得できる理由があった。

「だって、たぶんあいつは利き水得意だろう」

周人は、吹浦を送った理由をさくらに答えている。

文也は笑った。

ここが自分の凄いところだと周人は気づいていない。

文也はたくさんの才能と能力を持っている。

それにチームの全員、それなりに凄い才能や能力を持っている。

だが周人だけは、他の人間が思いもつかないある才能がある。

 それは「人の能力を見抜く才能」「人の才能を見つけ出す才能」だ。


 ほとんど勘のように発揮するその能力は、チームの誰も凄いことだと感じていないらしい。

 知りあった他の班の人間を周人が評する時、皆はそれを周人の『人の良さ』がでた、何でも褒めるポジティブ志向だ、とする。

だが違う、文也には分かっていた。

「あの班の伊東、きっと走らせると速いよ」

「山内さ、人の顔を名前をよく覚えているよね」


 そんなたわいのない褒め言葉、誰でも発しそうだが、違う。文也は観察をしているから良く分かる。文也が観察をし分析をした結果出す結論を、周人は直線で瞬時に出す。


「飯島教官、音楽的才能あるよね」

 そうだ。飯島教官はしかも息子を音大に入れた。自分は美術史の教師だが、音楽の道も一度は目指したことがある。それは断念したが、結局音楽的には二代目の息子が指揮課に行っている。

「画家は一代、音楽家は二代、料理家は三代」という言葉を本人が講義の中で解説していたが、優れた音楽家が育つには二代かかるというわけだ。


 周人はそんな情報通の文也が集めた断片を知らない。だが、講義の最中のいくつかの言葉、いくつかの動作、そして内容から「この人は音楽的な才能がある」とわかるのだ。

 時には、その本人すら自覚していない能力、分かっていない才能を、周人は見つけ出して、言葉に出す。そして言われた本人は、その才能を自覚し能力に目覚める。


 何しろ単純に「お前どうしてそんなことできるんだ?」とか「へえ、そうやるんだ。よく知っているなあ、思いつきもしなかったよ」と言うだけだ。

 その言葉が、その人間の能力を認めていないければ出てこない言葉だと、本人は分かっていない。分かっていないのに、才能を発見し能力を認め純粋に褒める。一足飛びに。


 最近では、文也は周人の言葉を聞いた後に、気をつけて観察し分析し、確かにあいつにはその能力がある、と判断するようになるぐらいだ。

 

 文也にとっても、小さいころから才能と能力があり過ぎたせいで、もう誰も表立っては褒めてくれない。しかし周人はどんなに仲良くなっても、相変わらず単純に感嘆の声をあげる。そして純粋に褒める。

 すると文也は、思いもかけず嬉しくなる。自分にこんな感情があるとは不思議だった。そしてその能力がさらに湧き出てくるのを感じる。才能を発揮するのに、躊躇も遠慮も感じなくなり、コントロールさえすれば大丈夫だと自信がわいてくる。


「文也はこんなに才能があって、能力があって、それを上手くコントロールもできるなんて、凄いよな」

周人が一度そういったからだ。

 そしてその周人の力は、この大所帯の訓練学校の誰も持っていない力だ。

もしかして、部長と呼ばれる教官はそれを見抜いて、周人をこの組織に入れたのかもしれない。


 話は続いていた。

「文也だったらどうにかできると思って、やってやろうじゃないかと応諾したんだ」

「心配しなさんな。文也がいるから大丈夫よ」

さくらが言った。


「それが……」

「何よ。いいなさいよ。そのもしかして致命的な失態を」

鬼頭があっという間に、周人の所在なさに突っ込んできた。

白秋でさえまじまじと周人を見ている。これは何かある、と。

「大会推進委員にうちのチームを入れるなというのか」

「違う。いつものように全チームから一名以上、推進員に出す」

「まさかそれに文也を入れるなと?」

「違う。文也を必ず入れろと」

「じゃあ、何だ」


「……企画室にうちから文也ともう一人を必ず入れろと。そして、文也だけは大会委員長になり審査団長も兼ね、だから選手として参加するなと」

吹き出したのは文也で、残りのメンバーは全員怒ったように周人を見た。

「ちょっと周人。黙って従ったの?」

「さくら、ごめん」

「どうやって勝てるのよ」

「鬼頭、すまん」

「最初から試合投げてるな」

「そんなつもりはなかったんだ。白秋」

「じゃあ、どうやって勝つつもり」

文也だけはくっくっと笑いをこらえた。

周人はテーブルにがばっと手をついた。

そしてもう一度、言った。

「すまん。……だけど」

 そしてもう一度、真剣な顔を文也に向けてきた。


「文也だったら、どうにかできる。どうにかしてくれる。とてつもなくすごい勝利の戦略を考え出してくれる。そうだろ?」

そんな目をしたら、拒否できないだろう?

文也は苦笑いしながら、思った。

「わかった。そのかわり頼みがある。ぼくの助手をしてくれ。委員長付き秘書だ。もしくは副委員長」」

「俺ができるか」

「まず、おもしろい実況中継ができるやつと、場を制することができる総合司会を、それぞれ見つくろってくれ」

「それが大事か」

「一番先に押さえたい。まずそいつらを委員にする」

 周人だったら、的確にその能力のある人間を見つけ出してくれるだろうと、文也は分かっていた。


「私は謝られていない」

あとで吹浦は、周人にネチネチと言ってみせた。

言ってみせただけで、最近やっと学びとった彼女にとっては大人の女性的かつ都会的人間関係の手連を試しただけだ。

だから文也にこう言われて、すぐにその試しは終わる。

「まあ、まて。君の能力を最大限に買った証拠だ」

 文也は、そう言って吹浦を慰めた。


 大会の種目は五つ。

聞香、利き水、茶葉当て、利き酒、ワインテイスティングだ。

この時点で和モノと洋モノの両方を揃えた。お茶に関しては、日本茶と紅茶の双方の講師の相談で、液体が多いのでここはあえて味見なしの茶葉当て、ということになった。

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