第9話 訓練テストを逆手にとれ

◇かりん隊


 これらの特殊な傾向性が、才能と言えるかどうかはともかく、少なくともグループ訓練とグループ単位のテストでは役立った。


 美術工芸と音楽を含む芸術訓練があった。

 美術工芸は、まず座学で様々な分野の講師から、その歴史とモノの真贋の見分け方を学ぶ。二種類の全く同じ絵や彫像、陶磁器を見せられ、どちらが本物でどちらが贋作かを見分ける。スライドを見ながら、なにゆえ真で、なにゆえ偽なのかを鑑定していくのだ。


 この訓練の最終テストは「第1種統合テスト」と称して、合同で行われた。

 統合というからには、芸術的訓練と価格分析講座その他のトレーニングを複合した、統合的な応用力を試すテストだ。

 大事なモノを実際に借りてくるのに、予算がないのか「賃貸期間は一日だから」という理由で、同じ日に100名近くの隊員が集められて、全てのグループが一緒になって最終テストが行われた。


 中には贋作であっても充分に高価なものがあるらしい。少なくとも二つのうち一つは価値のある『本物』なのだ。しょうがないと言えばしょうがないが、ケチくさいことこの上ない。


 最初の待機場所は大会議室の広い場所だ。そこにそれぞれグループ毎にテーブルで島が作られは話し合いができるようになっている。グループごとに同時に呼ばれてそれぞれの小さな部屋に入っていく。その場ではグループで話し合いながら鑑定していいが、観察の時間は20分。最初に触ってもよいと許可されたモノ以外は、10センチ以上近づいてはいけない。部屋の中では、講師と警備員が目を光らせている。 


 時間になると合図があり、控えの大会議室の自分たちのテーブルに戻って検討をする。同じ部屋に展示されているモノは二種類4点、そして展示されている部屋は10部屋あり、合計20種類、40点の品物を観察する事になる。

 真贋の決定はグループで話し合って行う。各、20分が割り当てられている。鑑定が難しい展示物の後だと、グループが話し合っている最中に次の観察時間の合図で呼ばれることもある。


 でも大丈夫だ。

 10種類すべての観察が終わった後に、最後に再び、まとめの時間が残されている。そこで話し合い、そしてその時に、もう一度10分だけ時間が与えられ、どの部屋にも、また複数の部屋にグループがバラバラになって入ってもよい許可が下りる。

 

 難しいと思った展示物に関しては、もう一度観察鑑定をしていいのだ。ある部屋で確認の1分を使い、ある部屋でもう一度鑑定をして話あってもよい。

 そういうわけだから、再度鑑定の申請が重なった展示物の部屋には、いくつものグループが入る事もあれば、講師が手持無沙汰に座っている部屋もある。


 最後に鑑定結果をグループ毎に記入して提出。番号のどちらかに正か偽かを書き、評価と評価額も書きこむ。

 国宝級もあるという展示の警備も厳重で、教官も講師も緊張感にみなぎっている。モノを返却するまでは外注の警備会社も息を抜けないだろうし、講師も教え子たちへの自分の教育の成果を見たいだろう。だが教官たちはどうしてだ?

 

 あとで、これほど慎重にテストするのは、よっぽど重要な資質の訓練ですか教官に聞くと「外部講師を呼んだ以上、それなりの成果と結果を出さなければ官公庁代表として、恥ずかしいから」と答えた。やっぱり。深い意味はなかった。

 

 当然このテストで、力を発揮したのは大内さくらだ。

 

 彼女は、いや彼は、鑑定時間内をフルに使う。鑑定はしない。観察するのでもない。鑑賞するのだ。

 展示室に入ると、つかつかと一つの作品の前に行き、ため息をつく。そしてひたすらうっとりと眺めている。グループの全員は、さくらが見つめているモノが『本物』だと分かっている。だが、一応教官と講師との手前もあり、皆で観察をする。……ふりをする。


 放っておけば楽勝だが、ヒマな一日になるはずだった。


 退屈だ。

 グループの皆が、そう思った。

 

 すると。

 二つ目の展示物テストが始まる前に文也が言った。

「時間がもったいないし。一日中、手持無沙汰では、おもしろくない。空気を読んで、分担して演技をしよう」。

「空気?」

「演技?」

「分担?」


 文也が嬉しそうに、一斉に出た質問に答えていく。

「そうだ。空気を読むというのは、日本人が最も得意とする能力だ。教官や講師をがっかりさせたくはないだろう。彼らに、この訓練は有意義だった、テストは難しくかつ訓練は効果があったと感じさせよう」


「そこで、ボクが毎回ひとつの設定をするから、それに乗って演技をしよう。小学校の学芸会を思い出してくれ」


「それぞれにそれぞれの役がある。皆に振るから、分担して、残った9回のショーを成功させよう」


 こうして他のグループが真剣に鑑定を話し合っている横で、周人のグループでは別の意味での真剣な話し合いが始まった。


 文也はかってに設定をし、役柄を割り振る。

「次の鑑定室は中国陶磁器だね。じゃあ白秋、君はマッドサイエンティストだ。科学的な視点から上薬を鑑定しようとしている。この陶磁器が作られた時期に宇宙人が到来して、この作品を作ったと信じている。触れれば、宇宙人に魂を持っていかれるから、触れずに上薬を鑑定し、宇宙人の科学水準を見抜きたいと思っている」


「どうすればいい?」

 めずらしく白秋が文也の目を見て問い返す。

「君は腕を組んで、その作品を写真に映すように見るんだ。実際に頭の中で写真にすればいい。あっちこっちの角度から何枚も頭のカメラで撮ってくれ」

 白秋の目が輝いた。

「それから吹浦は彼の秘書だが、宇宙人の電波を読めるから採用された。君は、一生懸命宇宙人からのメッセージを聞くんだ。そして後でメッセージを皆に再現してくれ」

「はあ、どうやって?」

「モノそれ自体が発しているメッセージに耳を澄ませるんだ。感じたことを音やセリフにしろ。それから講師や警備をしている監視員、教官の顔を見て直前まで何をしゃべっていたか、何を考えているか、音にしろ。何しろ君は宇宙人のメッセージを聞くことができる人間だからこそ、時給の高い秘書の職にありつけたんだ」

 信じられない設定と指示に、吹浦の目がうろこが落ちたように開いた。


「周人と鬼頭は、恋人同士の泥棒だ。展覧会で監査して、後で夜に盗み出そうと企てている。だから部屋やその他を全て観察する。どこから入ってどのように警報装置を切り、どうやって逃げるか。盗んだ後は発見を遅らせるために、代わりの品を置かなければいけないから、それをどうすれば夜までに作れるかも考えろ」

 周人はぽかんと口を開け、鬼頭は怒って口を閉じた。

「もっといい役はないの?」

「次にはいい役を割り当てるから、がまんしろ」


 そうやって、ある鑑定の部屋では、北関東からの観光使節団になった。

 別の鑑定では、展示室で一堂に会した預言者と占い師と霊能力者たちになった。


 鑑定の検討時間には、皆が自分の役柄からの観察と思考を短く報告して話し合う。それを文也が評価するという、まるで別の試験になっていた。

 他のグループが別の展示室で鑑定してきたばかりの美術品について、真剣に鑑定吟味しているその隣のテーブルで、6人は真剣に討論した。


「なあに? 北関東の市役所の会計が、町起こしのための美術館の建設にどうしてそんなに悲観的なの? あの素晴らしい美術品は是非とも、うちの美術館に必要よ」

 さくら館長が泣きそうに言う。

「しかし、予算から言うとあれは無理だ。市長、建物だけでどれだけかかると思う?」

 会計担当の周人の質問に、女市長の鬼頭が鼻であしらう。

「さくら館長、この値段の美術品購入では、議会を納得させられないわ」

「安く購入すればいいわ」

「あれに3億の価値をつけたのは、あなたよ」

「でも写真にすると、とても絵になる。パンフレットの正面に使えるし、絵ハガキになっても決まる。町の象徴になれる」

 町起こしの中心的なNGO代表の白秋が言う。


「どうかしら、あの偽物の方を購入して、いっそ美術館を堂々と我が町のフェイク美術館にしたら?」

 企画課長役の吹浦の思いもかけない逆転発想に、皆の目が輝いた。

「だって今回の贋作、侮れないわ。あの小鳥、そりゃあいい声で鳴いていたわ」

 吹浦にしか言えない理由だが、皆はこのころには互いの理解しがたい長所から来る解説を、普通に聞けるようになっていた。

 

 「そうか。美術館なんてどの県や町にもあって、おもしろくない。でもどこにもないモノがある美術館なら成功するかもしれない。贋作、偽物、フェイクばかりを集めるんだ」

「でもあの贋作さえ3000万円もする。いい美術館を作るには、お金がかかる」

「いい美術館じゃなくて、人が集まる美術館を作ればいんのよ」

「そうか、じゃあコンセプトから決めよう。あの……」

 議論は伯仲した。


「時間だ」

文也がいう。

「今回は会計係の詰めが甘かった。そこが決壊のもとだな」

 周人は言い返そうとしたが、確かに予算をきちんと立て、計算さえしっかりとしていたら、皆の決断も早く判断も的確になっただろう。他の者はキャスト設定後のわずかな時間でそれをやっているのだ。

「次は西洋絵画だな。じゃあ、周人、君は……」


 テストがこんなに楽しいものとは、思いもよらなかった。かりん隊の全員がそういう顔をしていた。

 実際、グループの全員が真剣に役柄に取り組み、観察や分析をしていた。

 鑑賞物という動きも何もないモノと只の入れ物のその展示室、そこに立っている監督官と警備員と講師が、ただのモノではなくなってくる。全てが分析と観察の対象であり、予測と推測のための生き生きとしたネタになる。

 

 文也のシナリオは多彩で、しかも役割分担は的確だった。しかも、舞台演習家のように指導をする、その支持は秀逸だった。

 グループの誰もが「自分にこんな才能があるとは思わなかった」「こいつの持っているこの能力がこんな風に活かされるとは思いもしなかった」という顔をしているのが、お互いはっきりと分かるほどだった。

 

 テストそのものは、彼らの楽勝だった。真偽以外にも予想する時価総額を書くのだが、それもほぼ正確らしい。

 時価総額については、さくらの評価を聞いて文也がチャチャと書きつける。

「これは今流行じゃないから少し低めにしよう」

「これは家にある掛け軸と同じ作者の同じ時期の作品だ。じゃあ、これくらいだな」

 いとも簡単に値をつける。ましてや、贋作の作者さえ当てることある。

「おじい様の肖像画が、この人の作品なんだ」

「贋作の?」

「肖像画だけでは食っていけなかっただろうな」

 

 テストという難関をチームで軽々と越えただけでない。どんな教官や講師さえ考え付かなかった訓練で、はっきりしないが最も重要な何かを、わずか一日で獲得した気がした。周人はそう思った。




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