第3話「影狩り、狩猟開始!」

3-1

 それから三日後。隼人達は狩りの準備を整えた。警察関係者への連絡と調整。協会側への対応。依頼人への連絡と報告。装備品の準備と点検。様々な準備と打ち合わせを行い、当日を迎えた。

 現在時刻は十時。あと二時間後に戦いが始まる。

 事務所では、皐月が自分の装備品を最終点検していた。

「それにしても、隼人先輩。協会側に協力を依頼するなんて、良いんですか?」

 隼人は協会側の連携を確認しつつ答えた。

「やむを得なかったんだよ。悪喰化してる数が多すぎて、俺達だけじゃ本命を逃す可能性があった。だから大規模討伐として協会側に協力してもらったんだ。二流三流でも雑魚共なら殺さずに狩れる。連中が足止めしている隙に俺達が頭を潰す」

 先行で他のB級以下の狩人が襲撃。その後、協会側のA級と隼人達が共同で幹部と頭を狩る。

 参加している狩人の数は二十名。中には名が通っている狩人も参加していた。

「じゃあそのA級の狩人と競争ですか」

「競争まで行かないさ。A級の狩人は話が分かる人もいる。事情を説明して協力してもらう」

「依頼達成の成功率を上げるためには何でも利用する。ですね」

 皐月は納得した。

 悠馬が事務所に入って来た。

「警察側の準備が整ったようだ。あの周辺で暴れても問題ない」

 協会と仲が悪い警察も、今回は共同戦線を張った。警察だけでは悪喰に対抗するのは難しい。

 逆に協会は行政や周辺地域への対応が苦手だった。それぞれが得意分野を活かして、狩場を形成していた。

 準備は万端。そのとき隼人の携帯が鳴った。

「はい。お電話ありがとうございます。煉城影狩り……」

『た、大変だよ! 真樹が誘拐されたの!』

 慌てた垣内からの電話だった。

「落ち着いて。いつ誘拐された」

 誘拐という言葉に悠馬と皐月は動き出す。

『今さっき。クモみたいな怪物に連れていかれたのよ! どうしよう』

 泣きそうな声だった。

「今いる場所は?」

『本郷町の立花商店街たちばなしょうてんがいよ』

「本郷町の立花商店街だな。君は怪我をしてないな」

 皐月は場所を聞くと携帯端末を起動させた。

 悠馬は警察に連絡を入れる。

『うん。あっという間に連れていかれて、私は大丈夫だよ』

「その場を動かないでくれ。警察をそちらに寄越す」

『分かった。真樹、大丈夫だよね?』

 震える声で尋ねてきた。

「大丈夫だ。俺達が必ず助け出す。くれぐれもそこを動かないでくれ。じゃ」

 電話を切った。

 皐月が携帯端末の画面を見せる。

「念のためラプターに真樹さんを見張らせて正解でした。現在、本郷町を南に移動中です」

「警察には連絡を入れた。それと悪い知らせだ。協会に属していない野良狩人が先走って、工場を襲撃している」

 悠馬は忌々し気に言った。

 野良の狩人が乱入してくることは想定内だった。しかし、こちらが動く前に動くのは想定外だった。討伐する数が数だけに、こちら側と足並みをそろえてくると読んでいたが、予想以上に無謀な連中のようだった。

「工場に向かいましょう。真樹さんもそこに連れていかれるはずです」

 皐月が提案した。

 隼人は端末に表示されている点を見つめて考える。

 同時に起きたアクシデント。どう動くか。

 彼は依頼人の浪川真樹から聞いた話を思い出す。浪川司郎は真樹に悪喰の種を渡そうとした。それはもしかしたら、最後まで見捨てない妹を自分と同じ存在にしたかったのかもしれない。自分の手で。

 悪喰は心が弱った人間が多い。一人では寂しく仲間を欲する。

 司郎が一番いて欲しい人間は誰かと問われたら、妹の真樹しかいないだろう。

 ならば種のばら撒きは陽動で、本命は彼女を悪喰にすること。

 完全に妄想の域だったが、隼人のカンが正解だと告げていた。

「いや、工場のほうは協会に任せる。俺達は真樹さんを追いかけるぞ」

 隼人はガレージに向かう。

「「了解」」

 疑問も質問をせず、二人も従った。リーダーが決断したのなら、間違いではない。

 信頼がなせる行動だった。

 三台のマシンが唸りを上げて飛び出す。

 学校が建つ山を下りて、市内へ。

 三人がマシンの端末を操作すると、それぞれのバイクにパトランプが現れてサイレンを鳴らす。

 狩人としての特権と、警察との協力関係にある隼人達だからこそ出来ること。あらゆる法律を無視して緊急車両として現場に急行する。

 車と車の間をすり抜けて、信号を無視し、横断中のお年寄りの頭上を飛び越えて、時には歩道を走り、道がないならビルの壁を走り、ビルとビルの間を飛び越えて爆走する。

 驚異的な身体能力でバイクを華麗に乗りこなし、現場へとひた走る。

 そして道路を走るクモ怪人を見つけた。

 一本の足で器用に真樹を抱え、残りの七本で地面を突きたてながら高速で移動している。

 糸を使って飛び上がり、立ちはだかる車を乗り越えて、さらに走っていく。

 向かっている先は工場ではない。工場から離れていく。

 隼人の決断は正しかった。

「先行する!!」

 悠馬がグリップのボタンを押して立ち上がった。すると機体が前にスライドして、タイヤが横になる。ちょうど、サーフボードのようになった。

 大気掌握システムが起動して大気を掴む。機体がホバリングする。これこそ悠馬のマシンの最大の特徴「エアロワイバーン・サーフモード」だ。

 変形が完了すると、悠馬は前方のクモ怪人を見据える。

「逃がさん!」

 弾かれたように前に進み、上空からクモ怪人を追い立てる。

「キュルルルルルルルルル」

 クモ怪人は唸り声をあげた。

「大道寺君! 助けて!」

 真樹が必死に叫ぶ。

「彼女を放せ!」

 機体を近づけてクモ怪人をけん制する。

 そして一瞬の隙が出来た時、マシンが吼えた。

「吹き飛べ!」

 大気掌握システムを使って突風を起こして、クモ怪人に叩きつけた。

「きゃあああああああああああああああああああ」

 抱えていた真樹もろとも上空に跳ね上がる。空中でクモ怪人は彼女を手放した。

 システムで空気をクッションにして真樹を浮かせると、悠馬がキャッチ。

 クモ怪人は錐もみしながら二本足で体勢を整えると立ち止まった。

 近くにいた車が次々と停車。通行人も足を止める。

 クモ怪人の異形を見て、状況を理解。

「あ、悪喰だあああああああああああ」

 誰かが叫んでその場にいる全員が逃げ出す。

 町中がパニックになる。

「キュルウウウウウウウウウウウ」

 クモ怪人が雄叫びを上げた。

 その瞬間、逃げ惑う人々を掻い潜って、皐月のマシンがぶっ飛んできた。

「アクセル・ブレイク!!」

 スピードの乗った車体で体当たり。

 しかし、クモ怪人はそれを六本の足で受け止めた。

「クルルルルルルル」

 クモ怪人は勝ち誇るように笑う。

 ところが皐月はニヤリと笑った。

「狙い通り。ここからが本番!」

 皐月はグリップのルーレットを回す。

 止まった絵柄はロケット。

「ロケット・ブ――――ストォ!!!」

 皐月のマシン「オーガルーレッター」が吼える。後部の金属が爆発的に盛り上がって、巨大なロケットブースターに変形。フロントの金属がクモ怪人を固定する。

「キュ!?」

「うっりゃあああああああああああああああああああ」

 ブースターが火を噴いてマシンがカッ飛んで行った。

 前方に停車していた無人の車両を吹き飛ばしながら、クモ怪人を広い場所へ運んでいく。

「げっ! あのバカ! やりやがった」

 追走していた隼人は、慌ててマシンのスイッチを入れる。気力伝導エンジンが起動して、獅子の意匠が吼える。

 空中に舞った車両が地面に激突する瞬間、光の粒子となってマッハボルケイダーに吸収された。

 これこそマッハボルケイダーの力。あらゆる物質を吸収してエネルギーに変換。マッハボルケイダーの燃料となる。あらゆるものを喰らうモンスターマシンだった。

 ホッとしながら走り抜ける。

「危なかったな。隼人」

 真樹を抱えた悠馬が並走してきた。

「ったく。少しは被害を考えろよな」

 皐月のマシンの爆音が聞こえる。向かった先は石森スタジアムのようだった。

 悠馬は真樹に言う。

「すまないが降ろしている暇がない。このまま追いかける」

 真樹は頷いた。

「うん。あれ、お兄ちゃんなの。目の前で変身して……」

 隼人と悠馬は顔を見合わせた。

「やはり隼人の判断が正しかったな」

「好都合だ。行くぜ」

 二人はスピードを上げて向かった。

 石森スタジアム。

 今日は何もイベントが行われず、無人だった。

 皐月はそれを知っていて、この場所に運んだ。

 スタジアムの壁をぶち抜いて急ブレーキ。

 拘束を解いて、クモ怪人である司郎を芝生に放り出した。

「グギュギュウウウウ」

 転がって立ち上がるがフラフラしている。

 超スピードで運ばれた上に、抵抗しようとして、しこたま殴られていた。

「さぁここが狩場ですよ」

 マシンから降りて皐月は言った。

「こらぁ! 壁ぶち抜きやがって。そう何でもかんでも破壊するな!」

 隼人が怒りながら走ってくる。

「全く。無茶をする」

 悠馬は呆れたように言い、空から降りてきた。

 丁寧に真樹を降ろす。

「お兄ちゃん。もうやめて。お願い!」

 切実に叫んだ。

 クモ怪人は人の姿に戻る。

 痩せこけた青白い顔の青年だった。

「真樹。俺にはやることがある。だからやめない」

 低い声で語り掛ける。

「怪物になってまで、やることなんてないよ!」

 真樹は涙を流しながら言う。

 身内の哀れな姿を見て、どうしようもなく悲しくなった。

「ある! 親父も母さんも、学校の連中も! みんな俺のことをバカにする。大学に行ったのに、第一志望じゃないからって失望したように言って! 学校の連中だってゴミをみる目で見やがって許せねぇ!!」

 どれだけ苦しんだのか。その眼は黒く、暗く、深く絶望に染まっていた。

 だが口の端が裂けるように歪む。

「だけどな、種を手に入れてからすべて変わった。誰も俺をバカにできない。バカにした奴らはみんな殺して、手下にしてやった! 不良共も全部、俺の言うことを聞く。俺が強いから。種を生み出せるから。ヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャ」

「お兄ちゃん……」

 変わり果てた兄に言葉を失う。

 司郎は笑いを止めて、彼女を見た。

「真樹。お前だけは俺の事をずっと信じてくれていた。だからお前に悪喰になって欲しいんだよ。俺達、兄妹でこの力を使って幸せになろう! さぁ! こっちに来てくれ」

 手を伸ばして彼女を求める。

 だが、真樹は首を横に振って拒否した。

「嫌! そんな怪物になる力なんて、要らない!! 元のお兄ちゃんに戻って!」

 ハッキリとした拒絶。

 司郎の顔から全ての感情が無くなり、無表情になる。

「そうか。お前も、俺のことを。だったらイラナイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア」

 絶叫して姿が変貌する。

 黒い種が体から出て、爆発したように黒い煙が司郎を包む。

 その黒い煙が晴れると、クモ男がいた。

 両方のわき腹から腕が二本生え、その先には一本の尖った爪が付いていた。同じように手と足が変質して一本爪の手と足に変化していた。さらに尻が膨れて楕円球の部位に変わっている。体全身に黒い剛毛が生えて、口は鋭い牙が伸びていた。頭は真っ赤な目を八個が爛々と輝いている。

「キュルウウウウウウウウウウウウウウウウウウウ」

 最早言語になっていない言葉を叫ぶ。

 隼人達は彼女の前に出た。

「これを持って安全な場所まで逃げろ。後は俺達が何とかする」

 障壁を生み出す符を持たせて退避を促す。

「うん。お願いします!」

 自分ではどうにも出来なかった。だから力強い隼人の言葉を信じて、真樹は物陰まで避難した。

「往くぜ。みんな!!」

「応!」

「はい!」

 三人は手の甲を前に向けて、腕を交差させる。

 そして、影狩り最大の切り札。その言葉を叫んだ。

具現覚醒ぐげんかくせい煉獄れんごく】!」

 気合一閃。隼人が叫ぶと右手の甲に燃え盛る獅子の紋章。左手に「刀」の文字が浮かび上がる。

 勢いよく腕を振り下ろすと、紋章が光の軌跡を描いた。

 着ていた衣服が粒子となって弾け、強化防護服に変わる。そして彼の体を戦闘用のロングコートが包み込む。そのコートは白色と赤色が目立つデザイン。手には戦闘用グローブ。足は戦闘用の強化靴。さらに髪が赤く染まった。

 彼が手を伸ばすと、爆炎が発生して真紅の鉄鞘に収まった日本刀が出現した。それを受取って一回転させると腰に差す。

具現覚醒ぐげんかくせい【ナイトウィング】!」

 気合一閃。悠馬の右手に龍の紋章。左手に「槍」の文字が浮かび、腕を振り下ろす。隼人と同じように服が、強化防護服に変わり、白色と青色の戦闘用のロングコートを着込む。グローブと靴も装着。髪は青く染まる。

 彼の手に風が集まり、白銀の槍を形成する。その槍の穂先には一対の龍の翼が付いていた。その槍を振り回して構えた。

具現覚醒ぐげんかくせい撃鉄げきてつ】!」

 気合一閃。皐月の手に鬼の紋章と「拳」の文字が浮かび上がる。腕を振り下ろして、強化防護服と、白色と黄色の戦闘用ロングコートを着込んだ。髪は黄色く染まった。

 さらに電撃が走って両手、両足を鉄甲が覆う。その鉄甲には拳銃のようなリボルバーと撃鉄が付いている。そして手に装備した鉄甲を突き合わせて打ち鳴らす。

 三人の変身が完了。そこに現れたのは勇ましい狩人達。

 彼らこそ心を喰らう怪物「悪喰」を狩るハンター。

 隼人は鞘から刀を引き抜き、その切先をクモ男に向ける。

「さぁ! 狩りの時間だ!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る