2-2

 来雫市本郷町。そこのとある雑居ビル。近くにバイクを止めて隼人はその入口に立っていた。

「ここの地下がたまり場か」

 ハウンドと呼ばれる機械仕掛けの犬が頷く。

「よし。引き続き警戒をしてくれ。頼むぜ」

 彼は地下に降りていく。そこは酒場だった。扉には貸し切りの札が掛かってある。

 それを無視してドアを開けると、怪しげな色の照明が店内を照らしていた。

 明らかに空気が張り詰めている。

 見かけない顔が店に入ってきたため警戒しているようだった。

 ガラの悪い男が一人、近づいてくる。

「おい、今日は貸し切りだ。お引き取り願おう」

「悪ぃな。少し調べたいことがあってよ。今日、ここを貸し切ったチームの責任者はいるか?」

「ああ? なんだテメェ」

 男が睨んで凄む。

「影狩りだ。ブラックウェブというチームを追っている」

 ライセンスを見せて説明した。

 すると、奥から声が聞こえた。

「通せよ。俺が話す」

 男は無言で促した。

「どーも」

 隼人は奥に進む。

 店の奥のボックス席に体格の良い男が座っていた。

「よぉ。座れよ」

 気さくに席を指さした。

 隼人は男と対面に座る。

「俺は五十嵐いがらしだ」

「煉城だ。影狩りをやっている」

 短く挨拶して、隼人は話を切り出す。

「ブラックウェブについて何か知っていることはねぇか?」

 五十嵐は注意深く言った。

「どうして、俺達に聞く? 俺達がブラックウェブだって疑ってるのか?」

「違うぜ。ブラックウェブは不良の集団だ。だから餅は餅屋。その業界に詳しい人間に聞いて回っている。知らねぇか?」

 彼らの疑念を否定して、もう一度尋ねた。

「一か月前。仲間が数人、ブラックウェブに寝返った。俺達がブラックウェブ関連で話せるのはそれだけだ」

 五十嵐は素直に話してくれた。

「理由とかは聞いているか?」

「知ねぇよ。ただ、ブラックウェブの連中は『種』をやってるって話だ。大方、それに釣られたんだろう」

「お前達は興味ないのか?」

 隼人は少し鋭い目をして尋ねる。

 返答次第では止めなくてはならない。

「いや、興味ねぇよ。種ってのはスゲー力が手に入るのと引き換えに、化け物になるんだろう? そんな危ないモンに手を出すかよ」

「そうだ。人の身から化け物に堕ちる。最悪の代物だ」

「はっ。バカな奴らだぜ」

 五十嵐は呆れたように言った。

 どうやら、真面目な性格らしい。

 隼人は質問を続ける。

「ブラックウェブについて知らないなら、抜けた仲間の連絡先は知らないか?」

「それならあるぜ。番号を変えてなきゃだけどよ」

 スマホを操作して画面を見せた。

 隼人は抜けた連中の番号と名前をメモする。

「ありがとう。助かった」

 手掛かりは得られた。

 隼人は立ち上がると、名刺をテーブルに置いた。

「悪喰で何か困ったことがあったら言ってくれ。力になるぜ」

「もしアイツらに会ったら言っといてくれ、バカやってないで帰ってこいってよ」

「ああ、分かった。ぶん殴って目を覚まさせてやるぜ」

 隼人は店から出る。

 控えていたハウンドに番号を見せた。

「この番号を持つ端末を追ってくれ」

 ハウンドはメモを嗅ぐように鼻を近づけた。

 これこそハウンドの持つ能力。番号やメールアドレスなどの電子情報を手掛かりに、その端末の在り処を探せる。

 電源が切られていない限り、瞬時に特定できる。

「バウバウ」

 軽く吠えると目から情報を投影した。

 それは来雫市内の地図だった。

 赤い点が五つと、青い点が二つ浮かび上がる。

 赤い点は番号の持ち主。青い点は悠馬と皐月だった。

「三つ赤い点が集まってるな。一文字町か。この情報を俺達の端末に送ってくれ。俺はこの三つの点に向かう。お前はこの結城町の点を追ってくれ」

 隼人が指示を出す。

「バウ」

 ハウンドは短く吠えると走り去った。

 隼人もバイクで走り出した。

 それから一〇分後。一文字町のとあるビルとビルの間。

 隼人は端末を見る。

 この先に目的の連中がいる。

 慎重に歩を進めた。

 奥は薄暗い広場だった。

 物陰に隠れて様子を窺う。

 三人の男達が地面に直接座って喋っている。

 一人は鼻にピアスをしている。もう一人はニット帽をかぶり、最後の一人はシルバーアクセを幾つも身に着けていた。

「あーどうする?」

「だから、俺達も参加するんだよ」

「でも場所が分かんねぇよ」

 シルバーアクセの男がお手上げのポーズをする。

 中心人物と思しきピアスの男が言った。

「馬鹿。俺達が持つキーワードを持ち寄れば分かるって」

「えー? ホントかよ」

 二人の男は怪訝そうな顔をする。

「ホントだって。俺達も集会に参加して、種を貰うんだよ。そうすりゃ女ともやりたい放題だぜ」

 話を聞いていた隼人は頭を抱えた。

 物凄く頭が悪そうだった。

 一つため息を吐くと、三人に近づく。

「その話、俺も聞きてぇな」

 驚いた三人は隼人を見る。

「あ? なんだテメェ。ぶっ殺すぞ」

「影狩りだ。種とか不穏な言葉を聞いたんでな。ちょっと話を聞かせてもらうぜ」

 隼人は鋭い目をして睨む。

「か、影狩り! や、やべーよ。トシ」

 ニット帽の男がピアスの男に言う。

「落ち着け、加嶋。影狩りつったってどーせ下っ端だろ。こんなガキがプロの狩人のわけねーよ」

「な、なるほど。さすがトシ」

 加嶋と呼ばれたニット帽の男がホッとする。

「はん。雑魚が何の用だよ。ああ?」

 シルバーアクセの男が言った。

「さっき言っていた、キーワード。俺にも教えてくれよ。それと集会って何だ? 詳しく話せ」

 再び事情を尋ねる。

 すると三人は大笑いする。

「あひゃひゃひゃ。おいおい、おいおいおい。お前みたいな奴に教えるわけねーだろ。なぁ道雄」

 シルバーアクセの男が道雄らしい。

 道雄が頷く。

「当たり前だぜ。お前バカだろ。あっはっはっは」

 ニット帽のトシが睨みつけた。

「下っ端つっても、話聞かれたからには生かしておけねーよ。ちょっと痛い目にあってもらうぜ!」

 隼人に殴りかかってきた。

 隼人はその拳を避けず、軽く受け止める。

「痛い目見るのはお前らだ」

 肉食獣のような目つきをして告げる。

 その一分後。

「ずびばぜんでじだ(すみませんでした)」

 ボロ雑巾のようになった三人の不良がそこにいた。

 隼人は倒れ伏すニット帽のトシの胸倉をつかむ。

「もう一度言うぜ。集会とは何だ? キーワードを教えろ」

「かふぉがひゃれてうみゃくいえふぁへん(顔が腫れて上手く言えません)」

 隼人は懐からお札を取り出す。

 腫れた顔に貼り付けると、見る見るうちに治っていく。

「治療符だ。これで喋れるか」

「集会は、近日中に開かれるブラックウェブのデカい集まりです。キーワードはその日時と場所を示す手がかりです」

 大人しく白状した。

「で、お前達の持つキーワードは?」

 残りの二人にも治癒符を貼り付ける。

 トシが言う。

「『望月』です」

 続いて加嶋が言う。

「俺は『廃工場』です」

 最後に道雄が言った。

「俺は『卯月』」

「『望月』に『廃工場』。そして『卯月』か」

 三人は無言で頷く。

「他に知ってることは?」

「知らないです。俺達も下っ端で、この集会で自分を売るつもりだったから」

 残りの二人を見るが、同じような反応だった。

 隼人はトシを解放する。

「お前達は警察に引き渡す。悪喰に関わる以上、お前達の命が危ねぇ」

「な、なんで」

 三人は命が危ないと聞いて焦った。

「下っ端なんだろ? 大方、悪喰連中の餌にされるだけだ。事件が解決するまで保護してもらえ」

 そういうと、近藤刑事に連絡を入れた。

 事情と場所を説明すると、治癒符とは別の札を取り出した。

 それを三人の前に投げつけると、札が反応して鎖に変わり男達を縛り上げた。

「これで逃げられねぇぞ。たっぷり警察に怒られるんだな。それと、お前らが前に所属していたチームからの伝言だ。バカやってないで帰ってこいだとさ」

 それだけ言うと、隼人は止めていたバイクまで戻る。

 そしてバイクに搭載されている通信機で悠馬に連絡した。

『こちら、悠馬だ。丁度良かった。連絡を入れようとしていた』

「おう。一度、集まろう。手がかりらしきものを手に入れた」

『こちらも手に入れた。奴ら、大規模な集会の情報をいくつかの断片に割って、ばら撒いたようだ』

 悠馬も同じ手がかりに、たどり着いていたようだった。

『はいはーい。こっちも色々と報告があります』

 皐月が割り込んできた。

「そうか。なら学校に集合だ」

『了解だ』

『はーい』

 二人は了承と共に通信を切る。

 隼人もバイクを学園に向けて発進させた。

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